っていうのはもちろん分かってるんだけど、というか2人で育児に当たっていたんですよ。 僕らは双子お世話になる形で、双子のお世話に全集中してたんで、
だけど集中しすぎるがあまり、僕らお互いを気遣い合うという習慣がなくなっちゃったんですよね。
するとだんだん辛くなってくるんですよね、精神的に。 自分のことを大切にされてないんじゃないかっていう感覚になるんですよ。
たぶんお互いそうだったんだと思うんですよね。 妻は僕から大切にされていないと感じていた。
僕は妻から大切にされていないと感じていた。 それはお互いに気遣い合う余裕が全くなかったからだと思うんですよ。
そこはいろいろ反省があるし、改善できるところあったんじゃないかなって今でも思うんだけど、 だけどその当時の
その当時の状況を思い返して冷静にそこだけを分析して見つめ直してみると、
僕らは余裕がない生活を送りすぎていたがためにお互いに気遣い合う習慣をなくしてしまって、
まるで同居人のような親密なその気遣いができるような関係じゃなくなっていったんですよね。
すると僕はだんだん楽になりたいって思うようになっていったんですよ。 もう辛いと楽になりたいと思うようになっていって
あの会社でねえっと 社員旅行とかあるんですよ。海外に行く社員旅行とか当時あってそういうのもねもうすぐ
もう行きますって言ってたし 月に1回1週間ぐらい海外出張がよくあったんですけどそれも行っていましたし
新年会とか忘年会とか送別会とかも行ってたんですね。 これ行かなきゃいけないからとか仕事だからというふうに僕は言っていたんだけど実は
そうじゃなかったんですよ 僕はそこから逃げ出したかったんですよ楽になりたかったんですよ
もうなんかこのなんかこうギューってこうなってるようなこのこのなんかこの空気つらいって なんか自分の弱みを出すとこない
あのなんかこうさらけ出せるとこないっていう辛いって言えないっていうのが辛くて 楽になりたいと思ってそういった行動に出ていたんです今だったらすごいよくわかるんです
よ当時はよくわかんなかったですこれはその多分その活用の時に僕何か誰かにそんなこと言われても
いや仕事しなきゃいけないしとかいや2人も生まれたんだから稼がなきゃいけないからその なんか残業しないで帰るとか
残業は当時してなかったけどえっと仕事をちゃんと向き合わないとクビになるしもう成果出して 出世しないととかっていうふうに多分言ってたんじゃないかなと思うんですよね
でそういうふうに変わっていったんですね で昔の僕らその子供が生まれる前というのはお互いにこう
猫人なんで好きあっていてお互いに大切にし合っていたお互いに愛を求め合う関係だった 支え合う与え合う関係だったんですよ
だけど 子供が生まれたことによってそして余裕がない生活を送ったことによって僕らはお互いにそれぞれが助けを
必要とする状況に陥っちゃったんですよ 本来であれば2人が支え合う余裕を持った上で
お互いが辛い時にケアし合うことができれば良かったんだけどだけど僕らはあんまりにも 余裕がない
自分たちが頑張りすぎてしまったがために お互いにこう助けを求めしただけど妻も大変
僕も大変だから妻が大変な時に僕は妻を助けられない 僕が大変な時に妻は助けられないっていう風に良くない状況になっちゃったんですよね
これが 上の子が3歳ぐらいの時まで続いたんですよねこういった状況が
だんだんだんだん子供たちも大きくなっていくので 0歳1歳の時の大変さとは変わってくるんですよね3歳とかになると
3歳ぐらいになってくるとちょっとちょっとそういった部分が楽になってきて やっと僕も気持ちが楽になってきたんですよ子供が3歳過ぎたあたりから
でそこでやっと僕はあれっ なんかうちらの夫婦関係おかしくないって思うようになったんですよやっとそこで気がついたんです
けど やっとそこでなんか妻が冷たいなぁとかなんか僕がこう辛い時に妻に何かこう対談
だよねとかこんなことあってさーって言ったら いやでもねやんなきゃな時間もなきゃいないしみたいななんか弱音吐くなみたいな感じで言ってくる
なんか受け止めてほしいなーっていう風に感じたりもしたんですよ だけど僕自身を振り返ると
果たして僕は妻がそういうことを言った時に受け止めていたのかなって 思ったらやってなかったんですよね
子供が0歳か3歳までの間って それはさっきも言ったようにお互いに余裕のない生活を送りすぎた
自分たちで自分自分たちを追い込みすぎたんですよね なのでお互いに気遣い合う余裕がなかったんですよ
で3歳ぐらいになった時にちょっとずつ楽になったのであれおかしいなーって 思い始めて僕はそこでやっと妻へのケアっていう行動に出たんですね
妻を支えようと妻のことをきちんと気遣おうという風に考えたんです 今まではね家事とか育児やってはいたんだけどもっとやろうと思って
率先していろんなことをやり始めたんですね だけど妻からは褒められるってことはないわけですよ
何をお前が褒められるの待ってるんだって多くの女性は思うと思うんだけど だけど当時僕はそう思ったんですよ多くの男性思うんじゃないかなと思うんですけど
やってもやってもなんか褒められないなんか認められないみたいな気持ちになるわけですよね そうやって多くの男性は多分やめていくんだと思うんですけど
でそれをね妻に言ってもお前何言ってるの?っていう風になるだけなので そこで僕が感じたのはこれは僕がやりたいからやってるんだっていう風に自分に言い聞かせたんですよね
なんか褒められたいとかそんなんじゃなくて僕がやりたいからやってる 確かに僕は妻を支えたい妻をケアしたいとそうしなきゃダメだと思ってやり始めたことなので
褒められたいとかって思ったわけじゃないんですよ そんな承認欲求がスタートになったわけじゃないから
その初心に立ち返って何のためにやってるんだと これは俺がやりたいからやってるんだという風に自分に言い聞かせたんですね
それが1年間ぐらい続いてやっと妻も気持ちを話してくれるようになってきたんですよ
あと僕も妻に気持ちを話せるようになっていったんですよね受け止めてくれるようになったので そのあたりで三男が生まれたんですよね
この三男が生まれてからがまた大きな変化があって ここから今の僕につながっていってるんですけど
この三男が生まれた時に 決めたことがあったんですよ
無理をしないようにしようって 上の子たちの時に自分たちが頑張りすぎちゃったので無理をするのやめようって
二人で決めていくつかのことをやったんですよね 一つは僕は3ヶ月間の育休を取ったこと
当時今でこそ男性の育休って結構増えてきて 数ヶ月間とか1年間とか取る人が多いんだけど
当時あんまりいなかったんですよ むしろ男も育休取れんのみたいなっていう風潮が多くて
会社の人も知らなかったんですよね 給料どうするの生活できないじゃんみたいな風に言われたりして
できるんですけどね手当てが出るんで国から なので3ヶ月間育休をその時取ったんです色々調べて
これだけ育児給付金が出るんだったら 3ヶ月あったらなんとかやっていけるなっていうふうな目算があったので
じゃあ取ろうとしましたんですね もう一個はシルバー人材センターさんにお願いをして
夕方の家事を該中したんですね これ2,3歳ぐらいの時にやってたのかもしれないですけど
もうそのあたり2歳ぐらいかなぁ コロナになったあたりかそれぐらいだったので
これすごい良かったんですよ 夕方ってねあの上の子たち
6,7歳ぐらいかな で下の子2歳とか3歳とかでもう大変なんですよ 夕方の家事ってお子さんいる方は分かると思うんだけど
ぐっちゃぐちゃぐちゃぐちゃになるんで 何もできなくなるんで
そこで夕方の家事皿洗いしたりとかダイニングの下にね 凝ってる米粒とか納豆とか鮭とか色々こっちじゃないですか
ああいうのを掃除したりとかダイニングリビングの掃除トイレ掃除とかっていうのを平日 毎日お願いしたんですよめっちゃお金かかったんで
週1,2回でも良かったかなと思ったりもしなくはないんだけど だけどすごい助かったんですよやって良かったなと本当に思ってて
そのおかげで自分たちの余力が生まれたんですよね あと上の子たちが生まれた時もやっていたけどさらに進めたのが残業しないって決めて
農産業で行こうって決めて 朝会社行ってもう夕方すぐ帰ってくるとしたんですね
あと出張も断ったんです もう行かない私は行きません海外出張私は行きません宣言したんですね
これは確かにノートの記事にも書いてるんでぜひ読んでいただけると嬉しいんですけど いろんな葛藤がその時あったんですよ
俺クビなんないかなとか大丈夫かなみたいな仕事感に関する話は結構あるんだけどそこは仕事感の回でまた別でお話ししますね
そんな風に飲み会も断って出張も断ってそういう人認定を僕されたんですよね仕事の中で なのであんまりねそのなんだろう
悪いように扱いたいとかってことなかったんですけど そうやって無理をしない育児に変えていったんです
であっと心がけたのが夫婦間における話で言うと 僕らは話し合いを恐れ恐れなくなったのもこの時期からなんですよね
さんらが生まれて無理をしない育児は心がけたあたりから 僕らお互いに自分の気持ちを伝え合うことを恐れなくなっていったんですよ
上の子たちが小さい時は怖かったんですよね自分の気持ちを伝えても受け止めてくれない じゃないか
っていう怖さがあったんで妻に僕自分の気持ち言えなかったんですよ 仕事が大変だったこんなことあったとかこれがねすごい頭に来たとか
あと子供の育児に関する話でこれが辛いとかこれやってほしいとやってほしいんだとか っていうことをうまく言えなくて一人で悶々と抱え込んでたんですね
それは妻も同じだったんですよね実は苦手な家事がある 皿洗いが嫌いなんですよねうちの妻はお皿をこのシンクに汚れたお皿が溜まっていると
もうもう嫌ってなっちゃってもう嫌って気持ちがなっちゃうんですって 僕はお皿を洗うの好きなんですよ
高校生の時に飲食店でバイトしててお皿洗いまくってたんでなんか達成感感じるんですよね 僕はそれが好きなのでそういったことを話し合う
余力もできたし受け止め合うって余力もできたんですよ そうやって僕らは話し合いを恐れなくなっていったんですだんだんと
そのベースにあったのはこの人は私を大切にしてくれるっていう安心感がお互いにあったんですよ 僕は妻に対して妻は僕のことを大切にしてくれている
いろいろ言うけど大切に扱ってくれている大切に感じてくれているという感覚を 常に感じ取ることができたので何を言われてもそんな反発とか感じなかったんですよ
これは妻も同じで 僕が妻のことを大切に扱っているっていうことが実感として感じられているので
僕もあるんですよついイライラしちゃってる時とか忙しい時に 違うからこれやとかこっちだよとかね強い口調でつい言っちゃう時があるんだけど
だけど妻は僕が妻のことを大切にしている本当はちゃんと大切にしている 大切に感じているってことをわかってくれているのでそこでもみごとになったりもしないんですよ
あとから僕がごめんねとか申し訳なかったって話をして お互いにもうちょっと楽になるように変えていこうかとか大変だよねとか
というふうに改善案を考え合ったりとかお互いに気持ちを慰め合ったりとかっていうことができるようになっていったんですね
感情を受け止め合うということができるようになっていったんです これは本当に産卵が産まれてからだったんです
なんでそうなったかというと何度も話をしているように余力があったからなんですよ そのスペースが空いたんですよ僕らの中でそれができるだけの余裕が生まれたんですよ
普通子供が3人もいたら余裕なんかないじゃないですか 今はめっちゃ忙しいけど普通に考えて僕ね子供生まれる前は子供一人でも大変だろうけど
3人もいるなんて想像できなかったんですよ 3人もいたら何もできないし
あの妻とまともな会話なんかできないし喧嘩ばっかりなんじゃないかなって多分当時は思ったと思うんですよ
子供3人生まれたらどうなるかななんて考えたらね だけど実際そんなことなくて子供が3人いる今の方が
僕と妻はお互いに気持ちを通い合わすことができてるんですよね 不思議なことに
でこれは何かって言ったら 余裕があるからなんですよ
今の生活の方が余裕があるんですよ 子供が2人の時よりも3人の今の方が僕らの中には心理的な余裕があるんですよ
精神的な余裕があるんですよ それがあるから僕らお互いに支え合うことが今はできてるんじゃないのかなって思ってるんですね
そう
そうなんですよ だからね僕の夫婦間について話をするとそういった流れがあるわけなんですよね
最初の方から話をしていきましたけど それを思うと今夫婦関係がすごく大変だと感じている
子供がまだ小さい方たちは 余裕を作ることを意識した方がいいと思うんですよね精神的な余裕を
いろいろ頑張りすぎちゃうと思うんですよ 特に子供がね最初の一人目の時とかどうしても頑張りすぎちゃう僕もそうだった
一人いろいろ頑張らなきゃいけないと思ってもねちゃんと帰らなきゃいけないとか お風呂も毎日入れなきゃいけないとか
離乳食は手続きをしなきゃいけないのかとか あの市販で売ってるパックとか缶詰とか本当に食べさせて大丈夫なのかとか
アンパンマンスナックのパンはご飯なのかお菓子なのかあれは一体何なんだろう あんなものを食べさせて大丈夫なのかみたいな風にね
山崎パンは本当に安心なのかとかねいろいろ悩んじゃうし考えちゃうし 一人で抱え込んじゃうと思うんですよ
ネットで調べたらねさらに不安なるだけだし だけどその今もし今その夫婦関係がなんかちょっと崩れてるなぁなんとかしたいなぁって
思うんであれば まずは余裕を作ることが一番大事だと思うんですよ
お互い夫に息をとってもらうとか シルバーさんを使うとか親戚に手伝ってもらうとか
両親に手伝ってもらうとか あの人によって多分できることはいろいろ違うと思うんですよね
両親が近くに住んでいれば手伝ってもらえるけど そうじゃないんだったらもっと友達に頼るとか
シルバーさんお金で解決するとかねシルバーさんに頼むとか そういった風に少しでも気持ちを楽にする
あとは自分の育児に対するスタンスをハードルをちょっと下げるとかね そんななんかおむつ毎回買えなくてもいいじゃんとか
今日疲れたからお風呂に入れなくてもいいやとかね あと離乳食別に手作りじゃなくてもいいじゃんとかね
自分の中でハードル下げていくんですよ 誰も知らないですからねそんなハードルちょっと下げたぐらいじゃん
みんな元気に育ちますから 自分の余裕を作ることが一番大事なんじゃないかなって
その余裕を作ることが夫婦のお互いの余裕を作っていく 夫婦が離れてしまった心の距離をその余裕が埋めてくれるんだと思うんですよ
なので僕らの夫婦間について求めると 2人の時より3人いる今の方が断然楽だしお互い支え合えている
お互いに親密な関係を感じ合うことができている作ることができている それがなぜできたのかというと僕らがお互いに自分たちの余裕を作ろうと
したからなんじゃないのかなって思うんですね もし今困ってるんだれば
今の生活の中に余裕を作っていくことを意識するとうまくいくかもしれないなーって 僕は思っています
この間ね一泊二日で名古屋旅行に行ったんですよ 名古屋にねあのハットリー半蔵忍者隊っていうのがいるんですよ
全然知らない人には何のことか何のことって思うかもしれないんだけど 徳川家康とハットリー半蔵忍者隊っていうのがね
名古屋愛知PR隊だったかな その観光大使みたいな感じでねいるんですよ
youtube とかねすごい忍者の動画めっちゃ作ってるんですけど 僕の三男がそのハットリー半蔵忍者隊にはまって
毎日youtube でハットリー半蔵忍者隊見てるんですよ すごいんですよ縦とかねやるんですよこのシャーシャーつってこう語るんで
パチパチに戦ったりとかね手裏剣をバシバシバーンと投げたりとかして ドラマみたいなものをyoutubeで上げてるんですよ
忍者がお互いに戦ったりとかなんかゾンビと戦う忍者とか出てきて あと名古屋の街をねこう駆け回ったりとか名古屋城の前でね戦ったりとか
っていうすっごいかっこいいんですよ それがねすごいハマっちゃって
あと今タイガドラマで徳川家康やってるじゃないですか あれを見て上野子たちも戦国武将にハマって
徳川家康織田信長豊臣秀吉あと他いくつかの武将とかのことも好きになって じゃあみんなで行こうってなったんですよ
うちの妻もハマって家康と見てハマって なんだっけな本田忠勝だったかな
妻の推し武将は本田忠勝なんですよ 家康の部下で家臣で槍の名手なんですよね
すごい忠義に溢れた男で言いやすいずっと使えるんですよ 妻の推しは本田忠勝でじゃあみんなで名古屋に行こうと言って
ここまで行ってきたんですよ すごい良くて何が良かったかってその何かテーマを持った旅行っていいなーって思ったんですよね
今までって例えばね山梨県に僕はよく行ってたんですけど 山梨県でゆっくりしようみたいな感じで行くんだけど
まあテーマがないわけなんでちょっと観光してじゃあ帰るかみたいな感じで
なんかこうふわっとして終わってたんだけど その武将とかその歴史っていう軸があると
ここが名古屋城かと思ってここで加藤清政があの石垣を作ったのかとか 石垣にあの家紋のマークがあるとかあれは誰の家紋だみたいな感じで
子供たちと盛り上がったりとか あとあの辺てねお城がすごいたくさんあって清洲城ってとこも行ったんですよ
織田信長のお城なんですけどその中清洲城のお城の中で信長の資料がいっぱいあって 兜とか衣装とか大御殿までかつて着た衣装もあったりとか
持ちいられた衣装があったりとか あとひなわじゅうの本物が置いてあって触れるんですよね
実際に触れることができて あと清洲の街がどうやって発展していったのか
で清洲城 信長亡き家と家康は清洲城を城下町ごと名古屋に移転するんですよね
清洲越しって言われてるんですけど どうやって清洲から名古屋に移転していったのか
清洲城の庭園主格を名古屋城に持ってくるんですよね 清洲ヤグラっていう建物にして名古屋城の中に設置したりとかするんですけど
面白いんですよ 歴史とか武将別にって人に何の興味もない話だけど
そうやって何かテーマを持って子供として旅行に行くと 楽しめるなって 旅行って楽しいんだなって思ったんですよ