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こんにちは、夫婦関係学ラジオのアツです。このBottegasでは、夫婦の葛藤をサバイブするためのアレッジをお伝えしていきます。
今回もですね、場所やお金、時間に縛られることが子育て中なられる不安や悩みを全国の専門家バディに24時間365日、頼り放題、相談し放題のサービス、チルディッシュを運営する加治木基洋さんにお越しいただいています。
前回はチルディッシュとは何かっていう話と、なぜやられるのかっていうところをお話いただいたんですけど、なんで24歳の若者がやろうと思われたのかが、気になってしょうがなくてですね、
なんで結婚されてないですよね、お子さんいらっしゃいないのに、なんで子育て支援のサービスを、しかもほとんど無償に近いようなサービスをやろうとしたのか、なんで始めようと思ったんですかね、こんな。
確かに客観的に不思議すぎますよね。
なるほど、確かに。
なんでだろうと思って。
もともと活動を始めたのは、起業したのが20歳の時だったんです。で、でも活動にちょっと手を出し始めたのが6年前とか18歳とかなんですね。
え、18歳から。
何か目に見える活動っていうよりは、勉強したりとか調査したりとか、探求を始めたっていう感じですね、話を聞いたりとか。
何をしてたんですか、その頃に。
えっとですね、その時やってたのは、なんで家族狂ってしまうんだろうっていうのを不思議でならなかったんで、それをちょっと明かしたいなって思って。
なんで18歳の若者が家族狂ってる話を脅威持つんでした?
そこですよね、なんかめちゃくちゃ根本的には、生まれた家庭の居心地の悪さがあったんですよね。
たじきさんの。
で、機能不全っていう分類していいかわかんないんですけど、ちょっと解像を高めるために具体的に話を聞くんですけど、この父がですね、超厳しかったんですよ。
怖かったんですか。
怖かったんですよ。もう、ふってんがわからなくて。
すぐ怒る。
子供ながらの感覚としては、何をしても否定されるみたいな。なので、こう怯えながら、萎縮しながら育つみたいな感じで。
で、僕と双子の妹がいて、母がいて、で、それを僕たちをかわう母みたいな。
お母さんはかわってたんですよね。
なんかそういう構造で、少なくとも僕はこう見ていて、で、そういう家庭育ってきたっていうのがあったんですよ。
で、
暴力とかもあったんですか。
は、なかったんですけど、手は。で、愛情もちなみにすっごく感じてたんですよ。
感じていた。
感じてました。
お父さんに対して。
お父さんが僕たちを愛してるんだなっていうのはわかってたんですよ。
っていうのもちょっと過激な発言なんですけど、記憶にあるのが、車に乗ってた時に、僕を、もっくんって呼ばれてたんで、もっくんをいじめるやつがいたら、俺は殺しちゃうみたいな勢いで。
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すごい勢いですね。
でも、なんかそういうことを言ってて。
でも、子供ながらには、ああ、なんか大事に思ってくれてんだなっていうのは思ってたんですよ。
衣食中も別に問題なく出てきてましたし。
なんで、なんか愛情は感じてたんだなって振り返ってもやっぱ思うんですけれど、
でも、そうやってこう、萎縮してしまうような関わりで、ずっと生きてた時に、
小学校なって、友達初めてできて、で、自分の家族以外の家族を見ることが出始めるんですよね。
ってなった時に、部活もそうですけど、中学高校の友達の家に泊まりに行ってとか、
時に、めっちゃ仲いいじゃん、家族みたいな。これ家族なの?みたいな。
お父さんと息子が下ネタ減って笑ってるよ、みたいな。本当に?みたいなこととか。
食事中にテレビ見ながら、あ、笑えるんだ、とか、お父さんお母さんって仲いいんだ、ってことか。
いろいろ、マジで?みたいな衝撃体験がありまして、家族留学みたいな感じで。
かじきさんのご両親はあんまり仲良くしかなかった?
僕らが大学行く時に離婚はしてるんですけど、
でも、僕は記憶あるところから別に仲がいいってとこは全く見たことはないですね。
けっこう喧嘩とか、外に遊びに行ってもだいたい喧嘩してるイメージしかなかった。
だいたい気分が悪くなって、なんか終わってたな、みたいな感じが思い出としてあるんですね。
そうじゃなかったこともあるかもなんですけど。
で、そういう驚きがありました時に、僕は少なくとも自分の家族に優れてるなとは思わなかったんですね。
劣等感を持ったんですね。なんかあんまり良くない家族なのかも、みたいな。
で、僕のその家族の中での振る舞いは、とにかく波風を立てないっていう、何かを立ててしまうと怒られちゃうからっていうので、
それも一回僕が悪いんじゃないかって思って、何か悪いことしてたら本当に謝るから、
で、別にお父さんを怒らせたいわけじゃないと言って歩みを。
お父さん言ったんですか?
言ったんですよ。一回言った記憶があって。
でも、正午とかじゃないですかね。多分記憶的には。
その時に何かよく分かんない形で否定されたっていう記憶があって。
そう言った時に。
ですです。またなんか怒られた感触があって。
もうなんか歩み寄れないわっていう。分かち合えないみたいな。
この人とは分かり合えないんだって。
っていう何か諦めがその時にあって、そこからもう僕は家族の中では、環境の中では、
なるべく感情もトロしないし、発言もしないし、とにかく引っかかりを作らないっていうので、
部屋にこもるし、忙しくして勉強してとか、時間を、一緒の時間を共有しないしとか、
そういうのでもう本当にずっと高校出るまでやってて、
僕高2の春くらいにすごく簡易的に家出をしてるんですね。
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簡易的に家出をしてるんですね。
どういうことですか簡易的にって。
簡易的にというかなんかカジュアルな家出をしていて。
近所の公園まで行ったみたいな。
近い感覚なんですけど、結構部活と勉強頑張ってたんですよ。
というのも父親が顔色を伺うっていうのが生き方だったので、
なぜならば怒られてしまうから。
怒られてしまうというのは子供の目線では普通に死活問題になっちゃうので、
ご飯もらえないとかになったらとか。
生き物としてそういう生存戦略が働いてて、
僕の学生時代のムーブは、いかに優れているかだったんですよね。
怒られないから?
なのでいかに既存の評価軸の中で優れているか、
例えばテスト点がいいかとか、学年で1位かとか、東大・京大に行けるかとか、
いわゆる成功ルートみたいなものをいかにトップで行けるかみたいな、
そういう生き方だったんですよ。
仕方なくそうなった。
仕方なくですね。
そういうのにも違和感にも気づけないんですよね。
やっぱ無意識で擦り込まれてるんで。
どうもですからね。
っていう、僕はそれを気づける体験があったんですけど、
でもそういう生き方だったんで、
勉強めっちゃ頑張ってて、東大に行かなくてどうすんの?みたいな感じ。
僕は勝手に思ってて。
毎朝6時半に家を出て、30分くらいチャリを越えて行って、
夜11時くらいに帰ってきてみたいな。
本当に広島県なんですけど、
広島市の、もっと山の方だったんで、雪も結構積もるんですよね。
ある雪の夜の日に帰った時に、
ドアを開けると、大丈夫か?みたいな一言ではなく、
一言目が一回出ろって言われて、
なんで?って思ったのは、雪が付いてるだろうと。
玄関で落とすな。外で落とせ。みたいな。
だから一回出てって言われて、
出てって言うとちょっと優しい言い方なんですけど、
わって言われたんですよ。
マジか?ってなるんで。
30分かけて越えてきたのに。
で勉強頑張って、みたいな。
そう言われた時に、ちょっとこの人の元にいるのは、
今ちょっと疲れるなって思って、
でもただ、激的な別れをしてしまうとちょっと後があれなんで、
妹もいますし、双子の母もいるんで、
もっと勉強ちょっと頑張るから、
おばあちゃん家が近いんだよね、学校に。みたいな言って。
で、ちょっとそっちに居候をします。みたいな感じで、
そっから僕はもうおばあちゃん家にずっと行ってて、
もう実家みたいな感じで、
離婚期にもう元の実家ないので、
もう僕は帰る、生まれた実家ないんですけど、
そのおばあちゃん家に行ってって感じですね。
で、ちょっと結構具体で話してるんですけど、
全部繋がってくるんで、
で、家出しました。
で、そっから勉強めっちゃ頑張っていく中で、
ある審議職の資格を持たれてる先生と出会ったんですね。
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大学、高校の。
高校の時に、中学の時にお世話になってた塾で、
そこにただ自習室みたいな使っていいよってやってたんで行ってたんですよ。
で、たまたま本当に久しぶりに行った時にその人に出会って、
その人が僕の問題の解き方とか、
こう質問の仕方とかを見て、
あの、違和感というか思ったらしくて、
ま、つまりは優れてるように見せるんで僕は。
なるほど。
なんで、なんかこう取り繕ってるというか、
本音が出てない。
出てないなとか、
感情ないなみたいな。
感情ないなとか見て、
カジキって幸せなの?みたいな直球ですけど、
直球ですね。
質問と、今の自分に何点つけるの?って言われて、
その本当に今って言われて、
僕会えたら先生と話して立ち尽くしてる今、
何点つけるの?って言われて、
間違いなくゼロ点でしょって思ったんですよ。
僕は自分のことを。
で、もう無価値感が普通だったんですよ。
無価値なんですよ。
自分には何の価値もない。
何かをしないと、誰かの役に立たないと、
無価値だっていう感覚が当たり前だったんですよね。
幸せかって言われて、
いや別によくわかんないですみたいな。
考えたこともなかったりする。
で、初めて問いができたんですよね。
で、そこで話していく中で、
どうやらなんか父親の影響ってちょっとありそうだなとか、
家族の中の影響が結構ここに反映されてるのかもなみたいなのを、
つかむことができて、
その質問とかから。
で、その人もそういうことを言ってて、
確かにみたいな、僕幸せじゃないわみたいな感覚と、
でも幸せって何なんだろうっていう、
強烈な問いが初めて言われて、
で、かつ、
無価値感の違和感も初めて生まれたんですね。
その時に言われたのが、
じゃあカジキはゼロ点なのはわかったから、
もし仮に今子供が生まれてカジキに赤ちゃんできて、
今そこちょうど生まれてめっちゃ泣いてると。
赤ちゃんの声ってすさまじくうるさいじゃないですか。
で、不快になる音なんで、
出してるけど、
その子には何点つけるのって言ったら、
120点でしょって言ったんですよ。
普通に100点満点以上ですよって言ったら、
このギャップ何なんだみたいな。
たとえば僕は何なら迷惑すらかけてない、
存在してるけど、
自分はゼロ点迷惑もかけてないけど、
でも赤ちゃんは120点迷惑かけてるけど、
ヤンヤン泣いてるけど、
何もしてないみたいな。
だけど、なんだこれっておかしくない?って思って、
ここで初めて、
なんか無価値観への違和感とか疑問も立って、
なんでこうなってしまったんだろうっていう、
それが家族のなんか要因があるんじゃないかっていう風に思ったのが始まりで、
そこから、
18歳くらい。
そうですね、本当に。
で、受験期も迫ってきて半年前とかあったんですけど、
テストまで。
で、でもその問いが立ってしまったので、
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僕は何で生きてるんだろうっていう。
とんでもないタイミングで。
来たんすよ。
つけつけられましたね。
僕は何で生きてるんだ?何が幸せなんだ?とか思って、
もう、後はそれをもうひたすら探求続けるっていうのはスタートして、
で、大学何で行くんだろうってのも当然立ったんすよね、問いとして。
そうですよね。
で、オープンキャンパスも行ったし、
だけど正直ワクワクは全くしなかったんすよ。
先輩の学生とか見ても、何で生きてるんだろう?みたいなことよく分かんないなみたいな人もいれば、
全然生き生きしないなって人も多かった中で、
そういう強烈な問いがホットに持ってる僕は、
大学って行く意味ないんじゃないの?って普通に思っちゃったんですよね。
少なくとも今の僕には。
って思って、いいわって思って、受験免許をやめて、
大学やっちゃった。
近くの河川敷に行って、で、幸せって何なんだ?みたいなことを、
一応その受験半年前とかで、ちょっと登校規制が緩くなってたのはあったんですけど、
で、なんかそういうことを考えながら、
大学行かなくていいやって感じながら、問いをずっと深め続けてて、
で、ただ受験期は来て、僕ずっと東京には出なきゃって思ってたんですね。
っていうのも、またこれも呪いっていう言い方をすると毒があるんですけど、
僕の名前がすごくいいんですよ。
名前が。
元…
カジキ・モトヒロっていうのが、拓数的にらしくて、
これあんまりよく分からないですけど、
何かっていうと母が、逆にすっごくあるんですよ、名前が。
で、母の人生を紐解いていくと、
もうホントに名前に理由をつけないと、やってけないよなって思うような、
ホントになんか大変だねって、僕も思っちゃうようなことが多くて、
そのコンプレックスから、僕と双子の妹にはすっごいいい名前つけてくれてて、
で、半ば洗脳気味じゃないですけど、
もっくんと妹は上手くいくと。
だけど、もちろん努力つきでねっていう、なんかそういうのもやったんで。
いいお母さんですね。
はい。なので、ただ、何…なんか早く出世しなきゃみたいな思いはやっぱあったんですよね、そういうので。
頑張んなきゃ。
やっぱ優れてなきゃにも相まって、大成功しなきゃみたいな。
何者かにならなきゃみたいな。
いい名前だから、自分は成功できるけど、努力しないとなれないから、頑張らなくちゃみたいな。
みたいな。ある意味でいい人生を、僕は少なくとも人生豊かになってるとは思ってるんで、
いいものでもあり、でもある意味で呪いでもあるんですけど、
っていうのを持ってたんで、とりあえず東京には出なきゃみたいな。
広島にいててもつまらない。
成功の道は東京にあるんじゃないか。
そうです。めっちゃ口悪く言いますけど、同学年の人とか先輩や後輩見てても正直何ともつまらない。
一切関わりたくない。正直軽蔑すらしてました。
そうなんですね。
結構悪口も言ってました。なんで生きてんの?みたいなこと言って、
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お前学校来んなよみたいな親のお金で来てんのに、なんで騒いでんの?みたいなことが結構言ってて。
そういう問いが自分の中に立っちゃってますからね。
立っちゃってます。
そういう目でしか多分世界見れてなかった。
無目的に生きるっていうのがもう悪だと思ってたんですよね、当時は。
なるほど。
なのでそういう焦りもあって東京には出よう、でも大学行く意味がないと思ってて、
お金正直もったいないから僕に投資してほしいぐらい思ってたんですけど、
でもおばあちゃんがその時に、戦時中の方というとちょっとあれですけど、
なんで大学行きたくても行けない世代だったんで、どうしても行ってほしいと。
母もそう言ったんですけど、正直今もう行こうが行く前が全然ハッピーになると思う社会じゃないですか。
ですけどその世代的にはやっぱ大企業に入ってとかがやっぱりリスクは低いんじゃないのって思うのは当然で、
そういうふうに言われて、すっごく感謝してるんで本当に。
お世話になったのはそれこそおばあちゃんとかは僕を支えてくれたんで、
家族の中で僕は何も取ろうできなかったけど、おばあちゃんのおかげで本当にちょっとずつ話せるようにもなったし、
自分の気持ちとか。
その一番家族みたいな身内近い距離の中で最初に話せるようになったのはおばあちゃんですね。
そこから本当に恩を感じてるんで、泣かれた時にもう行かなきゃって思ってとりあえず。
そうですね。
でセンター試験当時最後だったんですけど都市的には受けて、生直がんばってやりたいんで勉強東大目指して。
最初に法政大学の理工学部が合格でたんで、もうここでいいやと思って行って。
ただコロナもあったら中ですね、2020年。
なるほどですね。
繋がりもないしみたいな中で、ただ僕の中にあるのは何で生きるんだみたいな。
どうやったら幸せなんだ。何のために生きてるんだっていうのがずっと強烈になったんで、
それに向き合い続ける中で企業っていう選択肢とか、何かビジネスをやるみたいな選択肢が一番最初に出てきたんですね。
それはいいなこの人って思う生き方をしてる人が中小化すると企業化っていう生き物なのかもしれないみたいなことがあったんで興味を持ち始めて。
なんか出会いがあったんですか?
でも当時はとにかくちょっと本を読もうっていうのと、あとyoutubeとか、
ちょうどコロナ禍で副業みたいな流行ったタイミングでギグワークとか動画編集とか啓蒙的な意識高めの発信とか増えてたと思うんですけど、
ああいうのを見てる中で、この考え素敵だなとかこの生き方かっこいいなっていう感覚的に惹かれたもの。
でもそれって結構振り返るとだいぶコンプレックスも混じってるんですけど、何者かにならなきゃみたいなものもその意思決定が混じってるんですけど、
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でもその中に企業化があって、社長って言ってもいいのかもわかんないけど、
まず引っかかったんで、とりあえずそう言われてる人たちに会いに行こうってなって、
それも意識高い成功者の発言とかで行動力だとかいろいろ言われてたんで、とりあえずやる以外何もないからやってみようって思って、
別にデブ症なんで、なるべく人とも関わりたくなかったんですけど、それこそ意識高めにやっていろいろ動いていく中で、
企業の解像度も高まっていって、一方でサラリーマン的なことも学生インターンみたいなことで、立ち上げ間もない会社から上場してる会社まで働いて、
いろいろインターンやったんですね。
そうです。一環として僕は問題意識に家族ってのがあったので、
シニア世帯の方の生きがいをどう作るかとか、子育て世帯の幸せをどう作るかっていう取り組みをしてる株式会社に入ってたんですけど、
中でサラリーマンが本当に向いてないかもっていう学び。
向いてなさそうですね。なんでそう思ったんですか?
めっちゃ頑張るんですけど、普通にパフォーマンスは超出すんですよ。なんですけど、全く幸せじゃないっていう。ワクワクしないんですよね。
どれだけ素晴らしい旗を掲げていても、僕が掲げてない限り、僕じゃなくていいやって思っちゃったんですよね、全て。
自分の旗じゃないなって。
人の作った旗だよな。
僕がやる理由がないんですよ。深掘れば深掘るほど。取って尽きては言えるんですけどもちろん。
収穫のどうでもいい理由というとあれですけど、すっぺらいやつくらいは言えるんですけど、人生かけるレベルじゃないなって思って。
僕は何者かになるためにみたいな焦りもある中で、それはやっぱ合わないなって思ってて。
で、なったら起業しようっていう意識決定とかオプションがだいぶ強くなってきて、でも起業って改めて何なんだとか結構大変じゃないかみたいなことを思ったんで、
どのタイミングで何を起業すればいいんだろうっていうのを、僕から1年かけていろんな人と話していく中で、
僕は多分起業家としてずっとやっていくほかないから、タイミングで言うと早いほかはない。
早いに越したことはない。なぜかというと起業みたいなものって座学では学べないから。
本当にやってて思うんですけど、経験でしかないと。いかに早く失敗して繰り返していくか、改善だと思った時には早いに越したことがないっていう理由と、
あとは起業のテーマで、やっぱ起業した時に3年で9割の会社がなくなっちゃうんですよね。
特に我々のスタートアップみたいに言われてる新しい価値を打ち出して、社会を変えて、そのリターンとして今の資本主義の中ではお金が返ってくるみたいな、
モデルの中ではそういう現状がある中で、倒産してしまう、辞めてしまう理由っていうのはお金ではなくて、マインドが折れちゃうなんですよね。
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三年とかそこらなんてバイトとかすれば正直どうにかなるんで、何かっていうとこれじゃないかもって思うとか、これやめとこみたいになっちゃうんですよね。
自分の信念と合わないみたいな。
合わないとか、それは何か言い方を悪くすると心が折れちゃうっていう言い方もしますし、シンプルにより違うもっとワクワクする何かに出会えたってもあるんですけど、
つまりはそういった理由で続かないと。一方、どういう会社がどういう取り組みがうまくいくかっていうと、辞めなかったところなんですよね。
うまくいく会社が辞めなかったところ。
時代の波とか、いろんなチップスとかももちろんあるんですけど、何なのって言われて辞めなかっただけなんですよね。
シンプルですね。
シンプルで諦めずに信念を持って、僕らがやっぱりコントロールできるのって、できてもないんですけど、やっぱり成功ってその時の運とかもあるじゃないですか。
誰と出会ったかとか、コロナが来たからズーム困難に入りましたよねみたいな話もそうですし、
あとは辞めずに、そういう運気が高まりそうな場所にできるだけ努力して推測をしてい続けるっていうだけだと思ってて、
その時に辞めないっていうのが本当に超大事なんですよね。
だから辞めないテーマを選ぼう。言い方を変えると命かけられるテーマじゃないとダメだっていうのをちょっと過激ですけど言われて、確かにって思って。
って言われると僕は家族の問題意識しかなかったんで、少なくとも僕以降に生まれる子供たちが、家族選べないじゃないですか。生まれ落ちるところって。
自分の子供を選べない。
もちろん子供が親を選んでるみたいな派の方もいらっしゃいますけど、でもそういう基本的な感覚としては選べないって思った時にそのガチャ要素があって、
時にどの家庭に生まれても子供が本当に幸せになってほしい。
自分みたいになってほしくないって言うと、自分は正直別に結構幸せではあるんで今、そういう経験があったからこそみたいな幸せももちろんあるとは思ってるんですけど、
でもとにかく自己肯定感というか、自己効力感を失わないような、自分のことを愛せるような家族であってほしいって思っていて、
それを作るために人生使おうっていう意思決定を、でもそれじゃあどうするのって言われると分からないんですけど、
でも早く起業した方がいいよっていう話を信じて、何もアイディアないんですけど、ただテーマだけ持って起業したのがハタチですね。
で、そっから知識も何もないんで、とりあえず株式会社でビジネスであるしか僕は選択肢を持ってなかったんですよね。
当時はNPOもよく分からなかったし、一般社団とかいろんな法人閣がありますけど、政治家になるとかもちろん一つのオプションですけど、
なかった時に起業してみて、で会社ってなったらとりあえず事業を作ってビジネスでお金稼いで持続させていくしかないと。
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っていうので、所要の条件としてそれをスタートさせていったんですけど、でもその家族の幸せ、考えた時に問題が複雑すぎるんですよね。
僕がやりたいのは生まれた家庭を幸せにするというよりは、それって対象療法に過ぎないので、もちろんそうじゃない未来を見つめた対象療法あると思うんですけど、
けどもっと根本の原因を変えていくようなことをやりたいんだって思うと、なおさらもう人類最高難易度レベルでむずい問いになっちゃうんですよね。
それは家庭してたった一つのビジネスでどうにかなるものじゃない。
人間理解も必要ですし、日本の国民の歴史も必要ですし、国民性の理解も必要ですし、宗教の理解も必要ですし、今の政治の状況も必要ですし、
法律も変えなきゃいけないしとか、本当にいろんなものが。
社会構造を理解しないと。
そうなんです。
始まったはいいものの、本当に意味のある一手を打つまでにすごく時間がかかったんですよ。今もそうですけど。
僕は納得できないとやれない立ちなんで、それはなんか振り返ると優等生みたいな正解を求めてしまうみたいなところがちょっとあったと思うんですけど、
納得できないとやっぱり動けなかったんで、動いていくやっぱりそうやって探求すればいくほど沼あるんですよね。
で、全国の本当専門家とかそういうこと研究者とか、あとは専門団体NPOの方とか株式会社の方とか、いろんなその僕らが僕がやろうとしていることに関わっている方たちの最前線を話を聞きに行って活動を見に行って、
ご家庭のリアルな悩みを聞く中で、本当に難しいんだなっていうのがわかったんですけど、
政治家になるのがいいのかとか、言葉はあれですけど、それこそ総理大臣みたいな国を変えるレベルの権力を持った人を本当に言い方悪いですけど、倒すみたいなことをする方が本当はいいんじゃないかみたいなこととかも普通にはオプションとしては上がるわけですよね。
でも中で、見ていく中で分かっていったのは正解がないなっていうことと、あとは僕が悪いと思っていた家族が誰も悪者がいないんだなっていうこと多くが。
どういうことですか?悪者がいないっていうのは。
みんな幸せになりたいし、家族のことをすごく幸せにしたいと思って大切にしているし、何なら子供のことなんて自分を犠牲にするくらい愛しているし幸せになってほしいって思っているけれども狂っていく。
お父さんがまさに。
まさにですね。っていうのは父の話にも戻るんですけど、やっぱりある日突然双子の親になるって凄まじいじゃないですか。
僕も双子なんでめっちゃしょうがないですよね。
親1年目じゃないですか。基本的に今の日本の子育てってそれまでに子供を育てるみたいな経験は詰めないので、自分の子供が初めての子供で命を守っていかなきゃいけないというプレッシャーの中、
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踏襲すべき子育て感はもうちょっと時代錯誤もはなはなしい自分の親しかないってなった時に、父は自分の親からされた子育てをすごく嫌っていたんですよ。
なので縁を切ってるんですよね。父も祖父ごとなんですけど、それが出てしまう。同じように再生産してしまうっていうものに多分自己否定も混じりながら、
でも父としてちゃんとしなければっていうプレッシャーの中で、ああいう怒鳴るとか権威を持たせるみたいなことで走っちゃったんじゃないかなって僕は勝手に思ってるんですけど、
母も嫌だし余裕ないし仕事もあって友だけだったんで、時間もないお金もない心にも余裕がない。そりゃ狂うよねってなって、
それが誰が悪かったら祖父母かっていうと祖父母は祖父母でめちゃくちゃ愛してるんですよ父のことを。
僕も今カジッケの長男になるので祖父母の家に行った時に、この前行った時に未だに父親が幼少期使ってたフォークを持って僕にリンゴとかと一緒に出してくるんですよ。
これはお父さんが使ってたやつなんやでみたいなのを言ってめっちゃ好きじゃんみたいな。
なんで祖父母からするとなぜ父が縁を切ってきたのかわかってないんですよ。
ただ僕からするとそりゃ切るよねって思うくらいの嫌だなって思うんですよねっていうことを話してても、そりゃ父も嫌だよなって思う感じで誰も悪くないなっていうことが起きてしまう。
で本当に教育の問題もあれば周りのその繋がりがないみたいな頼り先がないっていういろんな要因も相まってるんですけど、
っていう悪者がいないんだなって思った時に何か構造そのものを変えなきゃいけない。
でも構造そのものって言ってもメソを入れる先が本当にたくさんあって、しかもどれ一つ取ってももう正解が全くわからないもの。
再現さえ一部あるものかもしれないけれど歴史を見てわからなすぎるものだから本当に何したらいいんだろうっていうのをこの20歳で起業して4年間くらい
ビジネスで事業でとか資金調達してなんてもうクソほども役立たないんですよ。僕らがやりたいこと。クソほどって言うとちょっとあえて言うんですけど正直全くクリティカルな理由じゃないんですよね。
お金があれば解決できるってわけじゃない。
そうです。で方や周りは何億円調達して何年で上場して大金持ちになりましたみたいないわゆるすげえって言われる人たちを見てるけれども
そういう人たち全然幸せそうじゃないなって思うし、僕からするとマジでなんで生きてんだこいつらって思う。全く尊敬できない。これで社会がどう良くなるのみたいな。
まあ幸せならいいですけどねみたいな。そうお金持ちになってなんか引退しますみたいな。まったくマジで無価値じゃんって思っちゃうんですけど。
まあもちろんいろんな価値があると思うんですけど。ですけどなんかそういうの見た時にまあなんか
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世の中変わってないわけですもんね。
そうです。
個人がファイヤーしたところで世界に何の変化があるのかっていうと。
もちろんなんかそれがいい意味で反面教師になって何年後に生まれる人たちがいい仕切りができるとかあると思うんですけど。
まあでもなんかそういう生き方をしている人たちを見て僕は少なくともそうしたくないって思って。
なるほど。
答えがないから僕が生きているうちに達成できるかもわからないことをしてるから。
確かにそう言われてみると確かにそうですよね。
そうなんですよ。今人類史上の最先端の課題なんで何問に立ち向かってるんで。
だったときに唯一できることはまず僕たちが楽しみながら続けられるというかワクワクしたり信念を持ち続けられるということと
加えて最も僕たちが価値発揮できるもの。
合ってるかどうかさておきそういったものでやるしかないよねって思って。
それは今ある構造の問題の中でどこなんだろうって思ったときに僕は子育て1年目の特に
孤独孤立に陥ってしまうこの社会の現状を変えていく。
それも特に頼り先がないけどしんどさを抱えているけど事件事故にはなってなくて周りから見えない
みたいな状態のところへの予防的な頼り先を作るということ。
ここを入り口に助けられたという人が今度困ってる人いたら私も助けようって思うようになって
助けることができるってその行動まで変容するっていうようなその循環を生み出すことで
助け合い頼り合いの子育てが生まれてこれが引いては家族の垣根を溶かして
それが引いては人々の暮らしの中にもう一度自助教助を再実装していくってことをする。
そうすれば僕らが思っているどの家族に生まれても子供もハッピーだしみんなハッピーって状態になるんじゃないかっていう
もっと僕らの中で一番いけるんじゃないかって思ってる仮説でこれをやろうっていうのでたどり着いて
それまでにほんと8個事業作って潰したりとか資金を調達してやめたりとか色々やってきたんですけど
そういう感じです。
その前は他のサービスもやったりとか
そうですそうです。ギフトサービスをやったりとかそれこそ市場があるところでやるっていうのがセオリーなのでビジネスやるってある時に
ニーズがあるないに限らずそもそも市場がでかいか小さいかっていうのがその後の会社の成長を決める
結構残酷な真実であって市場を作るっていうのは相当な力がいるので
それこそ時代が変わるとかコロナ来るみたいなことが起きない限りできないってなった時に
そういうこともあるんでじゃあ今ある市場の中でっていうとギフト市場かなって思って
家族間のギフトとかを少なくとも僕の思いが思いに嘘をつかない形で
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家族間で気持ちを伝えるようなサービスにできないかなみたいなことでやってたりとか
あとは自治体と最初から連携してAIネイティブでもうAIが最初から搭載された
今でこそちょっと作られつつある程度もうだいぶ話したいことあるんですけど
言ってくださいもう全部
一家庭に
本当一家庭に一AIチャットボットがついて家族のあらゆる情報を持っていて
カスタマイズした伴奏ができるみたいなできればいいんじゃないかとか
それを自治体とやろうみたいな話をしたいとか
本当に他にもエンディングの方の就活のサービスとか
ちょっとキャリアを見直すようなものとか
でも僕が本当にこれやった方がいいよねって思うものって
お金にならないんですよねこの領域って
例えば結婚する前に夫婦のキャリアプラン絶対見た方がいいんですよ
こっからどういうとこ目指しやっていくみたいな
幸せの絶頂のとこでノリでパートナーシップ結ぶと結構危ないんで
ちゃんと話すこと話しておいた方がいいよねみたいな
そういう面倒くさいことをやった方がいいよねって思うけど
それをお金払ってやろうみたいな人はそもそもディティラシーな人だし
そうじゃない人にことを届けなきゃいけないのに
その人にはお金がないとかで届かないみたいなジレンマ
だからお金の流れが受益者とサービス提供者の関係成り立たないみたいな
そもそも難しさがいっぱい出てきて
ビジネスとしては基本的にはナンセンスで
むずすぎってなって
色々考えていく中でそもそもこの資本市場の中で
ビジネスでっていうのはすごく難しいアプローチであると
じゃあNPOがいいのかとか議員になるのがいいのかとか首相になるのがいいのかっていうのをフラットに見た結果
でもこの構造にメソを入れるのであれば
株式会社の形でサービスっていう形で
でも非営利な極めて非営利に近い
NPOではないが極めて非営利に近い疑念を持って
お金の集め方も株式調達みたいな株式会社の株式をもちろん生かしながらも
そういったところだけではなく
株式会社って基本的には交換行為のお金の流れなので
サービス提供しますお金くださいなので
そうではなくもっと雑用的なお金のモデルもハイブリッドとして
そういう株式会社で僕らがこの課題解決にアプローチした時に
僕らが最も価値発揮できて
時代の流れとかを見た時に
今の株式会社の位置づけってちょっとずつ変わりつつあるので
やっぱ見直されてきている資本主義でいろいろ弊害あったよねと
ポスト資本主義でもっと今一番力を持っているのって
株式会社ビジネスパーソンと政治家とかなので
この人たちがもっと役割をちょっと変えて
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お金になりにくいところにもアプローチした方がいいんじゃないのっていう時代の流れに相まって
僕らはここにチャレンジしたら
もしかしたら何かが起きるかもしれないねっていうので
これを選んでるって感じですね
いけますよ
いけますよ
時代来てるじゃないですかそういうムーブメントが
そうっすよねなんかちょっと感じてます
ありますよねコテンさんの
ほんとコテンさんありがたいですね
ヘラルボニーさんも
あとそのコテンさん周りやっぱ凄いですねCNCさんとかも
参考になるような企業とかメンターが結構いて
一緒に作ったみたいな
日本の中でもその2社3社だけなんですよねやっぱり
やってるのってこのレベルでやってるのって
もちろん知られてないだけでもあると思うんですけど
でもそういったトップレベルでやってる人たちには
基本的にはすごくもう色々応援していただいてるので
あとは本当に何か日々お金にならないこといっぱいありますし
これがどうなるんだろうみたいな
もう本当に思いながら動いてるんですけど
中長期的に信じてやるしかないなっていうので
すごい信念ですねめちゃくちゃ深い信念
そうですねでもなんかそもそもやっぱ
生きるって何だろうとか
幸せって何だろうっていう問いがやっぱ僕は結構強烈で
これってもう何て言うんですか正解がないじゃないですか
で多分行き着くのって生きる意味なかったとか
生きる価値ってないんだなフラットに考えてっていうのは
だいたい帰結するとこかなって思ってて
これが早いと中高生できちゃうと
それこそ自殺しちゃうみたいなケースに
繋がるんだろうなと思ったんですけど
僕はなんか幸い死のうとは思わなかったんで
死にたくないっていう感じになってたので
でもただ生きる意味がないみたいな
基本的になんかみんないい人だしみんな悪い人だし
みんななんかバカだし
みんな頭いい人でもいっぱいいるしみたいな
なんかよくわかんないなみたいな
人間大したことないし
生きるってすごく地獄だなみたいな
に僕は1回行き着いて
本当になんか2,3年くらいは
生きるのも辛かったんですけど
今も死にたくないから生きるってのが
結構基本的にあって
でも生きるんだったら楽しいとか感じるんですけど
普通にご飯食べて美味しいとか旅行楽しいとか
彼女いて嬉しいなとかパートナーいてとか
あるんですけど
でも人生レベルで見た時には
長いなって思っちゃうんですよね
死にたくないから生きるにしては長いなみたいな
今は生きる目的とか幸せとはっていう
何かご自身の定義づけはあるんですか
定義づけは基本的にはあまりないんですよね
死にたくないから生きるってのが現在地ではあって
普通に幸せや楽しさは感じるんですけど
面白いなとかも
ですけど
いかに僕はこの時間を視野を狭めて
消費していくかっていう感覚に近くて
視野を狭めて消費していくか
39:01
消費する人生を進めていくかっていう
感覚で生きていて
視野を狭めるっていうのは視野を広げているからこそ
見たくもないことが見えてしまって
その人生に意味なんてないんだみたいなことまで考えてしまって
つまりは何かエネルギーが湧かなくなっちゃうんですよね
で視野を狭めた例で出すのも恐縮ですけど
トップアスリートとか
お世話になっているメダリストの方の
インターサイトの方なんですけど
話をしてた時に
今でこそマジであれ何だったんだと思うが
走って早く走るのが
本当に全てを潤すって本気で信じれてたっていう話ですよね
ランナーで短距離とか
あとめすえさん
あとめすえさんめっちゃお世話になってるんですけど
だから本当にそう信じて
早く走るただそれだけが
それだけでいいんだって思える
視野を狭めてるわけですよね
めっちゃ狭いですよね
走ることだけが人生だったんですね
でも幸福度は高いし
一方で挫折とかもありますけれど
でも幸せだったと
エネルギーがすごく湧いてた
でも引退してとか
それこそアスリートの世界ってやっぱ過酷なので
うまくいけば注目集まるけど
いかないと全くすぐ忘れちゃうみたいな
もう何回か経験する中で
視野が広がっちゃうわけですよね
なんで生きてんだろう
なんで走ってんだろう俺みたいな
何のために早くなるんだろうみたいな
みたいな感じでやっちゃうと
エネルギーが湧かなくなっちゃう
考えすぎちゃうと
楽しくなくなっちゃうので
知的好奇心とかを満たすみたいな風にはなるんですけど
でもそうなっちゃうときついので
いかに視野を狭めて
うまくやっていくかっていうのが
結構今の基本的な現在地で
なんでクラファンとか今打ってき続けるんですよね
確かにもう8日間みたいな
あと8日間
もうこんだけ連絡して
わーってもう休む暇もなく
誰かにお願いし続けるみたいな
で訴え続ける
その期間ってあまり頭回す暇がないんで
僕らがやってることを
いいなって思えてしまうんですよね
錯覚できちゃうんですよね
でも通常時だと
これが悪いことになる可能性も
十二分にはらんでるんで
僕らの活動が
なので極端な話ですけど
何をいいと思うか悪いと思うかとかは
視座とか視野とか
タイムラインで全然変わると思うんですけど
ただ僕らの取り組みはきっかけで
何か恨みを持った人が
30年後に世界大戦を起こすかもしれない可能性もあるじゃないですか
可能性としては
可能性としては
みたいなことを考えるんですけど
そういうのも考える余裕がなくて
本当にいいことやれてるって
錯覚できるんですよね
っていうのは超ハッピーで
そういう感じで生きてて
ただ人生長いから
死にたくないなってなった時に
なんで死にたくないっていうのは出てくるんですか
42:00
死にたくないは
まだ多分
生き物としての感覚ですかね
おそらく
生き物的な
でもそういうなんか
生きる意味ないよねっていうのを
結構沼っていくと
生と死の天秤が
限りなく釣り合ってしまう
タイミングが来るんですけど
なんかリストカットとかそういう時になるのかもな
一部はなるんだろうなと思うんですけど
でも僕は死にたくないっていう感覚は
まだ基本的にあるので
でも
生きるんだったら
僕が少なくともやりたいなとか
僕の人生使って
やった方がいいなって思うことに
取り組まないと
死にたくないし
意味のないことはしたくないし
意味はないんですけど
納得できないことをしたくないなって思うと
やっぱこのすごく難しいけれど
この家族を全員幸せにするぞ
そのために社会構造を変えなきゃいけないっていう
ここにアプローチする
でもそれって僕にとっては結構都合が良くて
人生かけても解消できないくらいなんで
長期間取り組み続けられるんで
なんか
いい
消化試合というか
人生の使い道
人生の使い道としては
これ以上ないなっていう感覚もあるんで
やめようがないんですよね
簡単に解決できない
時間がかかるし
ちょっと話戻っちゃうんですけど
高校生の時に
知り合った先生でした
カウンセラーみたいな
その方との
やり取りで
かじきさんの人生変わった
本当にそうっすね
それって今チェルディッシュでやってる
バディみたいな感じだったんですかね
でもそうですね
なんか抽象的には本当にそういうところはあると思ってて
問いを持つとか
あの
大体なんか悩んでる時って
すごくバイアスがかかってたりとか
色眼鏡かかってる状態だと思うんで
なんかそのコーチングのある
NLPか忘れちゃったんですけど
そういう話では
基本的にみんな何かの箱の中に入って
この箱から
世界を見ていると
それは色はかかってたり
ちょっと歪んで見えてたりするが
それをバディとかコーチに近い人って
箱の外に一緒に出て
こういう風に見えてたねとか
こういう感じになってるんだねっていうのを
見ていくみたいな
人なんですけど
っていう意味で
そもそも今こういうこと悩んでるけれども
本当にこれが悩みなんだっけみたいな
そもそも目指してるところがなんだっけみたいな
じゃあギャップはこれ
ちょっと悩みと違ったんじゃないかなみたいな
そこまでストレートに言わないんですけど
そういうことそういう捉え直しが
できるような
それこそ子育ての悩みとかで
よくあるのは
色んな悩みがあるんですけど
めちゃくちゃそこも中小度を上げて
共通項を出していくと
そもそもめちゃくちゃできてるが
もっとやらなきゃって
思い込んでしまってるとか
それもそうなんですよね
見えてないんで自分が
45:00
他の子育て感も分かんないし家族分かんないから
だめだみたいな思っちゃいます
本当SNSの悪とかもあるんですけど
倫理観に欠けたコンテンツもいっぱい出てるんで
ハッピーな家庭を見てとか
ドスグロイ家庭を見て
なんか私もこれに近いかもとか
私全然やれてないかもって思ってしまうとか
子育ての水準が
高すぎるっていうのも
この前大学の先生と話してて
そういう
でズボラボーンとかが
この数年すごく増えてるんですけど
子育ての
そういう疲れとかもあるんだろうなって思いながら
そもそもすごくやれてますよ
っていう気づきを与えるだけで
全然気づきというかも
事実なんですよね
確かにってなって一気に楽になるとか
そしたら頼っていいっていうことを
経験しないだけで
頼っていいんだってなるとかもそうですし
意外と助けてくれる人いるんだとかも
そうですよね
自己肯定感が
すごい下がる女性が
多いんですよね
出産した後とか
そういうのもやっぱバディとの
このやり取りで
意識変わったりとかするんですか
ああいう時ってホルモンバランスとか
あると思うんですけど
でもなんか頼れる先があるとか
私ちゃんとやれたんだ
って思えるような
事実やれてるので
そこに繋がってるんですかね
そこに繋がりますね
これはよく質問されるんですけど
AIにはできないんですよ
すごく共感力が高まってきてるんですけど
経験に基づく共感
っていうのがどこまでいっても
ヒューマノイドの世界観になって
AIが子供を産めるようになったら
また変わるかもしれないですけど
でもあと1イノベーションは
必要だろうっていうのを最近も話してて
もうちょっと先だと思った時に
誰にどっちに
相談したいですかって話ですよね
チャッピーなのか
それとも何々さんなのかっていうのは
チャッピーに話して
めっちゃいいんだ人間よりいいんだって
言ってる方はもちろんなんか相談の
内容によってはそれこそ知識的なもの
とかで言うともしかしたらそれでも
いいかもしれないですけど
でも見ていくと頼る先はただないだけの
ケースが多いんですよね
仕方なくチャッピーに聞いた時に
それは人間の鏡なので
今のチャッピーって
いろんなコミュニケーションの
全てが詰まって
すごくど真ん中というか
最も普遍的な回答を返してくるので
チップスとしての共感力を
持ってる共感というか肯定する
ので気持ちよくはなれる
がまたもうちょっと
中長期で考えてほしいんですけど
責任が取れないんですよ
僕らは取るんですよ
たとえばそれはどういった時にどういうことをする
たとえばですけど
責任を取るって言っても
一緒にその問題を
背負うってことでもあるんですけど
この前あったのは
お父さんでAIに
相談してる方がいたんですけど
AIに言われた通りに会ったら
めっちゃ奥さんと喧嘩しましたね
それめっちゃありますよね
AIに言われた通りに
48:00
LINE送ったら
お前二重人格者か
みたいなことを言われた
ちょっといつもとテイスト違うみたいなこととか
言われて
ちょっと来ましたみたいな
方結構いるんですけど
会った時にAIは
どこ吹く風というか
すいませんでしたまた何かあれあったら言ってくださいね
私はあなたの味方です
何してくれるんですか
って感じなんですよね
そこを僕らはずっと
そのご家庭の状況もちゃんと見ながら
で非言語のニュアンスも
汲み取りながら経験があるんで
もちろんバイアスもあるんですけど当然
でももしかしたらこういう状況もある
かもしれないから
そうかもねとか
その
AIって世界中のデータの一方で
日本の国民性とか
日本感みたいなところが
十二分に反映されてるかというとそうでもなかったりする
そのコンテキストの部分というか
このニュアンス
含みの部分とか汲み取れなかったりするので
そこも含めて
一緒に寄り添って
なのでそのレスポンスの
質も全然変わってくるんですよね
知識を求められたら別に何でもいいんですけど
AIでも
そういう回答もできて
じゃあ今回こうなったから今回こうしませんか
とかもしよかったら
本当はダメですけど
僕らこういうこと特別にしますよみたいなことも
できるかもしれないし
最後までやりますっていう
関わり続けますっていう
なので責任取るか取れないかの
価値は多分今後
結構高まっていくんじゃないかなっていうのは
サービス運営する中で結構思ってて
でもなんかそんな感じ
ちょっと脱線したんですけど
なるほど
AIがいろいろ相談サービスとかやってますからね
はい
なるほど
分かりました
まだ話したいんですけど
でも結構
気持ちよく全て話してました
大丈夫ですか
分かりました
かじきさんの現体験が聞けて
だからこれやってんのか
嬉しいですこんな話で
めっちゃ理解できました
なんでなのかさっぱり分からなかった
そうですよね
これを1分とか3分のピッチで伝えられて
絶対伝わんないですよね
その高校生の時に出会った方の
出会いがどれだけかじきさんの人生変えたか
っていうのとか
お父さんの
関わりの体験とか
雪が降っている中で
広島の山の中で30秒かけて
帰ってきて
家に入ったら
出ろ
温かさのかけらがないなみたいな
でもそれは彼が悪いわけではなくて
その代々再生産され続けてきた
父の年産が
来てるだけなのかもしれないし
それに気づいてなかったのかもしれないし
彼らには責任はないんだ
子育てのところに行き着いた
みたいな話も長いんで
本当ありがたいです
めっちゃ熱い話
すごい人だな
そうではないです
死にたくないとか言いながら熱くは話せるんですよね
全然死にたくないじゃないですか
51:03
ありがとうございます
かじきさんの
チルディッシュの
クラウドファンディング
2月28日
23時59分まで
やっておりますので
この概要欄のトップに貼っておきますので
私も参加するので
ぜひ皆さんも
いいなと思った方は
参加させてください
もちろんご無理のない範囲で
余剰で誰かを幸せにしないと
キツくなっちゃうなと
思ってきたので
自身ができる範囲内で
ぜひ
ちょっと金銭的に難しい方は
シェアとかしていただければ
広げていただければと思いますので
かじきさん
今回ありがとうございました
ありがとうございました
本当にこちらこそ
上手くいくよう応援してます
よろしくお願いします
じゃあ皆さんまた来週
お会いしましょう
さようなら
ありがとうございました