Voice Voyage
おはようございます。atelier Fuwari 鈴木ひろみです。
プロインタビュアーの早川洋平です。
この番組は、atelier Fuwari デザイナーの鈴木ひろみが、今会いたいと思う人の持つ力を伺い、声を尋ねていくラジオです。
しかりは、サステナブルといった言葉を超えて、心と体、そして世界が優しく循環する生き方を探ります。
それでは、本日のVoice Voyage スタートです。
さあ、ということで、ひろみさん、今回もよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
さあ、前回オープニングトークで浮きトークでしたけど、もうちょっと、これ7月の下旬なんですけど、どうでしょうね。
これ撮ってるのまだ6月ですけど、ちょっと梅雨入りしてるけど、もう明けてるかなと思うんですが、
確か先週の話だと、半年ぐらい浮きが続くって、ちょっと日本人には考えづらいんですけど、
その過ごし方っていう意味で、この間はグッズとか傘ささないみたいな話でしたけど、
僕結構個人的には梅雨の時期が好きで、あの安入な雰囲気で雨の音なんかも癒されて、
そこで家で時間あるときは仕事しながら、ちょっと暗い感じで何か仕事したり本読むの好きなんですけど、
半年だとまた違うかもしれないけど、逆にそういう日常、1年の半分が半年の中で、
浮きを楽しむっていう意味で、なんか鈴木ひろみのスタイルってあります?
でもなんか、やっぱり雨の日って本を読んだり、なんか読みやすいなと思うし、
ゆっくり時間をとって内省するような、なんかそういう時間が持てそうな気もします。
バンコクの雨結構激しい時は、特に外にいたら帰れなくなっちゃうこととかの心配をしなくちゃいけないので、
ちょっと日本の過ごし方とは違うんですけど、一度本当に帰れなくなって、
友人のところに泊まらせてもらったことがあるので。
僕ら日本人ではお呼びもつかないような、このバンコク、タイ。
浮きだからこそ、もちろんね、洪水もあって大変なこともあると思うんですけど、
でもそれだけ雨が降るからこそ、なんかちょっとこういうカルチャーがあるとか、
例えばさ、水がすごいからそれでこういう遊びがあるとか、そういうのがあるかちょっとわかんないですけど、
なんかあります?遊びはちょっと極端だけど、イベントとかカルチャー。浮きならではで。
でもお水の神様はすごく大切にしてるし、
その水に全てを流すっていう考え方がすごく強くて、
多分ソンクラとか、そういうのもタイの正月ですけど、水かけ祭りですし、
ロイクラトンっていう仏教の時も川に流すっていう、
クラトンっていう葉っぱでできたやつを流すとかっていう、やっぱりお水はすごい熱い国なので、
大切っていうのもあると思うんですけど、大事にしてきている。
あとタイの方たちはタンブンと言って、お坊さんたちが毎朝歩いてるときに、
ワンプラっていう仏教の日、満月と新月の日にお坊さんにタンブンで徳を積む代わりに、
お食事を捧げたり、お花を捧げたりとかするんですけど、
そのときに明日だとお経を読んでもらいながらお水を入れて、
そのお水をどこかに流すっていうことがあるので、
やっぱりすごくお水は大切にしているんではないかなと思います。
その中で今、意識的か無意識的か広美さんが水に流すみたいに言いました。
水に流すって日本人は古くから水に流すっていう文化があるじゃないですか。
その意味ではタイの人たちは文字通りそういう似たようなことあるのかな。
それこそマイペンライって言葉もあるけど。
でもやっぱり浄化っていう意味だと思うんですけど、水に全てを流すっていうのはあると思うので、
あとお水をお正月のときに足を洗うとかお水を手に注ぐとか、
それからお家にみんな結構仏像がある人が多いと思うんですけど、
それを出してきて、ホテルとかレパートとかも
その仏像を置いて、そこにお水を仏像にかけるっていう。
周りにお花を置いて、そういう伝統がありますね。
じゃあやっぱり水とはすごくゆかりのある場所なのかなというのがよくわかりました。
さあということで、今回は先週に引き続きロンドンからゲストをお招きしています。
ジュエリーデザイナー宇住直人さんのインタビュー後編をお楽しみください。
それではどうぞ。
いろんなもの手放されてきてるじゃないですか、本当に。
インタビュー聞いてて、これも手放して、あれも手放してっていう。
でもじゃあ今手放した、今残ってるものって何ですか?
やっぱり子供と親とあとは友達とっていうところですよね、本当に。
今回も日本3週間予定してて、まさか2週間も実家でいると思わなかったんで、
それはすごく大きな変更点ですよね。
変わった点といえば、もう正直18歳の時に日本を出てロンドン行ったんですけれども、
もう一つの、人にとっては出発というかだと思うんですけど、
僕にとっても逃げるしかなかったというか、
もうこの場所にいたら自分がもう死んでしまうっていうのを繰り返しで、
この地区、この町、この学校とかこの国とかってなって、
こんな中で生きてたら生きてる意味がないんじゃないかっていうところがあって、
そこでロンドンに行き着いて、
自分が生きてるって思える場所ってここなんだなっていうのがロンドンだったので、
まさか今こうやってまたゆっくり、家族ともそうですけども、
時間を過ごすことになるとは多分、僕も思ってなかったし家族も思ってなかったし、
そこに至るまではやはりタンザニアにエコビジェクトを土地を買って作るっていう作業がなかったら、
そこに行き着かなかったんですよね。
なんでそういう日本を離れてロンドンで何かを始めて、
そういう家を買ってとか家族ができて、そこがうまくいかなくて、
じゃあどうなったっていう時に、
まさかタンザニア経由でこういう日本へのとか家族へのつながりっていうのがまた戻るとは思ってもなかったんで、
不思議な縁ですね。
そういう意味ではタンザニアを経由してっていう旅路なんですけども、
そうか、タンザニアでないものづくしを体験したっていうこととか、
なくても大丈夫っていうものとか、そういうのも大きいですか?
そうですね、タンザニアでの例が結構うまくいって、
それを今度はミナミズでやろうっていうことになって、
そのミナミズの空き家、ボロボロの空き家を買って、
そこの土地付きの、いわゆる空き家ですよね。
そこのビフォーとアフターを取るのに、まずビフォーの段階で行ったんですけれども、
そこがもうあまりにも寂しい絵だったんですね。
それもいっぱい写真撮ってるんですけども、
誰も住みたくない気持ちがもう、
なんていうんでしょう、あからさみ見てとれて、
なぜかというと本当に、
まず床板が腐って、タンスが地中で下に沈んでるんですね。
で屋根からもうそういう草木がもう生えてて、
けどリビング、茶の間ですよね。
庭、そういう昔のどこ行ったらペナントとか買って飾るじゃないですか。
でビデオテープになんか宮古はるみとかミソヘバリとか、
そういうのがちゃんとこうピシッと並んでるんじゃない。
で下駄箱にも本当に昨日まで暮らしてたんじゃないかっていう靴がいっぱいあって、
けどそれがもう20年前の時から変わってないんですよね。
で飲みかけのコップもそうですし、
半分空いた醤油のボトルに賞味期限が2005年とか書いてるんですよね。
で、もうどっかのタイミングで蒸発したんじゃないかっていうような家だったんですけども、
そこの長男の方っていうのがちゃんといらしてもう何もしたくない。
多分いろんなトラウマもあると思うんですよね。
例えばそういう、どなたかが亡くなられてもう入ることもできない。
なんかいろんな理由があったと思うんですけど、
全くもう片付けもできないっていうような状況の家が、
そのまま15年ぐらいもう経ってる。
それがビフォーだったんですよね。
それを見た時に、もしかすると僕の実家もこうなるのかなっていう未来が見えたんで、
それがすごく大きなきっかけで、
それは嫌だなっていうことで実家を改装しようっていう風になって、
基本的に一昨年ですかね、5回とか日本帰ってきて、
実家をDIYですけど改装して、
家族が何かあった時に誰でも帰ってこれるような、
本当の実家っていうんでしょうか、
セーフティーネットとして機能するような形に変えて、
井戸もあるし、ソーラーパネルもあるし、畑もあるんで、
自給自足も結構可能なレベルまで、
それもタンザニアとか行ってみないとわからなかったんですよね、
持ってるポテンシャルに。
あんだけ苦労した水の確保とか、
あれだけ水・電気・食料っていうのの確保に、
本当に苦労したのをドキュメンタリーで撮ってきてたんで、
それを踏まえてみたら、
水もある、電気もある、食料もあるって、
もう8割完成してるじゃんっていうところに気づいて、
そこであとは表だけでも回送できれば、
全然普通に暮らせるしっていうところですね。
そういう意味で、タンザニア経由で気づいた、
今回の旅路というか、状況ですね。
これから直さんは、やっぱりまだまだ、
いろんな場所を旅しながら住んでいくっていうか、
移り住んでいくっていう暮らしを続けていかれる予定ですか?
これがどういった形にたどり着くのかにもよると思いますけれども、
良くも悪くも、そこまで大きな長く展望は見据えてやってるわけではないので、
体力的に、あとは金銭的に、時間的に続けられる限りは、
まだ始まってもないので、
その一つの、こんなもんかなっていうのが見えるところまで、
一旦ずっとやっていきたいなと思ってますけれど、
特に今何か決めてるわけではないですね。
新たにやってみたいこと。
今やってること自体が新たなことなんで、
っていう意味では、
今やってることをもっと形にしていきたいなって。
でもジュエリーの仕事もやっぱり続けて?
もちろんです。
それはもうロンドンの職人たちがいて、
っていう前提なので、
もし彼らがもうやめるって言ったら、
じゃあ生産を日本とかどこかに移してまでやろうとは思ってないと思いますけど、
そのものづくりに関してもロンドンのイギリスでの作り方っていうのが、
本当に大好きなんで、
それを崩してまで続けるつもりはないですけれども、
実際リタイアする人、定年退職する人もいますし、
あとはやはり経済的に今金価格がすごく上がってるので、
そこで今回道止め職人とかも7月末辞めるっていうのをこの間聞いて、
もう20年近く一緒にやってるのに、
何かそういうことにもなるんだなって思ったりとか、
と思いきや若い世代が新しく結構、
割と経験のある職人にも負けないぐらいの質ので製作し始めたりとかもしてるんで、
結構もしかするといけるかもっていう感じで、
それもまたさっきの新しいドアと古いドアになっちゃうんですけども、
古いドアが強制的に閉まることもありますけども、
急に新しいドアも開いたりもするんで、
そんなもんなのかなっていうところですね。
金の高騰で製作にはやっぱり影響はおりてますか?
やっぱりつらいのは例えば携帯電話でも、
毎年性能が上がって値段が上がるっていうのは理解できるところだと思うんですけど、
金の指輪の場合は全く何の変化もないものが単純に値段が上がるっていう作業なので、
普通にやっていたら厳しいですよね。
僕たちは基本的に自重製作なので、
そこで基本的にリクエストを受けられるっていうんでしょうか、
そこが僕たちの強みではあるので、
そこでできる限りのリクエストにはお答えしたいという形で受注製作ですね。
そういう形でやってます。
自分で作品を紹介していくことももちろんある受注以外に見ていただいて、
それを受注するっていうことですか?
僕たちが提案するデザインを組み合わせてっていうところなので、
正直組み合わせ自体は何十万通りあるんですよ。
指輪の幅とか、地金、素材、デザイン、本当に多くの組み合わせがあるんで、
意外と僕たちが思いつかない組み合わせでのリクエストを受けることも結構あるんで、
そういう時は大歓迎ですね。
それを作ることでまたポートフォリオが広がるわけなので、
それで写真さえ撮っておけば次のお客様に見せることができるんで、
これもさっきの建物とか車の話じゃないですけど、
自分でその商品とかサンプルとかを所有すると思うと、
結構とんでもないことになってしまいますけれども、
写真という形で所有できればいいんだなっていう。
それもあって、初期の頃のアーカイブも今回日本で販売されると書いてありましたけど、
すごい大切なものだったからこそ置いてあったのかなと思ったんですけど、
それを手放す、またこの人は手放すんだってちょっと思ったんですけど、私。
それはどういう心境?
今まで手放さなかったものを手放すっていうのはやっぱり扉を閉めるっていうことの一つでもありますか。
そのコレクションごとに写真を撮ってちょっとコメントをつけてるんですけども、
その時にこの時はこんな風なものを作ったんだな。
やはり27年やってると全く作風が違うんですかね。
本当に全く端から見たら同一のブランドでこんだけ幅があるっていうのは多分ありえないと思うんですよ。
最初はもう革とシルバーの組み合わせ、今はゴールドとダイヤモンドなわけじゃないですか。
全く別な素材で全く別な作風なんで、それも自分の人生とともに追加ってきたもので、
そこをちょっと一個ずつコーナー作って見せてたら、やっぱり自分自身こんなことやったな、あんなことやったな、
お客様が来てこれ懐かしいですね、これも好きでしたみたいな感じで、
本当にこんなふれあいができるとは思ってもなかったんで、
そう思うと多分あの時にしかできなかったデザインっていうのはあるんですよね。
時代もそうですし、金の価格、銀の価格が低かったからこんなものを作れた、こんな冒険まで来たっていうのはいっぱいあって、
それを懐かしいという形で振り返って、
じゃあもっとこういうのやってくださいって言われたりとかしたとして、今はちょっと作れない、
技術的にはできるんですけども、僕がそこに戻りたくないし、時代もそういう時代じゃないんで、
やはりこう次へっていう流れがあるんで、
あの時だからできたんだなっていうのを積み重ねで、
じゃあ今だったら何ができるんだろうって思えたことがすごく大きいんで、
だから今こうして移動してドキュメンタリーを撮って写真撮ってっていうのは多分今だからこそできるんであって、
それを10年後に10年後にっていうのはまた別の話になってくるんで、
すごくいい経験でした。
今こうしていられる、こうしてこんな動きなんて言うんでしょうか、
例えば今日は横浜、昨日は東京で、明日からロンドンで、その後またフランスで、
こういう動き方って多分人生の中で今だからできてると思うんで、
それをまたじゃああの時よかったなって言って、これはまた作ろうとは思ってないんですよね。
なおさんのキーワードは手放しですかね、
なんかそれがちょっと具体的に、
やっぱり早川さんとのインタビューで思ったのは、
尚さんは人の中に眠っているスイッチをオンさせるっていうことに、
興味を持たれてるんだなっていうのを感じたけれども、
あの前のインタビューでは、
今それを本当に形にしようとされてるんだなっていうのが、
やっぱり次の段階に進み始めてるんだっていうのをすごい今日感じました。
ちょっと時間かかりすぎですけど、
そうですね。やっぱりそうなると、
外に答えを求めることはすごく自然なんですけども、
意外となんか内側にあるっていうのがポイントだと思うんで、
そこに至るためにまずそういうノイズを除去していく、
光を消していくっていう作業がまた大事なのかなと思ってます。
最後、尚さんにとっての力とは何でしょうか。
私はもう手放す力かなって、
それなかなかみんなしたいと思ってもできてないことが多いですけど、
尚さんにとっての自分の力になっているものっていうのは何ですか。
カメラかな。
実は結構20年くらい前から、
人を動かす力って何なんだろうってずっと考えてたんですよね。
例えばそれがお金だったりとか、恐怖だったりとか、
例えばこれやれなかったら、こんなことしちゃったらこんな周知が待ってるとか、
こうやったらこんなにお金が入ってくるとか、何でもいいんですけど、
そういう自分を動かす要素ってあったとして、
一人一人はそれでいいんですけど、
それがコミュニティって、
例えば2人以上、3人、4人、5人、10人、100人となった時に、
何がその人たちを動かすんだろう。
国として何がその国とするんだろうとかっていうのはずっと考えてたんですよね。
やはりロンドンでいろんな国からいろんな人種の人が集まってロンドンを作ってて、
これをまとめてる何か、みんな何に惹かれてくるんだろうとか、
それでロンドンって別に自分の生まれた国でもないのに、みんな好きで暮らすわけじゃないですか。
なんでこの好きだとか、ここにいたいとか、こうしようこうしたら良くなるんじゃないかって、
なんでこんな風になるんだろうなっていうのをずっと考えてて、
今に至るんですけど、もしかするとお金なのかな、もしかすると恐怖なのかなとか、
それが最近になってようやくそういう人を動かす力っていうのは、
インスピレーションっていうんですか、英語で言うとちょっと安っぽいかもしれないですけど、
感化される、同感、同意、僕もそう、私もそうっていう、
誰かが何かをやってるのを見て、僕もそうしたい、私もそうしたいっていう感化されるインスピレーションっていうのが、
人を動かす一番強力な何かなのかな、力なのかなっていう風に思えてきたんで、
それをちょっと今、もしかしてそれがそうなんじゃないのかなっていうのを確かめる作業というか過程では今いるんで、
それでそういうドキュメンタリーでいろんな人生を描いてきた人たちを撮ってきて、
それを見てみた人たちが、僕もこうしたい、私もそうしたいってなった時に繋がれたらいいんじゃないかなというところですね。
はい、ということでお話しつきませんが、今回はここまでということで、また次の機会、
それがロンドンなのかバンコクなのか別の場所なのか分かりませんが、楽しみにしたいと思います。
そして本当に最後なんですけど、今日ここまでトークしてて、やはりnaoさんジュエリー作ってほしいとか、
naoさんの動きとかをいろいろ知りたい人はどこからフォローできるんでしょうか。
基本的にやっぱりインスタグラムなんですかね。
そこでその各場所で受注会やる時だったり、そういう情報も全部ある?
そうですね。アムステルダム行きますとか東京行きますとかロンドンでやりますとかっていうのは基本的にインスタグラムで発表はしてっていうところで。
ということでぜひうつみなおひとで出てくるんですかね。
これも後で概要欄に貼っておきます。
ありがとうございます。
ラストジュエリーでフォローしていただけたらと思います。
今日はロンドンからジュエリーデザイナーのうつみなおひとさんをお迎えしてお話を伺いました。
naoさんどうもありがとうございました。
ありがとうございました。
さあエンディングのお時間ですが、先ほどうつみさんが帰られまして、
ひろみさんね、いつもすごく会いたい人にこの番組ゲストに出ていただいてますけど、
naoさんもすごく会いたかった方の一人だと思いますが、
そっち国どうですか?いろいろ準備もしていただいた上で、
いい意味で予想通りだった部分、こんな一面もあるんだも含めて感想も含めて。
外国でロンドンで25年も自分のブランドをやってきた方に先輩としていろいろ伺ってみたいなと思って楽しみにしていたんですけど、
やっぱりすごい変化の中、移り変わっていくnaoさんっていうのを感じたと思うんですけど、
とにかくぜひ皆さんに2025年の早倉さんのうつみnaoさんにインタビューしたインタビューのラジオを聞いて、
その次に聞いてもらうとより深くできるんじゃないかなって、
その時にすごい興味持ったことがいっぱいあったので、naoさんにそれを中心にインタビューさせていただいたので、
ぜひ聴いていただきたいなって思う。
その手話とかフローとか波紋っていうのを早倉さんがつけられていたと思うんですけど、
それをさらにちょっと今回深く伺うことができたのでよかったです。ありがとうございます。
今ご紹介いただいたインタビューもyoutubeポッドキャストで無料で聞けますので、そちらも概要欄の方からチェックしていただけたらというふうに思っています。
さあということで、次回また8月ですけど、鈴木ひろみと8月というとどんな感じなんですか?
誕生日付きなので、
おめでとうございます。
なので8月は好きでもあるんですけど、
あまり年取っていくのも嬉しくないですけど、体力気力がなくなっていくので、
ちょっと元気に過ごしていきたいと思います。
次回はバースデーマンスということですね。お届けするのを楽しみにしています。
そうか、バースデーマンスか。
ここまでのお相手は、アトリーふわりデザイナーの鈴木ひろみと、プロインタビュアーの早川洋平でした。