2024-05-11 11:37

パスミスはパスの出し手が絶対的に悪い


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おはようございます、あさひです。
このチャンネルでは、ADHD当事者でうつ病診断も受けている僕が、
業職としてどのように働いているかを発信しています。
みなさん、スポーツ好きですか?
僕は一番好きなスポーツはバスケットボールで、
次がサッカーかな。
あとバレーボールとか、基本的には球技が好きですね。
バトミントンとかも好きですし、
この辺は見るのも好きだし、やるのも好きです。
野球は正直あんまりっていう感じなんですけど、
WBCとかそういうものだったら見ますけど、
それ以外は基本的に興味ないって感じですね。
なんていうか、僕オフェンス・ディフェンスの激しいやつ。
休む暇なくトランジションが激しいやつが結構好きなんで、
目が離せない展開が大好きなんですけど、
野球は暇な時間が結構多いんで、
あんまり僕の好みには合わないっていう感じですね。
だけどそういうWBCとかレベルの高いやつは結構好きなんで、
そういうのは見ますけど、
それ以外で言うと試合の流れがある、
時間があって流れてるものの方が好きかなっていうのがありますね。
あとウインタースポーツも結構好きなんで、
スノーボードとかハーフパイプとか、
ああいうのも結構見たりするのは好きで、
実際にやったりもしますけどね。
どっちかっていうと球技の方が好きかなっていうのはあり、
球技っていうとここなんですけどね、
だいたいチームワークでパスを回して、
相手を攻め崩してゴールを決めるっていう、
このパターンがあると思うんですよ。
バレーボールにしたってトスを上げて、
それを誰かが打って決めるっていうね、
得点を上げるっていうこういう流れがあると思うんですが、
パスって絶対パスミスっていうのが一試合に何回も起こると思うんですよ。
基本的に球技はミスのスポーツなんで、
どれだけミスをしなかったかっていうこともあるんですが、
だいたいパスミス、シュートミス、ドリブルミスっていうのが起こりますよね。
基本的にミスのスポーツだと思ったほうがいいんですよ。
だからパスミスっていうのは起こり得るんですけど、
僕が高校時代にプレーしてた時に、
パスミスがしょっちゅう起こりますよね。
そうなった時に悪いのはパスを出したほうなのか、
それとも受けてのほうなのかっていう問題がありますね、これ絶対に。
ここ難しいと思うんですよ。
パスが悪かったかもしれないし、
受けてのキャッチが下手だったかもしれない。
そもそもどっちも下手くそだったかもしれないっていうのもあるんですけど、
これ決断どっちかを決めるとしたら、
僕は絶対にパスを出すほうが悪いっていうふうに考えてます。
パスを出すほうが悪い。
これはそのシチュエーションによって、
今のナイスパスをキャッチミスするとはどういうことだっていう場面は絶対あるとは思うんですけど、
そんな場面であってもパスを出したほうが悪いって思ってたほうが僕はいいと思うんですよね。
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これは一種の非表現ですね。
メタフォーだと捉えてほしい。
パスは出し性が悪いっていうのは、
パスはスポーツで言うパスだけじゃなくて、
人間同士のコミュニケーションによる伝達ミスの場合も、
伝達をしたほうが悪いっていうふうに捉えるべきだなと僕は思ってますね。
例えば仕事中はコミュニケーションが頻繁になされると思うんですけど、
上司から部下への伝達指示とかありますよね。
これで部下が思った通りに動いてなかった場合、
やり取りにミスが起こった場合とか、
結構そういうのが生きてればあると思うんですけど、
この場合、部下の理解不足っていうのはかなりの確率で起こり得ると思うんですよね。
相当できる部下じゃない限りは。
この場合、悪いのは部下ではなく、
上司と捉えたほうが絶対に物事がよく進むと僕は捉えてるんですね。
これはいろんな考えがあっていいと思ってるんですけど、
僕は考えてるのはそういうことです。
特にADHDとかASDとかアスペル側の人に対しては、
この辺かなり気をつけなきゃいけないなと僕は思っていて、
そもそも他の人と違う理解を示す場合がありますよね。
100人に対して同じ指示を出したのに、
ADHDとかASDの人だけ別な理解をしてる、
認識をしてるっていうことは結構悪いと思うんですよ。
それは確かに発達障害を持っている人が悪いっていうか、
そういう同じような指示をしてるのにも関わらず、
世間一般の人とは違う理解をして、
違う行動を取ってしまうっていうのがあると思うんで、
良いとか悪いとかではなく、そういうものだっていうふうに認識するべきなんですけど、
そこまでまだ理解が進んでいないところもあると思うんで、
僕は結構ここで苦労したんですよね。
僕だけ違う理解をして、違う行動を取っている。
で、なぜか僕だけ怒られるっていうことが結構あって、
その自己弁護っていうわけではなくて、
僕はシンプルに自分が上司だったとしても、
そういうふうに認識しないとなっていうふうに気をつけてますね。
こういう場合は極端な考え方をすると、
理解が結構進みやすくて、
例えば生まれたばかりの赤ちゃんに、
おしっこしたくなったら教えろよって言ったとしても、
そのパスは通らないですよね。
だって言葉分かんないのに、そもそも寝てるのに、
おむつしてるのに教えろよっていうのは無理がありますよね。
これは誰がどう見ても、
それは伝えたほうが悪いっていうのは分かるんですけど、
この極端な例が分かるならば、
それ以外の例も分かるはずなんですよ。
だいたい出し手のレベルに受け手が伴っていない、
同じような知識レベルとか、
仕事のパフォーマンスのレベルが同じ人だったら、
多分パスは通るんですけど、
自分よりも若い人とか、
車歴の浅い人とか、経験のない人に対して、
自分と同等の人しか取れないパスを出しても、
受け手は取れないんですよね。
だからその人の受け手に合わせた優しいパスを出さないと、
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キャッチはしてもらえないんですけど、
ここにだいたいうまくいかない原因があるんですよね。
そこが掃除でしまうというかね。
そういうところがあると思うんで、
相手のレベルをちゃんと認識してあげて、
パスを出す方が気を使ってあげないと、
物事は絶対にうまく進まないということが、
僕が日々意識しているというか、
注意しているところですね。
これいろんな場面で起こり得るんですよ。
自分対取引先とか、部下もそうだし、
後輩もそうだし、子育て中も多分そうだと思うんですけど、
相手のレベルに合わせてあげることがすごく重要ですよね。
取引先とかだと、結構これでクレームになったりするんですよ。
相手の理解がちゃんと追いついていない状態で、
これはこうやって使うんですよって言ったら、
いやお前に言った通りにやったら全然ダメだし、
しかも壊れたんだけど、
そもそもだってちゃんとメンテナンスしてないじゃないですか。
メンテナンスしろって誰が言ったんだよみたいなね。
そんなことにもなりますよね。
それぐらい常識でしょって。
ちゃんと使ったら掃除して保管しておくのが当然なのに、
それはあなたは怠った方ですよ。
だけどそんなの言われてないしっていうことになりかねないんですよね。
だから相手のちゃんと理解レベルに合わせた説明をしてあげないと、
これは絶対にトラブルの元になる。
これがいろんなところでいろんな風に起きているっていうのが、
多分これ本質的なところだと思うんですよね。
これは本当にすごく難しい。
相手のことをどれだけ理解してるかっていうことが、
もうその後の結果を左右するので、
本当に難しいんですけど、
そういう意味でパスを出すときに、
相手をよくよく観察してあげて、
相手が取りやすいボールを出してあげるっていうのがすごく大事ですね。
だからこれね、意識の問題ではあるんですけど、
レベルの高い相手に優しすぎるパスを出すと、
お前舐めてるのかっていう風にもなるんで、
余計難しいんですよね。
だから言葉をちゃんと選んで、
念のため確認だったんですけど、
その辺は抑えてますよね。
当たり前だろうっていう風に、
ちょっと軽く叩かれるぐらいを覚悟して、
仕事中は取引先にはちゃんと確認しなきゃいけないし、
部下とか後輩とか若い社員に対しては、
その辺はね、気遣ってあげると、
ちゃんとその辺踏まえて説明してくれる上司だな、
先輩だなっていう風に捉えてくれるだろうし。
子供に対してもすごく難しいですよね。
子供の方が難しいかもしれないな。
親だからといって子供のすべてを理解してるわけじゃないし、
自分の分身じゃないんでね、子供はね。
それぐらいできて当然だろうって思うんですけど、できない。
そのできないところにちょっとイラっとしてしまうところもあるんで、
余計相手のレベル外の言い方をしてしまったりして、
無駄に泣かせてしまうみたいなところもあるんで、
ここはすごく難しいんですけど、
相手の立場をちょっと考えてあげるっていうことが、
どれだけできるかっていうところにかかってますね。
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パスが通るかどうか。
特にADHDとかそういう発達障害の人に対する理解は、
なかなかまだ日本の社会で行き届いていないと思うんで、
理解してもらうのは難しいと思いますね。
だからこそ僕ら当事者はそういうところが分かる方の側の人間にいるんでね。
だからグレーの人とか、別にADHDじゃないけど、
だけどややオッチョコチョイの人ってやっぱいますよね。
そういう人に対してはちょっと気をつけてあげるとか、
ありやったとか、漏れがないかちょっと確認してみるとか、
そしたらあ、忘れてましたみたいな。
そういうので未然に防げる。
未然に防いだら怒ることをしなくてよくなるんで、
こっちもイラっとしなくて済むと思うんで。
そういう気遣いがすごく大事だなというところですね。
その表現としてパスは出してが悪いというふうに
僕は認識、理解するようにしています。
明らかにね、お前のキャッチが下手だっていう場面もあるとは思うんですけど、
そういう場面はそういう場面でいいとは思うんですけど、
いいっていうかね、そういう場面もあるとは思うんですけど、
基本的にはそんな場面であったとしても、
自分の言い方が悪かったかなと、
自分のパスがちょっとキラーパスすぎたなっていうふうに
一旦振り返る機会として捉えてもいいかなというふうに思いますね。
だってそういうことがあるってことは
自分のパスがすごいエグい角度から入った可能性があるかもしれないっていうふうな
耐性をするチャンスでもあると思うんで。
反省しないとやっぱり同じパスミス多分やっちゃうんですよね。
で、自分の周りの部下は全然使えねえとか、
自分の後輩は全然ダメだとか、
自分の子供はもう無能だとかっていうふうになっちゃいかねないんでね。
そうじゃなくて、自分にも改善点があるっていう
そういうね、耐性のチャンスと捉えないと
何事もうまくいかなくなっちゃうし、
多分ね、孤立しちゃいがちだと思うんで、
この辺を気をつけてやっていこうというふうに僕は捉えてます。
これからね、後輩とかもどんどん年次を重ねれば増えていくと思うので、
ちょっと気をつけてやっていきたいっていうふうに捉えてます。
パスミスはパスを出した方が絶対的に悪い。
そういう考え方、ちょっとね、一つ持ってみてはいかがでしょうかという話です。
何かの参考になればありがたいです。
ではまた。
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