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おはようございます、あさひです。
このチャンネルでは、ADHD当事者でうつ病診断も受けている僕が、営業職としてどのように働いているかを発信しています。
今日のテーマは、本を早く読んで忘れない技ということで、読書についてですね、本の読み方です。
定期的に僕はこの本の読み方とか、読書とか、ここを取り上げてお話ししているんですけど、僕自身が本が好きだからですね。
もともとは、そんなに読書って好きじゃなかったというか、小さい頃から本読めって親に言われてましたけど、もう全く好きじゃなかったんで、生来の本好きではないですね。
どちらかというと、二十歳前後になってから読書をするようになって、本すげえって思って、今もう本の虫っていう感じまで変化したような人間なので、
もともと本が好きじゃないんだよね、あんまり得意じゃないんだよねっていう方にも受け入れられてもらえるような内容を意識して発信しているので、
そういう方もしいたら、本はあんまり得意じゃない、活字はあんまり得意じゃないっていう方いたら、ぜひ最後まで聞いてもらえるとちょっと役に立つかもしれないなと思っているので、
そこを意識して発信していますので、ぜひ聞いてもらえると嬉しいです。
僕が今回この配信で伝えたいことっていうのは主に二つです。
僕が主張したいことは二つ。
一つは、なぜ本を読んだほうがいいのかっていう、そもそもなんで読書が大事かっていうところですね。
別に本読まなくても、今いろんな媒体があるんで、本以外からも情報収集できるから、本じゃなくてもいいんじゃないのっていうところ、
まずここをなんで本なのかっていうところをお伝えしたい。
それからもう一つが、本は全部読まなくてもいいっていうところですね。
この二本立てで今日はお話ししようと思います。
まず一つ目の、どうして読書したほうがいいのかっていうところなんですけど、
これについてはいろんな理由付けをできるんですが、
僕がまず一番捉えている、認識している価値っていうのが、
テレビとか、それからYouTubeもそうですし、いろんな最近だったら情報媒体がありますけど、
本の優位性って、やっぱり本当に著者が伝えたいこととか、その専門家が発信したいこと、
世間に気づいてほしいこととか、主張したいことが書かれているので、
かつ細かく論章されていたり、その理由を述べられていたりするので、
かなり信頼性のおけるものかなっていうふうに僕は捉えています。
一方で、例えばテレビ。テレビも決して間違っていることを伝えているわけではないと思うんですが、
意図的に伝えていないこととか、報道しないことってやっぱりありますよね。
テレビってスポンサーがいて、そのスポンサーのおかげで成り立っているのが主に民放ですよね。
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NHKはちょっと別としても、民放はほとんどスポンサーのおかげで情報というか、
テレビっていうもの、ビジネススキームが組まれているので、
スポンサーがいないと成り立たない。
なので、スポンサーが嫌がることっていうのは大体報道しないわけですね。
だから食事に関して言えば、加工肉っていうのはソーセージ、ウインナーとか、
そういうものっていうのは基本的に今、現代医学では絶対取るべきものじゃないんですけど、
大手の丸々ハムとか、そういう会社がスポンサーにいる限り、
まさか間違っても加工肉はダメですよっていう番組は作れないですよね。
報道できないですよね。
報道というか、バラエティ番組とかでも絶対にそういうことは言えないわけですよ。
牛乳とかもそうかもしれませんね。
乳製品って良くないよねっていうような発信は、
あんまりそういうスポンサーがついている番組とかテレビ時刻にはちょっと使えないですよね。
なので発信する内容っていうのは、かなりスポンサーの目を気にしながらコンテンツを作らなきゃいけないというものがテレビの特徴ですよね。
YouTubeに関しても、これは発信者が伝えたいことを伝えているようですが、
正直ここもちょっと怪しいところで、
結局再生回数が回らないといろんなコンテンツを作るモチベーションにならないわけですよ。
だから迷惑系YouTuberとか流行ったりしますけど、
あれも結局再生回数が回るからああいう行動を取ってしまうんですよね。
だから再生回数ありきっていうのがYouTubeの仕組みです。
だとすると本当に大事なことかもしれないけど、
あまり再生されないんだったらそれを発信する意味ってほとんどないわけですよ。
というか伝えたくても誰も見てくれないんだから、
そんなのを発信したところで大して意味がないというか価値がないというか、
発信者がそう思ってコンテンツを作る動機にならないんで、
やっぱり再生されるっていうテーマが選ばれがち。
だとしたら本当に重要だけどあまり多くの人が気にしないということは、
やっぱりこれは取り上げることが少ないわけですね。
そういうのを意識していくと、
自然と情報を収集するプラットフォームっていうのは、
使いやすいものを多くの人が選ぶでしょうし、僕もそうですけど、
結構偏りが出てくると思うんですよ、情報の偏りが。
なので自分が気づかないうちにマインドコントロールされているっていうのが、
自然とそういう傾向にあっちゃうんですよ。
その影響を受けてしまうというところがあります。
一方で本の場合は、どんな本を選ぶかは完全に自分の判断に任せられていて、
その本が出版社の音楽っていうのはもしかしたら動く影響するかもしれませんけどね、
編集者とか。
だけど基本的には著者が伝えたいこと、主張したいことを展開するものが本であって、
そこに異様な人の目を気にして書く必要はないのが基本的に本かなと思います。
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例えば人工甘味料っていいのか悪いのかよく分からない、まだ現代ですけど、
人工甘味料についてもいい、あれはすごくいいものだっていうことを主張する専門家もいれば、
人工甘味料なんて持ってるのほかだと純粋な砂糖を摂るべきだっていう専門家もいるわけですね。
なのでここはどっちの主張も受け取るというか、ちゃんと聞くべきだと思いますし、
それを踏まえて自分がどっちの主張を信じるのかっていうのが正しい情報収集と自分の判断だと思います。
なのでここら辺ですね、どういう本を選ぶのかによって自分の意見も形成されると思います。
本を選ぶ、選書の技術っていうのは結構大事になってくるかもしれませんが、
一方的な情報操作というか、特定の何者かの目を気にしながら発信するっていうことは基本的には本だとあまりないかなと思うんで、
そういう意味で信頼のおけるものを媒体だと僕は捉えています。
とはいっても本だって結局売れなきゃ意味ないじゃんっていうね、そういうツッコミも入るかなと思いますので、それはその通りなんですよね。
なので本だって結局最終受けするようなものが売れるし、そういうのを狙って出版社とか編集者は書くので、それがゼロとは言いませんけど、どうでしょうね。
最近だと〇〇大全とか〇〇全集とか、4年間で学べることを一冊にまとめてみたいなね、そういう網羅的に書かれた本が売れる傾向にあるそうですね。
なのでそういう時代の特徴っていうのは本に出てくるかもしれませんが、その内容がどうのこうのっていうのはちょっと違うかなって思いますね。
逆に内容に偏りがあったとしてもそれに対する、反論する書者の本を選べば中立的な目線でそれをまた捉える、考えることもできるかなと思うんで、やっぱり本の選び方次第かなって思います。
テレビやYouTubeが決して悪いとは言いませんが、そういう発信者、コンテンツを作る側の意図っていうのがやっぱり出てくるし、
意図的に取り上げないもの、情報、コンテンツっていうのは必ずあるので、そういうところはちょっと認識しておくべきかなというふうに思います。
そこを補ってくれるのは絶対本だろうと書籍だろうと僕は捉えています。
そこが僕が本を押す理由の一つとなっています。
2つ目の本は全部読まなくてもいいっていうところですね。
これに関しては真面目な人ほど本は1冊買ったら必ず全部読まなきゃいけないっていうふうに思いますよね。
僕もずっと思ってました。
だから1冊読むのに1週間以上かかってしまったりとか、途中まで読んで逆に1週間空いてしまったら、
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前回何を読んでいたのか、どんなことを理解していたのかっていうのがちょっと抜けてしまうんで、
もう1回結構前に戻ってから読まなきゃいけないとかっていうので、だんだん読むのが嫌になってきちゃったりっていうのがあって、
全部読み切る前に投げ出して、読み切ってないから次の本を買うモチベーションにもならないとか、
そういうのがあって、なかなか読書しようっていうふうに意を決しても進まなかったりするんですよ。
それもこれも全部ね、本は最初から最後まで読まなきゃいけないっていう固定観念にあるかなと思います。
なんせ僕が育ったんで、そう思っている方の気持ちはよくわかるかなというところですね。
いろんな読書術とか読書法とかの本を読むと、大体ですね、本は全部読むなって書いてあるんですよ。
本は全部読むなと、読んではいけないっていうふうに書いてあるんですね。
これがですね、僕自身はわかったような気もしつつも、ちょっと受け入れられない自分もいました。
一冊ね、参考本とかだと1500円とか高いやつだと2000円とかするかなと思うんで、
2000円払って買った本をちょっとしか読まないっていうのは、なんかもったいない気がしちゃうっていうのもあったりしますよね。
だけどここに関しては、僕はいろいろそういう気持ちもあったんですが、
今となっては、なんで全部読んでたんだ、若がりし頃はっていう感じで、
昔の自分に多くの読書家が言っているように、全部読まなくていいって、
ちゃんともう一回過去の自分に言ってやりたい気持ちが今はすごいっていうようです。
なんでそういうふうに考えられるようになったかっていうとですね、
これは読書というか本の構成を知るとわかりますね。
論章というか論文とかそういうのがこういう書き方になっているそうなんですけど、
基本的にその一つの論文とか一つの本が主張していることって大体一つだと思われますね。
この本はこういうことを伝えたいっていうのが大体お題があるわけですよ。
書者が何を伝えたいかっていうのをそこさえ把握すれば、
別にあとはもう読まなくていいっていうのが基本的に本は全部読まなくてもいいことの理由になっています。
そこがすごく分かっているのは分かんないようなところだと思うんですけど、
本の構成って書者の主張があって、その主張を支えるいろんな理由が書かれている、
理由というか論章が書かれているんですね。
例えば本は全部読まなくていいっていうそういう主張があったとしたら、
なぜ本は全部読まなくていいのかっていう理由が書いてあるんですね。
理由がまず書いてあります。
その他に本を全部読まないとは具体的にどういうことなのかっていう具体例が書かれています。
それから本を仮に全部読んだとしたらどういうことになるのかっていう対比が書かれています。
なので具体例、それから理由、具体例、それから対比、
この3つが長々といろんなことが書かれているのが大体本なんですね。
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だから書者の主張をつかむことができたら、
あと具体例を何個読んだって大して意味はないというか、そういうことになってしまうわけですね。
海外の本とか、和訳された本って特にそういう分厚いものって、
理由とか具体例がやたら多く書かれているので読むのが大変だったりするんですけど、
全部具体例ばっかり読まなくてもいいんですよ。
本質さえつかんでしまえば具体例何個読んだってしょうがないじゃないですか。
なので本の伝えたいこと、自分が知りたいこと、そういうのが理解できたら、
あと具体例はすっ飛ばしていいわけですね。
そういうのを僕は途中で気づきました。
なのでここはすごく時間を無駄にしたなというか、回り道をしたなと思っているんですが、
ようやく僕も本は全部読まないという、そういう判断というか、
そういう重い考え方を今は持つことができています。
この読み方というか、本は全部読まないというのをした瞬間に、
格段に本を読むスピードがアップします。
1冊読むのに1週間かかったのに、最近だと1冊読むのに数時間ですね。
数時間。何分の何になったのかよくわからないですけど、すごい早くなりました。
そうすることによって、この本では著者はこういうことを伝えているというのが大体わかるわけですよ。
それ掴んでそれを逆に生かすことができたら、逆じゃないですね。
それを生かすことができたら、それでもうOKなわけですね。
だから1つの本から1つ分かればもう十分なわけで、
もし仮に1つの本から3つ、4つ、5つってそれを生かせそうなことがたくさんあったとしたら、
それはもう領書中の領書かなというふうに思います。
もうその人にとってのバイブルになるかもしれませんね。
それぐらいたくさん生かすことができる本があったとしたらすごいことであって、
逆に1つさえあればもうそれで十分というふうに捉えてもいいかなというふうに思います。
ということで、今日お伝えしたかった2つについて話したんですけど、
ちょっと今ここで気づいたのは、タイトルに忘れない技術みたいな、忘れないっていうワードを入れたんですけど、
忘れないことについて喋ってないんじゃないかということに今気づきました。
ここに関してちょっと補足をすると、今さっき言ったように、
1つの本から1つもしくは2つ、多くても4つ、5つとかそれぐらいあったらすごいことなんですよね。
なのであんまり1つの本からたくさん学ぶことはあるかもしれませんけど、
実際に自分が生きてて生かせそうなことってそんなに多くないかなと思うんですよね。
むしろこの本を読んでみたけどあんまり自分に響かなかったなっていうね、
そういうことも最初のうちは結構あるかなと思うんですけど、
そうなったら1つの本から1つ学べば十分だってさっき言ったんですけど、
1つの本から1つということは、その1つさえ覚えていれば十分なわけで、
あれもこれも覚えようとしなくていいっていうね、そっちにも響くんですよね。
この本から例えば加工肉を食べてはいけないっていう風に学んだとしたら、
もうそれで十分じゃないですか。
この本から自分が学んだことは加工肉は食べちゃいけないっていうね、
それさえ覚えていればいいわけで、それを忘れるってそんなないと思うんですよね。
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この本から自分が学んだことはこれである。
その理由がちょっと忘れてしまったらもう一回ね、
該当歌詞を読めばいいし、それをそこまで覚えていたいんだったとしたら、
例えば僕がよくやるのは、表紙の裏とか目字のところに線を引いておくとか、
目字のところにもう殴り書きをしておくみたいなね、
そういうのをやったら一時一句読まなくても目字を読んだら、
あ、そういう理由だったなっていう風にね、分かるわけですね。
こうやっていけば早々忘れないし、忘れたとしてもすぐね、
カンペのような感じで理由を調べることができるっていうね、
そういうことにつながるんで、
ワンブックワンメッセージで十分かなという風に思います。
一つの本から一つのメッセージを理解しました、受け取りましたってね、
それだけでも十分かなと思うんで、
これだけでも本を読んでる人と読んでない人の違いってね、
すごい出てくると思うんで、
まずそんなに忘れるっていうことは心配しなくていいかなっていうのが僕の考えです。
もしかしたら2025年の目標で、
今年は何冊本を読むっていう目標を立てた人もいるかもしれません。
月一冊だったとして、今進捗どうでしょうか。
もう1月20日を過ぎていますが一冊読み切ってますでしょうか。
そういう状況でやばいって思った方、全部読もうとしないでOKです。
読みたい本から読み取れるメッセージ一つ掴んだら、
もうそこで本を閉じてOKです。
なんとすぐにもう終わりそうですね。
1日あれば終わりかもしれません。
そんな感じで着々と本を積み上げていくことの方が
価値があるかなというふうに思いますので、
そんなに身構えることなく、忘れたらどうしようとか、
うまく活かせないとかいうふうな悩みを持つことなく、
とりあえずまずは手に取って読んでみて、
一つ学べばOKっていう感じで進んでいってほしいなというふうに思いますし、
僕は実際にそういうふうにやってますということで話を締めようと思います。
いっぱい読んで、そこから学んで実践していって、
それが成長につながるかなというふうに思いますので、
一緒に一歩ずつかもしれませんが、
下手したら半歩かもしれませんし、
ADHDだから一歩進んで二、三歩下がっていることもいっぱいあると思いますけど、
それでもこれをやっている人とやらない人の差っていうのは必ず生まれると
僕は信じていますので、一緒に頑張っていきましょう。
ということで、ではまた。