プレイングマネージャーの役割
Makoto Arata
あらたま・いくおのマネジメントRadio
この番組は、事業とエンジニアリングのマネジメントを探求する2人のEMが、雑談多め定期でお届けするポッドキャストです。
はい、では始めていきましょう、第13回目。
小田中育生
13回まで来ましたか、とうとう。
Makoto Arata
はい、今日はですね、プレイングマネージャーっているじゃんって話。
小田中育生
はいはい、盛り上がりそうですね、これは。
Makoto Arata
マネジメント専業がいいのか、プレイングマネージャーがいいのかっていうね、これは古来より様々なところで議論されてきたところだと思いますし、
これこそコンテキストによって良し悪しが異なる例の、割とタイトル例に近いんじゃないですか。
なんですけど、ちょっとね、今日はあえてスタンスをとってやってみようかな、みたいなことを思いまして。
やりますか。
持ち込んでみました。再生よろしくお願いします。
小田中育生
再生よろしくお願いします。
Makoto Arata
するつもりはないんだが。
そうですね、よく聞かれるところとしては、プレイングもマネージャーが持つみたいなのって、ヘッドカウント少ないチームとかよくやりますよね。
マネージャーも手を動かさないと回らない、目標に対して回らないんですよ、みたいなケースだったり、
そうですね、そもそもそのマネージャー、マネジメントだけをする人っていうのを送っているのがあまりにもリッチすぎると、そういうフェーズにないっていうところは、よくプレイングマネージャーっていう選択肢を取ったりするかな。
あとは現場への近さとかもありますよね。
現場に近いファーストラインのマネージャーは、手を動かすことで、現場の感覚も持った上でマネージメントできていいよね、みたいな話とか。
で、手を動かさない、マネージメントに専任しましょうねのタイプのマネージャーがどういうところが良しとされるかっていうと、現場の仕事とマネージメントの仕事って取り扱う中小度だったり時間軸だったりが違うんですよね。
時間軸の話は第12回でもちょっと触れましたけど、その混ぜるの危険じゃないですけど、現場の例えば1週間とか1ヶ月とかそういう時間軸の中で話をした3分後に1年後とか3年後の話をいきなり振られても、もうコンテキストスイッチで脳が洗濯機ですよ。
なっちゃうから、そうならないようにマネージャーはマネージメントに専念して、そのコンテキストスイッチをできるだけ起こさないようにしよう。解くべき課題をちゃんと解ける人になってもらおうみたいな期待を込めてマネージメントを専任になるみたいなケースがあるかなと思います。
小田中育生
この話をする時に一応この話が収束しないのは、もちろん場によって求めるもの違うよねっていう話もあるんだけど、それ以前にあるところで話されてる手を動かすの定義と他のところの手を動かすのが違ったり、
マネージャーの仕事の定義
小田中育生
マネージメントに専念って言ってるけど、あなたの現場のマネージメントって何ですかっていう。そこがそもそも定義されてないとか共有してない状態で、マネージメントに専念するべきだ、いや手を動かすべきだっていうと、実は同じことを話してる可能性が全然あるので、そこの対話から始めません?っていうのは常々思うところですね。
Makoto Arata
いや、空中戦よくないってやつですね。確かに、エンジニアリングマネージャー冒険の書っていうスライドを出したことがあるんですね、私。
小田中育生
はい、どうもしており。
Makoto Arata
ありがとうございます。君、今日からEMねって言われて、さあ何から始めたらいいみたいなのにお答えをしたスライドなんですけど、プレイングがエンジニアリングマネージャーなんで、行動を書くことと仮定した上でね、その行動を書くことも含めて、今チームに足りてないのって何なんだろうとか、逆に足りてるものって何なんだろうっていうのをまず観察しましょうと。
観察した上で、自分が手を動かす、手を当てるなのか、外から引っ張ってくるなのかは置いといて、それを何とかうまく回るようにするっていうのがあなたの仕事ですと、いうようなことを整理してお伝えしたんですよ。
この時、じゃあそのプレイングっていうのって選択肢の一つに入るわけですよね。で、今は自分もプレイングをした方がチームが前に進むって信じられるから、じゃあ自分はプレイングをこのぐらいの割合やりますみたいなことが観察して初めて言えるようになるわけで。
なんでこれは地に足のついた議論ができる例だと思ってしゃべりました。
小田中育生
いいですね。今話してくれたところって、マネージャーは何するかっていうと、チームの中に足りていないところを充足する存在ですっていうのがある種しっかり定義されていて、なので充足するときに必然的にあなたはその現場だと手を動かす、コーディングするっていうことが求められていたっていうのがあるかな。
そこはまさにおっしゃるとおりで、マネージャーは何とかする人でもあるので、存在としては。そこで求められるんだったら手を動かしたらいいんじゃないですかっていうのはありますし、手を動かすに関しても、じゃあコーディング以外って手を動かすに入らないで全てマネージメントですかっていうと。
じゃあ、設計はとかリスク管理はとか、プロジェクトマネジメントやステークホルダーマネジメントっていうのが手を動かさないというものなんだろうかっていう。
Makoto Arata
例えばね、会議に必要な資料を作ったりするわけですもんね。それは手を動かしてるとは言わんのかみたいなことですよね。
小田中育生
だからエンジニアリングの全体像を描いて、その中で作るドキュメントがエンジニアリングの開発生産性を上げることだったりとか、プロダクト前に進めることに1ミリも寄与してないなら、確かに無駄だねっていう話はありますけど。
だいたいなんでじゃあわざわざ会議やるのっていうと、様々ある意見からプライオリティを決めるためのこの材料として資料が必要だったりっていうところで。
Makoto Arata
で、オータルンだってそのチームが作るべきものを見定めるのと同じぐらい、作らなくていいものを見極めるのも大事で、マネージャーってそういうところやったりしてるじゃないですか。
小田中育生
そういった意味ではチーム全体が滑らかに動くために手を動かすっていうところはマネージャーにとって必要だし、それも手を動かすの範疇に入るんじゃないのかなという気はしています。
Makoto Arata
そうですね。これどこに着地するかわかんないまま喋り始めるんですけど、チームがうまくいくために自分が役割分担、こういう役割分担でやろうって思ってやれるかどうかって、
組織の構造の問題
Makoto Arata
チームの自力、自力、自力、自力、自の力がある程度以上であることみたいなのも暗黙的に求められてるような感じがして、どういうことかというと、目的、目標に向かって走っていく。
歩みを止めないっていうのがチームとして良しとされてますよっていう共通の価値観がないと、役割分担もクソもないよねみたいなところがないって思って。
なので、そういう前提を揃えられてない状態とかだと、そんなことよりもとりあえず明日の納期だみたいになって、なし崩し的にいわゆる現場仕事と呼ばれるようなことにマネージャーが終始してしまうっていうこともあるんじゃないかなって思いました。
小田中育生
今の非常に重要な話です。それってある種、マネージャーがちゃんと機能してないんですよね。危険な生活をするという。要はみんなの方向性を揃えるとかで、揃える必要があるだったり、揃えることでこういう効果が生まれるんですよっていうのをチーム外に伝えるっていうのは実はマネージャーにとってとても大切な仕事なんだけど、そこを巻き込まれ、とにかくマネージャーお前も手を動かせっていう。
マネージャーのチーム全体の力を最大限発揮するっていうところじゃなしに、自分の子としての力を発揮する方に倒れちゃってるっていうのは、実はマネージャーの観点でいうと力不足だったりするんですけど、でも難しいのは分かりやすく成果出るじゃないですか、コード書いて何か機能が作られてるっていうのは、本人としても一定の達成感は得られてしまうし、
外から見ても、あ、成果出てるねって分かりやすいがゆえに、ここに留まってしまうことは一定ある。
Makoto Arata
ただその自慣らしをするみたいなのって、もちろんマネージャーにとって必要なのは分かる、みんな多分分かってるんだと思うんだけど、分かんないという前提で話を進めると、
しゃがませてもらえないみたいな時期もあると思うんですよね。
もちろんこの時期までは一定頑張ってやり切って、その後立て直そうっていうふうにタイムラインを組み立てるっていうのも方策としてはあると思うんですよ。
ただ、一息つけるのがいつか分からない、もしかしたら一生ないかもしれないぐらい、余白のない、余裕のない状況だと、もうどうしようもないじゃないですか。
マネージャーは自分も頑張って、のおきに間に合わせるだったり、数字を積むだったりする必要があって、それでなんとかかんとか、約束だったり目標だったりを守って達成してっていうのが続いたとしても、
メンバー自体の力は伸びていかないし、マネージャーもいつまでこんなことやってんだって言って、結構自利品になっていくみたいなことってあると思ってて、こういう状況に関してはマネージャー自身の力不足っていうのはあるかなとは思うんですけど、
それ以上に構造の問題があると思うんですよね。余白がない状態になってしまっている構造自体を変えていくってなったら、マネージャー一人が頑張るだと結構難しいよねって思います。
その状況に陥ってるときに、陥ってると聞いたときに浮かぶ疑問としては、組織は何のためにマネージャーを置いてるんでしたっけっていうところ。
いい問いですね。
小田中育生
そこのなんで一人で動けないっていうマネージャーは非常に気の毒ではあるんだけど、組織からするとその状況を放っておいてるのは、マネージャーというものをちゃんと定義してないとか、
マネージャー本人が思っているこれをやらなければいけないは別に期待されていないっていうすごい悲観的なシナリオは全然あり得るな。
Makoto Arata
でもそのマネージャーが我慢ないと間に合わない、約束した納期に間に合わないとか、目標の数値に達せられないとかっていうときって、別に達成しなくてもいいんですよって言って緩めるっていうのはアンチパターンな感じするじゃないですか。
いくわさんだったらどっから手つけてきます?
小田中育生
それは組織構造として、マネージャーが手を動かして頑張って走るのが正解だって思ってるわけじゃないですか。
かつ終わらない、それをこの期間までは走るけど、ここからは立て直そうみたいなのを議論する余地もなくずるずるやる組織だとしたら、
そもそもたまたまマネージャーってつけてるけど、今の状態は最適解だと思っているっていう悲観シナリオもあって。
Makoto Arata
組織自体がマチュアでないということね。
小田中育生
そうそうそうそう。
危機感を持っているけれどもできていませんっていうのと、危機感そもそも持っていませんだとだいぶ見えてくる景色は違うな。
Makoto Arata
組織というか、経営と言い換えてもいいのかな?からすると、掲げた目標を達成してくれさえすれば、内訳はまあどうだっていいわけじゃないですか。
もちろん持続可能な組織を作っていってねっていうエグゼキューションの期待がどこかにはかかってるはずなので、その人たちが全うしてないねみたいな話はあるんだが。
でも知らず知らずのうちに構造がそうなっちゃってるみたいなケースは、経営陣がたとえそこが一定担保されていたとしても、起き得るは起き得るかなって思ったりはしますね。
マネージャーの課題
小田中育生
全然起き得るし、じゃあその状態が続くと何が困るんでしたっけっていうのは、マネージャーは言語化する必要があるかなって。
Makoto Arata
要は続いてるんだとしたら、構造側はその状況が続いても問題ないと思ってる可能性は全然高いんですね。
小田中育生
マネージャーの採用は進めているけどうまくいってないから延々その状態続いていますとかだとしたら、何か変えようとはしてるんだなって。
変えようとしてるけどできてないことに対して、採用のところにちょっと手こ入れをするとかっていうのがもしかしたらアプローチになるかもしれないし、
逆にマネージャー本人はマネージメントできてないつらいっすわって思ってるけど、特にそこに対して手こ入れする様子がないとしたら、
このままの状態を継続しても何ら問題ないと思っている可能性はあります。
その場合、マネージャーとラベルがついている人が、それが続くと何が困るんだっけっていうのをちゃんと考えなきゃいけない。
Makoto Arata
それは自分のキャリアにとってっていう観点と、組織にとって何が困る。
小田中育生
マネージャーと名を冠しているのにマネージメントにコミットできないとしたら、自分のキャリアにとってはやっぱりうまくない状態ではあるんですよね。
一方で組織にとってどうだろうっていうときに、例えばこの状況が続くと、
1年後、プロダクトやビジネスがスケールしていったときに、エンジニアリング組織がスケールできなくなってしまうと。
なので、この状態は非常に不健全だから何とかしていかなきゃいけない。
そういうふうに言語化できていると、経営計画やロードマップと照らし合わせて、これを実現するためには、
例えばこういうエンジニアリング組織の蘇生が必要になって、今のままだとこれは無理ですみたいなのがこうする材料にはなる。
一方ですごいシビアというか、これ1年後、2年後この状態でもマネージメントできないけど、今やっているビジネスモデルとかプロダクトだと正直何とかなっちゃうのだとすると、
Makoto Arata
組織にとっては、そこのマネージメント、マネージャーという冠をかぶっている人がマネージメントしてもらう必要がないっていうことが、今すげえ極端な話してますけど、ないわけじゃない。
ないわけない。濃淡ありますけど、そういう傾向の組織はやっぱりありますよね。どこ行ってもね。
全然あるから。
いい悪いじゃなくて、そこにレバレッジかからないんだったら、頑張ってテコ引っ掛けても何も上がらないよねみたいな話で、ただ現場が疲弊していて、例えば半年後の離職率に跳ねるよみたいなことが見えてるんだったら、それはやっぱりマネージャーの側から問題提起した方がいいだろうし。
小田中育生
そうなんですよね。いろいろ分解しなきゃいけなくて、マネージャーがマネージメントに専念できていないっていうのが、つい今の話を聞いて思ったら、あらたまさんの中ではそれが現場の疲弊っていうところに密接に結びついてるんだけど、そうじゃなかったらどうだろうとか、いろいろ考えることあるですよね。
Makoto Arata
ただマネージャーがつらいだけっていう説もあるし、マネージャーが手を動かしちゃうことによって、現場のメンバーが成長する機会を奪ってるっていうことにもなるかもしれないし、そうするとできる人から飽きて去っていってしまうからっていう意味で、離職率みたいなのを例に出しましたけど、この流れだけじゃないはずだし。
そういうのをあれですよ、考える時間必要じゃないですか、マネージャーに。そんな話しましたね、直近でね。
マネージメントの役割
Makoto Arata
マネージャーの横白って大事だよねっていう回が第10回にあるので、これも合わせて聞いてもらえればと思うんですけど。
小田中育生
これ深淵になる話は、今の私のくつぶりの例だと、マネージャーがマネージメントできないっていうのは、結構悲観的に響くものではあるんですけど、逆にすごく良い理想的な現場としては、全員がマネージメントにタッチしてる、コミットしてるから、特定のマネージャーを置かなくてもいいみたいなのも、理想形としては全然あり得る。
マネージメントっていうのは、組織の中で機能として必要なんだけど、マネージャーというロールに集約させる必要があるかというと、それはそうでもないから。
Makoto Arata
うん、わかる。マネージメントの機能自体は必要だけど、それを一人に集約させることが必ずしも、いつも最適解答限らない。この組織、このチームにおけるマネージメントっていうのは、こういう要素があって、それをみんなで分け分けしましょうねって言ってやれている組織っていうのも一定ありますよね。
フラットな階層の組織として。
小田中育生
実際、近代の、現代のソフトウェア開発の現場において、マネージャーとメンバーがはっきりパッキリ分かれてるってことってそんなにありますかっていうのはあると思うんですけど、ある程度異常したりとか一緒にやったりっていうのは全然あると思うんですよね。
Makoto Arata
うんうん。
小田中育生
なんでっていうふうに考えると、プレイングとマネージャーって対立項ではない。必然的にそこで、今マネージャーという冠をたまたま被ってる人がプレイングした方がいいんであればした方がいいですね、だし、ある程度の規模の構造になってきて、
これはこの人に集約して、マネージメント機能集約してやった方が全体うまくスループッと出るよねみたいな状況だったら、マネージメントに専念みたいなのが正解になるっていう。
向き合ってる関係と状況や個々人の状況、カルチャーがどうかっていうところが大事なんじゃないですかね。
Makoto Arata
つまるところ、プレイングマネージャーvsマネージメント専任の人っていう話をするんじゃなくて、その組織、そのチーム、その会社にあった今必要なマネージメントっていうのをちゃんと捉え直した上で、そこにロールが必要なんだったらそのロールを全うしたらいいし、そうじゃないんだったらみんなでマネージメントの機能を分け分けしたらいいしっていう判断を私たち自身がやっていく必要があると。
小田中育生
素晴らしいまとめでございます。
Makoto Arata
これね、初めに私がわーって喋ってた話と、一周回って似たようなこと言ってるんですけど、内包するコンテキストがいっぱいくっついた上で同じ話になったので、なんかちょっといいですね。伏線回収した感じが。
小田中育生
いいですね。
Makoto Arata
じゃあそんな感じですかね。
小田中育生
そうですね。なんかここは深いテーマだから、多分いろんな意見あるかなと思うんですけど、ぜひそういったものをね、ご意見もお寄せいただけると嬉しいですね。
Makoto Arata
はい、ご意見ご感想ハッシュタグあらたまイクオーでいつでもお寄せください。
皆さんのお便りが私たちの励みになって13回まで続いてきておりますので、この先もね、もりもり更新していきたいね。
小田中育生
更新していきましょう。
Makoto Arata
はい、ではこれで終わりにしましょう。
ありがとうございました。
小田中育生
ありがとうございました。