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Makoto Arata
なんか余があまりにも言語化言語化言うとるので、逆割りの気持ちが割れてきてしまって。
いやで、思うところがあるっていうのは、言語化は確かに大事なんだけど、それは何のためにって、相手に伝わるような形にするであるとか、
自分が考えていることをラベリングするのに、1回外に出してみないと、1回外に出してそれを眺めるっていう過程が内政のためには大事ですよねみたいなことを一貫して言ってるわけですよ。
何だかと言葉にした瞬間に、失われるものってあるじゃんって思ってるの。
ダウンサンプリングだと思ってて。
はい、いいですね。
音楽のファイル形式あるじゃないですか。
全然わからないです。急にMPEGとかAACとか言っても何のことかわからない。
小田中育生
そんな特殊なコーディックな話はしませんよ。
Makoto Arata
圧縮、非圧縮みたいなことをよく言うんですけど、あれ何かっていうと、そもそもその音、私たちがこうやって聞いているデジタル音源っていうのは、ビットに変換されている。
すごい多くはしょっていうと、本来は波、曲線であるべきものをめちゃめちゃ単位を細くした各角の線が弾いてみると滑らかな曲線っぽく見えるよねみたいなことをやって、
音をデジタライズしてるんですよ。音っていうのは空気の振動だから、波だから。それを擬似的に再現していると。
で、めちゃめちゃ圧縮すると、ファイルのサイズが小さくなる代わりに、なんかシャリシャリしてくるじゃないですか。
シャリシャリしますね。
あれは何が起きているかっていうと、その各角の部分の角のデカさがすごいデカいんですよ。
洗うくなっているから、結果としてサイズとしてはちっちゃいんだけど、再現度が粗いからシャリシャリした音になっていることが起きているんですが、
これをダウンサンプリングしてみると、音をデジタル音源に変換されて、
コートにするっていうのも、「そうじゃん。」とそのとき、何か自分が思っていること、もやしていることがあったとしよう、それを言葉にしてみた。
っていうのも、そうじゃん。で、その時、何か自分が思っていること、特にもやもやしていることがあったとしよう。
で、それを言葉にしてみた。例えば、上司が全然わかってくれないとか、思うようにプロジェクトが進まないとか、いろいろあると思うんですけど、
それを言葉にすると、あ、自分こんなこと考えてたんだっていうふうに、もうすぐに出してみて初めて気づくことってあると思っていて、
そこからさらに施策を深めていくことができると思っていて、その価値自体はすごく私も感じるところではあるんですけど、
この時こぼれ落ちたものが何だったのかっていうところにも目を向けないと、本当の内省にはならないんじゃないかっていうところと、
そのこぼれ落ちてしまったものこそに価値があるのではないか、はい、長くなりましたが、私からは以上でございます。
小田中育生
めちゃくちゃいい話だし、もう音源のダウンサンプリングの例を出されたので、基本音科とか量子科とか融合科の話をすごくしたい気持ちをグッとこらえて、
いやでも、何で言語化するかっていうのは、ほんと新玉さんおっしゃっていただいた通り、気持ちをもやもやしてるみたいなのを、
もやもやしてるっていう、もやもやっていろんなもやもやがあるじゃないですか、その中から自分の価値観と起きてる出来事に対してどういう結びつきでどんな事象がありましたかって、
それが自分の持ってる価値観に対してどんなギャップがありましたかみたいなのを音科にすると捉えやすいっていうのはあると思うんですよね。
捉えやすいんだけど、そこが、何でしょうね、それこそサンプリングレートが粗いと、極端に自分のせいですって自責になったり、
逆にあいつが悪いんだっていう多責になったりっていう、粗い言語化になっちゃう恐れは往々にしてあったりとか、
無理に言語化しない方がいい局面があるのは、僕すごいそれを聞いていつもそういう話をして思い出すことがあって、
前職でチームで振り返りをやっていたときにですね、なんか結構いい感じにマットマービーかかってたんです。
今回こういう気づきがあったねって、じゃあ次はこういうふうな取り組みしてみようかって言って、チームの大多数のメンバーがいいねってなったときに、
小田中育生
一人、うーんって言ってる方がいて、で、その方が勇気を持って、すいません、まだ言葉にできてないんだけど、まだ課題がある気がしますと。
で、まだ言葉にできてないんで申し訳ないんですが、皆さん言葉にするの手伝ってくださいって。
Makoto Arata
あ、めっちゃいい。
そう、めちゃくちゃいいでしょ。こういうメンバーのいいエピソードをさも自分の話かのように話して。
小田中育生
いやいや、それをね、引き出させたのはマネージャーであるあなたの手話なのであって。
いや、そうかな。はい、ちょっとじゃあ置いといて。今日いい感じに脱線が続きます。
で、そこで実際なんで、じゃあみんなでいいよって、じゃあもやもやをちょっと話してみようかって言って、
みんなで解きほぐしていったんですよね。なんでそのストレートに自分が思ってることを自分一人で言語化しろじゃなくて、
周囲からの問いの投げかけだったり、周りが仮説立てたりして明らかにしていった中で、
あ、確かにこれチームで扱った方がいい課題だねっていうのが実は見えたことがあって、
なんでその言語化するときに情報を失われやすいのは確かで、
情報がなるべく失われないようにいろんな方向、いろんな方法で解きほぐしていくっていうことだったりとか、
Makoto Arata
あえてそのままモヤっとした状態でパックしておくっていうのは大事だろうなっていうのは自分の実体験でも思います。
小田中育生
ちょっと違う方向からの話ですけど、ゆる言語学ラジオっていうアプリがあって、
Makoto Arata
最近よく見たり聞いたりしてるんですけど、
片方の水野さんという方が、最近会話の0.2秒言語学するっていう本を出されたんですね。
それがすごい面白くて読んでたんですけど、確かそれの出版記念かなんかのYouTube番組で、
言語化を多用しすぎていると、世の中は。
で、たまたま自分たちは言語優位な脳の作りを持って生まれてきたからであるし、
そういうトレーニングを積んできたからっていうことだと思うんですけど、言語優位であって言語化することっていうのが何にも勝るっていうふうに思っているけど、
そうじゃない人のことを無意識に潰してないかいみたいなことを投げかけてたんですよね。
で、そうじゃない人っていうのの代表例として、ビジュアル進化っていう人がいるような人がいますと。
で、その人は何か事象が起きたときに、それを言葉ではなくて絵として理解しようとするとか、
あるがまま光景のスナップショットを撮って理解したり記憶したりしようとするっていう人。
全然わかんないんですよ、私。もう説明書大好きだし。
そう、なんか美術館とか行っても、先に絵も見るんだけど、絵の解説とか読んで、
分かった、気になった、みたいなのがないと結構不安になっちゃうぐらいには文字情報に頼ってるなって、改めて自分を振り返ってみて思うんですよね。
小田中育生
なので、そういう人もいるんだよっていうことを知るっていうことと、言語化をハラスメントみたいにしちゃいけないよねっていう、2つあるなと思って。
そうですね。視覚優位者もいるし、聴覚優位者もいる。それこそ全職の管理職研修です。そこら辺は触れたことがあって。
言語優位の人もいれば視覚、聴覚もいて、それはマネジメントの文脈だったから、言葉で伝えると伝わる人もいれば、
聴覚に訴えかけるような比喩だったりとか、絵図解したほうが伝わりやすいと。人によって違うよねって文脈だったんだけど。
言語化っていうのは言語優位の人にとってはすごくわかりやすいけど、全てがそうじゃないなっていうのは、そういう話があったなっていうのを今思い出しました。
あとは、なんでもは言葉にできないよねっていうのは、ユトギンシュタインのすごい有名な、語り得ぬものについては沈黙しなければならないって言葉があるじゃないですか。
これは対象としては神倫理とかそういうもの、言葉でそれこそ表現しないものっていうところなんで、言語化の話と結びつけると飛躍かなという気はしつつ、
Makoto Arata
やっぱり語れないものはあるのは真だと思うんですよね。
で、その事象、何か一つの事象、例えばキャリアとか、自分がどういうキャリアを志しているのかみたいなことを、
とかく言葉にしろと言ってくるじゃないですか、周りは。
なんですけど、もちろんマネージャーがメンバーと、そのメンバーの目標の話をしているときに、それを言葉にしてくれたらマネージャーは一緒に目標を考えられるから、ありがたいはありがたいけど、
それを求めすぎてはいけないよなという感じがあって、
ちょっとよくわかんないですってなったときに、じゃあどういう状態を愛不快に感じるのかみたいなところを聞いていって、
で、よりその愛が最大化されるのと、プロダクトの価値が最大化されるのの交差点を狙っていくみたいな形で目標を立てるのがテストだったりすると思うんですけど、
小田中育生
ちょっと目標の方に話しそろえちゃったけど、言語化することで情報が欠損したり、ちょっと歪んで伝わってしまうっていうのは確かに行き過ぎた言語化の危険性としては。
Makoto Arata
あるなと。
小田中育生
そう。
超余談、余談だしどこにも着地しない話なんですけど、僕結構聴覚優位型なんですよね。
だから、ティーユとかでズバーンとか、ビビビビビビビとか、トカンとさ、みたいなこと言うし、
例えばお酒好きなんだけど、お酒に対してはこれはおいしいと、これはすごくおいしいしか言語化できなかったり。
Makoto Arata
それはまあ、どういう解像度でそれを語りたいかっていう、気持ちの問題なんで。
小田中育生
気持ちの問題がありますね。
Makoto Arata
ちょっと混ぜてみるかなと言うかもしれないけれども、今、いくおさんが聴覚優位って言ったことは、聴覚表現の方がスッと馴染みやすいみたいな意味でよね。
あ、そう、そんな感じです、はい。
何か情報を入れるときに、耳からの方がいいか目からの方がいいかみたいな、そういう意味の視覚優位、聴覚優位っていう言い方もあるよねと思って。
そういう意味では、私はめちゃめちゃ視覚優位で、そっちの方が処理能力がすごく、耳と比較して高いなって思うんですよ。
で、なんか、あの、ポッドキャストとかあんま聞けなくて、やってるのに。
小田中育生
はいはい。
Makoto Arata
で、なんか、それは耳だけが都合よく暇みたいなものがなく、タイミングがあんまりなくて、
で、例えば電車とかでポッドキャスト聞いてると、なんか、なんか目が暇になっちゃって、
で、その、例えば電車の広告とか、ついついスラック開いちゃったりとかすると、
そう、視覚の情報で埋め尽くされて、耳が何も聞こえなくなるって言うんですけど、みたいなのがあって、
なので自分は視覚優位だなって思って。
小田中育生
すごいわかるなって、わかるなって、これは今から話すのはちゃんとした裏付けがあることじゃないから、
なんか調べて違ったら訂正しようかなって。
多分ね、インプットとアウトプットで特性違うのは全然。
だから僕はなんか自分が考えてることを発信するときにバーっとみたいな感じで、音とかバーンみたいな表現で、
なんかまずは音の感じで動画に出ていったりするんだけど、
ポッドキャストは僕もやっててなんだけど聞くのがすごい得意ではない。
てか、文章を目で見たほうが早い。
本、同じコンテンツを消化するのにテキストで読んだほうが早く消化できるので、そっちで見てるなっていうのはあったりしますね。
あと耳は常にヘビーメタルが流れてるので塞がってるっていう制約条件、外部制約もあります。
Makoto Arata
耳が忙しい。
小田中育生
忙しい。
Makoto Arata
耳の情報量が多すぎるって説もありますね。
小田中育生
説あるね。
Makoto Arata
はい。ちょっとこれを広げるのやめようか。
小田中育生
うん、そうですね。危険だから。
でも、すごい今日この話できてよかったなっていうのが、言語化っていう言葉使いすぎなんじゃないかっていう、
新玉さんの問いかける、すごく興味があったし、直感的に僕も確かに何か言語化っていう言葉の対応に対してのなんとなくの不安感みたいなのがあったんですけど、それこそそれ言葉にできてなかったんですよね。
言語化しなきゃっていう世界観の中で生きていると、言語化できないからそれを口にできない中もあったんだけど、
今日切り込んでた中で、サンプリングレートっていう比喩だったりとか、情報が途中で変わっちゃうよねっていうのが出てきて、それは確かに適切に、言語化がすべての正解だって思うと起こりゆる弊害だなっていうのは改めて理解できてよかったな。
Makoto Arata
なので言葉にならないからダメじゃなくて、言葉にならないけど何か大事そうだなみたいなものを温め続けるっていうのと、それでも何とか言葉にしてみて、それで削ぎ落とされてしまったものをさらに詰めるっていうのを繰り返していくプロセスであるとか、
その、弦外の糸まで含めて伝えたいんだよっていうのを姿勢で示すとか、ノンバーバル的なところでね、とかそういうのも同じように大事にされていくといいなって最近は思ってますっていうお気持ちでした。
小田中育生
なんか昔、もう亡くなった方なんですけど、なんかテクマっていう東京のライブハウスでライブやってる方がいたんですけど、その人が歌詞に乗せられない気持ちとか、
Makoto Arata
そういったものがあって、それがギターソロとして現れてくるっていうのが言ってたんです。めちゃくちゃいいなって、いいしすごいわかるなって。
ブルースですね。
小田中育生
そう、なんか言葉にできないものってあるなって。音楽でもそうだし、日常生活ってそういうこといっぱいあるから、できないものを無理に言葉にするぐらいならそのまま伝えようっていうのは、これから大事にしていきたいなと、今日の話を聞いて思いました、まる。
Makoto Arata
まる。はい。じゃあ、なんかいい感じに収まったところで、今日は切り上げますか。
小田中育生
じゃあ、ギターソロでも弾きますか。
Makoto Arata
最後流しましょうか。
はい、お便り。また間違えちゃった。
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はい、ではではありがとうございました。ごきげんよう。
小田中育生
ごきげんよう。