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こんにちは、河北です。元保育士のフリーランスコーチです。
今日は私が保育士を辞めて、フリーランスになった経緯なんかをお話ししていけたらなというふうに思ってます。
私は割と結構仕事をガツガツする人間で、そういうタイプでして、
仕事と自分自身とその他の仕事以外のその他の生活っていうところのバランスが取れなくなってしまって、
フリーランスを目指してきたので、そういった悩みがある方の参考になるかなともしかしたらなるかなとも思いますし、
あとあわせて保育士って割と専門性が強い高い仕事なので、セカンドキャリアが築きにくいなっていうふうにも言われていて、
私自身もやっぱり保育士辞めた時それを感じましたし、
なので、そういうセカンドキャリアの築き方とかそういった部分でも一つ参考に、
参考にというかこういう働き方もあるんだよということで、参考にしてもらえたらなというふうに思うので、話していきたいなというふうに思います。よろしくお願いします。
私の経歴をざっと挙げさせてもらうとざっくりなんですけど、新卒から保育士をしてて、その後、ちょっとねこの後詳しく話せたらなと思うんですけど、
新卒からがっつり保育士してて、その後働くことをやめてちょっとプー太郎してて、
それからフリーランスを目指してきて、でフリーランスとは接するして会社員して、再起をかけてまたフリーランスに挑戦してきたっていう感じなんです。
なのでその前半の部分の話を今日はできたらなというふうに思うんですけど、保育士辞めてなんでフリーランス目指し始めたかっていうところ。
私の保育士としてのキャリアが崩れ始めたのが2年目の時なんですね。キャリアって言うほど積み上げられてもいないんですけど、2年目の時で。
私、保育士にずっとなりたくて小さい時から。小さい子が好きで。赤ちゃんとか。
なりたくて当たり前のように保育の専門学校、保育士の免許が取れる専門学校に行って、当たり前のように何の疑いも迷いもなく保育士になったんですよね。
1年目の時にとっても仕事ができる先輩のクラスで、保育園とかで複数で担任を持つので、子供何人に当たり保育士1人っていう基準も決められていたりだとか、
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たくさんの人数を複数で見るっていう感じなんですよね。
私が初めて就職したその1年目は、とっても仕事ができる先輩のクラスを一緒に持たせてもらったんですね。
すごい仕事ができる先生やって、すっごい尊敬してて憧れてて、私自身の保育士像というか、私自身の保育士としての基盤は全てその先生が作ってくれたなと思っているくらい、
本当に大好きで尊敬する先生と一緒にクラスを組ませてもらってたんですよ。
2年目の時に私はクラスのリーダーになったんですね。
クラスのリーダーになって、割と園の中で2年目でリーダーを持ったのが私だけだったんですよ。
年功序列なわけではなかったんですけど、やっぱり上の先生からすれば、私がその2年目でクラスのリーダーを持ったことを気に食わなかった先生もやっぱりいて、
河北先生の面倒は見ないとか言われちゃったりとかして、はい頑張りますみたいなあったりとかして、その中でのスタートで頑張らなきゃってすごい思ってて。
私が勤めてた縁が子供がちょっと人数多かったことと、複数多かったことと、パートで週3とか半日勤務の先生が多かったこともあって、
一クラスあたりの担任の人数がすごく多かったんですよ。
私がその時持ってたのが1歳のクラスだったんですけど、1歳が10人だったんですね担任が。
ベテランの先生が多い中、私よりも経験もキャリアもすごくしっかりと築かれている先生たちの中で私がリーダーになってしまって、
とにかくやらなきゃ、頑張らなきゃってなってしまって、1年目の時にすごく仕事ができる先生を見てきてしまったから、
クラスをまとめていくその先生の姿とか、先生たちもまとめていくし、子供たちもまとめていくっていうその姿を見てたから、
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それが私にとっての基準値だったんですよね。基準がそこになってしまってて。
2年目の私にできるわけないのに、私はその先生見たくやらなきゃって思ってしまって、
一人で全部やらなきゃとか、頑張らなきゃってなっちゃって、何かできないことがあるときは、私の努力が足りないんだっていうことで自分を責めてみたいな。
そんな日々を過ごしてしまって、そこで4月からクラスが始まって、新しい年度が始まって、6月に限界突破しちゃって、保育園で倒れちゃったんですよね。
そのまま救急車で運ばれて、結果的に適応障害とパニック障害で、メンタルブレイクしちゃったんですよね。
それでも仕事を休むことができなくて、そんな休むなって言われたわけじゃなくて、
職場はすごくいいところだったので、周りの先生たちもすごくいい人でしたしね。
ただ私が一人で、こんなことで休んじゃダメだって思って。
その時は、心の病気っていうのは全て自分の気持ちの問題だって思ってたところもあったので、やらなきゃやらなきゃってなって。
今振り返ると、あの時の精神状態は気持ちでどうにかできるもんじゃなかったなぁとはすごく振り返って思うんですけど、
どうにか子供の前に立たなきゃと思って、毎日泣きながら出勤して、泣きながら着替えて、泣きながら子供の前に立ってっていう風にしてて。
本当にひどいもので、あの時は。
で、周りの先生たちも、私に休めって言わなかったんですよね、その状態でも。
それは多分、私がそれでも頑張りたいっていう意思を表示してしまっていたから、そういう私の意思を尊重してくれてたのもんやなっていう風に今は振り返って思ってるんですけど。
ちょっとね、今思い出しても本当にしんどくなるくらい、あの時はちょっとやられてましたね。
なので、私は自分の大好きな尊敬する憧れている先輩と自分を比べちゃって、できない自分を責めて辞めちゃったんですよね。
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辞めちゃったっていうか、年度末までなんとか頑張って、頑張ってって言ってもその間にもいろいろあって。
いろいろあってね、他の先生にクラス任せることになったりとか、いろいろあったんですけど、
ちょっとその辺りのことをノートの方に書いたので、良ければ概要欄に貼っておくので。
この放送の概要欄に貼っておくので、この放送聞いた後良ければ飛んで欲しいんですけど。
そんなこんなで、年度末まで。
結局私は子供を見るだけで発作が起きるような状況で、子供が視界に入ることがダメ。
子供の声が自分の耳に届くことがダメ。それだけでパニック発作が起きてしまって。
もちろんクラスにも行く行く行くけど入らない。でも入らなきゃいけないっていう自分とずっと葛藤して。
ギリギリの限界を超えてたんやなと思うんですけど、その中で働いていて。
結局私自身が私をコントロールできない状況がやっぱりすごく危なくて、クラスから抜けてほしいって言われて。
他の先生にクラスをお願いすることになって、私はそのままクラスに戻れないまま退職したんですよね。
その年の年度末に。
そんなこんなやったんですけど、私は保育士を諦めきれなかったんですよね。辞めてからも。
あの時どれくらい休んだのかな?仕事を辞めて半年くらいかな?
休んで、少しずつ心も体も元気になってきた時に、もう一回やっぱ保育士やりたいと思って。復帰をしようと思ってね。
ここの縁だったら大丈夫だろうっていうところを見つけて、就職したわけなんですけども、結局やっぱダメだったんですよね。
最初に身体とメンタル壊しちゃった縁で働いてた時ほど、仕事が守らなくなるほどひどい状態ではなかったものの、
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やっぱり子供を見ると発作が起きる。
で、涙が出てくるみたいな状況で、それでもなんとか自分をコントロールできる状況ではまだあったので、仕事をしてたんですけど。
でも結局無理になっちゃって。
子供もそうですし、その時も私より仕事ができる先生がいたんですよね。
そうそうそう、最初の仕事を辞めた時に、自分が保育士として存在している意味がわからなくなっちゃってて。
私が抜ければその穴にもっと仕事ができる先生が入るから、子供たちにとってはそっちの方がいいって。
私がいない方がいいってずっと思ってしまっていて。
私が保育士として子供に関わることが子供にとって良くないってずっと思ってたんですね。
それなら私が抜けて、そこに私よりもできる先生、私よりも子供を愛してくれる先生が入って、その方がいいんじゃないかと思ってたわけですよ。
で、仕事を辞めて新しく就職した縁でも結局同じように思っちゃって。
私より仕事ができる先生で5万というわけですよね。
でなったら、じゃあもういいじゃないかと。私は必要ないみたいな考え方になっちゃって。
で、私が辞めたらその穴にまた別の先生が入れる。もっと子供を愛してくれる。もっと保育の上手な先生が入ってくれるって思っちゃって。
で、結局辞めたんですよね。
でもやっぱり諦められなくて。
で、ちょうどその時に自分が保育の専門学校自体からずっとお世話になってた恩師から紹介された縁があったんですよね。
で、私のこの真面目すぎる性格も、適応障害とパニック障害になってしまったことも、それにより子供の前に立てなくなってしまったことも。
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で、それを引き起こしている私自身の性格もすべて理解してくれている、すごく信頼できる恩師からの紹介された縁だったので、もう一回だけやってみようと思ったんですよね。
で、私はその縁に就職するのすごく悩んだんですよ。結局また私は子供の前に立つと保育士っていう仕事をすると壊れてしまうと思ってたから。
だから迷ったんやけども。
そう、どうしてもじゃないな。なんかやろうって最後に思ったんですね。
そう、だから最後にしようと思ったんですよ。ここの縁でダメやったら、もう3つ目だったんでね。
ここの縁でダメになった時は、私はもう保育とか教育の業界からはきっぱり手を引こうと思ったんです。
で、就職をしたわけですね。そう就職をして。
で、働き始めたものの、やっぱりうまくいかなかった。
そう、なんかね、保育士してたら私なんかいらんやんってなっちゃうんですよね。もっとできる人がいるんだから、もうそれでいいやんってなっちゃって。
で、結局最後に最後って決めて覚悟して入社したその縁も結局2年でやめちゃって。
そう、で、もう私は保育士人生終わったと思って。もう自分は一生保育士することないと思って。
めっちゃ泣けてくるすいません。そう、やめたんですよね。
で、それからやっぱり定職に就くのが怖くなっちゃって。
どこに行っても私はまた仕事を辞める。すぐに逃げ出す。結局誰かに迷惑をかけると思って。
そう、それやったらもう一人で生きていった方がマシやなと思って。
だからといって、自分が何をする気にもなれなくて、
結局ね、クリタのような感じで空っぽの毎日を過ごしてたような気がしますね。
ずっと真面目に働いてきたから、自分が仕事に就いてないっていう状況がすごく怖かったんですよね。
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で、結局それが後ろめたくて家族に会うこととか、友人に会うことも多くなっちゃって。
今の私の状況を説明すれば理解してくれるとも思ったけど、
だけどそれを説明するのもめんどくさいし、
もうそれやったらもうひっそりと一人で生きていけばいいやと思って、
そう振り出してたんですよね。
と言いつつも、いつかちゃんと仕事に就かないといけないっていうのはずっと思ってて、
このまま人生でいいわけないって思ってたから。
だからこの生活も、次ちゃんと仕事をしようって決めるまでのつなぎのつもりだったんですね。
フリーター生活も。
だから自分の中では半年くらいかなって長くても思ってたんですけど、
気づけばずるずるとそんな生活も1年半くらい過ぎてしまって、
ああもういよいよどうしよう私の人生みたいな。
なってしまったんですよね。
そう、もういよいよどうしていけばいいんやろってなって、
保育士以外にやりたいこともないし、やれそうなこともないし、
でもだからといって、
違う仕事をしている自分のイメージも全くつかないし、
その時にフリーランスという選択はなかったので自分の中でまだ。
そうそうそうそう。
だからどうしようと思って転職サイト開いてみるもののピントがないし、
結局なんか違う業種を調べてたつもりやのに、
また保育士とか幼稚園の先生とかね、
放課後デイサービスのお仕事とか、
ベビーシッターだったり家庭教師とか、
結局そっちの仕事を私はしようとしてるというか、
検索をしてしまってる。
あれって別の業種を調べてたはずやのに、
いつからか私結局その子供関係の仕事を調べてるやんと思って。
そうそう。
でももう無理と思ってたから。
でも私は結局保育士しかできないんやと思って。
どこから人生をやり直せば、
私は幸せに生きていけるんやろうって思ってて。
何を間違えたんやろうって。
保育士をあの時に、
職業選択の時に保育士さえ選べなければ、
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私は幸せに生きていけたのにとか思って。
保育士のことも子供のことも、保育のことも自分のことも、
全部嫌いで仕方なくて。
すみません、めっちゃ泣いてますけど。
やばかったですね、あの時ほんまに。
この世が終わるんじゃないかと思ってましたね。
どうしていけばいいんやろうって思った時に、
ずっと保育士が嫌いだったけど、
保育が楽しくできるようになったんですっていうような人の
SNSを見つけたんですよ。
保育士が嫌いだったけど、保育が楽しくできるようになってて、
今保育士やってますみたいな人のインスタが出てきて、
その方がコーチっていう仕事をされてたんですよね。
その時はコーチとかコーチングっていう言葉も知らなかったんですけど、
とにかくこの人は人の話を、人の相談に乗る仕事をしてるんやと思って、
申し込ませてもらったんです、セッションに。
話を聞いてもらいました。
その時すでに転職活動をやってて、
でも結局その保育園の転職を考えてたんですよね、私は。
異業種も考えてるつもりでいたんですけど、
結局私はその時保育士になる選択肢しか自分は持ってなくて、
結局その10個とか行ったんかな、面接に。
見学と面接に行かせてもらってて、
その転職、そうそうそう、行かせてもらってて、
で、なんでそんなに行ってたかっていうと、
やっぱもう失敗したくなかったからなんですよね。
で、私はその面接とか見学の時にその縁を見るポイントとして、
私より仕事のできそうな先生がいるかいないかっていう基準で探してたんですよ。
うん。
私は自分より仕事がいる先生がいてしまったら、
また自分の保育士としての存在意義がわからなくなるって思ってたから、
私より仕事のできる先生がいない縁を選ぼうと思って、
もういろんな縁を見に行ったんですよね。
で、そんな自分にも虚しくなってくるわけですよ。
そんな仕事の探し方をしてる自分が、
そんな職場探しをしてる自分が、
もうすっごい虚しくなってきて、
で、そのタイミングで保育士のコーチをしてる方とのセッションを受けさせてもらって、
私はだから、
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異業種に行きたいって言いながら、
考えてるって言いながら保育士をする選択肢しか持ってなかったから多分、
その時は気づいてないですよ。
迷ってるって思ってるんですよ。
それでも多分その時はそうしかなかったから、
それしかないと思ってたから、
そのコーチの話が聞きたかったんですね。
どうやったら私も楽しく保育ができるようになるか教えてくださいっていう気持ちで、
セッションを受けさせてもらってたと思います。
どうしたら私も保育士としての人生を生きれますかっていう風な感じで話を聞いてた気がしますね。
でも結局私はそのセッションで、
私はだからそのセッションで保育士がどうやったら楽しくなれるか知って、
私も希望いっぱいの状態で次また就職しようって思ってたんですけど、
希望いっぱいって言ったらちょっと違うかな。
自分も保育士としての人生を全うできるっていう状態でお仕事できると思ってたんですけど、
結局私がそのコーチとのセッションで気づいたことは、
私はもう保育士したくないっていうことだったんですよね。
もういいわと思って。もういいって思ってる自分に気づいた。
私は保育士をしたいんじゃなくて、保育士しかできないって自分が思い込んでるってことに気づいて、
誰かがクミ猫を掴んでくるんですよね。結局保育士しかできないとか。
たぶん、同じような方もいらっしゃると思うんですけど、
結局私はこれしかできない。
結局私は保育士しかできない。
子供を産めることしかできない。
他の業界、業種では通用しないみたいなね。
そうそう。もうキャリア迷子で、キャリア迷子で。
っていう感じで過ごしてましたね。
そうで、私は保育士をしたくないってことに気づいて、
じゃあどうしたらいいの?と思って。
そうそう。それでキャリア迷子になっちゃって。
えーって。
どうやって生きていくん?ってなったんですよね。また。
何をしたいかもわからないし、何に自分が通用するのかもわからないし、
やりたいこともない。やれそうなこともない。
どうする?ってなって。
そうそう。そんな時に、そうそうそう。
それと同時期に、なんで自分はこんなに仕事に失敗しちゃうんやとか、
なんでこんなに生きづらさを感じてるんやろっていうことを色々調べ始めたわけですよ。
そしたら、そういう人にはフリーナンスが向いてるみたいな、
ネットでそういうのを見つけて、
あ、そうなんやと思って。
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フリーランスっていう働き方が私には向いてるんやと思って。
これしかないんじゃないかなっていう風に覚えてます。
たまたま出てきたんですよね。
自分の性格を検索窓に入れて、
いろいろ検索をしていくうちに、フリーランスっていう言葉にたどり着いて、
確かに今まで聞いたことあった言葉だったんですけど、
フリーランスとか企業とか独立とかね。
でも多分自分ごとにこれまでなったことはなかったんですけど、
その時初めて自分のこととして受け取ったんですよね。
これなら私も生きていけるかもしれないって。
生きていく術を完全に見失ってた時やったんで、
これなら私生きていけるんじゃないかって。
すごい一筋の光が見えたのを覚えてます。
あれがいつやったかな?2021年の秋ぐらいやったのかな?
そう見つけて、これかーと思って。
とはいえフリーランスとはいえ、何をどうするんって思ってて。
たまたまその時に、
こういう性格の人はフリーランス向いてますよみたいなことを発信してた人が、
ネットで発信をしてた人が、
フリーランスのライティングの講座をやりますみたいな。
っていうので申し込ませてもらって、震える手でね。
申し込んで、私にもできますか?みたいな。
その時、当時知ったばかりだった、ビジネススキルみたいな難しい言葉を使って、
ビジネススキルなど何もありませんが、みたいな。
連絡したのを覚えてますね。私にもできますか?っていう。
コピーライティングを、コピーライティングっていう文章ですね。
文章の書き方を学んで、それがフリーランスとしてのお仕事につながるっていう、
そういう講座だったんですけど、
中身とか内容とか全然分かってなかったんですけど、
とりあえず私はフリーランス向いてるんだ、じゃあフリーランスだ。
で、ちょうどそのフリーランス、こういう性格の人はフリーランス向いてますよっていう発信をしてた人が、
たまたま講座を開いていた。
じゃあ行こう、みたいな感じで。
じゃあ行こうって、じゃあ行こうともすぐなったわけではないんですけど、
そういう時の勢いは割とある方なので、すぐに申し込んだ気がしますが、
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半分夢物語みたいな感じではあって、
私にもできるんでしょうか?みたいな感じではあった気がしますね。
で、その時に何で起業していくかみたいな感じになったわけですよ。
フリーランスとはいえ、何するんだい?っていう話になった時に、
私はそのコーチからね、コーチングっていうものを受けていたから、
受けていたっていうか、その保育士のコーチの方からコーチングを受けてて、
コーチングっていう存在を知ってたんですね、その時に。
知ってたから、
そうそう、で私はこれなら私もできるのかもしれんって思ってて、
思ってたっていうのは、
初めて自分が保育士以外に想像できた仕事だったんですよね。
人と話している、話す仕事っていうのが。
自分に、自分もやってみたいって、なんか思ったんですよ、すごい。
これならできるかもっていうのがなんとなくあったから、
コピーライティングの講座に申し込んだ時に、
相談をしたんですよね、相談というか、
起業をしたいと思ってて、
でも保育士しかやってこなかったから、
スキルとか何も、資格も持ってないし、何もない。
そんな中で、
コーチングとかいいなって思ってて、みたいなことを、
なんか、ぼやぼやって話した気がしますね。
それが、その起業の、
このコピーライティングの講座を受けたことが、
始まりやったかな。
同時期に他の講座も受けてみたりとか、
講座?何やったんやろ、あれは。
講座ではないのかな。
コクチーズやったっけ?
コクチーズっていう、
なんていうんですか、あれ。
スキルシェアサイト?
違うな、こういうのやってます。
ココナラみたいな感じのやつがあって、
そこでフリーランス、何ヶ月でいくらみたいなのがね、
やってる人がいて、
それにも申し込んだりとか、
あと、手当たりしない、
異業種交流会みたいなのに出向いて、
どっかでヒントあるんじゃないかなとか、
そんな時もありましたね。
でも結局なんか私はその、
なんていうんですか、
結局私はじゃないな。
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で、そんなこんなで、
フリーランスかって、
もうこれやなって。
コーチングこれやなって、
なったんですよね。
で、まあ突き詰めると私は別に、
あの結局ね、
コーチングがしたかったわけじゃなくて、
自分と誰かを比べずに生きていきたいって思ってたんですよ。
だから今でも私は、
コーチングをやりたいっていうよりは、
だからコーチングをやりたくてコーチになったっていうよりは、
私は自分の名前で生きていきたくて、
誰とも比べられずに、
選ばれる仕事がしたくて、
私はその誰かと自分を比べることで、
自分の存在意義を見失って生きてきてしまってたから、
誰かと比べるっていう状況に身を置くっていうことが、
それが自分にどれだけ負担のかかることかっていうのが、
分かってたんですよね。
だから結局、組織での生活も難しいって思ってて、
業種を離れたとしても、保育士じゃなかったとしても、
組織っていうところで働いてる以上、
私より仕事ができる人は5万人いるわけで、
そうなったら結局私はどんなところに行ったとしても、
自分の存在意義を見失ってしまうって思ってたから、
だからフリーランスになる、
そしてコーチングというよりは、
自分の名前で生きていくっていうことを、
誰とも比べられずに生きられるっていうこの生き方が、
私は本当に喉から手が出るほど欲しかったんですね。
これが叶うなら何でもいいやって思ってた気がしますね。
何でもいいやって言ったら大げさかな。
これが手に入れたいってすごく願ってた気がします。
それが叶えられる手段が、
フリーランスやって思ったんですよね。
フリーランスというか起業。
フリーランスの中にもいろんな組織の中に入って働くフリーランスもいますけど、
起業っていう自分で事業を作る、お仕事を作るっていう方法を選べば、
私は誰とも比べられずに生きていける。
自分と誰かを比べてしんどくなることなく生きていけると思って、
フリーランスを選んだ。
便宜上コーチという名前は借りていますけれども、
自分の名前で生きていくっていうことをやろうと思った。
っていう感じで今があるっていう感じですね。
ちょっと長くなりましたが、
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こんな感じで私は保育士を辞めてフリーランスをすることになりました。
あの時は本当にもう人生絶望、お先真っ暗、
もう崖プチとか崖から落ちてる状態だったんですよね。
結局働きたくないって言ってるし、
言ってるけど結局働かないと生きていけない。
ってなった時に、
ああ私はこのまま死ぬまで、
明日仕事行きたくないなーとか、
この人と比べてしんどいなーとか、
そういうネガティブな感情を仕事に抱え続けたまま生きていくんやなっていうことに、
もう絶望してた、本当に。
仕事って8時間って考えると、
もう本当に人生の長い時間を占めてるわけで、
それを、その絶望感を感じる仕事を、
このままずっとしながら生きていかないといけないのかっていうことに、
本当に絶望してた。
仕事イコールしんどいもの、絶望だったので、
だからびっくりしてる。
仕事が楽しくなる生活ができるなんて、
仕事と絶望がイコールにならない世界があったっていうことに、
すごく驚いてる。
いっぱい話した。
そんな感じで私は保育士からフリーランスになったっていう感じですね。
この放送で伝えたいこととしては、
最後にまとめさせていただくと、
働くことと仕事がイコール絶望にならないっていう世界があったっていうこと。
そうですし、保育士しかキャリアないって思ってたけど、
やろうと思えば、やりたいことはできたっていうこと。
あとは、仕事と生活と自分のバランスが取れる生活ができてるってこと。
自分が生きている人生そのものが仕事になっていて、
生活も、
この間クライアントさんに、
カオキタさん、年末いつから休みですかって聞かれたんですよね。
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最近伴奏が決まったクライアントさんだったんですけども、
私年末年始旅行に行く予定があったので、
そこはセッションの予定とか入れられないなっていう話をしてたんですけど、
基本的に仕事も生活も自分も全部、私の人生で全部ナチュラルに混ざり合ってるんですよね。
だから、年末いつから休みですかって聞かれた時に、
休みないし、いつでもオフだし、いつでもオンですねみたいな話をしてたんですけど、
こんな生き方が、
私は当初仕事と自分と生活のバランスを取れる働き方を願ってフリーランスになったんですけど、
そうじゃなくて、
仕事も自分も生活も全部ナチュラルに混ざり合っているっていう生活になってて、今。
それが最初はすごくしんどいかなって思ってて、
それに悩んでた時もあったんですけど、
それが結局とっても心地よい生き方なんやなっていう風に、
最近思えるようになってます。
そう、なので毎日オンだし毎日オフみたいな感じですね。
もう本当に、あの時は絶望していましたが、
なんとか楽しく生きているよっていうことで、
今日はそんな話ができて、
良かったなと思います。
では、最後まで聞いてくださった人いるんですかね?
聞いてくださりありがとうございました。
もし最後まで聞いたよっていう方がいらっしゃれば、
ぜひね、いいねボタンなり、コメントなり、公式LINEで最後まで聞いたよってメッセージいただけますととっても嬉しいです。
では、ありがとうございました。
私はスタバを買って、今からお家へ帰ります。
スーパーの駐車場なんですよね、今。
では、ありがとうございました。川北でした。