教育関連法の概要
前回からの続き。
はい、じゃあ収録自体は、ちょっと間が空いたんですけど。
前で何を話してたかというと、1話目で、日本の教育法、教育関係の法律、教育基本法ですよね。
どう作られて、どう変遷したかっていうのを話し、
2話目で、
特に教科書検定とかからして、何を教えるというのを、
誰が決めるのかっていうのを、日本だけじゃなくて、各国。
あー、ブラジルとかだ。
そうそう。話しましたね。
フィンランドは人ですよね。
教科書じゃなくてね、人に議論するという。
そう、物なのか人なのか、みたいな。
誰が何を教えるのか、何を教えるというのは誰が決定権あるのかっていうのが、各国ちょっとずつ違うね、みたいな話をしたのが2話目。
文化的基盤と論理的思考
今日3話目は、教えたものが何、どういう影響を及ぼすのかっていうので、
教育法そのものから少し外れるけど、
論理的思考の文化的基盤、4つの思考表現スタイルという、
渡辺雅子さんっていうんだよね、きっとね。
渡辺雅子さんの2023年の書籍を元に話そうかなと。
話そう。面白くて、私買って読んでないやつ。
ちょっと高かったんだよね、しかもね、これね。
結構ね、お高めの方で私も勇気だしかって。
確かにその金額の価値はあると思って読んだけど、学術書ですよね、どっちかっていうと。
学問研究の結果を。
専門書。
専門書。
科学の教科書かな、みたいな。
でしたね。
これは、読むとすごいなと思うけど、読み始めるのにかなりパワーがいる話ですよね。
はいはい。
じゃあそこからどんな話だったかっていうとね。
どんな本か。
何でしょう、結論から言ってしまうと、論理的である、ロジカルであるとか、論理的であるっていう言葉深いによく言うと思うんですけど、
それって文化によって違うこと言ってるよねっていう話。
確かそういうことか。そんな文化で決まるとは思ってないですよね。
なんか論理的って必ず一つに決まってるイメージがあるけど、そうではなかったんですよね。
日本でいう論理的っていうのと、アメリカでいう論理的っていうのと、意味違うよねっていう。
それは噛み合わないね。
だから噛み合わないんだよねっていうことをお話しされている本ですね。
分析されている本です。
分析の仕方が、高校ぐらいまでのかな日本で言うと、大学受験ぐらいまでの教育。
特に文章を書く、語学語で文章を書くという教育と、国語に近い、国語って言ったらいいのかな。
国語の中での教育と、あとは歴史っていう教育から、論理的っていうものが変わってくるよねと。
というので推察をされて、推察というか研究されている方ですね。
教育の目的と知識の体系
面白い。
確かにこれで、この国を代表するのがいいのかって言われると、ちょっと多分自分の偏りあるのよ。
偏りあるんだけど、アメリカとフランスとイランと日本。
イラン。
ムスリム圏って言った方がいいんだろうね。
そういう感じ。
ちなみにこれを僕の夏と話したらさ、それってインドとか中国とか大事なとこ書けてんじゃんって言ったんですけど。
面白い通りなんだけど、学問上その時点全部調べきって発表してたら終わっちゃうからさ。
じゃあ、そうね。でも日本、アメリカ、フランス、イランでも十分違いが出たから。
そうそう、そうですね。
で、2つの軸で4省界に分かれられるよねって言ってるのが、この渡辺先生の。
教育学の先生なんじゃないかな。
奥づき見逃せましたけど。
そうですね、教育学ですね。
名古屋大学大学院教育発達科学研究科教授の渡辺政子先生ですね。
渡辺政子さんの先生は4つに分けていて、2つの軸っていうのがその教育の目的の軸と、
知識の形態の軸で4省界に分かれるよねと。
教育の目的の軸は、なるほどと思ったんですけど、技術を得る、技術を身につけるっていう目的と、
価値、内面的な成長っていうんですかね。
教育基本を回収しに来て。
人間形成は教養の獲得なの。
ノートブックエールさんが訳してくれたね、書いてあるんですけど。
その目的で分かれると。
技術目的はどっちにしろ技術がついたかとかの結果目的、結果重視になるし、
価値目的はどう考えていったかみたいなプロセス重視になるんですよね。
そういう軸が一つあるよねと。
もう一つの軸が知識の体系っていう形態とか知識をどういうふうに組み立てるかで、
分かりやすいのは体系的。
上から学、学って呼ばれるやつですよね。
なんとか学って体系的なやつですけど、
数学とか理学とかそういうのは、
上にやってツリー構造になってたりとかする体系的知識っていうものと、
その反対側って結局積み上げ型ですよ。
経験的知識。
だから学問では論とかの方が重視されるんだよね。
経営論とか学問とは言い方がいいんですよね。経学っていうのは体系されてるけど。
経験的知識と体系的知識どっちを重視するかっていうのかな。
いうのでも分かれるよねと。
はい。
いうので4省限に分かれますよねと。
そうですね。
もうそうですね。
この時点で皆さんは日本はどこに入るかを想像しながらお聞きください。
それでも日本最後に言おうと思ってますからね。
本の流れに沿って。
一番分かりやすいのがアメリカなんですよ。
技術の目的、結果重視で経験的知識。
アメリカは経験的知識なのか。
実践、プラクティカル重視。
なるほどね。実践的。
実践的。
実践の趣味というか。
これを渡辺先生は経済原理。
経済原理代表国、それアメリカだよねってなるっていう。
経済原理と目を打っちゃうともうそうかも。
そういう感じにね。
さっきの作文教育っていうのと、どういう風にそれが影響するかっていうと。
アメリカで並ぶ作文っていうのは代表的にはエッセイ。
ファイブパラグラフ型っていうのかな。
っていうのになると。
多分一度は書いたことありますよ。
まず序論で結論を言う。
結論を言って結論を示す根拠を3つ言う。
最後に結論を繰り返す。
ファイブパラグラフね。
これを徹底して小学校からやると。
そうなんだ。
より早く、より効率的に結果に達するわけですよ、これ。
最短距離いくんだよね。
3つじゃなくて1つにしてもっと最短距離だと思うんだけど。
3つぐらいなきゃ結論に。
根拠として弱いからね。
結論も一番最初に言うよね。結論ファースト。
結論ファーストよくビジネス界で言われますよね。
いかに効率的に結論まで達するか。
そこを目指すから、そのゴールを目指すから
バックキャストっていう考えも生まれるんだよね。
そうだね。
結論に向かって短く強い因果関係を示す。
というのが訓練されると。
そうですか。
これが多分ビジネスの中で言うロジカルシンキングで一番ロジカルって呼ばれるやつですね。
ロジカルのイメージがあります。結論から逆算してっていうのは。
3つぐらい根拠言って。
ですよねって念を押しで最後言うってやつね。
そうそう。
これを徹底的に訓練すると。
もう少し学年進むと当然エッセイはこっちじゃないのかな。
でもこれがエッセイだよな。
もう少しクリエイティブな。
クリエイティブライティングみたいなのも高学年になってくると入ってくるらしいんですけど。
まずエッセイから。
エッセイって言葉の響きも私が思うの随筆みたいなイメージだけど
ちょっと違うのかな。アメリカの人がイメージするエッセイ。
5パラグラフエッセイ。そうならしいですよ。
そっか。了解。
大学受験とかでも論文を出しなさいって言うと、これがこの形式で出しなさいってなるわけですよ。
私はこの大学に入ってこういった成功をしたいんです。
なぜならこれとこれとこれだからこんなことをしてきました。
だから入れてくださいって書かなきゃいけないと。
この形式に慣れてないと日本人はたとえ頭が良くても入れないっていうのがよく聞きます。
これが論理なんであるっていうのがアメリカの効率っていうの。
やっぱり入ってないと聞き入れられないと。
これを聞くとそんなもんじゃん。論理性って思うじゃないですか。
この真逆行くのがどこなのかっていうとフランス。
だから価値とかプロセスを重視して体系的な知識、形態を持っている。
政治原理でしたね。
これは政治原理っていうタイトルなんだ。
共和制をできる市民をいかに育てるかっていうのが目的だから。
歴史背景。
そうだよね。王様にね。
市民教育なのよ。彼らの教育の目的は。
市民も日本が考えるなんとか市に住んでますっていう市民じゃなくて。
そうじゃないよね。
市民という素晴らしい人たちを育てなきゃいけないんです。
崇高な概念だよね。
それが教育の目的だから。
アメリカは早く結論いって早く実践して、どんどん経済回してくださいみたいな。
人を育ててるのね。
ビジネス界に行ける人たちはたくさん育ててるんですよ。
フランス人は市民を育ててるんです。
これは確かにわかりやすいですね。
そう。なので、熟慮っていうのが大事。
端的にそこまで一本道でたどり着いちゃダメで。
いっぱいいろんな観点で考えた上でそこにたどり着かないといけない。
そういうことか。だから体系的か。抜け漏れなく。
抜け漏れなく。考え尽くしてそこに行くっていうことが大事だから。
これも多分聞いたことあるけど、
提示、アンチ提示、新提示。
まずこういったものがあってこういった話があるよね。
それに対してまず反論言うんですよね。
そうじゃないっていう理論もあるよね。
その正論と反論合わせて合成された新提示っていうものを生み出してテストに持っていかなきゃいけない。
これがデュセルタシオンっていう形式らしいんですけど、
デュセルタシオンという形式の作文を作ることを目的とさせられると。
ちょっとなんか高度ですね。
高度。
多分ね、初等教育の一番最初はどっちかっていうと、
提示を言うための定義とかをたくさん覚えさせられるってことから始まるんですよ。
なるほどね。まず提示言えるようにしましょう。
で、提示やって反定律が書いてある。
いや、アンチ提示とかの方が出てるでしょ。
提示やってアンチ提示やって総合して。
デュセルタシオンの形式は導入で概念の定義を始めますよね。
私が話すのはこれからこういうもので、これって何を言ってるかってこういうことですと。
ここにはどういう問題があるっていう問題提起をしますよね。
問いによる全体構成で問題提起をして、構成をざっと言うじゃないですか。
その後ろで弁償法って呼ばれる提示を言って、
アンチ提示を言って、それを統合するってことはこういったことになりますよねっていう新提示を言って、
結論、全体の議論をまとめて解答する。
デュセルタシオンっていう論文形式もあるな。
大抵的知識はわかるけど、技術目的か価値目的っていう、
教育の目的だとやっぱり教養の獲得だから卒業なのか。
市民を育てるっていう、その熟慮のプロセスをきっちりと身につけるということが大事。
結論を早く出すことよりも。
結論は早く出ないね、これは。
絶対出ない。
だから、アメリカ人とフランス人が話すと、
フランス人はアメリカ人のことを占領。
占領。
浅いよねって思っちゃうし。
アメリカからするとフランス人の方は非公立。
教育における文化の対立
Aって言ってたのに、Aの反対という名席ではないですけど、
クリアじゃないみたいな反応を得やすいと。
なるよね、確かに。
それはなるよねって思って見てて。
ちなみにこれが一番表現されているのは、
ネットフリックスのエミリー・イン・パリス。
何て言うんだっけ?
エミリー・イン・パリスに行くっていう日本大だったかな?
校大だったかな?
アメリカ人のエミリーが、
急にフランスの視点に飛ばされて、
奮闘するっていうお話ですけど、
すごいんですよ。
アメリカナイズなエミリーが完全にフランスと対立し続けるっていうのを。
確かにその論理はフランスには通じないよね、みたいなことを言ってる。
コメディドラマだ。
コメディですよ。
後半には上手く融合していって言わせるんですけど、
最初のこの奮闘ぶりは完全にこの論理の対立。
なんでこんなマーリックドイこと言うの?
みたいなのをエミリーが体験するっていう。
めっちゃ見たい、面白そう。
この本読んだタイミングでちょっとそれ見て、
ああ、それ!みたいな感じだった話でしたね。
これは本当にこの対立をずっと描いてる。
そうなんだ。
確かにフランスとアメリカ両方一緒にいる場面ってあんま見ないなと思って。
確かにね。
合わないんでしょうね。
本当に。
よくこれテーマにしたね。
たぶんコツワザ的にあるんじゃない?
2カ国の間にはフランス人とは合わねえぜみたいなやつが。
アメリカ人と合わせるのやってみないよねみたいなやつが。
あるんじゃないですかね。
文章作成のプロセス
知らない。
やってみようってやったんじゃないですかね。
でも当然パリの綺麗な風景をずっと映してるので、
見た目的にもとても綺麗ですよ。
たぶんプレビューの感じも洋服とか可愛いし、見てて楽しい感じ。
最近第5か第4、シーズン4かシーズン5が出されましたけど、
シーズン3だったかな、シーズン4だったかな、
その最後にいきなりイタリアに行ったから、あれパリじゃねえじゃんと思って、
私は最後終わったっていうのを。
今ちょっとシーズン、最新シーズンどこ行ったんかなと思って楽しみ。
エミリーどこ行っちゃったかな。
エミリーどこ行ったかなと思ってます。
エミリーが最後、
ローマのエミリーって書いてある。
ローマ行っちゃって、ローマ行っちゃった時にパリの市長さんがその時の、
ちょっとパリから出るのやめてくださいみたいな、
ニュース出してましたね。
かなり観光地にもなるらしいのでやっぱり。
かなりの経済効果やってるから、面白いですよ、ドラマも。
ドラマも面白いし、この理論知ってからそっち見るともっと面白いって感じがする。
噛み合ってないみたいな感じ。
面白い、これ応用が効きそうな。
わからん。
花子アメリカに行くじゃないけど、わからない。
なんでもいいもんね。
なんでもいける。
今から全部の組み合わせでいけるもんね。
全部の組み合わせ。
イランも行けますね。
イランは撮影させてくれるかどうかだな。
そうだね。
じゃあイランですね、イラン。
イランは、
イラン出てくるんだっていう。
ムスリム圏の代表だと思うよ、やっぱり。
そういうことだね。
今あそこだから交代券が宗教で決まってるから、
仕掛けシステムがね。
これはね、どっちかっていうと技術目的で、
体系的知識では絶対ありますよね。
コーラン重視ですから。
コーランだから。
ですと。
法技術原理って言ってるけど、
法っていうのも多分ローというよりは、
法則って意味でしょうね。
経典な感じ。
経典だと思う。
世界の法則というものが決まっていて、
そこから作るんであるという原理。
論理なんだと思います。
だから基地の真理修練するって、
ノートブックイルミさんが表現してくれてるけど、
これは何だろうな。
エンシャーって呼ばれる、
エッセイとかディセルタシアンと同じような記述で、
エンシャーって呼ばれる論文を、
文章ね、作文を習うんですけど、
構成が、まず主題の背景というものが序論にあります。
主題は何で?主題の背景、声ものです。
主題を説明する3段落あります。
出来事の発生、時空間の説明と、
文章の雰囲気づくりと、
詳細の説明で、
結論がね、
ことわざや教訓や死の一部、
神への感謝で意味付けて終わる。
神への感謝?
世界はこんな素晴らしい、
こんな素晴らしい世界を作ったんだ、神様は。
っていう感謝で終わる。
じゃあ、
どういうことだ?
学術的な論文とかも?
うん。
小中高で習うのはどちらかというと、
そっちの文章。
もちろん数学とか、
でもそれでもさ、
そんなに綺麗な体型の数式を作れるのだ、
っていうのでも追われるしね。
そうだよね。
全部修練できそうな気はするけど。
終わろうと思えば、
結論って全部、
どっちのほうでも書けるんですけど、
この国は結論としては、
自然とか世界の素晴らしさっていうのを、
表現する。
結論で出すと。
雰囲気づくりとかなんか、
いいの?
これね、でも後で、
他の国も調べて、
リップリサーチで調べてもらったからあるけど、
中国とかもあるよね、そういうの。
雰囲気づくり?
雰囲気づくりって言うとおかしいけど、
漢詩の表現力。
あー、はいはいはい。
って言ったらわかる。
なんかでも、漢詩、
綺麗に音とか並べ方とかするよね。
そうそうそう。
でも日本人もあるじゃん。
俳句とか和歌とかさ、
リズム感大事にするじゃん。
する。
結構長すぎる文章でさ、
ここで切りたいみたいなのあるじゃん。
あるあるある。
そう考えると、
まあわからんくもないっていうことか。
そうか。
特にその講覧とかね、
口頭で、
口頭での文章を書くよりも、
そもそも法文というか、
口で覚えるっていうか。
はいはいはい。
の方が教育として最初重視されるから。
はい。
法覧ってね、
一時的にその音律を含めて、
覚えなきゃいけないもんですかね。
そうだよね。
文章で文面で理論が書かれてるだけでは、
美しくないんですよ、その文章は。
なるほど。
かつ結論最後は、
世界って素晴らしく神様作ってくれたんだっていう、
ような結論に行くから、
何でしょうね、結果が決まってるじゃん、
結論が決まってるんだよね。
そうだね、基地の真理に修練されるんだね、
既に知られたというか。
基地というか真理を表現する文章を書いていくわけですね。
このような真理なんですよねっていうのを、
改めて見せるための文章作りみたいな感じなんじゃないですかね。
なかなかね。
この人たちがフランスとやりとりすると何が起きるかというと、
フランスからすると、
なんか真理決まりすぎてて自由がないじゃん。
あ、そうだね。
分からなくなる。
それとも日本も思っちゃうと、分からんことないなと思うし。
逆にイランからすると、
フランスはすごい世界勝手に創作してない?
もう真理は一つだからさ、イランのほうは。
そうだよね。
そう、そんな論理の違い。
論理というのは全て世界の真理を細かく表現して、
やっぱり真理はこうなんだって思うっていう論理展開。
はい。
世界の美しさを表現するっていうね、感じなのね。
イランからするとアメリカのやり方は、
個人主義できる、個人主義だなって思っちゃう。
勝手な人の論理が作られてるなって思っちゃうってことでしょね。
そうだね。
まあそうですよね。
アメリカからすると、ちょっと時代遅れみたいに見えると。
あと教訓じみてるからさ、全部が。
教訓だからさ、最後。
なんか上の世代から教え込まれてるなみたいな、
教訓すぎるっていう感覚を得ると。
自己表現の重要性
そうですね。
わかる。
そんな世界もあるんだなって感じですね。
面白い。
インシャー。
最後、日本ですよ。
日本はわりかしプロセス重視。
確かにね、結果より本来はプロセス重視なんだよね、この国。
アメリカに合わせるとして結果重視になろうとしてるけど、無理してるよね、ちょっとね。
無理がきてるよね。
無理がきてるね、プロセス重視で。
体系よりも経験的知識ですね。
やおらずの神の国ですからね。
どこにあそこに体系があるんだいっていうね。
そうだね、全てに神いるしね。
階層決まってないからね。
階層ない、みんな一律を。
一律ですらもないもんね。
多分こっちの方が高位なんだけど、みたいな。
じゃあ同じこの種類のものが同じレベルかというとそうではない。
そうそうそうそう。
どっちか東アジアなのか、そっち系も多分インドとかもそっち系ですよね。
そっち系ならそんな感じですね。
無茶としてますね。
じゃあそんなすごいですよね。
これが衝撃でしたけど、
アメリカがエッセイ、
イランがエンシアだったと。
じゃあ日本は何なのかっていうと、
感想文を書くんですよね、我々はね。
確かにって思って。
ここに来るのは感想文ってすごいですね。
そこで並ぶのかって思ってですね。
でも一体どれだけ書かされてきただろうとも思った。
書いたよ、書いたよ、読書感想文。
イベントがあればその感想文。
読書感想文は必ず毎年あったし、
イベントごとの感想文も書かされましたよね。
博物館行って何を書けてるんだよみたいな感じの感想文書いてるでしょ。
何でも感想文。
運動会の後の宿題が感想文。
運動会の後の宿題感想文だった確かに。
運動会で喧嘩出てるから。
めっちゃ感想文書かされててさ、
未だにアンケートで最後に感想文書かせてるだけ。
我々。
どんだけ染み付いてるんだって思ったときのちょっと恐ろしさがありましたね。
確かに我々は感想文を書き続けてきたと。
本当だね。疑う余地もないね、アンケートの感想があること。
最後に書くもんね、その他感想コメントがあればどうぞってね。
ありがとうございましたみたいな。
他国の留学生は感想文って言われたとき書けないらしいですよ。
そうなんだ。
確かにねって思って。
意外に自己主張が少ない国って言われてますけど、
我々は昔から自分の感想を文面にするってことをひたすら教育を受けてきてるわけですよ。
本当だよね。なんかちょっと自分の中での感想文の型とかあるように。
なんかこういう具体的なコココココがこういうふうに繋がりましたとか。
それをまた定期化されてるんだよね、実際ね。
感想文って言ったら自分には。
対象の背景を書きますと、ジョロンって。
教育の体験と発展
運動会やりました、こんなのに出ましたみたいなのを書くわけですよ。
書くでしょ。書き手の体験を書くわけですね。
私はこういう風に出て、こういったところを感じました。
感じました感じました。
最後、体験後の感想と学びを書くんですよね。
学びを書くんですよ。
今後こうしたいと思いますって終わる。
それないと先生、丸付けないもんだって。
今まで今の今まで何度書かされて何度やったことでしょ。
だから常に私たちは経験から学ぶということですね。
学び続けておりますと訓練されてきてるんですね。
本当だね。経験からずっと学べ学べと言われてきているわ。
これちょっとさらに発展するとですね。
大学の国語とかでも、大学受験国語とかでもですね。
恐ろしいんですよ。論文であれ説明文であれ物語文であれ。
ここでこの人はどう思ったでしょうっていうことを聞かれるんですよね。
よく見たよく見た。
この登場人物Aは何を感じたんでしょう。
正解あるんかいって思いますよね。
もちろん自分の感想も書くんだけど、この人はこう思ったに違いないっていう推論も長年訓練されております。
そうだね。そっかそっか。自分のことだけじゃないんだな。
他人への配慮というのも、共感みたいなのもですね。
6年3年3年の時間をかけてですね、我々は教育を受けています。
そうだね。めっちゃ考えるね。
12年間高校卒業してる人はね。義務教育だけでも9年間。
すごいよね。だって人だけじゃないでしょ。今本を斜め読みしてるけど。
ゴンキツネとかでキツネの身長も推論するもん。すごいよね。
キツネの身長ってたまにモノの身長を推測させられますよね。
モノの身長とかカラブコンとかすごいよね。いろんなものを推測させられて。
説明文もだいたいこのフィッシャーは何を言いたいんでしょう。書けやって思いますよね。説明文は。
いく?いく?みたいな。
書いたのを正しく読み取れってことなんだけど。読み取るのが身長なんですよね。
身長ね。すごいことだな。
今実はちょうど小児の娘さんはですね、週1回の日記みたいなものが始まったんですけど。
やるね、小児。小児やるね、確かに。
先生から書き方がね、コメントに。
いつ、どこで、誰と何をしたかをまず書いて、あなたがどう感じたかを書きましょうって書いてました。
テンプレ。確かにテンプレ通りです。
確かにと思ってですね。これは恐ろしいぐらい我々は訓練させられてますよ。
いっぱい書いた。すごい。
これだから。
みんな書いてないんだよ、世界の人は。
書いてない、書いてない。
逆に言うと。
エッセイの国の人全然書いてないじゃん、そんな。
書いてないね。
結論はこうなるはずだよね。
なぜならないといけないといけないんだから。だからこうだよねって。
身長を読み取ってないですから。
ないね。
そうですか。
いやー、これを知ってから自分がアンケート作った時にまた感想を聞いてるな、私って思いながら。
ドキドキしながら見てますよ。
外来から来たのコーチングという文化も。
本当は何を感じて何に引っかかってるかちゃんと深掘りしましょうって言ってるけど、今までどんだけ深掘りさせられてるんだろうなって思い始めましたね。
すごい個人の感情とか個人の思いとか成長を大重視する国ですよ、ここ。
それはさ、すごい、なるよね、そんな風に。他者の目線が気になるとかさ。
調和とかさ、角が立たないようにとかさ。
そう。
なるよね。
なるよね。
なるよ、コンタクトがさ。
なる。
なるよ。
恐ろしいなと思いましたけどね。
自分が今まで思っていた自然な感情、個人は大切にしなきゃ、みたいな感想もしっかり見なきゃ、みたいなのがいかに植え付けられたものだったかっていう。
歴史教育のアプローチ
そうだよね。
これが教育の力ですよっていう。
だって生き方にまで染み付くもんね。
染み付いてるね。教育の中身を決めるってことはこういう人を作るってことなんだなって確かに思った。
でもまあ、そうだね、作れたんじゃない、なんかそういう。
作られてます。教育なんて何でもいいやだよね。本気で人は変わるぜ、教育でっていうのは。
むさらしいですね。
すごいね。
この、作文をこうやって書くと学んでる我々がエッセイを書こうとすると結構無理して書かなきゃいけないんですよ。
無理だよね。
だから特別訓練を受けてみなさん、ビジネスの世界でね、一回苦労するわけですよ。
この日本の人とアメリカの人が察すると、当然だけどその日本からするとアメリカはちょっと他者への配慮が欠けてんじゃんって思っちゃう。
で、アメリカからすると結局お前の意見は何なんだ、事実は何なんだ、ファクトは何なんだ、目的は何なんだっていうのがもうはてな、はてな、はてなになると。
目的はないですよ。
ないですよ。
アンソーブを提出するということですよ。
そうね、あとイランからするとやや個人主義に見える。
そうだよね、だってこの人の学びだもんね。
そうそう、全然体系的なことやってないからね。
体系ではない。
この人その瞬間のその部分を切り取ってるからね。
その人の視点の話しかしてないから。
全然京都らしいとかそういうのは見えないけど、なんかすげー大きなこと言ってんなって日本からは感じちゃいますよね。
イランを見るとそうだね、大きいこと言ってるね。
日本とフランスの感覚の違いは分かんなかったな。
でもなんかそのピュアな感想というのをちょっとよく見過ぎじゃないかって見える。
ピュアな感想にパンツ引いてかけたほうがいいのかなと。
あっちは熟慮の国だからさ。
熟慮の国からすると人の一人の感想なんてなんないよねって感じがするよね。
そうだよね。
でもそうだよね、組み合わさってますね。
だから体系的と経験的知識の違いはそりゃそうだよねってなりますね。
個人の感想に過ぎませんっていう感じですかね。
個人の感想に過ぎません、すごい言葉だけどあれ。
独特ですよね、日本のね。
我々みんなそうなんですがねっていう。
もしかしたら外国人が入ってきて初めてあのワードが出てきたのかもしれない。
そうですね、確かにそう感じたんでしょうね。
全部同じ効果が出ないじゃんって言い始めちゃった人がいたときに
いやこれは個人の感想なの、感想って個人のものだから取りましょうみたいなことが伝わらなくなって
あの文章が出始めたんでしょうね。
そうですね、そうですか。
外国人の方は日本の国語の文章を読むのは難しいですよ。
受験は無理がありますよね。
受験は無理だよね。
みんなそんな一緒ので戦わせちゃダメだよ。
言語だけの違いじゃねえって。
そんなものはセンター試験でそれですからね。
本当だよね。
どの感想が一番近いでしょ。
よく母子卓一にしたよね、人の感情を。
そうそうそう。
限んないじゃんとか途中で思いますよね、私は。
そんだけ論理展開が違うよねっていうとね。
これが一つと。
もう一個ね、歴史。歴史をどう教えてるか。
ですね。
これもね、ちょっと待って。
赤を赤字にして文章の中で見たんだけど。
時間軸がだいぶ違うと。
アメリカからまず行くと、基本的にはその植民地から入るんですよ。
植民地として入植した時点から入ってる。
アメリカ大陸のだよね。
そこからだよね。
そこが起点になっちゃうよねっていうのがまず一つあると。
だいぶ短いんだよね、日本からすると。
歴史観としては。
そこからやって、だいたいそれで。
そこが種になっちゃう。
そこから独立して、今に至る、みたいな歴史を短めに強く。
すごいね。
でもアメリカとしてみたいなのはかなり植え付けられそうな。
資格表どこかにあった気がする。
そうですね。
なので、歴史教育の中で一番重視されるのは因果関係。
何が原因となってこういった結果になったのか。
ってことをひたすら読み取っていく、歴史の世界から。
分析していく。
そうなんだ。
ってことを重視する。
この大統領の誰々がこういうことをしたから、結果こういうことになったのか。
一つの理由とは限らないかもしれないけど、
歴史の誰々がこういう決断をしたために世界がこう変わったっていう、
原因と結果っていうのを、歴史を見ながら分析をしていくという。
そうなんだ。
歴史の勉強の仕方を取る。
へー。
それはなんかすごい尊敬する人に、
それは歴代の大統領の名前が出てきそうな感じですね。
うん、ね。
ランキングあるもんね、歴代の大統領が何位とかね。
うん。
覚えてすらいないけどね。
何位いたんだろうって思ってますもんね。
我々の国は。
個人の決断がどう引き起こすかっていうのをやると。
でも、この感じでいくと個人の決断か、個人のすごい力をつけていこうみたいな。
うん。
自分も決断できるように決断していこうっていう風になるね。
だから、アメリカの教育、歴史教育の歴史なのかな。
なんか、ワークショップ的な教育の中で、
ある植民地に入職して、うまくその植民地にタウンを作るみたいな。
うん。
ゲームみたいなのも作らされるらしいですよ。
なんか、リソースを廃部間違えると、
はいはい。
あの、消滅したり。
え?
その中でなんかいろいろ偶然性が起こるってことも発生させて。
あ、ちょっとそういうのもあるんだ。
うん、そうそうそう。
今、テレビゲームになってるらしいですけど、
あの、たぶん元はあれじゃないですかね、
あの、デスクのなんか髪の毛とかでやってたんじゃないかな。
入職するみたいなゲームをやらされて、
自分の判断がいかに何を起こすかっていうことを学んできた。
これ、すごい。
これ、現代もやってるんですかね。
のかな?たぶん。
植民地。
あ、売ってるよ。今。
あ、売ってる。
売ってる。日本でもやろうと思えば、お金払えばできますよ。
4人ぐらいのね、馬車に乗っていくんだよね。
なんか書いてあるね、パスワード。出てくるけど、
オレゴンに着くまでね、繰り返す。
あ、そうそう。オレゴン。オレゴンだっけな。
私の目的地がオレゴン。
そうそうそう。開拓するんだよね。
そこがだから、連携してもそこがメインになるし、
個人の決断の因果関係みたいなのがメイン。
だから、歴史には原因と結果があるっていう世界観ですよね。
もう完全なるロジカルシンキング。
ロジカルだね。めっちゃ結果も可視化されるしね。すごいね。
歴史の学び方が違いますよね。だいぶね。
うん、違うね。いい国作ろうとかじゃないね。分かんない。
国際的な教育観の違い
そうそうそう。
ほんとだわ。
何やったら何が起きるかっていうね。
いい国作ろうなんだろうけど、いい国作り方を徹底的に学ぶみたいな。
作り方をそう。
ね。
効率、経済、イエニーでございます。
フランス。フランスはね、フランス革命前とフランス革命後と
フランス革命後から世界大戦までと世界大戦後みたいな
3つのパターンに、3つぐらいの時間軸で分かれて
学ぶらしいですね。
やっぱりフランス革命代表だよね。そうだよね。
そりゃそうだよね。この国の代表で。
ここで初めてこの市民を作るってことになるわけですから。
そこ起点になる。面白いね。起点がやっぱ違いますな。
だいぶ起点それ違うよなと。
うん。
だから終始するのがさっきのほら、植民地開拓だったように
植民地開拓っていうか、その入植っていうね。
入植ね。入植していくっていう。
フランスはもうフランス革命前後ですよ。
もちろんその前も学んでるんですけど、
フランス革命におけるこの理念や思想の対立、
社会全体の動き、変革のプロセスっていうのは
どんなように構造化されるのか。
なるほどね。ちょっと体系的になるように。
フランス革命って、フランス革命の後にもさ
王政復古したりとかしようかさ。
うんうんうん。
一本道じゃうまくいかないよねって言ってるんですよね、この国は。
すごいそれを体験するわけですよ。
歴史でもね、やってたと。
やり尽くしていて、主観的な観点はもう
真偽が尽くされたか否かっていうことを大事にするから
必ずAというのがあったら反Aっていうのは絶対出てくると。
王政復古な。
そうな。
行ったり来たりして、今に至って統合して今ここにいるよねっていう。
日本の教育文化
ここからおそらくまた反現在体制が出てきてまた統合するんだよねっていう。
もうそういうことね。ニセレタ人はそっか、もう経験してきてんだな。
そうそう。政論の間に、政論一つではないっていう感覚なんですよね。
うん。
そうよね。だから市民と王政とで戦って作り上げてもう一回寄せ集めてみたいなことを繰り返し繰り返しやってきてるっていうところを
ちゃんと熟慮するって大事だよっていうところに市民教育の重視を置いていると。
いやーすごい面白い。
すごいね、そう。
もうなんかいやもうそんなそれはなんかもうちょっと遅いよとか回りくどいよとかさ言えないよねなんか聞いちゃうと。
だってこうなってきたもんみたいな。
だよねって。
多分そのアメリカとフランスがその時間的なスパンの長さが違うもんね。
入職するってイベントじゃなくてフランスの場合も多分各階層で各思想が生まれて各ごっちゃごちゃってなって今に至るっていうのを熟慮って大事ですというと。
ゼロではなかったけどある程度ゼロからスタートできたところとそうではないっていうところと。
今もう100点ではないと思ってるんでしょうね。
すごいね、でもなんかその感覚が素敵ですね。
今後もなんか反応があってまた投稿していくっていう流れを取るんであろうと。
やっぱね、日本とちょっと違うのは集団的に微増に持っていこうっていう個人よりも集団、社会への貢献の方が割と日本より重視されてるっぽいですね。
市民っていう精神はそっちだってことですよね。
個人じゃないんですよ。
個人じゃないだね。
市民なんですよね。
市民を教育する。育成する。
なるほど。
それ違うわと思いましたけどね。
違いますわ。
いいね。
イランはね、ごめんちょっと歴史的なスパンでどっからやってるかわかんない。結構長いスパンで多分一番長いんじゃないかな。
スパンで教えてて、どっちかっていうとね、王朝が立てては崩れ、立てては崩れっていう。
繰り返しのプロセス。
王朝広報誌を教えるらしいですね。
王朝広報誌。
またダメになって。何とか王朝が立てて、そしたらいつの間に腐敗が出てまたダメになって。
そうすると新しい王朝が出てきてまた腐敗が起きてダメになってっていう。
普遍の繰り返しっていうパターンがあるよね。歴史は繰り返すよねっていうことを教わると。
普遍、すごい、なるほどね。
そういうことね。
当然切り取ってる時間のスパンがアメリカとかに比べてだいぶ長い。
長く見ればずっと繰り返してるわ、確かにみたいなことを覚え、これが世界の法則ですよね。
普遍的な法則があるよね。循環するよね、世界ってっていう歴史観。
はい。
その普遍的なパターンもイスラムの教えですよねっていうのの一部なんでしょうね、きっとね。
自然の法則なんだよねっていう。
それが法則なんだよ。
永遠に発展し続けて右肩上がりってことではないっていう。
ないんだよ。
これも世界観ですね。
ちょっと全然違うところ見た。教育法が基本的には暗記の世界なんだな。
暗記してるからそのパターンも見えてくるんでしょうけどね。
暗記すんだね。
ひたすら暗記して、大学の受験とかでも一時期間違えずに覚えてるか。
厳しいね。
自分の考えとか挟む余地ないよね。
考えなんてないもんね。
真理をね。
真理一つだと。
普遍性、繰り返し。
日本の歴史教育はもうみなさん受けてるんですけど、どうやってこうなってたかねっていうことをひたすら読み解くっていうだけですね。
因果関係じゃないんだよね。
どうしてこうなったかじゃないんだよ。
流れだよね、流れ。
誰々さんが出てきて、ここと戦ったらこういう国になりましたね。
変化する、ある意味だからファクトしか見てないんだよ。
ファクトに忠実と私たちは感じるけど、深掘りしてないと言われたらそりゃそうだなって思う。
そうよ。
簡単とこんなふうに世界が変わっていきましたねってことを学びますね。
そうね、事実。
すごいよ、しかも必ず縄文自体から入るっていう。
そうね、スタート縄文ですね。
絶対ブレない。
それは小学校でも中学校でも高校でも絶対縄文からいくっていう。
今でももう一回縄文から入るんだろうって思うけど。
すごい、縄文の知識だけが詳しくなってくる。
近代史までいかないんだよね。
いかないかなと。
重点っていうものがないから、近代史までいかず、ただ時間がかかっていくっていうの。
そこから何を学ばせようというよりも、事実を教えているっていう感じですね。
縁起説って書いてましたね。
すべて相互依存があって、何でかこうなるよね、なったね、なるよねじゃない、なったねっていう。
そうそう、なったね、なったねって人がトピックなんか。
ある意味も人間には手がつけられない力みたいなのがあるんでしょうけど。
風発性みたいなのもいるし。
それを見て面白いねって思われるよね、日本人。
私すごい歴史の授業好きだったけど、癒しだったんでしょうね。
何も褒められないっていう。
覚えなきゃいけないとこだけが一番苦痛だったけど、聞いてる分にはえーって思って終わる。
共感のOS
何もこっちに求めてこないからね。
感情を読み取るにはちょっと広すぎますしね。
科学のように答えを出さなくていいし。
知識だけをただ積み上げていく。
こんな風に世界はなっていく。
だから多分世界を変えるみたいなの感覚ないですもんね、日本人。
ないね。
こうなったらね。
アメリカのその感覚ないね。
自分で買いに行ってないもんね。
買いに行かないよ。
なのでその推論のスタイルがこれで変わるっていうのが著者の言い方でしたね。
だからアメリカは一番わかりやすいですよね。
こういう結果があったってことはこういった何か原因があるはずだっていう推論ですよかもしれないし、逆もそうですよね。
これが起きたらこれが起こるはずだっていう推論。
だから社会構造が似てるとかそういうのを探すのかもしれないですね。
もしくは何かあるってことは反論がどこかにあるはずだっていう推論のはずですよかもしれないし。
今のはもう完全にこうまた繰り返しが起きるぜっていう。
このパターンねってやつでしょ。
たっかん。
このパターンねってやつになりますよね。
そうだね。
日本は何が起きるかわかんないよねっていう推論しかできないんでね。
いろんなこと起きたなって。
こんな感じのことが書かれている本ですね。
面白いですね。面白いですね。
日本ちょっと平和だな。大丈夫かな。
それを平和と私も感じるけど、それを平和と感じるのは日本だけなのかもしれない。
そうだよね。
そういうことね。
もどかしいって感じると思うよ。他の国は。
いいね。ちょっとイライラしちゃうかな。
イライラしちゃうかもしれないと思って。
そっか。したよね。
なんで論理的じゃないっていうのは文化によって言ってること違うよっていう。
でも本当だ。論理違ったね。論理は。
論理っていう言葉に集約させるかは、もちろん渡辺先生のやり方ですけど。
人間性の考え方が違うわなって思った。
OSが違うって。それはOS全部違うわって思ったっていう。
違うね。
多分相手に対する期待、論理性の期待もズレますよね。
アメリカ対日本で書いてあるけど、ノートブックエレベーターが引き出してくれるけど、
いつ論を言えってアメリカは期待してるだろうし。
日本はまず状況を教えろって言うだろうし。
フランスとすると、フランスとするならあらゆる論点ちゃんと洗い出して、
議論しろやってリベートしようやって。
日本的にはそれよりも皆さんの場の調和が大事ですよねってなるわなっていう。
なるよね。
教育する内容によって、教育でしたもんねこれね。
これが教育なのがすごいね。
教育によっていかに自分が日本人になってるかってわかったっていう。
いかなんですよ。
感想文で育った我々。
ちなみに感想文は、明治時代からあって、
明治より前にもあったのかな。
江戸時代からもあったらしいんですけど、明治でもその教育法規制で、
戦後教育に関しても意地で残したらしいですよ、日本人。
頑張って残したやつね。
すごいじゃん。
あんだけ義務化のように書いていた感想文、
意外と日本の意地で残ってるらしいですからね。
これが我々を作りたい日本人らしいです。
確かに共感とか主観性とか書いてありましたけど、
相手の気持ちを読み取る。
調和していく。
手法としてはすごいかもしれない感想文。
そういう人間を作ろうと思ったら。
読み取って合わせるかどうかは別だけど、読み取りはするもんね。
読み取ろうとはするもんね。
しかもだって読み取ると点数に繋がるしね、読み取るよね。
そうですよね。組織文化っていうのは評価によってきますから。
それが評価されたらさ、そこが伸びますよ。
それはもう読み取り続けるよね、点数がなくなったら。
もうちょっと読み取ってほしかったな、自分が言ってることって会社の中で言ってることあるもんね。
言ってることあるね。
読み取ってほしかったです。
あるね。
そうだよね。
もうちょいこっちのニュアンスを求めてたみたいな時あるもんね、お互いにね。
お互いにね。
読み取り決めませんでしたって言うもんね。
言うね、言うね。
もうちょい強めの文章でしたかってあるもんね。
読み取り…。
読み取りと関係ねぇもんな、強めの文章って。
読み取りOSだな、すごいな。
これはだから日本が感想文を使って作り上げている共感のOSですよ。
共感!
すごい。
共感OS強いでしょ。
ハイコンテキスト文化の考察
読み取って…。
ハイコンテキストになるのは、ハイコンテキストの文化が違うんじゃなくて、このOSの差が大きいよね。
うん。
ハイコンテキスト相手からも読み取るもんね、違う文化の人からも。
今困ってるかもとか勝手に思うもんね。
思うか、思う。
この人こういうこと言いたいのかなって勝手に読み取るもんね。
かも、そうだよね。困ってるかも、みたいな。
じゃあなんて私言えばいいんだろうね。
そうそうそう、思う思う。
だからここのOSが発動しちゃうから、対話とかで日本人がハイコンテキストすぎるって言われるけど、
別に日本人同士だとそれが通じるのはそうだけど、
外国人と話してる時にも日本人は勝手に読み取ろうとしてるよね。
そうだね。
それしなくていいのにね。
求められてないけどね。
これがOSですから。
OSがリアクション反応ですから。
恐ろしいぐらい強力されてます。
一回切りますか。切ってやっぱ、次の話で他の国はどうなるか見ましょうか。
はい。
はいはいはい。
はい。
はい、ありがとうございました。
はい。
次回へ続く。