アメリカンナイトGOLD!
アメリカからこんばんは、NAKAMURAです。
アシスタントの、わらです。
この番組では、アメリカサンフランシスコで研究留学を経験し、そろそろ次のステップを考え始めた私、NAKAMURAが、ゲストと一緒にアメリカを経験する価値を再発見しながら、その気づきや学びをおすわけすることを目指しています。
はい、この回が配信される頃には、NAKAMURAさんは夏休みを終えて、日本から帰国していると思うんですけど、日本どうでしたか?
NAKAMURA 凄い話してるな。
いや、凄い暑くて、もう、サンフランシスコとか今超寒いじゃないですか。
20℃切ってるし。
そうなんですよね。20℃いかないんですよ。
NAKAMURA なんか、エルニオン、エルニオンみたいな、なんか、それによって、今年えっくり寒いじゃん。
まあ、去年もそうでしたよね。去年も零下で、7月の初めこんな感じだったと思います。
NAKAMURA こんな感じだったか。
2年連続で。
NAKAMURA いや、クッソ寒くって。
はいはい。
NAKAMURA これもう、日本今30超えてるじゃんね。
はいはい。
NAKAMURA いや、もうヤバくて。
NAKAMURA もう、とろけそうで。
NAKAMURA けど、俺首掛け扇風機買ってるから。
ああ。
NAKAMURA 日本に届け、もう届いてんだよ。実家にね。
ああ、もうね、使ったんですよね。
NAKAMURA もちろん、もちろん。そう、それ使って。
NAKAMURA ペルチェストシがさ、あの、後ろについてるやつで。
そんなのあるんですか。
NAKAMURA 結構いいやつ買ったんだよ。
ペルチェストシついてるんですか。
NAKAMURA そう。もう父親にあげればいいやと思って。
はいはい。
NAKAMURA すげえ楽しかった。すげえ良かった。快適なね、旅だったんですよ。
え、覚えて扇風機の話してた。
まあね、収録の時限ではまだ7月の初めですからね。
NAKAMURA そうそうそう。今もう家庭の話をしますからね。
これから帰るわけね。
NAKAMURA 夏祭りの行くんですよ。花火大会。
どこで行くんでしたっけ。
NAKAMURA 山口の、あの、空戸漁港に俺どうしても行きたくて。
うんうん。
NAKAMURA あの、寿司バカみたいに食いたくて。
寿司棒だからね。
NAKAMURA 今回もう162円なんで、すげえ豪遊しまくる。
ドルパワーを使ってね。
NAKAMURA そう、ドルの力を思い知らせるっていうことで、寿司を食べたんですね。たくさん食べて。
もうイエス呼ばれてるね。
NAKAMURA で、そこの山口で比較的中規模の花火大会があるらしくて。
で、せっかくなんで行こうと思って。
ラジンベイとか来て。
なんか焼きそばとかさ、なんかりんご飴とか買って。
スーパーボールすくいとかして。
たぶんしないけど。
スーパーボールすくい?
NAKAMURA たぶんしないけど。金魚すくいなんかしたら全然死んじゃうからさ。
やっぱり旅行中ですしね。
NAKAMURA そうそうそう。
まあそれをちょっと僕の中で一番楽しみですね。
確かアメリカに夏祭りってないですもんね。
NAKAMURA ないね。だって花火あるけどさ、そのジュライフォースとかでも。
なんか屋台とかないじゃん。
そうですね。なんか夏だから上がるとか、そこの結びつきのやつね。
年越しでも上がる花火って。
なんか日本だけなんですかね。夏イコール花火みたいなイメージあるの。
NAKAMURA 確かにな。
清涼、清涼というかね。
清涼?
NAKAMURA 清涼。
飲料水?
NAKAMURA 清涼飲料水じゃないか。
まあちょっと忘れてください。
清涼の季節?清涼イベント?
なんかそうやって言いません?
なんとか涼イベントって言いません?
濃涼じゃなくて。
NAKAMURA 濃涼だ!
素晴らしい素晴らしい。
濃涼イベント。
はい。
NAKAMURA という点ではやっぱクソ暑い日本だからこそあるのかもしれないですね。
そうだよね。サンフランシスコは特に四季があんまりない。
NAKAMURA いやマジないよね。
ずっとなんか同じような。
NAKAMURA ずっと寒い。
そうですね。ずっと同じような天候なので。
なんか僕も日本に帰ってそういう四季を感じたいと思うんですけど。
やっぱりなんか日本の夏?久しぶりに感じれるってことは楽しみですね。
NAKAMURA やばいよ。あれマジで結びつき買った方がいいですよ。
ペルチェスト付き?
NAKAMURA ペルチェスト1万円ぐらいで買えるんで。
そんなのあるんですね。
NAKAMURA 1万円すると付き溜められましたからね。ポチルの。
幕で父親使えばいいやと思って。
なるほど。
その厚がりのNAKAMURAさんも楽しめんだ。日本の夏。
NAKAMURA そうですね。すごい楽しかったです。
ということでね。
次週から8月末の収録になりますので。
NAKAMURA じゃあ本当のどう楽しいのか。
本当の感想聞いていきましょう。
NAKAMURA ってな感じでアメゴ2周年を迎える記念の今月は
ウェルカムバックフレンズをテーマに
この2年でアメゴにご参加いただいた60人を超えるゲストの中から
久しぶりに再登場していただく方々を迎えして近況を伺っていきます。
8月3週目は2025年6月12日配信
シャープ46眩しすぎる21歳のアメリカでの挑戦から
2回にわたってご出演いただき
その後もアメリカで活躍している朝日くんに登場していただきます。
今週もよろしくお願いします。
それでは今回のゲスト朝日くんです。
お久しぶりです。
朝日 よろしくお願いします。
お願いします。
1年ぶりですけど自己紹介お願いします。
朝日 はい、加藤朝日です。
今もうアメリカは1年半ぐらい、もうすぐで2年かぐらい経ってます。
今はスタンフォード大学の方でリサーチアシスタントという形でエンジニアをしています。
専門はブレインペック、脳とかニューロサイエンスの領域で
特にスピーチレコーディングっていって
人の考えている単語とか文章とか何考えているかを脳波から推定するっていうところが専門になります。
今俺一番欲しいやつだわ。
朝日 え、本当ですか。任せてください。
文章にするのがめんどくさすぎて。
朝日 いやーわかりますそれは本当に。
もう今頭で考えてるやつ全部もう流したいなっていうのはずっと思ってたんだよね。
朝日 そうなんですよ。AIとかもう使い心地というか、LLMもみんな全部プロンプト書いて
バックグラウンドの経緯とかも全部入れてそれ毎回言ってあげないととか
あんなのやっぱめんどくさいですから。
あれだね、一年ぶりになるんだね。
朝日 そうです。なので一年前はちょうどサンフランシスコの州立大学
僕が一番最初に来た時に通ってた大学を卒業した時のタイミングで
確かお話ししに行かしてもらったのかなと。
多分そんくらいのタイミングだったと思います。
そうか、あん時SFSUか、を卒業したのか。
朝日 そうです。
そうか、でこの一年間どうでした?楽しかったですか?
朝日 正直アメリカではちょっと死にかけまして。
ホームレスな状態が本当に半年ぐらいというか続き
それの理由は一年前にビザの審査が止まってしまったというところにすべて起因するんですけど
サンフランシスコの州立大学で一年間授業を取るとその後F1ビザからOPTビザに切り替えられるというか
働けるようにはなるんですよ。でみんなそれでもう一年プラスで行くんですけど
そのOPTビザの審査が政権の影響で止まってしまったというところで
その時にいくつか採用のプロセスを進めてたんですけど準備として。
まあそれらの会社からももちろんビザがないから雇えないってことで
まあすべてキャンセルになったっていうところでお金が稼げなくなりました。
それってアメリカにいるのはOKなの?
朝日 そうですね。その審査中ではあるみたいな。
審査はストップしてるけど
ビザがもらえるかどうかって話になってくる
そうですそうです。なのでいてもいいけどでも働いちゃダメで
かつ日本に帰ったらそれはそれでビザの審査から降りることになるんで
その中帰ってはいけないでも働いてはいけないなんで
この物価の中このアメリカなんか働いてはいけなく過ごさないといけないっていうのが
もう無理ゲーみたいな感じではありました。
え、けどさ日本の大学に戻るっていう選択肢もあったわけだよね。そのタイミングで
そうですね。それももちろんありでした。
でもやっぱりOPTを捨てることになるんで
もう完全に降りることになっちゃうと
もう次どういう道でまたアメリカに来れるかっていうのが全くわからなかったし
確かに確かに
なくちゃいけないんだみたいな感覚でしたね。はい。
けどその間家とか卒業したらだって学生料も出ないといけない
そうです。追い出されました。なのでその後家を借りるほどのお金がなかったので
その知り合いの三ノ瀬の方にあの家があって
そこの方たちがこう居候をさせてくれて
そこで結局本当に2ヶ月近く住まわしてもらいました。
実際に2ヶ月くらい居てそこから
そうですね。この居候させてもらってた方々がザックさんマキさんという方なんですけど
このご夫妻が中高生向けと大学生向けにサマーキャンプ開いてるんですね。
なのでその子供たちが日本から来てシリコンバレーで学んでいくんですけど
そのタイミングだと10何人とかその家に来るんで僕が住めるスペースはないっていうので
単純に家を出てました。でもその間にお金貯めたりとか
あとその後ドライバーやらせてもらってた家族のところが
そこ住めなくなるならうちでもいいよって言ってくれて
その後そのドライバーやらせてもらってた家族のとこでも
居候をしたりとか友達とか知り合いとかの家を結構点々としてました。
じゃ結構疲れるね。気使うしね。
そうですね。だし2週間とかも同じ所にいれないんで
友達の家とかは3日とか4日くらい住んだら次のところへって感じなんで
あんまりこう作業とかをしすえてできはしなくて
ここに8月シェアハウスでの事件があるんだけど
そうですね。そんで8月はシェアハウス借りてというか
あのアパートで生活してたんですよ。
それはもうたまたま1ヶ月そこだけ空いたから格安で貸すよっていうところがあって
そこで生活してたんですけど
結局いつになったらプロセスビザがスタートするか分からなかったんで
セールとかになってるでっかい食パンとかを政府へで
タイムセールのやつ買ってきてそれをこうスライスして
これで一食として食って生活してたんですよ。
でも僕あんまり自炊とかをしてこなかったっていうのがあって
寮の時もサンフランシスコは学食が出てたんで
自炊とかしなくてよかったっていうのがあって
パンは冷凍していいってことを知らなくて
そのまま置いてって
そんだけゆっくり食ってたんでカビ生えちゃって
それ腐らせちゃったんですけど
その変色した部分だけちぎって
残りのところを食べてたんですよ
そしたらめちゃめちゃに当たって
これね、やっぱり栄養が足りてないから
多分防衛できないんですよね
抵抗力がない
そうそうそう
2日ぐらい全然動けなかった
危なかったです
そんなんね、俺らに言ってくれれば
そうですね
そのシェアハウスがクパチーノ側なんですよ
だから三ノ瀬の方でちょっと遠かったのは
確かにな
移動費かかるもんな地味に
そうですね、やっぱり車とかないと
クパチーノはすごい不便な場所ですね
大変、あれだね、苦労芸人みたいな話だね
そんな人本当にいるんだね
その瞬間はマジでやばかったですね
なので正直ここら辺でちょっと
貯金がもうないくなっていくってのもあったんで
もう帰る日にちぐらいは決定させなくっちゃなって思ってましたね
それ飛行機代とかある?
なので飛行機代だけ先にもう置いといて
あーなるほどね
そこの分は使わないことにして
それでやってました
どんどんカウントダウンが進んでいくんだな
いやそんな感じでしたね
なのでイベント行ったりとか
したりしてましたね、その間で
そうなんだよね
結構なんかリンクドインで結構華やかな
なんかいろんなショーとか撮ってたじゃん
そうです
頑張ってんだなーって思ってさ
なんかすごいすげーなやっぱと思って見てたんだけど
その頃この生活してたんだよね多分
いや本当そうですそうです
なのでハッカソンとか行って
そのハッカソンって賞金も出るんですよ
あとご飯も出るんですよ
なのでできるだけハッカソン行けるやつはいって
それでご飯ももらえるし
その賞金出るとこ出るから
そういう感じで結構外に出てはいました
でもなんか普通だったらそこで心折れちゃいそうな気がするんですけど
本当に途中で
そうですね
結構あの時期は危ない部分ありましたね
普通だったらね食パンでとどめだよね
いや本当そうっすね
あの瞬間は正直なんか
俺何やってんだろうなって思いましたね
日本のお友達とかも心配したりしてなかったの?
それも家族とかも心配するので
言ってないっすよね
友達も含めですけど
正直そんなこと言ったら
相当帰ってこいっていうことになるので
何もそういうことは言ってはないですね
だから物理的に近い人とかに
家空いてる情報とか教えてもらったりとか
そうですそうです
イベントとかハッカソンは
サンフランシスコ側のことが多いんで
そのサンフランシスコの
州立大学の時の友達が止めてくれたりとか
やっぱり彼らは結構僕と
そういうビザのこととかも知ってくれてたんで
結構心よくというか止めてくれた
結構アクティブに動きつつ
ガチ苦しい
そうですね
本当なんか
マジで昔の芸人の苦労話みたいな話だな
あと結構衝撃的だと思うんだけど
日本人の人で
しかも今の時代に
そういう目に遭うことがあるんだっていうのが
かなりセンセーショナルというかね
なんで笑える話しかわかんないですけど
今は元気だからね
サンフランシスコ行った時も
ダウンタウンでムニバス乗ってたんですけど
そしたら迎えに座ってた
絶対ホームレスの人なんですけど
ホームレスの人がなんか普通に僕に話しかけてきて
でなんか普通にこう会話して
なんだろうなって思ってたら
なんか同情されて最後なんかジャーキーくれたんですよ
だから多分同じホームレスだと思われてたんだろうなって思うし
なんかその瞬間は
ここまで行ったらやばいなっていうのを
その瞬間にびっくりしました
そうだったのかもしんないね
周りから見たらそう見えたかもしんないね
もうガリガリだしパンでお腹壊して
だし別売り髪の毛とかも何もやってないし
サンフランの人らからしたら
多分そんな同じ感じだったと思います
実際ホームレスらしいみたいな
ちなみにそのジャーキーは食べた?
食べたかったっす
だってもうこれ以上お腹壊せないんで
次壊したら死んじゃうから
しかも何が入ってるかわかんない
まあ確かにね怖いね
返済扶養っていうのがあって
それさえ取れば
一旦多分秋学期とか
冬学期の一部までは絶対に取れると
そこ以降は分からないから
何か追加で奨学金を取ると思ってました
最初だけなんとかなる確証がありそうだったからっていう
その通りですね
結構大変だよね スタンフォードだもんね
はい なので全然いなくてというか
別にスタンフォード大学の教授自体はいても
その人に繋がる人を僕は探してたのがあって
イベント行っては聞いて
その人からスタンフォードの人はいないけど
この人だったらスタンフォードの人知ってるんじゃないかなで
紹介してもらって
またそれで紹介してもらってみたいなのを
紹介の紹介の紹介の紹介ぐらいまで行って
そこで初めてたまたまスタンフォードの今の
研究室の教授と話す機会がたまたまあって
そこから僕を雇ったら絶対いいですよっていうのを
資料を作ってプレゼンして
じゃあ来週からって言われて
来週からですかみたいな
で今の職になったっていう感じですね
でもこのタイミングが本当に貯金がなくなる
そのもう飛行機で帰らないといけないと
設定していた日の4日前とかなんですよ
本当にすげえな
だからもう本当この教授が無理だと言ったら
帰らなくっちゃなと思ってたら
なんなら1週間後からどうぞみたいな感じで
おまじかみたいな
そういうのすげえ持ってたんだね
ここだけはもう本当にただラッキーでしたね
ギリギリ繋がって生きながらえたっていう感じです
スタンフォードの教授説得するって言ってもさ
あっちもさ高いお金払って雇わんといかんわけだから
何が良かったのかな
このラボはスタンフォードメディシンの中に入っているので
一応医療系のラボになるんですよ
他の人たちは脳のことは知っているけど
どちらかというとお医者さんたちなんです
なのでエンジニア側のノウハウをシグナルとして
プログラミングでどうにかするみたいなのは
あまり強くなさそうだなっていうノウハウを持っていて
それベースで彼らの論文を見て
僕だったら真相学習使って
多分こういうことができると思うとか
僕はこういうウェブアプリを作ってきた経験があるので
多分臨床医の人たちがこういうのを使えるように
僕はウェブアプリを作れると思うみたいなのを
具体的なというか
作るベースで言ったら
じゃあもうそれ作ってもらおうかってことでやってきました
持ち込んだテーマがそのまま採用されて
そうですね本当に困ってはいたみたいな形でした
彼らも外のスターパップとかと組んで何かプロジェクトやったりとか
他のラボと組んで解析をお願いするとかをやってたみたいなんですけど
それを内側でできるってことはめちゃめちゃスピード上げれるし
言いたくないこととかも自分の中でできるから
それがいいよねってことで雇ってくれました
いやけど教授から目線からするとリスキーではあるよね
そうっすねどこの馬の骨とも知らないって感じですし
僕のそれこそ別に学部も名古屋国際工科専門職材学っていう
誰も本当に知らない大学なので
ついこの前までオーブレスやってたみたいなやつを雇ってるのは相当リスクだったと思います
よっぽどプレゼントかそこら辺がアイデアが良かったんだろうね
そうっすねあとはやっぱり過去日本でスタートアップやってたりとかはしてたので
そっちからつまり直近の半年ぐらいは確かにやばいやつだけど
そこより前を見れば確かにいろんなプロジェクトをやってたりとか
ハッカソンとかも買ってるよねみたいなのでそっちを評価していただきました
実際にそれはJ1ビザになるの?
いやそのまま僕のOPTビザがこれ言ってなかったですけど
8月の最後の週にギリギリ急に出たんですよ
急になんか連絡来てそれで
すげーな流れって来るもんなんだな
本当そうですねなので
あのおじさんに正論言われてじゃあもうマッサーにしようと思ったぐらいで降りて
でそこからもうあと1ヶ月ぐらいで帰んないとなっていうとこから
4日前ぐらいに資産報道の教授としゃべれて
なので教授からすればもうOPTビザ持ってるからそのビザのスポンサーはしなくていいし
そこの手間はないっていうのが彼からしても良かったなと思います
じゃあ8月末に次から働いてくれって
ビザが降りたのは8月末だったんですけど
その後もいろんな知り合いとかを探してたんで
教授としゃべる機会があったのは9月の中頃とか
なので10月の本当1日ぐらいから働き始めた
そうかなるほど来週からって言われたからお金は入ってきて
え、けどお金って振り込まれなくない
振り込まれるのは次なんですけど
その時も少し助けていただいてというか
飛行機代がいらなくなるんだ
その通りその通り
賢い
賢いというかただのラッキーなんですけど
税探偵みたいな顔してる
どうなったんだろうなその1ヶ月
なのでその分で
でかつそのコフサイのお家もまたちょっとの間だったら止めさせてもらって
でその後はシェアハウス自分でまた探して
で今住んでるスタンホードの近くの
まあもちろん寮なんかには住めないので
寮は2000とかもっとするんで
もうちょっと外れのメンロパークの方で
今住んでるとこが1170ドルぐらいで
おー安い
ここにしてはすごい安い
サンフランにしても安い方だと思うんですけど
めっちゃ安い
でシェアハウスで4人住んでてみたいなところを今借りてます
でもこれも滞納を1ヶ月分させてもらって
それはちょっとオーナーと交渉して
スタンホードの職取れたけど
振り込みがここだからここまで待って欲しいっていうのを
許してくれて
でそれまで待ってくれたっていう
普通外で家借りようと思ったら
インカムの年収いくらっていうのを証明しなくちゃいけなかったり
そうですそうです
なのでここのオーナーの人が学生止めるのを慣れてたりとか
スタンホード近いのもあって
そういう研究職の人たちとかの理解があって
すごくよくしてくれて
それで待ってくれました
なんかそこを見つけれてよかったね本当に
そうですね本当にだからそれももう全部縁がというか
もうだからもうその日で決めないとぐらいの
つまりご夫妻の家もまたずっといれないし
そこは産の座なんでスタンホードとすごい離れてるんで
毎日通うとかは全然無理で
なのでもう本当2日間とかの猶予の中で
ここを見つけれて
ギリギリで住め込んで泊まってっていう感じ
すげーなその半年間何だったんだってぐらい
すげースムーズにいってんな
そうですね本当に
なのでもうその後はスタンホードって
フードパントリーとかあるんですよ
なので食料とかも貧しい人に無料で提供してくれていて
鶏肉とか卵とか牛乳とかも全然くれるんですよ
1ヶ月に1回大量に
なのでもうそっから食費も今もそうですけど
あんまりかかってないですし
この宿自体もそんなに高くないので
やっと落ち着いたっていうところが
10月とかからでした
そうかそんなことがあったんだな
でも前日とかに出しましたね
そうですね
なので12月はギリギリゆっくりできましたね
12月の5日とかに出したので確か
その後ある程度ゆっくりして
そしたら1月ぐらいに
UCLAの教授から個人的に連絡が来て
でなんか僕のアプリケーションを見て
興味を持ったからミーティングしようっていうのを言ってくれて
でそこからミーティング何週間か後にして
でそのままいいねっていうことで気に入ってもらえて
じゃあUCLAの内部推薦書いとくからということで
内部推薦そのままもらいました
そんなことあるんだね
なんかないっぽいっす
ないよね
なんていうかPhDの人たちは面接がそもそもあるらしいんですけど
マスターっていうのは書類だけで基本的には終わるので
教授とそもそもミーティングはしないですけど
この方は何か僕に引っかかるものがあったみたいで
彼から連絡してくれて
それでそのまま内部推薦まで書いてくれました
すげえ順調だな
急にすげえいい話
そうですね急に
でもうこのまま僕卒業式日本であったんで
つまり休学してなかったので僕は
休学せずこのままアメリカ僕はずっといたんで
日本に帰ったタイミングでその卒業式
みんなと同じタイミングでできて
でそれも大学のなんていうか面白いところなんですけど
僕を主席として卒業させてくれて
今日スタッフボードで働いてるからな
そうですねスピーチもやらせてもらってっていう形でした
その頃はもうガリガリじゃなくてちゃんと健康的に
そうです
すげえかっこよかったよ写真
本当ですか
めっちゃイケメンになってると思って
いや良かった
そうですね一回絞ってからもう一回増量してたりして
全くだからトーフルとかやってる時とか
ずっと座ってって感じだったんで
その時は普通にもう体重とか増えたりとかして
でスタンフォードのフードパントリーで
いろいろもらえてって感じで普通に踊ってました
けど良かったね卒業
それって単位とか互換できるみたいな感じなの
そんな感じですね
あとは公職とか
卒業して日本の大学の教授とも
ここまで出すから単位くれるとか
あと一個あったのはその教授の持ってる授業
僕が僕の取ってる授業ですけど
1コマ分全て僕に渡すから
その1コマでサンフランシスコがどんな感じなのかとか
アメリカのエンジニアはどういう風なのか
みたいなのを話してくれっていうので
講師側に立ってやることで
単位くれるっていう教授がいました
大学自体がすごいフレキシビリティ高いですよね
前聞いた時もびっくりすることいっぱいありましたけど
そうですそうです
そもそも休学しないでよくしてくれたのも
こんだけ新しいからだし
ほとんど大学にいなかったやつを主席に選んだ
っていうのもなんというかその大学の一種かけというか
何かスタートアップな機質を持ってる大学なんだろうなと思います
そういう大学の方がいいね
そうですね
3月はそんな感じで順調にいってたんですけど
全部の大学院に落ちまして
えっということ?
さっき内部推薦もらったじゃないですか
内部推薦もらったんですよ
なので全部落ちたんですよ結果としては
でもUCLAの教授も何が起きたみたいになって
その教授なんか自信に打ち合っちゃうよね
自分の力なかったんかなって
いやほんとそうじゃないですか
なんかもうメンツ丸潰れみたいな
それをこんだけ切っといてみたいな
なので教授がアドミッションの方に理由を確認してくれたんですよ
基本的には大学院は交費に対しての理由は絶対開示
聞いてもしてくれないんですけど
今回は教授が中で聞いてくれて
その理由として日本で僕が卒業した大学が新しすぎて
かつなんというか
僕は知らなかったんですけど
日本でその認可が下りている大学は
留学が可能な大学なのかどうかもまた別で
ちゃんと申請を出しておかないといけなかったみたいなんですよ
なのでそれを政府側に申請をうちの大学がしてなかったっていう
ある種ミスなんですけど
このミスでUCLA含め
そのアドミッションが言っていたのは
全てのUSの大学が使っているデータベースみたいなものがあると
そこのデータベースからバックグラウンドチェックをやっていくと
そこに載ってないっていうところがまず1個あったので
そのそのUCLAがどうかに関わらず
全ての大学で絶対に落ちるだろうっていうのが回答として返ってきたんですよ
だからアメリカ側から見ると大卒ではないというふうに思われてるって
本当まさにその通りです
学位証明ができないと
4つ落ちちゃったのはそのせいなんだね
まあかかわからないんですよね正直
つまりスタンフォードにもちろん僕の力不足で落ちた可能性も100
なんていうかあるんですけど
でもわからないっちゃわからないっていう
だって応募資格がないと言われてるわけだからね
そうですそんで中に聞けないんで合否の理由を
それまでを終わったって思いました
導入じゃなかった
なんてもうえっとってそれここまでやってきてみたいな
なんか結構ショックだなと思ったんですけど
結局そのUCLAの中の人が言うには
大学が申請を出していなかったことで
バックグラウンドチェックが無理だった
逆を言えば僕の能力のせいではないんだろうと
いうことを僕は思って
ならまだひっくり返せる余地があるんじゃないかなと思って
日本の大学に連絡して
あなたたちのせいだからこういう認可を取ってるかどうかっていう
書類を教授に作って送ってほしいと
僕はそれを持ってUCLAに直談判しに行くから
その学長レターも作って送ってほしいっていうのを言って
彼らも小学金を400万円分与えているということと
主席として卒業させているということがあるんで
もちろん彼らのミスってのもあるんですけどやりましょう
って言ってくれて
その日中に飛行機とってUCLAまで飛んで
教授のとこ行って
こういうことでもちろん教授のせいでは全くないですけど
もう少し粘りたいと
これを一緒にアドミッションのオフィスまで行って
ちょっと交渉を手伝ってくれないかっていうのはお願いして
教授も内部推薦も書いてるし
僕が持って行った書類も普通に妥当なもの
認可されているってものなんで
じゃあ行こうかって言ってくれて
そのまま一緒にアドミッションのオフィスまで連れてってくれて
そこでもまた交渉をして
僕の学位はありますと
いうことを説明して
直談判してっていうところでしたね
結局4月の半ばだったんですけど
普通のプロセスだともう閉じてるんですよ
4月の15日でもう学生たちが
どこの大学に行くかっていうのを決定しなくてはならない
でもう僕それを超えてたんですけど
これはアメリカの多分良いところで
そのプロセスに関わってる人に直接交渉ができれば
ひっくり返ることもあるみたいな感じで
5月にそれが実現してというか
ひっくり返せて
また入学いいですよっていうので送られてきました
すごいね
原稿に直談判って書いてあったから
どこまで直談判なんかなと思ったけど
本当に直に行ったんだね
そうですね飛行機で
いやもっとできるなら旅行したかったんですけど
スターフォードの職があったって
もう半日ぐらいだけ
UCLA行ってそのまますぐ帰りました
どうだったその時UCLA行って
なんかすごいいい感じだった
いい感じでしたね
もっとスターフォードに近いというか
だらっぴろいのかなと思ってたら
どちらかというと
パークレイの構造に近い雰囲気というか
まあまあキュッとしてる感じで
でも建物自体はスターフォードの色とかの感じ
西海岸っぽい色というか
なんかそんな感じで
すごいいい場所でしたね
みんな外出て
ゆっくりしてたし
遊べなかったのもない
遊べなかったですね
それどころでもなくって感じ
行けんのかこれみたいな
また結局これをミスると
僕の次ビザが終わるんですよ
OPTビザが
なのでこれもまた終わると
また日本に強制帰国なんで
もうなんかずっとそんなことして
ほんとに勘弁してくれよみたいな感じ
OPT多分6月いっぱいとかですよね
これに関しては
審査が遅れたことがこうそうしていて
その審査が遅れた分は
そのOPTの終了分も
遅らしてくれている
なので8月くらいまでは
オッケーにして帰っていって
そこまで耐えるって感じでした
じゃあ無事UCLAで
マスターは始まるってわけだね