強火と弱火の生き方
こんばんは、Meta Energy Labのあきらです。
はい、今日も雑談ですね。
おそらくね、今後めちゃくちゃ雑談増えると思います。すごく。お仕事始まったらお仕事の話とかも結構出てくると思うんですけども。
やっぱり今現在ね、私そのコーチングセッションというものを受けて、そこに意識も結構集中している部分があるんで、そこから感じたこととか、
自分自身で気づいたこととか、自分ってこういうパターンで生きてたんだとか、そんな感じのね、内容がすごく増えるんじゃないかなと思います。
なんか気功師なのにね、気功のこと話してねえじゃねえかなって言われそうですけども、いやもう全くほんとその通り。
でもその気功師として、そうだなあ、なんだろうな、こうわかりやすいエネルギーの扱い方とか、
過去、私出してると思うんですよ。いろんなやり方とか、こうだ、ああだとか。そう、やり方出してますよね。そう。
出してるんで、それを聞いてもらえればいいかなと思うのと、あとやり方に関しては一時情報なので、
それこそね、たくさんの方がYouTubeとかでもさ、情報として発信されてるじゃないですか。
だからそのあまりね、エネルギーの扱い方ってそんなに変わ、なんだろう、こう、ほとんど一緒?変わらないと思うんですよ。
だから、そういったものよりかは、だって別に変わらない情報だったらさ、誰聞いても一緒じゃんって私思っちゃうんですよ。
それまあ、最終的に、なんかこの人いいなと思った人から、みんなね聞いていくと思うんですけども、こういうふうにやるのかとかね、というふうに思うんですけども。
私は本当にもっとリアルな情報ですよね。
機構誌として、今こう何かをやって、コーチングセッションを受けてて、どういうふうに、そのなんだろう、
あったことに対して受け取ったのかとか、感じたのかとか、そういったものをこうやっぱ発信していく方のが、私は、私自身も好きだし、
一時情報ではないので、そっちのが大事じゃないのかなと思うんですよ。
まあ、わがままかもしれないですけどね。
なので今日はね、はい、あのちょうど11時から、11時から、11時か12時半までか、1時間半ですね。
初回のセッションが終わったんで、その中で感じたこととかっていうのをね、ちょっとシェアしていこうかなと思います。
初回だったんでね、お互いのその自己紹介を含めた話と、あとは、まあ宿題で書いてきてね、みたいな感じで頼まれたもの、前回の収録でも言ったかと思うんですけども、
自分史というものを宿題に出されたんですよ。それをね、私が作成したもとを、作成したものを元に、言いづらいなぁ。
そこから深掘ったりとか、いろんなものを聞かれたりとか、話したりとかっていうのをしたんですよ。
その中でもね、今日タイトルであるように、ま、コウチから言われたのが、なんでね、強火で生きていける人なのに、弱火なんですか?っていうふうに言われたんですよ。
うわーっと思ったし、言われた瞬間、それでもって、そうなの奥様!みたいな、そんな感じでね、心の中でね、呟いてたんですけど。
出てきた、出てきてる言葉はもうちょっと丁寧ですよ。そうな、そうなんですよねー、みたいな。
そうなのよ奥様!みたいな感じに思いましたね。私やっぱね、強火で生きてる方のが、やっぱ楽しいんですよね、人生が。
そう、弱火の時ってね、ものすごいね、なんか生きてる楽しさがなくて。
そうですね、一番最初の強火だったところのエピソードを、こう自分集の中からピックアップすると、私3歳の時に、まず一発目の強火が来てんですね、これ。
これはもう一つのエピソードなんですけども、えーとね、タイトル、これタイトルは知れてるんですよ、いつも。
泣きながら練習した逆上がりというタイトルですね。
私、逆上がりができるようになりたいって、この時なんか思ってたんですよ。
で、家の目の前に公園があって、そこに鉄棒があったから、そこでいつもね、逆上がりをできるように練習をしていたんですよ。
エピソードの紹介
で、今でもやっぱ覚えてるんですけどね、外がね、真っ暗になってる状態。
街灯がついてさ、で、手は痛いんだよね、マメとかができてて、でもできないんだよ、できてないのよ、逆上がりが。
だからもうすごく悔しくて悔しくて、なんかもう泣きながら、泣きながら練習したっていう記憶がね、まあ鮮明に結構残ってますね。
すっごい悔しかったんですよ。これはもう超強火でしたね。
欲しい、めっちゃ欲しいと思って、もちろん練習してその後できたんですけども。
できた時はやっぱ超嬉しかったですね。こんな感じで、そう強火で生きている瞬間瞬間っていうのがやっぱあるんですよね。
もう一つはね、小学校4年生の時、これなんですけど、タイトルが再入会スイミングスクールリベンジっていうタイトルなんですけど、
私3歳からスイミングスクール、地元にあるじゃないですか。そこに入会して、水泳やってたんですよ。
で、途中でクロールの時にクイックターンって言ったの、クルッと回るやつあるじゃないですか。
あれができなかったんですよ。どうしても。できなくて。
で、クラスの時に、その授業の時、授業っていうかその時に、習っている時に、あ、レッスンの時か。
その時に、先生にもできないから、あなたはそこで一人で練習してなさい、みたいな感じですごくね、
なんかなんだろう、寂しく練習してたのを覚えてるんですよ。
その時に、なんでこんな思いしても練習しなきゃいけないんだっていう腹が立ってるのもあって、すごく嫌で、
そう、1回やめたんですよね。
どっかのタイミングでやめて、でも小学校4年生の時に、私平泳ぎまで泳げるようになりたい、習いたいと思って、再入会したんですよ。
超燃えてましたね、この時に。絶対平泳ぎ、泳げるようになる、みたいな。
その時に、そこのスイミングスクールっていうのは、テストがあって級が上がらないと平泳ぎとかっていうのを教えてもらえないんですけども、
クロール、背泳ぎ、平泳ぎっていう順番なんですよ。
で、級が2つずつあるんですね。
で、再入会して、クイックターンができて、級が上がったんですよ。
で、次背泳ぎになったんですね。背泳ぎはなんかめっちゃ順調で、私飛び級したんですね。
そう、背泳ぎも2つのテストを受けなきゃいけないんです。
1つでオッケーで、いきなり平泳ぎに飛び級して、教えてもらえるようになったんですよ。
めっちゃ嬉しくて、すんげールンルンで平泳ぎを教えてもらうんですけども。
で、ちゃんとそれも教えてもらって終わって、
で、私バタフライ、平泳ぎの次がバタフライだったんですよ。
で、バタフライは全然興味がなかったし、
なんか友達がバタフライやってて、肩外れたとかいうのを聞いて、
それはなんか嫌だなと思ったから、
クロール、クロールじゃない、平泳ぎでちゃんときっかり習って終わりました。
優秀の美ですね。
そんな感じで、燃えてる時っていうのがやっぱりあるんですよね。
小学校、小学校結構燃えてましたね。いろんなものに。
すげー燃えてたな。
そうですね。そんな感じで、強火?
強火でね、生きている時が私はやっぱりね、すごく楽しいなって感じるんですよね。
そう、今で言ったら人生が楽しいっていうのかな。
ただ、これ今もお伝えした通り、全部一人なんですよね。
そう、人が関わってないんですよ。
自分一人で、個人競技みたいな感じになってますよね。
で、私の全部燃えてる時って、全部、そうですね、個人競技みたいな感じです。
人がいないんですよ。
いつも自分で目標を決めて、頑張ってる。
ひたすら頑張る。ひたすら頑張るって、ひたすらそこの欲しいものに対して全力で取りに行くみたいな感じですね。
そう、で、私はこの強火で生きていきたいと思ってるんだけども、
人が絡んでくると、その強火すぎると、なんだろう、燃えるんですよ。
相手燃やしちゃう状態があって。
なんかわかりやすく言ったら、
よし行くぞ!みたいな感じで言った時に、後ろ振り向いたら、あれ?みたいな。
あれ?誰?あれ?誰もいない?みたいな。
とか、そういうのもあったりとかするから、
あまり人と接した中での強火っていうのは出しにくいんですね。
だいたい、ついてこれないとか、燃えちゃうとかあるから。
それももちろんコーチに今日話したんですけども。
それの、どうやったら人が絡んだ時に強火で私自身が入れるのか。
それはすごく欲しいなぁと思っていて、
人が絡めば自分一人の強火がどんどんどんどんたくさん増えていって、
さらに自分一人では作り出せない大きな大きな強火ができると思うんですよ。
大きなエネルギーですよね。
私はそういうものを作りたいんですよね。
一人はね、十分楽しんでるし、それはもう別にできるんで。
それはあんまり興味ないんですよね。
大きなエネルギー作りたいなぁっていうのがすごくありますね。
ある意味、人と絡んでる時ってすごく抑えてる自分って言ったらいいのかな。
価値観の形成
ある意味中火にしているみたいな。
っていうのがすごくありますね。
抑えないで全力で最初から強火で行くと、本当に燃えちゃうんですよね。相手が。
それがあるからね。結構、いろんな場所でいつも私はもう、
抑えるっていうところが、まあ今定着しつつあるんですよね。
そういう意味でもなんかちょっとめんどくせえなって思う時もあるんですよね。
あーみたいな、いろんなことを気使って、いろんなことを調整しなきゃいけない、めんどくせえなぁなんて、
私そこまで器用じゃねえのにと思いながら、やってたりとかするんでね。
強火ではあの、生きていきたいんですよーみたいな感じでね、コーチにはいろいろ話してましたね。
だからこうやって自分史を見てみると、何が自分にとって楽しいのかとか、私だったら強火だったかとかね、
ここって弱火なんだーとか、いろんなものがね、こうパターンになってるんですよ。
そう、なんかねパターン化されたものが自分史からこう書いていくことによって、まあ浮き彫りになるって言ったらいいのかな。
興味がある人はね、なんか書いてみたらいいかなと思いますね。
今回の自分史っていうのは、その記憶の中でね、強烈に残っているエピソード、まあ出来事ですよね。
で、そこから紐づいている感情、何を感じたのかとか、で、この出来事があった後にどんなアクションをしたのかとか、
あとは、その出来事によってどんな価値観、
思考って言ったらいいのかな、そういったものが出来上がったのかですね。結構ここ重要ですね。
そう、人間ってこういった強烈なエピソードから価値観っていうものが形成されていくんですよ。
その価値観が無意識のところにインプットされるから、その元に自分が無意識の中で日々選ぶものとか、考えるものとか、受ける、感じるものとかっていうのが出来上がっていくんですよね。
子供の時にね、なんかね、感じたものって結構大人になっても残ってるんですよね。
自己開示の重要性
先生に、あの音楽の、私授業の時に、小学校の時にテストがあったんです。歌のテストがあって、で、別の部屋でね、先生がなんかこう弾いてくれて、で、それに合わせて歌を歌うってやつがあったんですけども、
めっちゃ緊張したんですけど、先生からすっごい褒められたんですよ。上手だって言って、あと声も綺麗だねって言われて、今でもやっぱそれがすごい残っているし、その後やっぱり、歌うことって楽しいんだっていうので、その後の行動としては、カラオケ?カラオケボックスとかで行くようになったとかね。
よう歌ってましたね。歌とともに私は行きましたみたいな感じになりましたね。だから小さい頃の、そういった、なんだろう、受けた影響っていうのは、本当に結構大人になっても残ってるんだなっていうのを、今日は
今日というか、昨日この自分史っていうものを、自分で思い出しながら記入している時にね、強く思いましたね。
相変わらず勉強の方はもうからきしダメなと思いましたね。
小学校の漢字テストのエピソードとかも書いたんですけども、そういうのとか、本当に私は小学校の時は音楽と体育のみで生きてますみたいな感じでしたね。
そうですね、あとは習い事?スイミングとか。そんなんばっかりですね。あとクラブか。クラブ活動ってありますよね。
そう、クラブ活動も吹奏楽部に入ってたんで、すごく本気モードでしたね。そこも。めちゃくちゃ練習したし、めちゃくちゃ楽しかったですね。
音楽が好きになったっていう、小学校の時代でもありますね。価値観の中で。音楽っていうものは楽しいものっていうものが形成されましたね。
そこからね、もちろんピアノを習ったりとかも私はしてたから、特に音楽っていうものは自分のその中、生きてる中で普通にあるものっていうのが形成されていったのかなぁなんて思いますね。
そう、そんな感じで、今日はコーチングセッション1時間半、あっちゅうまでしたね。一瞬でもう時間終わるけど大丈夫みたいな、私が心配するぐらいだったんですけども。
私は今回ね、このコーチングセッションを受けるにあたって、一つね、覚悟をしたことがあるんですよ。
それが何なのかって言ったら、このコーチングっていうのは、こういった私、この自分史っていうものは、すっごいね、思いっきり私を開示してる内容があるんですよ。
内容っていうか、もうほぼほぼ私を結構開示してるんですね、これ。そこまで書くかってぐらい、結構セキュララに書いてるんですよ。
このラジオで話している内容、普段話す内容よりも開示してるんですね、私という人間を。そのエピソードから。
で、コーチングセッションは、コーチと二人三脚で、私が目指しているところを、コーチがね、伴奏してくれるっていうものだと思うんですけども。
音楽の影響と価値観
自分のことを100%開示できる関係性じゃないと、私が掴みたいと思っているものって掴めないんじゃないのかなっていうふうに思ったんですよ。
で、もちろんそれに対してコーチも、コーチ側も自身を開示する。同じぐらい、それ以上に開示する。
だからこそ掴めるんじゃないのかなと思うんですよ。
そういった意味で、自分自身の開示っていうところを結構ね、覚悟をしてましたね。
これをお金払う時とかも。そうじゃないと、中途半端に受けて、中途半端に自分自身っていうものを理解して終わるんじゃないのかなと思ったんですよ。
そういった意味で、そこは本気に私は開示していますね。
だってここ、この開示はね、人間ってさ、自分自身を100%開示している人って本当に少ないと思うんですよ。
それこそ私だったら、まあ伴侶である夫、彼ですよね。
それ以外に、それと同等に開示している、自分自身を開示している人っていないですもんだって。
だから、同等に開示できる関係性をこう、コーチと築くことがめっちゃ大事だなって私は思ってるんですよ。
だから、家族の関係性?夫婦の関係性じゃないですけども、それぐらいのコーチと私の関係性が必要なのかなと思うんですよ。
だから、私は受けている側から見てても、コーチっていう立場はなかなか大変だなって私は思っています。
その人の、ある意味、見せたくない部分、普段は人に話さない部分とかを受け止めるからこそ、
もちろん自分自身というのをさらけ出す仕事でもあるので、なかなか大変じゃないのかなと思いましたね。
でも絶対ね、中途半端な開示をするぐらいだったら受けない方がいいと思いますね。
それぐらい本気で私は自分自身というものに対して向き合いたいし、
コーチもそれに、私は今強火でこれを受けているから、あなたも強火以上で来てくださいっていうふうに思ってるんですよ。
最後ね、今回のセッションで何か感じたこととかありますか?って言われた時に、
一つコーチにお願いしたのが、自分氏のところでいろんなコーチの目線から気になったところっていうところを、
私に質問っていう状態で聞いてくると思うんですけど、もっと突っ込んでいいですっていうふうに伝えました。
1時間半という本当にあっという間の時間の中、私は余すことなく、1分1秒もったいないと思ってるんで、
もっと強火で来てくださいみたいな感じで伝えましたね。
もちろんね、今回コーチになった方結構熱い人ですね。
いいねーと思ってますねすごく。いいじゃんって。
なんかね8年間、8年間フルコミ、フルコミッションで営業をやって、そこそこの業績とか出してる人なんで、
フルコミでできる人、結構ねメンタルとかいろんなものが強くないとできないんで、
あーいいなーと思って、熱いねって思いながら。そんな感じでね、すごいいいなーって。
この人に来てよかったなっていうふうにね、思いながら終わったんですけども。
ちょっとね話だいぶ、どこに今着地しようかなと思って考えたんですけど、着地点ねーな。
まあそうですね、その自分誌っていうものを時間があったらね、なんとなくこうノートとか、
まあノートっていうよりも多分スプレッドとかなんかそのエクセルとかで書いた方が多分早いと思うんですけど。
そこで書いてって自分のパターンとかっていうものをね、その中から感じ取ったらね、なかなか違ったものがね見えてくるんじゃないのかなと思います。
そこで自分が好きなものっていうのも若干見えますね。やっぱりこういうふうな生き方、こういうふうな生きてる時、
なんかこう生きてる中でもすごく楽しかった時ってあるじゃないですか。
その楽しかったってどういった感情なのかとかっていうのをもう書いていくから、
よりね自分自身が何が好きなのか、どういった時が好きなのかっていうのが見えてくるんじゃないのかなと思います。
ちょっとねいつもより長くなりましたけども、やってもらえたらなと思います。
ということで今回は以上となります。またです。