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こんにちは、お聞きいただきありがとうございます。あきねです。
こちらは、ASBの息子を持ち、発達をとつのある子どもたちの支援の仕事をしている私が、息子を通して出会った行動分析学を広めたいチャンネルです。
年末でございます。
皆様、正月飾りは飾っておられるでしょうか?
数日前、改めて正月飾りについて調べた時に、飾る時期とか、この日に飾るのは避けましょうといった情報が出てきて、
おー知らなかったーと思った私です。
さて今、飾っておられますか?と聞きましたが、
こんな風に人から言われて、
あ、あれも準備しなきゃ!と思い浮かんでドキッとしたり、
この日にこれをするのは避けた方がいいと聞いて、
えっと、気になったりすること、皆さんもあるんじゃないでしょうか?
正直、鏡持ちや締め縄を飾らなくても、生活に特に支障はありません。
でもなぜか、やらなきゃと思ったり、次の世代、我が子にも伝えようとします。
伝統の継続と社会的承認
今日は伝統行事や慣習が繰り返され、引き継がれていくことについて、行動分析してみたいと思います。
ある行動が繰り返される場合、その行動は何らかの教科を受けていると、行動分析学では考えます。
まず分かりやすいのは、ご褒美的な教科ですね。
伝統や慣習に習うことについては、社会的承認が教科書になるんじゃないかなと思います。
子供の頃から、こういう時はこうすべきというルールに従って伝統を守っていると、
親戚や周りから、教養がある、いい子と見てもらえがちです。
また、神社で二礼二拍手一礼みたいにきちんとできると、
自分は正しく振る舞えていると、自己ルールに適合する気持ちよさがあったり、
周囲からの視線を意識して社会的教科を受けていると言えます。
実際には誰からも見られてなくても、自分の中でですね。
それから行動の教科には、嫌なもの、嫌な刺激を回避できることによる教科というのもありまして、
例えば、毎年欠かさなかった行事、しかも周りの大多数が行っている。
それをしないとなると、非常識と思われるかなと不安を感じる人もいると思います。
実はこういった不安感、後ろめたさみたいな嫌な刺激を避けるために、毎年恒例の行動を続ける。
これが伝統や慣習の継続には結構影響しているんじゃないでしょうか。
あと、人は何かと辻褄を合わせたくなる生き物なので、
もし年明け早々に体調を崩したりしたら、
ああ年越しそば食べなかったから、とか、
初詣に行こうとしたけど渋滞で引き返したもんなーなんて、
理由を探してくっつけて後悔したりします。
でも去年と同じようにしていれば、少なくとも、
あれをやっておけばよかった、という後悔はしなくて済むわけですから、
厳括義の行動の継続は後悔するのを防ぐ機能が大きそうです。
言い換えると安心を得ているんですね。
コスパタイパの時代に伝統行事は一見非合理に見えることもあると思うんですが、
私たちの不安を和らげたり、コミュニティとのつながりを感じさせてくれる、
心の報酬として機能しているのかもしれません。
お聞きいただきありがとうございました。
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ABAで広がれ!シンプルで楽しい生き方!
今日も大事なものを大事にできる一日を。
あきねでした。