ドキュメンタリーの紹介
愛の抵抗。こんばんは、あさちゃんです。 しだちゃんです。
この番組は、ちゃんとできないみそじふたりが、ゆるりと資本主義に立ち向かう番組です。 NHKで、山口一郎さんの「うつと生きる」というドキュメンタリーを、
年末にやってた分、私は見て、紅白、紅白版みたいなやつ、見まして。
で、これ語りたいと思って、 しだちゃんにも見てもらいました。同じものではないんですけど。
そうね。僕が見たのは、おそらく一番最初に放送されたものかな。
2024年に放送されたものを見てて、で、あさちゃんは、それに、なんか、紅白に至るまでの過程みたいなのを付け加えたものを見たということで、はい。
僕、昨日見ました。
いや、なんか、これが、うつを経験してない人が見ると、どう思うんだろうっていうのが、めっちゃ気になっちゃって。
ほいほいほいほい。
どうでした?って。
そうね。もう、一番最初に思ったのは、うつ病、うつの症状とか、うつ病になると、本人自身が、こういうふうな考え方だったりとか、後は行動かな。
行動として、ほんとにこう、起きられないとか、あの、宅配サービス頼んだけど、玄関までその宅配サービス取りに行けないとか、それがどんどん積もってってしまうっていう話とか、
なんか、そこを、ほんと生々しくこう、見れた、見せてもらえたっていうところで、こういうふうな行動になるんだって思ったのと、
もう一つは、そこに対しての周囲が、周囲の、例えばバンドメンバーとか、サポートしてるマネージャーとか、会社の方とかが、こういうふうな面持ちで対応だったりとか、向き合ったりとか、その山口さんに向き合ってるんだっていうのを見れたっていうところが、
なんか、自分の中では、こう、言葉ちょっとドライかもしんないけど、なんか新鮮に見ることができました。
なんか、もともと僕はその、山口さん、さかなクションの山口さんが、なんか、その鬱の症状だったりとか、相鬱な感じとかっていうのは、なんか最近、YouTubeの配信とかもやってるじゃない?
ライブ配信とか。
やってるね。
なんか、それのところからも、ちょっと情報としては見てたから、なんか念頭にはあったけど、なんか実際の彼の言葉とか、周囲の言葉とかって聞くのは初めてだったから、なんかそういう意味では、とても新鮮に見てました。
っていうのが一番最初かな。
なんかそういう意味では、そう、あさちゃんのことも聞きたくて、どういうふうに思ったのかなって。
前者、その、あ、こういう感じなんだっていうのは、あれほんとに結構、まじであんな感じ。
でも、あれでも、こう、実際に動けない姿を、その、なんていうか、リアルタイムでさ、同じ尺ではさ、紹介してないじゃない?
私は、家のドアは、がんばれば開けれたんだけど、だから、宅配を取れないは、あんまりなかった。
その、インターホン鳴らして、そのオートロック解除して、部屋のドアの前まで来てもらえれば、宅配は受け取れたんだけど、その、エレベーターは降りれなかったんだよね、なかなか。
だから、下のコンビニまで行けなかったりとか。
外出するみたいなところが、難しかったんだ。
そうそうそうそう。で、コンビニはなぜか行けんだけど、その、なぜかというと、コンビニって人間関係ないから。
はい、うんうん。
人間関係ないから、コンビニは行けんだけど、やっぱその、人間関係が伴う場所とかには、特に行けないみたいな。
うんうんうんうん。
ときも、めっちゃ長かったな。
うんうんうん。
で、あれ、行けないときって、あ、行けないなーみたいな、なんか、まったりした感じじゃ全然ないのよ。
うんうんうん。
やばいやばいと、めっちゃ思ってて、で、やばいやばいもさ、その、なんか、言葉にするとさ、まあ3秒ぐらいじゃない?やばいやばいって。
うん。
それさ、数時間やってんのよ、1回あたり。
うんうんうん。
で、それが、何回もやってるからさ、毎日のようにな。
で、なってくるとね、やっぱ、今思うと、めっちゃストレス強かったなっては思う。その、何もできないことに関する。
うんうんうん。
でも何もできないのよ、ほんとに。
うんうん。
そんなに苦痛なのに。っていうのはな、やっぱ、その、理解しがたい部分だろうな、うつのって思う。
その、なんか、周りの人とかって、会社に来た、来ないとか、もう0.5秒ぐらいでわかる、その結果の部分しかさ、わかんないじゃない?
うん。
でも、本人にとっては、もう数時間、数年とか、の、会社行けない、会社行けない、会社行けない、会社行けない、みたいな、瞬間瞬間と積み重ねなわけ。
うん。
周りが思っている、なんか、数百から数千倍ぐらいの、その会社行けないを本人的には抱えてるわけ。
うんうん。
っていうのが、あんまりこう、伝わりづらい病気だよなぁとは思った。なんか、あれを見て、周りの人とかの反応とかも見て。
個々の苦しみと理解
そうだね。なんか今、改めて、その、NHKスペシャルの、あの、ドキュメンタリーを見てて、振り返ると、
その、特に後半の方かな、その、もうライブが近づいているにもかかわらず、まだバンドメンバー全員5人が集まれてないっていう状況。
で、それは、山口さんがなかなか来られないから、みんな揃わない、みたいなところで、
うん。
なんか、もちろん、バンドメンバーだけが揃えばいい話じゃなくて、バンドメンバー揃って、で、いろいろこう議論をして、結果的になんかこの、例えば映像どうしようとか、
うんうん。
そういう話もあったじゃない。なんかそういう進めなきゃいけないところもあるのに、なかなか進められない、みたいなところの時に、やっぱり、
うーんと、どうしてもだけど、取材の仕方的にどうしても仕方ないんだけど、やっぱバンドメンバーの、その、待ってる人たちのバンドメンバーの方を映す尺の方が多かったじゃない。
まあそうだね。本人は死んでるからね。死んでるというか、もう家で戦ってるだけだからね。
だから、なんかそこで今のあさちゃんの話聞いてて思ったのは、そういう意味では、なかなか、実際の尺、その番組の尺としても、その、さっき言ってたよな、その、0.5秒ぐらいでパッと見てわかるような状況みたいなところを流してる感じがあるから、
そう、それはね、そうだなとは思った。
なんか、そういう意味ではこう、メンバーの皆さんと、あとヤマグシさんの、それぞれが感じてる時間の尺度の違いみたいなところが、正直わかりづらかったよなと思ってる。
うん。
なんか、今の話のような、なんかどれくらい、実は思ってる何千倍、何万倍、ストレスがかかってるみたいなところが、なかなか伝わりづらい部分はあったんだろうなと思ったかな。
そうなんだよね。なんか、その、連絡できないシーンとかもあったじゃない?
あった。うんうん。
なんか、あれも、その、連絡ぐらいできるだろうって、たぶんね、みんな思うと思うんだけど、
思う人いると思う。
あれね、結構ね、いや、めっちゃわかんない。めっちゃわかるんやけど、連絡ぐらいできるだろうって思う気持ちも、めっちゃわかるんだが、
その、なんか、申し訳ないとか、連絡しなきゃいけないってのが、わかってないんじゃないんだよね、あれ。
うんうんうんうん。
その、なんか、賢状な人が、遅刻するときに思うような程度の申し訳なさとかは、もちろんあって、
で、連絡しなければわからないっていう、社会的な常識みたいなところも、もちろんわかるのよ。
ただ、もう、その、あまりにもね、自分が情けないんだよね。
その、なんでこんなこともできないんだって。
だって、自分にも健康で、その、外に出ていけた時期があればあるほど、
で、その、遅刻をしないようにしてきた人生の時間だって、たくさんあったわけじゃん。
はい。
それがあればあるほど、で、社会人として当たり前のように法令相というか、
を大事にしていた時期があればあるほど、その、やばいとはめっちゃ思うんだが、
なんかその、それが強ければ強いほど、その、なんか情けなさ、その、何もできない情けなさも重くのしかかってきて、
で、その、社会と接続できないんだよね。
で、その、で、どうすれば、自分の輪郭をギリ保てるかっていうと、
すべての思考、すべての考えを放棄して、遮断しないと、もう、なんか、自分の輪郭が保てないような感覚になるんで、私の場合はね。
だから、もう、やばいことはじゅうじゅう承知してるんだけど、いったんすべてを投げ出すことしか、自分を、なんていうか、自我というか、
なんか、そうしないと、もう狂ってしまうのよ。なんか、もう、叫び出してしまうから。
うわー、みたいな。だから、もう、なんか、おとなしくするためには、もうすべてを投げ出して、
横たわるしかないみたいな。だから、そういう感じの戦いをしているんだが、
なんか、その、連絡をしなくて困るメンバーの姿は、その、なんていうか、放送上たくさん流れたと思うんだけど、
その、本人の苦しみっていうのは、まあ、映せるもんじゃないし、そもそも画面に。映んなかったから、
こう、ドキュメンタリー全体は素晴らしいものだし、うつ病への理解が広がるだろうなって思ったんだけど、
こういう感じなんだ、みたいな。思ったんだけど、でも、なんか、うつ病側からすると、なんか、
いや、結構、ここの描かれてない部分の時間、結構つらいんですよね、みたいな感覚にはなる。
そうだね。その、基本さ、やっぱ山口さんが、こう、表に出られるタイミングだったりとか、
あとは、その、ある程度落ち着いてきて、で、過去の自分の状況を振り返れるみたいな。
インタビューシーンとかもあったから、そういうようなところで、実はこうだったんですとか、こういう面持ちだったんですっていう話は聞けたけど、
確かにその、真中の彼の様子は、あんまり、まあ、確かに映せるものじゃないかもしれないけど、見られなかったなと思ってるし、
でも、なんか、その中で、なんか、すごいなーとか、すごいなっていうか、いいなーって、ちょっと思ったのが、
彼さ、自分の、その、要はダウナーになってるタイミングの時に、動画に残してたじゃない?
あれね、めっちゃ大変だったと思うよ。
本当に、すごい大変だと思う、あれ。あれをするっていうことが。
だって、動画を撮るってことはさ、誰かに見せるっていうことを、たぶん、想起してると思うんだよね。
それ、社会と接続してるから、めっちゃつらいんだよね、たぶん。
本当に、仮にその、自分と社会の接続っていうところに、もちろんハードルはあるし、
あと、もう一つなんか思ったのは、要は、あれ、動画に残すってことはさ、自分で見返すことができるわけじゃん?
うん。
ってことは、自分で自分に改めて向き合うようにしてるわけじゃない?
そうだね。
そこもまた、すごいなって思って。
たしかに。
でも、だから、
彼の体調は、正直、私結構、わりとよくなったと思ってるんだけど、自分の体調。
まだまだ、かなり悪い。
本当に悪くて、本調子のたぶん、何十パーセントも出せてないと思う。
だから、つらいと思うんだけど、でもあの人、それでも働いてるじゃない?
うん、そうだね。
その、なんていうか、それを見て、SNSの意見とかで、
働いたり、音楽をやったりできるような状態じゃない?みたいな、意見も散見されたのね。
今回のドキュメンタリー見て、自分自身は、まだ、その視聴者の顔のほうで、
自分自身は、まだそんな、働けるような状態じゃない?って書いてるってこと?
そうじゃなくて、山口さん自体が、山口さんもっと休んだほうがいいだろう。
あー、なるほどね。
山口一郎の状況と思考
山口さん自身が、働ける状態じゃない?っていう意見。
休ませなきゃダメだ、みたいな、意見を結構見たのね。
で、これもめっちゃわかるんだよ。
確かに、私も振り返ってみて、なんか、復職してたけど、めっちゃつらかった時期とか、
まだまだ全然休息必要だったわ、みたいな、休んでたほうがよかったわ、みたいな時期、めっちゃあんだけど、
でも、それって本人視点だと、まじでめっちゃ難しくて、
かなり体調が悪くて、その状態で働くと、ドキュメンタリーでも描かれてたように、周りにすごい迷惑かけるからさ、
確かに休んだほうが、逆にいいまであるってのは、めっちゃわかるんやけど、
迷惑だってのもあるし、本人の体調のこともあるしね、わかるんやけど、
でも、やっぱだからといって、本人が望む人生をあきらめなければならないとは、
私は思わないんですよ。
そうですね。
もちろん、それは治療に専念したほうがいいっていうふうに、他人が言うことは簡単なんだけれども、
ただ生きていられれば、それで十分みたいなふうに、本人は思えないだろうから、
ただ生きているだけで偉いみたいな、こういう考え方が、今、結構、
昨今、大事にされているというか、フィーチャーされているように、私は感じるんだけども、
なんか、ドキュメンタリーを通じて、なんとなく私が思った彼の人間性からすると、
ただ生きているだけで生涯を終えるぐらいなら、たぶん彼は死んでしまうだろうと思うんだよね。
成したいことがある、やりたいことがあるっていうのは、そういうことだと私は思うので、
病気だからって人生をあきらめないっていうことは、結構、彼から発信されていた強いメッセージでもあったと思うんだけど、
あきらめなくていいとか、あきらめたほうがいいとか、そういう他人のアドバイスを聞くような次元の話ではなく、
もうその、生きるか死ぬかの決断にかなり近い領域の、なんか覚悟の話なんだよなっていうのは、なんか思って、
音楽と人生の選択
なんかそれが結構、私は印象的だった。
彼も言ってたけど、自分にとって音楽は仕事じゃなくて、趣味みたいなもん。
あの、もっと強く言えば人生ですって言ってたんですよね。
そうだね。
で、それほど自らをこう、ある種追い込んで、作詞とか作曲とかして、やってきている。
で、その中で大ヒット曲生んだりとか、人々の心に突き刺さっていくような音楽を作っているっていうところだから、
そこは、おそらく彼にとっては、もちろん時には、あのギターも見たくないっていう時もあるだろうけど、
そこは隣同士でいたり向き合っていきたいところなんだろうし、そこを他人が、なんだろう、もちろん彼の体調を心配して休んだほうがいいっていう意見はもちろんあるだろうけど、
でもそこに関して、彼から音楽を、距離を取るようにとにかく言えるようなことではないんだろうしな。
なんか、その、なんというか、今、したっちゃんも言ってくれたことにちょっと近いんだが、
私がドキュメンタリーを見て思った、彼の難しさみたいなところは、なんか程度は全然違うんだけど、私の中にも若干あって、
何が難しいかというと、自分の中の品質基準っていうのが、たぶんあるんだよ。
そうだね。
それがあって、で、それを他人に迷惑をかけたとしても、その自分の中の品質基準を譲れないっていう。
締め切りを過ぎていたとしても、何が何だろうと、その品質を落とすぐらいなら、俺はやりたくないみたいな。
それはもう、俺のものではなくなってしまうからみたいな。
これはね、周りもつらいだろうと思うんだけど、やっぱね、これもやっぱ、本人つらいよなっては思ってしまい、
その、なぜかというと、決めたことをできないとか、約束を守れないっていうのは、社会的なつながりを維持する上で、かなり致命的な欠陥なんだよね。
うーん、そうだね。
で、どうしても妥協できないっていうのは、そのこだわりで、ここまでやろうかなぐらいの感じだったらいいんだけど、
その、品質基準を譲れない、どうしても妥協できないっていうのは、その、なんか、人によっては、その、自分の気持ちの問題やん、みたいなところがあると思うんですけど、
あの、意思の力でどうにかできる領域を超えている場合があると思ってて、で、山口さんはそのサイズだと思うのね。
で、それを、その、病気になったとしても、譲れない。
ってなると、その、支出するラインがあるということじゃない。
で、それがあるっていうことは、その分、何かを変えないと、これまで通りの生き方では生きていけないんだけど、でも支出したいラインがあって、それを落とせないってなると、
その分、それ以外の部分で、自分の在り方みたいなものを、かなり大胆に再構築する必要があると思うのね。
妥協できるなら、その方が絶対楽なのよ。
その、再構築する程度が減るから。
その、自分の在り方とか、哲学信念みたいなものを変えるのは、ものすごく難しいことだから、
なんか、すごく辛いと思うんだけど、それでも彼は音楽において、そのラインを支出したんだなっていうのが、
なんか、すごい感じたことで、支出したことによって、光る部分の人生ももちろんあると思うの。
それこそファンが喜んだりとか、私たちも彼の音楽に胸を打たれて、ライブとかでも、こう、なんていうか、熱狂して、みたいな。
で、それが、こう、彼の人生を輝かせる部分も、たくさんあると思うんだけれども、
経験しなければならない苦しみの総量も増えると思うから、これはね、難儀だなって思いましたね。
変化と成功の難しさ
なんか、とてもそこが、なんか明確に出ていたのが、その音楽に関して、もう、朝から朝まで突き詰めてやれる山口さん。
まあ、やれるっていうか、やりたい山口さんと、やっぱ、もうデビューしてから、もう年々も年もみんな重ねているから、
家庭ができてるとか、子供がいるっていうバンドメンバーの皆さんと、やっぱりこう、帰りが生まれがちになってしまっている。
で、やっぱ、なんかその時に思ってた、なんか見てて思ったのは、ふと思ったのは、
ある種、こう、バンドメンバーの皆さんも、例えば家庭があるから、もうそろそろ帰らなきゃとか、
あと、その描写でコメントがあったのが、なんか、力になれなくてごめんねみたいなセリフを言いながら、
確かに去っていく、で、周りも気にしないで大丈夫だよって言って、去っていくメンバーの方がいたりとか、
やっぱ、そこのギャップは、なんか描かれてたなと思う。
だけど、なんか、ある種、こう、家庭があるとか、あと、他にコミュニティがあるとか、
考えなきゃいけない、取り組まなきゃいけないことがあるみたいな、音楽とは全く別のものがあるっていうところが、
ある種、こう、自分を構築しているものの中の一つなわけで、
例えば、仮に音楽で、いやもう時間がないから、もうちょっとここは妥協しようってなっても、
他のところで、例えば、貢献できてたりとか、うまくいってるとか、なんかそういうのがあれば、それだけで救われるところもあるし、逆も叱りだし。
でも一方で、山口さんはもう今、今というか、あのドキュメンタリーやってたときは、もう音楽しかないって思ってしまってる部分がおそらくあったろうから、
なんかそこがなくなったというか、うまくいかなくなっちゃったみたいなときに、すごいこう、なんだろうな、心に重しがのしかかってきたりとか、
なんで自分が、みたいな、なんでこんなこともできなくなっちゃったんだろうって思うところの、なんか大きさがどんどん膨らんでっちゃったのかなっていうのを見てて思ったな。
たしかいな。なんかその、彼がさ、うつになるまでの過程って、下ちゃんが見せたほうのやつで、映画カレスとは。
えっと、ドキュメンタリーのほう?
もともとは、その、なんていうか、もう全然違う性格だったみたいなくだりって。
えっとね、見ました。
あ、見た。
もともとは、とてもこう、なんかライブ会場で盛り上げるようなタイプじゃない。もう淡々と音楽やってっていうタイプだったのが、
バンド解散化をきっかけに、新しいバンド、逆ナクションになったタイミングで、ガラッとドラスティックに変えたっていうところ。
っていう、ある種バンドの顔として、もう表に立っていく。
で、それがある種なんか、なんだっけ、えっと、重いマントをかぶってるように見えたって、
その、前のバンドメンバーの方がおっしゃってたけど、そこの部分のことだよね。
そうそうそうそう。
なんかその、そこの部分でさ、その、
なんて言うんだろう、もともとの自分とは、このあたる自分をまとう必要が、彼の中であったということじゃない。
で、それって本人の中では、必要な変化、あるいは進化。
で、誰かにやらされているわけではないだろうけど、生きるために、自分が望む人生を得るために、必要な変化として努力したと思うんだけど、
その変化のせいで、うつになったっていうふうに、こう、捉えることもできるストーリーの作り方をしていたと思うし、ドキュメンタリーとして。
うん、明確にそうだね。
で、結果だけ見ればそうとも言えるかもしれないっていうのは、本人も言ってたと思うんだけど、
でもその、その変化がなければ、彼はたぶん、その、病前のその成功、そのうつになる前、さかなクションとして一回成功してるじゃない。
うんうんうん。
その成功にたどり着いてないと思うのね。
そうだね。
だったときに、望むような人生を得られないっていう悲しみも結構強いだろうからさ、
その変化がなければ、その無理がなければ、生きてこられたかどうかもわかんないぐらいのコツだと思うの。
なんかそれぐらい、こう、彼にとって必要な気づきであり、変化だったと思うから。
でも一方で、それで一回大きな成果を、成功をさ、手にしてるじゃない。
だったときに、その、病前に、その自分が自分に適合しない方法で、その成功体験を獲得している場合に、それを手放すっていうことが怖いと思うし、めっちゃ難しいことだと思うんだよね。
だって本人としては、こう、無理をした、努力をして、無理をしたら成功しましたっていう、めっちゃ単純化すればそういう状況じゃん。
無理をすることを、努力と思ってしまっているケースも、そういう場合って結構あると思っていて。
あるね。
で、努力なくして成功はないわけじゃない。大体の場合な。
だから、こう、なんか、無理をして、こうなっちゃったんだから、もう無理はしないでくださいみたいなことをさ、
こう、周りとかは、結構言いがちだと思うんだけど、無理しないでね、みたいな。
そういうふうに言われると、彼としては、たぶん成功するなって言われているような気がしてしまったと思うんだよね。
だって、無理をすることが自分にとっては、成功のために必要な努力だったわけだから。
成功だったり、より良い音楽を作るっていうところに至らないかもね。
で、彼もさ、まだ若いじゃない。
43とかって言ってたね。
まだまだ人生これからですよって時にさ、で、病気になったのはもうちょっと前じゃん。
なった時に、なんか、もうさ、人間として成熟していて、自分の中に何個も成功パターンを持っていれば、
あ、こっちのパターンでいこうみたいなことが、柔軟にできるかもしれないんだけど、
なんか、まださ、20だとか30だとかだったらさ、
成功までってやっぱそれなりの試行錯誤も必要だから、
そんなに成功パターンって自分の中に持てる人の方が少なくて、
山口一郎の成功と葛藤
何か他に成功パターンを持っていればいいだろうけど、
それって結構難しいよなって思ったわ。
だって、一つ大きい文脈で言ったら、
サカナクションとしてデビューして、そっからヒット曲が生まれて、紅白にも出て、みたいなところってさ、
ある種、山口さんからした時に、もちろんいろんなその引き出しを使って成功していった。
そこまでの成功があったって思うんだけど、でもサカナクションとしてはもう、
なんかそれが成功パターン一つしかないじゃん。
サカナクションとして成功していったっていう形はそれでしかなくて、もうオリジナルなものだから。
で、かつその中で、山口さんもそのうつ病と診断される直前の配信ライブかな、
のコメントであったのが、なんかもうサカナクションイコール自分であるっていう側面があるっていう話をしてたと思うんだけど、
やっぱそうなってくると山口さんの中で、その確かに成功っていうのがサカナクションでしかないから。
そうなんだよ。
だからなんかそこが、そりゃ何だろうな、その周囲の人から、例えば休みなよとか、薬飲みなよとか、なんかそういうこと言われたとしても、
それってサカナクションっていうものを、まあ山口さんというものを、拒否まではいかないかもしれないけど、否定するようなことになってたのかもしれないなって、今聞いてて思ったな。
結構自分の自我を保つとか尊厳を保つみたいな部分にかなり密接に関わっていたと思うから。
そうだね。なんか僕、あとすごい印象的だったのが、すごい思ってたのが、なんか後半の方で、ちょっとまだ話戻したんだけど、その後半の方でさ、雨の日にバンドメンバーのみんなと会うじゃないですか。
会うというか、なかなか練習みんなで集まってできてなかったけど、雨が降るから、今日は来るんじゃないかっていう中で、本当に山口さんが、まあスタジオに現れて、で、やると思うんだけど、演奏とか練習とかするんだけど、
その時にさ、なんかすごい、これもすごいなって思ったんだけど、山口さん入ってって、挨拶をして、バンドメンバーとか周りのマネージャーとかそういう周囲の人と目線を交わして、で、ちょっとこう、軽口叩くような会話があったりとか、
で、周囲もすごいこう、ほがらかな感じでやってたと思うんだけど、なんかその時の山口さんの心境って、相当頑張ってんだろうなって思ったの。
だって、今までさ、その全然連絡もできないくらい、もういわば、社会人とかビジネスパーソンみたいな仕事仲間としてはないじゃないですか、そのもう、遅れるから連絡しなきゃいけないとか、行けないから連絡しなきゃいけないとかっていうのは、
今まで立ち切ってたところに、ああいった形で登場して、今日は調子いいかもだからって言って登場して、でもそこで周りがどんな顔してるのかあらかじめわからないみたいな状況の中で行って、ああやって会話を交わす、コミュニケーションを取る、目線を交わすっていうところに、
どれだけのこう、思いがあって、やってるのかなっていうのは、すごい見てて、想像してしまった。
信じることの難しさ
そうだね、あれはやっぱ仲間への信頼とか、その病気になるまでに構築してきた、その関係性、信頼、そういったものに、なんというか、かなり大きいと思ったけれども、やっぱあれが、そのなんていうか、事前の関係性がないと、あの作業は地獄ですね、会社とかだと。
そうですよね。
やっぱね、久々に行くと、まじで気まずくて。
そうだよね。
うん。
なんか、あれができるっていうのが、あれなんか、あれほんとさ、もうパッと映して終わっちゃったじゃない?
なんか目線交わして、ああ、みたいな、あれにどれだけの思いだったり、あとそうじゃなかった時の、なんだろう、今、あさちゃんが言ってくれたような、関係性ができてなかった時の場合の、とんでもなさみたいなところを、なんだろう、もう、ね、想像ぼくもしちゃった、あそこは。
あれはね、その久々に社会と接続するとき、あれはね、言葉にできない。
うん。そうだよね。あれなんか、社会、そうだ、社会になるんだもんな。
なんかね、その、活躍してる時って、周りの人って、やっぱほんとに優しくて、今とか私、仕事をけっこう、なんていうか、回復してさ、できるようになったから、今、めっちゃ周りの人、優しいんやけど、やっぱ、その、貢献してる人間とか、活躍してる人間にはみんな優しいんだけど、
そうね。
弱い人間、足でまといの人間にも、優しい人っていうのは、かなり少なくて、
かなり少ないと思う。うん。
だいたいね、一番多いのが、無関心で、なんとも思われてないパターン。こういう人いるよね、みたいな。
あー。
その、存在は、存在だけ受け止めます、みたいな。
はいはいはい。
パターンと、あとね、もう一個やっぱりいるのが、もう弱い人間が、明確に嫌いっていうパターンもあって。
あるね。
これね、前者と後者、なんか、後者のほうがつらそうだと思うんだけど、これね、前者も後者も結構関わるのつらくて、
つらいね。うん。
そう。で、かといって、じゃあ、どうしてほしいっていうのは、周りもわかんないじゃない?
わかんない。
わかんないからこそ、その、ほっとくしかないっていうのは、めっちゃわかるんやけど、
なんか、そうじゃないっていうことだけがわかっている。そうされるのはつらいっていうことだけがわかってる状態で、
その、他者に自分にとって好ましい接し方を求めるっていうことは、不可能に近くて、
だって、自分でさえ自分との付き合い方に戸惑って、理解もできてないのに、他人に自分とうまく付き合ってくださいって要求するのは不可能だから、
周りも困るだろうなって思うんだけど、やっぱ、本人もめっちゃ困ってるのね。
そうだね。
どうしてほしいのかもわかんねえ、みたいな。
で、ここで私の嬉しかった、周りの接し方紹介のコーナーになるんですけど、
うつ病のつらいところっていうのは、希望を維持することがかなり難しいことにあるっていうふうに私は考えているんですね。
はい。
この日々は永遠なのだろうかっていうふうに思いますし、
一生悪くなっていく、もしくは現状維持、このつらい状態がずっと続くんだっていうふうに本人は思うので、
で、時間の尺とかもさ、他人と比べて、自分のことだからさ、長いわけよ。
だから、結構難しいんだけど、2つありがたかった言葉があって、
1つは兄に言われたんだけど、
兄、医者なんですが、私が兄にLINEであたり散らかしたときに、兄に言われたのが、
治す意思のない患者、患者に治す意思がなければ、医者はどう手を尽くしても治すことはできない。
で、うつは治すことのできる病気、感慨まで持っていける病気だけど、本人に治す気がなかったら、医者は絶対にできないって言われたんだよ。
で、この一言によって、私は諦めたほうが楽ではあるんだが、
治そうとしないと、良くなるものも良くならないなっていうふうに思ったんですね。
で、もう1個は父から言われた言葉で、
私は、いろいろ父が言ってきているときにつらかったので、期待されること、期待されるとさ、期待に応えられない自分が浮き彫りになるから、
私のこと諦めてくださいっていう書紙の手紙を送ったんですよ。
で、そのときに父から来た手紙があって、すごいそれなりに長い手紙だったんだけど、
どういうことが書かれていたかというと、
気持ちは理解した。
重複はしがたい。病気は治す。人生は諦めない。
あなたの叱るべきときは必ず来ます。といったことが書かれていたんですけど、
これはね、あのすごく嬉しかったですね。
その、やっぱ自力では信じることができないんだよね。
っていう中で、その困難さを理解せずにそういうこと言われたら響かないんだけど、
困難さをたぶん、おそらく理解してくれたんだろうなっていうことがわかる中で、
自分以外の誰かが、私にとって叱るべきときっていうのが必ず来るっていうふうに、
来るといいねとかじゃなくて、必ず来るっていうふうに信じてくれているっていうことが、
私はすごく力になったと思っていて、
なんか万人がそうされて嬉しいかっていうのは、私はちょっと保証できないんだけれども、
私の経験上では、うつで長いトンネルで苦しんでいる人がいたら、
あなたにとっての叱るべきときは、必ず来るっていうふうに信じてあげてほしいし、
そして、それをその方に伝えてあげてほしいなっていうふうに思う。
なんか、私もかなり絶望していたが、
何度かその手紙を思い出しては呼び返し、希望を持ち続けていたら、
こういうふうに叱るべきときっていうのが、今来たように思うので、
なんていうか、やっぱり希望を持ち続けることが難しい病気だから、
だからこそ周りにはポジティブさみたいなものを持っていてほしいなって、
なんとなく、私がサンプル2なんですけど、嬉しかったお言葉の紹介でした。
周囲の支援の重要性
ありがとう、紹介してくれて。
なんか、いや、ほんとに、アドバイスとかいらないじゃないですか。
もう、こうしたほうがいいよとか、リフレッシュ。
散歩したほうがいいよとかね、めっちゃ言われるよ。
リフレッシュしたほうがいいよとか。
旅行とか行ってきたらとかね。
ちゃうねんっていう。
ちゃうねん。
なんかね、そうだね、なんか、僕は別にうつ病とかうつの症状とか、
診断されたことはないけど、そういうタイミングは全然あって、今まで。
でも、その時にやっぱりこう、うわー、ちょっと、こうしといてほしいなって思ったのは、
なんか、暖かい目でそっとしといてほしいなと思ってたの。
あー、そうだね。
それは本当にそうだね、やっぱわかる。目つきで。
この言い方言っちゃいけないんだけど、目つきでわかる。
そっとしといてほしいんだけど、暖かい目でそっとしといてほしいなって思ってて。
何かあったら助けるよ、みたいな、スタンバイはできてるよ、みたいな顔をしててほしいんだよね。
でもさ、そういうことをしてくれてる人って、あんまりやっぱり多いわけじゃないし、
ないね。
特に、例えばプライベートで、家族とか、友達とか、自分の過去をよく知ってくれてる人とか、
だったら、関係性があるからこそ、そういうふうに見てくれることもあるかもしれないけど、
やっぱり職場とかってさ、基本的にやっぱ雇用関係で、お互いというか、同僚同士とかもあるから、
やっぱりそこの中で、なかなかね、その関係性もまだ強く構築されてない中で、
そういう温かい目で、そっとしといてほしいって、相当やっぱ難しいんですよね、きっと。
だけど、やっぱり僕もなんかその中で、
うん、なんかさっきあさちゃんが言ってくれてたような、
その、私は、僕は、俺は、あなたの可能性だったりとかっていうのを、
あと、たとえば、治るとか、うまくいくみたいなことを、信じている、確信している、
僕は、私は、俺は、そう思ってるっていうのを、言ってもらえるだけでも、とても救われる経験も、僕も過去あったから、
だからなんか、信じてもらえてるっていうところが、なんか温かい眼差しなんだろうね。
そうだね。
ほんとに。
だからなんか、信じることすごい難しいけど、おそらく。
そうなんだよ。めちゃめちゃ難しいと思う。
あ、こいつはもうだめだって、思ってしまうと思う。
そうだよね、うん。
信じる力と祈りの重要性
見てたらね、やっぱ本人もだって、見てたら明らかにつらそうなんだもん。
あ、こいつはもうかわいそうで、無理で、もう期待をかけるなもん、かわいそうかもしれん、みたいなふうにね、思いやすいと思うんだよね。
私が、こう、無責任に、こいつは治るとか、思ってプレッシャーをかけないほうがいいんだろうなって思うと思うし、
で、たしかに、治るとか言われちゃうと、ちょっとなんかこう、難しい時があるんだけど、
やっぱその、治るっていうか、こう、治すって言われたこと。
治るだと、こう、なんか何もせずに治るみたいじゃない?
治すんだっていうふうに言われた、その兄の一言と、やっぱその、時が満ちるっていう。
そう、なんか時間的なその、幅を感じる表現じゃない?
叱るべき時が、必ず来ます。
今は、つらい時期かもしれないけど、この長いトンネルが抜ける時は必ず来るっていう。
そのニュアンス、これがね、あの、やっぱ、相手のことをおよく思ってなければ、ここの表現までたどり着かないと思うんだよ。
やっぱ、そういうところも含めて、ありがたかったっすね。
そうだね。
なんか、信じるとか、そういう思い、断定的な思い、覚悟みたいなのがある。
祈りだよね。
そうだね、祈りだね。
もう、祈りのフェーズなのよ。
でも、なんかそれもさ、神様、10億円ください、みたいな、そういう祈りじゃなくてさ、
なんだろう、自分自身に対する祈り。
その、お父さんもだし、あさちゃんのお父さんも兄さんもだけど、もちろんあさちゃんに対して、祈りもあるんだろうけど、
なんか、それ以上に、こう思っている自分に対して、おのれ自身に対しての祈りみたいなところをすごい感じたな。
そうだね。
でも、それを、そうやって祈らせるくらいの力は、あさちゃん持ってたってことでしょ?
まあ、それはまあ、関係性だよね。
家族だから、生まれたときからいるからね。
だから、やっぱ、そういう断点で言うのかな、私はやっぱ、友人とか家族とかの関係性はさ、別に悪くはなかったから、
まあ、それが救いだったなとも言えるし、
これがね、やっぱ、まったくもとから人間関係が難しかったっていうパターンの人だと、またちょっと違う苦しみがあると思う。
そうだね。そうだと思う。
すごいな。
なんか、けっこうたっぷり話したね。
そうだね。今何分ですか?48分?
どうですか?総括して。
総括。
まとめるとどうなるんだろうね。
なんか、やっぱ、信じる力じゃないですか。
そうだね。
信じる力、祈る力。
いやー。
いいドキュメンタリーでした。
番組の紹介と配信予定
はい。
紹介ありがとうございました。
ありがとうございました。見てくれてありがとうございました。
はい、ということで、
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それでは、また来週。