だからそのリハビリテーション業界においての職域、仕事の役割っていうのが変わっていく。
そうなってくると、理学療法という概念も影響を受けるということなので、結構な理学療法ができて60年、60年のところでいろいろな影響を受けてくる段階に入ってきたなというような印象です。
その辺もこのラジオだと結構その変遷とか、今後どうなるかなみたいな話はしてきましたけど、やっぱり救世機みたいなところが特に着目されてるというか、そこに集中してくるという感じなんですかね。
よく言うとそういうことです。悪く言うと、最も今人数がいる回復機のところにお金が行き過ぎてるということで、政府はそこの締め付けに入ったわけですね。
なので通常通りやってきた回復機のところは、例えば来年10人募集してたところにそんなにいらないかも。就職が弱い行政校はそういったところに頼ってたところが就職が厳しくなる時代になりそうだということです。
単純に言うと医学療法士の就職が絞られます。ただそれは一方的な見方で救世機の方はたくさん欲しいと言ってるわけですね。あるいは在宅も欲しいと言ってるわけですよ。だから要は川の流れが最終的に3本の川で流れで大量に流れてたところにダムが作られてせき止められるので、他のところに行かないと洪水を起こしますよということです。
そうですよね。なのでその辺は結構教育にも大きく影響してくるところかなと思いますし。
そうですね。教育者がそれをいち早くキャッチしてやっとかないといけなかったって情報自体はずっと流れてきたわけだから、その情報の流れをちゃんと取っている教育機関なのかそうじゃないのかの差が出てくると思います。
要は教え入れる人の人々を含めてそういった人を雇い入れているかどうかというところになってくるので。
あとはどうなんですかね。地域包括支援のシステムとかの話もありましたけど、地域に出てくる人も増えていくだろうなという感じですかね。
それを増やしたいと国はずっと25年前の介護保険を作った段階から言っているんですけれども、ここも看護、リハビリテーション、介護のバランスがあまり良くないんですよね。
特にこれも要は中小企業、すごくちっちゃな企業がたくさん乱立してやっているわけですよね。
だから街の一人店主のラーメン屋さんと、例えば来来店みたいにプランチャイズで増やしていくところで言うと、街の小さなラーメン屋さんはやっぱり弱いんですよね。
特に何が弱いかというと、ラーメンを作っている人間が病気になったら店を潰さなきゃいけないと。
特に在宅のところでは言うと、看護師が辞めてしまったらダメなんですよね。
理学療法士が辞めても潰さなくてもいいけど、看護師がいなくなって人数設定が合わなくなると、そこは廃業になっちゃうんですよ。
実際に、ここ最近はちょっと違うかもしれませんけど、訪問看護をやり始めたときってリハビリテーションニーズが高いんですね。
リハビリテーションニーズが高いから理学療法士増やして看護師が少なくなってダメになってくるようなケースというのが、昔から散見されていて、さらにそれが強くなってきていると。
だから理学療法士がどんどん在宅の方に出ていったところで、看護師が出ていかなかったら継続できないという問題がやはり変わらないんです。
なるほどですね。その辺でどうなんですかね。訪問が看護師じゃなくて理学療法士が中心になって施設立ち上げるとか仕組みも出てきたりするんですかね。
2011年の東北の震災のときに暫定的に特区として訪問リハビリテーションという概念ができたんですね。
今訪問リハビリテーションと概念は正確にはなくて訪問看護の一部としてあるということですね。
じゃなくて訪問リハビリテーションという言葉自体はPTとかOTとかSTが所長になってリハビリテーションを提供するだけの施設というのがトップで一回やったんですよ。
だけども全然それが継続されずに闇に葬られた感じですね。
それはPT協会との圧力があるみたいな話もいろいろあったみたいですけど、結果的にできていません。
今回のアドバンステラピーの前半だと運動器とか神経系とか内部疾患みたいな話があったんですけど、これも各領域でっていうよりはマルチで全体を見れるような形にしていかないといけないよねっていうのがこれまでの話としてはそんな流れですかね。
そうですね。マルチモビリティに対する対応というのが望まれている。これは医学療法士の職域というよりも社会的要請としてあるわけですよね。
医学療法士の学問という形ではなく、これは医療全般において対象者が変わっていったものにどういうふうに適応していくかというところの問いを突きつけられているということです。
だから運動器の専門とか神経の専門が悪いって言ってるわけではないんですよね。
そこもやれないと対象者が変わってきているので上手に適応しなきゃいけませんよという。
なるほど。この辺なんでまだ海外で見ていくと高齢化まだ進みきってないような国とかであれば各疾患ごとの専門性が必要かもしれないけど、
より高齢化してくると日本のようなマルチモビリティ的に複数見れるような人が必要になってくるだろうなみたいなことは提言として言ったりするんですかね。
そうですね。海外の場合はダイレクトアクセスが達成されているところっていうのは逆に専門性を深めていかないと客が来ないんですよね。
だけど日本の理学療法っていうのはダイレクトアクセスができませんので、ジェネラリスト要請の方が強く動いているわけです。
実際に旧世紀になるとこれはもう疾患を見ているというよりも症状を落ち着けるというような、その後に専門的なところに行きましょうとして回復があるという役割として位置づけられているので、
旧世紀のキャパが今後理学療法として増えていくんだとすると徹底的にマルチモビリティだということですよね。
なるほどですね。
あと何か話してて思ったのは逆にすごいミクロな遺伝子とか細胞とかその辺の話あんまりしてないかなとか思ったりして、その辺もそういう専門の方を呼んできて話すとかそういうのも言語は意義ありそうな感じですか。
そうですね。基礎研究、いわゆる宇宙の話ばっかりするんではなくて、量子力学の話をするというような物理学における潮流みたいなことはやるべきだと思うんですよね。
本当に専門的な人が僕らのところに降りてきて話してくれるというのは価値があるなと思う反面、そんな人って誰がいるかなと今思いつかない。
理学療法師じゃなかったらいるかもしれないですよね。理学療法師でそういう細胞だとかあるいは物理レベルの話をしてて、ここに来て喋ってくれる人って誰かいるかな。
すいません、全然今思いつかないですね。
リスナーの方でこの人面白いんじゃないですかっていう人がいれば是非ご意見いただきたいですね。
声隠れる可能性はあるんですよ。なのでこの人の話を聞いてみたいとかっていうような、是非ご意見をいただけるとすごく嬉しいです。
そうですね。あと奈良伊佐夫さんの話とかもあったんですけど、やっぱりレジェンド的な過去の偉人というかそういう系譜みたいなことを話してもいいかなと思うんですけど、こういう人を取り上げるといいかなみたいなのって何かありますかね。
そうですね。烈伝の話が本当にできる人たちってすごい少ないんですね。つまりそれは自分が本当に知っている人ではないので。
あともし確実にできるとすると、日本の都市療法の大家であるですね、砂川勲という人が今もう90枚85を越してるはずなんですけども、その人は相当破天荒なんですね。
その破天荒ストーリーを話せると思います。なぜどういうふうに日本の都市療法が発展していったかの中心って言ったら怒られるんですね。
つまり中心って言ってくると日本独自の例えばAKAとかSJFとかっていうのがあって、そこではなくむしろ海外からちゃんと日本に正しいコンセプトを持ってきた人なので、
それがどういうふうにそこを持ってきたかとかっていう話はできます。元上司なのでよくそういった話ができるところですね。
なるほどですね。
すごい面白いですよ。中卒で大学教育生になるって人なので。
それは楽しみですね。
砂川勲烈伝をやりましょう。
あとはどうなんですかね。自分たちが理学療法士なんで結構理学療法系の話が多かったですけど、OT、STとか大領域の話だったりっていうのも取り上げたり、それも誰か話せる方がいれば一緒に話すみたいなのもありですかね。
ぜひ特にOTと話をしたいんですよね。OT領域の中でちゃんとそのOTのことをある程度概念的に説明できて、そしてそこである種批判的にぶつけ合うってすごい重要なんですよ。
だから融和するっていうことは多分どっかでいろいろやってるんですよ。そうではなくてこれってどうでしょうってお互いに変化ではなく意見をぶつけ合って、PTとOTの目の前のフィルターっていうのはここにあるし、だけどこことこの部分で法律上もそうだけどほぼ一緒だよねとかっていうお互いにとってのその領域をちゃんと見ていくっていうのはすごく重要な機会だと思うんですよね。
そういう人ちょっと探してみましょう。
そうですね。なかなかそれも軽々な人っていうかきっちり話せるって言うと難しいかもしれないけどぜひ話していきたいですね。
多分いるはずなんですよね。むしろOTの人たちっていう方が自分たちの領域に対する問いを立ててやってる人たちっていうのが多いみたいなので、そういう方をちょっと、もしおられたらこの人どうですかっていう人も推薦ください。連絡してみようと思います。
あとはまたもうがっつり医療として医師の方とかも一緒に何か話していくとまたリハビリテーションと医療のつながりというか、またそこの違いみたいなところも話していけると良さそうですかね。
そうですね。知り合いのお医者さんいますけど彼臨床科じゃないしな。道のあたりで、でも臨床科の方と喋ったほうが良さそうなので。これもなんかね面白そうな話になり得るなとは思うんですけど。
これもね、むしろパッと出てこないですね。医者領域って広すぎてリハビリテーションを呼んで良かった良かったっていう話ではないと思うんですよね。
医者から見る医学療法士の極端に言うとどこをバカにしてるかとか、どこをリスペクトしてるかとか、そういった話を聞きたいのは聞きたいですよね。
そうですね。これも特定の科だけじゃなくて、全体的な構造としてというか、全体感を持って話せると良いかなと思うんで。ちょっと考えていけたら良いですかね。
そうですね。
あとはどうなんですかね。途中で働き方的なところで自分の事例もちょっと取り上げたりとかもありましたけど、やっぱりセラピストの領域とか医療とか制度の中だけじゃない他の幅広い社会情勢も含めた働き方の話みたいなこともできてもいいかもしれないんで、そういうのもありますかね。
そこは今後もっと深めていくことがリスターの人に望まれているような気もするんですよね。つまり、理学療法士として理学療法を持とうとするような人たちっていうのが、すごく状況的にネガティブに捉えられている時代に入ってきたわけですね。
それは一つは単純に給与の問題。あとはキャリアとして出世の問題となった時に、理学療法モデルっていうのが相当弱いコンテンツになってきていることは事実なんですよ。
もちろん、アリューというか、その人の能力が認められることによって、例えばこの前もお会いしたのは、病院の理事長直筆の事務局長の上みたいな形で、経営企画本部の理学療法士の人とかいるわけですね。
そういう人たちっていうのは、理学療法士とはもらえないような給与というのは必ずもらえますし、理学療法士だから入れたのか、その人だから入れたのかというのは正直わからないところはありますけど、その人がそういうキャリアを得るために大学院進学してMDへとってとかということをされているわけですよ。
そういうようないくつか違うパターンの人たちもいるわけですよね。それって病院に1人だけでいいわけです。100人いる理学療法士の1人の話をするのか、50人ぐらいがこういうふうになっていけるんじゃないかとかっていうような、誰に対してどういう話をしているのか。
これを聞いてくれる人は多分100人のうちの1人でいいと思うんですけども、将来的にもうちょっとその広げようとしたときに、100人のうちの50人に刺さるようなプランニングっていうのを出していかなきゃいけないかなと思ってます。
そうですね。それも以前どこかで構造的な課題として昇級する課長とか部長とかの国の人数とかっていう話もあったかなと思うんで、それは本当に全体的な構造が変わらないと難しいところでもあるかなと思いますし。
かつ構造が変わらない中でどうやって調整しているかですよね。
それが例えば理学療法の平均年収が例えば400万ちょっとだとするときに、500万稼ぐ人、600万稼ぐ人、そして1000万稼ぐ人の違いが何かっていうのをある程度明確にしていく。
実際にその1000万以上稼いでる人たちってまあまあいるので、そういうのがどういうことなのかということを一番話せるかなと思います。
なるほどですね。そうですね。あとは行政の方に関わっていったりとか、政治としての動きをするような人も出てきてるかなと思うんで、その辺もまだもうちょっと話していけるテーマかなと思いましたね。
本当に例えば今、全体のまとめの中でそこを話さずにどっかで一個話した方がいいのかもしれませんけど、理学療法士っていうのはやはり問題思考型の仕事なんですよね。
これがこのまま薬剤師の人と喋ってて、薬剤師っていうのは問題思考型の能力はあるが職業として問題思考型ではないんですよ。
つまり評価をしないから。今の薬剤師の方っていうのは医者が処方する。
例えばロキソニンという痛みの止めを出したときに、なんでロキソニンを出しているんだろうという、定期的にそのデータを読んでいくんですよね。
これは正しかったっていう、ある種の諮問機関として仕事をしているの。
でも理学療法士っていうのは、全部自分でデータを読み直して取り直して、自分で問題点を作って、そして自分で処方していく役割なので、
この辺の能力って社会においての常にどんな会社でもどんな行政でも、この問題思考型の見栄えるPDNですね。
プログラムベースドラーニングをやっているから、それを汎用的に使える人たちは強いんですよ。
ということは行政もそうですし、社会会社でもそうですけど、そういったものを訴えかけていけるということは必ずあると思います。
それを我々は理学療法士論という形で体制しようとしているわけですけど、そのプロセスそのものは別に環境問題でもLGBTQの問題でも同じように扱えるはずなんですよ。
そこは強く、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士における絶対的な強みだと僕は考えています。
そうですね。やっぱり思考過程みたいなところとか臨床推論とか因果推論みたいなところかもしれないですけど、そこは今後の世の中に必ず重要になってくるところかなと思うので、
モノトセラピスト以外のところでも、もっと若い年代からでも学べるといいかもしれないですし、広げていきたいと思いますね。
そうですね。なので医師とセラピスト以外は基本的にその思考過程はしていないんですよ。
一部看護がフィジカルアセスメントでリスクマネジメントのところで入ってはきているんですけど、アウトカムが違うんですよ。
医師と理学療法士は退院して健康に過ごすことがアウトカムなんですよね。
だからアウトカムっていうものをすごく長い時間のスパンで見ている職業であるということは、いろいろな問題を幅広く複雑に考えていかないといけない職業なので、
しかも例えば、理学療法士の上位母官が医師ではなくなってきているわけですね。
昔はそうあったんだけども、医師はリハビリテーションの概念をほとんど気にしていないので、専門職としてその部分を世界的に見たらやっているわけですよ。
ということはすごく単独の、業務独占はもちろん取れないんでしょうけど、概念的には業務独占的に自分は問題思考型のことをやっているということが言える職業だと思っています。
その辺も、理学療法士だと医師の指示のもとでっていう言葉がすごく強く残っているというか、考えている人もいるかもしれないですけど、歴史的に見ていくと、
視覚障害の方もその領域で働くところからそういうふうな言葉になってきたとか、結構そこが自分たちの新しい考えを抑えてしまうところになっているかもしれないんで、
そういうところもうまく解釈し直しつつやっていけるといいかなと思いますね。
そうですね。なので、変わらないというふうに考えるのではなくて、変えるためにはどうしたらいいかっていうエッセンスとして、我々が情報提供しているということですね。
そんなこと言ったって無理だよっていうふうなスタート地点に立たない。それは患者さんはもう治らないっていうスタート地点と一緒なので、
そうではなくて、我々、医学療法士っていうのは多くの情報から推論して、そしてアプローチしていく職業なので、社会問題に対して、
自分たちが置かれている問題に対しても、やはり生産性を持って考えていくっていうことができるであろうと、
そしてしていかなければいけないっていうことが、このアドバンスのセラピストでずっと話していることだと思うんですよね。
そうですね。だいぶ幅広く話して、1回の回も長いので、なかなかみんなにお勧めするのは難しいかもしれないですけど、
そういうところ一通り学んでいくと、新しい考えっていうのはしやすくなると思うので、今回20本でまとめているところですけど、ぜひ過去回も聞いてほしいなと思いますね。
そうですね。ぜひ過去回を聞いてください。そして、聞いて、そうなんだではなく、それってどうなのっていうのはご意見を。
例えば、ディテールの年代が間違ってますよとか、名前が間違ってますよ、それはご自身の中で、あいつまた間違えてたと思っていただければいいと思うんですけど、
本本的な考え方の違いのところに議論をしたいわけですよ。
それってそう言うけどなかなか難しいじゃんとか、それってだいぶ解釈が違ってますよとか、そういうのを投げかけてもらえる方が個人的にはすごく楽しいんですよね。
反論をするというよりも、反論論爆というよりも、新しい可能性をぶつけ合いたいということがありますので、それが人文知恵の強さなんですよね。
だから人文知恵を達成するためにはぜひ反論が欲しいと思ってます。
シュンとなってるかもしれませんけど、次の回の時にすげー反論が来てシュンとなってますかもしれませんけど、それはそれで受け入れてちゃんと喋りたいなと思ってます。
そうですね。以前も宗教の話もあったんですけど、自分たちがもうこれだって言って押し付けるわけでもないですし、ぜひ建設機に議論してより理解を深めていきたいなと思うので、
ひぼう中傷的な反論は嫌だなと思いますけど、ここは間違ってるんじゃないかっていう批判的な意見とかは全然ありかなと思うので、話していきたいですね。
ぜひぜひ。ひぼう中傷が来たらそれはそれでまた受け入れます。
どうですかね。一応投資番号20本くらいっていうところですけど、特にここの話は印象が残ってるなみたいなことはありますか。
それこそ本当に僕自身は自分が喋った内容というものを聞き直して理解しているタイプの人間なんですね。要は自分は熱心なリスナーなんですよ。
喋ってみて面白かったなぁということよりも、聞いてみて確かにそうだなぁとかっていうのは、自分がものすごく強く主張している時にこの人えらい強く言うな、
例えばインテージャーとか大学院とか結構強めの主張をしてたりだとか、第1回目の時に、第1回目確か対面でやってるんですよね。
その時の聞き方とZoomの聞き方が全然態度が違うんですよ。
で、その第1回目聞いた時に僕めちゃくちゃ田代さんに質問するんですよね。それがなんか今聞くと嫌なやつだなと思ったりとかしました。
だけどあれ対面でやってるから表情を見ながら、まあ第1回目ということもありますけれども、人っていうのはやっぱり対面って大切なんだなぁとか色々考えるきっかけになりました。
でもそれ以降はお互いが喋るタイミングっていうのを間を持ちながらやってるわけだから、本当に収録的なんですよね。
でも1回目の時ってあれ3本ぐらい撮ったんでしたっけ。
そんなぐらい撮ったかもしれないですね。
あの時は本当に普通に居酒屋で喋ってるような感じがあって、僕はあれはあれでもう1回やらないかなと思ったんです。
一旦、最近はオンラインで収録が多いんですけど、直接やったりとか、ニーズがあれば公開収録的に聴衆もいる中で話すとかもありかもしれないんで、やり方も色々検討していけたらいいですね。
本当それこそ推論学会とか時間があればね、公開収録を推論学会にしてもいいかもしれませんね。
まあだけどどんだけの人が来てどういうニーズがあるかちょっとわかりませんが。
それが例えばこのラジオが常時1万人聴いてて、そのうち500人集まってくれるとかだったら価値はあるでしょうけど、
なかなかそこまでのコンテンツには育たないので、相当ニッチェルとも言ってますからね。
今後のやり方は対応検討という感じですけど、一応今収録だけじゃなくてノートの記事として要約でまとめたものもありますし、
いずれ今回はちょっとまとめ的な収録ですけど、テキストだったりでまとめたものもあってもいいかなと思うんで、
まさに理学旅行の概論とかでまとめているものにはなるかもしれないですけど、そこでも触れてない内容とかもあるかもしれないんで、また整理していけたらいいかなと思いますね。
本当に新書としてそのライトな感じでどこか出してもらったりとかするような出版社があったらすごく助かりますけどね。