1. BUILD UP LOCAL!! / ビルドアップローカル
  2. #28‐1 ゲスト:パラトライア..
2026-02-06 20:58

#28‐1 ゲスト:パラトライアスロン日本代表 木村潤平さん 

今月のゲストは、

パラトライアスロン日本代表であり、 

一般社団法人チャレンジ・アクティブ・ファウンデーション代表理事 

木村潤平さんにお越しいただきました。 


【今週のテーマ】 

・ご自身について 


【番組内容】スポーツ×街づくりをテーマに、30年のスポーツ界でのキャリアをもつ常田幸良が、

スポーツを通じて街を盛り上げる様々な人にフォーカスを当て、掘り下げていく番組です。

番組の感想は各媒体のコメント欄、または X(旧Twitter)で #ビルドアップローカル

でよろしくお願いいたします。

【配信日】  毎週金曜日

【出演】  パーソナリティー: 常田幸良


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サマリー

今回のエピソードでは、パラトライアスロン日本代表の木村潤平さんが自身の競技キャリアやパラリンピック出場の経験について語ります。特に、競泳からトライアスロンへ転向する過程やそのチャレンジについて詳しく話し、彼の競技への情熱と新たな目標に向かう姿勢が浮き彫りになります。木村さんは、東京大会やリオ大会での経験、競技への考え方、そして今後の目標についても語ります。また、コロナ禍でのモチベーション維持や、ロサンゼルス2028大会に向けた意気込みも紹介されます。

木村潤平の紹介
BUILD UP LOCAL!!
BUILD UP LOCAL!番組ナビゲーターの常田幸永です。
この番組は、30年のスポーツ界でのキャリアを経て、現在は地域金融機関に勤務している私が、スポーツを通じて、街を豊かにしようという番組です。
さて、今月のマンスリーゲストは、パラトライアスロン日本代表で、一般社団法人チャレンジアクティブファウンデーション代表理事の木村潤平さんにお越しいただきました。木村さんどうぞよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
トライアスロンと言いますとですね、実は以前ね、オリンピック次世代ヘッドコーチの田山さん、田山裕貴さんにもお越しいただいたんですが、今回は木村潤平さんまたすごいゲストということで。
いや、田山さんの次ってちょっと苦思いですね。
いやいや、だってね、オリンピック6回連続出場中でしょ。
いやいやいや、でも田山さんも3大会でしたっけ、オリンピック。
そうですね。
レジェンドですからね。
同士で豪華ゲストで、本当にご出演いただきまして今日はありがとうございます。
ありがとうございます。こちらこそご招待いただきまして。
今回はですね、競技キャリアを中心にですね、ちょっとお話をぜひお伺いしたいなと思っているんですけども。
その前にご出身なんですが、兵庫県の生まれ、育ちが東京ということなんですが、すぐ東京の方にいらっしゃったんですか。
そうですね。幼稚園までは西宮の方で過ごしておりまして、そこから東京の方に両親の都合で引っ越しがありまして、育ちはなので東京の方になっております。
なるほど、そうするとほぼほぼ東京湖っていうか、東京長野ですね。
遠征とかから帰ってきた時に、新宿駅に帰ってくるじゃないですか。新宿駅で例えばリムジンバスで帰ってきた時とかに、帰ってきたなって思えるんで。
あのビル群を見て帰ってきたなって思えるってことは、多分東京育ちなんでしょうね。
なるほど。そして木村さんはですね、パラ競技をやられているんですが、松葉税を今ご使用になれて、5歳ですか。
競技キャリアのスタート
頃から松葉税を使用されていて、競技自体は手元の資料だと小学1年生から競泳競技を始められたってことですよね。
まずこの競泳なんですけども、どんなきっかけで始められたんですか。
本当に最初は小学校の授業で、水泳の授業があったんですけども、全く泳げなくてですね。
それを心配しに来て見に来ていた母がですね、これはさすがにちょっと今後のことも考えた時に、海とかで何かあって溺れた時とかに、泳げるようになって損はないだろうということで、水泳ぐらいはこの子に泳がせたいと思ったらしくてですね。
そこからちょっとスイミングスクールを母が探してくれて、そこで通うようになってというところから始まったので、自分の意思でとかそういうわけではないんですけども、ただ結局それが今につながっているので不思議だなと思いますよね。
そっかそっか。だけどそれでスポーツクラブに泳ぎ出始めて、今度競泳でしょ。競泳はどういう感じで流行り始めたんですか。
やっぱり子供ってやっぱりちょっとずつできるようになっていくと楽しいじゃないですか。だから最初は小学校で上手になってきて、すごい楽しいなって思ってきてはいたんですけれども、そこから普通に中学に入った後、健常者と障害を持ちの方とかっていうとやっぱりその英力差って結構あるんですよ。
その中で水泳部の中学入ってからもまあまあ一緒に泳げることができたんですよね僕。なのでパラ業界の方でも結構いけるんじゃないかと思いつつ、その頃はあまりまだパラっていう業界がそこまで盛り上がっていなかったので、どちらかというと一般の健常者のみんなと勝負できるような選手になりたいなと思って頑張ってはいたんですけど、
やっぱそれも限界があって、結局高校2年生の時に当時の高校の部活の先生にこんなにみんなと一緒にやってるんだったらちょっとパラの方もやってみたらって言われて、まあパラの方ねって最初ちょっとパラの方じゃなくて普通のみんなと一緒にやっぱり勝負したいんだよね俺って思ったんですよ。
だけどその時の先生のちょっと誘い文句がちょっとよくて、いやパラの方だったら世界狙えるんじゃないって言われて、世界みたいな、世界って言葉いいなと思って、それだったら世界狙うためにちょっとパラの方で一回ちょっと世界一目指してみてもいいかななんてちょっとまあ高校生のちょっとまだ何も知らない自分はですねパラの世界だったら絶対に自分は一番だと思って。
勘違いをしていた高校生の自分はですねちょっと飛び込んでみようというふうに思えたので、そこの声がけだったりとか何も知らない世間知らずな高校生の自分がたまたまマッチングして始めたっていうのがありますね。
なるほど。やっぱり世界って言葉がね。
いや良かったですね。まあ高校生の自分とかっていうのはやっぱりまだ学校しか知らないじゃないですか。多分世界を見るとかっていう話になかなかならないじゃないですか。ただそんな甘くないんですけどね。
そりゃそうですよね。
そんな甘くないんですけど。そういう言葉にちょっとまあ一回やっぱり勘違いと騙されるってことは重要だなと思ってますね。
そうするとねその高校2年の時そこから世界に向けてのチャレンジが始まったっていうことですか。
そうですね高校2年生の時にそれこそ最初まあそのパラの方に初めてではなかったんですけど大会に出場してで日本では優勝することが国内でははいちゃんと優勝することができて日本代表にも選んでいただけることができて
まあその時の自分はですねまあ当たり前だろうと。まあそれはもうパラの世界だったら普通にそれはまあね日本で優勝まあ普通でしょうと。
で日本代表まあそれは自分がなんなくて誰がなるのみたいな気持ちでなりましたしまあそれぐらいちょっとまあ勘違いをしているんですよね。
でそこがですね高校3年生の時にアルゼンチの世界選手権に出場させていただく機会をいただきましてでその時に本当に世界というものを初めて知る機会だったんですけれども
まあその時にですね僕がもう本当に大きな勘違いをしてたなって思わされることがありまして要するに同じ部活で末をしていた選手よりも
まあパラのその大会に出場していた中国の選手が片腕の選手がいたんですけれどもまあ今でも覚えてるんですけどびっくりするほど早くて
健常者の大会でも多分普通に優勝できるかもしれない。片腕で56秒とかで泳ぐんですよ100mを。
本当ですか早いですね。
100m 56秒で泳げば多分今のエリートでもなかなか戦えるぐらいなんじゃないかなと思うんですけど
まあそれぐらい本当に早い選手はもうあの目の前にいてなんかこういうレベルの話してたんだっていうので
やっぱりそこでやっぱり早い段階で高校3年生の時にその自分の勘違いであったりとか自分の視野の狭さであったりとかっていうのを感じれたのは
すっごいいい経験だったなと思いましたね。
やっぱり世界に出るとねいろんなものがこう見えてきますよね。
なのでそういう意味で言うとここで1回ちょっと自分は本気でちょっと勝負してみたいっていう風にやっぱ思わせられたっていうのがやっぱり
アルゼンチンのその世界選手権なのでそれも一つのターニングポイントだったなみたいなところはありますね。
トライアスロンへの転向
でね木村さんその後2004年のパラリンピックアテネ大会これが初めてのパラリンピック出場ですよね。
2004年というとおいくつぐらいの時ですか?
ちょうど大学2年生だったかなの時に初めてパラリンピックに出場させていただいて
そうですねここでやっぱりパラリンピック。
どんなことを感じました?
いやここで感じたことはやっぱり今でもちょっとやっぱり衝撃的だったんですけど
まあそもそもそのパラリンピックっていうところがそういう盛り上がっている大会だっていうのはなんとなく認識はしてたんですけど
言ってもそのオリンピックほどじゃないだろうみたいなっていうところもちょっと思ってはいたりして
ただやっぱりパラリンピックに出たことある選手とかそういう先輩方に話を聞いているとすごいぞという話は聞いてたので
でもどんなもんだと思ってちょっと出てみたらですね
本当にやっぱりオリンピックもそうなんですけど
国と国がやっぱり一心をかけてスポーツで自分の国を背負ってるみたいなすごい強い意識を持っていて
やっぱり選手もそれを誇りに持って本当にパラアスリートだろうと
オリンピックアスリートに負けないような気持ちでやっぱりやってる選手もやっぱりすごくいっぱいいましたし
本当に会場もそれを盛り上げるぐらいそれこそ私水泳で最初出場させてもらったんですけれども
その時なんかは本当に自響きがなるような
そうでしたか
やっぱりそれで緊張しちゃいまして
最初の100メートルの平泳ぎで出場したんですけど最初の50メートルどうやって泳いだか覚えてないんですよね
ラスト10メートルぐらいに我に帰って泳ぎ終わるみたいな
いや多分あれが僕は多分一番緊張した人生で緊張した
初めてのパラリンピックね
そうなんですね
多分一番と緊張して記憶をなくすっていう初めての経験をしましたね
そうですか
その後3大会連続で
本当に運が良く3大会に出場させていただいて
これはすごいことですよね
たまたま本当に環境に恵まれたというか
それこそ大学の時はですね
その時一緒に練習をしていただいた先輩が
それこそ今スポーツ省の長官の河合純一さんであったりとか
そうなんですね
2大会目の北京に出場した時は所属会社か
実業団みたいな実業団よりももうちょっとアスリートよりみたいな形の
形でチャレンジをさせていただける機会をいただいたりとか
そういう意味では本当に出会いとか環境に恵まれて
自分ももちろん頑張ったつもりではあるんですけども
多分それだけでは絶対に3大会もパラに出場させていただくことがなかったなとは思っているので
たまたま恵まれたなっていうのは結果的にめちゃくちゃ思っています
そうですか
なるほどわかりました
そして競技の方なんですけども
競泳を主戦場にしていた木村さんなんですけども
トライアスロンの方に競技の変更をされるんですが
これなぜトライアスロンに変更されたのでしょうか
27、8ぐらいですかね2013っていうと
その年にですね大体競技ってもうやっぱり瞬発系の種目なので
基本的にちょっとやっぱり落ち気味というか
やっぱり自分の限界を感じるぐらいの年になってくるんですね
その中でやっぱりもし競技を続けるにしても
何か新しいことを始めるにしても刺激がないと
あと三大会もやっぱりパラリンピックに出させていただいたので
自分の中でちょっと結構やり切った感というか
もう何か少しいいかなって思っている部分もあって
その中で何かちょっと燃えるものみたいなものを探した時に
ちょうど2016年からなんですよパラトライアスロンの正式な種目になったのが
なのでそれの初代チャンピオンになったらちょっとそれおいしいよなみたいな
やっぱり競技が新しい種目って狙い目だったりはするんですよ
これはチャンスなんじゃないかと思ってちょっと始めたんですけど
それもまた後でお話ししますけど甘くない
そんな全然甘くなくて大変だったんですけど
でもそういうこともあって新しい刺激を探してた時に
やっぱりトライアスロンがそういうこともあって
プラスやっぱり自分が水泳やっていたので
その水泳もやっぱり活かせるっていうところで
何か一回リセットしてではなくてその延長上の中でチャレンジできるというところも魅力的で
なので水泳にももしかしたら今後続けるにしても
プラスアルファのものがあるんじゃないかなっていうふうに思っていたので
そこについてはすごくあの時の自分ナイスと思ってます
新しい発見も相当あったと思うんですよ
競泳からトライアスロンに転向されて
先ほどのお話でもいわゆる転向時の苦悩
苦悩ってどういうあれでした
苦悩って言うと苦悩しかなかったですよ
水泳もバイクもランバーやるんですよ
だって1週間限られてるじゃないですか
甘く見てた
甘く見てました
バイクも水泳の力があればバイクもそれなりに上半身他の人よりは大きい方ですし
木村潤平の競技歴
でも今でこそちょっと大きくなりましたけど
もうあの頃は全然そんなにでもなかったんですよ
実際やっぱり水泳だけで言うと
逆に言うと体が大きくなる方がやっぱり泳ぎにくくて遅くなるんですよ
なんですけどやっぱりバイクとかランって考えた時に
やっぱり体を大きくしないといけなかったりとか
っていうのも後で気づくんですけど
やっぱりその時やっぱり水泳の延長上でっていう考え方だったので
そこもやっぱり自分の考え方をリセットしないと
そこはやっぱり戦えなかったですね
それでその後トライアスロンでもパラリンピック3大会連続で
今連続出場中かですよね
そうですね
出場されててなんと東京大会では6位入賞ですかね
そうですね
モチベーションの変化
本当に2016年のリオ最初の大会出場させていただいたんですけど
いやこれがもうボコボコにやられまして
もう全く戦えなくて歯が立たないです
なんなら初代チャンピオンとかやってましたからね
よく言ったなお前みたいな感じなんですけど
いや全然そんなレベルではなくて
これはちょっとこのままじゃ終われないみたいな
やっぱり4年に一度のパラリンピックっていうところでしかやっぱり
この思いっていうのは返せないって思っていたので
そしてそのリオの4年後は東京大会だと
これはなんとしてでもやっぱり集大成として出たいっていうところで
水泳の時も本当にめちゃくちゃ練習しましたけど
東京前は本当にすごく練習しましたね
東京大会なんですけどもコロナがあって開催時期ずれたじゃないですか
その時のモチベーションってどうだったんですか
いやきついですよね
でもあれみんなきつかったと思うんですよね
きつかったんですけど
目標設定みたいなのをちょっと考え直せば
自分も結構すごく良かったなと思っているのがあって
パラに出たいとかそこで金メダル取りたいとかではなくて
やっぱり自分は何のためにこの競技をやっているのかっていうのは
もう一回考え直す機会がコロナっていうタイミングがあって
すごく良かったなと思っていて
その目標設定っていうのがやっぱり自分としては
一番になりたいっていうのはあるんですけども
それによって一番の向こう側っていうんですかね
何がしたかったんだろうみたいな
それはやっぱり自分でできることはもちろん限られているので
周りの人が少しでもやっぱりそこで励みになってもらったりとか
そういうささやかな力にでもなれるなら
自分が少しでも頑張っている意味あるのかもしれないと思って
本当は大きく日本人を元気にとかって言えればいいんですけど
もちろんそんなふうに思っちゃうと
またそれはそれで気持ちもすごく重く感じちゃったりするので
本当まずは自分の周りの人たち
自分をサポートしてくれている人たちに対して
どれだけ自分の結果を残して喜んでいただけるかみたいなことだけに
集中しようみたいなところをやっぱり考え直したときに
モチベーションもやっぱり維持することができたなと思ってます
未来に向けた展望
モチベーション維持して頑張って6位
そしてその後のワールドトロエアスロープラシリーズ
横浜大会ですよね優勝されたの
そうですね
これもすごい大きな出来事でしたし
あとパリの2024大会で8位入賞と
すごい功績を続けられてますよね
いやこれだけ見ると僕すごい選手みたいな話になってるんですけど
全然そんなことなくて
これの過程で本当に略者して
世界選手権でポイント取れなかったりとか
本当に大変な思いをして生きている中で
失敗の方がやっぱり多くて
みんなが期待してくれていた横浜大会で
それこそメディアについてもらったとき
独占でついていただいて取材していただいたときに
私失格しまして
全然絵にならないみたいな事件とかも実はあったりして
そこでかっこいい姿
正直何番でも良かったはずなんですよ
失格しちゃったもんだから大変に
本当そういう失敗とか辛いところとか
いっぱい感じてこれてやっぱりこういう結果に少しずつ
結びつけられるように変えられたのかなとは今になっては
それこそ本当に今になったから言えるってだけで
これ結果残ってなかったらただ悲しい話ですよね
本当にそういう意味では運が良かったなと思いますね
そしてパリ8位入賞ということで
今後の目標もちょっとお聞きしたいと思っているんですけども
やはり次のオリンピック、パラリンピック、ロスですけども
そこがやっぱり見据えているんでしょうかね
一回パリの2024年で僕自身どちらかでトライアスロンに関して
すごくやり切ったなって思いが実はあったんですけど
そこからちょっと今年に入って
トライアスロンの競技団体としての取り組みとしても
新しいことがちょっと増えてきて
僕もやっぱりそのことについてすごくワクワクするような話が多く出てきていて
そこについて僕もまだちょっと自分のキャリアっていうところが
少しでも還元できたりとか力になれることがあれば
自分自身ももう少しまだやれるかもしれないって思いはちょっとあったので
それにちょっと火をつけてくれるような人との出会いもあったりしたので
そういう意味ではやっぱり個人的にはもう2028かのロサンゼルスの大会が
集大成として僕としてもやり切ろうっていうのはちょっと決めていて
なのでロスのパラリンピックに向けてこれからしっかりと練習を続けて
自分自身で元気が続けるとか決めきれないところもあるので
周りが本当に必要としてくれていたりとか
人とされるような結果を残せるかっていうところとかも含めて
自分はロサンゼルスのパラリンピックまでは
しっかりやり切ろうっていうのはちょっと決めてはいます
なるほどありがとうございました
本当にみんなで応援したいですね
僕も死ぬ気で頑張らないといけないなと思います
そうなってしまったら
ぜひ本当に頑張ってくださいありがとうございます
ありがとうございました
今週はですねパラトライアスロン日本代表で
一般社団法人チャレンジアクティブファンデーション代表理事の
木村潤平さんにお越しいただきました
次週はパラトライアスロン競技やトレーニングについて
お話を伺いたいと思っております
木村さん今日はありがとうございました
ありがとうございました
常田幸永がお送りしているビルドアップローカル
本日はここまでとなります
番組の感想は各媒体のコメント欄か
Xでハッシュタグビルドアップローカルを
カタカナでよろしくお願いいたします
そしていつも番組をお聞きくださっているリスナー様に
素敵なお知らせ
今月のゲスト木村潤平さんからプレゼントをいただきました
木村潤平さんのサイン式紙と
ワールドトライアスロンチャンピオンシップシリーズ
横浜大会のフィニッシャータオルのセットを
抽選で計3名様にプレゼントいたします
詳しくは渋サープンFM公式Xをご覧ください
皆様のご応募どしどしお待ちしております
お相手はビルドアップローカル
番組ナビゲーターの常田幸中でした
それではまた
20:58

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