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2026-01-26 1:27:39

epi196 たまちゃんの挑戦。7trailsグルランからKUSENBUを越えて阿蘇ボルケーノまで。

今回のエピソードは、たまちゃんこと玉田航希くんの、この半年の挑戦を振り返る回です。2025年5月に走り始め、7trailsのグループランニングに参加。最初はゼーゼーハーハー言いながらついてくるのがやっとでしたが、一度も休むことなく走り続ける中で、少しずつ走力を伸ばしていきました。


7月の南阿蘇カルデラトレイル18kmを皮切りに、9月の自主イベント「South Park 100」、10月のSAIOTO COLORS、12月の南阿蘇カルデラトレイル50kmと、次々に完走を積み重ねていったたまちゃん。そんな中で口にした「阿蘇ボルケーノに出たい」という一言が、大きな流れを生みます。エントリーに必要な50km完走記録を揃えるため、「足りないなら作ろう」と動き出したことが、KUSENBU QUEST 50開催のきっかけでした。


たまちゃんはKUSENBU QUEST 50を無事完走し、晴れて阿蘇ボルケーノトレイルへのエントリーを果たしました。走り始めたばかりの一人の挑戦が、仲間を巻き込み、レースを生み、その先の目標へとつながっていく。その過程を、たまちゃん本人の言葉とともに振り返ります。KUSENBU QUEST 50を締めくくるエピソードとして、ぜひお聴きください。


KUSENBU QUEST 50

https://7trails.fun/kusenbu-quest-50/


MC紹介:


石川博己(イシカワ) @rolleinar

九州のランニングメディア「7trails」主宰 @7trailsfun。福岡市でデザイン会社「F_d(エフ・ディ)」を営む。天然パーマがトレードマーク。


ゲスト:


玉田航希(たまちゃん) @adamat1984

1984年生まれ、宮城県出身。現在は福岡市在住。20代後半に北海道・札幌勤務時代はフットサルをしていたが、その後は運動から離れ体重が増加。41歳を迎え、このままではいけないと感じランニングを始める。ベアフットランニングに興味を持ったことがきっかけだったが、最初に買ったのはトレランシューズ。「せっかくならトレランを」と思い立ち、7trailsのグループランに参加する。以後休まず走り続け、トレイルレースを経験。50kmの完走記録を2本積み重ね、念願の阿蘇ボルケーノトレイルにエントリー。さあ、阿蘇ボルケーノを完走できるか?たまー。


収録 : 2026年1月24日


#トレイルランニング #KUSENBU_QUEST_50 #7trailsラジオ練 #7trails


このPodcastは、九州のランニングメディア「7trails(セブントレイルズ)」のメンバーが、日頃のランニングにまつわるローカルな話を配信しています。


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シーズン5 エピソード6

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サマリー

本エピソードでは、たまちゃんがグループランニングに参加し、成長していく様子が描かれています。特に、クセンブクエスト50大会のきっかけやトレランへの興味が生まれた背景が紹介され、たまちゃんの健康的なライフスタイルや家族の生活リズムについても触れられています。たまちゃんがグループランニングを始めてからの挑戦と成長が、初回の大堀公園でのランニングから阿蘇ボルケーノのレースを目指してトレーニングを続ける姿を通じて描かれています。 また、たまちゃんはトレイルランニングの挑戦について語り、油山や南麻生を含む様々なレースでの経験を共有します。サイオートカラーズとボルケーノに向けた意気込みやエントリー条件についても触れられています。このエピソードでは、たまちゃんの挑戦を通じて、グループランの重要性や南阿蘇ボルケーノレースの準備について語られ、特に50キロのレースに向けた心構えや様々な経験が共有されます。 さらに、たまちゃんは南阿蘇の過酷なレースに挑戦しながら、メンタルの重要性を実感しています。ボルケーノの大会を控え、自己肯定感の変化や困難を乗り越える力にも焦点が当てられています。最後に、たまちゃんが阿蘇ボルケーノでの挑戦に向けた心の準備や戦略を語り、自身の走力を活かしつつ、メンタルの重要性やレース攻略法についてのアドバイスを受けながら、今後の目標についても触れています。

たまちゃんの生活リズム
たまちゃんとかなんか早いじゃん。なんか飲んだり食ったりとかする時間が家。 なんでこう家の時間が早いの?
仕事柄?子供ボルケン? 子供生まれてからなんか生活リズムが結構早くなったのもあって、
自分もともとあんまり夜更かしできない人間だったので、朝は得意なんで、 それが加速した。
家族全員が朝方になってんの? そうっすね。9時前にはもうみんなで就寝してますからね。
夜の?じゃあもうテレビとか見ないの? テレビは見るものだけはもう取りためておいて、週末にまとめて見るみたいな感じで十分で。
リアタイで見ることはほぼないですね。 じゃあもうその9時に寝るってことはご飯はもう7時ぐらいに食べちゃうの?
7時ぐらいにはもう毎日、7時前にはもう食べてますね。 7時頃からもう暗くなる前に食べてるって感じ?
もうわかるうちからですね。 夏も冬もサイクル変わらないの?変わらないですね。
平日は6時ぐらいまで仕事なのがほとんどなんで、帰ってきてもう食べ終わってて、 残ってるっていうか、モクさんたちが食べてるの?
残ってるものを温かいうちに食べてみたいのが普通の平日。 めちゃめちゃ健康だよね。
どうしたら6時とか、買い物から帰ってくるぐらいの時間だったりするよね。 どうかしたら、家に寄ったら。
普通の家庭だったらそうかもしれないですね。 週末とかはもう4時ぐらいから飲み食い始めますんで。
本当?めちゃめちゃ健康やね。 多分今日もこの後、あれですよ。
もつ鍋するんで、焼酎を買いに行くんですけど肉屋に、 仕込み始めてもう4時ぐらいから食べ始める。
だいたい16時ぐらいまで時間あります?みたいなこと言う? 16時からもう家族の、家の時間なんだ。
じゃあ収録しましょうね。
グループランニングの挑戦
ポッドキャストセブントレーズラジオ連。 このポッドキャストは九州のラーニングメディアセブントレーズのメンバーが日々のラーニングにまつわるローカルな話をお届けしています。
こんにちは石川です。今日は1月24日土曜日ですね。 13時15分を回りました石川の事務所よりお届けしたいと思います。
本日のゲストです。本日のゲストは、ボンランナー中のボンランナー。
玉田浩樹さんです。 玉岸です。よろしくお願いします。
玉田浩樹さんって、何か他人行為に言ってるけど、玉ちゃん玉ちゃんって言って、僕らのランニングのグループの中ではもうね、昨年訪れたニューフェイスとして可愛がってるわけなんですけど、
今日ね、玉ちゃんがこうやって出てくれたのは、僕らが1月11日に行ったクセンブクエスト50の大会の元というかね、
何でこの大会やるの?みたいなところの根っこが玉ちゃんだったんで、玉ちゃんでもこの大会のエピソードで締めくくろうかなということで、今日はお呼びしました。
玉ちゃん。お揃いですね。 玉ちゃんね、このリスナーの人はちょいちょいあの番組で名前が出てくるんで、ご存知の方も多いかと思うんですけど、
まだランニング始めて1年ならない程度のほやほやランナーなんですけど、その玉ちゃんが僕らのコミュニティにグループランニングに来てくれて、そこからどこどこの大会出ますよとか、何の大会に出たいですとかいうのことをこの半年、どのくらいかな、6月くらいに来た?玉ちゃん。
5月の半ばくらいですかね。 半ばくらいに来てくれて、今に至るまでいろんな大会出ながら総力を上げてきたっていう玉ちゃんの歴史があるわけなんですけど、玉ちゃんがロングレースに出たいということで、ロングレース出るんだったら50キロの間奏記録2つぐらい持ってないと出られないんだよっていうところで、
一つ僕らが作ろうということで、クサイベントをやろうっていう話から全部クエスト50が生まれたっていうところなんで、その経緯と玉ちゃん、どんなランニングに至るまで歩んできたのかっていうことをちょっと聞きたいなと思います。
玉ちゃん今歳は? 歳は41ですね。
41、裏に役年じゃん。 違います、役年、今年が後役無。
あ、そうなの? 去年が本役。
トレランへの道
バカ八幡いた? いました。今年も行きました。
福岡といえばね、バカ八幡だよね。あれなんか入ったらあれでしょ、値段によってちょっと扱いが違うでしょ。
お土産というかが変わるんですけど、
お土産が変わるのか、そっかそっか。
2年連続で最弱のお土産になってると思いますけど、あんまり入れてないんで。
俺も一番安いのにしたいんだけど、そうすると出る時の扱いが違うなっていうか、席もなんか違うでしょ、前か後ろかみたいな。
そうですね、違いますし、渡される時も説明がなくあっさり。
もうなんか、やっぱお金次第なんだね。
地獄の沙汰も金次第って言うしね、地獄じゃねえけどさ、扱いはやっぱり金次第だね。
じゃあ後役? 後役ですね、今年。
玉ちゃん、ランニング初めてホヤホヤっていうところなんですけど、いつから走り出したの?
走り出したのが2025年の5月1日でした。
5月1日? 1年なってないんやけんね。
なってないですね。
5月1日で何をきっかけで走り出したの?
ほんと他の人が月並みですがっていうのと全く同じで、ちょうどゴールデンウィークじゃないですか。
もともと体重が年々増えてたところに輪をかけて、2025年のゴールデンウィーク4月下旬から食いまくってたら太ってきてしまったので、
そろそろ動かないとなーっていうことで、走るつもりはもともとなくて、歩くでいいやと思ってたんですよ。
ちょっと体動かさなあっていう程度でね。
でも玉ちゃん、後で知ったんだけどフットサルやってたって言ってたじゃない?
そうですね。福岡来る前は東京3年いたんですけど、そのさらに前の8年間北海道にいました。
北海道で会社で毎週やってる人たちがいて、そこに混ぜてもらって毎週フットサルっていうのはやってました。
体を動かすことは嫌いじゃなかった?
嫌いではないですね。
サッカーがちょうど僕らが学生の頃に日韓のワールドカップがあったりっていうのもあって、
サッカー自体は見るのとか、あとはゲームとかでするのが好きだったっていうところがあるんで、
そういう意味ではフットサルは割とすんなり始めた感じはあります。
その頃は太ってなかった?30代前半でしょ?20代後半ぐらい?下手したら。
そうですね。20代後半ですね。
太らんよね。そこまでね。どっちかというとまだ筋肉があるよね。太ってても。
元々はそんなに痩せ方じゃなかったんですけど、ちょうど結婚してその頃もちょっと太り始めてたんですけど、
結婚挙式あげるときの写真ぐらいは痩せたいねっていうので夫婦でダイエットをしてて、
何年?いつぐらい結婚したの?
27、8ぐらい。
まあまあ早いね。男性からすればね。
だったので、そのためにちょっと痩せててから北海道行ってって感じだったんで、
今よりもう少し絞れてたぐらいかもしれないですね。
北海道どこ行ったの?
札幌ですね。
札幌?
やっぱりでもどうなの?やっぱり雪国っていうイメージがあるんだけど、
夏はまあ夏で動けるだろうけど、あまりそういう運動とかしにくい環境?
そうですね。札幌は1年の半分ぐらいだいたい凍ってるというか雪はあるので、
運動はしざえですし、自転車もほとんど乗れる時間ないので、車必須って感じでした。
8年とまた関東にいて、福岡に来たと。
で、まあ41ですか?
41。
飲み食いして太ってきたと。
太ってきたんですね。
でも走るっていう、そこの起点はどこなん?
歩いてでもいいやって思って走るところになったのは?
なんかグルラの時とかにたまに話はしてたんですけど、
一応サラリーマンの端っくれとして結構ビジネス系のYouTubeとか動画とかを見漁ってたんですよね、それまで。
そしたらたまたま普段見てるビジネス系のチャンネルに歩くっていう本を書かれた方が出られてて、
で、その本の中身としては、その裸足、ベアフットが大事なんだみたいな話を中心に書かれてる本の紹介で出てて、
で、そのトゥーボックスですか?つま先の部分が広くて、裸足感覚で歩くってことがすごく重要なんだみたいなことが解かれてて、
見て、僕足幅広だしちょうどいいからベアフットシューズでも一足買って、
犬の散歩がてら歩くっていうことから始めようかって思ったんですけど、
靴調べてたらアルトラがかっこいいなって思い始めてしまって。
アルトラからやっぱりランニングに入るとかいう人も多いもんね、形からね。
そうですね、僕小学生の頃にスキーは親と一緒に年間それでも10回行かないぐらいでしたけど、地元が宮城県なのでスキーやってて、
サロモンは結構スキーの板とかそういうので有名だったので、サロモンは農林にあって、
名前は知ってると。
サロモンの靴が最近、最近というかちょっと前待ち沸きしておしゃれなおじさんたちがサロモンの靴履いてる。
でもなんかそこに今更乗っかるのもなぁと思った時に、
そのファッションは知ってたんだ。
アルトラの靴を結構待ち沸きするのもかっこいいかもなとかって思って、そんな感じで一足買っちゃったんですよね。
その時点でもアルトラは決して新しくはないんだけど、たまちゃんの世界の中にアルトラがなかったわけよね。
ベアフットゼロドロップで待ち沸きもできそうなちょっとかっこよさげな靴みたいな感じで、
今の去年ぐらいって言ったらアルトラでベアフットって言ったらオッセっていう感じやけどね。
そうなんですね。
たまちゃん的にはまだ新しいよね。
かなり先端売ってるぐらいの。
新鮮やったと。
でもアルトラを調べていったら、ロンピックを買ったんですけど、そもそもこれはトレーランシューズだよっていうのをむしろポチった後に、
エスカランテを買うべきだったよね。
気づいてしまって、じゃあこれは山を走る、歩くためのもんなんかっていうことを思ったんで、
じゃあもう買っちゃった以上はトレーランっていうやつをやってみるかっていうのがほんとただそれだけって感じでした。
なるほど。
最初ロンピック買うのってまあまあな値段で勇気いるでしょ。
あ、高っけって。
普通ナンエキとか見れば半分ぐらいの値段買えたりするわけじゃない。
それこそでもサロモンとかそこら辺の靴も同じぐらいの価格帯というか、あとは革靴とかと考えれば桁が違うっていうか。
まあね。
たのちゃん割と革靴綺麗なやつね。ピカピカのやつ履いてるもんね。いつもね。
なのでまあそんなにびっくりするぐらい高いなっていう印象はなくて、靴は割と高いもんだっていう擦り込みが。
なるほどなるほど。
それ分かるな。たのちゃんいい靴履いてるもんな。いつもな。
靴はなんかそんな安いもんじゃないっていうところは初めからあるのね。
だけどまあ2万ぐらいの靴でもまあいいんじゃねえのっていう感じ?
そうですね。奥さんからはちょっと睨み聞かされましたけど。
じゃあ最初に買った靴がもう意図せずトレランシューズだったと。
そうですね。そこで手にするのが違かったら本当に初めてなかったかもしれないぐらいです。
そうやね。これ山で履く靴なんや。じゃあちょっと山行ってみる?みたいな?
そうですね。
山行ったの?
山に行ってやっぱり登山とかも別にやってた人間じゃないので、そもそもトレランを始めようって思ったんですけど。
トレルランニング自体は知ってたの?そんな連中がいるみたいな。
いや知らないですね。アルトラを調べていく過程でトレランがちょっと出てきたからっていうぐらいでほとんどそれまではむしろ聞いたことないぐらいだったかもしれないですね。
じゃあトレランにちょっと存在して興味を持った?
興味を持ちましたけど、ただ山にいざ行こうって思っても始めた頃が5月じゃないですか。
ちょっともう暑かったじゃないですか。去年も。
虫がそもそも台の苦手なので、家で虫とかが出てこようもんなら家族中で大騒ぎみたいになっちゃうぐらいの家なので。
位置団結するね。
なので一人で虫が多そうな山に繰り出すのは躊躇してて、いつか行こうと思ってたんですけど、その前にまず走る習慣から作って、脳裏にはトレランがあるけど、まずは走りだそうみたいな形で。
そもそも走れねえしなっていうところですね。
グループランニングの始まり
そうですね。大堀公園も近いので、まずは走るかっていうぐらいでした。
5月1日にそうやって始めて大堀公園走り出したのは1週間以内ぐらいに走り出したの?
はい。靴が届いたのが4月の20何日ぐらいでしたんで。
最初何周ぐらいできたの?
2周がいいところだったと思います。片道大堀に向かうまで900mで。
帰ってくると往復で1.8ですね。最初のログが5.67だったので、やっぱり2周だったと思います。
2周したんだ。
ただそれもまともに2周じゃなくて、すぐ一番内側のレンガ調になってる歩行者ゾーンに逃げ込むように入ってって。
ちょっと息整えてまた出るみたいな。なるほどね。
そんなもんだよね。
当時というか、それ前仙台にいた頃とかもちょっと走ろうかって思って近所をくるって。
3キロでも前夜波だったので、ランニングってこんなもんだろうって思ってました。
本当にいわゆるジョグっていう感じだよね。
ちょっと体動かしてきました。温まってきました程度でね。
そこからどうやってもうちょっとマシに走れるようになってきたの?
なんかこれじゃいかんなみたいな。
そもそも一人で山行くの怖いですし、虫も嫌だしってなった時に、
まずトレランってコミュニティないのかなって探し始めたんですよね。平行して。
そしたら結構大堀公園を拠点にしているランニングチームがいくつか見つかって、
そこのどういう練習してるのかなってみたら、
言うても最低でも5キロを走ってるわけです。練習のデモ。
じゃあ結構ちゃんと走らなきゃいけないんだなって思いながらですけど、
自分一人のジョグでは全然距離伸びなくて、
グルランに初めて行くまでの最長も多分5キロぐらい頑張りだったと思います。
そういう感じを繰り返してた感じ?
そうですね。
1週間に毎日は走ってたの?
毎日は走ってないですね。
普通に翌日筋肉痛になりましたし。
そうですね。最初はね。
なので2,3日ぐらいじゃないですかね。
うちのグルランに来たのは何日?
ほんと20日ぐらいだった気がしますね。
5月の20日?
5月の20日。
最初の頃の出席何回目とか理事議につけたんです。
なるほど。
6月5日が3回目なんで、その前々週だから5月22ですね。
5月22が初回ですね。
5月22、記念すべきセブントレーズグルラン初参加の日。
トレーニングの進展
5月22までに至るまでにセブントレーズの存在はいつ知ったの?
多分10日前ぐらいだと思いますね。
ゴールデンウィーク開けて走り始めたはいいですけど、
仕事始めがゴールデンウィーク終わって始まって。
走り始めたけどこのままじゃなーって思いながら
昼休みとかの時間とかに調べてて、
ようやくトレランをやってる人たちが福岡にいるっていう感じで
ウェブサイトを見始めたぐらいですね。
うちのホームページ見たの?
見ましたし、あとはフェイスブックにも見つけたんで見て、
確か挨拶をしたのは多分10日前ぐらいだと思うんですよね、グルランに。
そうなんね。
何か挨拶したの?うちに。
しました。
ただ、いいねがつくぐらいで特段リアクションが。
行きますとか言ったの?
単純にこういうもんですっていうよろしくお願いしますぐらいの感じで。
セブントレーズのグループページみたいなやつ?
グループページかな。
セブントレーズRCのページ?
そうそうそう。RCのところに。
なるほどね。そこなんかいろいろみんな参加してくれてるけど放置状態のページね。
違いますよ。4月に見つけてたっぽいです。
本当?
挨拶だけは済ませててって感じですね。
なるほどね。
5月の22日にうちらのグループランニングに初参加したんですよ。わずか22日。
そうですね。
大堀公園5キロ走るのがひしの玉ちゃんが初参加して、なんとその時のコースが、あれはあたご神社だった?
はい。あたご神社でした。
あたご神社コースって今の僕らのグループランニングのコースでは一番最長コースなわけですよ。
大堀から往復15から17ぐらいあるやつのコースね。
よりによって大堀公園周回じゃなくてあたごコースだったんだね。
覚えてる覚えてる。
最初からえらいゼーハー言ってるやつがいるけど大丈夫かって言って。
みんな普通に喋ってるんだけどえらいゼーハーゼーハー言ってるけど頑張ってきてて。
聞いたらランニング始めて1ヶ月とか言ってて、え?とか言って。
でも来たもんね、ちゃんと最後までね。
そうですね。不思議と走れたっていうか。
なんか自分の最長距離ですとか言ってね。
それまで5キロですからね。
5キロの人がグループランニングで15キロ走らされてね。
みんな話しかけてくるからね。話さんといかんしね。
そうですね。ありがたかったんですけどね。
ありがたかったんですけど息も絶え絶えって感じですね。
本当なんかもうあの子来んやろうねとかみんなで言ってたんやけど。
いやもう来んやろうって。
そしたらなんとそこから今に至るまで玉ちゃん無欠席だからね。
最近ですね。どっかで中心になった時1週間ありましたけどそれ以外全部来てますね。
すごい。すごいよ。玉ちゃんの歴史はもうグループランニングの歴史とも言っていいぐらい。
いやーすごいよ。
そのね、しばらく15キロのコースだったやん。
そうなんですよ。
でもだんだん見る見るうちにやっぱり息が上がらなくなってしゃべりだして。
もう今ではだってあたご神社の坂はもう銭湯切って登っていくぐらいになってるから。
いやーこんなになんか進化するって思うけどずっとやったね。
そうですね。
でもやっぱ初回にこうラジオ連も聞き進めてちょうどその頃聞いてた時に
結構距離の話をモーリーさんとかとも含めてしてて。
そこで出てくる数字がとんでもないわけですよ。500だ600だとか。
それで考えると。
ちょうどあの頃はね、ボルケの前やろ?
ボルケの5ですね。
1日10マイル走るんだとか言ってワーワー言ってた時よね。
聞いてた頃はボルケの前だったんですね。収録されてたのが。
そうやってね、上がってる俺らの中に飛び込んできたわけやから5月近辺っていうのは。
なんかよくまた次にまた行こうと思ったね。
散々聞きかかったやろ?一発目は。
一発目は信じられないぐらいでしたけど。
そもそもトレイルランを掲げてる看板にしてるチームは今思ってもあんまないんですよね福岡に。
なのでここで食らいつかないと、まだこの頃山一回も行ってないんですから。
山行きたくて関わったのに、ここで行かなくなったらもう一生山に行けなくなるなっていう感じ。
南阿蘇カルデラへの挑戦
ここでケツ割るわけにはいかない。
っていう感じですね。
確かに福岡のコミュニティあるんだけど、そうやってオープンでウェルカムみたいな感じで分かりやすいのはなかなかないよね。
いろいろなチームとか仲間はいるんだけどね。
僕らみたいなグループランニングしますよって言ってやってるのはなかなかないもんね。
その当時は、その当時で今でもそうなんだけど、ストライドラボさんがやってるものとかパタゴニアさんがやってたりとかちょこちょこはあるんだけど
ショップがやってるっていう感じで。
最初から15キロはやっぱりきつかっただろうなぁと思ってさ。
きつかったですけど、あ、いけるんだと思ってですね。
今まで最初は15キロでようやっとだったのが、一回越えちゃえばそれ以降は同じ距離までは徐々に強度というか感じる負担が、負荷が減っていくじゃないですか日に日に。
まあ一回できとるけどね。
でも奥さん大丈夫かなと思ったじゃないの。なかなか帰ってこないなって。
そうですね。でも最初から太ってきてることについては、なんていうか、けげんな顔をしていたので。
その意味では。
確かに最初でかかったタンじゃん。今もうシュッとなってるけど。
そういう意味では、まあまあ頑張ればみたいな。
どのぐらいで楽になってきた?ちょっと。
楽には。
でも今は全然さ、全然今は楽でしょ。
そうですね。あのぐらいの距離は大丈夫ですけど。
でもやっぱ2,3ヶ月は、ちょうどその5月に始めてからずっと毎月200は絶対に走ってたんで。
すごいすごい。でも壊れんかったね。
そうですね。
だいたいみんななんかさ、やっぱ最初の1,2ヶ月はさ、楽しみも含めてやりすぎて壊れちゃうんだけど、どうもなかった?
そうですね。あのちょっと練習で西公園のあの坂を、下りをめちゃくちゃダッシュしてしまって、少し足首に違和感を2週間ぐらいみたいなのはありましたけど、全然動かれないみたいな怪我は一回もないですね。
すごいね。故障しなかったのもよかったね。
そうですね。
で、南公園を最初にやりだしたのっていつぐらい?
やっぱ5回ぐらいずっと、ずっとあたこだったんですよね。
距離長ぇなぁと思ったやろ。こんなにグループランニングって走らんといかんの?みたいなさ。
もう出席6回目まであたこ神社だったんで、7回目にようやく南公園になった。
南公園になった。
7回目が大堀でした。大堀ぐるぐる10キロで、8回目の7月10日にようやく南公園。
暑い時期から始めるもんね、南公園はね。
南公園どうやった?最初。
南公園もキツかったですよね。
南公園なんて、俺らでもやっぱり5周走るのキツいんだからさ、ランニング始めて半年待たな人が南公園5周なんて、普通だったら歩くのになって思って。
いやでも歩かんけん、すごいと思ってたのじゃん。
でも全然遅いですね、やっぱり。
いやいや、今は早いよ。俺追いつかんもん、今。
最近行ってないんで、全然だと思いますけど。
いやーすごいわー、こんなに速くなるんやと思って。
友野さんといつも言おったけど、今玉城勝てんねって言って。
でもやっぱり距離短ければ瞬発力でなんとかですけど、今思うとやっぱ長い距離は世界が違いますけどね。
そんな玉ちゃんが初めてのレースは?
は南阿蘇カルデラの18キロですね。
あれは何月?
あれはそれこそ7月の頭ぐらいじゃないですかね。
もうでも2ヶ月でレースってすごいよ。
緊張しましたけどね、かなり。
すごい早いよ。レースなんて、トレーラーのレース。
最初にその靴買ったからトレールランニングを意識したんやけど、普通はマラソン1,2回出てトレールランニングやるとかさ、
ハイキングをずっとやっててトレーラーに行くとかさ、
そういう助走期間っていうのがあるけど、わずか2ヶ月で18キロの南阿蘇カルデラ。
結構舐めてたんですよね、距離だけで行った時に。
確かですけど、そのグルランに混ざる時にはもうエントリーしてたんですよ。
グルランに入る前に、そもそも6月の頭に油山で練習会があるっていうので、そこにもエントリー申し込むからしていて、
同時にカルデラもエントリーが終わってて、
グルランでその15キロ走ったじゃないですか。
トレールまだ行ってないけど、15キロ走れたから、
南阿蘇の18キロも余裕やろって思っちゃったんですよ。山の感覚がないんで。
だから怖いもの知らずというか、全く能天気にエントリーしてましたね。
どうやった?
めっちゃきつかったんですよ。熱かったんですよ。
たまたまEEOさんが同じ距離で出走してたんで、
どんだけきついかっていうのは想像も全くついてなくて、エントリー時点では。
ただその1ヶ月前にもともとグルランに入る前に申し込んでた油山の練習会に行って、
山ヤバいと。この距離の倍ぐらいかって思ってヤバいなぁとか思いながらも、
まだこの頃はいけるっしょって思ってたんですよ。
何キロだったっけ?
油山での挑戦
油山は西側の林道も含めて荒平の方から登って梅林に降りてくるみたいなコースだったんですけど、
あれはトータルでは15キロぐらいなんですけど、手前にその登り降りの練習だとか、
あとは林道も走ってるんで、そんなにガッツリ登るっていう感じではなかったんですよ。
だから感覚的にはその強度の倍ぐらいだっていうイメージをしてたんで、
うわーとか思いながらも、その頃ってグルランに行くたんび皆さんに、
ヤタマ、タマちゃんすげーよって言われてたんで、勝手に自己肯定感が幕上がりしてたんで。
まあ確かにその成長ぶりがすごかったから、ヤタマちゃんすごいよって、
南麻生、いいところ行くんじゃね?とか言ってね。
ただ、結局時間の感覚とかは全くなくて、間奏だけできればいいやって思ってたんですよ。
ただイオさんに、どれぐらいで走るつもりなの?みたいなことをパッと言われて、
全く考えなかったんで、いやー4時間切れればいいかなって思ってますけどとか言ったら、
いやー3時間ぐらい行けるでしょ?みたいな。
じゃあイオさんどんぐらいなんですか?って、いやー2時間行ければいいかなと思ってて。
時間の感覚がバグるよね。
分からんよね。やっぱね、どのぐらいのペースに自分が落ちるのかも分かんないし、
山登るのって全然分からんよね、何キロでどのぐらい進むのか。
だからまあ、そうなのかな?とか思いながら、まあでもいいっす4時間切れればぐらいで、
初めてそこで目安ができたぐらいで始めたんですけど。
まあ何時間かかろうが興味ないんだよね、今はですね。
とにかく暑いですし、家族も連れて行ってて、ゴール付近に小さいテント張って、
待たせてたんですよ。
なんかそんな感じで、無事に乾燥さえできればいいやぐらいに思ってたんですけど、きつかったですよね。
きつかった。
まあレースになるとね、頑張っちゃうからね、やっぱね。
最初の登りはきつかったです。
どのぐらいかかったの?
結果は3時間22秒。
早かったやん、めちゃめちゃ早いじゃん。
ただそれは結構悔しくて、悔しくてというのは時間の間隔あんまりなくてやってて、
トレイル、その時も時計も安物のGPSウォッチを使ってたんで、
よく分かんないまま走ってたら、一応時計だけは18キロに近づいてきてる。
ちょうどコマ返しの前ぐらい。
サイオートカラーズへの道
あれ、いけるんじゃね?って思ったのが遅かったんで、
いおさんの言う通り3時間切るの頑張ればいけたなっていうところがあるんで、ちょっと悔しかったですね。
まあでも全然早いと思うよ。
たった2ヶ月ぐらいしかまだ走ってないのに、ちゃんと18キロ乾燥して、
そこそこのタイムで来て、そのタマちゃんが18キロの後に、次のレースは?
18キロの後なんだった?
そのサイオートカラーズの前に出た?
いや、ちゃんとしたレースはその次がサイオートですね。
サイオートだよね。サイオートが11月?
そう、11月の頭ですね。
11月の頭。あれが何キロ?
あれが31キロです。
31キロでしょ?
まあまあね、順当に距離を伸ばして、11月だから、5月、6、7、8、9、10、11、ちょうど半年。
いやー、順当に来てるじゃね?
その前にあれです、サーパーですね。
あ、サースパーク100か。それがあるのか。
なんで、サーパーが結構、なんて言うんでしょうね、自分的にも取れらんの厳しさ中かですね、こういうものなのかみたいなのを少し感じるきっかけでしたね。
9月の初旬だよね、一桁の日だったんだけど、暑い中南公園をぐるぐる回って100キロ走ると。
その頃はずっと南公園連ばかりやってたから、5週は走るぐらいのは毎週のようにやっててね。
慣れ親しんでるホームではあるけど、それを15時間から20時間ぐらいかけて100キロ走るっていうのをね。
100キロっていう距離自体も初だしね。
そうです。
そんなランニング始めて半年もならない人が踏めるような距離じゃ普通ないからね、100キロってね。
でもやったね。
ほぼ歩いてましたけどね。
やっぱりさ、あれって走るっていうよりは100キロやり遂げるメンタルだと思うんだよね。
諦めないっていう実績作り、自分の。
あの頃まではやっぱりみんなにタマちゃんタマちゃん言われてたから、根拠なくいけるだろうっていうか、頑張りゃいけんだろうぐらいの感じに思ってましたけど。
俺らみんなタマは止めないだろうって言ってたよ。
そうなんですか。
トモさんと。
あれはよっぽど足張り上がらん限りは止めんじゃね?って言って。
言ったけど、やっぱね、タマちゃん止めるイメージないなっていうのはあったね。
でもマジで止めたくなるぐらい足、足もげそうなぐらい痛かったですから、あの時。
痛いきついはやっぱ当たり前やからね。
ですよね。だからその後にちゃんとしたレースでも同じようにきつさはくるんで。
でもあの時に距離踏むってやばいっていうか、体はこうやって限界を迎えるのかっていうのは思いましたね。
でも動いてるから限界じゃないんだよそれ。
でも最後もう降りれなくなっちゃったんで。
なんかそうやったね。
最後の、あれどんぐらいの最後の。
歩いても降りれないわけでしょ?
歩いてこう足がプランって浮くのが怖くてですね。
上だけ歩いていいですか?って言い出してね。
あれも面白かったねんけどさ、そこまで来たと思って。
びっくりしました。
当然よ。だって初めて数ヶ月の人間が100キロ動き続けるってさ。
普通は半年後のフルマラソンに向けて完走したいぐらいで、マラソンを練習して積み上げていくぐらいの感じなのにまだね、数ヶ月、3,4ヶ月ぐらいで100キロ踏もうとしてるんだからさ。
でもやり遂げたね。
おかげさまでというか、もう2週置きに休みましたからね。
だからその長い距離で自分がどうなるかっていうのをね、分かるための意味もあるって言ったけど、やっぱりね、分かったね。
こんなになるんやって。
逆に他の方々の凄さも同時に分かったんで。
当時はそれこそ熊川をもう睨んでた岩尾さんとかが、確か20キロだか何キロ置きにしか休まないって決めてやってるとかっていうのをスライドしながら聞いて、え、マジっすか?とか。
僕なんて2週置きに行ってますけど。
岩尾くん凄かったね。
凄かったっすね。
全然見なかったですもん。ベースでほぼ見かけなかったんで。
凄かった。
そういうマイルールでやるんだとかですね。
あともっちいさんも、僕が始めたのもせいぜい早かったですけど、さらに9時間前くらいから始めた。
もっちいは100マイルだっけね。
100マイルで昼間の一番暑い時から始めたもんね、もっちいね。
ラジオ連なりグルランなりでこの人たち良い意味で行かれてる人たちだって分かってましたけど、実際に同じイベントで時間共にしたことで、よりこの人たち頭おかしい感じになりました。
人間ここまで行けるんやと。まだまだ俺ら雨やなと。
思いましたね。自信にもなったんですけど、凄さがギャップが広がったなという感じがありますね。
ランニング始めて数ヶ月で見る世界じゃないよね。
その玉ちゃんが今度はサイオートカラーズですよ。
そうですね。この頃ですよね、おそらくぼやき始めて。
ロングレースやりたいなみたいなことがね。
ボルケーノが結構キラキラして見えてたんですよね、100キロ超のレースで。
立った時に、50キロ2本必要なんだみたいな思ってて。
グルランで話しても、あれ別に1本で大丈夫じゃないとか、記録持ってる人たちからすると、別の本数とかってあんまり気にしてなくて、出ようと思えば出られるっていう状態でした。
どんな大会でも出ようと思ったら出られるから、そのエントリー資格なんて気にしたことがないのよね。
だから違うんですって、2本必要なんですって、そうなんだみたいな。
その頃だと大会言われたんですけど、その時点ではまだ速い強度的にみたいな。
エントリーが締め切られてるとかそういうのがあって、どんどん迫ってきてたんですよね。
50キロ出ようと思っても、50キロ出るのにも30キロ超の記録が必要だ。
そうなんよね、それすらも俺ら感覚がなくてさ。
えーって思って、気づいた頃には30キロ超のレースがなくなってるんですよね。
九州もないしね、ないよね。
やばいやばいって思って家族に相談して、広島にあるから旅行がてらいかないかっていうので、無理クリエントリーして。
じゃあみんなで行ったのね。
そうです。
なるほど、それをエントリー完走しないと南麻生に出れない。
出れないです。
そこが不責があったのか、なるほどね。
だから西予都も完走しないといけないんだよ。
そうです。
どうだった、西予都。
西予都もきつかったんですよね。
きつそうだね、あれね。だって広島きついもんだって、パンチがある山が多いけん。
その前情報とかあんまりなくて、そのウェブサイト上のコースマップと工程図。
これは悪い意味ではなく単純に僕が勘違いしてって話なんですけど、その工程図が25キロなんですけど、横型のPDF上で結構引き伸ばされてる工程図なんですよ。
なので、おっきいのひと山越えたらあともう下り基調で、ただフラットで進むだけかなぐらいの感じに思ってたら、本当当日の当日にGPSウォッチで見る工程図だとギュッとなるじゃないですか。
ギュッてね。
様子が違うと。明らかに山が4つあると。
なるほどね。
なので、自分がもともと舐めてて、最初の1本の高い山を越えればOKで、スペック的には油山のピストンってそんな変わらないから、この山越えたら余裕なんだろうって思ってたら、全然勘違いもいいところでびっくりしましたね。
まあね、ドリラン系は工程図に現れない起伏っていうのはあるよね。
相当きつかったですし。
まあでも気づいたやっぱり30何キロって。山走るの。
足の置き場がない斜面みたいなのが、後から石川さんに聞いたら広島ってそういうの多いんだよって言われて、
初めて出会う感じ。
あんまりだって山行かんもんね、ダムちゃんね。
イーモリちょろっと行くぐらいでしょ。あと油山か。
油山はしょっちゅうその頃とかは行けるようになってたんですけど、でも足の踏み間がない登りとかないじゃないですか。絶対あるじゃないですか。ゴツゴツしてて登る。
でも広島のは何もない。真っ平のまま真っ平というか、ただの斜面なんですよね。
ああいうの、くたびれた時に木に寄りかかって休むしかないもんね。
立ち止まっててもふくらはぎが張っちゃって疲れちゃうみたいな感じ。
水噛みとか出たらそんなコースがあるけどね。
そうなんですか。
木に寄りかかって休んでる中、ガンガン抜かれたりして、かなりきつかったですね。
ボルケーノの目標
でもそれも見事乾燥して、南谷、カルデラと。
その前にエントリーだけしてた甲子野里が11月末にあったんで、佐賀の甲子野里の25キロ。
あれはなんか楽しそうだったね。
あれはあれできつくて、半分以上というかロード比率がめちゃくちゃ高くて、それもあんまり知らないで、
1周目にかっ飛ばしたら足が終わって、みたいなのをしてしまったんで、楽しかったですけどきつかったですね。
全レースきついんですよね。違ったタイプのきつさに見舞われるというか。
どのレースもやっぱりきついよ、ちゃんと走ったらね。
そうですね。
たまちゃんが具体的にボルケーノに出たいって言い出したのっていつぐらい?
たぶんサウパーの頃にはぼんやりと、2026年には1年。
1年経ったら100キロ超のレースには出たいなっていうのをずっと思ってて。
早いと思うけど。
でもやっぱりラジオ連聞いたりとか、他のポッドキャストとか聞いてても、やっぱり話題になってるのはロングレース。
タマちゃんの挑戦開始
それの過酷さとか、でも楽しいだとか、そういう話が入ってくる量が多かったんで。
ぼんやり憧れがあって、1年ぐらいやっとけできるかなぐらいに、当時それこそ舐めてて思ってるわけですよね。
それが九州で言えばね、アソボルケーノを取れると。
あとはロングで言えば熊川リバイバルというところなんで。
タマちゃんがその時に、来年やるんだったら一番早いのはアソボルケーノかというところで言えば、
エントリーが12月から1月ぐらいであるから、それまでにエントリー資格の50キロを2本取らないといけないというところが現実に見えてからね。
の50キロの1本取るのが一番早くて、南アソかと。
でもその前に30キロ超走っておかないといけないから慌てて西予都やって、なんとか南アソもエントリーできて50キロに挑むわけか。
で、あと1本足りないと。
そうですね。西予都にエントリーする前ぐらいに、たぶんぼやいてたんです、グルーラーの時に。
そしたらなんかぼんやりと、じゃあやろっかーっていうことだけは結構初期に言ってくださってて。
じゃあ俺らが50キロもう1本作らないと、そのボルケノンのエントリーに間に合わないなと。
たぶん他の関東とか関西とかに行けばいいけどなって言うけど、まあなかなか難しいからね。
休暇取ってっていうのは難しいのでということで。
だったらIDRAのポイントにつけばいいんだったら、ホームページはもうFacebookでいいらしいから、
俺ら12とか15人ぐらいでやったらどう?みたいなことをなんかちらちら言うたよね。
そうですね。
言うた言うた。だって最初のコース下見に行ったのが9月ぐらいだったから、森達と。
だからもうその時点では草レースでやろうっていう話はもうやってたんだよ。
だからまあとりあえずタマちゃん、南亜蘇は1本確実に取れよと。
あとはもうどうにか俺らが1本作ってやるからと言ってたんだよね。
まあマジかと思ってですね。
なんだ、発端がそこよ。クセンブクエスト50の発端がプラスの。
そこもなんかあんまりやっぱり始めてから間もないのもあるんで、
そのことの重大さというかとか全く分からずに石川さんがやってくるらしいみたいな。
家族にも話して、あ、そうなの?みたいな。
いやー俺もちょっと軽い気持ちで、タマちゃん50キロ持ってないし、他にも50キロ持ってない奴おるんじゃない?何人かとか言ってね。
声かけたら10人、15人ぐらいでやったらどう?みたいなさ、話だったんだよね。だいたいね。
それがっていう感じで、結果的にはこうなっちゃったんだけど。
50キロレースへの挑戦
いやー本当俺も堂々だったな。9月ぐらいから下見して、中川さんに相談して、巨人化取って。
巨人化取るのも大会のやっぱり2、3ヶ月前からやらないと間に合わないとか言われて、
え、じゃあ今やって最短いつ開催できるって言って、みんなの予定合わせて1月11日だったんだよね。
本当は12月ぐらいにやりたかったんだけど、もう全然その巨人化を取って開催までっていう逆算でもう間に合わなかったんだよね。
最短にしたとしても12月初めぐらいトントン拍子に行って正式に受立されるっていうか発行されるのがそこぐらい。
なのでフライング気味にやればもっと早くやりたいんやけど、もし取れなかった時にみなさんごめんなさいとか言えないから、
余裕見て1月11日。でも1月11日って決めた後に今度は色々と天候とかを調べると、
例年でえらい寒いとか寒波が来てなんか積雪がある時期もあったとかさ、5年分ぐらいの過去の気象情報っていうか記録を見て案外やばいかもみたいなことが分かりだして、
中川さんからもね、凍結したことありますみたいなこと言われて。だんだん色んな問題じゃないけど課題とかがどんどん出て、俺もトレイル走ってるような気分だったね。
登っては下ってみたいなね。
でもそのね、南麻生も何とか完走できて、どうだった?初50km。
毎回本当にレース出るたんびに苦労してるんですよ勝手に。
でもその当日は雨から雨予報で朝が。ただ例年にないぐらい謎にその日だけその週末だけ暖かいっていう変な天気だったんです。
去年だって雪降ってたもんね。
だから12月の20日とかなのに日中は17度とかになるっていう謎の天気だったので不安もあったんですけど、やっぱ斜面が結構濡れてたりとかで結構苦労することもありましたし。
ドロドロになるからね朝はね。
結構暖かくなったのもあって、あんまりこう寒くて走りやすいみたいなの本当に朝一ぐらいで日が上がってから結構暑くなってとかっていうのもあったんで。
50kmの距離どうだった?
予想はしてて、30kmのミドルのコースを走った後に最後におまけにショートのコースを一周走るみたいな順番のコースなんで、その最後の周回が嫌だろうなって思っていて。
で前回ショート出た時もその後半の下りが激下りがすごく苦手だったから、最後にこれだからもう辛いに決まってるって思ってたんで。
その予想がもうまんまと的中して辛かったっていう感じなんで。
やっぱ距離が伸びるとそれに比例するというかむしろ二次曲線的に辛さが増してるなっていう感じは経験したので。
いやー辛かったですね。
タマちゃん普通にグルラン走ってる時とか本当に強くて、なんかアタコ神社とかの坂とかももう全く追いつけないんだけど。
でまあ南公園走って5周走っててもう全然なんかもう俺追いつけなくなってるんだけど。
そのタマちゃんでもロングでねあそこまで潰れるっていうかそこまで速くねえんだと思って。
潰れてますよ。たぶんあの本当サウパと同じような状態というか。
でその50キロの時に初の試みでやったことがあって。
その甲子園里の佐賀の時に清原さんが出られてて。
甲子園里でもう2周目下りも全部足の筋肉全部釣りましたって話したらマグネシウムローションがいいよって言われて。
あっそうなのかと思って安いやつなんですけど買ったんですよ。
でそれを初めてその南アスで使ってみようっていう風に思ってて試したんですよ。
でそしたらあの見事に釣らないんですよ。
釣らないってなってただ釣らないだけで普通に疲労の蓄積はしてるんで。
なるほどね。
釣らないから走れちゃってたんですけど急に限界超えてまたサウパの時の足みたいな感じになっちゃって。
下りがもう痛くて足が置けないんだ。
やっぱり長い距離になると下りがもう持たなくなるんだ。
その長さがもう30キロぐらいが出るの?
30キロぐらいですね。
30キロで出てたら話にならんぞ。
そうなんですよだからもうぴっかり30キロ。
南アスのカルダラで行くと最後の江戸というか関門が厳しいって言われてる江戸のところでちょうど30キロなんですけど。
バタッと来るんだじゃあそこで。
あもう無理かもって。
ここからまた一周あの小島、あの謎の登りをずっと?とかって思ったら結構めまいそうになって。
マジでやめようかなってやめたいって思ったの初めてぐらい。
まあこれ越えないと苦戦分。
やめられんよそれは。
やってくれるってなってるしなーっていうこれまずいなー。
足折れん限りは絶対やめられんよ。
でもこうでも吊らない不思議な状態で。
だから吊るっていうのも必要ななんていうかこう制御というか体の反応として。
そうかもしれんね。
まあいろいろ経験はできたんですけどきつかったはきつかったですね。
苦戦分の準備と経験
まあでも完走おめでとう。
ありがとうございます。
で一本取れたと。
でそこから12月20日だからもう約20日後には苦戦分ですよ。
もう全力で回復してとにかく苦戦分も完走しなきゃいけないと。
いよいよ苦戦分どうですか。
振り返りましょうか。
いやー苦戦分は。
転校による事前準備なんか考えた?
やっぱりその何でしょうウェアリングというか何着てこうかなっていうのは考えましたよね。
だって初の極寒トレイルになるわけじゃない?
もともとはその南麻生と同じぐらいの感じかなーって思ってたんですけど
それだとまずいんだろうなっていうのは2週間前ぐらいからずっと天気変わらなかったんで。
2週間ずっと見てても変わらないから
これはちょっとやばいのかもなーって思いました。
もうちょっと寒そうだなーとね。
あとはその思想にクリスマス後ぐらいになっちゃんと行った時に
その時もちょっと雪がまった後だったんで
そこは結構参考になって
結構ベシャベシャになるねと
足が冷えたらたまらんねっていうのがあったんで
よかったねあれね。
ゲーター付けた方がいいかもっていう話をしてたんで
謎に形から入るからもう8月ぐらいにはもうゲーターを買ってたんです謎に。
使いもしないのに。
結構いろいろ変えたね。
いよいよ使う時が来たって思ったんで
ゲーターは使おうかなーとかっていう
そういう準備はしたっすね。
なるほどね。
1週目2週目3週目4週目
どんどんやっぱサーフェス変わったやろ?
全然毎週本当に違いましたね。
1週目はねふかふかのスノートレール
気持ちよかったやろ?
気持ちよかったっすけど
寒かったけど
寒さはやっぱり
寒かった?
寒かったですね。
ガンガン降りやったっけねスタートからね。
なんであの最後のその
なんでしたっけ
あのもう林道
一瞬の林道というか道路挟んで最後のクセンブの山頂まで行くところのトレイルがあるじゃないですか
あそこに踏み入れてからが全然それまでと別世界なんですよ。
雪が多いということ?
雪というか気温が
そこ境に3度ぐらい違うというか
風が舞うの?
風も強くなるんで
逆にそれの手前の
ちょっと名前忘れちゃったっすけど
のところはむしろ途中で暑くなって脱いでもいいかなって思えるぐらいなんですよ
ただそこの最後の山頂までのトレイルに踏み入れた瞬間に
冷えがくるんで
早速また来てっていう
あそこがかなりきつかった
そこはもう1周目からきつくて
で風もたまたまこう防風林がなくなるゾーンが
とかはもう真横に吹いてる感じがあって
かなり寒かったですね
1周目2周目3周目4周目のなんか疲労度ってどうですか
どうでした
もともとプランで4周をどういうタイムで行こうかってプランをしていて
今回3周目から濱田さんがペーサーについてくれるっていうことになってたんで
1周目2時間
2周目2時間15分
3周目2時間半でっていう感じで
15分ずつ伸びていくっていう計画を立てたんですよ
1周目ほんとジャスト2時間というか1時間50何分で帰ってきて
エイドワークというかエイドとか含めて2時間ちょっとでまた出て行った
1周目はプラン通り
で2周目の上りはまだ大丈夫だったんですけど
下りの時に結構踏み固められていて
苦手意識があって絶対滑るだろうなって思ってるところが
案の定滑りやすい雰囲気というか
なってて走りづらい
下りが下手なんで変に踏ん張って前ももを使い始めたりとかして
それでプラン狂ったかなと思ったんですけど
2周目までは意外と時間通りというか
2周目も2時間10分とかで帰ってこれてるんで
疲労度もそこまでない
25キロ
でやっぱりその前の南アストでも現れて30キロの壁
壁があるんだよね
3周目の上りの階段を越えたぐらいから
これやばいかもな
ちょっとしんどいなと
階段越えるのがちょうどグリーンピアの上に上がって
さらにまたトレイルに入るまでのところなんだよね
長い階段があるんだよね
ローション持ってきてたんですけど
南アストでのちょっと怖さがあったんで
塗ってなかったんですよ
レースの挑戦とメンタル
だけどこれはちょっと塗んないとするかもと
そろそろという感じで思ってたんで
やっぱそのぐらいがピークで
浜田さんに甘えて
ゆっくりお願いしますって言いながら進んだ感じですね
浜田さん3周目から入ってくれたの?
2周目の終盤ぐらいのロードのあたりで待っててくれて
2周目の帰り
本部に帰るところぐらいから一周やってくれて
本部の手前の上りがちょっといやらしいじゃないですか
そこがね
もう走れんよね
歩くのも長いしね
意外と長いですよ
2周目はやっぱりもともと話してて
3周目出るのが一番辛いよね
なんていう話をしてたのもあって
やっぱり案の定一番きつくて
ラスト1周はどんな時でもパワー出るけど
なんとかやるけど
3周目はもう辞め時っていうかさ
メンタルがね
辞めるんだったらもうここっていう
なんかもう悪魔の囁きがずっと頭の中に来るからね
結果的には4周回れたけど
ペーサーの役割ってどうだった?
ペーサーはマジで助かりますね
もうあるのとないのじゃ全然
ロングレースじゃないとペーサーなんて普通つかないじゃない
なのと
なんだかんだ南アストにしても何にしても
基本的にはそんな知ってる人っていない状態で走ることが多いので
基本一人なんですよねやっぱり
って考えると
ループなのもあって
スライドする時に知ってる人がいるっていうだけでも違いますし
そこにさらにペーサーもいてってなると相当勇気づけられるというか
全然違うと思いますね
あれ多分あの天候で一人でだったら
相当不義だとかもしれないけど辞めててもおかしくない
4周目できなかったと思いますね
すごい感想率だからほぼほぼもう辞めてないから
みんなね
ほんとなんかみんなすごいなって思うのと
やっぱペーサーによる力って大きいんじゃなかったのかなっていう
体とか足とかもあるんでしょうけど
やっぱりなんだかんだメンタルが半分以上占めてんだろうなっていうのは感じましたね
取れるだけじゃなくてやっぱり人間ってメンタルなんだなって思うけど
病気からとかそういう言葉ってあるんですけど
本当だなって思いますね
メンタルだと思う
気持ちがやっぱ体を動かすなって思うね
もちろん病気とかまたちょっと別の話やけど
やっぱり気持ちだなって思うね
その気持ちをどこから持ってくるか支えるかなんだけどね
やっぱり人が一緒に走ってくれるっていうのは一番のやっぱり気持ちの持っていけ方というか
濱田さんとかもすごいポジティブな声掛けめっちゃしてくれるんですよ
濱田いけるよーって
走れてる走れてるってめっちゃ遅いんですよ
めっちゃ遅くてゆっくりなのに走れてる走れてるっていう声掛けしてくれるんで
そうね
あとは前行ってくださって
僕が下り苦手なの分かってるんで
ここ滑るよとかここ滑りやすいよとかっていう
むしろもうナビしてくれてるみたいな感じだったんですよね
だからそれもめっちゃ助かったというか
やっぱありがたかったですね
やっぱそういう声嬉しいよな
そういう時はやっぱ力になるよね
内心では絶対に走れてないけどねっていう心のアンサーもしてるんですけど
でも一人だったらそのネガティブなことしかないから
相殺されずにマイナスマイナスマイナスって積み重なってっちゃうところ
ポジティブでちゃんと相殺してくれてるんで
なるべくニュートラルな感じに保てるっていうだけでも全然違うと思いますね
結構ペイさんも選手を励めしながら走ってること自体も楽しいからね
そうなんですね
楽しい楽しい
やっぱ自分の力でこの人は前に進めてるんじゃないかって思うやん
それはやりがいにもなるし
この人のためになってるんだなっていうのは嬉しいと思うんだよね
やっぱり感想させてあげたいとめちゃめちゃ強く思ってるしね
どんな局面でもどうにかプラスにプラスに気持ちを持っていこうっていう風にするよね
助かりました本当に
特に今回はああいう雪だからああいう環境下だから
お互いの存在っていうのをより普通よりも強く感じたんじゃないかなっていう気がするの
なんで雪なのって俺思ったけど逆に恵まれたのかなってね
改めて思うと思ったの
苦戦分に俺嫌われてるんじゃないかなと思ったけど
逆に俺らは愛されてんじゃねえかなって
そういう見方もできますよね
象徴的な感じになりましたよね
なった
こういう環境下の中でもみんなの思いを強く逆に出させてくれるっていうかさ
それでいてちゃんと開催できてちゃんと終われたから
千歩の山はあれと歓迎してくれたんじゃないかなっていう
今になって思うとね
すごく強い記憶として残ってね
完走できた側からしてもあの過酷な環境で走れたっていう自信にもなってると思うんで
ボルケーノへの決意
普通の50キロよりやっぱり過酷やったと思うよ相当
そういう意味ではいろんな環境での経験っていう中では
いろいろなものを同時に味わうことができたっていう感じはしますよね
総力は今からもちろん上がっていくから
ボルケーノまで上がっていくから
そういうところも強くなっていくんやけど
やっぱりメンタルで一回ああいうあれをクリアしたとか
あの時に俺はやめなかったとかいうのって
本当これはねやらないともうそういう気持ちにはならないじゃない
総力はやれば上がるんだからね
もうなんか体験っていうのは何かまた次のきついなって思った時に
絶対それはね支えになると思うけどね
いやいやあの時荒れたんだからってね
じゃあ晴れてボルゲーノの参加資格を得てボルゲーノにエントリーと
したねー
しましたね
次のステップと不安
いよいよボルゲーノだねー玉ちゃんねー
最短じゃない?だって1年で100キロのレースだよ
エントリー資格まで取って
ちょうどほんと1年の集大成的な感じのタイミングになるんですよね
5月に始めてるんで1年経ってその翌週ぐらいだと思うんで
100キロのトレールランニングレース出場だからね
圧倒的に早い俺より
いやでもほんとこう始めたばっかりの
そのみんなからこう玉ちゃんって呼ばれてた時の
自己肯定感みたいなのは徐々に減ってってるんですよ
結構現実が西予都もそう
甲子の里もそう南麻の五重もそうっていうので
毎回なんか新しい課題っていうか
自分限界かも限界かもっていう風に感じるところが出てくるんで
もうレース出て感想はして嬉しいんですけど
それと同じぐらい自信がなくなってるっていうのが続いてますね
自信を持つこと自体はおこがましいけどね
半年くらいは自信の積み方にしかなかったんですけど
俺できんじゃんできんじゃんだったんですけど
俺はやっぱダメだっていう
俺とトモさんが言ったけど
こいつ根拠のない自信があるよなって
そこがポジティブ思考なのがいいことだと思うんだけどね
どんどん最近は自信がなくなってきてる
エントリーはしましたけどめっちゃ怖いですね
でも多分ちゃんまだ途中で辞めてないっていうのが
これ最大の財産だよ
そうなんですかね
やっぱり辞めたらね
俺もう辞めんけど多分辞めたらね
辞め癖がつく
しょうがねえっていうところで一回自分を認めてしまうと
また今回もしょうがねえっていう
しょうがないよってあれだったらしょうがねえよとか言うと
すべてに対して理由つける
準備が足りなかったけんしょうがねえとか
走れてないけんしょうがねえとかさ
雨やけんしょうがねえとかさ
ちょうけん痛くなったけんしょうがねえとかさ
僕は結構そこの縁にもういるような気がしますね
結構その苦戦部にしても
南アソのその30キロ過ぎてからとかは
今になって思い出すと
一人でボソボソ
マジ無理なんだけどとか
一人ごと普通に言ってるんですよ
苦戦部は4週目に
坂井良二さんもついてくれたんですけど
結構
ほら行きますよとか
良二くんが元気飛ばされた
いやいやいや
死獣のおっさんの
ランニング初心者の死獣のおっさんは
もうこっからは上がらないんですとか
普通に無理だって根を上げたりとかしてるんで
もう結構縁にいると思うんですよね
すぐにダークサイドにいつでも落ちれるって感じがあるんで
ボルケーノは本当にもう
ボルケーノはもしかしたらダークサイドに落ちるかもしれない
ダークサイドにいつでも落ちれる感じは
最近すごく結構怖いです
自分に怖いです
なるほどね
俺落ちてしまうんじゃねえかと
次こそ
だからあんまキラキラした感じじゃなくて
もう今本当首の皮一枚っていう感じですね
そして惜しくないと
だって次はね今までの倍の距離だからね
100キロだからね
30キロで
112ですから倍でもない
倍終わった後12キロあると思ったら
そっか
112あるの
はい112あるんです
まあまああるね
一度一回ちょっとやるんだけど
まあまああるね
そうねボルケーノも天候次第では
結構過酷なトレイルに変わるからね
第1回目の雨みたいなところが前半に来たら
もう前半の
なんかあれそこでズルズルで体力使って
低体温になってみたいなことになって
そのままもう山入りきらんやろね
低体温とかも話は聞くじゃないですか
相当機動機というか
もう動けなくなるっていう話
怖くなる
まだその経験とかはないですから
初めてそこで遭遇したら
多分対処できないだろうなとか思うんで
低体温はもうね抗えない
もう出れない
怖いですね
きついっていうところの線引きは
自分でどうにかなるけど
低体温とかもう本当に骨折じゃないけど
足のね故障とかなると
それはもう別だね
でも112だから結構やっぱ試練が
何回も訪れてくるよ
どうやって乗り越えようね
全然わからない
イメージがわからないっていうか
例えばフルマラソンにしてもですけど
セオリーとしては
練習では別にフルマラソンの距離は走らないじゃないですか
だからやっても20やっても30とかだと思うんですけど
わざわざフルマラソンのために
40キロの練習をする人もいますけど
基本的にはしないことが多いじゃないですか
トレイルも多分近しいものがあるってことを考えると
僕の中ではとにかく30キロを超えたら
膝裏が終わるっていう
自分のあれしかないので
どういう練習をすると
112キロ走れるなっていう気持ちになれるのかすらわからないんですよね
俺もボンランナーやけん
そこら辺はアドバイスも何もないけど
確かに112キロのレース出るからといって
100キロの練習はしないよね
継続的に練習できる強度じゃないと
一発頑張って練習して
リカバリに1週間練習できませんとかやったら意味がないから
継続的に5月ぐらいまでしっかり積み上がる練習の中で
強度的に20かなとか30かなっていう見極めで
ちょっと強度上げていくしかないから
言うでもその3倍は走らないといけないわけやけん
出たとこ勝負だよね
言うたらね
やっぱり出たとこ勝負だよ
やっぱそうなっちゃうんですかね
メンタルと走力の関係
いい盛りダブルとかやらなきゃなとか思いますけど
でも本番でいい盛りダブルと同じ出力をするわけじゃないじゃないですか
出たとこ勝負メンタル
メンタルだよやっぱ
メンタルは強くないからですね
なんでもう結構どうしようって思ってるんで不安いっぱいですね
でも半分の距離いけたやんか
それが2回と思えば
って思うとなおさらきついですよね
あれ2回は絶対に無理だって思っちゃう
だとすると無理なんだって
そうだよね
アドバイスもなんもねみんなね
走り方も強度も練習もキャリアもいろいろ違うから
なんもなんてないよね
やっぱなんか自分の体をいたわりながら
ゆっくりゆっくり省エネで最後まで持たせるしかないよ
そうなんですかね
省エネっていうのが多分今のところレースだと
やっぱテンション上がっちゃったりだとか
あとは自分のこれまでの感じだったら
こんぐらいって勝手に目標決めてやっちゃうところがあるのを
どんだけ抑えていけるかだろうなと思ってるんですけど
とりあえず何時間でゴールしたいっていうのを置いといて
関門前にちゃんと次の関門次の関門っていうのを
ボルケーノへの挑戦
ある程度余裕を残していけるぐらいに
通過していこうぐらいの意識をね
そうすると割と余裕のある時間だよ
玉ちゃんぐらいの走力であれば本当に歩きも混ぜて
心拍も上げずにしっかり取るものも取って吸水も取って
やれば関門はどんどんクリアしていけるから
間奏は無理じゃないよね
それを十何時間きりとかちょっとよく書いちゃうと
ここはこんぐらい頑張っとかないと
という意識がだんだん足削っていくから
この50キロ日本は結果的にそういうふうにしちゃってたんで
本当にもうボルケーノだけは本当に間奏だけできればっていう
プランにしようかなと
とりあえず50キロまでは遅めに入って
50キロで思ったよりはきつくないと
いうふうになればちょっとポジティブになるし
頑張って50キロの地点で予想以上にきつくなったら
あとの50キロが不安でしかないっていうふうになっちゃうから
忠告としては半分ぐらいの距離に行ったときに
自分がそんな悲観せずに折れる状態でいかないとね
振るうよ
ここから山岳に入って地帯に入っていって
夜にも入っていくし
でも俺めっちゃ今足震えるしみたいになるとさ
前半きついからね
っていう話でしたよね
動画とかは幸い人気なレースなのもあるんで
手回ってるんでそれ見ながら
イメトレなかなか思想とかもいかれないですから
でも同じコミュニティの岩奥も出るし
なっちゃんも出るしね
僕らも応援に行くし
辞めさせんし
辞めさせんやろやっぱそれは
そうですね自分としても走りたいなと思ってたんで
このコミュニティ界隈に行ったらそうですけど
もう会社の中とかで言ったら変態使いですから
もうすでに
110キロ田村さん出るんすかみたいな
だからもう周囲からしたら50も100も
もう普通じゃないから
普通じゃないね
奥さんはどうなの?
112キロ出るっていう
太ってた旦那が1年後に112キロのトレールレースに出るって
エントリー費用にびっくりしましたね
まあ普通だね
距離伸びるとそれに比例して増えるんだみたいな
ちょっとした家族旅行なみやもんね
結局大会重ねるほどに辛いっていう話はしてるんで
本当に大丈夫なんかいいなみたいな感じでは思ってると思いますけどね
でもね旦那がえらい熱中してるわけだから
相当楽しいんだろうと思ってるやろうし
事実健康にはいいわけやし走るっていうことはね
割と奥さんはやってみたらみたいな
ちょっと協力的ではあるんです
走ることに対しては割と前向きというか
背中は押してくれていて
自分も最近走り始めてるのもあるんですけど
奥さん自体はトレールラーニング
私もちょっと1回出てみようかなとかいう気持ちはあるの?
トレールはどんだけ誘うっていうか
1回油山行ってみてもいいんじゃないとかって言っても一切
個人的に本人は30代最後にフルマラソンを走るっていう
ダイエットとフルマラソン走るっていうのをセットで
30代最後の目標にしてるところがあるんで
それが終わるまでは多分トレール見向きもしないだろうなと
でもいいねそうやって自分がね
やってるトレーラーニングっていうのに
ちょっと興味を持って一緒にやってくれるっていうのはね
そうですね
道具を買い揃えたりとかそのあたりも
結果するんで奥さんの方も
自分の買い物もしやすくなりますし
玉ちゃんこの100キロ完走したらどうすんの?
どうする?
このボルケーノ完走したら次100マイル目指すの?
そうですね100マイルも走りたいなと思ってるので
ボルケーノもそうですけど
マイルを走りたいと思ってるんですよね
それはなぜマイルを走りたいと思うの?
160キロ走りたいって
ラジオ連とかの影響もでしょうけど
やっぱり肩がれるところの中心にあるのがマイルなので
一旦経験はしたいなっていう
それで全部なめてみた時に
自分がやりたいのって何なんだろうなっていうのは
またどこを主軸にしていくかは別としても
一旦舐めるところに一旦あるのが
目安としてあるのがマイルかなっていう感じで
それ以上探しはあるんですけど
周囲で遊ばないと
知ってはいるんですけど
一旦節目になるのはマイルまで走ったら
一旦一舐めは行けるかなっていう感じがあるので
走りたいっていう感じですかね
最短で行けば100キロのボルケーノの後
熊川で100マイルやるんだったら
11月っていうことで
もうこれだってね
1年半で100マイルまで行っちゃう男のストーリーなわけじゃん
ボンランナーがさ
普通のおっさんがさ
これ結構最短やと思うんだよね
1年半で100マイルまで行くって
今後の目標と挑戦
そうなんですかね
50キロ2本取って
確かに大会がバンバンあれば
余裕を持ってできるかもしれないけど
九州でこの2本取って
100キロ100マイルで1年半って言ったら
まあまあ最短やと思うよ
一本戻せんけんね
そうですね
いやいや
わずか2年足らずでね
いければね
いければですけど
ここから先は本当に
わかんないですね
でも玉ちゃんだって41だから
100マイル行って
どこが自分の楽しくできるレンジかとか
100マイルを今後も
1年で1本して
60くらいまで行ったら
何十本って走るわけだから
まだまだ玉ちゃんのランニングライフっていうか
まだ長いわけだから
相当な距離走るよ
やめなかったら
想像は勝手にしてますけどね
年に1本はマイル出るってなったら
いろいろ出れるじゃないですか
そのうちまた転勤になって
どっかに飛ばされても
その地方のマイルに出る
みたいなことやってれば
いろいろ走れるなと思うので
また走るってこと自体
玉ちゃん転勤になったら
僕らのランニングコミュニティに
入ってきたみたいに
コミュニティに入りやすいよね
そこの中で
自分のレース経験とかあれば
話も今回僕らに
入ってきたよりも
スッともっと入っていって
スルーとしてはいいよね
ランニングね
めちゃくちゃ本当に出会って
まさか始めると思ってなかったからですね
1年前とかだったら
全く想像してなかったですね
サウナは
ここ5、6年はサウナが
ずっと好きだったんで
サウナよりも
熱中というか
するような趣味に
出会うとは全く思ってなかったんで
玉ちゃんといえばサウナだからね
サウナで仲良く
なろうとしてたら
ちょっと向こう引くよね
寄ってきてどっから来たんですか
え?ってなるよね
サウナの中で
コミュニケーション取ろうとするとね
ランニングは
思いのほか
ツールというか
いい趣味だなって
世代もね
性別も超えてね
また地域も超えてね
相手が何しよう
あんま気にならんもんね
上とか下かもないもんね
そうですね
その種類ですよね
いや頑張ってね
ちょっとね
ありがとうございます
独占部もこれで締められるからね
玉ちゃんのエピソード撮ったらね
まさか締めたと思ってなかったんで
あれですけど
今年もまたね
秋に開催しようかなと思うけど
玉ちゃんのこういう挑戦
を見て
同時にいろんな人の挑戦を見てね
そういう
姿見るのいいなって改めて思いましたよ
ありがとうございます
僕自身もやっぱ
年齢に抗っての挑戦はずっと
これからもやっていくわけだから
そういう意味で言えばね
60になってまたマイル
マイルを走るっていう挑戦だな
いろんな挑戦があって
いろんな人の挑戦を見て
これからもやっていきたいなと思うけど
玉ちゃんも頑張ってください
今年もグループランニング
解禁を目指して
やっていただいて
これからセブントレーズの活動も
いろいろと手伝ってください
今日はもうこんな感じで
玉ちゃん
オールゲーム応援してますので
頑張ってくださいね
お疲れ様です
01:27:39

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