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2025-02-13 11:53

【第89回】フジテレビの会見から学ぶスーパーサラリーマン

10時間超にわたって行われたフジテレビの“やり直し会見”。異例の長さに全てを見届けられなかった人も多いのではないでしょうか。会見に出席した70代前後の面々から、杉本さんはとあることを思い出したそうです。先人たちの凄さにしみじみする40'sのトークをお楽しみください!


40’s Biz talkは月曜と木曜の週二回配信しています!パーソナリティは⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠杉本浩一⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠と⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠柳澤大介⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠です。番組のコメントは ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠#40ビズトーク⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠ をつけて𝕏でポストしてね!番組への⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠お便り⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠もお待ちしています。

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柳澤です。杉本です。
今回の40’s Biz talkのテーマは、「フジテレビの会見から学ぶスーパーサラリーマン」っていうテーマについてです。
いやー、これね、フジテレビが深夜にわたって会見、あれ結局何時間でしたっけ?10時間くらいやった?
10時間20分くらいやったんじゃないですかね。
10時間20分か。いやー、やったということで、ちなみに私は特に別の立場としてフジテレビを擁護するわけではないんですけれども、
一つ話としてですよ。ビジネスマンとして、ビジネスパーソンとして見たときにですね、
まず10時間やり続ける神経というか体力、すげえなって思いましたっていう話をまずしたいというところだったんですよね。
いやー、これはね、本当になんかすごいなーって思ったのが、やっていることはちょっと悪かったとしてなんですけど、
まず今この時代に、我々と特に40'sで、あの同じ10時間やりながら、まずできるだろうかってまず思った。
できねえでしょって、いや休憩挟んだとしてもですよ。取り崩すこともなくやり終えましたよねっていう。
まあ、あそこまで見せられちゃうと、なんかすべて聞くことはもうすべて聞き尽くしたって感じですよね、あの人たちに対しては。
そうですよね。逆に1時間とかそのぐらい2時間とかで終わってたら、まあ別に会見やっただけなんですけど、10時間やったっていうのを聞いたときに、
これはちょっと普通のなんか勝負してると勝てないビジネスパーソンだなって思っちゃいましたね、正直。
だってまずさ、もう説得力、交渉力とか、まあそれは頭の中身がどうあれ、
ずっとだってリングに10時間立ち続けてるっていう状態を、できるかどうかで根本が違うじゃないですか。
私が2005年にね、あのNTTっていう会社に入ったときに、同期とかで、やっぱり勝者とか受けてた人たち多いんですね。
で、勝者とかだったり受けた人たちを見たときに、体育会計ばかりを取っていてとかだったり、
で、実際に入った同僚というか同期、同窓の同学年の人とかもいれても、言ってみたらなんか学問とか勉強よりも、もう体育会にずっとやってるとか、
まあサークルですごい、ほぼ勉強というところではなくて、どっちかというと他を頑張ってるみたいな感じの人。
で、正直今言うと僕、全米で僕頑張ってる人とか、学問とか頑張ってる人の方が僕は偉いって思ってたの正直、あの当時。
だけどまあ、だんだん歳を重ねていって10年、20年、5年、10年と経ってくる中で、
ビジネスパーソンにおけるこう精神力とその前提となる体力があるやつは本当に強いっていうことに気づき始め、
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当時体育会でもめちゃめちゃ体力あるみたいな、もう学問は、あの学問というか、大学の勉強全くしませんでしたけど、
してこなかったですけど、体力には自信ありますみたいな人たちが勝者に入っていって、
俺勝者とかなんでそんな人取るんだろうって思う、その当時僕思ってたんだけど、
もう完全に今僕が勝者の先行感だったとしても、体力が誰にも負けませんっていう人取りますねってぶっちゃけて思った。
なんか40年、でもそう思いません?なんか体力ある人って本当僕尊敬するって思うんですけど、どうです?
ベースですよね。ただ一方で結構難しいなと思うのが、その体育会系の人ってオフェンスは得意なんですけど、ディフェンスに弱いっていう人結構いるじゃないですか。
これ今回まさにそうなんじゃない?
今回のそのね、あのフジテレビの会見に出てきた方って、あのディフェンス力もある程度兼ね備えてたなって感じはあるんですけど、
ただヒエダさんが結局出てこなかったじゃないですか。だからあそこでヒエダさんが出てきて10時間付き合ってたらまた形勢が大きく変わってたなって感じしますよね。
本当におっしゃる通りだと思いますよ。おっしゃる通りだし、僕多分ヒエダさん、ヒエダさんってもう80いくつとかなんですよね。
もう90近くですよ。
多分勝手な、本当全く知らないですよヒエダさんのこと。多分10時間耐え切れるんじゃないかと思う。勝手な印象。
いやだって僕多分ね化け物だと思う。こう言い方ちょっと失礼かもしれないけど多分ヒエダさんっていう人って。
で出てきて耐え切ったら波の人じゃともう突っ込めないくなって、一回僕沈静化したと思うよね。
ヒエダさんがもし出て10時間耐久やり切ったら。
今回一番のあのミスっていうかまあ会見でもねなんでヒエダさん出てこないのかってなったんですけど、やっぱりヒエダさんの方に焦点は行きましたよねすごく。
それってやっぱりテレビ局テレビマンっていういわゆる昔の昭和の世代のテレビマンっていうのが、いかに多分はちゃめちゃで破天荒だったかっていうエピソードも流れてきていて今叩かれてるけど、
それに耐え切ってきた時代の人たちってすごい精神力なんだなと思ってて。でちょっと思い出したのがうちの父親なんですけど、
で実はうちの父親はいくつかね渡り歩いてたんですけど、アシスタントディレクターADだったんですよ。
でだから番組とかまだ作ってたりして、今もう亡くなったんですけど、生きていれば90ぐらいで実はヒエダさんと同じぐらいの年なんですね。
親父すごいなんか休日とかちゃんとなんかいるんですけど基本結構体力あるなってずっと思ってたんですよ。
お酒とかもそこそこ強かったんだけれども、夜すごい遅く帰ってきても全然普通だったし、テレビ局にいたんですけどそのテレビ局を辞めて、
私が生まれた時にはもう自分で独立して番組制作会社とか作っててやってたんですけど、とにかく元気だった。で周りの人を見てもすごい元気だったんですよ。
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やっぱりテレビ局から独立した人もね。これ見てて思うんですけど、言い方あれかもしれないけど戦争に行ってきた人たちと同じで、
戦場を渡り歩いてた人たちの土壇場で見せる時の仕事の仕方だったりとか精神力みたいなのって本当に強いなっていうのを見てて、
私の父が別にテレビ局の出身だっていうことは別に何も意識してこなかったんですけど、今回の会見見て思い出したんですよ、父親を。
私も結構めちゃめちゃ海外の出張行きたくて、日曜日は海外で日本の仕事をして、夜から海外の接待とかをたくさんして、
3時間寝てまた日本の仕事と海外の仕事をやるみたいな時って30ぐらいの時僕やってたんですけど、あれをでも続けられるのって僕1週間か2週間が限界だったけど、そんな生活をなんかうちの親父なんか結構ずっと続けてたなっていうか。
忙しい時のやっぱりやってたのをすごくなんかね、逆に思い出した。あんまり当時意識してなかったんだけど、すごく思い出したんだよね。
確かにね、昔の人、僕もね、それで言うと僕の母親のお父さん、だから僕のおじいちゃんなんですけど、ただ母方のおじいちゃんだから一緒には住んでなかったんですよ。そのおじいちゃんも農機具メーカーの社長だったんですよ。
100人ぐらいの会社で今も続いて、今もそのおじいちゃんは亡くなっちゃったんですけど、僕がねすごい体力あるなと思ったエピソードは、僕田舎が長野県で、母親の実家は栃木なんですよ。
長い休みとか学校が休みの時ってちょくちょくその長野から栃木の方に遊びに行ったんですよね。ある日なんだろうな、学校が休みで会社はやってるみたいな日に遊びに行って帰る時に、いつも電車で帰るんですよ。電車で帰ると当時は新幹線とかなかったから、まあそれでも3時間ぐらいかかったんですよね。
なんですけどそのおじいちゃんが仕事が終わって夕方5時ぐらいにたまたま家にいて、ちょっと帰宅したんですよね。送ってくわって言って、栃木から実家の方に車で片道多分4,5時間かけて帰ったんです。送ってくれたんですよ。で、そのまま栃木にまた戻ってったんですよね。仕事が終わって。
年も多分70前ぐらいですよ。8時間往復して、全然ノンストップで僕の家の方に送ってってくれた後も休まずに、そのまままた4時間かけて帰ってたんですよ。
ヤバいですね。
っていうのを見た時に70手前のおじいちゃんってすごいなって思ったのはやっぱ記憶がありますね。
あれなのかな、でも私たちの上の世代のすごいのって、70代とかだと戦争は経験してないけどやっぱり高度経済水準の猛烈社会をずっと会社員としてやってきた人たちとか、いわゆるホワイトブラックとかいうまもなくやってた人たちだし、
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あとなんかもう一つね、なんか今僕思った。ヒエイダさんが他の人とおかしいの?うちの父親はね、今生きてると90手前ぐらいで、昭和一桁生まれで、戦争にはちょうど行かない手前だったんだけど、
もうちょっと戦争が続くと、いわゆる当時でいう学徒出陣みたいな感じで行くあれだったらしいんですよ。で行くあれだったらしくて、だからうちの親父って7人兄弟なんだけど、何人かそのうち3人は戦争とかで死んじゃってるんですよね。
で死んじゃってて、でうちの親父もそういうのを見てて、まあ自分がもう戦争に行ったら死ぬかもしれんと思ったけど、その手前で終わったらしいんですよ。でやっぱりなんかその時、親父がどっかね酒飲んだ時に言ってた気がするんですけど、やっぱり一回なんか戦争あって死ぬかもしれんと思ったけど、
結果なんか生き延び、生き延びたっていうか戦争に行かずに済んだって思った時に儲け者だと思ったらしいんですよね。もしかしたら死んでたかもしれない、死んでたら何もないけど、死んでたことを思ってみれば別に辛くてもっていうところはあったし、そういうふうになんか戦争から戻ってきた人も言ってて、俺もそうだなって思ったって言ってて。
なんかただ単純にうちの親父の場合は体力があったかどうかっていうよりも、少しそういうところをなんかまあ死んでたかもしれないけど儲け者だみたいな、これなんかこういう話ってなんか他の人にもなんかあるらしくて、一度大病を患った人とか何かそのあった人とかってその後の人生って儲け者だっていうふうに思って、いわゆる自分に正直に生きるし、死ぬ気になって頑張れるっていう状況になるんだと思うんですよね。
っていう人たちがいるとなると、なんか僕とか柳沢さんもどうかわからないけど、そんな体験あったかなみたいな。幸いにも生きてきたから、なんか全然なんかまだまだ覚悟も体力も足らんのだなっていうのをね、痛感しちゃって、ちょっとあの10時間会見は私は別の意味でショックでしたね。
なんかサラリーマンの底力を見せられた感じがします。
いや、バケモンだって思ってたもん。本当にできねえよって俺絶対と。
だからあそこまでやられるともう1回会見やるとはもうならないですよね。
ならないでしょ。だってもう、記者たちが付き合えないよ。ちょっと若手の人たちとかさ。ほぼもう雑魚扱いだと思いますよ正直。もうそんなの見せつけられちゃったら。もう1回来ようって思わない?これはすごいわ。徹底的な逆境の中でこんなできる。いや、だからまあちょっとね、ビジネスマンの底力大切だなっていう話でした。
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