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2024-03-01 10:11

006 | 自分の喜怒哀楽の捉え方ってどんなんだったかな

キマグレエフエム【208】感情の投資と運用を聞いて自分の喜怒哀楽について考えてみました。身の回りの環境の変化がどう影響しているかや、音楽との関連性などもしゃべっています。

(近くで作業している妻のマウスクリック音が少し多めに入ってます💦)

#声活

Summary

キマグレエフエムのエピソードを聞いた結果、彼は自分の喜怒哀楽について考え直しています。子供と犬を飼うことで喜怒哀楽が増えたことや、悲しい出来事によって絆が深まったことを感じています。

00:00
3min.fmです。エピソード6です。
今日は3月1日の金曜日。もう3月ですね。
1日休休をとっていて、午前中はいろいろと用事を済ませたりして、午後からは息子を予防接種に連れて行く予定です。
今日は知り合いのじゅーん君とたかいしさんがやっているキマグレエフエムのエピソード208 感情の投資と運用というエピソードを聞いて、いろいろと思ったことを話そうと思います。
喜怒哀楽の増加
このキマグレエフエムのエピソードは、喜怒哀楽について話しているところがあって、
今まで、喜と楽は出しているけど、怒と哀ってどうなんだろうとか、あえて出そうとしてこなかったなみたいなのを話されているんですけど、
自分はどうかなってちょっと考えたりしていて、自分もわりと一緒で、
嬉しい楽しいっていうのは、自覚的に外に出したりとか、常日頃から親しみのある感情なんですけど、
怒るとか悲しいっていうのは、やっぱりあえて出そうとしないっていうのはすごくわかっていて、
そういう意味だと、怒と哀がないっていうところに関しては、自分も基本安定している側の人間だと思ってたんですね。
そういうふうなのがありつつ、そのキマグレエフエムさんのエピソードを聞いて、
キマグレエフエムのDiscordがあるんですけど、そこの感想チャンネルでも結構盛り上がっており、
その中でinajobさんっていう方が貼られている井戸端っていうScrapboxのところに、
その感想のコメントをいっぱい皆さん、いろんな方が書かれているところがあって、
その中に、感情の投資対象として犬とか飼ってみようかなっていう話についての言及があって、
その中でも、ある方が子供の存在によって感情の触れ幅が大きく発生しているなって思ったっていうふうなコメントがあって、
これはすごくよくわかるなっていうのと、
あとキマグレエフエムのエピソードでじゅーんくんも言ってたんですけど、
犬もそういうのに値するというか、資するのかなっていうふうに言っているところがあったんですけど、
自分は子供も産まれて、犬も飼っていてっていうので、
ここについてはちょっと話ができるかなと思っていて、
結論、犬を飼い始めて、子供が産まれてからも、
喜怒哀楽は結構全部増えたなというか、
エピソードの中でも触れられていた、人生の豊かさって喜怒哀楽の総量で決まるとか、
そこによって変わるっていうふうな研究があったんですけど、
それはすごく実感するというか、犬飼ったり、子供が産まれて一緒に暮らしたりしていると、
すごくそこら辺の総量は増えていて、生きているっていう感じがしますね。
犬は全部あるな。
例えば、トイレじゃない場所に粗相しちゃったりした時に怒りたくなっちゃったりするけど、
犬は結構わからずにやってたりしているから、犬の気持ちをちょっと考えてみたりとか、
人間が外に出かけようとすると怒って変なところに疎走したりするので、犬の怒りポイントがわかったりとかで、
犬の怒りに引きずられて、こちら側もいろいろ考えたり、
犬も子供もどっちも守るものなので、
犬が立ったとか、かわいいことをしたとか、
体調が悪くてつらそうとか、
言うこと聞いてくれなくてちょっとイライラしてしまうとか、
どちらも守るものとして一喜一憂するんですよね。
そういうのがすごく生きているという感じがするんだろうなって思います。
次は、
悲しい出来事の意義
怒と哀の方か、怒る悲しいってところに関すると、
悲しいっていうところについては結構思うところがあって、
昨年、自分の親友が病気で亡くなってしまったんですけれども、
それはもうなんかめちゃくちゃインパクトがあって、
ショックだし、悲しかったし、たくさん泣いたし、
知り合いというか彼の友人、友達、仲間で、
そういう悲しい感情をすごくシェアしたりとか、
それについてたくさん話したりとかして、
そういう仲間との結束が高まったりしたなっていうふうな思い出があって、
めちゃくちゃ自分の人生にとっても意義がある出来事だったなって思います。
あとは、怒りの感情は、
冒頭の方で自分も基本安定している側の人間だと思ってたんですけれども、
結婚して夫婦で過ごすようになって、
妻とはなるべくお互いに言いたいことは言い合うっていうスタイルで日々過ごしているので、
自分も結構怒って葛藤になっていってしまったりすることがあるんですね。
そういう意味ではもう全然安定している側の人間じゃなかったなっていうところがあって、
そういうのがあった時って後から後悔したりとかもちろんするんですけど、
そういうのも結構本気で起こるから自分もいろいろ考えるし、
あと何に怒るかとか、何が嫌だったかとかそういうのも考えるし、
逆に相手の立場だったらどう思うかとか、
そういうこともいろいろ考えるんですよね。
その感情がきっかけとか感情が起こる出来事をきっかけに。
こういうのって何となく過ごしていたらいろいろスルーして、
そういう自分の起こりポイントとか反省ポイントとか、
何も学びが得られないというふうに思うなって思うんですよね。
悲しい感情も怒りの感情も、
何でこんなことになるんだろうって感じることも一緒にあると思うんですけど、
割とそれがきっかけで深く考えることになる、
考えることにつながるっていう意味では悪くない感情なんだろうなっていうのをちょっと思ったりしていました。
学びになる、自分の身になるし、すごく強く自分の中に残るんだなって思いました。
そういう意味だと、うれしい楽しいよりも悲しいとか怒るの方が、
どちらかというと相対的に心に残るとは言って強いような気はしますよね。
あとは自分、音楽もやっているので音楽も絡めて考えてみたりしていて、
表現者としてその音楽をやるとき楽器を弾くときとか、
いろんな皆さんの身近なところだと歌ったりとかってもそうだと思うんですけど、
あれっていうのも結構自分の感情をフルに出している感じがしていて、
音楽もいろいろ楽しい、うれしいだけの曲ばかりでは世の中ないと思うんで、
そういうのを自分がやるとき、悲しい曲とか寂しい曲とか、
すごくしんみりした曲を歌ったりとか演奏したりするときって、
自分の過去の経験とか、自分の中にある感情の引き出しとか、
積んできた感情の厚みとか、
そういうところからエッセンスを抽出して音楽に乗せているような感じもするので、
そういった意味でも喜怒哀楽全て大事な感情なんだろうなとか思ったりしました。
全然まとまってないですけど、
キマグレエフエムのエピソードを聞いた感想と、
自分の喜怒哀楽の感情について考え直したっていうふうなことを話してみました。
もう少ししたら息子を迎えに行って予防接種に行ってまいります。
それではまた。
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