こんにちは。にじシバラジオ第102回です。MCのともぞーです。 小倉です。
にじシバラジオは、LGBTQ系サブカル・社会ネタを主に取り上げるポッドキャストです。
小倉さんが見てきた映画を紹介していただけるということですか?
そうですね。埼玉市の大宮駅の西口から10分かかるくらいのところに、去年の4月、オットというミニシアターができたんですよ。
そこでかかっていた映画で、クイラムというロシアのLGBTQと言っていいのかな?
本人はノンバイナリー人間、クイアーアーティストというふうな語られ方をしている人だけれども、
その人に密着して、やはりロシア出身の、今フランス在住の映画監督が、
この人は女性なのかな?ノンバイナリーなのかな?わかんないけれども、監督が撮ったという、そういう映画ですね。
90分、比較的短めですけど、十分に堪能させてもらいました。
席数が47席。スクリーンすごい大きなスクリーンで、おすすめの映画館と言える感じなんだけど、
その大きな画面で、一番最初にシーンとして、彼が育った場所、マガダンという、その場所の雪に半分埋もれたような景色っていうのかな?
がすごくインパクトが強くて、この地域で、ロシアのLGBTQに対する抑圧、迫害については、
なんとなくでも、みなさんの知るところだと思うんだけど、具体的に法律の名前とか、今出てこないんだけど。
ロシアだと、LGBT宣伝禁止法というのが確か作られていて、ロシアも人権を擁護するっていう部分の建前はあるので、
禁止はできないけど、
ただ、LGBTの禁止はできないんだけど、
LGBTに関する情報をメディアとかで流すと、LGBTに関する宣伝を行ったってことで、その宣伝禁止法に触れて、弾圧されてしまう。
要は、それを自体取り締まってることじゃないかっていう。
そういうことです。
そういうことになるわけですけど、マガダンっていう有名な収容所があった場所で、
もう本当に、私も初めてマガダンの映像を初めて見たんだけど、結構人が多いというか、人口、家が多いんですよ。
で、結構大都市なんですね。でも雪がもう。
というか、マガダンって、キズで見ると、いわゆる極東ですね、これね。
そうですね。もうほとんどカムチャッカ半島じゃなくて、何だっけ、ウラジオストクとかそっちの方ですね。
いわゆるその、日本からスウハが北に行くとマガダンに着くみたいな感じとも位置付け、極東エリアにって呼ばれるところですね。
で、結構大きな町で、家とかいっぱいあって、そこのシーンも結構出てくるんだけども、そこに生まれ育った。
で、おじいちゃんおばあちゃんに育てられている。で、彼自身は今、モスクワの学校に通ってますというね、21歳の時の映像なんですよ。
これちょっと前だと思うんで、もうすでに、もう少し歳はいってると思うんだけど、21歳の人が、もう本当にその地元でも、それからモスクワでも、クイアーアーティストという中でも、
もう日本で言うと、このクイアーアーティストってどんな感じの印象になるかわかんないけど、どっちかっていうと、もうアーティスト色が強い。
つまり、その常にヒーロー履いて、派手な、男性の格好とは違う。せめて、女性の格好というのとも違うんだけど、男性の格好とは違うという格好。
その髪の毛を全部剃り切るとかっていうのも含めて、非常に他の人の字幕を集める格好をして、町で生活したりとか、表現活動をしてるという人なんですよ。
で、おじいちゃんおばあちゃん、お母さんはたぶん死んでいて、お父さんいなくて、みたいなたぶん人だと思うんだけど、おじいちゃんおばあちゃんとかが、そのたぶんマガダンに今も暮らし続けてて、
そこでもう本当に心配しながら、彼がそんな格好をして、それからちゃんと学校で勉強しなければとかっていう、すごい素朴な家族としての心配をする中で、彼はそれでも表現が止められないんだよね。
止められないっていうか、もう望んでやってるんだけど、で、ロシアで性的に尖った活動をするっていうことは常に政治的なんだな。
政治的な、当然その尖ってた時期が、ロシアがウクライナの戦争になっていく時期とも重なってるので、それはすごく政治的な彼のその表現自体が、もちろん彼自身もそういう戦争に対する抵抗感とかあるんだけど、具体的に戦争反対とか、プラカードを上げてどうこうとかじゃないんだけど、彼がそういう場所に歩いていくこと、その表に出ていくこと自体がすごく政治的な主張になっていってしまい、学校も大学になっちゃうのね。
結局そのデモに参加したろうと。彼は別に何らスローガンを言ったりしてるわけでもないんだけど、その格好でその場所に立つこと自体でも問題になって、警察に捕まったりとかしていく。もう本当に21歳の青年がさ、自分の表現をし続けることで、政治的にもかなりロシアという場所に居づらい環境になっていくっていう状況をね、映像で撮り続けているんですよ。
で、もう本当にそのちょっと女のっぽい格好をしていることだけでも、男っぽくない格好をしていることだけでも、やっぱりその、それがね、映像でちゃんとわかるのがすごいんだけど、他の人たちが、一切そういう格好してないわけよ。挑発の男の人とかいないのよ。なんかそういうね、チャラい男の人とか全くいないわけよ。もうどちらかというと男の人がファッションに気配ったら、もうそれだけでこう差別されるんだろうってことがわかるようなマガダンの空気、その男の人たちが集まってるそのコミュニティの雰囲気とか、
そういうのを見てるだけでも彼の生きづらさみたいなのが表現活動として、どうしても表現そういう尖った表現をしていく人なのに、この封鎖された映写的な農業と漁業の街みたいなさ、そういう場所なんだけど、多分おじいちゃん漁師かなんかね、まあその漁師の男の世界みたいなやつがあるじゃないですか。それこそね、そういうなんかこう、その中でもおじいちゃんおばあちゃんは彼を可愛がり、批判しながらも可愛がりしてる中から、
彼自身がどうやってこの表現を続けながら生きていくかっていうのをね、やった映画で面白かったですよ。本当の息苦しさみたいなのをね、感じられましたね。
なんかあれですよね、極東エリア、長谷川が極東地域なんで、そこからモスクワに行くっていうのも、相当距離が離れてるっていうか、一番近い大都市だと、たぶん同じ様子でおくと、あるいはもう日本に行きちゃってほしいんじゃないかぐらいの近さは感じますけど。
そうですね。自然が大きすぎる感じ。自然が大きすぎて人間がいっかに支配しても、自然に凌駕されて、海とか雪とかさ、そういう感じだけは伝わってくるけど、モスクワは本当にヨーロッパの都会じゃないですか。そういう意味ではさ、でもしてる風景とかも日本でも報道されるときもありますけど、非常に都会の場所に彼はもう一人単身で行って、単身で学校に通っていて、
おじいちゃんおばあちゃんから勉強しなさいとか言われながら、勉強しないとちゃんとして仕事もないんだぞとか言われながら。その国内ギャップもすごかったですし、あとはやっぱり監督さんは今本人もフランスに住んじゃっているロシア人の女性なのかな、わかんないの人なんだけど、
いや、よくここまでカメラでね、この厳しい、それこそ宣伝禁止法とかがある中で、よく撮ったなーっていう密着して、その彼の不安定な青年の気持ちと不安定な社会情勢をパラレルにしながら撮ったなーっていうふうに思って見てました。
ジェナさんのファッションっていうのは、まず全身を白塗りしている。
これポスターに使ったやつはそうですね。で、顔とかにもペインティングをしてる感じで。
それで赤いビニールテープみたいなので、体をぐるぐる巻きにして、っていうのがジェナさんの表現。
いろんな黒の衣装の時もあるし、で、多分問題になったのは、ここのちょっとパンフレットにも載ってるけど、青のパンツと赤のヒールと、で、これロシアの国旗の色。
ロシア国旗ですね、トリコロール。
これに対する貶めているみたいな、国旗損壊じゃないけどさ。
天才みたいな。
そうそうそうそう。それで捕まったのは、多分これ国旗の色だったからだろうと思うんだけど、
学校でやってたパフォーマンスも、この3色に埋もれていく個人みたいなパフォーマンスをしているシーンがあって、何人もの人間が、白い人間と青い人間と赤い人間が彼を埋めていくみたいな、そんな感じのパフォーマンスがあって、本当にアーティストらしいアーティストさんなんだけど、
その格好で一人で街の中にこうやって地下鉄のシーンとかあるけど、その要はワイザスであるとか、いうふうに言われて取り締まるときは、そういう名目で取り締まられていくわけじゃない。
なんだけど、非常に彼は政治的な問題も、性的な問題も、個人の尊厳も、すごく実際に多分こう表現していく人なんだなって。
面白いですよね、このロープを体に巻きつけるファッションとか。
白いタイツの上からね。
さっきのビニールテープをぐるぐる巻きにするやつもそうなんですけど、SMでいうとこのボンディッシュファッションみたいなやつに近いカルチャーを感じる。
そうそう、西洋のクイアーな感じはあるんだけど、それを活かして自分なりの表現をしてるって感じ。
このロープみたいなの巻いてるやつも、いわゆる金箔的なね。
そうですね。
そういう要素を感じ、それをすごいもっとファッション的なものに高めるとこういう感じの表現になるのかなっていう。
エロスケ革みたいなタイツの上にね、それをぐるぐる巻きにしている感じも、何か表現するときに、多分その批評、否定するとさ、あと持ち上げるって結構際どく裏表じゃないですか。
なのでそのロシア国旗を使うことで、より彼がロシア人であるっていうことを、ロシアで生きているってことを痛感するのと同時に、やっぱり国にしてみれば、そういうわいざつな格好で国旗を扱うことがおとしめている風に国とか官権の側からすると受け止められやすい表現になるから、どうしても捕まっちゃうんだよねっていう感じですね。
ただ彼の場合だと、それをTikTokとかインスタとかで発信をすることで、要するにそのTikTokとかインスタっていうのは抜け道的になって、全世界にジェナさんの存在を知らせることになったっていう。
それはもうロシア政府にはどうしようもないこと。
そうそうそうそう。そうするとやっぱりネットが抜け道になったし、おじいちゃんおばあちゃんってか、おじいちゃんはやっぱりそういうことに対してすごくネガティブな感情を持っていて、そんなんじゃ食えないんだぞっていうふうに、もう存在言うわけですよ。まだそういう撮影っていうかね、配信とかやってんのかみたいなことをさ、電話でも毎日電話でしゃべる。毎日じゃないのかもしれないけど電話でしゃべってる中で、そんなのは仕事じゃないみたいに言うわけですよ。
おじいちゃん漁師だからさ、それこそ直接にその魚をさばいてとかさ、捨てとかそういうことをしてる肉体の象徴みたいな存在として、海の男おじいちゃんがいて、片っぽでそのネットの中でね、長い爪とかをさ、メイクとかさ、そういうのを見せながらしている孫が、そんなのは仕事じゃないって言われるのも、一部さ、それは昭和の人間の私としてもさ、分かんないでもない部分でも若干あるわけですよ。
おじいちゃんの気持ちもね。そうだよ、やっぱりね、額に汗してみたいなさ。だからそれから、そのロシアっていうことと、なんだろうね、その反対性とか。
絶対あれですね、おじいちゃんより稼いでますよ。
ティクトクで。ティクトクとかインスタで。
彼がすごく上手くいくシーンっていうのが、一箇所だけ、ロシア国内で、ロシアのファッションデザイナーにリーダーされて、ファッションショーに出るシーンっていうのがあるのね。
本当にその彼の風貌とか、身体とかもすごく研ぎ澄ました形の身体で、これは本当にあの凡庸な、ただのなんか思いつきアーティストではないなと思うのは、身体自身もすごく綺麗に作ってあって、
まあクイアーアーティストはあるあるだけどね。それをファッションショーの上で表現したというのはさ、そのショーが成功したことも含めてすごく評価される。
デザイナーからもすごい褒めたたえられる。今まで誰も彼のそういったことに対してさ、学校側ももうそれこそ退学という風な処分を下し、
おじいちゃんおばあちゃん、大好きなおじいちゃんおばあちゃんからも、そんな何の仕事やってるかわからんみたいなことが、ファッションショーの中で初めてなんか彼が評価された時の、
彼の子供のような顔、なんで嬉しそうな顔っていうのがね、ちょっと印象的なものがありましたけどね。
それこそすごい商業主義的なファッションのシーンで評価されるっていうのも、なんか非常に裏表で面白いなと思いましたし。
ちなみにあれですよ、ジェナさんはですね、どう呼んでほしいのかっていうのはどっかに書いてあったんですけど、かーって呼んでほしいって書いてあったじゃないですか。
先に言っとくとジェナってこと自体をまず耳にすると、ロシア語で習者は女性っていう意味なんだよねっていうことで引っ張られるはずなのね。
あの綴りが切れるじゃないからどういう綴りだかわからないけど、ジェナって女って意味だから、ジェナ・マーヴィンっていう言い方自体が非常に女性性を強調したアーティスト名だなっていう印象にはなると思います。
そうそう、だからこのパンフレットの方のキャストのところでジェナ・マーヴィンってあって、1999年の2月21日まで。
今27歳か。
撮影当初わずか21歳、ノンバイナリーでシー・オア・ハー。
シー・オア・ハーなのね、なるほどなるほど。
なかなか難しいですね、ノンバイナリーって言った場合に彼っていうのも変だけど、彼女っていうのもそれはそれで性別を規定しているような感じになって。
だから全員なのにの人の気持ちがちょっとだけわかるのはその瞬間だけど、長女でも長男でも凝って言いたいだけなのになっているよね。
一頭ってわけにいかないしねっていうことでしょ。
そうですね。
そうそう、そんな感じの、だからそこら辺は今27歳でどういう表現活動をしているかちょっとわからないんだけど、非常に21歳の揺れる年頃、繊細な年頃でその若さの痛さみたいなのをすごく感じるし、
それともうどうしても溢れてる彼のクリエイティビティみたいなのも、だってねそのビニールテープでここまでの衣装を作るってすごいよ、だから金がさ、そんなに有力なアーティストさんの増落という感じではなくて、
ビニールテープと、あともうそれこそワイヤーとみたいなね、そんな感じのもう金かけるのことは多分できない中でこれがっていう感じの、
あと本当支えてたのは、なんていうの、自然っていう背景と、あるいはロシアっていう非常にこう当時も、まあ今もでしょうけど危ない場所っていう背景が彼のアーティストとしてのファイを引き出していたみたいな部分も同時にあるので。
そうですね。で、今でもね、そのTikTokとかにすごい盛んに投稿は行っていて。
そうですね、亡命しているので、フランスに亡命した、結局その多分映画監督さんとかとの絡みでフランスになったんだと思うんですけど、フランスに亡命して、亡命許可が降りて、難民として多分フランスで生きてんだと思うんですけど、はい、面白かったです。
ぜひおすすめなのでね、どこで見れるのかって問題が常にこういうマイナーな映画に関して抱えちゃうんですけど。
そうですね。アップリンク系で配信、上映をした感じなんですかね。
いや本当ね、だからオッドもそういうタイプの映画をしのほどやっていて、あの是非埼玉県在住の人、あるいは東京からでもそんなに遠くはないので、これはもう放送するときは見れないと思うけど、
次の週には台湾の、とりあえず彼女がいっぱいいたっていうお母さんを抱える映画監督の娘が日常対話という映画を撮ってるんですけど、台湾映画なんですけど、
これも非常に面白そうだったので、こういった映画をミニシアターで探してみるっていうのも、ぜひおすすめです。よかったです。
それではこれよりよりクイアー用語辞典のコーナーとなります。このコーナーでは我々がクイアーだと思う用語について、我々の解釈で説明してみます。
今回は認証代名詞ということで、さっきジェナさんの認証代名詞についてちょっと触れたっていうところがあって、
認証代名詞というのは、例えば私、あなたはいいとして、彼、彼女、彼ら、彼女らとかっていう、
日本では比較的その明治以降に使われるように、翻訳とかで西洋文化の輸入によって使われるようになったっていう代名詞のことですね。
よくあのツイッターXとかのアカウントの資料とかにも、あのプロフィールのところに、
ぜひでお願いしますとか、はーでお願いしますとかっていう記載が載ってて、これなんだろうって最初思った人は結構多いんじゃないかと思うんですけど、
基礎知識的に言うと、男の人だったらば、he, his, himでいったところを、自分としてはなんかそれ違うぞと思った人が、
中性的なね、代名詞としてtheyを選ぶ。
そう、複数定を選ぶという。
複数定っていうか、結局そのtheyを単数としても使って、
ひーやしーに代わる三人称代名詞として、theyを使う、そんな感じ。
はいはいはい。だからまあ、あの言語によっては、それこそそのなんていうの、要は複数形でも使われるのと同じだよね。
そうですね。
説明がめんどくさい。
かなり私たちはやっぱりそのいろんな国の人たちといろんな文化と交流する中で、ああそういう切り取り方があるんだなあっていうふうに思ったりするんだけど、
英語だったらばそうやってtheyを使うとかってことがあると思うんだけど、ロシア語には中性も存在するので、中性と中性複数も存在して、
それは別に本当の意味での別に男性女性がいて女性がいるよっていう認知かどうかは別として、
まあ言語の体系によって中性という存在を言語の中では認めてるんだよね。
人間であるかどうかは別として。
例えばウィッキーによるとですよ。
それを認証代名詞は敬意を表す包括性つまりを表すジェンダーを表すっていうことだったんだけど、
日本語の場合はあんまり性別を第三者に付して表現する認証代名詞がなかったので翻訳するときに苦しんだってことだけども、
日本語ではどういうふうに言ってたんだろうねって言ったらばやっぱ身分関係だよねって話になって。
そもそも日本語の構造自体がいわゆる英文とか欧米語のように死亡を必要としない構造になっているので、
死亡を省略できてしまうと。
だからそれは多分一人称二人称だけじゃなくて三人称についても言えるんじゃないかな。
三人称にあえて言及するときっていうのは結局その自分以外の他者との関係性の中で規定をするので。
その人偉い人がどうかとかね。
偉い人がどうかとか家族関係とか。
そういう社会関係みたいな感じで規定をすることになることが多いんじゃないか。
そうそうだから彼彼女っていうときはその自分のパートナーを言うときに使うよねとかって話もさっきちょっとしてたんだけど、
もう三人称としての認証三人称の認証代名詞としての彼彼女というよりは、
彼女といえばヘテルセクシャルといえば男の人が自分のパートナーである女の人のときに使う言葉みたいな形になってますね。
そうじゃないパターンだとあいつとかあの人がとか。
結局その例えばあいつあの人っていうのもあのくらいがせいぜいっていうところなのかな。
でもまあどうだろう昔はあの男とかも言ったかもしれないね。
男女って言葉自体を昔の文学男はっていう知識だったりしたじゃないですか。
ある男がいとことこにいて男はっていうふうに2回目からの引用も彼を使わなくてもね。
男は街の端に立ちみたいなことになってるわけですよね。
日本語の場合だとそれこそ名前で呼ぶというか。
例えばその自分の名前を自分の認証にするみたいな人もいますけど。
だから普通にその小倉さんとか別にその関係性例えば社長がとか課長がとかじゃなくて別に何々さん。
未認証だって言うって言わないもんね。
あなたはって言わずにそうだあと一人称でも使うよね。
自分の名前をね。
にかはとか小倉はとかって言ったりしますもんね。
限りなくやっぱり西洋型の認証代名詞が馴染まない。
馴染まない。だからやっぱそれはなんていうのかな。
まあそういう単語に性別がないっていうところもあるし。
動詞とかも動詞に全部性別つけていくような国の言葉なのね。
ルシア語って例えばそういうことが起こらないので過去形も男性系の過去形。
女性系の過去形とかっていうのがあったりするんですけど。
多分過去形はひたすらめんどくさいです。
めんどくさいですね。
なんで女性の過去だとランになって男性の過去だとルになるみたいな感じ。
ルっていうかね、有がつかないえるとかするとかっていうのと同じような大変さがあって。
だからそういう言葉はどうしても認証代名詞使いたくなるよね。
日本語にはないですね、そういうね。
そうですね。だからまあその辺がただ明治になって外国語と接する機会が激増したときに翻訳をしないといけないっていうところが出てきて。
でその翻訳をする中で翻訳語として彼彼女っていうのが出てきて。
ちょっとだってね、それから以降しか逆に彼氏彼女っていう今の言うところのパートナーみたいな恋愛的な相手っていう意味での使い方は
彼氏彼女って言葉は逆に江戸時代とかに使ってないよねきっとね。
まあそうなんじゃないですかね。
結局付き合うっていう観念自体が明治以降にできたものなのでは。
それとフェットでそうなっちゃったのね。
だから臨床代名詞はやっぱりその日本人にとっては割とこう薄い口でもいいみたいな気分ですけどやっぱ彼らはそれを常に使い続けてるから
こういう風に呼んでくださいとかこういう風に名乗りますとかってことに対してのウェイトが高いんだなって思いますね。
それはだから日本人日本の話者が海外に出ていくときに自分をどう表現するのかっていうところでぶつかる壁の一つではある。
ああそうですね。
それこそ日本で暮らしているときは臨床代名詞で悩まなかったけど海外旅行に行くとかあるいは海外に暮らすことになるとかって言ったときに
特に英語圏とかそうしたところだとどうしてもその臨床代名詞をどれにするのかっていう自覚に迫られる。
迫られますね。
スラウ語圏だと全部動詞から何からみんな女性話者だったらこう喋んなくちゃいけないとか決まってますからね。
ただ日本語の中にも実際にはもっと細かいところで規範が潜在率規範が潜んでいて
ノンバイナリーの人は常にそれに直面して苦しんでいる部分もあるかもしれない。
そうした部分は我々が気づいていないところがあるかもしれない。
踏みつけちゃってたり荒らしちゃってる部分があるのかもしれないけど。
まあでもそんなことをちょっと考えさせられる時間ですね。
ゆるクイア用語辞典のコーナーでした。
詳しい開催日時などは概要欄のホームページをご覧ください。
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それではお聞きいただきありがとうございました。また来週お会いしましょう。さよなら。