こんにちは、にじシバラジオ第92回です。MCのともぞーです。
小倉です。
にじシバラジオは、LGBTQ系サブカル・社会ネタを主に取り入れるポッドキャストです。
今回は、小倉さんが見てきた映画について話をするということなんですが、何を見てきて…。
2本立てで、1つは銀河特急ミドキーサブ映画を見て、あれは1400円モード、つまり特別料金の50本かな。あれ?その短いやつですね。
それともう1本連チャンで、パリに咲くエトワールを見てきまして、何について喋るかというと、パリに咲くエトワールを喋らないわけにはいかないっていう話です。そうなんです。
非常に昔の宮崎アニメとか、アウス名作劇場みたいな、そういうのを彷彿させるようなニュアンスのアニメ映画という。
簡単に一言で感想を言うと、ノットフォーミーなんですけど、ノットフォーミーなのと同時にクスですね。
いいです。無料で見て、テレビでやって、でもそれでも文句はいっぱい言いたくなっちゃうだろうな、ぐらいの感じの話だし、実際に見てすごい良かった。
何かが出たら買うって言ってる人達も結構いっぱいいらっしゃって、同じものをやっぱり同じ社会の中で見てないんだなって感動しますよね。
もともと見に行く前もすごい賛否両論っていうか、それもそんな激しい映画じゃないのに賛否両論だったので、どういうことじゃと思って気になっていたというのがずっとあって、見に行ったわけですね。
私はこれはあれですね、ムービックス埼玉で見ましたけども、第一次世界大戦期のパリが舞台の映画です。
メインの主人公は藤子ちゃんっていうね、画家を志す女の子なんですよ。おそらく私族か何かのお家の子で育ちを誘うと。
でも朝ドラの主人公さながら、やんちゃなね、上にお兄さんいるんだけど、2人いるらしいんだけど、お兄さんと違ってこの子は本邦でみたいな感じで、周りの家族も受け止めているっていう、そういう子です。
もう一人サブの主人公というか、とはいえこの子のストーリーがメインになっていく。あくまで藤子ちゃんは応援者、傍観者的な立場ではあるんだけど、その一人ちゃんっていうね、この子は薙刀の師範のお家に育ち、薙刀。
たまたまそこに来ちゃって、もちろん私族も出ないんでしょうよ、薙刀だし。で、タリのオペラ座のバレー団が日本に公演に来て、それをたまたま2人とも見ていたと。
いろんな人が見ている中で、千鶴ちゃんはそれにもう心を奪われ、密かにバレーの練習をしていた子なのよ。でもその2人の会話ってほとんど言葉をろくに交わしてもいなくて、そのオペラ座では。出会っただけ。
で、その後、おじさんを頼って藤子ちゃんが絵の勉強しにという名目でパリに行きますと。で、千鶴も家族全体で、家族ごと薙刀の教室を開くために、その普及のためにね、パリに行きますと。
その時に、だからもう10年ぐらい経っているのかな。小学生、ちっちゃいの小学生ぐらいだった子が、まあそこそこいい歳16、7、8ぐらいの感じの子になってますよって。で、パリでのストーリーがメインですという話なんですよ。ストーリー全部追って行っちゃうと大変なんですけど。
まあそれで千鶴がバレー団に実は練習した力を発揮したり、あるいはパリでもこそこそ親の目をそう向いて練習してたり、バレーの舞台に立つっていうところまでのストーリーなのね。
簡単に言うと、そうするとまあそれをずっと絵を描こうと思ってきていた藤子ちゃんは、まあそれなんていうのかな、自分がどういう絵を描いたらいいかがすごいこう、なんていうの、悶々としながら描けなくなっていた。描けなくなっていたけれども、まああの千鶴が頑張っている様子を応援することでそこを埋めていきながら、で最終的には千鶴の舞台を見て、もう一回自分もみたいな感じになるという。
まあこれがね、ネタバレという文化を呼ばないかって言ったら、まあ大体こんな話だろうって見てるの通りだろうって感じなんですけど、見てるの通りだろうなんですよ。だからね、この話、それこそ浅戸谷にでもしたら的な、まあありがちな舞台がパリってだけで。
まあね、絵を描きとしてスランプに落ちた子が、その友達が頑張っている姿を見て、自分は僕がバレてるの。そう。そう、いやてかまあその、だからサブの子が頑張って、本当に頑張って、薙刀の癖とか、そのパリで習ってたのは、ロシアから亡命してきたバレリーナ、崩れだね、に習っていたので、ロシアバレーの癖というのがついていて、やっぱそれはフランスのバレーと違うらしいんだわ。
で、そういうのを乗り越えて、東洋人だということにもめげず、そうやって東洋人が徴用されない社会の中で、彼女がオペラ座の舞台に、夢の舞台に立つというところの方がどっちかというとメインのストーリーよね。
だとすると、その藤子さんではなく、千鶴ちゃんを主人公にした方がよかったのではみたいな。
まだしもね。
なぜ藤子さんが主人公?
なんかね、監督のインタビューとかでも異世界でもなし、転生でもないアニメーションを描きたかったというふうに言うわけですよ。
明らかアフター宮崎を考えた時代ってあって、誰が宮崎駿のジブリアニメみたいなやつの後発で、そういう子供も大人もさらっとも楽しめる、じっくり見ても楽しめるみたいな映画を撮ろうっていう。
で、宮崎駿はもうすでにそうじゃないような映画を撮り始めちゃって、漫画の入り口どうなってんの?っていうところで、そういうニーズがあった時代もあったんですけど、今別に普通にみんなやっぱアニメ見るし。
そんなアニメのどこの重要を探して、戦中なのにのんびりした話を。
で、もちろん薙刀一家がそこで現地で上手く商売がいかなくて、日本に帰ると。しかも戦争も始まってると。実家の家族もね、藤子の実家の家族も帰ってこいっていうふうに言うと。
というふうに言って、日本に帰らなくちゃいけないっていうのと、実際ここでまだやるべきことがあるっていうこととの葛藤とかやり取りがあったりとかして、一応ドラマとしてはそうなんだと思いますけども、誰が見たいの?
18世紀末から20世紀初頭のフランス・パリっていうことだと、僕その中だとアルチュール・ランボーを描いた太陽と月に背いてっていう映画がありまして、
イメージがすごい強くて。で、その太陽と月に背いて描いてくるフランス・パリってめちゃくちゃ汚いんですよ。汚くて、ランボーとかは日に日にパリのカフェに行って、アルさんをあおって、ヘベレ家になりながらなんか詩を書くみたいな。
で、それでランボーって基本的にクイアーな人なんで、金稼ぐために男子をおまがいのことをして、年上の詩人のウェルネームと寝るっていう、そういう描写がすごい。
だから結構その18世紀、19世紀末から20世紀初頭のパリっていうのは、自分の中ではそういうちょっと小汚いけど芸術家がたくさんして、オマルトルの丘のあたりにいっぱいいて、それでキャバレーとかに、キャバレーとかカフェとかに通いながらなんか創作活動を続けていって、
時にはそこでチタラクになって、なんかダメな人が出てくるみたいな。そういうイメージなんですよ。
そうですね。なんかね、それとは違うね。
なんか綺麗な感じ。
ふわふわした綺麗な。戦争中飲むんだよ。
なんかね、すべてがさらっとしてるし、ストーリーもその程度じゃないですか。朝ドラにしたらっていうふうに思うんだけど、せめてリアリティを追求した葛藤みたいなものもなんかもう少しあったほうが。
だってね、ロシアから亡命してきた、亡命だよね、逃げてきたバレリーナとかいるわけよ。だから妙に中途半端に叱咤が喋る現代史みたいな感じになっちゃってるわけですよ。
ただ、ロシアから亡命してくる理由として、ロシア革命が必要だったっていうのは。
ロシア革命、以前だよね。
以前だけど、以前からそもそもニコライ二世に対する団体が潰していたっていうことで。
コート・ユーミンがやるようなバレリーナっていうのはね、立場的に厳しかったんだろうと思うけど。
だから妙な整合性みたいなのをつけつつ、すごいお花畑な映画なのですよ。びっくりするぐらい。
だって、まず普通に一人の女の子がパリにおじさんがいるからといって、どんなヘリクツつけたって留学なんか出してもらえないやんけ。
それ言っちゃったらおしまいなんだけど。
貴族の娘だったらね、お月の人とかいそうですよね。
全然全然、普通の庶民の子みたいな感じなの。貴族かどうかは微妙なんだけど。
でも、お兄さんとかは政府のお仕事とかをやってて、自分の同級生の大使、パリにいる大使館勤めの人間に連絡を入れるからといって、
その人が気を配ったりとかしてくれるんだけど。
それだけでも普通に高級官僚の家からですよね。
でも、結局おじさんが逃げちゃって、一瞬逃げちゃって、一人で暮らすことになり、屋根裏部屋みたいなとこに引っ越し。
すいません、いくらなんでも。
そういう場合は領事か何かが世話すればいいんじゃないかと思うんですけどね。貴重な留学生ですよ。
そうですね。え、大丈夫?っていうね。
もちろん、小高女性らみたいなさ、ああいう整合性すら。
向こうで寄宿舎に入ったけど、インドのお父さんが死んだらしいと。
で、お金が怪しいってなって。
別使いになっちゃう。
なんかね、それですらないわけじゃないですか。常に大使館の人が、引っ越しですね、みたいなさ。引っ越しですね、じゃねえよ、みたいな。
だって屋根裏部屋って、ほんとさっきの太陽と月に背いてのイメージじゃないですけど、基本は金がない貧乏芸術家が住むような場所じゃないですか。
だからそれまでは、多分イメージとしては、それまでは8、9万ぐらいの日本で言うとこのね、この辺で言うとこの8、9万ぐらいのアパートメントにいたんだけど、それが1万円の屋根裏部屋に、ちょっと郊外に離れたところに引っ越した。
あ、郊外じゃないかな。とにかく逆にちょっと離れた場所に、不便な場所に引っ越したみたいな感じなんですけど。
それも含めて、女の子の作品ストーリーといえば、それこそ長いことアサドラに右に出るものはなかったわけじゃないですか。
だからアサドラにするならねっていう感じではあるし、人間が入るとそれなりのリアリティが出てくるじゃない。
アニメって人間が声でしか入ってないわけですよ。で、そうすると、もちろん当時のパリを再現するような金もないだろうし、アサドラでパリに行くなんてことはないからあれだけど、
それならまだしも誰がこの作品を望んだのかが全くわからんっていう感じになっており、しかも当時のドロドロした感じとか、
アニメって格好の人が描かれないから、わざわざゴミとかゲロとかは描いてないわけだよ。
どうせ酒飲みの酔っ払いの同じところに住んでる女性とかが出てくるんだけど、それはね。でもそれさえも綺麗なんだよね。
これも映画だけど、レミゼラブルの映画化されてるやつ。レミゼはパリに咲くエトワールよりも前の時代とか19世紀初頭とかの舞台だと思うんですけど、
フランス革命の第3帝政くらいの時代。フランス革命のフォンチャンが終わって、その後ただ19世紀初頭くらいの話で、あそこで描かれるフランスの地方都市もめちゃめちゃ汚い。
パリは綺麗な人たち、それこそパリの市民たちはそこそこいい生活を送るけど、それでも汚いんですよ。でも地方に行くと基本地方って金がないんで、小汚いところじゃないですよね。汚い生活しかしてないみたいな。
そんな感じだから、やっぱりアニメのそこが限界っちゃ限界なのかな。
そう、アニメの限界を感じちゃったよね。意味なく。感じなくてもいいのに、そんな気になければ。綺麗にするのは得意だけど、すんのは結構苦手だぞ、この人たちって思って。
たぶんそこが宮崎アニメ的なやつと高畑勲的な描き方の違いなのかなって気はして、ホタルの赤って結構、どちらにしてもアニメなんで、その赤でも戦争の悲惨さとか、地下業クラスの下らしさとかっていうのを描こうとして、努力をしていった感じはあるかな。
でもまあ不利は不利ですよね。実際に人間が泥持ってきて、それこそゴミを散らかして、そこにゴロゴロすればそれなりに汚くなっちゃうんです。人間という存在そのものが。だからせめて声ぐらいしかないんですよ。人間性みたいなところが。そしたら声は宮崎アニメさんながら芸能人が当ててるんですよ。
でも今のアニメ映画で売れてるやつって、みんな声優がやってる劇場版みたいなスペースがすごい人が入って、うまくいってるわけじゃないですか。しかも女性2人のダブル主演と言ってもいい状態なわけですよ。
で、女優さん2人だと声の区別がつかない。演技の区別もつかない。努力しろよ、もう少し監督よって。監督とか演技師との話ですよ、単純にね。どう考えても片っぽがジョッコメグちゃんなら、片っぽならノンみたいなキャラクター設定は絵にはされてるんですよ、私も。
声は同じなんで、もちろんツンとしててもいいキャラが、全然本当は情熱を強く熱く持ってて、頑張るキャラだってのはいいのよ。でも、演技的に無理があるんですよ、そこを秘めたものとかって言ったところで、女優さんたちがやる分には若い女優さんたちがね。なのでね、いろんなところでアニメの限界を逆に感じちゃいましたね。
そうね、それは自分は結構あれかも、風立ちぬですごい感じたかも。
そうそう、だからもう宮崎アニメの限界だよね。今回も別にやってるのは谷口吾朗監督で、吉田玲子脚本なんで、本当に日本のアニメ界の結構力入ったところであれしてるんだけど、それでこれっていうのがもう限界だと思った。
やっぱり宮崎アニメ風の描き方っていうのは、ファンタジックな作品にはマッチする。
そうですそうです。
ポニョとか、駅の上のポニョとか、あとは君は誰のために、君たちと生きるかとか、その辺の作品にはマッチするんだけれども、風立ちぬみたいな、ちょっと史実を踏まえた作品みたいな感じになってくると、そこがやっぱりリアリティがなくなってしまって。
なんかリアリティ求めるのにアニメ使うなってか、昔の特に歴史ものとかきついよ。今の生活を再現するとかだったらば、みんなが今を知っているから、パラレルに見ながらやれるけども、何せ一大事世界大戦のパリのとか、あるいは第二次世界大戦のとかって言われると、かなりそこに今の人が、子どもたちが見たときにイメージできるもの、あるいは私たちの世代だって無理だろうなって思う。
その辺で言うと、やっぱゴジラ-2.0とか、あの辺のCGの使い方とかっていうのは上手かったんだろうなっていう感じがしますね。
だからお互い得意分野もありますと、そんなの不得意だってわかってるけどそこに挑戦したいんだよっていうのは、多分対価にはできないかもっていうところですかね。
ではここからゆるクイア用語辞典のコーナーとなります。このコーナーでは、我々がクイアだと思う用語について、我々の解釈で説明してみますというところで、今回は宮崎アニメ。
すごいですね。ジブリアニメでもいいんだけど、でもやっぱり一応そこは分けておかないとね。
分けておかないと。
好きですよ。だし好きな人多かったけど、今最近のは子どもは見ないんだってね。
そうなんです。結局、まず日テレが基本的に放映権を持っているんですけど、日テレでの放映機会っていうのが、基本夏休みとあとは冬休みくらいが基本的にそこで集中して放映するみたいな感じで。
あと一点影響として多いと言われているのが、レンタルビデオ屋がなくなったことで。
昔は宮崎アニメが劇場公開されて半年くらい経つと、レンタルビデオになって。
あっという間に借りられてね。
全てレンタル中みたいな、そういう状況が見られたんですが、今結局見られるのってディズニープラスでしか見られない。
ディズニーと専属の経営、専属というか最新経営と結んでいるので。
それがだいたい今の宮崎アニメを子どもたちはみんな知ってて、みんなトトロと友達みたいな世界でなくなっちゃった。
現代2026年ですよ。
そうですね。
もともとは本当に、それこそロリコンだろうなんだの言われながらも、女の子をやっぱり主人公にして、その子が成長していく。
それこそ男の子の成長端にかけては、非常に長けてた日本アニメとか漫画の世界の中で、女の子が普通に主人公で注目される対象で、そこが成長していくことを描くという意味では、宮崎アニメの影響力というのは半端なかったと。
だからこそお母さんたちにも共感はいたし、子どもたちも喜んで見てたと思うんだけど、途中からやっぱり男が主人公になっていく。
途中かっていうか、もともとナウシカは女性主人公で、その次のラピュタはカズーが主人公で、その次がトトロでメイちゃんとサツキが主人公みたいな。
順番が分かってる。すごいな、こういう人が。
私基本紅の豚派なので、大好きだったのね。あれも男性主人公だけど、そうは言っても。
豚ですからね、あれはね。
男とか言うなんて、いや男ですよ。そうなんですけど、ちょっとだいたい宮崎駿も年を取ってきたなっていうところで、そのじゃあ後のアニメはっていうところが言われるようになったけど、
でも宮崎アニメのアサドラの女性たちに与えた影響はすごい大きいと思うんだよね、私は。
まあそうでしょうね。やっぱりフェミニズム的に評価されてたのは、たぶん魔女択かなと思っていて、
僕の大学時代の井上輝子先生の魔女の択というのをすごい高く評価するんですよね。
やっぱりあれは女性の自立をえずらいているみたいな。
そして自立した魔女と、まだ勉強中の、修行中の魔女の子、そういうキャラクター、女のキャラクターでいろんなタイプが、
そしてモデルはこっちとかっていうことも含めて描いたっていうのは、非常にレアなケースだったので、
そこで子供時代を送ったりした人たちはかなり影響されてると思いますよ。
そうですね。だからなんか、僕の妹の話なんですけど、9歳差なんですよ。
離れてますね。
妹が。で、自分は小学生の時、妹は幼稚園、幼稚園に入りたてぐらいの時で、
で、もうずーっと隣の道路を無限ループで見るっていう時がありまして、
ちょっと兄的には心配になりましたね。
そんなに見て大丈夫だった?
大丈夫だった。大人になったね、ちゃんとね。
いやでも、もちろんドドドとかもね、別に成長端といえば成長端だし、
特別に神とも女神ともつまらんものともされてない等身大の女性みたいなのの描き方が、
あんなにいろいろ言われててもうまい、完全うまいし、
それは言い出したらキリがないだろうけど、
宮崎アニメのあった日本となかった日本ならあった日本の方が良かったよねって思うし、
もうそういう意味ではそういうものが要求されなくなってんだろうなというふうにも思うよね。
それで以降、女性主人公の作品は出てきて、
しかも90年代通して漫画とかでもね、女性漫画家がすごい活躍するような。
その前からだけどね、女性漫画家。
でも注目されるようになって普通にフラットに見られるようになりましたよね。
あらゆるところで女性を中心としたストーリーテリングっていうのはすごい活発になったので、
相対的に宮崎アニメの重要性っていうのはやっぱり薄れてきたのかもしれないですね。
そうですね。一時代終わったということですか。
やっぱり今見返すと特にラピュタとかはそうですけども、
やっぱり今のアニメの描き方に比べちゃうと、やっぱりセルアニメの限界。
そっちはそっちでか。
そっちはそっちで出てきちゃう。
やっぱりCGベースっていうかポケットグラフィックスの、
要するにデジタルで全部完結するようなアニメって、
そのフレームレートがすごい滑らかで、
戦闘シーンとかすごいぐるんぐるんぐるんぐるんフレームが切り替わるんで、
でもセルアニメって全部24フレームでエラーと合わせてるんで、
やっぱりそこの滑らかさにはどうしても限界でしょ。
それはもうこっちの目が慣れちゃったんですよ。
そういうCGアニメ的なやつに。
でも次のエヴォックメーカーは誰かってとこですね。
まあ、合ってますって感じですけど。
いやー、じゃあ深海のことかって言われるとちょっと微妙な気がする。
でもそれではないと思いますけどね。
私は好きですけど、まあまあいいや。そんなところで。
またいずれ深海のこともどっかで取り上げたいですね。
そうですね。