こんにちは、にじシバラジオ第95回です。NCのともぞーです。 小倉です。
にじシバラジオは、LGBTQ系サブカル・社会ネタを主に取り上げるポッドキャストです。
今回取り上げたいのはですね、ジャンププラスで連載している水曜日の連載なんですが、
今まさに佳境に入りつつある。 放送いつです?
これからまさにという感じなんで、 また佳境が続くんじゃないですかね。
エクソシストは堕とせないという漫画がございまして、これ今、単行本としては14巻まで出ている漫画です。
原作がアリーマ・アルマさんという方で、
作画が深山マスクさんという漫画家の方が描いている漫画となっています。
エクソシストは堕とせないということなんですが、これどういう漫画かというと、
すごい表面的な話をすると、神対悪魔のバトルものというジャンルで括っちゃっていいような気はするんですが、
ただ結構テーマがキリスト教世界をベースにした、
よくはジャンプでよくある話なんですが、悪魔が実在するという世界観、神も実在するという世界観に基づいている。
我々は普通の世界は、神とか悪魔っていうのは人間が考え出した概念みたいに考えていたりしますが、
この漫画の世界ではキリスト教の神も、その神に対立する悪魔も存在するものとして描かれていまして、
その神の代理人としてカトリック教会があり、
すごいですね。怒られそう。
実際のところ神の代理人は名乗ってますからね。カトリック自体が。
実際ね。
カトリック教会としてあるとかいうといろいろまた語尾があるっちゃあるんですが、
そのカトリック教会に所属するエクソシストたちがいて、
そのエクソシストの一人の、途中まで名前が明らかではないんですが、神父くんと呼ばれる少年がいて、
その神父くんがカトリック教会内の超パワフルなエクソシストとしてまず登場してくると。
で、それに対立するエクソシスト集団というか、神の代理人たちに対立する悪魔集団というか魔王たちがいると。
魔王たち7つの大罪、キリスト教でいうところの7つの大罪に従って、
7人というか7つの魔王がいまして、7つの地獄がある。
7つの地獄があってその地獄ごとに魔王がいるっていう、そういう区分けになっていて、
魔王としてはルシファーだったりとか、サタンであったりとか、あとはベルゼブブであったりとか、
リヴァイアスさんであったりとか、あとマモンとか、そういう魔王たちがいるんですね。
で、その魔王とエクソシスト集団のバトル漫画っていうのは、大枠のところなんですが、
この漫画の、そういう漫画って結構いろいろあって。
ありますね。なぜか7つの大罪、なぜ日本人は、昔からネットで日本人はキリスト教をよく知ってるんだとかいう議論でしょうけど、
7つの大罪、7つあげられちゃう日本人結構いるぐらいの人だもんね。全然関心ないくせに。
そうなんですよ。で、キリスト教モチーフとか、あとはグノーシス神話のモチーフとか、イスラムのモチーフとかって、
ギミックとしてね、日本の漫画によく使われるんですよ。
だから、例えばエクソシストモノだと、同じジャンプでいうと青のエクソシストモノだったりとか、
大昔で言えば九尺王っていう漫画とかがありまして、
あれは荒谷さんに裏荒谷っていうのがあって、裏荒谷に所属しているタイマシが主人公なんですけど、
仏教の枠を飛び越えてキリスト教世界の話を読んじゃったりする。
あ、そうなんだ。
あとは、自分が子供の頃にジャンプで連載していた、ゴッドサイダーっていう漫画があったんですけど、荒巻康二先生。
それも悪魔が実際にするという、キリスト教ギミックをたくさん豊富に用いた漫画なんですが、
そういう、なんていうんですかね、ある意味異能力、超能力バトル漫画の一種としての、
オカルト超能力バトルみたいな。
そんな感じで、ずっとこのキリスト教ギミックが日本の漫画の中では割と用いられてきたかなと。
ただ、このエクソシスターを落とせないに関して言うと、
やはり聖書の細かい文言とかをちょくちょく引用してきて、
かなり深く入り込んでる。
深く、こんな聖書の言葉まで引用してくるんだっていうようなところまで入り込んでいて、
ギミックの使い方がえげつなく、また一種というところに特徴があるかなと。
いろいろなんちゃってんの程度が本格的ってやつですね。
そうですね。
で、特にクイアー的な目線でこの漫画を眺めたときに、
一つ面白いのが、エクソスト集団に対立する存在として、
これはたぶんマラノイチの時に話したかもしれないですけど、
魔女集団っていうのがいるんですね。
要するにさっき話したように、7つの大罪に従って7つの地獄があるんですけど、
それ元に魔王がいて、その魔王の部下として魔女たちがいます。
で、魔女って言っても男性もいると。
魔女というのが別に女性という意味ではないと。
で、サタンの魔女だったりとか、ベルゼブブの魔女だったりとかっていうのがいるんですけど、
ベルゼブブは退職の魔王ですかね。
退職。たくさん食べる退職。
たくさん食べる退職です。
暴食編ってなってますね。
暴食の魔王としてベルゼブブってなって、
その暴食の魔王の魔女として魔女集団がいて、
ベルゼブブっていうのは何度か復活を取れてるんですけど、
幻聖に。
その復活するたびにエクストシストに対立されてる。
あー、なるほど。はいはい。
で、ただその魔女集団としては、
この幻聖を完全にベルゼブブのものにしたいので、
何度も何度も復活の儀式を挑んでくると。
で、その復活の儀式を行うたびに、
暴食魔王なので、様々な生贄を捧げる。
あー、はいはいはい。
そういう人殺したりとか、生殖者殺したりとか、
みたいなことで、
で、それを生贄として捧げるみたいな感じになっていて。
そっかそっか。
で、だから絵柄は可愛いんですけど、
結構淫算な話なんです。
あー、はいはいはい。
で、そこの魔女の一人でですね、
ウェルギリウスっていう魔女がいて、
この男の子なんですけど、少年なんですが、
で、ビル、通称ビルと呼ばれていますけれども、
そのビルがですね、エクソシストの主人公の
男の子。
神父君と対立をすると。
で、ただそこにちょっと因縁がありまして、
その神父君が、初登場シーンの時に、
先生と呼んでいる先輩エクソシストがいるんですね。
はい。
それはダンテって言うんですけど、
ダンテがだいたい30代くらいのエクソシストで、
で、初登場時の主人公は、
16、7歳の少年だという感じなんですが、
実はそのダンテの恋人がビルだったという設定でして、
なのでそのダンテが修道院で修行をしていた頃に、
ビルはみなしごというか、両親を失って、
そういうみなしご集団を引き入って廃墟に住んでいるみたいな。
で、ただお金を稼がないといけないので、
ビルはその教会の聖職者に、
売春をしてお金を得ていた。
なんかだんだん手塚治虫になってきたな。
そうそう。お金を得ていたんだけど。
そう。で、その中でダンテとビルが出会って、
付き合うことになったらしい。
その辺の細かいことはまだ描かれていないんですけど、
どうやらビルとダンテは両思いだったようであろう。
ところがキリスト教の修道院では基本的に同性愛は禁じられているので、
いつしかたぶんそこは縁が切れちゃって、
その中でビルはいつの間にかどういう戦いがあったのかはまだ明らかじゃないんですけど、
それから明らかになる可能性はあると。
ビルゼブグの魔女になって復活を目論んでいた。
宗派を移した感じですね。
ただビルがその時点ではキリスト教会とは関係がなかったんです。
結局キリスト教会に体を売っていたので、
男子をとして体を売っていたから、
そもそもその時点でキリスト教会からはアウトだという感じになっちゃう。
結局同性愛であるということで救われない魂みたいな感じでキリスト教会から売られちゃうんだよっていうようなところがある。
ただちょっと最近の展開でですね、
悪魔とエクソフィストとの戦いの中でダンテさんが致命傷を負って死んじゃうということがありまして、
死んじゃうというか、ビルとダンテが直接ぶつかり合うというところがあったんですよ。
あったんですけど、そこでダンテの方がビルの暴走を食い止めるために自ら命を貸すという。
うわーなんか純愛だなぁ。
ちなみにダンテは30代くらいなんだけど、ビルは悪魔に魂を売ったことで時間が止まってるんですよ。
お子様な感じなのね。
少年の17、16歳くらいの段階で成長が止まって、見た目が止まっている。
だからビルはまだ少年らしい、少年の格好をしているんだけど、ダンテはもうおじさんの生徒。
年を取っていっちゃうわけだよね、ダンテの方はね。
そういうふうに、同性愛というのが物語の推進力として一つ登場してきている。
というのがこの物語の一つ注目する部分かなというところなんですが、ただ今日話したいのはそこじゃなくてですね。
そこじゃなくてね、なかなか入れなかった。
最新刊14巻が出たんですけど、ここでサタン、7つの大罪の憤怒の魔王というのとしてサタンが設定されていて、
その憤怒の魔王、サタンの魔女としてババヤーラというのがいる。
ババヤーラというのはロシアの民話に登場する魔女ですね、もともとは。
そのロシアの民話上の魔女がいて、異に性の魔女ってある物語中では言うんですけども、
その魔女の復活を目論、これもババヤーラの復活自体もビルが目論で言ったことなんですけども、
そのババヤーラを復活させて、もともとベルゼブブを復活させようと思っていたものが、それが神服によって打破されてしまい、
そこから路線変更じゃないんですけど、それと同時並行的に進められていたババヤーラの復活の方を優先させるみたいな感じで儀式を進めていたと。
ただエクソシスト集団の力も強くてですね、その儀式を行うためのいろんな手順が破られてしまい、
14巻時点では完全な復活を遂げれなかったババヤーラ。
ただ一応力半ばとはいえ復活を遂げまして。
完全ではないけど復活はしてるんだね。
復活はしたんです。それで世界に戦線復興するっていうシーンがあり、それが漫画で出てくるシーンなんですけど、
いきなりモスクワの上空にですね、ババヤーラの小屋が登場する。
じゃあいけない。
登場して、あらゆるテレビ番組とかテレビとかスマホとかをタックして、ババヤーラが登場し、イブの呪いの解放者だということを告げる。
人類史とはすなわち女を虐げてきた歴史であるということを宣言するんですね。
なんかこうアジテーション、アジルームですよね。
そうそうそう、アジルームです。
最近その味なかなか見かけないぞって感じの。
だから創世紀3章16節、神の言葉だと。次に女に言われた。私はあなたの身の苦しみを負いにます。
あなたは苦しんで幸運を得る。それでもなお、あなたは夫を募り、彼はあなたを治めるであろう。
これが女の全てだというふうにババヤーラが言う。
キリスト教の創世紀の旧約聖書の方で、こういうふうに女は男性に尽くすものだと聖書が述べていて。
最初からそういう設定で作られておるのであると、君たちにそういう定めを与えたのであるということも、まず既に偽聖書の段階で言っとると。
続くババヤーラの言葉でですね、聖書の引用が何の証明になるのか不思議に感じるものもいるだろう。
ただ事実として、この古代人のテキストをもとに社会の基盤が築かれている。それも都合のいい部分だけを抜き出した。
国家や憲法に神が記された国がどれだけあると思う?
信教分派を含めればどれだけの権力が神と結託していると思う?
神はまだ生きている。教会の作った傀儡の神がどう?
すごい。
この間、Xが自動翻訳がっていう話をして、今までお互いの文化圏の中で内々でやってたことがこんなに表沙汰になって、お互い殴り合いみたいになってるのに、大丈夫?
キリスト教徒に火つけて回ってますけど大丈夫?
これは旧約を引用してるんで、キリスト教使いで一生無権だったりとか。
いやいやいや。それはキリスト教ももちろん旧約ももちろん経典ですんで。
思い出せ、我々は知ってるはずだと。女の正義参加を拒むのは何者か。女から仕事を奪うのは何者か。
女同士愛し合うのを拒むのは何者か。女の自由を認めないのは何者か。
すごいね。
てかさ、一番最初にもっと早い段階でフェミニストに見つけてほしいね。
俺しか見つけてないんで大丈夫?
大丈夫じゃないですか。
友藤さんしか見つけてないとかそういうことはないよね。
これに続くことが何者かって言って、それは誰かというと聖職につける特権を持った男たちだと。
我々の要求は二つである。
世界中全ての教会組織の解散とあらゆる政治機会において選議席を女にすることだ。
これが魔女の要求。
実際に聖職につけるのは現在でもカトリックは男だけなので、それは正しい指摘ではあるから。
正しいというのは事実としてね。
男しか聖職になれないというところが正しい指摘である。
ほぼあってます。
っていうところで、そういうメッセージというかですね。
要するにバーバヤーガっていう魔女が。
一つね。
それがさ、さっきちょっと絵を見たところでいうと、
絵の思い入れとか考えるとただの悪役として登場して、
フェミニストの日本みたいな感じで疎まれるべき存在じゃなくて、
すごく魅力的なキャラで描かれているんですね。
これはですね、バーバヤーガは元々バーサンだったんですけど。
バーサンだよ。バーバって言ってんだよ。
それは日本語でバーサン。
いやいや、同じだよ。
ちょっとですね、時間を前にすらすと、
主人公の神父くんっていうのがあるんですけど、
その神父くんなのに、元々サタンからですね、
スカイマとして、イムリっていう。
魔女ではないんだよね。
元々スカイマというか、スカイマなんですけど、
魔力を持たないスカイマなんです。
魔力なしね。
要するに魅惑をするというか、
インマ、さっき言えばインマ的なやつ。
ミダラナマとかインマね。
みたいなそういう存在で、
人間の女性として振る舞って、
その神父くんに近づいて、
そのインマの魅力で持って、
魅惑する、魅惑して、
神父くんから聖なる力を奪うっていうのが。
お仕事だね。
現段階でその仕事は達成されてるんですけど、
神父くんが見事、
イムリっていうインマにですね、
恋に落ちてしまって、
セックスもしてしまって、
童貞を失ってしまったので、
聖なる力を失いつつあるんですけど。
神父であることはやめずにいられるわけ、それでも大丈夫なの?
神父くんっていうのは、いわゆる通称なので、
正確に神父として認められているわけではない。
ないの?そうなんだ。
そんな感じで、
イムリっていう使い魔がいるんですけど、
イムリがですね、
もともとイムリ自体はサタンの使い魔なので、
ずっと歴史を超越して、
少女の姿のままずっと生きてるんですよ。
今、バーバイアーラとして登場している少女はですね、
リサっていう、人間だった時はリサっていう名前だったんですけど、
リサっていう名前で、
いわゆる女郎として働いていた。
幽女、幽女というか女郎というか。
売春やとで、イムリと一緒に働いていて、
その時の客も神父だったりするんですけど、
体を売って、売春をしていっていたんだけれども、
ある日、魔女狩りで捕まっちゃうんですね。
魔女狩りで捕まって火炙りの刑事をされてしまうという。
それをもって、そういう境遇、女性という境遇で生まれて、
売春やとで働かないと生きていけないという境遇の中で、
神が作った世界に対する闇を募らせていったという、
そういうような感じです。
というところがあって、
もうちょっと細かく、もうちょっとひどいエピソードとかあったりするんですけど、
いずれにしても、
ババヤールがそういうようなところで、
闇を募らして神が作った男社会に対して宣戦布告をするっていうのが現在。
すごいね。
っていうようなテーマ的には、
単にキリスト教をギミックとして使っているという以上に、
キリスト教がいわゆる西洋社会的な、
キリスト教ベースの社会構築、構築された社会というのが、
やっぱりその根底にある倫理観を問うているような流れになっているのかなというところですね。
ジャンププラス大丈夫かね。
それこそ小倉さんの言うように、
まだこれは日本語圏だけで読まれているようなところがあるので、
これがXの自動翻訳機能とかで、
世界的に読まれるときになったときに、
どういう反響を起こすのかというのはちょっと。
またね、きますよね。
しかもね、すごく主張も含めて、
バーバヨーガの存在自体が、
社会主義共産主義のロシア、
ソ連みたいな雰囲気があるもんね。
そうです。
ただこの演説の次に続きがあって、
演説が終わった後に、
魔女集団に対してバーバヨーガがどうだったって感想を聞くと。
自分のその発言、
ちょっとテレビ映りどうだったみたいな。
そうすると、すごい良かったですっていう意見と、
ちょっと含みのある、私は好きでしたみたいな。
そういう含みのある言い方をする子がいて、
その人が言うには、
相手は世界最大宗教で、
当然信者には女性も多いと。
それに要求が課題だと。
あれが刺さる層が狭いという。
なんか妙なリアリティ出してんじゃねーよって感じですけど。
かなりの人に反感を覆えられたのでは。
おもろ。
それに対してバーバヨーガが、
いいんだよ、あれは今の人類に向けて言ったわけじゃないから。
歴史は正々堂々するもので、
この蛮行さえ後世の人々には制御するものだと。
なるほど、かっこいいっすね。
かっこいいっすねって言っちゃう。
なるほど。
でもなんか、実際はバーバヨーガがただのスラブニーマに出てくる魔女でしかなくて、
キリスト教とどういう兼ね合いを私持ってるかとか、
そういう由来とかは知らないから、
かなりプロット的には、
キリスト教を離れた創作の部分が激しく多いんだけど、
いやもうなんか明日の炎上が手に取るようだが頑張れ。
いや、でもなんか、
すごく魅力的なフェミニストキャラって感じでいいですね。
でね、この次の展開がまたすごくて、
これ以上喋るとちょっと時間がなくなっちゃうので簡単に触れるんですけど、
バーバヨーガが演説した後に、
人類はバーバヨーガがそう言ってるので、
交渉をしないといけないねっていうことがあって、
各国の大統領とか首相とかが交渉しに行くんだけど、
死がにもかけないと。
人間たちと交渉する必要がない。
そうすると誰が出てくるかっていうと、ローマ教皇が出てくるんですよ。
で、ローマ教皇が自分が交渉すると言い出して。
中途半端に実態取られすぎて怖い。
それで実際に対面でね、交渉するんですけど、
そこでローマ教皇に何が起きるのか、
ローはちょっと読んでいただければな。
わかりました。
いずれにしても、そんな感じで、
14巻ではですね、
すごいフェミと言っていいのか何と言ったらいいのかわからない。
いやでも、フェミニスト必見だね。
これはね、読んでから何か言えって感じがだんだんしてきましたね。
ラディカルフェミニズムっぽい感じも。
しますよね。露骨に。
だからその極論も含めて、
本当にだから全ての全員を女性にする、
その閣僚じゃないけど、
全員を女性にするとかっていうフレーズも含めて、
本当にそんなことじゃあ望んでるのかって言ったら、
そうではないと。
ひとつアジテーションとして、
じゃあそうなったらどうなんだよって。
それは考えられないのかよっていうふうに、
投げていくみたいな、
ちょっとラディカルフェミニストっぽいですよね。
そうですね。
まあそんなわけで、
興味ある方は読んでみてください。
読みます読みます。
そこまで来たら読みます。
それではこれよりゆるクイアー用語辞典のコーナーとなります。
このコーナーでは、我々がクイアーだと思う用語について、
我々の解釈で説明してみます。
ということで、
今回はシンクレティズムという言葉。
勉強になっていいではないか。
ただ厳密な用語として用いるわけではなくて、
今回エクソシストは落とせないの話をしているんですけど、
そこでさっきも言ったように、
悪魔、魔王とか出てくるんですね。
サタンとかルシファーとか。
あとバーバイアーガーとか魔女とか出てくるんですけど、
特にバーバイアーガーとかは、
元々キリスト教の神話体系というか、
その中に出てくる存在ではない。
キャバクターじゃないよね。
ロシアの民話の中に出てくる、
ヤマンバみたいな存在で、
旅人を取ってくるみたいな、
そんな感じの存在なんですよね。
それをギミックとして、
今回エクソシストは落とせないの物語の中に、
魔女として登場してくるというような感じになっていて、
ただロシア聖教とかあんまり詳しくないですけど、
全然詳しくないんですけど、
もしかするとロシア聖教の信者の人たちは、
もしかするとそうやってバーバイアーガーをね、
魔女的な独人に位置づけてたりするのかな、
っていうのはあるのかもしれないですけど、
いずれにしてもそういうふうに異教とか、
異なる神話体系のものをですね、
ごっちゃにして位置づけていくっていうのが、
シンクレティズムのすごく大雑把な意味合いなのかなと。
そうですね、だからここ今ちょっと見てみて、
ああそうかそうかと思ったんだけど、
結局そのもともとスラルビー祝に出てきてるっていうことは、
土着宗教、別にロシア聖教以前であっても、
そういう聖なるというか神聖なというか、
力が強い存在として敬われる的なところであった、
女神系のものって大概そうじゃないですか。
それを疎む、
聖教であるとか、
カソリクであるとかもそうだけど、
そういった体系だった宗教が出てくると、
在来の女神信仰みたいなものはどんどん排除されていって、
悪とセットにされていく、
みたいなことがある象徴としてのバーバヤー感なんだろうなって思いますね。
だからさっきのストーリーにも、
その彼女のアジテーションにも説得力が、
よりその宗教が後ろにあることで出てくるってことじゃないかな。
だからさっきのキリスト教の世界を見ると、
その補完として要するに聖職者はみんな男性だと、
女性が排除されているっていうのは事実としてあるけど、
逆にそれを補完する形として、
マリア信仰みたいなのがくっついているっていうのはあって、
結局そのキリスト教の聖道から言うと、
マリア信仰っていうのはあり得ない。
だからプロテスタントとカトリックが分かれた時に、
ルタ派であったりとかカルバン派とか、
要するにいわゆるプロテスタントの諸派っていうのはマリア信仰を持っていないと。
神はキリスト、イエスだけだから、
イエスへの信仰の意味が正しいんだって。
でもカトリック世界だと聖母マリアっていうのが、
一種の聖人みたいな感じで崇拝されているっていうのがあって、
それもかつてのローマ神話であったりとか、
ギリシャ神話におけるビーナス信仰みたいなものの名残じゃないかみたいな。
そういうことは言われたりしていますね。
そういうのもマリア信仰とかも一種のシンクレティスムなのかもしれないなっていうのはあるんですけど。
男性中心主義が成り立っていく中で排除されてきたものの、
何せ2人に1人は女性だからさ、
神様は女性の可能性と男性の可能性は2分の1なはずなんですけど、
生徒がこれってなると、そこから排除されていくもの。
その中の一番大きな存在として女性とかがあるよねっていうことで、
一周回って女性キャラクターを出してきて、
宗教と絡ませるときには、
あんまの存在であるのと同時に、
もともとは性であったってことを描いているってのを割と直線的にやってますよね。
そうですね。
特に生光会系、イギリス生光会とか、
街の方だと女性宗教とかも普通にいたりする。
だからプロテスタント諸派の方は、
聖母マリア崇拝はないにしても、
一切女性宗教とかは見て、
ただトップは多分あれなんですね。
なんか男性みたいな印象がありましたらどうなんだろう。
その辺は全然詳しくないんで。
もしかすると女性がトップになっているところもあるかもしれないですけど、
世俗的な地位というか、
教会上の地位として、
女性がちゃんと地位に就くことができるようにするのか、
カトリックはそれを認めていないので、
信仰上の対象として、
女性も信仰対象になっているよっていうことをしているのか。
その辺は宗教学上いろいろ研究されているんだろうな。
部外者が解釈しきれない世界。
ちゃんと研究者の世界がありそうですけど。
でもシンクレティズムだといえば、
アニメなんて典型的なシンクレティズムの塊みたいな。
それは元々日本の信仰体系というのが、
神仏集合といってシンクレティズムから発生しているというところがあるので、
神道と仏教というか、
日本の古来の神様と仏教世界の神様が融合して、
一緒に祀るみたいなことがね。
長らく千年以上続いている。
もうキャリア長いぜって。
昨日の今日のじゃないよっていう上手さがあるのかもしれないですけどね。
その辺がもしかすると、
日本に江戸時代、戦国時代から江戸時代にかけて、
キリスト教の選挙をしてきた時に、
なかなか仏教が難しかったっていう。
よく言われるやつね。
江戸時代初期はそれでも何十万人というキリスト教徒いたらしいんですけど、
いずれにしてもそのシンクレティズムというのが、
日本の創作に与えてきた影響というのは、
日本のそういう信仰の歴史からして、
そういうものを受け入れる土壌があったっていう。
そういうのに慣れてる感じがありますね。
今回のエクソストは落とせないも、
そういう流れの中でできた作品ではあるんだけれども、
ちょっとキリスト教の解釈とか、
そういうところにさらに一歩踏み込んだ感じの作品になっているので、
その辺はちょっと興味深いなっていう。
どういう風に受け入れられるかを含めて。
というところで、ゆるケア予言辞典のコーナーでした。