必ずね、タイトルが昭和の歌謡曲のタイトルみたいになってですね。
っていうそのノスタルジー込みの。
今ね、これ実際2013年に放送されてるんだけど、
もちろんそのあと10年ぐらい経っちゃうと、さらに10年ぐらい経っちゃうと、
それがちょっとノスタルジーでやってるのか当時のなのかがわかんなくなると思うんですけど、
学校の雰囲気とか、それから学園ドラマっていうのさ、少年漫画の雰囲気とか、
そういったものが確実にここで見た段階で一周回った後なんですよ。
で主人公は的井龍子っていう小児。
その彼女がね、本能寺学園っていう学園に乗り込む物語ってことになってるんだけど、
お父さんが殺されたんですよ。
で、お父さん殺された後に彼女が駆けつけた時に残されていたのが、片立ちばさみ。
片立ちばさみってわかる?
あの細胞で使うやつ。
それの真ん中取ると2つに分かれるじゃん。
あー確かに。
あの片っぽ。
あーなるほど。
そう、あの片っぽが残ってたわけですよ、現場に。
で、それが大きいのですごい、それを背負いながら、ギターを背負ってるさ、若い人たち、若者みたいな絵で、
彼女はそれを背負って学校に乗り込んでいくんですよ。
なるほど。
でその、ここにいるはずだ、自分の父親をね。
殺したやつ。
っていう本当に普通に少年漫画の主人公を女の子に変えただけみたいな、
ですごいその、たぶん女子が見ると憧れる感じの女の子、その元気な女の子。
少年漫画のさ、赤をやる人ってさ、割と王道正道まっすぐっていうタイプの人じゃん。
そうすると、学園の生徒会長っていう、もう学園長の子供っていうね、
これこそ絵に描いたような日本の王道、その女の子はクールキャラの美人がやってるわけですよ、生徒会長を。
でまあそこの解決が前半の話です。
これまでに聞いている中でどこにどうフェミニズムがあるのかよくわかんないですけど、まずそこは。
そうなんですよ。
まず、そう、そのなんだろうな、私も別にフェミニズムの話は誰も言ってないから、フェミニズムの話だと思って見始めたわけじゃないよ、みたいな。
どんどんこれフェミニズムの話じゃんってどんどんなっていくっていうだけなんだけど。
たとえばっていうところで言うと、そのほんと古事っていう設定からさ、昔のそのどれほど、これ私が喋っても、どれほど当時の昭和の少年漫画をやってるかの話にしかならなくなっていくんだけど、それがまず同級生の、またこれが第三の女の子、そのちょっとユニークなキャラの女の子がいるんだけど、
その女の子と仲良くなって、クラスで仲良くなって、で、その子のお家で暮らすことになるのよ、どれほど昭和だってぐらいの、その昭和の展開をしていくんだけど、まあそれをさ、たぶん、まず一番最初にどこがフェミニズムかっていうときに、これずっと少年漫画でやってた話だよね、っていう話をまず女の子でやりますと、しかもすごくその表彰としては少年漫画の表彰ですと。
で、ストーリーもバトル漫画、とにかくそのいろんな部活の部長と戦って勝っていくっていうね、それは全部その勝っていくのは、その主人公の窓井龍子っていう女の子なんだよね、で彼女は決してそのなんて言ったら、女々しい表彰をしながら、例えば、いやそれも一つのさ、あの日本のアニメ文化の中の、例えば女の子が可愛い魔法少女になって戦っていくっていうのも一方で、まあ一つは流れとして。
少年漫画のまんまで戦っていくんですよ。だから彼女はちゃんとズタボロになるし、男も彼女を普通に殴ってくる、なんていうのかな、殴ってくるっていうか戦いをやっていって、彼女は本当に顔中ボコボコとかにされながら戦っていくので、最初から、たぶんそこに抵抗があったら2秒見れない。女を殴るなんて言ったらもうそれだけでちょっと見れない感じ。
で、その生徒会長、その学園を牛耳るだよね。で、まあ四天王みたいなのがあってですね、またね、その本当に典型的なその少年漫画のメソッドってかを踏襲しながら、そのトップに君臨する女である生徒会長と最終的にはまあ戦っていきながら一騎が終わるんだよ。
ああはい、第一騎がね、終わると。
でもこれって裏に地球を征服しようという大きな目論みがあるところが後ろに控えていて。
それは悪の組織みたいなところがあるってことです。
そうそうそう、簡単に言うと悪の組織が。
でも全部そのなんていうかな、ストーリーはよくあるっていうのはあえてやっているんだけど、その中に出てくるのが、出てくるっておかしいな、その中を一つ女の人に取り替えただけで、こういう展開になるのかっていう感じのトリッキーな仕組みが全部至る所に隠されるんですよ。
まあ、キルラキルっていうだけのことはあって、もちろんこれそれだけで言ったらただの少年物なんだけど、キルラキルといえばセイラフクなのね。
セイラフクなんですね。
そう、セイラフクなんです。それは的井友子が父親の殺されたところに残されていたセイラフク。
父親の殺害現場に。
中に、後で見に行ったらセイラフクがさ。
はい、セイラフクが残されていた。
そうそうそう、それ意志のあるセイラフクで。
意志のあるセイラフク。
ああ、そう、生きてるんだ、生きてるんだ。
生きてるんですか?
そう、生きてて。
で、こいつと会話しながら戦っていくし、こいつを着てると強くなれる。
ああ、なるほど。
だからこれが、なんていうのかな。
まあ、あれですかね、ぴょん吉みたいな感じなんですかね。
そうです、完全にぴょん吉です。
ぴょん吉、強くはなれないけど、強くなれるぴょん吉で。
ぴょん吉みたいな。
すごい会話してきて、寂しがったりもするようなキャラクターのセイラフクなんだよ。
で、防御とか戦闘のプラスにもなるような、そういう形になってるんだけど。
でも、これセイラフクだったことも含めて、タイトルがキルラキルってことも含めて、
全部イルイ、本能寺学園っていう学校のオーナーは、アパレルの会社、一大コンセルをやっている生徒会長の親っていうのは、それをやってる人なのよ。
アパレルコンセルなんですね。
で、そこが世界征服をしようと。
アパレルが世界征服をしようとか。
そうですそうです。
全部見たら腑に落ちる話をこうやって説明するの難しいんですけど。
なかなかあれですね、ユニクロみたいなのが思い出してる。
でもね、これすごいのは、コンセルをやってるのも女性なんだよ。お母さんなのね。
お母さんから娘が生徒会長で、その学園を支配していて、なおかつ戦いを挑んでるのも女の的井龍子で。
で、お父さんは殺されたわけだけど、なぜお父さんが、男性が殺されてるわけじゃない。
これも含めてすごく女性優位のストーリー。
通常だったら逆なことが、例えば大きな大財閥のお父さんが学園を作り、そこにボンボンの生徒会長がいて。
そして戦いを挑むのは男っていう少年漫画のこのレトリックがずっとあったわけでしょ。
それを完全に全部女で入れ替えてるんですよ。
で、殺されたのってよくさ、主人公のお母さんがとかってことになりがちなものを全部入れ替えて、なおかつ最後大断言で終わるんですよ。
男女入れ替え、例えば漫画本編になって、そのスピンオフとして、男女逆転ものみたいなものをスピンオフで描いたりする作品もたまにあったりするかなと思うんですけど。
そんな感じではなくて、女性を主人公に据えた少年漫画ベースの物語構造の中で、結構女性を主人公に送っていうことがある意味キーになって。
物語全体。
殺されてるのがお父さんだってこともすごくキーになっていて、非常にそれをひっくり返すとこれだけ壮大な物語がね。
しかもその声援アバレルの会社なんですよ。
で、予想うこととか、そこにすごく特別な意味を持たしながら話が進んでいくんだけど、でもすごくこだわっていて、その学校の中には裁縫部とかもあるのよ。
まあいろんなことが勘できる。裁縫部の部長だけは男なんだよね。
なんかね、すごくその辺の男女逆転が効いていて、あとその自分たちを助けてくれる、主人公を助ける人たちがいるんだけど、それがね、名前が出てこないから、多分間違ったかと思って言うんですけど、
この主人公を助けてくれる学校の先生が、実は秘書課に世界征服をしようとしている巨大コンセプトにね、実は意を唱えているグループが教員として潜伏してるんだよ、中にね。
で、どこまで逆でどこからがマジなのかわかんないでしょ。だからそれが保健の男性教員なんだけど。
保健の先生。
そう、保健の先生。
実際そこのコンセプトに石投げようとしている、それこそベトコムみたいな存在が、ヌーディストビーチっていう団体なんだよ。
なんですかね。よくわからないですね。
確かヌーディストビーチって名前はヌーディストなんとか。とにかくその、衣服を着ないことに、なんとなくちょっとずつ形見えてきた?大丈夫?
それで、主人公がまとっている、これもう言い忘れてたけど、生きているセーラー服は、鮮血っていう、鮮やかな血の鮮血っていう名前のセーラー服で、この後、生徒会長が戦うときに着るとしている洋服衣類なんだけど、それはウェディングドレスなんだよ。
で、これが純血って名前の衣装なのね。
で、もう本当にもう、そこら辺にさ、すべてこう、いろんなものが反映されてるとしか思えないストーリーテリングになっていて、最後のオチまで含めて、すごい裸のシーンとかもいっぱい出てるから、もちろん裸ってか、全部は見せないよ。
だから少年漫画にありがちな、ああ脱げちゃった、みたいなところとかのシーンとかがいっぱい出てくるんだけど、この文脈の中では、すごく服を着ないことに意味があるのよ、全体的に。
着ることにも意味があるし、着ないことにも意味があるの。
服っていうのは、よく言われることですけど、服はペルソナ的なもので、服を着ることでその人の社会的地位だったりとか、あるいは質素とかをある意味表すみたいな部分があって、だから服っていうのは単なる趣味じゃなくて、そういう社会的文脈を含むものだよみたいな、そういう解釈があるかなと思うんだけど、
そうしながら、例えば鮮血だったり純血だったりみたいな意味合いっていうのを、特にウェディングドレスとかは象徴的かなと思いますが、そういう。
そう、私たちも馴染んだ、つまり社会学的なね、フェニズム的な文脈を通ってきた人が馴染んだ文章が、いきなりその少年漫画を女に変えただけみたいな話に、バンバン出てくるんで、親って見てるうちに、ちょっと待ってこれすっげえ計算されて作ってないっていう感じの話になってるんですよ。私絶対計算されて作ってると思いますよ。
だからある意味、衣服から解放されるっていうのは、そういう社会的な象徴、連環みたいなところから解放されるっていうことで、もともとヌーディストPGをやってる人たちもそういう発想で確かやってたと思うんで。
そう、ちょっと七十何体のテイストだけどね、それも含めてね。ヒッピー文化の延長みたいな。なので、2013年にそういうものを含めて日本でアニメ化して、一大エンターテイメントで。日記見れば、ほんと、日記だよね。お腹いっぱいっていうか、もうすごく気持ちの中でもハッピーな気持ちになれるし、いろんな対立が起こってたこととかが。
でもね、この解消の仕方は、例えば世界が対立したときに、一体何がこう世の中を、対立を解消しますかっていうときの一つの解決策として、年中必ず最後に出るやつだけど、この解決策しかないかなっていう。それはその解決策を期待するのは無理だなっていうね。
簡単に言うと、そこは言っても全然問題ないから言いますけど、やっぱり宇宙人的な何かからなんですよ。本当はそこで団結できるっていう側面もあるわけですよ。
インディペンデンスデイみたいな。
そうですそうですそうです。そういう解決方法なんだけど、それによって女性がエンパワーメントされる物語だし、母と娘の物語でもあったり、父と娘の物語だったりもするんですよ。
あるいは、LGBTQからはちょっと離れてるんだけど、やっぱりジェンダーの話だからね。どっちかっていうとそっちの話なんだけど、セクシャリティっていうよりはジェンダーの話に徹底してるので、こんなにエロくない裸があるのかってくらい、誰が脱いでもエロくないくらいによく脱いでるし。
ハサミで切っちゃうわけだから、みんな裸になっちゃうよね、最後ボーンって。よくある昭和のアニメみたいに最後みんな裸落ちみたいな感じになっちゃうって話なんだけど、逆に一周回したところですごくフェミニズム的な漫画になってるので、これの解説をしようと思って準備してますが、書いてはいるんですが。
今どっかで配信とかしてるんですかね。
配信はしてます。常にしてます。どこでやってるんだろう。私はとにかくDアニメしか持ってないので、Dアニメしか見ませんけど、逆にこちらしてない分だけすがすがしく見られる、いい気持ちになれるアニメですね。
あれですね、ネットフリックスは配信してないですね。ちょっと何かの機会してみたいと思います。
ぜひ見てください。
それではここからゆるクリア用語辞典のコーナーとなります。このコーナーでは我々がクリアだと思う用語について、我々の解釈で説明してみます。
今回の用語ですが、制服ということで。
そうですね、制服なおかつ一応縛ったほうがいいかなと思うので、学制服でやろうかなと。
やっぱり制服って憧れの象徴だったり、あとは既成の象徴。例えば女性性の中に打ち込められるとかもそうだし、あるいはあの制服着たいっていうかっこいいねっていうところで、
有名デザイナーの制服をうちでは使っていますみたいなのをやったりとかして、一つ憧れの象徴みたいにもなってるけど、何か一つ決められた学校の規範の体型みたいな形で、こうであってほしいっていう、まさにジェンダーそのものみたいな、こうであるべきだとか、こうであってほしいを形作ったものだと思うんだけども、
学生さんたちってさ、そのまま着ないっていうのも制服の特徴じゃないですか。例えば、昔は、いにしえの時代はですね、すごくスカートを長くして、引きずるようにして、フレアじゃないね、フリーツ、ひだスカートをね、履いていて、こんなに長くするの大変だよね。
スケバンの人とかね。
そうそう、昔のスケバンデカとか見るとね、出てくるかもね。今は何あの学校ですよね。ちょっとほぼ袴みたいな感じ。
袴、袴ですね。
逆にすごく短くなる。
そうですね。
短くする方が簡単じゃない?ウエストの方でくるくるって巻くんだけど、でも、そうすると、うちの姪っ子なんかが言ってたのは、そのウエストの部分から急に、下に下がるほどスカートが広がっている形を、特にひだスカートじゃなければとっているものだから、急に大きくなるのも嫌だから、最初からそのウエストの縫ってある部分の、なんていうかな。
いい塩梅でちょうど膨らまないとダメだね。だからちゃんと手術するのよね、洋服の。改造するときは、ただ巻いてるだけの人もいるし、でも参加できるし、その短いスカート文化にはね、ちゃんと切って繋ぐ文化の人にも、そういうオシャレができるみたいな。
オシャレって言ってもさ、本当に与えられた、すごく厳しい、本当に制服って本当に何センチとかさ、何センチ膝から何センチ下であることとかっていう細かい規定、意味があるのかないのかわからない細かい規定を守らせることに、学校が急々としているような不思議な文化だから。
あとはもう、その中で、だったら遊んでいいよ、あるいは遊んでも、その中で遊ぶのもダメだよっていう学校の指導が入るっていうさ、不思議な。
そうですね。一時期というか、最近結構前から、学校の制服の中でも、女の子もスラックス履けますよみたいな感じで。
ジェンダーによって、女子生徒はスカートで、男子生徒はスラックスで、みたいな感じではなくなりつつある。
そうですね。この界隈でも、3人の女の子歩いてて、1人パンツとかってあるし、あとね、うちの学校は、高校は、私が学生のときもパンツOKだったって話があって。
でも、いたよ。学年にやっぱり1人か2人ぐらいだけど、400人ぐらい、450人いる時代だったけれども、1人か2人はそのパンツをあえて選んで、女子校だからね。少し先に配慮が進んだのかもしれないですけど。
たぶん導入されるときは、そういう多量性に配慮してみたいな話もちらほらあったけど、最近は、そうすると、例えば女子生徒でスラックスを履いて登校している子はレトラスジェンダーなのかなみたいに思う。
自分はなんかの場合だと、結構導入された当初は思ったりもした。
そういう意志もあったからね。入れるときにね。
最近は、むしろ機能性みたいなのが重視されていて。
今どきスカートなんて履かないよ。寒いのに。そういう感じでパンツを履いている。普段も日常もパンツしか履かないからっていう。
形が、簡単に多分普通に売ってるズボンを女の人も履けるようにすればいいんじゃないですかって言ったらば、女子のパンツは形が違うんだって言われて。
本当かなって思うんだけど、一応そういう名目でそんな簡単なもんじゃないんだみたいな言い方をしてましたね。
ちょっと骨盤の形がね。
横に貼ってますからね。
でもとはいえですよ。逆はなかなか浸透しないじゃない。
女性がパンツを履くのはもう既に私たち制服はね、男子と女子と分ける必要ないんじゃないかっていうふうに言った後に、すぐわりかし世の中も変わった。
あるいは世の中が変わり始めたところに自分たちが反応して、あっという間にこの地域にも反映されたってことなんだけど、逆は全然動かないね。
だからそのある意味スカートっていうその衣服がいかに特殊かっていうことだと思うんですよね。
そうですよね。
履かないよわざわざって。
性別を強調したいときに履くものみたいな感じ。
なっちゃってるから、だからまあ一種の衣装なんですよね。
学生という名前、だからこそ大人になってからも制服、どこの制服か分かんない、自分どこの制服じゃなくて、
なんちゃって制服を着て街に出る大人がいたりとか、あるいはごっことして、
ナースやね、それこそさ、キャビンアテンダントの制服と同じ一環として制服っていうさ、セーラー服とかね、そういうことが起こるわけであって、確実に機能性悪いよね。
機能的に見たらスカートってあんまり、本当によく意味がわかんない。
コストとしては安く上がりそうだのに安くないしね。
安くないし、保温性もないですし、安全性も担保されないしみたいなことを考えると、普通にパンツで履くないって話を聞いてしまわない。
その前パンツってのはスカートを履かないパンツじゃなくてね。
じゃなくてね、普通にスラックス的なもの。
男性がスカート履くっていうのもオシャレ文脈だったら普通にある話だし、でもわざわざ機能性を下げてまで履く意味がわからないみたいな感じになっちゃうから。
本当にだから、もしかしたらあと数年も経てば女子のスカート制服は見られなくなる可能性すらあると思うんですよね。
オシャレにどこまでこだわるかだけどさ。
オシャレしたい人はスカート履けばいいし。
でもオシャレって社会の文脈が呼ぶものだから、あれがかっこいいって素敵だって思わない限りは履かないじゃない。
だから昔の日本、江戸時代とかね、みんな着物だったわけで、そうしたいって普通にスカートもなかった。
スカートもスラックスもなかったわけだから、ってことを考えると、やっぱり明治時代以降にできた制服っていう文化で培われた、ここ100年くらいというか200年くらいのブームだったのかなって。
ブームですよね。セーラー服、なんでセーラー服なの?女子がっていうね。水平服である理由とかさ。
きっとその辺の医療の歴史とかって私結構好きで、衣服と社会みたいな話は割と好きなので。
あえて着る必要もないのに着る服だったら楽しいねとは思うけど、着なくちゃいけなくて着る服はやっぱり本人にストレスを与える可能性もあるし、
そのことで学校に行けなくなっちゃう子すらさ、実際トランス傾向を持つ子どもとかにスカートを強要したりとかってことがどうしても起こっちゃってて、本人にとってちょっと限界ですよってことも起こり得るのもやっぱり一番自分の体に近いところにある制服だからってこともあるので、
本当楽しむための洋服だったらね。それは洋服って言わないのに制服って言うのよね。ボタン一番上まで締めろとか帽子はこれをかぶるとかね。この年になるとそこに反発するばっかりじゃなくて、それを楽しむこともまあいろいろなんだなって上手にみんな楽しんでるなとは思うけど。
まあそれともやっぱり思春期の子どもにとってはやっぱり選択肢が多い方がね、いろいろ浴びやすい自分のアイデンティティーに合った服を着るってことがね、選べるのがやっぱり理想的なんじゃないかなと。
そうですね。
いうところで綺麗にまとめました。
まとめました。
まとめました。
そんなわけで、喜びや擁護辞典のコーナーでした。