こんにちは、にじシバラジオ第94回です。MCのともぞーです。
小倉です。
にじシバラジオは、LGBTQ系サブカル・社会ネタを主に取り上げるポッドキャストです。
小倉さん、お帰りなさいと。
ただいまです。
はい、トルコ行ってきてました。
はい。
はい、まあ、そんなに長いことでもないんだけども、8日間ぐらい。
8日間ぐらい。
はい、行ってきまして、イスタンブールよりはもう少し南東部の、
今まで行ったことがなかったんだけど、
どちらかというと、黒戸人種中のエリアに行ってきましたね、今回は。
どうでしたか?
あの、楽しかったです。
楽しかった。
楽しかったとか言ってる場合じゃないんだけどさ、でもまあ、えっと。
まず聞きたいのは、会いに行った子どもたちの様子はどうだったのかな。
はいはいはい、それをここで総合的に話すのはちょっと難しいけれども、
まあ、みんな元気にしてましたよ、とりあえず。
つまり、トルコはかなり今、社会が安定している。
つまりその、民族対立的な武装闘争も終わり、一応終わったってことになっていて、
政府と反政府組織が、一応武装闘争やめましょうってことで話がついたと。
で、反政府組織の方は武装放棄したと。
ここまではもう出ていて、あとはもう政府がそこに対しての何かを保証するだけっていうだけになっているので、
かなり国内的な安定感はありましたね。
この、行く前にみんなから、もう大丈夫なの?そんなイランのね。
まあ、真上っちゃ真上ですよね。
で、実際そのトルコの奥の方には、イランからの避難民が来ているという話とかもあったりして、
でも国内に戦争の雰囲気は1ミリもありませんでした。正直言うと。
で、前に一応は行ったことがあって、その時はイスタンブルだけだった。
イスタンブルと比較的そこから近くだけだったんだけど、
その時と比べても、実際物価高で大変とか、いろいろ地震の後で大変とか言っていますが、
思ってたような不安定さはなかったですね。正直言って。
私が少なくともそのまま旅行者が見て歩く程度だから、内実はわかんないですけど、
でもかなり市民が危機感を感じてピリピリしてるとかそういうことはなかったですね。
なるほど。
それで、行った都市は主に2都市で、ガジアンデップっていう日本に多く来てると言われてる南西部。
南東部だ。そうそう。トルコ南東部のほとんどシリアの真上ぐらいの。
シリアの国境から40キロぐらいのところですね。
近いですね。
のところと、それからディアルバクルっていう、ここはほぼ8、かなりの大多数がクルド人が住むの、
県、ディアルバクルっていうところがあるんだけど、そこの2カ所に行ってきましたよと。
簡単に言うと、やっぱりすごい違う世界がそこにはありませんでした。
ありませんでした。
ありませんでした。本当に都市がメインで回ってるから、農村部に行けばまた全然違う世界があるのかもしれないけども、
それは日本でも農村部に行けば全然違う風景が見えるのは同じで、
おそらくそういう印象的なとか、そういうことはまあいろいろあるんでしょうけど、少なくとも世界がますます一様になってるなって感じは、
久しぶりの海外に通話しましたね。
今日だからそこでね、何の話をしようっていう時に、
ヒジャブの話をしようっていうふうに思ってたわけですよ。
トルコといえばイスラム教国で、スニ派の世俗主義とは言われてるけども、
どんな感じなのかっていうのは体感でね、見ないと。
日本で暮らしてる分にはさ、日本で暮らしてるトルコ系の、トルコ系のっていうか、
トルコ国籍の人たち、川口にだいたい2,000人近くいると言われてるけども、
そんなにどの人がトルコの人でってわかんないぐらいの雰囲気ではあるわけですよ。
で、みなりとかだってね、自国でやってるのとは違うだろうと。
こっちに来てるから、ラフな格好でいるんじゃないの?ぐらいのつもりでいましたけど、向こうも同じでした。
正直言って、ヒジャブ率、体感としたと2割から3割ぐらい。
ヒジャブっていうのは、いろいろイスラム教の女性が髪や顔を隠すものの中では、
たぶん一番ペロンペロンなものだと思うんだけど、スカーフですよね、簡単に言うとね。
スカーフをうまく頭に巻いてとか、たぶんある程度厚めのものを巻いてっていう人もいるかもしれないけど、
顔とかは見ててるし、髪も普通に出しておしゃれの一用院として使ってるぐらいの人たちが多いのが、トルコの世俗主義だと思うんですよ。
だから、もちろん巻いてない人たちが、都市だとね。田舎行くともっと増えると思いますね、比率としては。
だけど都市だと、巻いてない人たちも圧倒的に多いし、巻いてる人が年寄りばっかりかと思ったらそうでもなくて、若い人でも年をとってる人でも巻いてる人は巻いてる。言葉一切巻かない。
だからトルコの場合だと世俗主義的なので、スカーフというかヒジャブの着用が個人の選択にだいぶ寄ってるっていうところですよね。
非世俗主義のイスラム教国的なところだと、要するに世俗と非世俗を分けるものって何かっていうと、政教分離されてるかされてないかっていうところが大きいはずで、
トルコはその政教分離を基本されているので、その個人の信仰と政治が直結してないというところがあります。
イランが極端な例ですけど、イランの場合だと非世俗的なので、要するに政教分離がされてなくて、イスラム法学者が最高権威として組み入りしているから、
それも宗教国家として成立していると。イランの場合だとヒジャブじゃなくて、チャドル。
ヒジャブじゃないイランも、どうなんだろう。
要するに女性が身に着ける服装っていうものが、イスラム法学者の規定によってかなり厳密に定められているので、
それを着る気ないっていう選択の自由っていうのがあまり個人にないっていうような社会になっている。
でも今イランの映像とか見てるとあんまり深々と、都会は田舎がまた別の世界だと思うので、髪の毛とかも普通に出てて、
おしゃれでしか巻いてないことは多分ダメなのかもしれないけど、大体巻いてない。髪の毛とかも出しちゃってる人も多いですよね。
都市部だとそうかもしれないけど、サウジアラビアとかは結構厳格だってきますね、その辺は。
サウジアラビアも基本政教分離してないので、スンニ派の中でもサウジは国内にメッカとか政治を抱えている関係で、
サウジ王家、サウド王家がイスラムの政治を守る守護者的なオーディションにいるっていうところがあり、そこでかなり厳格だし。
車の運転もできないとかね、最近認められたとかそういう話も。
あとスタジアムに、サッカースタジアムに女性が行けないとかいろんなのがあったりしたけど、トルコには一切そういうことがなく。
あるのかもしれないけど、見た目でね。
こっちでは夏だとへそ出して歩いてるお姉ちゃんとかいるわけよ。
若い女性とかね。
お腹出して、え、そんなの国に帰ったら大変なことに。
とか思うけど、向こうでもいました。
なんか都市伝説的なものなのかもしれないですけど、例えばイスラム教圏の人たちが日本に来て、イスラム教圏だと豚は食べられないんだけど、日本に来ると豚骨ラーメンみたいなね。
食べる人も食べない人もいるけど、食べてる人もいるけど。
食べてる人もいるみたいな。
で、それは旅行中は不可避だから、避けられないことだからしょうがないんだ。神様にごめんなさいって言えばいいんだみたいなことらしいですよ。
一応本人たちに聞くとね。そういうことなんだけど。
いやでも、きっと豚こそないけど、絶対ダメだろう。こっちでだけだろうと思ってた。
へそ出しが向こうで普通にお腹出して歩いてるお姉さんとかいたので、本当にね、世界が一様になっちゃってるよね。
ロシア種別として。だから多分ベールっていうかヒジャブ自体もほぼ生活習慣の延長。
私は子供、若い時からかぶってたからとか、うちのお母さんがかぶってたからとか、化粧するしないの習慣ぐらいの感じでしか機能してないように見えた。
で、ここは一応イスラムの国なんだなって感じるのは、一日に何回か流れるアザーンの声。
モスクから流れてくるアザーンの声っていうのは、それこそ夕方のチャイムのようにね、何十秒間流れて、
あー夕方になったんだなーとか、朝が来たんだなーとか思う。本当に単純にチャイムのように聞こえるぐらいに、
世の中はまんま入れ替えてもわかんないと思うんですよ、住人を入れ替えても。ぐらいの感じでしたね。
結構アザーンって、自分もインドネシアとかで聞いたことがありますけど、なんか気持ちいいんですよね。
そう、気持ちいいのよ。あーいい音。でもね、たぶんそれは、私たちがそういうものを面白がる感性の人間だからで、
あれを例えば日本で泣かされたら嫌だとかっていう人たちもいたりするわけじゃない。
なんかね、異国を感じることが嫌っていうさ、他の人たちが住んでることを意識するのが嫌な人たちもいるから。
でもだから、ただ音としては本当に、さすが何十年何百年、継続されてきたことだなと思うけど。
仏教でもね、信仰密教とかだったら本尾的な照明とか、ああいうやつも、お経を唱えてるから意味はよくわかんないんだけど、
音としては気持ちいい。気持ちいい、そう。人間の戒に繋がることですね。そうなんですよ、そんな感じで。
だから、今回ね、サッカーを見に行ったんですよ。
あの、ディアルバクルのアメドエスシーじゃない、エスケーか。
っていうサッカーチームが結構いい線行ってるって言うんで、それを見てこようっていうことがあって、それを見に行ったんだけども、
もうね、サッカースタジアムであんなに女子がいるところはないっていう風に、あの同校で行ってた、おじいさんが行ってました。
いろんなとこ行ったけど、子どもと女性がすごく多いスタジアムで、もうその地域チームとしてのもう形を作り上げられていて、
とにかく女の子たちがいっぱいきやきや応援に来てて、それでもう圧倒的に勝ったんだけど、私たちが行ったとき、たまたまね、
早々に相手チームが反則で退場したので、
10対11です、サッカーやってたので、もう墓舎点数入って、だからもういろんなところでさ、
もうみんな踊りを、踊りっていうか女の子たちがさ、縦乗りを、
原井。
原井。
そう、伝統的な原井っていうさ、みんながこういう、
輪になって、別位。
別になって、隣同士手を、指をちょっと絡ませて、縦揺れで踊る、縦揺れじゃないんだけど、ちょっとこうステップを踏んで踊るみたいなので、
みんなあちこちで4,5人ぐらいのグループが、もうそれこそ男女子も含めてね、踊ってましたけど、
その中でだから、世俗主義の元っていうのと、あとクルドがやっぱりそういう意味ではイスラム教そんなに入ってない。
イスラム教の信者ではあっても、すごい生活宗教の延長みたいな形でしかやってないとしか思えないので、
そうじゃないっていう人もいるかもしれないけど、
でもまあ普通にその4,5人いれば、みんなそのうち1人ぐらいはヒージャブしてる人がいるかもしれないけど、
そういう人たちも含めてみんな手繋いで踊ってるっていうのが、もうスタジアムの至るところで、ハーフタイムとかに見られる風景でしたね。
なるほど。
結構レベル的には高いんですよね。
そうかね。
あとお手が入る、自分あんまりサッカー見ないんですけど、サッカーの試合って基本こう硬直しがちっていうか、あまりバカつかってみんな入る感じが。
2対0とかね。1対0とかね。
低達度0対0とかね。
いや違うっすよ、だから10人だったから1人足んないでサッカーするってのはどういうことが起こるかっていうと、6対1でした。
対1か。
そうそう、だから圧倒的に強かったので、とにかく今上のリーグに上がれるか上がれないかのツッと際なので、
なんかまたこの間ちょっと負けたので、3位に落ちましたけど2位まで自動昇格なんですよ。
ほかスポーツってそんなにサッカー以外に盛り上がるものっていうのはあった?
なんでしょうね。でも街中が少なくてもリアルバックルは街中がサッカー一色でした、その前日は試合。
なるほど。
とにかくやっぱりその民族意識の象徴みたいにやっぱりちょっとなってますよね。
それはでも他の地域でもそうなんていうかな、バーベステロナとかもそうだし、
至る所サッカーのこの民族問題を象徴するところみたいなところのサッカーチームは強いよね。
でもあれか、トルコだからそういうヨーロッパのリーグとも近いって。
そうですそうです。
とにかくトルコのサッカーチームっていうのはヨーロッパのほうのリーグには入ってる感じ。
ヨーロッパのリーグ入ってるってことはないよね。それぞれ国でやってるじゃん、セリアだったらセリアとか、
イギリスだったらプレミアリーグとかなんかいろいろあるじゃないですか、そういうのがね。
で、トルコにはトルコのリーグがあると。
ヨーロッパのリーグってなかったでしたっけ?
ヨーロッパクラブ選手権とかそういうやつ?
ヨーロッパ全体のチームが対戦してるような、アジアもあるけどもちろん中国とか韓国とかっていうときに、
アジアリーグみたいなのは1年間に1回くらいトーナメントとか総和谷とかでやってるとかしてますけど、
そういうこと言ってる?
UFはヨーロッパリーグ。自分はあんまり知識がないから。
国内リーグがあって、ヨーロッパの国際リーグというか。
チャンピオンズリーグ的なやつね。
そのときにトルコは入ってんのかってこと?ヨーロッパのリーグに?
ヨーロッパリーグには入ってないでしょ?たぶん。入ってる?
UFヨーロッパリーグの決勝はイスタンブールで開催してますね。
トルコからも出てますね。ガラダサライとフェネルバーチェっていう強いとこが出てますけど。
ある意味そういうヨーロッパと近接してる人というか隣にあるというか。
そうしたところでもヨーロッパとの親近感的、親近感じゃないけど近さっていうのは感じてるってことなのかな?
地域的なというよりは人的なですよね。
だって実際にトルコの選手でヨーロッパのチームで活躍してる人が行ったり来たりとか、
ヨーロッパのチームで活躍してる人がトルコのチームで試合やるとか、
日本の選手もそうじゃないですか。日本の選手もトルコのリーグにチームに入ってということとかっていうのは、
ある程度強いところ同士はやり合いしてるから、もちろんトルコ系の人たちがヨーロッパにはたくさん住んでるから、
そういうところで当学を終わらせてきた選手をまたトルコが国内リーグに呼んでっていうこともやってると思うので、
確かにサッカーの世界の中でトルコはヨーロッパの園長みたいなところはあるかもしれないですね、もしかしたらね。
もともとトルコというかイスランドであるとか地理的なところでヨーロッパとアジアの交差点みたいな文化の交流地点みたいな、
そういう位置づけの地域ではあるし、大昔からそういう役割を果たしてきた古代イギリシャの時代か、
イギリシャ帝国の時代からそうだったっていうことはありますよね。
だからそうした部分っていうのは結構トルコの人たちのアイデンティティ形成とかしてるので、やっぱ影響してるものなんですかね。
やっぱりヨーロッパは身近なのかもしれないですね、もう少しね。だからずっとEUに入りたいけど入れない、入れて入れてって言って入れないって感じになってるじゃないですか。
ある意味トルコの世俗主義っていうのもそうした部分でイスラム帝国のオスマントルコ帝国でしたけど、その直前はオスマン帝国だったけれども、
それこそトルコっていうのはオスマン帝国の名手みたいなポジションだったけど、ただヨーロッパにおける近代化の影響を直接受けやすい地域があったかなっていう。
影響を受けやすいのと同時にやっぱり占領されやすい、征服されやすい、やられやすいっていうのがすごくあったからケマルアタチュルクが帝国をトルコ共和国にするときに、
やっぱりより民主的な形を作って自分たちの自国の統一感とか国としての足腰をしっかりさせなきゃっていうことで、
例えばローマ字入れたりとか、新ヨーロッパっていうのと同時にタイヨーロッパっていうことを踏まえて作り上げられた国家ですからね。
国民国家を形成したっていう。そこはよく言われる話ですけど、日本がアジア圏の中で成文憲法を初めて作ったとか、
その話はない日本帝国憲法として、ただケマルアタチュルクが生きてた時代に憲法自体はトルコの方が先に作ってたみたいな話があって。
やっぱり比較されやすい、日本と比べやすい国ですよね。比較されやすい。
共通点がすごく多いし、そういうタイヨーロッパとか新ヨーロッパっていうところでのバランスを考えなくちゃいけないっていうところも踏まえて、
形はすごい近いっていうことで、日本は別に近くなんともないけども、ダーツ・アニューオン的な中でね、すごくトルコと同じようなことになっている国ではあるから、なんか想像はしやすいですね、国の形が。
その中でトルコ憲法、トルコのミドハト憲法が1876年にアジア初の憲法として作られて、それが大日本帝国憲法よりも13年早かった。
いずれも強力な軍事権を維持する立憲民主主制を目指す、ミドハト憲法はロト戦争、要するにトルコとロシアの戦争で1年で停止されちゃって、国際になっちゃったから。
1年しか戻らなかったんですね。
それで、日本の大日本帝国憲法のほうが、成文憲法として、ただ憲法の制定時期としてはミドハト憲法のほうが先なんですけど、ちょっとすぐ短期間で終了しちゃったもんだからっていうところがあるみたいな。
まあ、1年じゃちょっとノーカウントで。
ノーカウントでみたいな感じになっちゃってる。
それでも日本的な解策で、世界では違うこと言ってるかもしれない。
違うこと言ってる可能性がある。
トルコのミドハト憲法のほうが先ですよって、これが一番最初のって言ってる可能性高いですね。
そういう意味で言うと、日本と近代化とトルコと近代化っていうのは結構似たような経緯をしたのかもしれない。
似てますね。
古典ラジオのケマラ・アタトルク会で言ってたのが、結局アタトルクがトルコっていう国民国家を救う過程において、それまで定義の存在していなかったトルコ人というものを定義付けていった結果、クルド人が排除されていったっていう背景があると。
少なくともトルコの言い分としてはそうですよね。
だからやむなしってとこもあるんだよね。
私はずっと他に言うこととしてはやむなし。
みんなお前たちもトルコ人だぞって言われちゃうのはやむなしっていうのも、もちろんトルコの言い分としてはわかる。
それは日本において琉球国を琉球諸郡で大日本帝国の中に吸収していく過程の中で、それまで琉球の人たちのアイデンティティー、琉球ってアイデンティティーだとは上書きされて日本人のアイデンティティーに置き換わっていったりとか、
愛護の人たちを日本人ってアイデンティティーに置き換えていったりとかっていう、そうした動花的な、動花政策的なところがあったっていうのは。
全くすごい共感する部分もあるんですよ。だから世界史の必然でもあったと思うし、タイヨーロッパってところでヨーロッパはやりすぎなんだよっていう思いもあるから。
でもそれを踏まえて、とりあえずそこから100年経ってるわけじゃないですか。100年経って少なくても大きにあの人が自分は日本人ではないと思うことは本当に減ったっていうのと、
同じような状況が多分おそらく黒人の人たちの多くにはあって、一部は相変わらずナショナリストであったりするだろうけどもっていうところだと思うんだよね。
その結果としての在日黒人の子どもたちの様子を見に行ったわけだけど、行ってトルコでまた世界の向こう行けば普通にウーバーを呼べ、バスもクレジットカードで乗り、
電車の改札とかもそうなわけですよ、バスとかも。みんな現金だとあわや乗れないところとかもあったりするような、ひらったく一枚になった世界を感じることになったかな。
やっぱりトルコの独自性というよりは、世界が同じようになってきてるなっていう感じはしましたよ。
はい。では、ゆるクイアー用語辞典のコーナーとなります。このコーナーでは、我々がクイアーだと思う用語について、我々の解釈で説明してみますということで、今回ちょっと取り上げたいのは、イスタンブールプライドマーチというものがありまして、
これまでトルコは世俗主義ですよって話をしてきたんですが、とはいえ、トルコにおけるLGBTQ系の人たちの扱いはどうかっていうと、甘くないというか、結構厳しい感じの取り扱いになっていて、
刑法改正の話があったりとかして、それでアイデンティティのところでLGBTIを犯罪化する法案なんかも出ていたりして、それは阻止されたものの、LGBTIの人々に対して起こした刑事罰っていうのを導入しようという動きも見られているところで。
そうですね。勢力が全員いるんでしょうね。強くね。
そんな中で、2003年からイスタンブールではプライドマーチが実施されてきたんだけど、エルドラン政権の下、結構弾圧が激しく行われてきていると。
2015年の時に中止にさせられた。今もゲリラ的な形で開催されてはいて、2023年のプライドマーチの様子などが写真としてアップされてますけども、やはりその人たちも、そういうことを組織だってやってる人たちも逮捕されて起訴されていると。
2023年のロイターの記事ですかね。
トルコのLGBTパレードで50人拘束。当局の強行姿勢が強まるということで、
23年の6月25日に行われた性的少数者のパレード、プライドマーチで、少なくとも50人が警察に拘束されたと。
アムネシティインターナショナルのトルコ支部は1人が党を負傷したと言っていると。
エルドワン政権と与党の公正発展とAKPっていうところは、LGBTプラスに対する強行姿勢を強めており、
エルドワン大統領は、先月の23年に再選されていると。再選後、野党は真LGBTプラスだとして、野党に対する批判をしている。
パレード主催者は、LGBTプラスコミュニティっていうのは、すでにエルドワン氏の標的にされていると指摘していて、
我々はこの憎悪と否定の政権を受け入れないという声明を出している。
ロイターのまとめとして、トルコでは同性愛は犯罪ではないものの、敵視する空気が広がっており、
警察によるプライドパレードへの弾圧は年々厳しくなっているということで、
そもそもさっき言った刑法改正の話で強まった背景として、そういう話が出てきた背景として、
こうした措置は公衆道徳や家族制度保護という偽りの名目の下、
実際にはトルコ社が、要するにそういう公衆道徳を脅かすとか家族制度を揺るがすっていう背景があるんだとして、
LGBTに対する刑事罰というのが検討されていたという、そういう背景ですね。
これが検討されていたのは25年の話なので、
23年に50人拘束みたいなプライドマッチへの弾圧があって、
そこからさらに状況がちょっと悪化していると言えば悪化しているのかもしれない。
そうですね。要は今回11人がリズミルの法廷で起訴されて裁判かかっているんだけど、
これはその歪説罪と生物学的誠意に反し、一般的な道徳に反するとみなされる暴動であるというのと、
その二側面が引っかかっているという、イスラム教国云々ではなく日本でも言われているはずですけどね。
言われるけど、25年に検討された、去年検討された法案によれば、
法案が成立すると性別に関する固定権関連や個人の表現方法とか、あるいは交際相手を理由に後勤刑が課される恐れがあるということで、
リスキーでこんなの通ったら絶対二度とEU加盟できない。
そこのところはやっぱり日本とのLGBT理解増進法の話を前に触れましたけれども、
そこはやっぱり大きな違いがあったなというのはあります。
だから世俗主義が浸透しているとはいえ、やっぱり社会道徳的なところでイスラム的なというのは語尾があるかもしれない。
どちらかと言うとフィリピンとかでもそうだったけど、大統領の力が強いんでしょうね。
大統領の道徳関連とかが反映されやすい仕組みになっているのと思いますね。
そこを崩して、結局なんで改正をするかっていうと、
心身ともに健全な個人と世代を育成し、家族制度と社会行動を保護する大変っていうことを、
トリコ政府は言っているんだと。
家族制度の保護みたいなのは日本でもよく主張されるところであり、
同性婚に対する反論として言われたりするものではあるので、
そうしたところでは似ているというか、どこも似たようなことを言っているところ。
そうですね、一部の保守派は同じような形で家族が壊れるとか、
子どもが少子化が進むとか、性道徳が乱れるとか、
そういった理由はもう100万回聞いてきたけど、
そこにはすごく人の国の事情だから、確かに人の国に口を出すつもりはないけど、
国内でも同じような価値観があり、それはうれいもれいものでありつつあります。
そういうところで。
世界が同じような一体化しているというふうに言いながらも、
やはりそういうところではまだまだ差異が大きくて、
やはり家族を守るという言葉が大きな意味を持つ社会であるのだなと思います。
一方でやっぱりイスタンブールプライドマッチ、今は中断しているとか、