ハートに火をつけろ!
こんにちは。創業期のスタートアップ投資に特化したベンチャーキャピタル、ANRIの代表、佐藤アンリです。
この番組では、毎回様々な企業化精神を持った方をゲストにお呼びし、その人を突き起こす熱について深く掘り下げ、熱くためになる話をお届けしています。
今回のゲストは、学校法人、United World College Isaac Japan代表理事の小林りんさんにお知らせしました。
本日は、りんさんに、Isaacを作るまでの巨人化のところのハード・シングスと、今後のりんさんが考えていること、成し遂げたいこと、野望などについて伺えればと思っているので、りんさん、今日もよろしくお願いします。
今日もよろしくお願いいたします。
じゃあ、まずは、前回あまりにも怒涛の勢いでスタートしたハード・シングスの巨人化をちょっと伺えればなと思うんですけど、
学校って、前回も話しましたけど、やっぱり巨人化がすごい大変だし、一番初めに話した通りで、Isaacみたいなフォーマットって、あんまり当時日本になかったから、出す側も、
初めてのことばっかりみたいなことですよね。誤解がないように言ったんですけど、日本の巨人化は、もともとは、すごく理由があったと思うんですよ。
なぜなら、これだけの人数を、これだけのクオリティで、人を担保して教育している国って、ほとんどないと思うんですよ。
まさに。教育話してディスられがちなんですけど、僕は教育すごい好きなんで、日本の公教育ってクオリティとかかっているコストのパフォーマンスが、
すごいと思います。
ダントツ世界一。
すごいと思います。本当に。
なので、日本の教育が悪いというよりは、今まで本当にこれだけの人数を、これだけのスピードで、これだけのこのコストで、こんなに長年支えてきたっていうのは、日本の公教育がすごい。
でもそれを作るために、やっぱりスタンダードというか、ある程度の規格。
格同的標準化があるんですよね。
そう。標準化。
なので、それが前提だと思うんですね。
その中でアイザークみたいな学校がいきなり、普通はインターナショナルスクールって全部各種学校で塾と同じ扱いなんだけども、我々は今回教育法第一条項って日本のいわゆる高等学校としてやるって決めて、なぜか走り始めました。
なぜか。
それを背景にあるのは、やっぱり日本の教育はここからここまでだけであるっていうのを、やっぱりちょっと壊したかったっていうのがあって、やっぱり日本の教育は多様化しなければいけない。
いろんな個性に対応しなきゃいけないって言われ続けてきた。この30年ぐらい。
中で、我々がそのちっちゃな布石というか、に慣れたらいいなって思いもあったので、あえて一回はトライしてみようというので、トライしてみたっていうのが教育法第一条項をトライした理由ですね。
そしたらまずぶち当たったのが、9月入学。
日本の学校は、インターは各種学校、それ以外の普通の日本の学校、一条校は全て4月入学であると。
9月入学。でも9月入学にしないと海外から人は来ないし、我々の教員は9割外国人。海外からで、生徒も7割から8割は外国なので、その人たちからすると、4月に来てくださいって言われても困っちゃうんですよね。
意味がわかんないですよね。
間の半年どうすればいいんですかってなっちゃうので、9月入学にしたいです。これ、あっししげく文科省に通ったんですよね。
そしたら文科省のある官僚の方が、それはやり方があると思いますと。
単位制高校。高校って前日制高校と単位制があって、単位制の場合は社会人の方とかで学び直したいとか、定時制とかいろんなのがあって、いつ入ってもよくて、校長が単位を全部認定したらいつでも卒業できるという制度があります。
で、たまたま全員9月に入って、たまたま一緒にみんなで単位を取って、たまたま6月に卒業するというのは、これは違法ではないのではないか。
そういうふうに官僚の方が教えてくださって、え、そんなのありなんですかみたいな話になって、日本で初めての高等学校であれば、9月入学でいいっていうのが始まるんですね。
面白い。
ところが、次は単位を出せるのは日本の教職免許を持った日本人だけだというふうに言われます。
なるほど。
ここは長野県なんですよ。長野県にすいませんけど、われわれこんな構想を持っていて、かくかくしかじかって言って、いやそれは難しいですねみたいな感じだったんですけど、一緒に教職免許法、今度は学校教育法ではなくて教職免許法を読み解くと、特別免許っていうのがあるんですね。
特別免許をよく読むと、ざっくり言うと、その教える教科についてしっかり3年以上か何かの教えた経験があること、知識を持っていること、情熱にあふれ人物が優れていることって感じなんですよ。
なんかこれみんなじゃないみたいな、うちの先生。って思って、すいませんけどこれ読むとうちの先生の候補者みんなこれっぽいんですけど、言ったらネットコバイさん、これ今まで長野県で平成元年から始まった生徒だと思うんですけど、何十年の歴史の中で2人しか例がありません。
それぞれ新宿大学の名誉教授でいらっしゃって。
なるほど。
で、ノーベルなんとか賞の候補になりましたみたいな。そうなんですね。でも、この法律読むとどこにもノーベルなんとか賞の候補者とかね、名誉教授じゃなきゃいけないとか書いてないんですけど。
ダメ元で我々の先生全員これ提出してみていいですかって。
したら長野県の方が、ちょっとやってみましょうかっていうわけですよ。
で、その時に審査会の座長を務めていらっしゃったのが、新宿大学の教育学部の学部長先生で、その教師のところにお話に伺って、各学者がこういう理想を掲げて、こんな学校を長野に作りたいと思ってるんです。
つきましては、外国人の方がかなりの大半を占める教師になるので、特別勉強なんとかならないでしょうかって言ったら、話し合ってみましょう。
で、この審査会の方々とみんなで議論を重ねてくださって、1年ぐらいかかったんですけど、降りるんですよ。
10人単位で。今まで何十年もかかって、一人二人だったのが、10人単位で。
これは平成元年から、その当時で多分30年40年の中で全国で800人ぐらいしかいなかったのに、長野県で10人単位とかどんどん出るようになると。
これは本当に長野県の方の皆様のおかげで、一番最初の9月入学は文科省さんのおかげで、教職免許に就いた長野県さんのおかげで。
次はカーナリザー町。これがご案内のふるさと納税ですね。
これは2012年に学校の開校許可が降りて、着校しますと。
最初から奨学金出したかったから、これでもみんなで奨学金出していったら結構な金額になるよねって話をして。
建てるお金はみんなで1千万円ずつ出したけれども、これ毎年何億って奨学金どうやってやるのって話になった時に、
その時学生のインターンの子が、この林さんふるさと納税っての見たことあります?ってなって。
その人が、これなんか寄付自治体を通して全部戻ってくるものらしいよって話になって。
それだそれってなって。
ナイスプレーすみません。
職員の人がそう言ってくれて、インターンの子が調べてくれたのかな。
そのインターンの子が全国でふるさと納税を全部調べてくれた。
前例がありました。
熊本県に、熊本県立母校応援ふるさと納税っていうのがあります。
これだと。ほぼ同じじゃないかな。全然違うんだけど。
対策の仕方。
めっちゃ同じだって言って、軽井沢町さんにありましたと。
最初は軽井沢町さんにこんなことあって、ふるさと納税やらせていただきたいんですけど、これ自治体の事業を応援するものですから。
町の緑化とか、公園のなんとか整備とか、小立の小学校なんとかとか、そういうものを使うんですよって言われたんですけど。
全国のインターンさんが全部調べてくれて事例があったので、熊本県さんがありましたって思ってたら、軽井沢町さんが前例があるのであれば可能性ゼロではないかもしれませんねっておっしゃってくださって。
軽井沢町の議会の方々も一人お一人ご説明に上がって、軽井沢町さんがさらに1年後ぐらいですね。
やってもいいですよってなったのが2012年。
お話を始めたのは2011年かな。開校目前になってきて、2012年にふるさと納税の中で初めて私学としては全国で初めてふるさと納税のメニューに入るっていうのが実現して、そこから数千万単位で入り始めたのが2012、13。
だんだんそれが億円単位になってきて、今の奨学金の原資の6割がふるさと納税になる。
どこまで来たってことですね。
本当に振り返ると去年以降すごく大変でした。大変だったんだけども、いわゆる岩盤規制って言われてるけども、実は蓋を開けたら心ある官僚の人たちとか県庁の人とか町の人とかがみんなで戦って、いいねいいねいいね、なんとか実現できる方法を頑張って見つけようみたいな感じでみんなで。
裏に相当長い接触がありますよね。
なんだけども、やっぱりみんな実は官僚の方も県庁の人も町役部の人も、やっぱりその町とか国とか県のためになりたくてそこにいるわけだから。
押し当たりですね。
そうだから別にみんなに邪魔したくて邪魔してるわけではなく、これなんか本当に日本に必要な気がするとか、これなんか長野県にいい風をもたらしてくれるかもとか、このプレゼント納税あったらカレー座町の子も生きるようになるかもって、今だったら高くていけないけど、カレー座町の子も小学生につくったら生きるかもみたいな、やっぱりみんなこれやったらこの地域この県この国に何かいいことが起こるかもって思ってもらえたら動いてくれる。
だからいきなり最初から敵対せずに頑張ってなんとかせよとかじゃなくて、これとかできたらワクワクしませんみたいな、みんな仲間みたいな、みんな学院祭の一緒のチームみたいな、そういう風になってきたことが我々がムーブメントになった一つの大きな要因だった気がしますよね。
なるほど。面白い。そうか、確かにな。本当に心を割と追ってくるタイプの課題が無限に出てくるっていう。
そう。
レギュレーション編もあるけど、てんぺん地域編もあるから。
地域編もあるから。
そう、本当にもう次が後から後から。今振り返って毎年。
今年も起きてますからね。
今年も、そうそう。すぐその兄さんとも話してた。その肝心の小島ふさと納税にまさかの上限の金額の上限がかかる、規制がかかるっていうニュースが先週。
すがすがしいぐらいスパッと決まりましたね。
先々週のニュースが出て、ひえーってみんなでなって、このNPOとかノンプロフェット界はみんなひえーってなって、一週間後にはい、そういうわけでみたいな。
素晴らしいですね。
本当に来年からまたハードシングス。
ちゃんと下準備して最後にピョコッと出してすぐ決めましたね。お見事。
本当にびっくりしましたね。みんなでびっくりしましたが。
でもそういう意味では、私たち実はいつかふるさと納税がなくなる日は来るんじゃないかっていうのは、5年ぐらい前から思っていました。
少なくともこれに依存し続けてはいけないと思ってたので、しくしくと準備を始めてたんですよ。
なるほど。
なので、すごい打撃ですよ。打撃だしすぐにはリカバーショットが打てないぐらいの打撃ですけども、
多分2年ぐらいかけて復活できるぐらいの手立ては打ってきています。
これが実は次はどうするかっていうのに繋がってくるんですけど、愛宅拡張するんですね。最後の拡張。
これ最後?
最後。もう土地がないので。今の敷地の中である土地を全部今年の夏に買収をして、拡張すべくずっと準備してきました。
拡張すると規模の経済も働くし、200人ってすごくちっちゃいので、なかなか100人でも200人でも300人でも。
300年で200人だからね。
なのでそれにかかる人員って実はあまり変わらない。200人が250人になってもあまり変わらない。
でもそこで50人の新しく増える生徒数の中で奨学金を今みたいに7割とかではなくて、6割とか5割とか4割とか3割とか調節することで
ここは経営の弁が、レバーが増えるので、これによって収支を改善することができるというのは3年くらい前から議論を始めていて。
もちろんこれは一番の主眼は、今入りたくても入れないぐらいの応募者の方がいらっしゃるので、規模を拡大すればその分人も増やすことができるし
インパクトというか、ちっちゃな学校だけども、それなりに定員を増やせば我々の教育を受けてくれる人は増えるし
インパクト拡大かつ財政の健全化ということで、数年前から議論をしていて、ちょうど今年の夏に土地を買ってさあやろうってなったところだったので
これが2年後に完成するんですよ。そうすればこの1、2年さえなんとかしのげれば、今回の大打撃の一部は賄うだろうということと