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tanaka
キャラがいっぱいある、キャラ変するっていうことは今までは一つだった人格が分かれていくというか、
例えば特定のグループの友達の前で喋るときはこのキャラ、家族の前で喋るときはこのキャラ、
先生と話すときはこのキャラっていうふうに、どんどんまるで自分の人格が複数個に増えていくみたいな感覚になると思います。
そういった中で自分の気持ちを整理したいときだとか、自分の意見を聞かれたとき、またその自分の気持ちに従って判断を下さないといけないときに、
あれ、どうしよう、自分でも自分のこと分かんないやってことが意外と中高生には多く出てくるんじゃないかなというふうに思います。
そういった中で、自分の気持ちが一つじゃないことって悪いことなのかなといった感じ。
でも何となく一貫性がないというか、優柔不断であったりだとか、芯が通ってない感じで、イメージとしてはあんまり良くなさそうだな、
やっぱり自分の気持ちがたくさんあるってことは、優柔不断な感じとか一貫性がないとか、イメージとしてはあんまり良くないような感じがするかもしれません。
そういった中で、でもかといって、例えば家族の前で話してるような態度で先生の前で話したら当然叱られますし、
その場その場で自分のキャラを変えていくってことはごく自然なことのように思います。
そういった中で、自分の気持ちが一つじゃないとダメなのかなっていったところを考えていきたいというふうなのが今回のトークテーマになります。
Sakakibara
はい、その中でちょっと田中くんが今学問として学んでることで、実はそういうことについて答えみたいなのがあったりするっていうことなので、ちょっとそれについて喋ってもらっていいですか。
はい、今回皆さんにご紹介したいのはドラマツルギーという考え方です。
Sakakibara
ドラマツルギーですか。
なんか曲にもありますもんね。
tanaka
ありますよね。そういうボカロ曲があったりするんですけども、その元ネタと言ってもいいかもしれません。
こちらはゴフマンという学者さんが考えた概念というか考え方になります。
このドラマツルギーの意味は、人は社会の中で俳優のように演技をしているという視点から人々を観察、考察する方法のことを言います。
ちょっとわかりづらいので、具体例を交えながら話していきましょう。
私たちっていうのは他人に印象をよく与えようとするために、意図的に振る舞い方を変えていきます。
印象操作していくということですね。
この振る舞いを演技と捉え、日常生活を舞台とした演技者として私たち普通の人々、一般の人々を考察する。
そういうのがゴフマンのドラマツルギーの考え方です。
学校を具体例にして考えていきましょう。
学校には先生と生徒がいますね。
先生は先生らしい服装をしています。
先生は生徒からの質問に答えたりするし、黒板を使って授業をしたりしますね。
当然ですが、このように先生は先生としての役割を果たしているわけです。
一方で生徒も生徒としての役割を担っています。
先生から当てられたら問題の答えを答えないといけないし、
ここテストに出るよって言われたらノートに重要な点を書いたりだとか、教科書にマーカーを引いたりしますよね。
そういうふうに、もちろんですが授業中に座って静かに話を聞くっていうのも、これも生徒としての役割です。
もしもの話なんですが、もし先生や生徒がそれらしくない行動をしたり、服装をしていなかったら、
授業であったりだとか、学校というその場、社会の場がどうなってしまうでしょうか。
例えばですけど、先生がいきなりお酒を飲み出すとか、授業の途中にお酒を飲み出すとか、
昔ならありたかもしれないけど急にタバコを吸い出すとか、授業をほっぽり出して全然関係ない話を出すとか、
逆に生徒の子も考えてみたりして、先生の話を聞かずに急に廊下を走り出すとか、
友達同士で急に喋り出すとかってなったら、当然ですけどその場はぐちゃぐちゃになっちゃって収集つかなくなりますよね。
このようにですね、日常における人々の演技っていうのは、自分の思い通りに見せたいという欲求だけではなく、
先生と生徒や職場であれば上司と部下といったように、お互いがお互いの役割に沿った振る舞いをすることで、
職場であったり学校といったその自分の置かれている場所の秩序、ルールを成り立たせていると。
このように自分たちっていうのはその演技をすることによって、その場に適して、適した良いとされる演技をすることによって、
そしてその演技を受け取る側の人間として共同作業をしながらこの社会を成り立たせているんだよっていうのがゴフマンの考え方なんですね。
まあゴフマンの考え方はもっと深掘りしていくといろんな考え方があるんですけども、
要は皆さんがキャラ編をしていくことっていうのは至極真っ当なことっていうことを今日はお伝えしたいわけですね。
Sakakibara
なるほどね。
tanaka
だから皆さんは生徒として、先生の前では生徒として役割を果たしています。
親御さんの前では子供として適切な役割を果たしているし、
友達の前では友達としてその役割を果たしていると。
まあいろんなキャラが出てくる、いろんな顔が出てくると思うんですけども、
それはその場、生徒と先生、親と子、友達と友達というふうな場を成り立たせるためにそういうふうにキャラ編をしているわけですから、
決して変なことじゃないよ、一貫性がないとか優柔不断って感じするかもしれないけども、
それもそれとして社会が成り立つためには重要なことなので気を負うことはないよというふうに伝えたいというふうになります。
tanaka
さらに具体例を挙げるとするならば、私が研究している社会学っていう学問は、
社会問題であったりだとか、この社会、世の中を生きる人々のお困り事であったりだとか、問題、困ってること、
あとはなんで争いが起きるのかとか、なんで意見が対立するのかとか、
社会そのものを問題解決するために、その原因を明らかにするための学問なんですね。
tanaka
そういった中で調査をするわけですよ。
いろんな人にインタビューしてみたりだとか、質問用紙を配ってアンケートを中継したりだとか、
そういうふうにやっていくと、人間って意外と言ってることとやってることが違かったりだとか、
言ってることとやってることが違ったりだとか、血が吐くだったりだとか、曖昧な回答が得られたりだとか、
あれ?この人って最初はこういうふうに言ってたのに、アンケートに書いていることは逆のこと言ってるなっていうふうなことだったり、
あとは、自分が決めたつもりでも、実はそれは直前に見た広告ですね。
広告とかPRとか、動画広告とかに反映されて、影響されていたりだとか、
結構人って、その人が自分の意思で決めたつもりでも曖昧だったりするんですよね。
そういった意味でも、結構人間の気持ちっていうものは、意外と曖昧で一貫性がないものなんじゃないかなっていうふうに。
というか、一貫性がないほうが普通なんじゃないかなっていうふうに僕は考えるようになってます。
Sakakibara
なるほど。
tanaka
私が中高生の頃は、自分に一貫性がないこととか、優柔不断なことってなんか気持ち悪いし、良くないことだなって思ってた、
そういうふうに考えてた生徒だったんですけども、さっきも言ったゴフマンのドラマツルギーの考え方であったりだとか、
実際にその社会学っていう学問に触れることによって、別にそれ普通なことなんだなっていうふうに思いましたし、
気にやむことではないなっていうふうに考えるようになりました。
なので、皆さんも今そういうふうに自分のキャラ編をする機会がどんどん増えてきてると思います。
さっきも言ったように、学校、先生と生徒、親子としての家庭、友達との付き合い、あとは委員会活動、部活動であったり、
習い事、塾とか、いろんなコミュニティがどんどん増えていく。
関わる人たちの種類が変わっていくってことは、その分だけどんどん自分の顔ってものが増えていくと思いますし、
時にはある顔とある顔が、あるキャラとあるキャラが対立するようなこともあるかもしれません。
一方でそれはごく自然なことだし、自分の中で気持ちが矛盾してしまっても、その矛盾を大切に丁寧に解きほぐす時間っていうのも、
またあなたを成長させる大切な時間だというふうに私は考えています。
そういった中で、いろんなもの全部含めて自分なんだなっていうふうに自分のことを責めたりせず、
許容してあげることが生きやすいんじゃないかなっていうふうに結構思ったりするんですけども。
tanaka
人によりますよね。
Sakakibara
人による、人による。
tanaka
自分の根幹みたいな部分にどうやって気づくかっていうのは、今坂木バラ君が言ってくれたみたいに最初から気づいている人もいれば、一方で僕みたいに巡り巡ってこういうことなんかなってわかりだした人もいたりするんで。
そういった意味でちょっとね、具体例として僕と坂木バラ君の事例を話したんですけども。
キャラ編をするっていうことに関して、それが良いことか悪いことなのかっていうよりかは自然なことっていうのが僕は私たちが言いたいことなので。
それでなんか自分の気持ちがたくさんあるからといって、お意味を感じる必要はないし。
またそういうふうに自分のキャラ編の仕方っていうのも、人によりきりといったことで。
最初から自分の軸っていうふうなことがわかってて、そっから先の部分、枝葉の部分だけ変えてキャラ編していくっていうタイプの人もいれば、
ちょっとよく自分の内面みたいなことわかんないから、とりあえず全乗っかりで順番でいってって、だんだん自分の本筋みたいなものがわかっていくっていう人もいるということで。
そういうふうな中で繰り返しだと思うんですよね。自分のキャラをどんどん変えていって、その中から自分ってこういう人間なのかなって、
なんとなく自分の本質がわかったような気がして、でもまたその本質もいろいろとあっていって、もう一回自分のキャラをいろいろと複製、いっぱいキャラ付けしていって、
またそれを合算してみたいなことを、どんどんどんどん繰り返して追っていったりだとか、重ねていったりすることによって、皆さんっていう人がどういう人なのかっていう人間が計算されていく過程だと思いますし、
ある種そのスタート地点、自分のキャラを自覚するというスタート地点に今皆様いると思うので、それはなんというか、今後ずっと続けていくことなので、気長に頑張ってもらえればなというふうに思ったりしてます。
Sakakibara
おだしょー 終わりはないですからね。これは大学生になった時とかでも就職活動をした後になっても、さらにその大人になって自分が子供を、自分が子供を持った時とかに子供の教え方とかさ、そういった時とかに意外と違ったり、自分の持ってたものと違ったりするとかってこともあったりするんで、終わりはないですね。
終わりはないですので、そういうふうな、やっとスタート地点か、ぐらいに思っておいてもらえたらいいと思います。 楽しんでもらえたらいいと思いますよね。
tanaka
おだしょー 楽しんでもらえたらと思います。自分がどういう人間かっていうのがわかるようになると、自分の得意分野であったりだとか、自分の生かし方、自分のモチベの上げ方、頑張り方っていうのがわかってくると、前にも話したかもしれませんが、結果として自分がどういうふうにやればいいパフォーマンスが出せるのかっていうふうなところに繋がっていきますから。
そういうふうに自分がなんとなくどういう人間かわかるってことは、結果的に自分がどういうふうに頑張っていけばいいのかとか成功したらいいのかっていうふうな、今後の人生のある種指標みたいな部分になりますしね。
なので、いいことしかないと思いますので、楽しんで自分探ししてもらえたらいいかなっていうふうに思います。
Sakakibara
ありがとうございます。ということで今回のトークテーマなんですけれど、本当の気持ちは一つじゃダメなのかというテーマで、キャラ変って別に自然なことなんだよっていうことを皆さんにちょっとしゃべりつつ、
さらにその中でキャラ変していく中で自分のキャラが何なのかっていうのがだんだんわかっていくようになるので、その過程もちょっと楽しんでいきましょうというようなことをしゃべってまいりました。
ということで今回もご視聴いただきありがとうございました。ぜひ皆さん次回もよろしくお願いいたします。それではまた。さよなら。
tanaka
またねー。