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【自己表現】13歳が身に付けて欲しい「表現力」、ぶっちゃけ何したら鍛えられそう?
2026-04-21 49:38

【自己表現】13歳が身に付けて欲しい「表現力」、ぶっちゃけ何したら鍛えられそう?

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■ 今回の内容

【NHK調査】親の7割が「自己表現力」を身に付けて欲しいと願っている

書き言葉の表現:アナウンスの原稿が良い教材

話し言葉の表現:「引き算」の喋り方が、聴き手を飽きさせない

自分の感情をキャラクターにしてみよう

コミュニケーション力を高める表現は、日常に潜んでいる

AIを使った自己表現には、いくつかの落とし穴がある

自己表現を通じた「達成感」はAIだけでは得られない


■ 使用した調査

中学生・高校生の生活と意識調査 (NHK放送文化研究所, 2022)

⁠https://www.nhk.or.jp/bunken/yoron-isiki/tyuko/category.html


■ 番組概要

親や先生には聞きにくい今の13歳のリアルな悩みを、最新の統計・調査データから科学的に読み解きます。
友達以上・家族未満の距離感の2人が悩みを深掘り、本には書けないようなライフハックを考えます。
これからの時代を生き抜くヒントを一緒に探してみませんか?

■ プロフィール
大学のサークルで出会った、文系の田中と理系の榊原による2人組。
就職活動や周囲の結婚・出産を機に、改めてキャリアや家族のあり方、教育について考えるようになる。


■ 感想・質問はこちらから

https://forms.gle/zhLuRVk6SG1819R48


#13歳からのPodcast について

https://note.com/27cleyera/n/n838eead297e1


#ラジオ #ポッドキャスト #悩み相談 #人生相談

感想

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サマリー

親の7割が子供に「自分の考えを表現する力」を身につけてほしいと願っているというNHKの調査結果を受け、本番組では表現力を高める方法について掘り下げています。書き言葉の表現としてはアナウンス原稿の作成が、話し言葉の表現としては「引き算」の話し方が効果的であると解説。また、自分の感情をキャラクター化して表現する方法や、日常会話、授業、課外活動における表現機会の重要性についても触れています。さらに、AIを活用した自己表現には落とし穴があることを指摘し、最終的な達成感はAIだけでは得られないと結論づけています。

自己表現力の重要性と調査結果
スピーカー 1
13歳からのPodcast。この番組は、もし13歳の頃に戻ったとして、どうしても伝えたい生き方やノウハウを発信するPodcastです。
スピーカー 2
はい、ということで始まりました。13歳からのPodcastでございます。 私が、Sakakibaraです。
はい、Tanakaです。よろしくお願いします。 では早速、今回のトークテーマに行きましょう。
スピーカー 1
今回のトークテーマは、「自分の考えをどう表現する?」というテーマでございまーす。 はい、自分の思ったこととか考え方を相手に説明しなきゃいけないっていう場面はたびたびあると思うんですけども、
今回私たちがなんでこれを引っ張ってきたのかっていうのは、前々回からおなじみ NHKさんがやってる
中学生・高校生の生活と意識調査2022の単純集計から、面白いね、調査結果が見られたので、そこから着想を得たテーマでございます。
はい。 前々回と前回は、今実際に中学生・高校生だよーって子に質問をして得られた回答の結果だったと思うんですけども、
今回はそうじゃなくて、お父さんお母さんに聞いて回答が得られた、その結果をまとめた項目になります。
どういった質問だったかというと、あなたは学校での教育でお子さんにどんな能力や態度を身につけて欲しいと思いますか?
というふうな質問ですね。お父さんお母さんとして、お子さんが学校に通う上でどういうふうな力っていうものをその学校で身につけて欲しいのか
っていうのをいくつか選択肢があって、何個でも選んでいいですよっていうふうな回答の仕方をしています。
基本的なところでどんな能力が求められているのかっていうと、基礎的な学力ですよね。
あとは学ぶ意欲とか、社会のルールやマナーとか、人間関係を磨く力、築く力ってあったりだとか、
スピーカー 1
大事そうだよねみたいな話があるんですけども、その中でも興味深かったものがあります。
それが、自分の考えを表現する力といったものがお父さんの方で63%、お母さんの方でも72%ということで、それなりに結構高い数値を出していました。
なんでこれは興味深いのかっていうと、実は似たような質問項目としてその上下に論理的に考える力と自分の将来について考える力というふうな質問項目も選択肢もあるわけですね。
自分の考えを表現する力、自分の将来について考える力、そして論理的に考える力って考えることについての質問なんで、
どれも似たような数値になりそうな感じなんですけども、実はこの自分の考えを表現する力っていう選択肢だけ突出して、
この3つの中ではパーセンテージが高い、重要だと思ってる人が多いというふうな結果が得られていました。
そういった中で、自分の考えをどう表現するのか、表現すること大切だよねってお父さんお母さん考えてるのはわかりました。
改めて自分の考えってなんだっけ?自分の考えを表現するってどういうこと?っていうふうなことからまず始めていこうって話ですね。
やっぱり注意しなきゃいけないのは、今回の質問はあくまで自分の考えを表現するっていうふうなところが詳しくは書かれてない。
スピーカー 2
そうなんですよね。
スピーカー 1
ふわっとしか引かれていないので、あるお父さんお母さんからしてみれば、自分の考えを表現するっていうのはつまり基礎的な思考力だと思って選んだ人もいるかもしれないし、
一方で、これは自己分析力のことを言っているんだなというふうに思って選んだ人もいるかもしれないし、そこまでは今回の調査では詳しくはわからないんですけども、
でもいろんな解釈がありつつも、おおむねだいたいそういうふうな方向性で自分の考えを表現するっていうこと自体が大事だというふうに考えている人が多かったってことは変わりがないので、
書き言葉の表現力:アナウンス原稿の作成
スピーカー 1
創作表現などを通じて表現力を養われるっていうふうな部分は、やっぱり僕たちもこうやって今ね、ポッドキャストをやってますとか、
例えば美術部でしたとか、僕だったら放送部でしたとかっていうふうにあったりもすると思うし、
あとはなんだろうな、放送部の中でも僕みたいに喋ることが好きですっていう人もいれば、坂木バラ君みたいに番組作るのが好きですっていうふうなものもあったりとかすると思うんですけども、
せっかくなんで、そういった表現活動とかの中で培われる表現力ってどんなのがあるのかなみたいな話もしていこうかなというふうに思います。
そうですね、僕のほうから話したほうがいいですかね。
スピーカー 2
そうですね。
スピーカー 1
僕は何度も申し上げてますけども、アナウンスというふうなもので、自分で原稿を書いて、それを審査員の目の前で発表して、点数をつけてもらうっていう大会に中学校の頃から出場してました。
そういうふうなことを長くやってたんですけども、そういった中で考えられるのは、自分の表現の仕方みたいなのってどうやったら培われてきたのかなみたいなことを考えたときに、2個あると思うんですよね。
スピーカー 2
はい。
スピーカー 1
1つは原稿に込める表現。
もう1個は読むとき、話すときに込める表現があるんじゃないかなっていうふうに考えています。
私の場合は、自分で原稿を書いて、それを審査員の前で発表するというふうな大会でしたので、まず自分で取材をして原稿を書かなきゃいけないんですよ。
そうそうそう。取材相手っていうのは、例えばその地域の特定の地域で有名なおじいちゃんとか、ボランティアやってるおじいちゃんとかかもしれないし、学校の校長先生かもしれないし、僕は中学生のときはそうでしたね。
スクールガードって言って、わかりますかね、信号機とかの前で立って旗振ってるおじいちゃんおばあちゃんいるじゃないですか。
スピーカー 2
いますね。
スピーカー 1
そうそうそう。小学生とかが、中学生が安全に渡れるように。それをずっと昔からやってる名物おじいちゃんがいたので、そのおじいちゃんにインタビューして、なんでこういう活動されてるんですかみたいなことを聞いて原稿に書いたりとかもしたし、
校長先生に聞いたときはあれでしたね、校長先生が学校の中の花壇を花丸にするんですよ。花丸の形にするんですよ。なんでこんな形にしたんですかみたいなところから、実はこういう気持ちが込められててみたいな話を聞いて、原稿を書いたりとかっていうふうなことをしたりしてて、そういった中で当然、原稿を書いて顧問の先生にチェックしてもらうんですよ。
国語の先生だったんですけど、まあ厳しかったですね。こんな感じで書きましたっていうふうに原稿を渡すじゃないですか。もうね、真っ赤になって帰ってくんの。赤ペンの先生みたいな。もうね、ほんとすごい真っ赤なのよ。本当に誤調なしで。
赤ペンで修正されて、マジでね、こっちは黒鉛筆で書いてるのに帰ってきたらもう真っ赤になってて、ちょっとグロいなって思うぐらい真っ赤でした。そういうふうに、こういうふうな文章表現でいいのかなみたいなことを言ったり来たりとかして、まずその文章を書く上での表現力みたいなものを身につけていったのかなというか、鍛えていったのかなっていうふうな思うところがありますね。
スピーカー 2
ちょっと聞いてみたいんですけど、具体的にじゃあその古文の先生からどういったことを学んだかってちょっと聞いてみていいですか。
なんか自分がここできなくてここを表現する上で修正したんだけど、これは勉強してよかったなっていうか、先生から言ってよかったなって思ったこととか。
スピーカー 1
やっぱり一番一貫してたなって思うのは、原稿の場合だったら読みたくなるような原稿の書き方。僕の場合はその原稿を持って話すわけだから、聞きたくなるような話の書き方みたいなところだったかなっていうふうに思います。
要は感想文じゃないので、さっきの校長先生の話とかでも、校長先生がかなまるに花壇、かなまるの形で花壇を作っていました。僕はそれを見てなぜこういうふうにしてるのか疑問でしたみたいな書き方はしないんですよ。
夏休みの絵日記みたいな、書くんじゃもちろんダメだから、ちゃんと聞いてる人、読んでる人が次にどんな話が来るんだろうっていうふうに興味を持ってもらえるような書き方っていうのを、やっぱりエトックするために、これじゃ面白くないとか、これじゃもうちょっとキャッチーな言葉とかないみたいな感じで。
そういうふうなことを繰り返したりとかして、覚えてったかなと思いますね。
スピーカー 2
なるほどね。
スピーカー 1
それが原稿を書く上で身につけてきた表現力だったのかなっていうふうに思いますし、ちょっと話しとれちゃいますけど、穴勝ち自分が終始論文とか書くときに、書くじゃないですか。
書いてって、何かそういうふうな、別に原稿じゃない書き物みたいなものをするときにも、それはすごく自分の中で勉強になったなっていうふうに思いますし。
結局終始論文、論文にしても最終的には自己満足じゃダメで。
スピーカー 2
そうだね。
スピーカー 1
最終的に教授とかに読んでもらって、ふむふむって言って、これは言ってること妥当だねとか、わかりやすいねとか、面白い発見だねっていうふうに思ってもらえるためには、そもそもわかりやすい文章で物事を書かなきゃいけないっていうふうなところに通じる部分があると思いますので。
なんか、今でもあのとき、真っ赤な原稿用紙、悲しかったけど、頑張った甲斐があったなっていうふうに今でも思ってます。
そういうふうなことが文章としての表現力だったのかなっていうふうに思いますね。
まあ、プラスアルファーのところでいくと、もう一つが話すときの表現力っていう部分ですよね。
話し言葉の表現力:「引き算」の話し方
スピーカー 2
そうだよね。
スピーカー 1
当然ですけども、原稿を大会に提出して、終わりじゃなくて、提出して、この通りに読みますよってあらかじめ提出したものを審査員は当然見ながら、今から自分が話す話を審査するわけですから。
ある種ちょっとネタバレしたような状態でね、原稿を聞くみたいなところもあるとは思うんですけども。
そういった中で、やっぱりどういうところで気持ちを込めるのかとか、逆に気持ちを込めないところを作ったりだとかするっていうふうなところがあって。
その、なんて言ったらいいんだろうな。結構難しい話になっちゃうかもしれないですけど、表現力って足し算じゃなくて引き算もあると思ってるんですよね。
スピーカー 2
ああ、なるほどね。
スピーカー 1
そうなんです。やっぱり、すごい感動的な原稿があったとして、最初からクライマックスまでだんだん感情がこもっていくような読み方をしても、ちょっとお腹いっぱいになっちゃうんですよ、聞いてる人が。
スピーカー 2
はいはいはいはい。
スピーカー 1
私、なんだろう、当然ですけども、例えば日常のアナウンサー、テレビつけて話してるアナウンサーがそんなすごい元気いっぱいパッションで喋ってるかっていうと、ずっとそれじゃないと思うんですよね。
スピーカー 2
確かにね。
スピーカー 1
一旦気持ちを打ちつけて話してるパートもあったりだとか、逆に最後のほう、あとは微笑ましいニュースとかがあったときにはすごく元気。
よく声も明るく喋ってたりとかもするかもしれないし、逆にちょっと悲しい事件があったらね、真面目な感じで喋ってたりとかもすると思うので、
そういうふうに自分の気持ちを込めたり、逆に込めなかったりっていうふうに足したり引いたりっていうのをひたすらに繰り返してて、聞いてる人が聞きやすいですね、
疲れないような話し方をしていくっていうふうなところが結構大変だったんですけども、それでも楽しかったかなっていうふうに思いますし、
なんかそういうふうなところがあって感じですかね。
スピーカー 2
引き算ちょっと面白いですね、確かに。
スピーカー 1
そうですね。審査される以上、加点方式かなと思っちゃうんですよね、やっぱり。
いっぱいいっぱい表現をすればするほどいい点数がもらえるのかなって、当時は中学生、高校生の田中少年は思ってたんですけども、
これそうじゃないなっていうふうにだんだん気づいてきてて、逆に感情を込めずにさらっと読んじゃう文章があったりだとか、
そういうふうに込める場所と込めない場所を交互にすることによって文全体の緩急ができることで聞いてて飽きないっていうふうな、
聞かせ方もあるんだなっていうふうなのが気づいてから、より自分の表現力が一層増したのかなみたいな話は自分の中であって、ちょっと専門的な話になっちゃうんですけども。
特段そういうふうなことを競う競技だったのかなっていうふうに思いますね。
スピーカー 2
確かにね。ごめんちょっとずれるかもしれないけど、僕漫才とか結構聞くの好きなんですよ。
漫才とかも細かくネタをずっと繰り返してる芸人さんとかもいるし、実際そういったのも評価されてる芸人さんとかもいるんだけど、
実際そのいわゆるM-1とかで上位に入賞してる人とかって、やっぱり全体のまとまりを意識して緩急つけてネタ作ってる人とかも結構多いなと思ってて。
ここが笑いどころですよってところでしっかり面白くして、別にここはそんな軽めに流してもらっていいから軽めに済ませますよっていうところもあったりして。
その中でM-1って確か4分だったかな。4分の中でやるんだけど、その中で緩急つけて全体でまとめてネタを作って、面白かったら点数に入っていくっていうのを見てみると、
なんかそれと似通った印象はありますね。
スピーカー 1
そうだよね。結構似てるんじゃないかな。制限時間もあるしみたいな。決まったことを練習通りに発揮するっていうふうな大会でもあるし。
スピーカー 2
確かに。
スピーカー 1
似てるなっていうふうに今思いましたね。確かに。
スピーカー 2
なんかアナウンスのコンテストとかってあんまり馴染みがないかもしれないんですけど、なんか漫才とか多分見る子が好きだったり、見る子が好きなんじゃないかなと思ってて。
なんていうか、ポッドキャスト聞いてる人たちって結構芸人さんのラジオとか聞いてる人とかもいるじゃないですか。
スピーカー 1
俺も好き。
スピーカー 2
なんかそういったところから盗み取っていくっていうの面白いかもしれないですね。
スピーカー 1
うん。それこそね、芸人さんのラジオとかでさ、エピソードトーク多いよね。緩急つけ方ね。
スピーカー 2
あれとかも自分の考え表現してるわけだからね。
スピーカー 1
そうだよね。自分が感じた体験とか、もしくはそういう、あ、これ面白かったなっていう思い出みたいなやつを、ちゃんと聞いてる人も面白いと思ってもらえるように話さなきゃいけないっていうのがあるから。
すごいなって思っちゃうし、自分もまだまだ勉強しなきゃなっていうふうに思うんですけども。
番組制作における表現力:キャラクター化
スピーカー 1
アナウンスに関してはそういうふうに自分で原稿を書くときの表現力っていうのと、話すときの表現力っていう、大きく分けて2つかなっていうふうに思いますね。
はい。ありがとうございます。
スピーカー 1
じゃあこの次、坂木バラ君はもう番組を創ってきたわけじゃないですか。今こういうふうにポッドキャストもそうだし。
番組を作るときでの表現力っていうのはどんなものがあるんですか。
スピーカー 2
まあそうですね、番組を作るときは基本は何らかのコンセプトを決めて僕は番組を作るようにしてるんですけども、そのコンセプトの中にちょっと自分の考えだったり思ってることの気持ちをちょっと入れてくみたいな、そんな感じで表現をしてるかなっていうふうに思いますね。
スピーカー 1
はいはいはい。
スピーカー 2
これはちょっと番組の例ではないんですけど、西村祐治さんっていうめちゃくちゃ有名なスタンプ、LINEのスタンプとか作ってる人とかがいるんですけど、分かりますかね。
スピーカー 1
初めて聞きました。
スピーカー 2
初めて聞いた。なんか結構キャラクターいるんだけど。まあいいやいいや。
スピーカー 1
調べよう。
スピーカー 2
もしよかったら調べてみてください。たぶん見たことあると思います。
スピーカー 1
あー!やっぱある。見たことあります。今調べました。
スピーカー 2
その人が言ってたことが割と今言ってる説明に近いのかなと思って、それを喋ろうと思ってて。
そのいろんなキャラクターを西村さん描いてるんですけど、そのキャラクターじゃあどういうコンセプトで作ってるんですかっていうふうにインタビューで言われてて、
その時に自分の思ってる感情とか気持ちとかの一部分を切り取って、それをキャラクターにして表現してるっていうふうに言ってたんですよね。
例えばお金にがめつい狐のキャラクターとかがいるんですけど、あれとかは自分がちょっとケチだなーって思うところとかをそのキャラクターに込めたりとか。
なんかそういった感じで、自分の気持ちの一端の人間らしい部分をキャラクターにして、それぞれキャラクターに当てはめてやってるっていう。
スピーカー 1
自分の人格の一部を抜き取って外に出すみたいな感じかな。
スピーカー 2
でもそれをそのままだから自分の名前で、例えばツイッターとかにいくつとかに自分がお金にがめついのなんかあれだよなーみたいなことをそのまま直接書くわけじゃなくて、
それをキャラクターっていう形にして面白おかしくして伝えていくっていうやり方をしてるんですよね。
それに似た感じで、例えば僕が思ってることとかを直接僕が言っちゃってもいいっちゃいいんですけど、
それだとちょっと直接的すぎるというか、もうちょい表現変えたいよなーっていうことを持って、
それを番組とか、ポッドキャストの、例えば一つのエピソードの中の話みたいな形にして入れていくっていうやり方で表現をしてるのかなというふうには思いますね。
スピーカー 1
なるほどね。自分の一部を、原液をそのまま届けちゃうと、人によってはペッてなっちゃったりするかもしれないから、
うまいこと調味料かけて、おいしいと思ってもらえる形でご提出するみたいな、ご提供するみたいな感じね。
スピーカー 2
そうですね。で、僕の場合は特に、考えてることをそのままの形で出しちゃうと、だいたいおえってなるようなことばっか考えがちなので。
なんかそれをもうちょっと可愛らしく表現したいなっていうので、こういった感じで番組とか作ってますよっていうのはありますね。
スピーカー 1
面白いよね。アナウンスであればさ、自分が感じたこと、その時感じた感動、風景ってものをできるだけそのままわかりやすく伝えるみたいなところが、
割と正義とされる部分もあるんだけども、一方でその番組を作るときには、ある種自分のちょっとそういう内面の見にくい部分というかさ、
あまり人様にはお見せできないような部分みたいなところを、なんとか人様にお見せできる形に加工して表現するっていうのも、また一つの表現力って考えると面白いなって思いましたね。
スピーカー 2
まあそうですね。自分の考えを表現するっていう話だったと思うんで、その考えを上手い形に表現できればいいかなっていうその表現の仕方で、僕の場合はいろんな方法とかを昔やってたりしてたんですけど、
たとえば何、小説書いてみたりとか、YouTubeチャンネルをやってたりとか、いろんな形模索してたけど、今自分の中で一番しっくりきてるのが番組を作るってことなので、それでやってますっていう感じかなって。
スピーカー 1
そうだね。でもやっぱり一貫して、聞く人、見る人に受け入れてもらえるような形にやっていく、受け入れやすい形にやっていくっていうのは共通してるのかなって思いましたね。
スピーカー 2
そうですね。まあその中でポトキャスト意外と良かったかもみたいな感じじゃないですかね。
はい。ありがとうございます。
日常会話と学校教育における表現機会
スピーカー 2
はい。改めてその自分の考えをどう表現するかっていう中高生に向けたアンケート結果だと思うので、実際13歳の子たちって学校生活の中で表現する機会ってどんな場所にあるのかなっていうことをちょっと喋っていこうかなというふうに思います。
スピーカー 1
うん。そうですよね。表現する機会はどこにあるのかっていうふうな話。それこそ中学生の頃とかに放送の大会の審査員の人に言われてた言葉なんですけども、表現が上手くなりたいんだったら、もっと言うとアナウンスが上手くなりたいんだったら大会のときだけ上手くなろうとするなって言われましたね。
日常会話から意識しろってすごい言われました。
口すっぱく。なんでかっていうとやっぱり、たとえマイクの前で喋るときであっても、友達の前で喋るときであっても、友達で喋るときのノリで喋ったほうが自然だからというふうによく言われてたので、そういったことを指摘されたのは未だに覚えてますし、
こういうふうに今、ポッドキャストという形でお話ししているときもそうだけども、日常会話で友達と喋ってるときにもできるだけ相手に伝わりやすいような喋り方とか、話のスピードとかを意識するようにはしてるので、まず一個大きいのは日常会話っていうのがあるんじゃないかなって思いますね。
スピーカー 2
たしかに。聞きやすいもん、たなか君の喋り。
スピーカー 1
ありがとう。
スピーカー 2
いやー。
スピーカー 1
努力の賜物ですね。
スピーカー 2
本当に。自分でよく編集してるんですけど、このポッドキャストを。
スピーカー 1
はい。
スピーカー 2
たなか君のところはほぼほぼあんまカットしなくていいのに、自分の喋りがまどろっこしくてわけわからんから、だいたい自分のところ削ってるんですよね。
スピーカー 1
これは裏話的なやつになっちゃうけど、さかきほわら君が途中で、ごめんちょっと一旦ここカットっていうふうに。
スピーカー 2
言ってるんですよ。
スピーカー 1
言ってるもんね。
スピーカー 2
うまくないんすよね、まだ。
スピーカー 1
でもここはなんていうか、日常会話で意識しましょうっていうふうな話であるのは、いわゆるコミュニケーション力がある人って言うじゃん。
寝上の人ともこの人仲良くなるのすぐ仲良くなるなみたいな人とかっているっていうのは。
たぶんこのね、日常会話での表現力があるからなんじゃないかなっていうふうにすごく思う部分があってて。
こうなんだろうな、本当に友達と喋るぐらいの明るさ、ノリで自分の先輩とか上司とも話ができる。
部活動だったら先輩とも話できる人っているじゃん。
僕たちがまだサークルにいた頃もさ、この子すごい後輩だけど人懐っこいなみたいな人いるわけじゃん。
そういった人は本当に表現力っていうのがすごくうまいんだなと思ったし、人との距離の測り方がすごく上手だなと思ってて。
相手の気分を害さないように喋れるし、相手の気分を害するような話し方はしない、言葉は使わないみたいなところが、
でも仲良くなるためにちょっと砕けた話し方はするっていうさじ加減。
そういった表現力がある人っていうのがやっぱり世の中で生き残っていくというか、出世していくのかなっていうふうにはすごく思ってて。
スピーカー 2
なるほどね。
スピーカー 1
そう考えると日常生活の会話って結構バカにならないでしょ。
スピーカー 2
今聞いてて思い出したから喋ろうと思うんだけど、これは自分も意識してて実際それがうまくいってるからっていうことなんだけど、
僕はよく表現力を上げる術として、人の話を聞いて、こういうことだよねっていうニュアンスを言語化するっていう話になってくるんですけど。
相手の話を聞きました。こういうことを思っていらっしゃったんですねっていうふうに言って、そうそうそうっていう。
言語化力あるよねっていうことを僕はよく結構言われることがありまして。
つまりどういうことが言いたいかっていうと、表現力磨く上でいわゆる言葉を使うのであれば、まとめてこういう表現で、こういうふうにあなたにとって一番しっくりくるでしょっていう行為を繰り返していくと自然と表現力って上がってくるのかなっていう気はしましたね。
ちょっと僕は逆に目上の人と喋るのがむしろ得意な方なんで。なかなかいないですけど。
スピーカー 1
なかなかうまいよね。
スピーカー 2
なかなかいないですけど、僕同期とかと話すより目上の人と話す方がむしろ得意で。
なんでこれなんでかっていうことを今ちょっと思い出したら、その相手の結構聞き上手な部分があって、聞いた上でこういうことなんだよなっていうのを言語化して表現して、私あなたの気持ちわかってますよっていうその表現をうまいこと伝えられるから、そこから信頼とか関係とか生まれてきやすいのかなっていうことを思ってたりしたので。
割とこういう聞き上手になって相手の言ってることを一言で言ってみるっていう、なんかそういった一連のサイクルを繰り返していくと表現する機会って意外とあるんじゃないかなっていう。友達同士でもありますもんね。
スピーカー 1
だから表現って言ってもいろんな種類があって、例えばなんかいっぱい語彙を知ってるとか、なんか滑舌がいいとかっていうのも当然表現なんだけども、そういうふうに相手が思ってることをしっかりと聞いて一言で要約するっていうのも立派な表現力だし、そういったものがじゃあどこで培われるのかっていうとやっぱり一番は日常会話で試すっていうか。
スピーカー 2
ここに戻ってくるのが結構あるんじゃないかなって思いますけどね。
スピーカー 1
なので、当然、もちろん何も考えずに友達とただ喋ってるっていうのもすごく楽しいんだけども、一方で自分がこの話、あいつと共有したいなって思ったりだとか、もしくは友達が相談を持ちかけてきた時とか、絶対あると思うので。
そういった時に、どういうふうに相手の話を聞くのかとか聞かせるのかみたいなところを日常会話の中から意識していってみると、意外と汎用性の高い会話スキルみたいなものがね。会話のスキルツリーが枝ばっかりして伸びていくみたいなRPGみたいになるのかなって思いますよね。
スピーカー 2
あくまでちょっとこれは言葉の話なんでね。ただ言葉っていうフォーマット、言葉っていうやり方って表現するので一番直接的でわかりやすいものだと思ってるんで。割と誰でもできるじゃないですか、喋ることって。
スピーカー 1
そこを一つ極めていくって中で日常会話を意識することが大事っていうのは言えるかもしれないですね。 あとは友達だけじゃなくて先生とか先輩、いろんな立場の人と話すっていうのもありだと思います。見られるものが必要なんでね。あとは授業とかですかね。
スピーカー 2
自分振り返った時、結構中学校の時とかはプレゼンテーションさせられてたのっていうイメージがあるんですけど。 あ、そうなんだ。
スピーカー 1
クラスで代表を出して、その学級で発表するみたいな。学級の前ですね、人学年の前で発表するみたいな。で、パワーポイントとかをパソコンルームみたいなところで集まって、自分が調べたことをカタカタカタってスライドを作ってこう。で発表するみたいなことをやったりしてたなっていうのを振り返りながら思いましたね。
へえ。 でもそれってさ、10年前のさ、俺の話だから、今の中学生高校生の方がよっぽどそういう機会多いんじゃないかなって思うんだよね。
スピーカー 2
まあ確かに学校教育の中でその課外授業的な話じゃないけどさ、普通に授業の一環の中でも、なんか科目別じゃなくて総合型授業みたいなのとかって最近多いじゃないですか。そこでいわゆるグループワークを通じてプレゼンしましょうみたいな。そういったのもある中で確かに今の子たちの方が慣れ親しんでるだろうし。
スピーカー 1
なんならパソコン自体も変わりましたからね、今タブレットとかでスライド作ってんじゃないかな。 これ、うちの僕が通ってる大学院の教授が言ってたんですけども、その教授久しぶりに大学2年生のかな、1年生か2年生の授業を受け持ったんですって。
スピーカー 2
で、久しぶり、ほんと10年ぶりぐらいに受け持ったらしいんですけど、そしたら昔に比べて今の子たちの方がそういうふうにプレゼンテーションとか上手いって。 へえ、そうなんだ。
スピーカー 1
たぶんそれは中学生、高校生のうちからパワーポイントとかね、エクセルとかワードとかっていうのに慣れ親しんでるからだと思うんですけども、そう考えるとやっぱり授業の中で調べたことを発表するみたいなことは、これもまた自分が納得するんじゃなくて、最終的にはクラスメイトとかに発表することが目的になってますから、これも立派な表現力を育む機会なんじゃないかなっていうふうに思いますし。
あと僕は結構あれでしたね、中学生の頃に連絡帳と自習ノートが合体してたんですよ。なんか、今日頑張ったことみたいなそういう連絡帳の自分が頑張ったことと先生からのコメントみたいな欄と、1日1ページ自習するノートがあって、そういうなんか、それが毎日の宿題だったんですよね。
スピーカー 2
毎日の宿題なんだけど、その1ページはなんでもいい、勉強は。 あ、なんでもいいんだ。
スピーカー 1
そう、国数、リーシャー、なんでもいい。漢字で埋める日もあれば、なんか社会で学んだ歴史年表書く日もあれば、あとは理科で学んだ科学式書くとか、なんでもよかったんですよ。なんかでも、自分結構これが好きで。
そうそうそう。せっかく先生がそれ見てコメント書いたりするんだったら、なんかちゃんと自分も振り返って復習しやすいし、先生も見てわかりやすいって思ってもらえるようなもん書きたいなって、なんか当時思ってて。
やたらその1ページを埋める、ギチギチに詰めることに、すごいこだわってたのを思い出しました。
そうそうそう。だから、自分だけじゃなくて誰かに見てもらう授業とか宿題っていうのは、意外とそういうふうな使い方も、表現力を養う使い方もできるんじゃないかなと思うし、思いますね。
あとは直接的なのが課外活動かな。自分とかはずっと放送部、中学生高校生の頃も放送部だったので、ずっと表現について考える活動だったし、あとは美術部の人とか音楽部というか、吹奏楽部か、吹奏楽部の人とか、
文化系の人っていうのは結構、常に表現と向き合ってる部活動だったんじゃないかなっていうふうに思いますし、一方で運動部もさ、やっぱ思うけど、結局ね、表現力っていう意味で、例えばチームワークを重視するスポーツであればね、
アウトプットとインプット、AIとの向き合い方
自分の気持ちと相手の気持ち、ちゃんと折り合いをつけて、チームをより良い方向に進めることであったりだとか、相手と競い合っていくみたいなところも、ある種自分の表現力を鍛える場所っていうふうなところだったりするのかなっていうふうに思うし、個人競技であってもね、いい点数を取るとか、自己ベストを更新するっていうのも、ある種一つの自己表現の形なのかなっていうふうに思いますけどね。
と考えたら、自己表現するタイミングばかりですよね。
意外とそうだね、確かに。
スピーカー 1
大学院生やってる今よりも、昔の方が人と話してたし、話してたし、自己表現してたんじゃないかなっていうふうにちょっと、振り返って悲しくなっちゃったりしますよね。
部屋にこもって、研究のためにパソコンをカタカタして、たまに授業の発表のために準備してみて、そんなふうにはなってたなっていうふうに振り返ったので、もっといろんな人と喋ろうっていうふうに自分も振り返って思いました。
スピーカー 2
13歳の子たちの方がもっと、今こそ表現できる機会が多いってことですからね、そう考えたら。
スピーカー 1
そうだと思うし、やっぱりそういうふうに自分と対話したりだとか、誰かと対話をしたりっていうふうにしていく中で、一回自分の頭の中のごちゃついた思考っていうものを、紙でも言葉でも、ましてや音楽であっても、何かしらの形で吐き出すっていうふうなことって、
やっぱり自分の時々の気持ちを整理する上ですごく大事だと思うし、やっぱりその時に自分の考えてることを頭の中で整理したりだとか、もしくは何か吐き出すときに、その段階で最初の方に言ってた論理的な思考力であったりだとか、もしくは先々のことも考えて逆算して、じゃあ今自分はこういうふうにやらなきゃいけないんだっていうふうに先のことを考えられるようになったりするのかなっていうふうには思いますし、
そう考えると、やっぱりその表現するっていうふうにまず自分の考えたことを吐き出すっていうこと、吐き出してみるってことと、よりその自分の頭の中にいろんな情報を取り入れていくっていうふうに、このアウトプットとインプットっていうのは、何かどっちがうまければいいってものでもなくて、
中学生の頃からコツコツと積み上げて、どっちもうまい感じに回るようにしていくものなのかなっていうふうなのはすごく思いますね。
スピーカー 2
なるほどね。じゃあちょっとアウトプットとインプットの話があったんで、ちょっとそこの話から広げていこうかなと思ってるんですけど。僕の考えは、一回アウトプットしてみる機会を作ってみたらいいんじゃないかなっていうふうに思ってて、
アウトプットを一回してみたら、今までインプットしてたことをどうやってアウトプットするかっていうことを整理して考えてやるじゃないですか。一回アウトプットしてみるっていう行為をしないと、そのインプットの使い方ってわからないと思うんで。
僕は一回アウトプットしてみて、そこからじゃあ足りないとこインプットしてアウトプットしてみたいなことを繰り返していくってことなのかなと思ってるんですけど、今の子たちってアウトプットにAI使うなっていうことをすごく思ってるんですよね。
スピーカー 1
そうだね。便利だもんね。
スピーカー 2
それは大人たちとかでもAI使うこととか多いかなっていうふうに思ってたりするんですけど、改めてその表現の中でAIどういうふうに使われてるのかなって思ってると、いわゆる最近とか、今の若い子やってるかわかんないけど、AIとかで絵を作ったりとか音楽作ったりってできるじゃないですか。
スピーカー 1
一般的になってきたよね。
スピーカー 2
そういったのが今、いわゆるメディア的な話になるんだけど、いわゆる今までプレイヤーとか鑑賞者というか受け手側だった僕たちが自分でそのAIとか使って表現をして何かしらコンテンツを生み出していくっていうことが増えたっていうのが最近のマーケティングの話では結構有名な話なんですよね。
それは、いわゆる今まで例えば絵描くとか音楽作るって、やっぱりそれなりの知識があって慣れてる人じゃないとできなかったことじゃないですか。
で、それを完璧までは言わないんだけど、自分の思ってることのニュアンスを汲み取ってAIにその表現の仕方として出してもらって、いわゆる今まで絵描いたり音楽作ったりっていう難しかったことがAIで簡単になったから、そういう自分で生み出すことが増えたっていうのはすごくあるかなというふうに思ってます。
ただ、ただ僕自身の考え的に本当に自分でその自己表現力を磨く上で、AIとの距離感をちゃんと保っておかないと表現は上手くならないというか、あなたの表現ではなくなるっていうことはすごく思ってまして。
というのも、そもそも自分が思っているニュアンスをAIに読ませちゃって、いわゆる自分が本当に意図していなかったこととかも大体AIがニュアンスとしてわかってくれてるしいいやみたいな感じになっちゃって、本当の自分が思ってること全てじゃないけれどそれをAIに任せちゃって。
で、それを繰り返していくうちに自分の思ってることって全部もうAIがわかっているし、なんとなくこんな感じだよねっていうふうになっていくと、どんどんどんどん自分の考え方がAIの考え方に染まっていくんです。怖くないですか。
スピーカー 1
最初はね、なんか自分の思ってることを整理するために吐き出させたものが、だんだん今度は吐き出す側に自分の脳みそが乗っ取られていくみたいな感覚で。
スピーカー 2
そうそうそうそうそうそうそう。怖いよね。やるではない。あったりするんですよ、こういうのって。もしかしただ、もちろんそれもありますし、あとこれはちょっとそのAI勉強している側としてのちょっと専門的な話にはなっちゃうんですけど、いわゆる僕たちが普段使ってるチャットGPTとかそこら辺の話ですよね。
例えば自分の考えとかチャットGPTとかに書かせるじゃないですか。大体こういうふうなことを思ってるよねっていうふうにチャットGPTが言ってくれるじゃないですか。実はチャットGPTって別に全知全能なわけではなくて、今までの僕たちが思ってたり考えたりしてたこととかを学んで、それをいわゆるその中から一番いいのを汲み取って。
まあこういうことでしょっていうふうにやってるんですけど、その今までの先人の人たちの考えてることってそもそも残してることが前提なので、残せる人たちっていう前提に立ってくるとその残した人たちの思ってることとかに偏っちゃうんですよ。
ちょっと難しいかもしれないんでわかりやすく言うんですけど、今までAIが学んできたことって書き残してきた人たちのことばかりなので、書き残していない人たちの思ってることとかを汲み取っていなかったりするので、そういったいわゆるバイアス、偏見みたいなのが実は詰まっているっていう。
自分が例えば、いなくなりたいっていうふうに思ってたりするじゃないですか。なんかめちゃくちゃネガティブな気持ちでいなくなりたいなっていう。で、例えばそのAIにいなくなりたいなっていう気持ちを書き出したとしたら、もしバイアスかかった勉強の仕方をしてるAIとかだったらいなくなってもいいですよとかっていう。
スピーカー 1
やめろよって。
スピーカー 2
しばやん 激ヤバじゃないですか。
スピーカー 1
激ヤバだよね。
スピーカー 2
しばやん そういうことになっちゃったらやっぱり来るかもしれないよっていう危険性があるよっていうことだね。
スピーカー 1
極端な話そうかもしれないし、もっと言うとネット上にない情報は知らないからAIもね。紙でしか残ってない記録とかは、その紙で残った記憶を誰かが文字起こししてインターネット上に上げてるんだったら勉強できるけどAIも。
しばやん まださすがに図書館にある本をAIが勝手に勉強してみたいなとこまではないから。だから結局その辺は万能じゃないんだなっていうふうにと、嘘言ってないかなっていうのはちゃんと常に意識しておかなきゃいけないってことだよね。
スピーカー 2
まあこれらを考えた上で結論どういうことかっていうと、ゼロから自分で考えて生み出した方が自己表現って達成感あるんですよねっていう。特になんですけど、表現方法として例えば具体的に最後に出す絵とか音楽とかっていうアウトプットを全部AIに頼っちゃうとあんま納得感ってないんですよね。
スピーカー 1
しばやん あの、なんか有名なさ、画像でさ、将棋のプロ騎士の人とさ、アナウンサーの人がさ、AIからさ、教えてもらいながらさ、プロ騎士の人と対戦してさ、実感はわきませんが勝ちましたっていう、あの一枚の画像が。
スピーカー 2
へー。
スピーカー 1
しばやん よくあるんだけど、要はそういうことだよね。
スピーカー 2
そういうことですね。
スピーカー 1
しばやん わかんない、なんか自分でも達成感ないけどなんかできちゃったみたいなことだよね。
スピーカー 2
そこをね、最後のその表現するところをAIに頼っちゃうとあんま納得感ないかなっていうのが僕の考えであって。
スピーカー 1
確かにね。
スピーカー 2
逆に、なんかこういうこと伝えたいんだけど、なんかちょっとうまい言葉が見当たんないなーとか、こういう伝え方でいいのかなーっていう、いわゆる表現の仕方とか骨組みとか、そういったところをちょっと難しいなって思った時にAIに頼る、AIに聞いてみるっていうやり方とかはむしろありかなーっていうふうには思ってますよね。
スピーカー 1
しばやん そうだね。なんかこう、ある種表現力っていうよりかは、ある種表現というものの、自己表現というものの一種のジレンマというか、誰もが通るとこだと思うんだけども、結局どこまで行っても自己満足みたいなところがあるじゃん。
スピーカー 2
そうっすね。
スピーカー 1
表現をするっていった時に、やっぱり自分が満足できるものを世の中にお出ししたいっていう気持ちは絶対出てくると思うんだよ。
自分が自信があるものだったら、そこに対してプライドが生まれたりだとか、絶対待ってる人を失望させないぞっていうふうな誇りが出てきたりだとかね、すると思うし、そういうのが自信になっていくんだと思うけども、
そういった自分表現することの、表現するという行為そのものに含まれるそういうなんか人間の気持ちの変化というかさ、表現者の葛藤であったりだとかっていうふうな部分までもは、やっぱりまだまだAIには、達成感まではさすがにAIは満たしてくれないと思うし、
そこはやっぱりその自分でやってみるっていうのがいいんじゃないかな、じゃないと得られないよね、達成感ってものなんだろうなって思いますね。
スピーカー 2
けんにそのAIで自分、AIで表現したものとして、今もなお伝説級に語り継がれるものって今のところあんま生まれてきてないっていう。
スピーカー 1
そうだね。
スピーカー 2
これからどうなるかは知らんすけど、でも今のところそういうの生まれてきてないっていうことは、やっぱりその人間の表現的なところでAIがそこまで満たしてくれてるっていうのは、まだ今のところそうではないのかなっていう気はしてますよね。
スピーカー 1
そうですね。なので、よく言う話ですけども、AIは使っても使われるなんでね。
先は飲んでも飲まれるなみたいな話ですけども。
スピーカー 2
そうですね。
スピーカー 1
でもすごく、最初だから表現の中でもインプットっていったところに注目して、最近AIがあるよねっていう話で今の話になったと思いますし、これからもっともっとAIも含めていろんな情報を手に入れる方法が生まれてくると思うんですよ。
だからそういったものにちゃんと遅れないようにするっていうのも、もちろん僕たちがこれから年を経てね、遅れないようにするっていうふうなところも意識しないといけないところだし、それこそだって今聞いてる中高生のほうがそういったことに関しては詳しかったりだとか馴染んでたりとかするわけだから、それはなんか自分たちは遅れないようにしなきゃいけないなっていうふうに思う一方で、
なんかこう、そういう新しいものが出てきて、むちゃくちゃ便利なものが出てきて、でも注意しないといけないところがあってっていうのは、たぶんね、ずっと変わんないと思うんだよね。
スピーカー 2
まあそうだよね。
スピーカー 1
と思うからこそ、中高生の皆さんにはAIもそうだし、AIよりももっと便利なものが出てきたときにも、その便利さだけに目を向けるんじゃなくて、どういった危険性であったりとか、どういった間違いが起こりうるのかなっていったところもやっぱり気をつけてほしいと思うし、
それをなんか早い段階から分かってるのと分かってないのじゃ全然ね、皆さんが成長してからの仕事ぶりとかにも違いが出てくると思いますので。
最後はなんか、AIって怖いよね、談義になっちゃったんですけど、でもなんかそこは普遍的に変わんないんじゃないかなっていうふうに思うし、なんか僕たちも気をつけていこうねって。
感じですけども。
スピーカー 2
AIに限らず新しい技術は自己実現を助けてくれることはあると思うんですよね。
でもそれらの技術を便利の側面だけで見てはいけなくて、こういった問題もあるんじゃないかっていうことをしっかり考えた上で、
自己表現だったりっていうのをもうちょっと自分で考えられる能力をつけておく、まさに思考力っていうふうに最初に言ってたと思うんですけど、そこに戻ってくるんじゃないかなっていうふうには思います。
スピーカー 1
どこまで行っても表現するのは自分自身ですからね。
スピーカー 2
そうですね。そこにちゃんと責任は持ちましょうねっていう。
そういったことをちょっと教訓にしながら、私たちもポッドキャスト作っていこうかなっていう。
そんなことを思ったりしています。
ということで今回のトークテーマ、自分の考えをどう表現するということでいろいろとしゃべってまいりました。
皆さんもちょっとこういったのを考えるきっかけになってもらえたらなっていうふうに思います。
ということで、今回もご視聴いただきありがとうございました。
ぜひ皆さん次回もよろしくお願いいたします。
それではまた。さよなら。
スピーカー 1
またね。
49:38

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