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事業売却の経験もある代表の渡さんは、
10年以上B2Bスタートアップの事業開発を経験されている方です。
私自身もよく経営の相談に乗っていただいております。
資料作成にお困りのスタートアップは、ぜひスゴ資料までご相談ください。
小笠原さん、どうぞよろしくお願いいたします。
お願いします。
まずは小笠原さん、簡単な自己紹介を1分程度お願いできますでしょうか。
はい、セールスマーカー代表の小笠原有強と申します。
もともと新卒で野村創建という会社で、
新規事業の立ち上げとか会社の設立の案件を推進をしておりました。
その後ですね、コンサルティングファームに移りまして、
大手の企業様の営業戦略立案、事業戦略の立案を支援していく中で、
ターゲティングに課題を抱えている企業が非常に多いということに課題感を感じたのと、
あとは共同創業者ですね、COの小笠原というものがいるんですが、
彼がKSで全国一位を取ったというふうな実績がありながら、
周りの方で営業に困っている方が非常に多かったというところで、
そういった社会的な課題を解決するために、
我々セルスマーカーという事業を立ち上げて、
インデントセルスという世界、日本初の仕組みを提供させていただいております。
本日はよろしくお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
今のキャリアの話だったり、共同創業者さんの話だったり、
企業のプロセス、ここも後ほど触れられたらと思うんですけれども、
スタートアップナウでは冒頭ですね、
その企業家さんの生い立ちのところを結構聞かせていただいておりまして、
小笠原さんの学生時代、色々調べさせていただいたんですけれども、
あんまり多くはエピソードが出ていないなというところがございまして、
今日色々深掘りしていきたいなというふうに思っております。
その中でも見つけたものはですね、小学校時代は虫好きな少年でいらっしゃって、
地球温暖化防止の観点で、虫たちのためにこれは食い止めねばという使命感から、
その課題解決策をご自身で考えられて、それが県内のコンテストで入賞され、
その辺りから社会課題を考えるようになったみたいな記載とかも見受けられたんですけれども、
この辺りでもう少し教えていただいてもいいですか。
はい、ありがとうございます。
子供の頃は青森県出身になったので、青森で休みの時間はですね、虫を取りに行くというのが趣味だったんですが、
その中でですね、カモキリが特に飼育していたというふうにあって、
カモキリの餌を取りに行ったりとか、そういったところで休み時間すぐに教室を飛び出ながらやっていたんですが、
ある日NHKの番組を見ていたときに、地球温暖化が進行すると虫たちが進めなくなるみたいなものを見まして、
当時の小学生の低学年だった私は、それがかなり危機的な印象を持ちまして、
自分で何とか止めなきゃいけないなというふうに思って、PCでいろいろ地球温暖化のことを調べて、
何かしらドキュメントにまとめて、その内容をもとに、ちょうど県で未来新聞コンテストっていうコンテストみたいなのがあったので、
それに提出させていただいて、その中に書いていたのが、二酸化炭素が空気中に増えているというところは、
いくつか解決策がありますが、その中でも地中に二酸化炭素をすべて閉じ込めて、
二酸化炭素を通さない層があるみたいなんですが、その層の下に貯蔵すればだいぶ二酸化炭素濃度も下がるんじゃないかという仮説のもと、
その装置の提案を記載して、提出したら一定評価いただいたみたいなところがありまして、
これが非常にクラスの方とかにも褒められたので、一つある種社会課題を見つけて、
それを自分の考えたアイデアでソリューションを解決していくというふうなところが、
使命感といいますか、面白いなというふうに単純に思ったので、それが子供の頃からありまして、
とはいえ、ITの時代だったので、ITソリューションで世の中の課題を解決していくというのが、
私の一つ夢になっていたというふうなエピソードでありました。
この二酸化炭素のソリューション自体は、小学校の低学年でよく思いついたなというところはありつつ、
ちょっとこの辺りは深掘りしたい。
めちゃめちゃ時代の先端を言ってますよね。
すごいですよね。
なんか最近、その技術が実用化され始めて、きれいな発表されていたのを見て、
なんか私のアイデアが活用できたのかなとか思いつつ、
全然たぶん関係ないんですけれども、実現されてきたことを見て、かなり感動しました。
駆け引かれてらっしゃいますね。
しかも、ちゃんとまとえたソリューションを得ていらっしゃるというのが。
そうですね。20何年前。
全部一番上のクラスでプログラミングの方の授業を受けていたというふうな記憶です。
すごいですね、NRIの同期ってたぶんめちゃくちゃ優秀だったんじゃないかなと。
めちゃくちゃ優秀でした、はい。
それでもやっていけるぐらい、大学時代からインターンシップを含めて実践も経験も積まれてということだったんですね。
そうですね、おっしゃる通りです。
なるほど、そしてこのインターンシップの中で、現CTOのチェンさんと取締役の渡辺さんと出会うというエピソードとかも拝見したんですけれども、
インターンシップの方がたくさんいらっしゃるような環境であった、その中でも特に仲良しだったのがこの2名という話があったんですけども、
2人だったというのは何でだったとか、どういうところが気に入ったのかとか、そういうところってありますか。
そうですね、厳密に言うと3人いて、1人がイギリスのロンドンの大学に通っていて、チンさんがワシントン大学で渡辺さんがニューヨーク大学に通っていて、
皆さん海外の大学に通われていて、めちゃくちゃ優秀であったというのに加えて人間性が非常に良くて、ランチとかもいつも一緒に4人で行っていたので、
その仲間の中で、コロナが蔓延していた時にちょうどハッカスのイベントがあって、そこで一緒に出ようというふうにお誘いをして、
デリバリーアプリを作りまして、ちょうどUberEatsが日本に来たくらいのタイミングだったので、港区の一部でしか使えなくて、
地方ですとか、それから食品以外の日用品、薬局に売っているようなものですとか、そのあたりもデリバリーできるようなシステム、
マップシステムを使っているので、安全な道を自動車や自転車が通れるような形で、技術もいろいろ駆使しながらアプリを作った結果、
ハッカソンで優勝しまして、その関係もあって、お二人を創業者として誘いしたといいますか、優勝したので一緒に事業を作るというのが面白いなというところで、
これからずっとそういう活動をしていきたいなというふうに思っていたので、自然と一緒に創業したみたいなところがありました。
いろんな方がいらっしゃいました。東大でピアニストをプロでやっていながら、プログラミングもプロでみたいな方とか、いろんな方がいらっしゃいました。
ハッカソン自体いろんな方と出られていらっしゃったんですね。
大平 そうですね。
今の話は社会人になってからですか、大学生時代。
大平 ハッカソンに出たのは社会人になってからですね、2020年ぐらいだと思います。
純粋にNRIで働いていらっしゃったり、他の方々もすごく忙しかったんじゃないかなということは想像するんですけど、どうして社会人になられてまでチームを組まれてハッカソンに出ていたのかというのはどういった形でしたか。
大平 単純に技術が好きだったのと、子供の頃から社会課題を見つけてそれを解決するっていうのは私の中の一番面白いミッションだったので、
それを休みの日とか夜の時間とかにやっていて、会社で使わないような技術とかも使ったソリューションを作るのにかなり時間を割いていたという形かなと思います。
それはNRIさんでのキャリアとは全く違うビジネスのやり方というか、また別のスキルとか挑戦されていらっしゃったということなんですね、ハッカソンとは。
大平 そうですね、共通している部分もあれば新しい部分もあって、私はどちらかというと新規事業の方に関心が高かったので、社内で新規事業のプロジェクトを見つけて、そこに入れるように交渉させていただいて、ジョインさせていただいたりですとかしてたので、既存のシステムのプロジェクトが多かったんですが、私はどちらかというと新規の方が多くて、結構業務も共通したことをやっていました。
さらに01でサーバーを立ち上げてインフラも整えて、フロントエンドも開発してみたところ、全部一人でできるようにフルスタックで作れるようになっていったので、それはかなりハッカソンに出ていたことが活かされていたなというふうに思っております。
三沢 あと共同創業者のエピソードでいけば、小木原さんは先輩の経営者さんの交流会で出会われて、すぐに意気投合して一緒にやろうってなったみたいな話もありましたけれども、これはどういった部分がそうさせたんでしょうか。
三沢 小木原さんと会う会では、彼がKinesisで一位取ったという紹介を受けたので、めちゃくちゃコミュニケーションが取りにくい営業の方なのかなって勝手な想像をしながら会ったんですけど、めちゃくちゃコミュニケーション取りやすくて、しかも目指していることを聞いたときに、同じく環境の問題とか社会的な課題を解決するために、今後は何かサービスとかも作っていけたらいいなと思って転職もしていたんだという話をしていたので、そこがかなり意気投合しまして、
私が出会ってから次の月にハッカソンビジネスコンテストにお誘いをして、そこでSGGと関係のプロダクトを提案をしてそこで入賞したので、このきっかけもあって大木原さんともいろんな事業開発に取り組み始めたって感じでした。
それぞれのエピソードがすごく面白いなと思うんですけれども、共同創業者の候補になり得るような方々が揃っていったわけだと思うんですけれども、そこからじゃあいざ起業するぞっていうタイミングは、とはいえ共同創業者の皆さんがたくさんいらっしゃるとタイミングとかも結構合わせづらかったり、どの領域に挑むのかっていうのもかなり議論があったんじゃないかなと思うんですけど、そのあたりのエピソードもいただいてもいいですか?
大木 実際に起業するときは、会社を登記する半年前ぐらいからサービスを開発をしていて、グランスっていうビジネスニュースプラットフォームっていうのを当時は作っていたんですが、それを作ってリリースして営業していった結果、結構契約がいただけた、有料でいただけたので、これはやっぱりちゃんと会社としてお客様にご提供したいなというところで、まずは結構軽めに会社を登記はしました。
その上で事業をどんどん伸ばしていくためには、どういったところが重要なのかなというふうに調べていった結果、これニワトリタワームではありますが、世界の皆さんが知っているスタートアップって必ずVCから出資されたというふうに思いまして、これまでの事業モデルと似たようなサービスでグロスをきちんとしているみたいなケースもありますが、我々が見ていたような世界を変えるようなテクノロジーを使ったスタートアップに関しては、VCから出資されているという共通点が見えてきたので、
当たり前ですが、そういった調達はしないとおそらく戦えないんだろうなというふうなところをそこで確信をしました。
それでピッチコンテストとかで始めたんですけれども、あるピッチのイベントで投資家の方からいろいろアイディアとかもいただきまして、その中でより深い課題を解決しないとB2Bの企業様には役に立てないなというふうに思って、
あらゆる世界中の情報を集めて、自分たちの興味ある情報だけがAIでテキストマイニングで自分の手元に入ってくるというふうな翻訳サービスをやっていたんですけれども、
それだと若干薄いので、何か特化させなきゃと思っていたときに、私がコンサルティングファーム時代に営業戦略立案の支援をしていたのと、COのギャラが金融する全国一位を取ったという実績もあるので、
営業の領域であればだいぶ勝ち目があるんじゃないかなというふうに思って、そこで営業の領域を絞っていきまして、その中でかなりお客様の反応が良いようなプロダクトの層ができてきたので、
そのタイミングで独立するみたいなところもイメージを膨らませていって、実際に投資家の方と会い始めて調達もできそうになってきたタイミング、
投資者先に独立していたんですけれども、他のメンバーも独立してしっかりとフルタイムでやっていこうというところを枚越して確定させていただいた感じでした。
そのタイミングにセールスの話もできました。それは小笠原さんもギャラさんも両方とも安心事項であり、解像度が高かったところもありまして、
そしてやっぱりグローバルのバックグラウンドを皆さんあたりにするので、やっぱり海外のリサーチとかもした上で、このセールステックの領域だったりインテントセールスという領域というのは定めたものなんですか?
そうですね。セールスの領域を選んだのは2つの観点があり、1つ目が社内のケイパビリティ、組織の強みというところで、先ほど申し上げた通り、私と小笠原の経験、それからCTOの陳さん、それから渡辺さんがかなりデータベースとかフロントエンドの強みがあったので、
セールスかけるデータベースというのはかなり強みを持って差別作れそうだなと思っていたのが1つと、2つ目がマクロ環境、外部の環境ですね。
例えば、日本の新規開拓においては100件アプローチして1件取れればいいというふうな水準があったりとか、あとは実際に80%ほどの営業をやっている方が退職を検討しているというふうなレポートがあるほど、かなり営業はつらいものだというふうな認識をされています。
この課題は何としても解決しなければいけないなというふうに思ったので、まずこの課題感というところと、あとは海外の方を見ていったときに、何かしらその確率を上げていくとしたら何か役に立つものがないかなと見ていったときに、インテントデータというものがあれば商談を獲得するのが非常に効率化されそうだということが分かりまして、
そもそも売上が単価かける顧客数で、顧客数がターゲット企業数かける商談化率かける制約率だったときに、制約率に効かせようとするサービスはたくさんあったんですが、商談化率に効かせようとするサービスがほぼゼロに近かったので、そこをしっかりと作っていくことによって、必ず世の中に役に立つサービスになるだろうというふうに考えて、ここが新規開拓においてはニーズの情報とキーパーソンの情報があれば、ある程度確率が高くなるだろうなというふうに思って海外リサーチして、
いった結果、ZoomIFOという会社のサービスがあり、そのあたりの2点を踏まえたサービスになっていて、時価総額もある時期1兆円を到達していたので、そこが日本でも使えるようになるべきだというふうに思って、日本の課題感と日本の法律と日本のデータの取得方法みたいなところは完全にアレンジしていかなければいけなかったんですが、そこを作って提供し始めたというのが、ヘルスの領域に特化させたような理由ですね。