発酵食品の魅力
本日は2月の8日土曜日ですね。
いつもよりちょっと遅めの時間帯に散歩に出ております。
今日は本当に雲ひとつない快晴で、日差しも暖かくてですね、とても気持ちいい朝の時間を過ごしております。
さて、今回はちょっと僕の好きなものの話をさせていただければなと思いまして、
食べ物とか飲み物、僕は結構好きだったりするんですけれども、
とはいってもそんな別に高級なものとかいうよりは、
醤油とか味噌とか、お魚とか、しめさわとかですね、昆布で挟んで少し熟成させたものとか好きだったりするんですけど、
あと実はお酒も大好きでして、こちらはですね、結構オールラウンダーと言いますか、
好きな2大巨頭はワインと日本酒なんですけど、ビールもイスキーも、他のハードリカー系とかも、もちろん大変おいしくいただいております。
で、実は今僕が好きだといったものですね、すべてに共通していることがありまして、
それはですね、発酵ということが関与しているということなんですね。
醤油とか味噌っていうのはもちろん発酵食品ですし、
魚とかを少し寝かせておくとうま味が増すっていうのも、まああれも発酵のプロセスの一つですね。
そして、すべてのお酒は発酵食品です。
これは何でかっていうと、お酒っていうのは必ず何かしらの糖分ですね。
これは穀物だったり果物だったりすることが多いんですけど、結局穀物もですね、澱粉が入っていれば、それを分解してぶどう糖になれば糖になりますので、
まあそういった甘いものですね、糖分を穀物が分解してアルコールを生み出すというのが、どんなお酒にも共通するお酒の作る過程の一つなので、すべてのお酒は発酵食品と言えます。
で、この発酵食品自体、僕は大好きなんですけど、
そもそもですね、もうちょっと深いところに行って、この発酵っていうプロセス自体が素晴らしいし、
今もこれからも本当に重要なことなんじゃないか、もう考え方として重要なんじゃないかっていうようなことを思ったりしておりまして、今回はちょっとそのお話をしようかなと思います。
発酵と腐敗の違い
まずそもそも、発酵って何なんだっていうところですね。発酵っていうのは基本的に微生物が関与して起こるものなんですが、
例えばわかりやすく食品でいきましょうか。例えば食品に微生物が関与して起こることっていうと、わかりやすく言うと物が腐っていくっていうのがありますよね。
例えば食パン食べきれなくて余らせてしばらく置いておいたらカビ生えちゃったとかですね。
肉とか魚をもちろんちゃんと冷蔵とかせずに放っておいたら嫌な臭いがしてきて腐ってしまったというようなことはあるかと思います。
カビの例はちょっと一概に腐敗とも言えないんですが、
腐るという現象を一般的に腐敗と言います。腐って負けると書くやつですね。
なので発酵も腐敗も微生物が関与して起こることっていうのは違いないんですが、
じゃあこの違いって何なんだっていう話ですね。発酵は微生物によって起こったことが人間にとって
良いことである、ポジティブなこと、メリットのあることであるというのが発酵です。
逆に腐敗は微生物によって起こった結果が人間にとって良くないこと、ネガティブなことであると。
つまり食べたらお腹壊すとかですね。ということでございます。
つまりですね発酵と腐敗の違いというのは非常に人間都合でつけられた区分であるということですね。
ただ僕は別に発酵も腐敗も一緒じゃんっていうことを言いたいわけではなくてですね。
いずれにしても微生物が関与して既存にあるものを別のものに変えていく、あるいは新しい何かを生み出していくというプロセスが発酵というふうに言っていいんじゃないかなと思います。
考え方としての発酵
この考え方っていうのはもう食品だけじゃなくてですね、考え方としてとても大事なんじゃないかなと思っています。
それどういうことかと言いますと、先ほど言った例えば発酵を通じてお酒ができる。
だからもともとは穀物とか果物だったものがアルコールという全く違うものに生まれ変わるということになりますね。
これはですね、最近よく発酵の転換が必要だとか、個人の例えばリスキリング、今までの先行きがほぼ見えていたような時代だと、こういうスキルとかを身につけておけば一生安泰だみたいな感じがあったけども、その時代は終わりました。
これからは常に勉強しながらスキルを再度毎回身につけ続けないといけませんみたいな。もしくは例えば今結構もう、例えば30代40代とかいった方でも今までのキャリアっていうのを一旦ちょっとある意味ちょっと捨てて、新しいこれからに生きるスキルとかキャリアを身につけていきましょうみたいな論調があったりしますけれども。
結局これって既存のものを一回解きほぐして、そこから生み出せる新しいものを生かしていきましょうというような文脈で捉えると、僕はこれはもう発酵と一緒だと思うんですね。
なのでこういうふうに考え方としての発酵っていう考え方で捉えると、結構エンジニアが普段でやってるところもそういうところ、そういう面があるなというふうに思うところもありまして、例えば何かこういう処理をしたいんだが、
例えばそれは時間だったりとか、その使うコンピューターのスペックが足りないとか、そもそも処理としての難易度が高くて、実装するこれをコーディングするのが難しいねっていうふうになったときに、
僕らエンジニアはなんとかならないかってうんうん考えるんですけど、考え込んでどうしてもできなくて煮詰まってああーってなったときに、一回今までの考え方とかをバッサリ捨てて、違う角度からせめて見るとですね、あら不思議、あっという間にあんなに悩んでいた問題が解決してやりたいことができちゃったみたいなことがあるんですね。
これは山登りに例えると、この道で絶対山登りするんだーって行った道がもう何度アタックしてもダメで、うわーこれどうしようかなーってときに、あれ、なんかちょっとあっちの横っ側の道から行ったら登りやすくない?みたいなのをふと思いついてそっちから行ったら、あら山頂つけちゃいましたみたいな、そういう感じですね。
これもですね、今までこの道で山登りを絶対するんだっていう、要はある意味凝り固まった考え方。それは例えばなんでその道を選んだかっていうと、この道が登りやすそうとか、あるいは自分が得意とする、例えば自分は結構崖みたいなところ登るのが得意で、この道はそういう自分の能力を生かせそうな道だな、みたいな風に思ったからそこの道を行ったとかですね。
やっぱり今までの考え方で選び取ったみたいなことがあったりするんですけど、それがダメなときは一回ちょっと解きほぐしてですね、既存のものを崩して、そこから別のものを組み立て直すというと、新しいものが生まれたりっていうことがとてもあるんですね。
これを僕は発行のプロセスと結びつけて、これも結構僕の根本をなす一個の考え方になっています。
発行っていうとどうしても微生物が云々というと、コロナの時とかにすごい除菌除菌みたいなのがあって、そこでの嫌悪感みたいなものが結構染みついてしまった方もいれば、
そこからの、逆に除菌しすぎてそういう菌への耐性が弱くなっちゃったみたいなところから、もうちょっと菌を取り除くんじゃなくて身の回りに置こうみたいな風潮とか方もいらっしゃったりしますので、両面なんですが、
発光と微生物の関係
いずれにしてもですね、考えてみたら、ほっといても微生物とか菌が湧いてくるっていうのは、とても豊かなことだなって思うんですね。微生物って言ったら生き物なわけですけども、コロナの場合はウイルスなので、あれを生物なのかどうなのかみたいな話はちょっとややこしいんで置いておきますが、
いずれにしても発光に関与する微生物は基本的に菌なわけですね。生き物と呼んでいいと思います。もうちょっと大きなサイズで考えると、例えば僕は以前お話ししたように、お茶室の庭をよく定量して、いわゆる草取りなどをしているわけなんですが、草って勝手に生えてくるじゃないですか。
で、それを言ったら雑草と呼んで、いやなんかもういらんもんが今回も、先週草取ったばっかなのにまた生えてきてるよって、ブツブツ言いながらみんな取ったりするわけですけれども、僕もそうだったんですけど、ある時ふと、ほっといても命が湧いてくるってこれは素晴らしいことなのではっていうふうに、ちょっとふと思い当たったんですね。
例えばですね、これが火星行ったりとか宇宙空間行ったりとかしたら、勝手に草とか生えてこないわけですよ、もちろん。だって生物の元になるようなものがないし、生物が育つ環境もないわけなので、どう頑張ったって無理ですね。
というかだから火星に移住しようってなったら、なんとかそういう環境をドームとか作って、要するに人工的に作り出さないと住めないよねみたいな話になってきちゃうわけなんですが、この僕らの普段の生活圏では、ほっといてもそんな生き物がパカパカ生まれてきてるわけですよ。
さっき言った発光にしろ腐敗にしろ、あるいはほっといたら微生物が増えて育ってくるから生まれることなので、これは素晴らしいことなのではみたいな。ほっといたら微生物が増える。そしてうまくそこを調整してやれば発光ができる。生き物も数多く生まれてくる。
っていうこの素晴らしさを見つめ直した上で、さっきの発光っていうプロセス、一度既存のものを崩してというよりも解きほぐしてぐらいの方が僕はいいかなと思っているんですが、そこからそれを再構築することで新しく生み出す。
っていうようなことがこれからの世界、よく言われますね、不確実性の時代とか、そういう中でかなり重要になってくるんじゃないかなと思っております。
僕はこういうちょっと自分がいいなとか大事に思っているテーマを使って茶会をやるというのが結構好きでして、実は発光茶事というのをやったこともあるんですね。めちゃくちゃ楽しかったですけども。
例えばお食事とかお菓子とかにも全部発光食品を取り入れたりとかはもちろんなんですけど、所間にかける軸とか、使う道具とかですね。
あとはちょっとお手前の趣向みたいなところでも、少し僕が考えるさっき言ったような既存のものを解きほぐして、そこから新しいものを生み出すという考え方としての発光というのをちょっとふんだんに取り入れて、ちょっと茶事ですね、4時間のフルコースというやつです。
お食事もお酒も出て、お茶もこい茶とうす茶というふうに2種類出るというものをちょっとガチでやったことがありまして、そこにはちょっと発光関係の好きな知人友人をちょっとお招きして、皆さんと一緒に楽しませていただいたということなんですが。
ということで、僕はこの発光という考え方、考え方としての発光ですね、というのはとても大事なことの一つだなと思っております。
はい、今回はちょっとこれくらいにさせていただきまして、実はこの発光の話をちょっとベースにして、その発光文化が世界でも特に異常と言えるぐらい発達しているのが日本なわけなんですが、
ちょっとその発光っていうものを生み出して、昔ほどではないにせよ、今も非常に日常的に使っている、この日本っていう国って何なんだろうね、みたいな話をですね、あんまりちょっと片肘張らずにちょっと話してみようかなと思っております。
では今回は以上とさせていただきます。お聞きいただきありがとうございました。