競技人生の振り返り
絶望カフカの何者かになりたいラジオ、この番組は元アスリートのカフカが、日々の絶望と、些細なヒントをお送りするラジオです。
さて今回はですね、自分の競技人生を振り返って、今考えていること、
まあそんなお話をしていきたいなと思っています。 っていうのもですね、1月にニューイヤー駅伝と箱根駅伝があって、
久々にまた 交渉をして
ずっとこう自分の走りっていうことと 向き合って考えていたんですよね。
で、 僕は引退して約2年半経つんですけど、
最近になってようやくアスリートとしての自分を客観視できるようになったなっていうふうに思うんです。
っていうのも、 ランニングに熱中をしている時、目標に向かって全力で頑張っている時、
そして引退した直後っていうのは、 なんかどうも自分自身を客観視できないというか、
あるべき姿を追い求めているが故に、 自分自身に起きている現象と、
自分の認識にギャップがあるというか、 自分のことは一番自分がよくわからないって言いますけど、
まあそういう感じだったんですよね。 そして最近にあってようやく
ああこうだったかもなーっていうのを、僕の中ではっきりと、 明確に
腹の底から感じられるようになったんですよね。
それが僕にとっての競技人生のピークはここだったっていうことなんです。 もちろん一生懸命競技をやっている間は
もっと上がある、もっと上を目指そうと思って 頑張っていたので、
ピークはここじゃないってずっと思っていたし、 引退した直後もまだまだやれたはずだって僕は思っていたので、
きっとまあ 何か頑張っていたらピークはここだったのではっていう
ふうに思っていたんですが、 でももう
これはピークはここだったと認めざるを得ないというか、 もう本当にここだったんだなって腹から思えるように
なったんですよね。 まあそんなお話をつらつらとしていきたいと思います。
自己認識とピーク
それは僕にとって競技引退したのは2023年の8月なんですけど、 ピークは2020年の9月ですね。
明確にそこだと思っています。 なぜかっていうと
僕はトレーナーとかコーチにランニングフォームの動画を 撮ってもらっていました。
で、もちろんトレーニングのタイムを撮ってもらっていて、 やっぱり動きが最も噛み合っていた時っていうのが2020年の9月だったなって、
今その動画を見てみると思うんですよね。 でも当時はそれは分からなかった。
それはどこかさっき言ったような自己認知のバイアスがかかっていたからなんですよね。
で、なぜその2020年の9月なのかっていうと、 2020年に僕が新たなトレーニングを始めて、それが自分の中ですごく噛み合っていった
ということなんです。 まあこのロジックを説明するとかなりマニアックな話になるので割愛しますが、
とにかくいろんな要素が噛み合って、 かつ
なんていうかなぁ 今までの経験と知識が
すべてが噛み合った瞬間だったなぁと思っていて、 でも残念ながらそこから過去の一途をたどっていくんですよね。
特に9月っていうのは別にレースがあったわけじゃないんです、実は。 本当は狙っているレースは11月にあって、
でも9月にピークを迎えてしまって、
そこから左右のバランスが悪くなって怪我をして、みたいなことになっていくんですけど、 じゃあなんでその左右のバランスが悪くなっちゃうかっていうと、
僕はずっと足首の持病というか、
怪我をした時から何かハンデを背負っているような感じになってしまったんですよね。
具体的に言うと、 右も左もなんですけど、
広骨折をしてしまって、そこから うまく神経のリハビリができないまま走り始めてしまったっていう過去があって、
足首のグラグラになってしまってるんですよ。 関節が緩くなって。
だからランニングをして、一定許容度を超えてしまった時には、
どこかそこのワンテンポがずれていってしまって、足首が詰まっていってしまって、
バランスが悪くなってどこか不調を来たすみたいな。 僕はその状態というのがわかっていたので、
いろんな知識を得て、それをどうにかするということをやっていったんだけれども、
おそらく2020年の9月、そこが限界地点だったっていうことなんですよね。 あらゆる手を尽くしたけれども、それ以上先は
なかったっていうことなんだと思っています。 そういうふうに考えた時に、
まあ これはなんというかな
ちょっと別な観点からすると、アスリートのピーク だけども例えば年収のピークとか
ある場での最大のパフォーマンスのピークの時期とかっていうのが人それぞれにあるわけじゃないですか。
で ピークを過ぎた後の時間っていうのは無駄だったのかなぁって考えたんですよね。
引退後の内省
つまり僕で言えば 2020年の10月にじゃあ引退を迎えていれば
残りの3年間という時間を無駄にせずに過ごせたのではないかっていうふうに 一つの考え方からすれば
そういうふうな考え方もあるなぁと確かに思う。 特になんか
その3年間って僕にとっては 結構なんかこうしんどいものであり、なんだろうな
努力に対して報酬が得られない期間だったんですよね。 怪我もするし
どんなに頑張ってもレースで結果も出せないし 愛嬌の果てに肩を叩かれ引退をするし
何かこうやりきれない気持ち。 最後の最後で引退レースを
まぁなんていうかな、ある程度納得のいく形で終えることはできたんだけれども
思い描くような結果っていうのは全く手に入らなかった。 で正直無駄だったか無駄じゃなかったか
辞めておけばよかったか辞めなければよかったかっていう問いに対して 僕の中で答えはないんですよね
なんていうか ある種スパッと
辞めますと言って 辞めていく人たちを
見ていると
僕にはそのやり方っていうのはあんまり理解ができなかったんですけど 今だからちょっと理解ができるような気がする
それは自分のピークが見えているから ここから先は
下降戦 だからやっていても
思い描くような報酬は得られないのではないかっていう だったら新たなチャレンジをするとか別な場所に移動するというか
でも僕の中ではなんていうかな わからなかったんですよね
それが自分のピークだっていうことが でも2020年の9月で今2026年の1月なので
約5年と4ヶ月経って やっとわかるようになったんですよね
だから 本当になんていうかな自分を客観視できない人間なんだなというふうに
思うんですけど 僕の場合は
5年かかったんですよね 自分のピークがわかるまでに
でもなんていうかな その
結局何か行動を起こせるんだとしたら今なので
5年経ってやっとわかるような まあちょっと鈍い人間なんですけど
まあ今わかったのだから いいのではないかなというふうに思ってますし
まあピークがわからなかった自分に対して この2020年9月から引退するまでの3年間頑張った自分っていうのは
まあその時一生懸命ベストを尽くしたのだから それはそれとして
まあなんていうかなそれが正しかったというつもりはないけれども それしかなかったんだろうなっていうふうに
思ったりするんですよね まあきっと
様々な変数があって 年齢による身体的な衰え
というのは一つの一因だと思うんですよね 僕はもっと正しい選択をしたら
何か変わっていたかもしれない まあ正しい選択というのはトレーニングの選択であり給与の選択であり
まあシューズの選択まあそれに伴う適応 みたいなことなのかもしれないあるいはメンタル的なことなのかもしれない
で僕はずっと思っていたのはもっと努力すれば そのピークは
もっと上げられたんじゃないかってことなんですよね だから
僕には努力が足りなかったのかもしれないなぁって どこかずっと思い続けていたんですけれども
でも明確にここがピークだった 限界を尽くして
一生懸命やってそこまでたどり着いたって逆に 最近は思えるようになったんですよね
それは怪我を抱えて 治病を抱えながらも
30過ぎてそこまで
なんとかたどり着いて そこのピークの地点まで行けたんだってことが
なんかようやく自分の中で認められるようになったっていうか それはある種誇ってもいいことなんじゃないかなとも思うし
逆に僕が今振り返ってなんていうかなぁ 僕の核になっているのは逆にそのピークを迎えてから
もがき続けた3年間の記憶だったりするんですよね だからある種その3年間が一つの血肉になって今の自分を形成しているなっていう風にも思える
だからそのピークが 後になってからわかるっていうこと
そして 自己認知ができていない
それでももがき続ける時間っていうのもきっと無駄ではないんだろうなって
今はそう思っています はいというわけで今回は
競技を引退してようやく自分の競技人生を客観視できるようになった それも
5年かけて引退してからは2年半かけて
ようやくわかるようになってきたっていうそんなお話をしていきました というわけで今回以上になります最後までお聞き下さいありがとうございました
ではまた