1. 絶望カフカの何者かになりたいラジオ
  2. #151 暇と退屈のアイデア発想術
2025-06-24 09:31

#151 暇と退屈のアイデア発想術

1日1アイデア/高橋晋平
暇と退屈の倫理学/國分功一郎
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/5fc03020c646546590d81677

サマリー

このエピソードでは、高橋真平さんのアイデアから得た教訓を通じて、余白を持つことの重要性について語られています。特に「暇があって退屈していない」状態の価値に焦点を当て、過去の理論や著作を交えてその意義を考察しています。

高橋真平のアイデア
絶望カフカの何者かになりたいラジオ、この番組は元アスリートのカフカが日々の絶望と些細なヒントをお送りするラジオです。
さて今回はですね、久しぶりに高橋真平さんの1日1アイデアの中の1日分のアイデアをご紹介していきたいと思います。
こちらを収録しているのが、2025年6月24日、夜10時15分なのですが、
まさに6月24日、今日のですね、アイデア、これが非常にですね、僕に刺さったので、そのアイデアを紹介するとともに、そこから僕が着想を得たこと、本をご紹介していきたいなと思っております。
では高橋真平さんの1日1アイデア、6月24日のアイデア、何が書かれているかというとですね、
真平さんが大学時代に恩師に怒られた話が書かれています。 どういう怒られ方をしたのか、それをかいつまんでご紹介していきますね。
真平さんが大学院の時に、とある学会に参加する機会を得たそうなんですね。
で、真平さんは当時仙台の大学に所属をしていたということです。 そこから東京へ行って自分の研究論文を発表されたそうなんですね。
で、真平さんはその研究論文を発表した後、 すぐにですね、研究の続きに取り掛かりたいと思われたそうで、
すぐに新幹線で東京から仙台に戻って、その足で研究室へ戻って作業をしていたそうなんです。
めちゃめちゃストイックというか、もう研究にどっぷり使っていたんだなぁということが見てとれるんですが、実はそこで
教授に見つかって怒られたそうなんですよね。 では、教授になんて声をかけられたかというと、
せっかく学会や東京の町へ行ったのに、他の人の発表をできるだけたくさん聞いたり、 町を散策したりして新しい知見や情報などを得てこようとしなかった。
それはなぜかということでビシッと叱られたそうなんですよね。 真平さんはその言葉にハッとして何かに没頭をしているか故に
思考の余白がなくなっていることがいかに危機的なことなのか、良くないことなのかということを気づかされたというふうにおっしゃっているんですよね。
で、そこから新しいアイデアも浮かんでくるはずだっていうふうにこの章では書かれています。
で、それが大学院を修了して大人になって社会人になって今でもこの教授のこの言葉が思い出される。
だから余白を持つようにしている。そんなお話が書かれているんですよね。 いや僕もこれ本当にその通りだなぁと思っていて
僕もどちらかというと何か一つのことに夢中になっていると周りが見えなくなってしまうタイプなので
余白を持つこと、遊びを持つことっていう重要性っていうのはなんか痛いほどわかるなぁっていうふうに共感をしたんですよね。
勇敢階級と暇の重要性
例えばなんかあの僕スマホゲームに一時ハマったことがあってそればっかり考えてましたからね。
でも本を読まずにスマホをずっといじっている。 スマホの攻略サイトを眺めてずっとスマホゲームに夢中になっている。そんな時期も僕にはありました。
そしてこのアイデアを読んでですね着想的に思ったのが勇敢階級の理論という本ですね。
この本実は僕の大学院時代のとある授業の課題図書となっていたんですが、その話はさておき
この本の中では勇敢階級という階級が存在していた時代というのは社会は真っ二つに分かれていたと書かれています。
つまり社会の上層部に勇敢階級がいて彼らは働くこともなく生きていける経済状況にある。
だから自分たちのがいかにお金持ちかということを堅持する生き方をしていた。 そして下層階級に属するいわゆる貧乏な人たちというのは
自らの時間の大半を労働に費やせねば生きていけなかった。 そんな時代背景とともにこの勇敢階級が人類史にどのように影響を及ぼしたのか
それがこの本で書かれているんですよね。 これが新平さんが教授に怒られた話とどうつながるかっていうお話をこれからしていきたいと思います。
実はもう一つの本を挟んでお話をしていきたいと思っているんですが それが国文広一郎さんが書かれた
暇と退屈の倫理学という本ですね。 この本の中で実は勇敢階級の理論が紹介されていて
暇と退屈のマトリックス図の中での勇敢階級というものの意味が描かれているんです。
ちょっとわかりにくいですよね。 今から説明します。
横軸に暇があるなし、縦軸に退屈しているしていないっていうマトリックス図を思い浮かべてみてください。
そうした時に暇があって退屈をしている人たちっていうのは 暇を持て遊んでいる人たち
例えば土日に時間が空いたけど何していいかわかんないっていう人たちはここに該当すると思います。
で、右上の暇がなくて退屈しているっていう人たちは多分暇がないんで退屈しようがない状態ですね。
多分ここには人は該当しないと思います。 そして左下の暇がある
そして、だけど退屈していない ここに勇敢階級の人たちが属すると
勇敢階級の理論という本はここに人が属すことができるという意味合いをもたらしてくれたということを国文さんはおっしゃっているんですよね。
つまり暇に対して生きる術を持った人たちというのがここに該当すると言っています。
で、最後の右下、暇がないけど退屈していない これは
勇敢階級でいう仮想階級 つまり労働者が該当すると言っているんですよね。
どういうことかっていうと退屈していないのはなぜかというと労働しているから で、労働しているから暇がないということなんですよね。
で、国文広一郎さんは左下の暇があるでも退屈していない なぜなら暇を生きる術を持っているから
ここのマトリックスの中のここの領域というのが人にとって実は重要なんじゃないかっていうことをおっしゃっているわけです。
そしてようやく 新平さんが教授に怒られた話に戻ってくるんですが
新平さんは 研究を通して没頭していきました。
論文の発表が終わったらトンボ帰りで仙台に帰って自らの研究をやっていた つまり暇がない状態を自らに化していた
作り出していたということなのかなって思います。 そうだとすると教授が言いたかったというのは
暇があって退屈がしていない そこの領域、その時間というのをもっと大事にした方がいい
そういうメッセージだったんじゃないかなっていうふうに思うんですよね。 その時間の大切さというのはかつて有感階級という階級が存在していたほど
価値のある時間なのかもしれません。 僕もなかなか苦手なタイプではあるんですが
暇があるでも退屈していない そんな時間をこれからも作っていきたいなというふうに思っております。
というわけで今回は以上になります。最後までお聞きくださりありがとうございました。ではまた。
09:31

コメント

スクロール