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1%の情熱物語
海外に住んでいる日本人は、日本人総数のわずかに1%。
この番組では、海外進出や起業を果たしたビジネスオーナーや経営者、
また、各業界のプロフェッショナルな方々へ、対談形式でインタビューをしていきます。
日本の未来を背負うグローバルなプロフェッショナルたちの仕事哲学と、
そこに燃える情熱に迫ります。
こんにちは。
こんにちは。
1%の情熱物語、182回でございます。
先週に引き続き、沙織ちゃんは日本で、僕はロサンゼルスでズーム収録になっているんですが、
そうです。
最近、気になっていることがありまして、
日本でマリトッツという食べ物が流行っているんですか?
何?マリトッツ?
あ、沙織ちゃん知らないか。
コンビニ、調べたところによると、イタリアの食い物で、パンにクリームがドコーンと入っている。
沙織ちゃんみたいなやつで。
それは、多分イタリアのものよりも日本風にも改良されているものが日本で。
日本に帰った人がコンビニで買ってきて、マリトッツやべえみたいな投稿を見ると、俺も食いてえってなって見てたんだけど。
これ、生クリームの量がすごいですね。
そう、それでさ、セブンイレブンかな、たい焼きマリトッツ、あ、違う、どら焼きマリトッツっていうのがあってさ、
調べてみて、やばいんだ、それが。
これや、セブンのどら焼きマリトッツ、つぶあん&ホイップクリーム。
それで、ドーンって入っててさ。
あ、おいしそう、おいしそう。
買ってきてもらおう。
それがなんかやたらマリトッツをマリトッツって目につくようになっちゃってさ、なんか流行ってんのかなとか思ったんだけど、そんなことないのかな。
もうあれですよ、日本のコンビニのいろんなおしゃれなもの、おいしいものありますよね、スイーツたち。
いや、これマリトッツめちゃくちゃ食いてんだけどさ、さすがにこれ買ってきてって言ってもいいね。
ぐちゃぐちゃになってドロドロになって。
03:01
食べたい。
そろそろ行くんじゃないですか、LAに。
食べたい、誰か運んでほしい。
冷凍は多分できるから、でも冷凍にあんまおいしくないかな、どうなんだろうな、わかんないかな。
絶対味が落ちるでしょ。
そうそう、変わっちゃうから。
おもしろーい。
朝押しちゃんも帰ったばかりだからね。
そうなんですか。
そのうち目にするかもしれない。
そのうちちょっと目にしたら食べてみてください。
感想をお知らせください。
はい。
本編に入っていきましょう。
一人の方のインタビューを4回に分けてお届けしているこの1%の情熱物語。
今回はですね、おもしろいです。
初動アーティスト&ヒップホップダンサーでいらっしゃる吉田邦春さんのインタビューの第2回目です。
はい、先週までがね、今の活動ですね、ダンサー、日本語教師、初動アーティスト、映画も作るっていうね。
そして今回が、おいたちから今の活動に至るまでの右予曲説を伺っております。
はい、では早速聞いていただきましょう。
はー、この右予曲説って使い方あってた?今。
うん、右予曲説。
あってる感じ。
いろいろあるよっていう。
そういうことだよね。はい、お願いします。
はい、じゃあちょっと今から過去のお話に入っていきたいんですが。
えーとですね、まず幼少期ですね、東京の生まれということで、どんな子供だったかって客観的に。
そうですね、私が子供の時は結構近所に同じくらいの年の子がいっぱいいたので、道端で暴れ回ったり壁登ったり虫取ったり、
まあ典型的な僕ら世代の活発な子っていう感じでしたね。
ずっとしてられない子供だったよ。
ちなみに虫取ってたりっていうのは周りに自然があったってことですか?
そうですね、自然に出かけることも多かったですし、あの頃でもまだトンボセミバッター各種その辺は周りにありましたよね。
ハチの巣とかもなんかスズメバチの巣とかあったりね。
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僕大田区なんですけど、その辺にはある程度ありましたね。
そっかそっか。じゃあまあいわゆるワンパク構造みたいな。
そうですね、いろいろ迷惑かけてたと思います。1歳で膝2つに折れちゃったりとか。
マジっすか、何してるの?
高いとこから落っこちちゃって。2,3歳くらいで交通事故に遭うとかね、いろいろ迷惑かけてましたね。
まあやんちゃな。
初動で動くって意味では変わってないと思います。
そうですか。ちなみに初動は何歳の頃から?
初動は僕の今、今も繋がってるんですけど、大先生に会うのが5歳ですかね。
一般的に小学校1年生入る頃からぐらいですかね。幼稚園とか。
一応僕の祖父と、ちょっとプロフィール間違ったかもしれない。
祖父の妹さんがどちらも初動の先生だったんですね。明治大正生まれの方で。
初動の道具とかも周りにあったりしたので、一応プロフィールには4歳とか3歳くらい。
幼少期から初動に触れてますっていう感じでは言わせていただいてますけど。
まあ覚えてないですけどね、正直。
まあでも小学校に入ったら、こう習い事として、習い事と言っていいのかな。
それはでもいわゆる習い事。
自らが希望してという感じなんですか。
あの時は、いや実はその時ソロ版教室に入れられたんですよ。
じっとしないからソロ版にやってきなさいって。
あんなのスケートボードじゃないですか、僕らが。ちっちゃい。
あれでね、3回くらい壊したところで、ようやくあんた無理ねって言われた隣のクラスで初動やってたんですよ。
初動こそ無理でしょ静かにっていう話だったみたいなんですけど、
先生が本当に飴とムチで、本気で飴とアイスとかをくれるわけですよ。
そうするとね、もうこれ行くしかないと学校から真っ先に行ってっていう形で、
ワンパクが1時間座って初動を書き始めるっていうのがスタートします。
それでもだんだん飴とムチにより楽しく学べたんですか。
そうですね、年後の弟がいるんで、2人いつも競争してスポーツとか何でもやってたんで、
初動も球が上がっていくっていうのがあって、それが唯一弟と勝負してとか、そういう感じでした。
実は僕は年後の兄がいてね、やっぱりライバルでしたよ。何につけても。
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ちなみに幼少期の頃の夢っていうのは何になりたいとかありましたか。
その時は本当に昆虫博士になりたいって書いてましたね。小学校小さい時から6年生くらいまで大きくなるまで言ってたんですね。多分書いてましたずっと。
じゃあ本当に虫好きだったんですね。
そうですね。実家帰ってきて整理してたんですけど、
昆虫採集したやつが出てきて、20何年前の。
標本みたいな。
標本、はい。未だに綺麗に形があるんですよね。ちゃんと標本にしてたんですね。
すごい。
そっか、じゃあその虫博士は途中で亡くなっちゃったんですね。
そうですね。バーベキュー行くとうんちくで言ってるぐらいですね。
これは食えるんだぞみたいな。
そっかそっか。じゃあそのまま小中、高。
そうですね。高までは行ってます。大学でダンスを始めるのでちょっと行ってます。
大学でダンスを始めたんですか。
大学でダンスを始めたんです。
大学でダンスを始めたんです。
高までは行ってます。
そうですね。高までは行ってます。大学でダンスを始めるのでちょっと一回初動からはふと離れることになりますね。
おーそうなんですね。それは何かきっかけがあったんですか?ダンスを始める。
大学の時に僕まだバスケ部ずっと入ってて、大学は日本体育大学に行ったんですけども、
大学でバスケ部のセレクション受けて入ったんですけど、ちょっと大したものではないんですけど、
心臓の心肥大があってあんまりスポーツしない方がいいよって言われてて、
じゃあ大学で何したらいいんだろうって。部活が命で高校もやってきたんでどうしようかなって言ってたら
友達がダンスにしようよって言われて、ダンス部に入っていったのが最初ですね。
ダンスもまあまあ心臓使いそうですけどね。
そうなんですね。そうじゃんって結局思ったんですけど、始まったらもうのめり込んじゃってて。
日本体育大に入ると結構みんな女の子みんなジャージとかスウェットとかでお化粧もしてない。
一般大学とちょっと雰囲気違ってたんですよ、あの子と。
ダンス部にいる女の子とか可愛いし、いやこれいいなあモテるかなあとかいうのが最初の動機だったんですけど、
誘ってくれたし入っちゃおうかなみたいな。
そうなんですかね。
そうなんですよね。
大学から始めてそれで日本一まで行っちゃうんですね。
そうですね。のめり込むと本当に毎日毎日遅くまで練習して、週末はクラブに行ってナンパじゃなくて汗びっしょりになって着替え持ってって帰るみたいな。
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体育大だからしょうがないでしょみたいな。
そんな感じでやってました。
でもじゃあそれはその時はダンスに100%行ってて初動はやらなかったってことですか?
そうですね。その時は本当にダンスに全て時間をつぎ込んで大学の学費までつき込んじゃったぐらいダンスばっかり考えてましたね。
初動は別に、まずその頃はプロの初動家とかアーティストになろうとかっていうのもなかったってことですね。
なかったですね。
そっかそっか。じゃあ大学はもうダンスにのめり込んで、その後はどうされたんですか?
大学卒業して茨城の水戸市の市役所に入る。
就職。
ですね。就職して、その2年間で茨城のダンサーと知り合うんですね。
なるほど。
市役所っては5時にきっかり終わるんで、終わって仕事ちゃんとやりますけどやってからもうそのままダンス練習行って、
イベントに出たりバトル一緒に出たりっていうその仲間たちとその3年後になるんですかね。
日本の大会で優勝するチームがそこで出会う。
じゃあもう社会人として働きながらダンスを続けていらっしゃって。
そうですね。
ほんとに好きなんですね。
そうですね。
そっか。
ダンスの醍醐味って国さんにとっては何なんですか。
これも自由に表現してるっていうのが一つあります。
確かにダンスのスタイルのベースはあるんですけど、それをもとに自分がどういう風に音楽にアプローチして踊るか。
ダンスバトルっていうのは音楽をかけてもらってて、そのかかってる音楽に対して表現して戦うんですけど、どっちが優れてるかを争うんですけど。
いわゆるフリースタイルでどんな風に踊ってもOKっていう。
そうですね。
じゃあそこもやっぱり表現の場所なんですかね。
はい、そうですね。
なるほど。
ちょっと皆さんにこれ聞いてる質問なんですけど、なんか人生で衝撃を受けた出来事や、転換したこととか、
転換期、でも転換期そういう意味で言うとダンスじゃないかなと思いますね。
ダンスに出会ったことそのものが。
そうですね。
体育大学に入って体育教師になるっていう気持ちが結構多くて、
ダンスの世界大会とかで優勝したりする後にロサンゼルスにすごい惹かれていって、
15:02
その光の方に真っ直ぐ飛んでいくかのように、お金も持たずワーッと行って、留学したわけじゃないので、
ダンスの世界大会とかで優勝したりする後にロサンゼルスにすごい惹かれていって、
その光の方に真っ直ぐ飛んでいくかのように、お金も持たずワーッと行って、留学したわけじゃないので、
そういうところがきっかけになっていて、
実は僕アメリカに住むステータスっていうのがグリーンカードなんですけど、
これ年に1回アメリカがやってる抽選のグリーンカードが当たってしまったんですよ実は。
えーすごいなー。
むちゃくちゃラッキーというか、これはもう行くしかないな。
僕はダンスのおかげでアメリカに目が向いていて、
その時に友達がこれちょっと写真撮って履歴書送るだけだからやってみって言われて、
写真撮って送ったのが当たってたんですよね。
一発目にですか?
一発目に来ましたね。
計算したら60分の1だったんで、60年間に1回当たるっていう確率だったみたいで。
それが一番最初に来ました。
すげー。マジでね、10年くらい送り続けてる人とかいますからね。
全然当たんない人は当たんないですけど。
そこに繋がってたのは多分ダンスがなかったら、
ビビって海外とかも行けてなかったんじゃないかなと思いますね。
英語も元々喋れないですし、お金も大してなかったし。
ダンスがしたいだけで、英語の克服、お金なんかいらないっていう気持ちで行けた。
本当にそれがありますね。
そっか、それはもうロサンゼルスに行きたいっていうのがあったんですか?
ダンスといえば。
僕がやってるのはポッピングっていうロボットダンスみたいな感じなんですけど、
発祥がロサンゼルスで。
旅行で行ったりするだけでも結構有名なオリジネーターの人たちと
ラウンジで踊ってる人たちに会ったり話したり、触れ合ってくれる。
割と僕もそれは感じましたけど、
雲の上のような存在な人が普通にそこら辺にいたりして、
喋れたりするっていうのは、アメリカに来て思いましたね。
じゃあそれで勢いでっていうか、
別に仕事しようっていう感じじゃなくて、アメリカに拠点を移そうって思えたんですか?
そうですね。
もうその時に、ここアメリカに住みたいな天候もありましたね。
この天気って素晴らしいなって思って生活したいなと思って。
どうしたらいいの?っていうところでようやく生活を考え始める。
まあでもね、ビザ的にはそのグリーンカードを持ってるわけで。
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最強カードですけどね。
最強カード。
ダンスをするのがメインで決断です。
でもだから市役所の仕事も辞めてってことですもんね。
そうですね。
周りの人たちの反応はどうでしたか?
その時に、アメリカに住みますって決定した時が26か7歳くらいだったんで、
結構みんなももう仕事始めて5年6年っていう人もいましたし、
結構大丈夫なん?って言われましたね。
ですよね、普通はね。
夢を持って行くのはいいんだけど、市役所辞めるの?とか、
学校の先生にならないの?とか、
いう一般的な考え方になっちゃうのかもしれないですけど、
そういうことも言われて、アドバイスとして僕を受け止めて、
そうだよなーとか考えた時期もありましたけど、
やっぱり衝動が抑えられないので行っちゃうっていう感じで。
なるほどなるほど。
最初に来たのがロサンゼルス?
そうですね、ロサンゼルスですね。
最初はどうやって生活をしてたんですか?
一番最初はホテルとかで、モーテルって言うんですけどね、
あれですね、皆さん分かるか分かんないですけど、
モーテルっていう小さい巣泊まりみたいなところで、
ちょっと泊まったりしてたんですけど、
話を家族とかにしてると、母親の中学校の同級生が住んでるみたいよって、
また言ってくれて、その方がトーランス、ロサンゼルスのトーランス住んでて、
それがまたすごい優しくてファンキーな方で、
家に泊まっていていいからって言ってくれて、
その繋がりで最初の2、3ヶ月ぐらいはお貸しいただいたんですよ。
で、自分の貯めたお金で中古の車を買って、
車買って仕事が見つかるまでいていいからって言ってくれて。
車ないとね、ちなみに生活なかなか難しいんでね、
ロサンゼルスは公共機関が全然発達してませんので。
そっかそっか。
車買って仕事探して、すぐ見つかるもんなんですかね。
やっぱり最初は本当にみんなが通るような感じで、
クレーグスリストみたいなのとか、ビビナビ日本の、
そういうインターネットでの情報を探しましたね。
どんな仕事に就いたんですか。
いろいろ民設行って入ったところは、
英語の語学学校に入りました。
21:04
世界中から来る英語を勉強したい人が来る語学学校で、
そこで僕はハウジングコーディネーターとアクティビティーコーディネーターをしていて、
学生たちの活動のディズニーランドとかね、ベランスメガスとか、
そういう企画ができるということで、
その立場を十分に利用させていただいて、行きたいところに行くっていう。
でも学生ももちろん行きたいですから、
みんなでサンディーグ行きたいって言ったら集めて、その分バス借りて。
そこで、ビジネスではないんですけど、やっぱりやりたい人が集まると、
そういう行動が起こせるんだなっていうのをすごい実感して、
僕は率先して、営業じゃないですけどみんなのとこ行って、
今度雑誌に載ってるここ行ってみたい人とか言って、
俺連れて行ってあげるよとか言うと、はいって言って、
それをちゃんと既案書に出して、保険とかもちゃんとやりますけど、
そういうのをちょっとやって、アメリカをたくさん知ることができました。
最初の2年間くらいですかね。
素晴らしいです。
旅行のコーディネーターみたいな感じになってたわけですね。
そんな感じですね。
それ楽しそうだな。
ディズニーランドを40回くらい行きましたね。
ディズニーランドを40回くらい行きましたよ。もう行きたくないですけど。
その時って英語は学ばれたんですか?
実はその時、書いたり読んだりっていうのもほぼできなくて、
英語の点数は低かったんで、
ただ話すのに関しては、あんまりちゃんと話そうとか話せないから、
ちょっとっていうひけ目があんまり僕はなくて、
伝えたい方が前に出ちゃうんで、
極力いろんなできる言葉を使うのと同時に、
あとは学校ってだいたい同じことの繰り返しなんですね。
言う言葉っていうのが仕事をしていると。
皆さんなんかこう腑に落ちると思うんですけど、
営業したりとかすると同じことの繰り返しなんで、そこで話す練習をして、
発音とかもダンスの友達と話してる時に話してたんで、
あんまりこう自分の中で苦労したという感覚はないんですけど、
ちょっとずつ覚えていくっていう感じになりました。
そっかそっか。
じゃあそこにもうビビりみたいなのはもうなかったんですね。
なかったですね。逆に留学するような時間とお金もちょっとそこに自分があって、
スペース作れなかったっていうのもあったんですけど。
まあでもね、ダンスってやっぱり言葉を越える安いものですもんね。
24:02
そうですね。
喋らなくても友達になれそうな感じしますもんね。
そうですね。もうイエーイって言ってて、最初それだけでしたね。
クールクールみたいな感じのイエーイだけで。
いやでもね、ダンスができてそれを見せることができたらビビるわけですよね向こうは。
おーまじか。
できるじゃねえかって。
それだけでね、リスペクトですもんね。
はい。
じゃあそこからまあ何とかこう生活を始めていって、
今のこの活動状態に至るまでっていうのは、
まあまだねそこから書道が復活した話は出てこないんですけど、
書道はいつちなみに復活されたんですかね。
まあ書道道具は持っていってて、最初の2年間の中では、
僕は寮に住んでたんですよね。寮の中に住んで周りを管理してたんで、
寮に入ってくる世界から来る学生たちと一緒に書いたりとか、
はいはいはい。
なんか俺の名前日本語だったらどうなんのとか聞かれたら書いてあげるよとか言って書いたり、
自分の中で筆を持つっていう実感は作るようにはしてましたね。
なるほどなるほど。
そっかそっか。
そこからでも、もうやめて書道家っていうか書道アーティストっていう家に行かれるんですよね。
そうですね。いやもうこれをこんなに楽しい生活はないと思っていたんですけども、
やっぱり自分の書道っていう生活の選択肢に向けてしっかり動こうということで、
1年半か2年ぐらい仕事した後に気持ちを切り替えてロサンゼルス、リトル東京に乗り込んでいくんですね。
ほう。
はい。そこで、最初の1年2年の間には、実はニセイウィークっていう大きい日系アメリカ人のパレード的な歴史的なお祭りがありまして、
棒踊りとかも踊ったりするんですけど、そのニセイウィークのボランティアをずっとしていて。
そうなんですね。
はい。そこのボランティアの当時中心だったウォルターっていう友達がいて、彼が色々コミュニティの人と繋いでくれるんですね。
で、「君は何しに来た?」っていうことになって、「僕は書道をやるんです。」って。
その辺から書道をやってますっていうのを色んな人に伝えたり見せたりするところがきっかけになって、
書道を本格的に活動として始めるっていうことになります。
同時にそこで日本語学校、リトル東京に位置する日本語学校富士スクールで働き始めて、それを同時並行しながら書道の仕事を増やしていくっていうことです。
27:01
そうですね。先週話に出たけど、富士スクールっていうのは日本語を教える学校ってことですよね。
そうです。
そっかそっか。最初は日系人に教えるっていうところが始まりだったってことなんですか?日系アメリカ人。
書道は全般的にはくくりはないんですけど、日本語学校の方は結構学生さんがアメリカ人が多いんですよ。
日系アメリカ人の方っていうのは結構補習校とか、昔古くからある日系の学校に行く方が多かったりするんですね。
僕、富士スクールはお昼ぐらいから明けて夜までやってる大人向けです。どちらかというと。子供もいますけど。
大人向けのところで、ソニーで働いてる人とか、日系の会社に入ってる人とか、日本に行きたい、漫画を読みたい、アニメが大好き、カルチャーが好き、こういう人たちがメインで来ています。
なるほどなるほど。そういうことですね。じゃあそんな感じで、今の仕事まで至ったっていうことで、ちょっと時間が、すいません、いろいろ聞きたいことあるんですけど、次のセクションに入っていきたいと、ここでちょっと思います。
ダンス大学で始めたんですね。
ねえ、それで日本一ってすごいよね。
そういうパターンもあるんだと思って。なんかダンスってちっちゃい頃から自然に学んだリズムで行くみたいなイメージだったから、南米の人とかすごい、もうちっちゃい頃から体に染み付いたリズム感があるじゃないですか。
そうだよね。まあでも、バスケットボールはずっとやってたって言ってたから、まあそういう体を動かすことはやってたんでしょうね。基礎はできてたんじゃないかな、だから。しかも立体ないですからね。
ガチ中のガチ。
ガチで言わないな。それでクラブに来て踊られたらちょっとビビるかもしれない。
いや、マジで。女の子たちも、え?みたいな。めっちゃ踊ってんだけどみたいな。
ちょっとね、ごめんなさい。今回ね、くねさんに2時間という枠をもらってインタビューしてて、ちょっとね、わりとペース配分が難しくて、結構バッサリ話を切っちゃってたんで、ちょっとそれだけお伝えしとこうかなと思っていませんということで。
30:10
確かに。盛りだくさんで、いっぱい聞きたい話がありすぎて。
なかなかね、進行しながらだとね、早くしないとなと思いながら。
確かに確かに。
しかしあれだよね、あのグリーンカードにも当たっちゃってるってのもね、すごいんだけどさ、それとあのあれを。
本当よ。
市役所を務めで、そっからアメリカ行きを決意するってのもすごいよね。
誰がびっくりしたって、ミトの市役所の人たち。
たぶんね。
本当だよね、もう本当ですかって言いたくなっちゃうよね。
何するんですかって。
そうそうそうそう。
特に決まってませんみたいな。
まあね、でもそういうことがね、枠を越えていくってことなんだと思いますけど。
いいですね。固定概念にとらわれない感じが新しいクレイティビティを生み出してるんでしょうね。
そう。
ね。
ザオルちゃんちなみに二世ウィークって行ったことありますか。
あります。
お祭り?
そうお祭り、食べ物屋さんとかもいっぱい出ててね。
そうなんですよね。楽しい。
楽しい。
うちの妻もね、民謡やってるんで、そこで民謡歌わしてもらったりとかしてたりとかね。
はいはい。
年によっては、あれ言ってたっけ、5年くらい前はネブタ祭りのね、ネブタ来てたんだよね。あれもすげえなと思って。
それは見たかったね。
そう、なんかあといろんなね、日本の文化がそこで紹介されつつも。
うんうんうん。
で、その日系アメリカ人と呼ばれる、まあそのアメリカ人ですから、やっぱ日本語話せない人も中にはいるし、
ルーツは日本にも半分あるんだけど、半分っていうか全部か。
だから日本で育ったことがないから日本にすごい興味があるとかっていうね、たくさんいてね。
そう、日本から来た私たちよりもはるかに日本に興味があるっていう感じですね。
そういう方とのコミュニケーションも楽しいし、
そうね。
そういうところに興味があるんだみたいなね。
俺らにとっては古臭いものにしか見えなかったりするものが、すごくこう見る角度が違うとさ、
そんなに面白いものなんだなってね、逆に気づかしてくれるんだよね。面白いよねほんと。
それこそね、吉田さんがやってらっしゃる書道も、私たちはね、ちっちゃい頃から学校でやる。
33:05
確かに。
普通のものだったりする。
習い事に行って、みたいなね。
書いてとかだけどね、海外の方から見たらすごく新しいものだし。
そう、アーティスティックでめちゃめちゃかっこいいよね。
うん、かっこいい、かっこいい、かっこいい。
ほんと面白い話がつきませんが。
次はどんなお話です?
はい、そんな風にして、今の活動をするに至ったわけなんですけど、
次回はその仕事活動に関する掘り下げを行ってます。
そのモチベーションだったり、仕事哲学って何ですかとかね。
なるほど。
国さんを作ったルーツは何だと思いますか?みたいな、そんな話をしております。
楽しみにしています。
はい。
リアルアメリカ情報。
このコーナーでは最新のビジネス生活情報をアメリカ・ロサンゼルスよりお届けしてまいります。
今日はですね、毎回恒例となっております。
アメリカにインターンでいらっしゃっている方、OPTでいらっしゃっている方のインタビューなんですけれども、
プレミアムスポンサー、スカイア様のご提供でこのコーナーを進めさせていただきます。
今日はですね、ニューヨークのアパレルのセレクトショップにてOPTをされていらっしゃいます。
あやさんです。よろしくお願いします。
お願いします。
お願いします。
簡単にあやさんの方から自己紹介をお願いできますか?
自己紹介。
今24歳で、2年前にニューヨークに来て、2年半前にニューヨークに来て、
こっちの現地の大学でアソシエイトディグリーを取ってから、今OPTをしています。
多分アソシエイトディグリーって分かんない方も多いと思うんですけど、どういうものなんですか?
一応ディグリーというか、学士としてもらえるんですけど、
バチェラーディグリー、4年間大学卒業してもらえるのじゃなくて、
2年間行って、一応純学士っていう称号をもらえるんです。
サーティフィケートじゃなくて、一応純学士っていう称号をもらえる。
それがアソシエイトディグリーになります。
36:03
日本で言うと短内みたいなことかな?
みたいな感じです。
今はOPTで働かれてるってことですか?
はい、そうです。
そのOPTっていうのも一応案内しておいたほうがいいかな?
何かOPT、そうですね。分かんない人いますよね、きっと。
オプショナルプラクティカルトレーニングっていうので、
学校卒業してもらえるんですけど、
オプショナルプラクティカルトレーニングっていうので、
学校卒業してから1年間か1年半、
実践で働きながら学べるというか、インターンみたいなものですよね。
の期間で給料ももらえるっていうビザがもらえるんですよね。
それで合ってますね。
はい、合ってます。
STEMっていうのもあって、STEMは理系の方ですよね。
STEMの場合は3年間くらい。
多分そのくらいいけると思います。
ということで、今OPTであやさまお仕事されてるってことなんですけど、
具体的にどんな日常生活を送ってるんですか?
普通にブルックリンのアンブっていうところにあるヴィンテージのお店。
出勤して、掃除やらお店の整理整頓とかから始まって、
私の場合オンラインのショップのお客さんの問い合わせのメールに返信したりとか、
あとはパッケージが来たら開けて商品のストック補充したりとか、
いろいろありますね。やることが。
一概にこれをいつも同じにやってるっていうよりかは、
本当にいろいろ、1日いろんなことをして仕事してます。
アパレルのセレクトショップってことでしたけど、
店舗もあってオンラインストアもあるってことなんですか?
そうですね。コロナが始まってからオンラインストアも本格的にやり始めて、
日本にも最近お店がオープンしたので、
日本に荷物を送ったりとかのやり取りとかもしてます。
いいですね、結構多岐にわたった仕事ができるっていうのは。
そうですね。
じゃあちょっと最初に戻ると、もともと海外に興味を持ったきっかけって何なんですか?
39:05
中学生とか高校生の頃から留学結構してて、
そこから普通にもともと英語とか海外に興味があって、
日本の大学卒業して、大学中に就活してたんですけど、
もうちょっと英語勉強したいかなと思って、
服とかアパレルとかにも興味があったので、来ちゃえと思って。
いい匂い来ちゃいました。
中学生の時とかに留学してたとか、昔留学してたっていうのはどういうところなんですか?
イギリスとかアメリカとかオーストラリアとか英語圏。
すごい。
留学してました。
いろんな英語圏の経験がある中で、
今回アソシエイツデグリを取るためにアメリカ、ニューヨーク選ばれたのって何か理由があるんですか?
これといってすごい深い理由があるわけでもなく、
ただニューヨークってファッションがすごい有名だからっていうので、
単純にそのだけの理由で来ちゃいました。
実際に来てみてどうですか?
東京とちょっと似てるかなと思いました。
忙しい街というか、みんながせわしなく動いてるって感じですね。
確かに。
ブルックリンってどういう街なんですか?
よく名前は聞いてかっこいいイメージな感じなんですけど。
結構古着とか、ストリートカルチャーって言うんですか?
壁に絵が描いてある建物とかわかりますか?
そういうのがいっぱいあったりとか、おしゃれなカフェもありますし、
ちょっと芸術っぽいおしゃれな街。
なるほど。
アーティストさんが多いのかな?
アーティストさんが多いと思います。
LAで言ったらファッションディストリクトみたいなところかな?
かな?アーティストディストリクトってのもあるよね。
そうなんだ。なるほど、そんなおしゃれなところで働いていらっしゃるということで。
実際にニューヨークで生活されてみて、他の海外での経験も多いと思うんですけど、
日本と違うなぁなんて感じたこととかあります?
日本と違うなぁ。
42:02
他の国とでもいいですし、他の都市ととかでもいいけど。
そうね、イギリスもオーストラリアも言ってるしね。
それぞれ違いそう。
多様性が入り混じってる。
いろんな国の人がいるから、LAも多分大きい都市なのでそうだと思うんですけど、
いろんな国のスーパーマーケットがあったりだとか、
いろんな人がいたりだとか、
日本人もいるし、中国人も韓国人も、
いろんな国の人が一気に集まってるって感じの街だと思う。
ごちゃ混ぜね。
うん、ごちゃ混ぜに。
やっぱそれってアメリカならではなのかな?
オーストラリアとかイギリスとかって大都市でもそこまで多様性ってないんですか?
なんかイギリス行った時はそんなに日本人、
なんかそんな多分アジア人とかあんま見なかった。
今はちょっとどうかわかんないんですけど、
私が行った時はそんなに見なかった気がしますね。
でもなんかそういう他の人種のスーパーとかに行くだけでも楽しいですよね。
楽しいですね。なんだろうこれみたいなのいっぱいあるから。
確かに確かに。
もともと海外留学されてたって言って、英語はスキルをお持ちだったと思うんですけど、
実際にお仕事を英語でされてるってことですよね?
はい、そうですね。
実際に英語を使ってのビジネスってどうですか?
つまづく時もありますけど、
そのなんか従業員の同じ同僚のうち4人ぐらいが外国人、アメリカ人なので、
ほんとわかんない時聞いたりとか、
だからビジネスとかでもやっぱ難しい単語だと結構理解ができない時もあるから、
同じ似たような単語の意味の違いとか、そういうのを聞けるから結構いい環境にいるなと思う。
ほんとそうですよね。
同じ意味の単語でもこれどっちを使うべきなのか。
みたいなのがあったりするので。
へー。
確かに。
へー。
今回は最初学生として来てるわけじゃないですか、
そこからOPTを探すっていう時は、
エージェントさんはスカイエスさんを使われたと思うんですけど、
どういう流れでOPTの就職までたどり着いたんですか?
もともと自力で大学の就職相談窓口みたいなのを使って、
45:07
OPTを探そうかなと思ったんですけど、
ちょうどコロナがかぶっちゃってて、
コロナがまだ収束っていうか、まだ落ち着いてない時期で探し始めたので、
なかなか見つからなくて、
見つけたとしても無給とか、
へー。
時給7ドルとかが結構多くてアパレルの場合。
それ違法じゃない?
違法ですよね、完全に。
OPT無給もOKなんですよ。
無給でもOKなので、そういう会社が多くて、
どうしようかなと思ってた時に、ちょうどスカイエスさん見つけて、
スカイエスさんの場合、有給でできる仕事を紹介してるって見て、
ちょっとここ相談してみようかなと思って、
ちょうど見つけて、ちゃんとしたお給料もらえるところ、
インターンを見つけて、面接して決まったって感じ。
結構スムーズですね、スカイエスさんに紹介してもらってから。
そうですね。
やっぱり私よりいろいろ仕事のアパレル関係で結構仕事紹介してもらえたので、
一人でもやってなかった。
希望通りのところに働けるようになったって感じですか?
そうですね。
よかったよかった。
よかったですね。
コロナ禍とかだと大変ですよね。
特にアパレルとかだと無給が多かったりするので、
よかったですね、ちゃんと見つけられて。
こういう風なあやさんみたいに、
インターンのためにスカイエスさん通して日本から来るという方もいれば、
現地でOPTのところからもお手伝いしてもらえるということですね。
そうですね。
そうですね。
なるほど、なるほど。
実際にOPTをされて学んだことってどんなことですか?
学んだこと、なんか企業の面質みたいな質問。
学んだこと、いっぱいありすぎて絞れないというか、
何だろう。
確かに。
本当にいろんなこと学んでると思います。
英語のこともやっぱりそうですし、洋服のことだったりとか、
やっぱり洋服だけじゃなくてビジネス、
48:02
ユシチニューとか、カスタマーサービスとか、
いろいろ多分、今現在学んでると思います。
今後の将来、あやさんがどうしていきたいかにつながっていくような学びがあったらいいですね。
本当に。
ちなみにどういう将来像というかビジョンがあるんですか?
将来、私今月中に入籍して結婚するので、
それが終わってから考えるって感じになりました。
どうするかどうか。
おめでとうございます。
インタビューしてるとそういう話が多くない?
多いですね。
入籍します話。
お相手はどういう方なんですか?
こっちの人です。
こっちのアメリカの人。
そっかそっか。
じゃあ基本的にはアメリカに住んでって感じですね。
そうだね、多分。
もしかしたら日本に行くかもしれないし、
まだそこらへんはどうするか。
仕事次第でもありますし、
まだ具体的には決まってない状況ですね。
そうなんだ。
そしたら今はそっちの方に集中してって感じですね。
そうですね。
ちなみにOPTはいつまででしたっけ?
来年の5月までですね。
来年の5月ですね。
そっかそっか。
まあね、その頃にはもう日本の行き来も
もうちょっと楽になってるかもしれないし。
そうですね。
もうちょっとコロナが落ち着いてほしいですね。
そうですよね。
そっかそっか。
じゃあ最後に今後インターンとかOPTとかを考えている、
興味があるっていう方に簡単にメッセージをお願いできますか?
メッセージ。
簡単なメッセージ。
なんかアドバイスとか注意点とかも
でもいいし。
私の場合大学卒業して
日本の新卒を切り捨ててもうこっち来ちゃったので
なんか行く前はちょっと不安とかあったんですよ。
やっぱり新卒って日本で結構重要視されるから
大事だからやっぱり不安はあったんですけど
でもやっぱりこっちに来ちゃったら来ちゃったで
勉強していろんなことを学べるので
51:00
別に特定の方に向けてなんですけど新卒
もし大学卒業してこっちに新卒
日本で就職しないでこっちにもし来たいのであれば
別に来ちゃって
一応多分どうにかなると思うので
逆にこっちでいろんな経験をして
それがまた日本で就職するなりこっちで就職するなり
絶対勝手にはなると思うので
怖がらずに来ちゃったほうが
もし自分が行きたいのであれば
後悔なく来ちゃったほうがいいかなと思います。
特にやりたいことがあやさんみたいにしっかりしてて
後悔はしないことになるそうですね。
OPTからそのままそこの会社に就職できるっていう道もあるので
確かにそういう面では
逆にこっちに留学したいのであれば
留学しちゃったほうがいいのかなと思う。
すみません、全然メッセージになってなくて
すごくいいメッセージです。
ありがとうございます。
可能性は無限ですね。
ということで今回は最後に
プレミアムスポンサーさんのご紹介をさせていただきます。
スカイアスは世界6カ国11都市に拠点を置く
グローバルエデュケーションブランドです。
海外留学、スタディーツアー、海外インターンシップ、
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アサイナ教育プログラムサービスを展開されています。
詳細はwww.scius.global.com
もしくはwww.america-intern.comに行ってご覧いただけます。
ということで今回はニューヨークでOPTをされていらっしゃいます。
彩さんにお話を伺いました。ありがとうございました。
ありがとうございました。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
では締めのコーナーです。質問。
はい、質問。
ちょっとインタビューと被っているようで被っていないかもしれないんですけど
高校時代とか中学時代でも、学生時代か。
電車通学だったか自転車通学だったか
54:03
なるほど、素朴な質問。事実の返答をする質問。
私は小学校、中学校が山梨県甲府市で、大学が東京都なんですね。
なので小学校、中学校は、小学校はバスか、バス通学。
公共交通機関のバス。
そうなんだ、そんな遠いところだったの。
そうそう、国立に通っていたので地元じゃなかったんですよ。
そういうことね。
しかも私山の上に住んでいたから、バス停まで片道30分ぐらいかかるの。
マジ?
行きは良いが帰りは辛い。
そこまでは歩いて行くの?
歩き。
行きは下り、帰りは坂道40分くらいかかるかなっていう。
なるほど。
それが中学校になり、自転車通学になり。
行きは、同じ場所なんですね、小学校、中学校、私。
あれや、まあまあ遠いんだ。
場所が一緒。行きはすいすい、帰りめっちゃ辛いみたい。
坂道、自転車。
帰り鬼辛いみたい。
私の携帯じゃないっていう、親の携帯が鳴ってる。
久しぶりに聞いたぞ、その音。
パラランパンパンパンパンってやつ。
そうなんです。
ということで、で、高校、大学は東京なので、高校は満員電車に朝場にいられながら。
通学満員電車か、それも辛いな。
きついでしょ、そうなんですよ、白金台までね、おしゃれなとこですけど行ってまして。
で、大学はキャンパスが遠かったので、1時間半ぐらい電車で、1年生は行ってたかな、電車とバスで。
へえ。
もうやんなきゃでしょ、大きくなって。
こんな感じで、みつさんは?
いや、俺は小学校は歩きで、10分ぐらいですね。
いいな。
10分かかんないかな、5分。
憧れたわ。
で、中学はもう歩きで、中学校はでも20、30分かかったのかな。
いいな。
高校がチャリですね。
みんなチャリですよね、高校ね。
田んぼの真ん中を、あぜ道を、虫がやたらと顔にあたるっていうね。
あー、わかるー。
わかるー。
パツンっていったりしますよね。
むちゃくちゃうざいんだよ、やっちゃう。
57:00
でかいのもあるけど、細かいやつもいっぱいある。
ちっちゃいのもあるのか。
鼻の穴とかに入ってくる。
あー、わかるー。
めっちゃ腹立つんだけどさ、あれ。
部活の帰りとか、たぶんもう汗くさいしさ、寄ってくるんだよね。
あー、寄ってくる。
田んぼに落ちた経験はなし?
田んぼに落ちた経験はないけど、川に落ちた経験はありますよ。
マジですか?
落ちたっていうかね、落ちて遊んでたんだけどね。
砂利ごと突っ込んでいた。
あるあるや。
だから、何が話したかったかっていうとね、電車通学にすごい憧れてて。
あー、逆に?そうか。
でね、電車通学のやつも一部いたのよ、遠い区から来てるやつら。
その頃はさ、ゆうゆうとさ、なんか電車に乗ってさ、楽しそうなのね。
まあ、俺も楽しかったけど、でも、チャリで帰るのはつらかったから、なんか。
そうそう、そうね、日本の冬のあのチャリとかの凍え寒さは尋常じゃないから。
寒いしね。
確かに確かに。
なんか、くにさんの話聞いてたら、なんか昔のこと思い出す。
わかります。
田舎あるあるをね。
そんな話でした。
いいですね。ということで、本編でお届けしたインタビューの内容とリアルアメリカ情報のインフォメーションはブログに掲載しております。
podcast.086.com、または1%の情熱物語で検索してみてください。
はい、そういえばね、皆さんにお伝えするの忘れていましたけど、
先月ぐらいだっけな、先月かな。
あのウェブサイトをね、一応地味にリニューアルしていますので。
はい、そうでしたね。
なんかね、マイナスがやたらとちょっと不具合が出て、開かなかったりしてたんで。
調子が良くなって。
そう、それが今治ってますので、またね、見たことない人もいると思いますがチェックしてみてくれると嬉しいです。
お便り、レビューをいただけると助かります。
お待ちしております。
パトロンさんからのご支援もお待ちします。
はい、ということで今週も聞いてくださってありがとうございました。
ありがとうございます。
また来週お会いしましょう。
じゃあね。