1%の情熱物語
海外に住んでいる日本人は、日本人総数のわずかに1%。
この番組では、海外進出や起業を果たしたビジネスオーナーや経営者、
また各業界のプロフェッショナルな方々へ、対談形式でインタビューをしていきます。
日本の未来を背負うグローバルなプロフェッショナルたちの仕事哲学と、
そこに燃える情熱に迫ります。
こんにちは。こんにちは。
1%の情熱物語402回目です。
皆さん、お元気でしょうか。
お元気でしょうか。
そろそろワールドカップが始まっている時期ですね。
全然関係ない話なんですけど、
この間、バイリンガルニュースというポッドキャスト番組があるんですけど、
そこで話をしていって、面白いなと思った話なんですが、
今、ゆなさんに質問というか、一個問いを投げますけど、
赤青ボタン問題というタイトルで、赤と青いボタンがあって、
えっと、ちょっと待ってよ。
赤、日本人全員が、ごめん、世界中でもいいや、全員が、
人類全員が、赤か青のボタンどちらかを、誰にも言わずに選ばないといけません。
50%以上が青を選べば、全員生き残ることができます。
しかし、青を選んだ人が50%を下回った場合、生き残れるのは、赤を選んだ人のみです。
あなたはどちらを選びますか?
え、これ答えるんですか?
今、質問はもう入った?
入りました。
50%以上が青を選べば、全員生き残ることができます。
しかし、青を選んだ人が50%を下回った場合、生き残れるのは、赤を選んだ人のみです。
あなたはどちらを選びますか?
赤。
なんで?
え、信頼できないです。みんながその考えで、
みんなが私と同じ考えで、みんなが人を信用しないで、赤を選びそうだから。
なるほど。これ実はね、
なんですかこれ?
そう、赤を選ぶのが絶対に生き残る道なんですよ。
え、そうなの?なんでだろう?
だって、50%青、青が50%以上だったら全員生き残るわけだから、赤を選んでも生き残るでしょ?
確かに、確かに、確かに。
で、赤を。
そっか。
で、青は50%以下だったとしても、赤を選んだ人は、だけが生き残るんですよ。青は死ぬけど。
確かに、確かに。
でさ、俺これ、最初聞いたとき、青だったんだよな、俺の答えは。
いや、最初聞いたときというか、今でも俺は青を押すと思うんだよね。
っていうのは、全員生き残りたいから。
はい。
え!そんな!
だから、あれですよね、自分だけ生き残れば、まあまあいいやっていう考えには絶対ならないってことですよね。
いやだから、それは別にどっちが正しいとかじゃないと思うんだけど、俺はなんかそういうふうに教育されてきたんじゃないかと思っていて、日本人。
で、これさ、面白いのが、ヨーロッパとかアメリカは、赤と青が結構均衡してるのね。数字が。50%近くなの。ちょっと青が多いくらい。
はい。
で、日本人だけね、特化してやった場合、日本人71.6%青なんだって。
え!え、そうなんですか?
うん。で、俺も多分そっちなんだよ。で、ゆなさんは赤のほうだから結構マイノリティーっていうか、結構なんていうの、ドライな考え方をするんだと思うんだけど、ドライっていうかなんて言うんでしょうね。
でも、そうかもそうかも。そうかもしれないですよね。
だから、調和とかそういうふうに、多分日本人は、全員が生き残るべきだみたいな、平等っていうのはなんていうのかな。
そういうふうに、なんか俺の頭の中もそうなってたんだなって思って、別にどっちがいいとか悪いとかじゃないと思うんだけど、面白いなと思って。
確かに。面白い。
ね。
なるほど。
確かに。
でも普通にさ、生き残ろうと思ったら赤なんだよね。青を選ぶほうがアホなんだよね、多分。
でもその結果が分かったとしても、青を選びたいっていう人もいるってことですもんね。
おそらく。
みんなで生き残りたいから。
そうだね。
なるほどね。え、面白い。
トロッコ問題とかもね、あるけどね、トロッコが二手に分かれていて、右を選ぶと一人死んで、左を選ぶと5人死ぬとか、そんなのなんか今忘れたけど。面白いね、でもこういう話ね。
面白い。あと国民性もそうやってちゃんと出るんですね。
そうそうそうそう。
へー。面白い。
これがさ、そうだから、条件がまた違うと変わってくると思うんだけどね。
友達とかにもやってみよう。
そうそうそう。枠を決めて。例えば会社対会社の戦いだったら、そんなもん殺してしまえって思うかもしんないしとか。
確かに。
うん。
確かに。え、面白い。
面白いね。
はい。以上。
確かに。
みなさん、どちらを選びましたか?ってことで。
うん。やってみてください、ぜひ。
はい。
はい。では参りましょうか。
はい。
はい。毎回一人の方のインタビューを4回に分けてお届けしています、1%の情熱物語。今回は、レゾボックス代表の池澤隆さんにお話を伺っています。今回は2回目のエピソードです。
はい。先週がね、今レゾボックスさんの活動内容とか、池澤さんがやってらっしゃる会社の活動内容ですね、伺ってたり、池澤さんあんまり寝ないみたいな話をしてましたけど、仕事、遊ぶように仕事をしているみたいなね。
そんな池澤さんがどうやって作られてきたのかっていうね、この面白い話がいっぱいです。
はい。
はい。
それでは、はい、お楽しみください。
はい。じゃあ、ちょっと今から過去の話を伺ってきますが、まずお生まれが東京生まれということで。
そうですね。
どんな子供でしたか?
もう虚弱体質で。
虚弱体質。
そうなんですよ。
あの、校庭で校長先生のお話みんなで聞くじゃないですか。
はいはい。
あの時に倒れるやつですよ。
いた。倒れるやついた。
いましたよね。弱い男の子なんだけどすぐ倒れちゃう。保健室運ばれるタイプ。
あららら。
あれですね。ちょい弱い子でしたね。
そうなんだ。運動とかは苦手な感じだな。
もう大の苦手で、あの逆上がりがクラスで一番最後までできないタイプ。
あー。つらいですね。
いましたよね。つらいあのタイプです。はい。
ほー。それでも池澤さん的にはどうだったんだろう。できるようになりたいなーとか強くなりたいなーってその時は思ってたんですか?
思ってなかったと思いますね。
あー別にどうでもいいじゃんっていう風。
どうでもいいじゃんというところだと思います。別にそんなあのね、それをできたからどうだみたいなそこまでたっかんしてなかったと思いますけど、
普通に僕はできないと。
そんな気にしてなかった?
気にしてなかったですね。はい。
へー。逆になんか子供の頃楽しかったこととか好きだったことってどうなことですか?
なんか面白いことあげた方がいいのかなと思ったんですが正直なくて、もう家に帰ったら毎日親にぶん殴られて、それであのバイオリンをやらされてたんですけど、
あのいわゆるしつけですよね。が、うちは相当厳しい家だったので、
なるほど。
とにかく勉強はほとんどやらされなかったんですけど、なぜか楽器だけは相当やらされて、毎日3時間4時間ぶん殴られながらちょっと音が違うとか。
マジっすか。
ずっとやられてたので、まああんまりこういうこと言うとね、今あのなんか親に対して失礼なお話をしたくないんですが、いわゆる感謝してるんですよ。
だけども、日々それしかやってなかったイメージがあるので、夢とかではなくて、目標とかも何もなくて、日々どうやったら親に一発でも殴られないようにするか。
それを考えるので必死、どうやったら音を間違えないのかとか、それだけで日々暮らしていたというのが小学生の時代ですね。
え、なんか帰りに友達と遊んだりとか、高校に遊んだりとか、できなかったってこと?
いや、できないこともないですし、別に禁じられてたわけではないですが、ただまあ日々それをやるのが当たり前となっていたので。
まあでも習い事が、そうか、毎週何曜日は習い事っていうのは決まってて、練習もしないといけなかったって感じだった。
はい。で、かつ親が教師だった。教師というのはバイオリンを教える、もう彼女自体を教える人だったので。
あ、お母さんが。
はい。なので週一にどこか行くために頑張るというよりは、もう毎日家でしごかれると。
というところに、また音楽以外の他の人間的なマナーであったりとか、いろんなものが含まれていたんだなと大人になって気づくので、
何も本当に否定的な話だけをするつもりはないんですが、ただもうそこに全部集約されて、教養ってやつですね。
なのでそれをこなすので精一杯だったというところですかね。小学4,5年ぐらいまでは。受験勉強してるのでそこまでですかね。
それは楽しくはなかったのかな。
もう全然記憶にないんですよね。日々頑張るしかない。
記憶から抹消されてるのか。
抹消というか、本当に悪い記憶ではないんですよね。こういう話をすると悪いことになると。
そういうことかそういうことか。
自分の根幹を作ってくれたと思っている。
いやでもそれは本当に起訴力というかあれになってるんでしょうね。きっとね。
僕の中ではそうですね。
まあその忍耐とかそういうのもあるだろうし。
え、で、中学受験?え、小学、中学は受験してないのかな。中学生に入ってから受験で。
いや、小学5年生からいわゆるお塾でしょうか。
受験勉強に入りましたね。
いわゆる日本でいうそれですね。もうこの年になるので何も否定するところはなく、まさにそのコースを進んでいきました。
なるほど。ちょっと僕の生活からはかけ離れてあんまり想像ができないというか。
僕の子供の頃はあのチャリで走り回ってた感じなので。
そういうお話をしたいんですけど本当は。そういう方がウケると思うので。ウケるって言い方すると失礼か。でも明るい、いい感じになると思うし。
ですけど、僕はいわゆる典型的なそこですね。
まあ中高、えっと確か駒場東宝中学校?中高一貫高校ですか?
中高一貫です。
中高一貫ですか。で、慶応大学小学部という風にプロフィールに書かれているんですけど、本当にまさにエリートコースと言われるものだとは思うんですけど、なんていうのかな、夢みたいなものはあったんですかね?
全くないですね。親に敷かれたレールをそのまんま渡ってきたというところで、なぜ駒場東宝なのか、なぜ慶応なのかっていうのは全く考えることなく周りがそうしてるから。
親がそういう風な方向に行くような流れを作ってくれたので、そこに対して何の疑問もなく、ただ歩いていったというところですかね。
まあそのいわゆる反抗期的な違和感で、なんで俺こんなことやってんだろうみたいなのは、反抗とかはなかったんですか?
全くないですね。あの、しごかれたとは言いますけれども、小学校のその時点でしごきは終わって、あとはもう全部自由だったんですよ。
もう好きにしろと。そこまでは多分親としてはそこまでが教育のもうルールがあったんでしょうね。でそこからは自分のやりたいことをやれっていうところで、
なので中学入ってからは、それこそ三学部のお話させていただきましたが、山に登るとか虚弱体質のやつが何やってんのっていうところなんですが、
ただ親は別に反対も何もなく、楽器もやりたければやればいいし、あれだけしごかれたのに別にやんなくてもいいし、もう全部自由で。
っていうところで自由にさせていただいたので、まさにもうそこからはやりたいことをやる人生になってしまったんでしょうか。
なるほどね。じゃあ本当に基礎力をしっかりつけてくれたんですね。そういう思想のもとを教育をされてたんですね。
恐らく。
素晴らしいな、それはそれで。本人は大変だったと思いますけど。
そうですね。嫌ですね、毎日。毎日泣いてました。泣かない日はなかったですね。
ちょっと山岳部のお話もちょっと伺いたいんですけど、結構いろんなところに行かれたんですかね。
そうですね。都内では強豪と言われるところだったので、中学1年生の頃からいわゆる冬山ですよね。夏だけではなくて冬山もガッツリやるというところでして。
テント持って雪中。
そうですね。テントを持って、もう20キロ30キロの荷物を持って、だから背伸びなくなっちゃったんですけど、関係ない。
それで毎月1回の山耕という山に地方に行く。これはもう当然。それから日々のトレーニングですよね。
それから夏冬はそれぞれ山耕といって、それこそ1週間とか、北アルプスとか南アルプスとかいうところを重装すると。
テントを持ってですね。中学高校一環なので、高校生の先輩と一緒に隊列を組んで登っていくと。上下関係も厳しいところでした。
聞いてると軍隊みたいなのが聞こえてくるんだけど、そこまでは行かないですよね。
そこまでではないですけれども、いい感じで厳しくしていただいたかなと、鍛えられたところですね。
めちゃくちゃ体力尽きそうっすね。
そうですね。いわゆるサバイバル能力はついたかもしれないです。太陽の光も浴びたらすぐ倒れちゃうような子が。
そこで基礎体力ができて、そこからはもう今は体力だけが自信のあると言ってもいいでしょうか。人間になりましたね。
そんなことないですよね。恐怖症もあるし、体力もあるし。素晴らしいな、そりゃ。
ちょっと僕皆さんに、その前に三学部卒業されてからバックパッカーをやったのはいつなんですかね。
それが大学入ってからですね。
そっかそっか。その前に富士山のガイドもやってらっしゃるんですよね。
はい。それも大学生の間ですね。
いわゆる高校を卒業するまでは三学部で、大学入ってからいわゆるワンゲルというのがあって入ろうかなと思ったんですけれども、
いろいろとお亡くなりになる方もいらっしゃるというところもあって、ワンゲルはさらに海外に行ってヒマラヤとか登れるわけじゃないですか。
さすがにそれは親にやめてくれって言われて。
で、じゃあその経験、今までの経験と言いますか、を生かして何かできるかなと思ったときに、高校で所属していた三学部の一個上の先輩が、
富士山の都在ガイドをされていて、今でも富士山の山小屋の、今も富士山の山小屋の当領になってらっしゃるんですけれども、
その方に、もうそれこそ4年間一緒に三学部に所属していた方なんですけども、一個上の先輩ですね、その方にお誘いいただいて、山梨県の富士山の都在ガイドの試験を受けてパスして、
ガイドとして4年かな、お仕事させていただきました。
大学、在学中ずっとやってらっしゃったんですか。
在学中です。おっしゃる通りですね。
その後バックパックはですか。
その最中に、都在ガイドでそれなりのお金が入るんですね。これはもう学生の仕事だけではなくて、プロの方もやるような仕事で、そこに混じってやるんですけれども、
それなりの金額をいただけるというので、そこでがっつり一夏、富士山に何十回も登ってお仕事をして、お金を稼いで、それをもとでにバックパッカーで、
もう様々な国、インド行ったり、パキスタン行ったり、地獄全土もあったり、いろんなところを旅行しました。
なるほど、でもそうか、一夏に何十回も富士山に登るってのはすごいけど、そうですか。
はい、もう80回ぐらい登ってますね、頂上まで。
やば、僕一回もないですけど。
ぜひぜひ行かれてください。
そうですね。そうか、でもそのバックパッカーはもう単純に世界を見てみたかったみたいな、そういうモチベーションなんですか。
そうですね、それだけですね。別に語学が喋れたわけでもなく、海外に興味というような言葉ではまとめられないぐらい、何か新しいものを見てみたいぐらいのイメージで、
もう夏になったら富士山でガッツリ貯めた分を使って1ヶ月ぐらいっていつも決めていて、
大学ちょっと始まってもまだ海外いるみたいな、急いで帰ってきて、出席だけは他の人に取ってもらってみたいなことをしてました。
でも登山三角部で鍛えられた足腰を持ってるから、結構バックしよって歩いても余裕ですよね、多分。
まさにもうヒッチハイクしたりとか、結構エクストリームな方と言われるようなバックパッカーをしてました。
東南アジアとか?
東南アジアは実は行ったことがなくて、
でもインドが東南アジアに入るかわかりませんが、初めはヨーロッパだったんですけど、その次に中国全土、これ5週間だったかな。
それから次がインド、パキスタン、スリランカっていうところ、それから中米ですね。
これも大学卒業してからもうフラフラしてたので、その時に5週間ほど中米を全部陸路で渡ると、
旅行者の使うものは使わず、地元の方の使う交通機関を使うっていうのが僕のポリシーでして、勝手に僕が決めたポリシーですね。
で、時にヒッチハイクをしたりっていうところで、そういう国々を回っていくっていう。
中米って言うとメキシコとかコスタリカとかそのあたり?
そのあたりです。パナマからスタートしてメキシコまで抜けていくというところですね。8ヶ国かな?7ヶ国かな?
身の危険はなかったんですか?
何度かあるんですけどね。
ありそうっすよね。
ありますね。いろいろとありました。
まあね、今でもしっかり生きてらっしゃいますから、素晴らしい経験ですよね、きっと。
そっか、僕ちょっとその皆さんが聞いてるんですけど、何かその人生の中で衝撃を受けた出来事、人生の転換期となったエピソードがあればっていう、どこにありますかね。
そのいわゆる、ちゃんとした答えになってから大変申し訳ないんですけど、このポイントだっていうのはもちろんないことはないんですけど、やはりその小さな点と点がガーッと繋がって今の自分があると思っているので、
あまりこれがというところを、もともと衝撃的に何かを見ても感じるタイプではないので、ちょっと何て言いましょうか。
何を見てもそんな感動しないみたいな言い方をするとちょっとつまらない人間だなっていう感じがするんですが。
それぐらい自分の中に吸収するのは、結構柔らかく吸収できる方だと思うので。
たとえばニューヨークを見た途端にすごく衝撃的で、僕はここに住むんだみたいなことをおっしゃられるから素晴らしいと思うんですけど、僕はそういうの全くなくて、
これは許容できる範囲、これはちょっと新しいなみたいなところをやんわりと入れていけるタイプなので、全部がなだらかに繋がって今にあるというところでしょうかね。
すいません、ちゃんとした答えになってなくて。
いやいやいや、まあでもね、そのコントラストがしっかりあるっていうか、またその幼少期はこうめちゃくちゃ規律正しく忍耐強く起走力をつけ、
そして中高で体力ですよね、今度フィジカルの方を鍛え、そして世界のいろんなものを見てっていうふうにめちゃくちゃバランスよく。
たまたま流れが。
来てらっしゃるなーっていう気はしますが、そっか。
ニューヨークに来ようと思ったのは、ちなみになんでなんですかね。
そうですね、初めは実は大学卒業して1週間後にもう海外に出ると決めていて、日本で就活は一切してないんですよ。
もうすぐ出て、初めにどこ行こうかなとなったときに、英語はしゃべれないので、バンクーバーだなと語学学校があるって聞いたので、
ワーホリー的な?
本当に語学学校3ヶ月でどれぐらい自分がどうなるのかなっていうところを試したぐらいの形でしょうかね。
そこでいくつかいい先生に出会ったりして、もうちょっと英語を鍛えようかなとか、もうちょっとこの国に行ってみようかなと思ったときに、
バンクーバーではそんなに仕事という面ではあまり数多くないよっていうのをその時は聞いてですね。
なのでじゃあアメリカ行こうと思って、すぐ南のシアトルに入って、そこでコミュニティカレッジに入って、
日本では4大卒なんですけども、でもアメリカに来ると、このリスナー方は分かるか分からないんですけど、
OPTという、説明してられないんですけど、学位を取ると1年間自動で働けるという資格ですね。
これを取るために、日本で4年生大学を卒業しているのに、アメリカでは2年生大学に行くというところ。
で、語学学校の代わりに2年生大学でアメリカ人と一緒に経済学を学ぶ。でも経済学の基礎は日本で学んでいるので、
英語をより学ぶために、もうすでに知っているものをでも専門的に学ぶっていう形ですかね。
それでコミュニティカレッジに入り、かつ日本の大学の単位がたくさん移ったので、コミュニティカレッジ自体は2年間なんですが、普通は。
ですが2年間もかけずに、実際9ヶ月ぐらいで卒業するというところですかね。
で、OPTを取り、ですがシアトルの周りには仕事があまりないというのを聞いていたので、
かつ、僕は東京育ちたら都会人なので、基本は都会が好きなので、じゃあ大都市行ってみようというところでニューヨークに移ったら、
体に正に合っていたというところで今20年住んでいるという形ですね。
じゃあニューヨークも合ってたって感じなんですよね。
そうですね。本当に違和感なくスーッと入って、今そのままいるというところですね。
まあ移住して、ちょっと皆さんに聞いているんですけど、泣くほど悔しかったこととか、後悔みたいなのってあったりしますか。
泣かないんですよね。昔は泣きすぎたんで。
泣きすぎたの?
ボコボコにされて。
幼少期の頃?
幼少期の頃。それで一生分泣いたので、たぶん泣いとけって言われたんじゃないですか、親に。
なので、もうその後は本当に泣いた記憶がこの20年間、30年間わからないですけどないので。
で、悔しいというともちろんありますよ、日々。僕はもうビジネスやってますからビジネスは全くそうなので、全然うまくいかないというところで泣きたくなるような悔しさはありますけど、
でも日々とにかく自分をフル活動させるってことをしているので、何か悔しいと思ってくぐらい思ったときにもう次のメールがポンと来て、
これできますか?みたいなのが来ると、もうそれ一生懸命メール返してるので、もう忘れちゃうっていう。
クヤーのまでいかないっていう感じですかね。そういう繰り返しです、日々。
なので、これも本当にお答えになってなくて本当に申し訳ないんですけれども、もう板倉さんに本当に申し訳ないんです。
しっかり準備していただいてなんですけれども、僕にとってあまりそういう悔しいみたいなのはなくて、
ちゃんと反省しろと思うときはありますよ、お客さんに言われてるかもしれません。
池田さん反省しろみたいな、ちゃんと売れてないじゃないかみたいな、あるかもしれないですけど、
僕個人は何か反省する間に暇があるならば、次のチャレンジをすると。
どうやったら改善できるのかなっていうところでアップを入れたり、足を一歩踏み出すってことをやってるというところですかね。
フラットにちょっと前の話でも、いろんなことをフラットに受け入れられる、柔軟に受け入れられるみたいな話があったんですけど、
その境地というか心境はめちゃめちゃ幼少期にしごかれたことが、何でも怖いみたいな感じになってるんですかね。
悟りみたいな感じになってるのかな。
そこまで偉そうなものはないと思うんですけど。
何にも動じないみたいな感じですよね、きっと。
そうですね、比較的あまり上下しない方だと思いますし、あととはいえ、例えば占いとかを見るとですよ、
例えばすごく影響されます、今日紫がいいんだみたいになってしまって、そういうものを。
なので、あえてそうならないように自分で自分の中に入ってくる情報を統制したりっていうところはしてますかね。
ちょっと言葉は悪いんですが、あまり友人関係を広げないとか、こういう話すると本当こいつ何だろうと思われるかもしれないですけど、
とかSNSを見ないとか、そういうところで自分に影響を与えるがちなところを削ってるので、
それのおかげで世界が広がらなかったこともたくさんあると思います。損してることもたくさんあるってことは理解してるんですが、
そこは自分が好んでもいないので、取りたいけど取らないわけではないので、飲み会とかも行かないです。
一切も十何年行ったことないので、そういうところも別に断ってるという方はすごい失礼なんですが、
そうでない形でお会いさせていただいたり、そうでない形でその方にとってためになるっていうことをやらせていただいてるっていうことですかね。
それで自分をコントロールしているところはあると思います。
結構自分のことを客観的に見てるということなんですかね。
多分間違ってること多いと思いますけど、見てるつもりでもあります。
こういうことするとあまり良くないなということをちゃんと感情じゃなくて、理性的に判断できてるってことですもんね。
自分で起業してるというのも自分で時間をコントロールするっていうことかなと思ってるので、
何か人に言われたことをやらなければいけないということではなくて、やりたくないときは寝ようとか、やりたくないときはゲームをしようとか、
そういうのをコントロールできるようにしているというところもあるのかなとは思っております。
いやー面白いなあ。
そうですか。
いやでもまあでもね多分そのバックパッカーでいろんなものを見たっていうのも多分でかいと思うんですけどね。
それはあると思いますね。
いろんな常識に触れたっていうことをね。
間違いなくあると思います。
ねえ、なんか池澤さんの泣くとこ見てみたいわ。
泣きたいですね。
うわーっつって泣いてるの見てみたいわ。
ちなみに今のレゾボックスさんを創業が2011年ということなんですけど、それをじゃあやるぞって決めたきっかけというか思いみたいなのは最後に聞いていいですか?このセクションの。
そうですね。ありがとうございます。
まあもともとはアメリカに来て、特にニューヨークに移住してから大学卒業して、その1年間働けるOPTというビザと言いましょうか、をもらった後に日本の金融機関で地元の法銀ですね、で2年間ほど働いていたんですけれども。
地元ってのはニューヨークのってことですね。
そうですね。ニューヨークの法銀で2年間ほど働いていたんですけれども、そこであまりちょっと肌が合わなくてですね、仕事に。
でやっぱり自分は好きなことしかできないんだなという、自分勝手な人間なのでじゃあ何か新しいことを自分で一人でやっていこうというところで、色々と模索している最中に大学院にまず行ってビジネスパートナーを見つけるのがいいのかなというところで大学院に行き、
FBAの中でもアントレプレナーシップというメジャーなんですけれども、小規模ビジネスみたいなところですね。そこに行き様々なビジネスプランを作り、投資家にプレゼンをしたりとか、色んなチームを作りとかやったんですけれども、そこで得られた経験はもちろんあるんですが、そこで結局作ったビジネスは形にならず、最終的に一人立ちして、
もちろんビジネスパートナーはいたんですが、全然そこの大学院の中ではない方と組んで、新しいものを始めるっていう時に、もともと僕自身がアメリカに来てからイアイ道という剣術と言ってもいいんでしょうか。
イアイ道です。剣道とまた違うんですけれども、それを学び始めたんですね。その先生がニューヨーク大学を卒業された白人の女性の方だったんですね。武道を日本人でないアメリカ人の女性が教えてらっしゃるというところで、その方は今さっき申し上げたようにニューヨーク大学卒業した方なんですけれども、博士課程で日本武道の研究まで行かれた方で、
日本武道もされるし、イアイも6段7段お持ちの方で、その方と出会ったというのは、ある意味今さっき天気という話ですけれども、これはある意味天気の一つかなと思うんですけれども、その方が日本の文化を日本人でない方が英語で彼女のニュアンスを深めながら、アメリカ人としてのセンスですよね、というのを日本の武道に入れながら教えてらっしゃるという姿を見て、
それがレゾボックスの3段弁当みたいな話させていただいたんですけど、ベースにこのケースですと1段目がイアイ道、2番目が彼女のアメリカ人としてのセンス、ここで3番目にアメリカ人の思う、でも日本のちゃんとベースのあるイアイ道ですよね。
これを目の目のあたりにして、彼女の元に結局6、7年くらいから修行させていただいたんですけれども、その中で得られた経験と知見と言いますか、また視点と言いますか、もっと拡大したいというところがあってスタートした。
もう本当具体的には、イアイ道なのでマイナーなので生徒がなかなか集まらないんですよ。それを先生は自分で自腹を切ってスタジオを借りて生徒さんのために、それで教えてると。先生なのに自分でお金を削ってまで教えてるっていうことに、僕は驚いて、ちょっと生実家ビジネスを学んでいたので集客ちょっと僕が手伝おうと思って、シニアの生徒になってきたので、彼女の中で、道場の中でも。
なので、自分のマーケティングの知識みたいなものをきちんと実践してみようというのもあって、そこからスタートして、これはちょっとうまくいくなというのが見えてきたので、じゃあもう一気に起業してスタジオ借りて、クラスを展開したら面白いんじゃないかというところですね。
なので、もともとのビルエゾボックスは日本文化クラスしかやってない。その一本でスタートしたんですよ。なので日本舞踊と居合堂と墨江、この3つのクラスだけでもともとはスタートして、日本文化の館みたいなのを作りたいなというふうにスクール授業をやろうと思ってスタートしたところが、今日ね、冒頭でも話したような多角的な方向につながったというところですかね。
めちゃくちゃリアリティあるな。それはでも、何と呼ぶんですかね、その三段弁当の3個目って。これはだから日本文化と他からの融合が入って、そのさらに上のレイヤーっておっしゃってましたけど、これは何なんですかね。世界文化ですかね。
板倉さんおっしゃってたように、スシのお話されてたじゃないですか。ああいうものは、もちろん誰かが、カルフォルニアロール、誰かが作ったものではありますよ。なので自然発生的にってお話そのときさせていただきましたが、こういうものは何かね、力をかけてやるものではなくて、もう長い日本の歴史で日本の文化って言っても、他の国からいろいろと吸収してですね、それを日本人が咀嚼して、
自分たちの形にしたものをティーセレモニーって言ったりとか、いけばなって言ったりとか、いろいろと自分たちの形に仕上げてきたっていうところがあるので、何か僕は偉そうにですね、僕は作るんだみたいなことを言ってるんではなくて、今さっきその中で遊びたいみたいなことを言ってたと思うんですけど、その過程を見るのが好き。
ただやはりその中では電波の仕方というものがある程度見えてくるところがあると思うので、そういうものを体系的に自分の中でまとめて、僕のゴールの話をここでするのはあれですが、ミライの話ここでしちゃうと怒られちゃうかもしれませんが、最終的にそれをまとめて自分としてはアウトすると。
それは大学に行ったりっていうところを考えてるんですが、博士課程に行ってというところを考えてるんですが、そういうところでより他の文化であったりとか、僕の場合ビジネスとしてその文化を広げてるという視点もあるので、これはあまり他の文化系の教授の方はもしかしたらお持ちでないご経験だと思うので、僕の視点も彼ら彼女たちと加えながら新しいものというものが何か体系的に作れて、それを次の世代に渡していければなと思っているので。
まあじゃあ今まさにそれを研究しつつまとめつつというプロセスの段階でいらっしゃると。
もうそれの0.1ぐらいをやっと15年でやってるかなというおっそいやつですよ本当に。
白い視点ですよね。確かになぁ、そもそも漢字もひらがなもここから伝わってきたもんだしなんかパスタとかでもね明太パスタとかでもね、融合の上に成り立ってるもんだしね。
何が日本の文化かわかんないですよね。本当に。 まあ、ちょっとそんなね深掘りをね、そろそろ今からしていきたいんですけど、仕事の深掘りをじゃあ今からしていきますが。
結構意外な感じだったかもしれないです。お話の話し方と。 マサイ 最初のどんな人かって想像してたってことね。 そうですそうです。第1回のインタビュー内容から想像するのと、ちょっとこう老いたちが意外。まあエリートですよね。
マサイ ちょっとめちゃくちゃわかりやすいっていうか、なんつーのこの、最初はでもなんか幼少期、まあエリートですよね。 はい、エリートです。
マサイ ヴァイオリンをなんか習い事として、まあお母さんがヴァイオリン教師で、学校から帰ったら3、4時間押し、なんかね、大変そうだよね。でもそういう子いたよね。
マサイ 音楽やってる子って、ほんとにそういうイメージあります。やっぱ1日でも休んだら、1日休んだら、なんか3日分、なんか交代するみたいな。 遅れるからね、はいはいはい。
マサイ そうそうそうとか、すっごい練習してるイメージがあります。
マサイ めっちゃ厳しそうだよね、なんか話聞くに。しつけえ。殴られたとかって言ってたし。
でもね、お受験もして、まあお受験というか受験か、中学受験か。
マサイ まあでも、それがいわゆるお受験じゃないの?お受験って言ったらなんか、小学生か。 ヤンヤンいや、お受験、小学校とかのイメージかもしれないです。
マサイ うわー、え、ユナさんは?
ユナ 私は小学校受験というか、 マサイ したの?
ユナ いや、もうずっと私立です。私、幼稚園から。
マサイ あ、え、てことは受験はないんですか?
ユナ うん、小学校の時にちょっとお受験みたいな。でも私、帰国使徒だったんですよ。
ユナ で、結構こうスッて入れて。で、本当は中学受験しようかなと思って、ずっと塾行ってたんですね、受験の。
ユナ だから中学受験の大変さは、まあ最後はやらなかったですけど、
ユナ あの、どういうふうに小学生が塾に通い詰めて、すっごい勉強して、さらに今より家に遅く帰ってきて、
ユナ っていう大変さも、まあ少しはわかるつもりですし。
ユナ で、私は最後、大学受験をしたっていう感じですね。
マサイ そうか。一応俺も高校受験はしたけど、まあでも話にならんだろうな、このゲザーさんの。
マサイ これ何?駒場東宝?って俺は知らないんだけどさ、とにかく優秀ですよね。
ユナ そうですね。
マサイ 慶応技術大学小学部。
ユナ 優秀。でもなんかちょっと、私、まあ一緒にしたらあれなんですけど、ちょっとわかるっていうか、
ユナ こう、習い事とかを一生懸命やって、でもそれがすごく苦痛ではないんですよ。楽しくて。
ユナ で、学校の帰りにすぐだから、バイオリンをやったりとか、習い事をして、友達と遊ぶ時間がないけど、
ユナ でもそれもたぶん正義。
マサイ ユナさんはバイオリンやってたの?
ユナ 私バイオリンはやってないんですけど、私はテニスとピアノをずっとやってたんですけど、なんかそれが正義合ってるっていうところもたぶんあって、
ユナ 遊びに行くっていうよりは、すぐ習い事に学校の後行って、で帰ったら勉強して、っていうのが、なんかたぶん自分に合ってて。
マサイ なるほどね。土日とかはどうなんだろうね。
ユナ 私の場合は土日もずっとテニスやってましたし、ピアノもやってたんですけど、ピアノもやっぱり1日でも休むと感覚が悪くなっちゃうから、毎日触るようにしてとかって言うと結構忙しく過ごすし、
ユナ でもなんかね、厳しかったとは言ってたけど、池澤さんもそれがなんか嫌な思い出じゃないとかっておっしゃってたんで。
マサイ そうそう、それは何回も言ってたんで、本当だと思うんですけど。
ユナ ちょっとなんかわかる部分もあったというか。
マサイ 言っても俺もあれか、少年野球やってたから、土日もずっと試合だったりなんか練習してたもんな。
でもとはいえ、チャリ乗って川に釣りに行ったりとかめっちゃ思い出もいっぱいあるんだけどね。いつ言ってたんだろうね。
ユナ だからね、やっぱ力が有り余ってるんですよ、当時は。
マサイ 釣りが大好きだったもん。そんなことできないのかなとかなんかちょっと。
まあまあね、そんなエリートコースを歩みつつですよ。三学部に入り。
ユナ はい、すごいですよね。
マサイ 俺もかっこいいよね。なんか小学校は虚弱体質って言ってたのに。
を、まあおそらく自分の中でも変えたかったのか何かわかんないけど。
ユナ 富士山に登って、私、静岡でアナウンサーやってたんで富士山登ったことあるんですけど、もう二度と登りたくないですもんね。
マサイ 何回登ったの?
ユナ いや1回です。
マサイ 池沢さん80回ぐらい登ったって言ってたけど。
ユナ 富士山はあれは遠くから見るものですよ。登るものじゃない。
ユナ 私も大学生までテニスやってて体力にはすごく自信があったので、正直すっごいつらかったかって言われたら、ちゃんと登れて。
マサイ それでもだから20代前半ぐらいの頃ってこと?
ユナ 24ぐらいです。
マサイ まあ体力があればね、まだ。
ユナ で結構こう、鉱山病になっちゃう人とかって結構体質だと思うんですけど、私も割と平気で、ちゃんと登って、しかも仕事で行ったので、富士山の山頂から中継して。
マサイ うわー、それは死ぬ人だけど。
ユナ で、泊まって、で、次の日のご来航、朝日を見て降りてっていうのをやったんですけど、まあできたんですけど、でもやっぱ疲れるんで。
マサイ ユナさんやたら疲れたくないって言うもんね。
ユナ ユナさん、私疲れたくない。
ユナ すごい、なんか登山を趣味にしたりとか、楽しんでる人すごいなっていつも思ってます。
マサイ そっか。まあね、まあでも体力、今となってはやっぱ体力大事だなと思うよね。
ユナ 大事。
マサイ 何これって。
マサイ 昔のなんか筋肉が、維持するだけで精一杯だからさ、筋トレしててもね。
ユナ うん。
マサイ いやー、体力大事ですよ。
ユナ うん、まあでも絶対体力そこでまたね、ついてますもんね。
マサイ うん。
ユナ で海外に行く体力になったんでしょうね、きっと。
マサイ そうね。だからさ、その知識と教養みたいなのをさ、しっかり押し付けられて、その上体力までつけちゃってさ。つけちゃってさとかね。
ユナ いやー、ほんとほんと。でもそうですよ。
マサイ すごいよな、なんでも濃いな。
ユナ うん。
マサイ まああとなんかちょっと、メンションしときたいのは、なんか何が来てもあんまり動じないっていう話が、まあこれここの場面じゃなくても他にもあったんですけど、
あんまり平常心を保つみたいな。
ユナ うんうんうん。
マサイ この話もなんか面白かったけど、こういうなんか、自分を自分で制御してることってある?なんかユナさん。
これやると、はまりすぎるとやばいからやらない?とかさ。
ユナ ないですけど、それこそ私も結構何が来ても動じないタイプかもしれないです。
マサイ 確かに言われてみたらそうかもな。
ユナ で、なんか結構つらいこととかもちろんあるんですよ。あるんですけど、なんかそれこそ、まあ制御してるわけじゃないんですけど、わざわざ。
でもなんか次に進むときに別にそれにとらわれてないっていうか。
マサイ なるほどね。
でもなんか前にさ、ブルーボトルコーヒーだったけど、なんかカフェで泣いちゃったみたいな話あったけど。
ユナ はい、泣きました。
マサイ たまにはあるんだね、そういうことが。
ユナ たまにはなんかこう爆発するときはあるんですけど、まあでもね、それも別になんかじゃあ、そこでくじけて日本に帰ったかって言ったら、そういうわけでもなかったし。
マサイ まあそうだよな。
ユナ はい。
マサイ 俺は最近酒を飲みすぎないようにちょっと制御をかなり上げてますけどね。
ユナ なるほどね、そういう。
マサイ 結構ね、飲まなくなった。週に3日、4日は飲まない日が増えて、毎日飲んでたんですけど。ちょっとね。
ユナ 結構違います?
マサイ 全然違うっていうか、まあまあプラスチーボかなんかわかんないけど、まあやっぱりでも眠くなんないし、あんまり。
マサイ 俺いつもさ、夜寝る前に筋トレしているんだけど、酒をちょっと飲みすぎると途中で眠すぎて、もうやめたってなるんだけど、そういうのがなくなったし。
ユナ ちょっとプロダクティブですね。
マサイ そう、代わりに散歩を入れて。
ユナ うわ、すごい。
マサイ っていうのも、バリに行くからさ、来週かな。そこでちゃんとサーフィンをしたいから、ちょっと体を作りたいというのもあるんですけどね。それが終わった後どうなるかちょっとよくわかんないけど。
マサイ まあでもなんかストイックな感じはしますよね、この池澤さんの日々の生活いっぱいありそう、そういう制御していることが。
ユナ なんかでも多分ね、それが辛くないんだと思います。
マサイ ああ、そうだね。
ユナ 多分私も結構そうなんですけど。
マサイ 結構共感してますね。
ユナ めっちゃ共感します。多分これって本当にちっちゃい時に、本当に多分ね、無意識に忙しく過ごしてたんだと思うんですよ。学校行って、習い事して、宿題もちゃんとやって、勉強して、みたいなのを多分。
マサイ 結構スパルタだったわけね。
ユナ 絶対そうだと思います。
マサイ わかんないけど。
ユナ なんか無意識にそうやってこう、こうちゃん踏ん刻むみんなスケジュールというか、とかをやってたから、逆にそれが心地いいからだというか。
マサイ ああ、そういうことか。
ユナ なってるんじゃないかなって勝手に思ってて。
マサイ 大事だね。子供の頃のしつけっていうか、なんていうか、教育。
ユナ それが正解かって言ったらわかんないですけど、なんかちょっと私もちょっとそういう部分があるのではないかって思ったんで。
マサイ じゃあ、暇っていう時間の概念がよくわからんみたいな。
ユナ なんか暇な、時間があると、なんか学ぼう、なんか習い事しようかなとか思っちゃう。
マサイ それはね、子供の頃から暇っていうのがなかったんだ。
ユナ そうです。多分そうだと思います。
マサイ 俺もさ、大人になってから暇なんか別にないけど、子供の頃はなんか暇っていう時間が結構あったようなことをよく思い出して、なんかなんであれ暇って言ってたんだろうって思ったりするんですけど。
ユナ でもね、なんとなくお家にいる時間とか、家でゲームする時間とかってこの頃はありますもんね。
ユナ と思いますよ、なんかそれがそういう体になってるのかなってちょっと思いました。
マサイ なるほどな。これやっぱ子供の教育大事っすね。
ユナ 育った環境で作られるなっていう感じはしましたね。面白いですね。
マサイ じゃあ、子育てにも活かしてくださいっていう教訓をいただいて。
ユナ 次回はどんな内容なんでしょう。
マサイ はい、そんな感じで、次回が仕事の振り下げですよね。そんなストイックな感じの池澤さんがどういう姿勢で仕事をしているとかね、モチベーション、そんなところを聞いております。
ユナ では、次回も楽しみにしております。
マサイ はい。
ユナ リアルアメリカ情報。
ユナ このコーナーでは、最新のビジネス生活情報をアメリカからお届けしていきます。
マサイ はい、お願いします。
ユナ 今日は本当にリアルなアメリカ情報をお話ししたいなと思っていて、これはだから情報というか、雑談?
マサイ はい、望むところです。
ユナ なんかもう、みつさんとか慣れちゃってるかもしれないんですけど、「うわー、アメリカだなー。」とか思って諦めてることってあります?
マサイ あきれるみたいなことですよね。
ユナ 例えば、つい私がこの間あった話だと、ついこの間というかちょっと前に、4月にセールやってたんで、最近あんまりお買い物してないしって言って、ギアスを買おうと思ったんですよ。
ユナ で、そんなに高くないし、セールだし買おうと思って行ったら、ちょっと今在庫ない。お店に行ったら、今在庫がちょっとないので、また取りに来てって言われて、3日後に来るからねって言われて。
ユナ で、料金支払ってその場で。で、買ったんですよ。
マサイ 取り置きってやつですね。
ユナ そうです、取り置き。で、3日後に行ったんですよ、ピックアップに。そしたら、今ないから6月だねって言われたんですよ。
ユナ おいおいおい、だって、この間4月って言われましたけどって言って。
マサイ それ、行ったのはいつなの?
ユナ 4月です。
マサイ お店に行ったら4月ね。
ユナ そう、お店に4月に行って、で、3日後って言われて、6月ですって言われて、私、大学ももう6月だった、卒業してるし、みたいな感じで、
4月って言われたから買ったんですけどって言って、結構言ったんですよ、出張を私が。
その時に、私、アメリカの生活に慣れちゃったなと思って。
なんか、ばっかりっていうよりは、こんなこともあるよな、アメリカってなって。
で、なんか、たぶん日本にいたら、あー、みたいなシューンってなってたと思うんですけど、いやいや、あんたたち3日後って言ったじゃん、みたいな感じで、こう、強く出られるようになったっていうか。
マサイ ああ、素晴らしいですね。
ユナ そうそうそう。で、なんか、こんなこと日本じゃ主張しなかったなとか思って。
マサイ で、どうなったの、それは。
ユナ それで、結局全然来ないってなったんで、カンセルしました。
で、返金してもらいました。
マサイ あら、それはがっかりだね。
ユナ がっかりですよね。
マサイ なんかあったっけな、なんかあったと思うけどね、なんか最近はもう、そういうものを回避するような行動パターンに出てるから、変な店に行かないとか、なんかムカつきそうな店にはいかないとかね。
ユナ はいはい。
マサイ だから、あんまないかな。
ユナ えー、いや、あるんですよ、絶対。ただね、もう慣れちゃってるんですよ。
マサイ まあ、あると思うけどね、まあ確かにね、もうそれが普通のことになっちゃってるのか。まあ、もちろんあるよ、あったし。
ユナ ありますよね。こう生活してると。
マサイ たらたらしてんなーとかね、あるけどね。レジのおばあさんがたらたらしてるときとか。まあでも、慣れたな。もうムカつかないくなったね。
ユナ でも私結構これが本当にリアルな生活のなんか風景?違い?かなって思ってて。もうネットでオンラインで注文したものが届いて箱開けてみたら全然違うのが入ってて、もう平気で変装して新しいものを要求したりとか。最初びっくりしましたもん。なんでこんな間違えるんだと思って。
マサイ 主張の幅が広いよね。この食べ物をね、食べかけが返品可能な国ですからね。
ユナ そうですよね。
マサイ これちょっとまずいんで返品しますみたいな。
ユナ 返品ありき。
マサイ それはだから日本の企業がアメリカに来てビジネスをするときにちょっと常識を外れてビビるとこなんだけどね。返品の率が高すぎるっていう。
ユナ はいはい。
マサイ 日本だったらもう本当に1,2%の返品率なのがこっちに来ると10%とか20%とか返品されるみたいな。それをちゃんと見越していかないと全然利益にならないみたいな話はありますけど。
マサイ でもそういう文化なんでどうしようもないんですけど。
マサイ この間あれだね。チョコレート、それこそアイハーブで、この間話した口に貼るテープを買ったときに、30ドル以上だとフリーシッピングだったからチョコレートとか入れたのよ。
マサイ その箱が届いたときにめっちゃ晴れた日で、うちの玄関に日差しがあるって日陰があるのに関わらず配達人がおうちのめっちゃ向こうのほうのめっちゃ日向かなところに。
ユナ うわー。
マサイ あの箱を置いてあほかと思ったっていうのはなんか思い出した今。
ユナ なんかそういうおもてなし精神とか全くないですよね。
マサイ 気づけようと。もちろん箱に何が入ってるかわかんないんだけど、普通日陰に置くよなーって思ったりするんだけどね。日差しの下に置くよなーって。
ユナ そりゃそう。ないですよね。
マサイ 深い気遣いというか気配りというかはもうないけど、でもそこで腹を立てることのほうがもうこちらのエネルギーを使うことになるので、あほかって思っても終わりなんですけど。
ユナ 慣れちゃってますね。でもほんとに生活してると全然違うなーってやっぱ思うので。
マサイ まあでも逆もしっかりで、俺パンクしてるときにめっちゃ助けられたこととか、あと普通に街で歩いてて話しかけてくるときのフランクな感じ、フレンドリーな感じとかはいいポイントだよね。
ユナ それはありますね。なんか人々が何が違うんだろうと思うんですけど、なんかちょっと顔見知りぐらいの人とかがとても優しいみたいな。
マサイ そうそう。めちゃくちゃ優しい。みんな優しい気がする。でもねこれだから、人のことあんまり気にしてないからできるんだと思うんだよね。
マサイ なんか日本だとどうしてもこうさ、親切しようとしても人の目が気になるみたいな。なんかこんなことしたら、なんかどやってるように見られるのかなとかさ、なんかなんつーの、なんつーの。
ユナ 分かります分かります。
マサイ かっこつけてるように見られるのかなとかさ、いろんなことを気にしてたような気がするけどね。
ユナ 確かに。逆に人に興味がないから。
マサイ そうそう。どう思われてもいいから、やりたいことやるみたいな。
ユナ 確かに。そういういいところはあるんですけどね。
マサイ ちょっとカウンターのフォロー入れとかないとね。ただアメリカ人のディスって終わりにするといけないので。
ユナ そうそうそう。でもそのリアルなアメリカの生活の中で、慣れちゃったなみたいな。
マサイ 確かに慣れちゃうわね。
ユナ そうでも楽ですよね。だから逆に。自分の意見を主張してもいい文化だから。
マサイ うん。これがでも行きすぎるとね、また日本にさ帰った時とかになんかめっちゃ浮いたりするよね多分ね。
ユナ それはあると思います。違いがすごいね。
マサイ 普通がどこか分かんなくなっちゃってるっていう。
ユナ そうそうそうそう。そうなんですよ。
マサイ まあまああるあるじゃないですか。
ユナ っていう話。でも意外に私は旅行とかをすごいたくさんしてたけど、海外に。やっぱり自分が住んでみて困ることとかすごく多かったんで。
意外に旅行だけじゃ気づけないことだなと思って。そうそう。
マサイ こうやっぱでも今、日本にも移民が増えてきてて、ちょっとずつそういう摩擦。
常識がずれてるがゆえの摩擦が起きてるようですね。
ユナ ああそうなんですかね。
マサイ うん。まあ電車の中で座り込んじゃうとかさ、英語で話ししゃべるとかさ、なんかそういうのも。
ユナ 正直わかんないですからね。
マサイ わかんないね。
ユナ アメリカ人って普通に靴のまま椅子の上に膝立ててこうやったりするじゃないですか。
でもアメリカだったら普通じゃないですか。
でも日本の電車でそれやったらうわって。靴で椅子の上に乗ってって思うけど、
でもアメリカ人の気持ちになったら、そんなこと書いてないしダメって。
そんなマナーみたいなの知らないから、難しいよなと思っちゃったりもする。
マサイ その話で思い出したけど、俺こないだラスベガスの出張行ってて、展示会だったんですけど、
隣のブースが女性アメリカの会社で、
お客さん、そこはマッサージクリームみたいなのを売っていて、
お客さんが来たときに座って腰に塗ってあげるわとかこういうデモンストレーションしてたんだけど、
椅子を足でガーンって蹴って、蹴ってっていうか足で押して、ここ座っていいよみたいな感じで、
すごいフレンドリーなんだけど足で押してんのに椅子を。
これ日本じゃ絶対ありえねえよなって思いながら、めちゃくちゃ普通に足で押してたけど。
そういうことやるよね。
マナー それ日本にずっと住んでたら、うわっ失礼だとか汚いとか思うけど、
それって習慣だし、だからなかなか難しいよなとは思いますね。
どっちの気持ちもわかるっていうか。
日本にだから今からそういう他の外部からの常識が混ざってくるから、
最初はムカつくと思うんだけど、だんだんまたちょっと変わってくるんだろうなとか思ったりもしますけどね。
いいも悪いもあると思う。
っていうちょっとこうアメリカに住んでるもやもやと、いろんな考えについて、ちょっと今日は共有させてもらいました。
面白いですよね。でもそういう文化の違いって、まあちょっと池澤さんの話とはまた全然違うんだけど、文化の違いってやっぱ面白いよなって。
うん、面白いです、面白いです。
はい。
というリアルアメリカ情報でした。
はい、面白かった。
では質問コーナーです。
はい、池澤さんのお話にあやかって質問をしますけども、バックパッカーをやられてたっていうことで、
なんか小学生とかの話に出てきそうな話だけど、何カ国行ったことありますか?って言って、
俺も質問しながら自分で覚えてなさそうな、待ってそんなに言ってねえか。
ユナさん多そうだよね。
うん、多くて、一回なんかこうアプリで地図につけていける、なんかアプリがあったんですよ、何カ国行ったか。
ここ行った、ここ行ったって言って。
それ、ちょっと待ってくださいね。
31。
マジ?すごいね。
31カントリーズ。
言ってみて、バーって。
えーと、待ってくださいね。
チートはしないで、覚えてないの?
チートはしないで。
31ですよ、だって。
アメリカでしょ?
ヨーロッパが多いですね、やっぱり。
イギリス、ベルギー、フランス、イタリア、スペイン、何がある?
その辺結構行ってます、ドイツも行ってるでしょ?
その辺は結構行ってて。
そっか、ヨーロッパだと結構稼げるもんね。
そうなんですよ、電車でぐるーとか、車でもすぐ行けちゃうんで。
その辺でバーって行ってて。
アジアも結構行ってますね。
日本でしょ?
韓国、中国は、上海に行ったことがあって。
あとは、インドネシア、タイとか、シンガポールとか。
どこ?カンボジアも行きました。
モンゴルとかはない?
モンゴルないですね。
あと南アフリカとか、あとヨーロッパとか。
オーストラリアとかはない?
オーストラリアあります。
結構行ってんな。
あとどこ?なんか変なところ。
ドバイ、UAEとカタール。
あとは、モルディブとか。
あとは、アメリカ、あとコスタリカ行ったんですよね、アメリカに住んでるときに。
中南米はそのぐらいでも、コスタリカ、メキシコ?
そんな感じで。
ブラジルとかあっちのほうは、南米はない?
行きたいんですよね、南米ないです。
あとアフリカ大陸もないです。
でもそれだけじゃん、あとロシアとか、南極北極を覗いたら。
それもないね。
すごいね。俺ほとんどないわ、それに比べると。
え、ほんとですか?
アメリカ、メキシコ、カナダでしょ?ほなめちゃくちゃ近いじゃんか。
ぐらいじゃない?
え、意外。アジア?
いやいや、ドイツに行ったわ、出張に。
それぐらいだもんね。
アジアもないのよ、だからバリも初めて行くから。
すごいね、ユナさん、31カ国。
俺だから10個もねえな、たぶん。
ヨーロッパに住んでたりとか、住んでたところに行きたいなと思って、
大人になってから行ったときに、結構ぐるっと行けちゃうんだよ、ヨーロッパって。
ヨーロッパそうだね。
それが数は増えてますけど、
あとは、アジアをたぶんちょこちょこ行ってるからかな。
ちょっと俺も攻めていかないと、人生が終わっちゃうんで。
そうなんですよ。
同じところに何回も行くのも楽しいんですけど、
人生、この短い人生で行ききれないから、もう別のとこ行かないとって思ってるんですよ。
体力もなくなってきちゃうしね。
私はアメリカからだったら、結構コスタリカおすすめします。
確かに、コスタリカも行きたいんだよね。サーフィンもできるしね。
そっか、海沿いもありますしね。
早く戦争やめてほしいよね。
どんな話やら。
それはそう。
いろいろ高いしさ。
確かに、飛行機高くなっちゃいましたからね。
何のコーナーでしたっけ、これ。
いやいや、バックパッカーからの。
そうですね。
ということで、31です、私は。
すごいな、俺だから5ぐらいしかない。
いやいや、でもね、アメリカも広いから、アメリカの州を制覇するとかでもいいんじゃないですか。
そうですね。追い越せるように頑張ります。
日本一周とかでもね、結構楽しそうだけどね。
楽しいですよ。
日本だけでもね。
だからまだまだね、いろんなとこ行ってみたいなと思って、頑張って仕事しようと思います。
そうですね、頑張りましょう。
はい。ということでですね、本編とリアルアメリカ情報の詳細はブログに掲載しています。
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じゃあね。