これが配信されてるころはきっと出張中なので、今はフライト前日に書いてます。色々準備してもきっとなにかしらで焦ったりもするんだろうけど、なるべくその場所でしか経験できないことをして、たくさん楽しみたいなぁと思ってる金曜の板倉です、こんにちは。
「1%の情熱ものがたり」前回に引き続き、91人目のインタビュー。
福岡県生まれ、東京・池袋育ち。中学から“レールを外れた”と語る人生は、決して平坦ではなかったことでしょう。山形県のスキー場ペンションのバイトで出会った料理体験が後の人生を大きく飛躍させる原点となる。キッチン、バーテン、店長、エリアマネージャーと飲食業のあらゆる現場を経験。母親の仕事の関係で帯同し訪れたラスベガス、今から大きく発展していくこの街で感じたこと「ここで勝負してみよう」。32歳、自分の直感を信じ海外で初めての起業という大きな決断をして日本食レストランをスタート。言葉や文化の壁はもちろん、日本と現地人スタッフの働き方の違いに苦労しながらもなんとか軌道に乗せていく。頼りだった寿司シェフが退職というピンチの時には、持ち前のめり込む集中力を活かして独学での寿司修行も。その後「Tokyo Style Italian」という独自のジャンルで「中村屋」をオープン。日本人ならではきめ細やかさと素材の味を生かしたイタリアンで自らの料理哲学を貫き続ける。多くの地元客とフードブロガーやメディアにも評価され、アジアン・レストラン・オブ・ザ・イヤーなど数々の受賞歴も。「誰かのために食事をつくる」ビジネスではなくライフワークとなった料理は、きっとこれからも多くの人々に幸せを与えるはず。そんな謙吾さんの美味しく楽しい情熱ものがたり。
飲食業界一筋であらゆる職種を経験して最終的に独立起業、しかも海外で!なんとも昭和の男っぽさというか、ストレートな気質が感じられます。躊躇なく自分の信じた道を突き進む。これが出来る人って実はなかなかいないんだろうなぁ、だからきっと尊いのだ、と思いました。
それでは、お楽しみください!

▼Show Notes : Vol.362
・生まれは福岡県飯塚市
・2歳から東京(ほぼ池袋)で育った
・小中高と立教、小学校では勉強も運動もできた
・野球が大好きで少年野球チームへ
・中学校辺りからレールを外れた
・高校はほとんど学校行かなかった
・遊んだりバイトしたり
・山形県のスキー場ペンションで仕事
・今の原点となったレストランでの料理経験
・自分でペンションをやりたいという夢
・飲食業界に就職
・キッチン、バーテン、店長などを経験
・マネジメントに長けていた
・キッチンの上下関係が苦手だった
・日本で初めて会社組織でイタリアンを始めた会社
・ジローレストランシステム にホール主任として入社
・すぐに店長に昇格
・経営面も学べる環境
・かなり数字を見れるようになった
・エリアマネージャーを経て独立を考え出す
・実家が不動産関係の会社
・ラスベガスの物件探しについていった
・街がこれから大きくなるタイミング
・星空がとても綺麗だった
・日本食レストランも6、7店舗のみ
・ここで勝負するのもありだと思った
・子供を育てるにも良い環境
・投資家ビザも取りやすかった時代
・32歳、直感で決めたレストラン起業
・自分でも思い切ったと思います
・言葉の壁が一番大変だった
・現地のスタッフの働き方
・日本人はよく働く企業戦士
・最初は日本食レストランで開業
・今のスタイルはまだ早いと思った
・ビジネスはそこそこ
・寿司シェフが退職する時に独学で習得
・のめり込む時の集中力はすごい
・13年目に弟分の韓国人にビジネス譲渡
・自分名義で彼をサポートした
・ラスベガスに有名レストランが増えた頃
・機は熟したなと中村屋OPENを決断
収録場所:ロサンゼルス⇄ラスベガス@ZOOM & Cleanfeed
リアルアメリカ情報 / アメスポ (〜)
・ディズニーランド「ホーンテッドマンション」改装のため8月閉鎖へ
*1〜2時間ほどインタビューさせて頂いた内容を、4回にわたり配信しています。
(アメリカ時間で毎週金曜)
▼Interviewee Profile
中村 謙吾 / Kengo Nakamura
Owner Chef
Trattoria Nakamura-ya / Harvest Vegas L.L.C.
https://www.nakamurayalv.com
Instagram @nakamurayalv
福岡県生まれ、東京育ち。飲食業界での豊富な経験を活かし、1999年にラスベガスで日本食レストランを開業。2011年には、自身の理想を体現した「Trattoria Nakamura-Ya」をオープン。日本人による“Tokyo Style Italian”を掲げたその店は、地元メディアで何度も表彰され、ラスベガスの名店として高い評価を得ている。常にキッチンに立ち、お客様との距離を大切にする姿勢が人気の秘訣。後進の育成にも意欲的で、リタイア後はレシピの公開やスタイルの継承も視野に入れている。料理をビジネスではなくライフワークと捉え「人の幸せに貢献すること」を信条に、多くの人の心と胃袋を掴んできた。
【中村屋のAward歴】
2011年 Dessert companion Magazine, Ethnic Restaurant of the year
2022年 Desert companion Magazine, Asian Restaurant of the year
2022〜2024年 Las Vegas Eater, Las Vegas essential restaurant Top38
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