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1%の情熱物語
海外に住んでいる日本人は、日本人総数のわずかに1%。
この番組では、海外進出や起業を果たしたビジネスオーナーや経営者、また各業界のプロフェッショナルな方々へ、対談形式でインタビューをしていきます。
日本の未来を背負うグローバルなプロフェッショナルたちの仕事哲学と、そこに燃える情熱に迫ります。
こんにちは。
こんにちは。
1%の情熱物語第358回目です。
皆さんお元気でしょうか。
元気ですか。
はい、元気でしょうか。
山さん元気そうじゃないですか。
いやー、気持ちは元気なんですけど、大変です。育児が。
育児が。
はい。
ね、こないだ発表がありましたが、今どれくらい経ちましたか。
1ヶ月。
ちょうど1ヶ月ぐらい。
ついこの前1ヶ月経ったって感じなんですけど、この1ヶ月が怒涛でした。
どのように。
びっくりして、なんだろう、産んでからの方が、私の場合なんですけど、
妊婦の時期に全くつわりがなかったからっていうのもあるんですけど、産んだ後の方が100倍大変です。
何が、自分の体がってこと?
自分の体もそうだし、
体調が?
自分の体がって感じです。
体調もそうだし、
うん、メンタルなんだろう。
メンタルが?
コンディション、自分のコンディション。
メンタルも?
メンタルも多分、なんだろう、酸胱で多分。
酸胱打つみたいな。
ホルモンの、打つではないんですけど、打つになってしまう方もいるんですけど、
一時的にちょっと謎に悲しくなったりする時があって、
2、3回あって、急に涙が出るみたいな。
マジ?
それは酸胱打つじゃねえの、それは。
それが酸胱打つじゃないの?
でも、なのかな。
違うの?
もう持ち直したんですけど。
でも、理由がわかんないの?
あ、それそうです。なんか急に悲しくなる。涙が出てくる。あったんですけど。
へえ、なんか。
大変すぎて。
大変すぎて?
大変っていうのも、それは大変すぎてだと思います。理由は。
でも、きっちり2、3時間ごとにギャーって鳴くんですよ。
03:04
その、2時よりか中夜問わず。
お腹が空いて。
寝れないってことね。
そう、寝られない。
寝られないミルクがボリュームを上げなきゃいけなくて、
その、1日8回以上。
で、1日8回のミルクに加えて、うんちとおしっこも10回ぐらいするんで。
おむつ変えてね。
もう1日、おむつ変えて、1日中、もう世話してたら1日終わるみたいな。
で、それがね、ずっと続くわけだもんね。
ずっと。
これいつ終わるんだこれってなるよな、それは。
それがもう、だからおむつ変えてたら1日終わってるんですよ。
驚きました。こんなに大変だとはと思って。
なので、皆さん、自分のお母さんには感謝した方がいいなと思いました。
いや、こんなことされてたんだと思って。
ちなみに、お母さん手伝いに来てくれたけど、生まれてすぐ帰っちゃったってこと?日本に。
1週間ぐらいで、はい、そうです。
そうか。
まあ、それでもね、ありがたかったと思いますけど。
はい。
うん。
そうすると、まあじゃあ、旦那さんと、旦那さんはまあ仕事があるのか?学校?
いや、今、卒業して、働くまで、今は何もないので。
まあ、じゃあ一応2人でケアはできるってこと?
そう、2人体制。だから、もう24時間見守りが必要なので、夫と私でシフト分けて、じゃないとまとまって寝られないので。
まあ、そうだよね。大変だよな。
朝寝る人と夜寝る人って分けて、6時か7時ぐらいに勤務交代してやってます。
バイトみたいだね。
じゃあ、夜勤入りますとか言って、朝入りますとか言ってやってます。
まあ、なんか俺旗から聞いてるとそういうのも楽しそうだなと思ったりするけど、そんな、まあ寝れてないとやっぱ辛いか。
いやでも、そのシフトステにすることによって、だんだん改善はされました。最初よりは。
最初入院してるときは防止動室で、ずっと横で泣いてるので、2人とも寝られなくて。
でも入院があったの何日間か?
3日?2泊3日。
最初の1週間が一番大変で、まあだんだん私たちも慣れてきてはいるんですけど。
それでも、えー、よく泣きますねーと思って。
まあ、生きてる証拠だよな、それ。
ああ、そうなの。元気でいいんですけどね。
元気ですねーと思って。
うんこして寝て、うんこして。
食べて寝て、おむつかえてーっつって泣いて、たまに赤ちゃんなんだけど、赤さまって呼んでます。
06:00
赤さまが赤さまが起きましたーっつって。
ご機嫌が斜めでございます。
ああ、そうそう斜めでございます。お世話しないと。
まあまあ楽しんでください、なるべく。
ね、たぶんそういう時期もね、過ぎちゃえば、ね、なんかあっという間だったなっていうことになりそうな気もするし。
なんか先輩ママの話だと、4ヶ月ぐらいになってくると、だんだんその、いっぺんに飲めるミルクの量が増えてきて、
そうするとなんかね、寝られる時間も長くなってきて、
だんだんタームが長くなってくるわけね。
そうそうそうそう。
うんこタームと。
ちょっと休めるって言ってました。
今体が小さいから、容量が少なくて。
あーそういうことね。
退社がもう次から次から来ちゃうんだね。
だからそう、上げなきゃいけないんですけど。
4ヶ月の間にまたこれ引っ越しもあるからね。
これがまた大変ですね。
そう3ヶ月の時点で引っ越ししなきゃいけないので。
そりゃ大変だわ。
そうだから赤ちゃん連れてフライトってどうするのっていうのも、お伝えできたらなって思います。
そうね。
経験をね。
まあでも赤ちゃん用の席っていうかね、前が空いたところに入れてくれるよねきっと。
あ、そうみたいですね。
もしくはなんかね、アップグレードとか少ないのかな。
寝してくれるといいですね。
シカゴまで4時間だからなんとか寝てくれたら、その時間ちょうど寝てくれたら一番いいんですけど。
いやでもね気圧とかあるからね。
はじめてだしね。
泣いちゃうよね。
わかんないけど。
祈るばかり。
まあ大変そうだな。
大変ですので、皆さんお母さんに感謝。
お母様に感謝。
お母様に感謝してください。
物々のお母様に。
感謝します。
感謝してくださいっていう気持ちになりました。
はい。
はい。全世界のお母さんに感謝です。
はい。
ということでですね。
はい。
毎回一人の方のインタビュー4回に分けてお届けしております。
1%の情熱物語。
今回はグローブイズインク国際結婚カウンセラーの大橋美代子さんにお話を伺いました。
はい。
お母さんになるためにはその前に結婚というものをしないといけないわけじゃないですけど、する流れが一般的なんですが。
手助けをしていらっしゃるという美代子さんのお話。
先週がなのでマッチメーカーってどんな仕事とかね。
イベントの話とかありましたが、今回が美代子さんがどうやって育ってきて、どのように今の仕事に就いたかみたいな話ですかね。
09:05
はい。
はい。
それではお聞きください。
はい。
はい。
じゃあちょっと今からですね、過去の話に入っていきたいと思うんですけど。
はい。
美代子さんがどんなふうに今の仕事に就いたかみたいな、ちょっと経緯をザーッと伺っていきたいんですけど。
まず出身ってどちらだった?
横浜です。
おー。
あ、そうだそうだ。そうですよね。
はい。
どんな子供だったですか?客観的に。
たぶん至って普通な子供だったと思います。平均的な平均。
昔からでも友達には恵まれてたかなっていう感じですかね。
宿題しなくても見せてもらったりとか、みんな手伝ってくれたりとか、そういった意味では。
今もそうなんですけど、昔から助けてくれる人が必ずいたかなって。
なるほどね。周りに人が多くいたってことですね。
うん。
ちなみに勉強、運動とか好きでしたか?
勉強は好きではありませんでした。運動は好きでした。
どんな運動されてたんですか?
私は中学校の時はソフト部だったかな。
おー。いいですね。
で、ファーストを守ってました。
へー。
はい。
なかなかでもね、ソフト部って最近、僕家の前がねソフト部の練習場があってね。
へー。
女子ソフト部が毎日練習してるんですけどね。
へー。
野球女子とか最近増えてますよね。
うーん。
昔はあんまりなかったんだけど。
でもソフト部やってたおかげで、野球のルールもわかるんで、
大谷君とかのゲームとか楽しめるんで、いいですね。
あー、いいですね。
やっぱり全然わかんない人っているじゃないですか。
いますね。
だから、そういった意味では良かったなと思いますよ。
なるほど。
ちなみにその頃、なんか夢みたいなものはありました?こうなりたいなとか。
昔からアメリカにもすごく興味あったんですよね。
へー。
それは横浜だからってこと?
そうですね。
うちの近くにネイビーベースの飛行機とかがどーんと置いてあるんじゃなくて、
ネイビーの家族の方が住んでいるベースが近くにあって。
住宅。
そういう感じのところ。
そこで、住んでいる人たちと知り合いになって、
ちょくちょくこのベース内に遊びに行ったりとかしていて、
その時に、すごいな、なんかアメリカっぽい、ベースの中はアメリカなんで、
12:01
そういうのを体験して、
特に一番感動というか羨ましかったのが、ハロウィンですね。
あー。
子供の時に、こんなにいっぱいお菓子がタタタで貰えるんだ、みたいな。
しかも仮装して楽しくて、みたいなので。
そこからすごくアメリカに興味を持って。
まだその頃、日本ではハロウィンという文化は浸透しなかったですよね。
全然なかった。
そうなんです。だから衝撃でした。
そういうことですね。
なんだこれはってなりますよね。
そうなんですよ。それで。
でもなかなか、
80年代。
チャレンジャーというか果敢な性格なんじゃないですか、
そういうところに入っていけるってことは。
そこはでも家族とのコネクションがあったので、
家族ぐるみだよね。
そんなに自分からっていう感じではなくて、家族ぐるみだったので。
大体そこって1年に1回確かあれば、
毎年ジュライフォースかなんかにやっぱりベースを開放して、
普通の近所に住んでいる日本人の方とか遊びに行けるんですよ。
独独しいカップケーキを見た時の衝撃。
すごい色したやつね。
そうそう、紫とか水色とかのカップケーキとか、あれは衝撃でしたね。
すみません、先ほど言いかけた80年代。
そう、80年代ってすごくアメリカがキラキラしてた時代だったような気がするんですよね。
そうね、70年代、80年代、そうっすね。
音楽とかにも出てますよね。
ハードロックとかもね、すごかったし。
めっちゃ明るいというかね。
だいぶ違うのかなと、その時の自分が育った時のイメージのアメリカと、最近のアメリカとかね。
だからね、だって最近の若い子ってあんまり海外来ないみたいなことを聞くので。
日本から?
そうですね。
憧れではなくなりましたよね、アメリカっていう国が。
そう、あの時は憧れしかなかったんですよ。
僕もそうですけど、アメリカかっけえな、楽しそうだなと思ってましたけど。
いつかはアメリカに行くぞみたいな。
そうですね。
こういうふうに思ってたってことですね。
勉強もしなかったくせに、親にはお願いして、語学留学無理やり行かせてもらいました。
それはいつですか、高校卒業してから?
卒業してからですね。
どうでしたか?
もうすごく楽しかったです。
場所はどこなんでしたっけ?
デイビス、UCデイビス、カリフォルニアの。
じゃあ最初からカリフォルニアなんですね。
そうなんですよ。
で、楽しい時間を過ごし。
15:00
そうですね、ホストファミリーのお家で焼酎パーティーも開いてもらいいの。
焼酎パーティー?
焼酎、焼酎。焼酎じゃなくて焼酎ね。
焼酎、ごめんなさい、失礼しました。
そんな、18歳の子に飲ませたら大変ですよ、ホストファミリーも。
そうですね、ちょっとびっくり。焼酎ね。
でもパーティー好きですもんね。
ね、こっちの人ね。楽しかったです。
いろんな国の人もね、ESLなんでいろんな国の人とも会えるしね、暮らすと。
でもその時期は90%日本だったな、日本人の人だったな、生徒が。
そういう時代ですね、まだ日本が景気が良くて、生徒が日本家の人が多かったですね。
それでクラス埋まっちゃうみたいなぐらいいっぱいいたってことですか?
そうなんですよ、わたわたカルフォーニアに来て英語勉強にしに来たのに、クラスメイト日本人多いなーみたいな。
でもそれでも日本人じゃない方なんかともね、お友達になって。
ホストファミリーももちろん日本人じゃないんで、そこで。
何年ぐらいいらっしゃったんですか、最初は。何年というか何ヶ月か。
そこは1年弱かな、親との約束1年だったんで。
なるほど、約束守って戻った?
いや、結婚しちゃいました。
19歳で。
あら、親御さん的にはあれ?みたいな感じですね。約束と違うじゃないかという。
そうなんですよ。でもうちの親は元男一号とでも言いましょうかね。
元男一号は彼とは日本で17歳の時に会ってたので、うちにもよく遊びに来ていて、元男一号はその当時19歳、私は17歳。
親からしたら息子みたい。
その時点でもう恋人っていう関係だったんですか。
そうですね、お付き合いというか、ボーイフレンド、ガールフレンドでうちに連れてきて、うちの親も息子みたいな年だし。
人だったし、そういうことね。
そうなんですよ。
おめでとうって感じなんですかね。
彼ではいいけれども、この時期じゃないんじゃないっていう考えがありました。
なるほどね。早すぎるんじゃないかと。
そこでも振り切って、勢いとタイミングで行っちゃったわけですね。
そうです。元男一号がアメリカ人だったんで。
それでアメリカにもう移住ってことですか。
そうですね。
あれでも、その方は日本に住んでらっしゃった時期もあるってことですね。
そうなんですよ。元男一号はその時ネイビーだったんですよ。
はい。入りたてホヤホヤの。
18:00
満期というか、アメリカ戻るタイミングっていうことだったってことですか。
そうですね。私の方が先にアメリカに留学しに来てしまって、彼は自分の日本での軍務が終わってから、カルコーニャのベースを選んできまして。
そうなんですね。
マサヤミヨコさんもいらっしゃるし、一緒に住もうかみたいな。結婚しようってなったわけですね。
そうなんです。もう親との約束の期限も過ぎちゃったし、もうサポートしてもらえないし。
でも一応ね、挨拶しに帰りましたよ。一応挨拶しに帰りましたよ、親に。
これですよ、やっぱり勢い。勢いがないと結婚できない。
いや、それ。
え?
それ。ほんとそれ。
いろいろ考えたら不安なことなんていくらでも出てきますからね。
考えたらね、そんなもんきりないですよね。
そうなんですよ。
そこでもう移住なんだな。
そうなんだな。
2日ぐらいからね。
元談という言葉が出たんで、いつかそれでお別れをすることになるわけですかね。
そうなんですよ、はい。お別れしました。
これはどういうストーリーがあるんですかね。
9年後に正式に離婚をしたのかな。
やっぱお互い若かったのかなっていう感じなんですけれども、
ぶっちゃけ彼が浮気して、若い私は許せなかった、その当時。
大人になったらねって思うんですけどね。
でもだって考えてみたら17と19で、
彼19から1人だけっていうのって、今大人になって思うとそうなのかなって思うんですけれども。
見てみたい世界もあるのかもね。
純愛だったから。
自分的にはやっぱ純愛で結婚しあって、このまま。
ある意味理想ですよね。
それが崩れて。
お子さんはいらっしゃったんですか。
その時はいませんでした。
そうなんですね。
一つだけね、私自分でも偉いっていうのも何なんですけれども、
私たちは早く結婚するから、まだお互いやりたいこともそれなりにあるから、
10年は子供作らないで、10年くらいしたら家族とか持とうかって2人で、
そこはプランニングしてたんですよ。
だから子供がお作る前だったので、まだ良かったのかなみたいな。
良かったのか良くないのか。
少子化のご時世でそんなこと言うのも何なんですけど。
割とすっきりというかね。
子供いらっしゃると色々複雑で大変そうですもんね。
21:02
特にアメリカで離婚するとなると。
そうなんですよ。子供行ったり来たりするしね。
そこら辺はそれを経て、その後どうされたんですか?
オーストラリアに行きました。
プロフィールにも書いてあったんだけど、スキューバーダイビングが大好きだっていうね。
そうなんですよ。その時スキューバーダイビングがすごいやりたくて。
ちょうど旅行会社で働いてて、手首をやっちゃったんですよね。
一時、カタカタカタカタってなるじゃないですか。
検証員みたいな?
検証員になっちゃって、一時ね、お箸も持てないくらい痛みがあって。
それはひどいですね。
そうなんです。
病院に行ったら両手両手。
特に右がひどかったかな。
ドアノブとかカチャってできないっていうか。
そんなになるんだ。
病院に行ったら使うなって言われるんですよ。
仕事から絶対に使わないとお給料ももらえないしということで。
フライトチケット取ったりする人ですか?
そうです。旅行会社で。
めっちゃカタカタしてますもんね。
そうなんですよ。ずっとカタカタするじゃないですか。
それで辞めるしかないなと。
その時に離婚もちょうど同時期だったので。
何したかったのかな私って考えたら、スキーバダイビングすごいしたかったなと。
一旦人生、自分を見つめ直したというか。
そうですね。
そういう時期だったんだ。
その時にオーストラリアに行って、
グレートバリアリーフがそういえばあると思って行ってきました。
スキーバダイビングといえば。
そうですね。
あと英語圏だし、一応言葉も困らないしというのでオーストラリアにして。
でもワーホリーが使えるっていうことですか?
その時はワーホリー使えなかったんですよ、まだ。
25までだったんですよ、その当時は。
なるほど。
それから30までになるんですけれども。
1回目はまずワーホリーなしに行って、
マックスで3ヶ月しか入れないんですけれども、
ちょっと無謀な感じで仕事も何も知り合いもいないんですけど、
ちょっと行ってみようかと思って。
確かね、手持ち3000ドルだったかな。
それでなんとかなるかなと思って行って。
やっぱりその当時日本観光客が多くて、
でも英語で日本人のサポートができるっていう人はそんなにいないというか。
スキューバーボートのところに1台1台行って、
すみません、スキューバーやらせてくれたら、
私、この日本人のサポートしますみたいな感じで。
24:00
ガイドしますよみたいな?
ガイドしますよって。
ずっと沖に停泊してる大きなボートとかあるんですよ。
その中で、そうすると食事もタダだし、ベッドもタダだし、
スキューバー1日4本やらせてくれて、
あとボートに来る日本人の方のサポートをするっていう形で、
でもすごいスキューバー三昧をさせてもらいました。
海の家のバイトみたいな、山のバイトみたいな感じで。
それの会場版です。
最高っすね。
時々陸が恋しくなるんですけどね。
ずっと停泊してるんで。
ちっちゃなボートで新しいお客さんを連れてくるんですよ。
いたお客さんを乗っけて帰るんですけど、
時々一緒にちょっと陸に戻りたいなって思うこととかもあったんですけど、
でも基本ずっと海の上で。
それ何十日とかずっと海の上なんですか?
マックスで10日ぐらいで1回帰れるんですよね。
バックパッカーズみたいなユースホステルみたいなところがあって、
そこで1週間ぐらいまた自分の陸でやりたいことやって、
また次のシフトでまた海に戻るとかね。
そういうことやってました。
まあね、限度を過ぎるとね。
限度を過ぎると、そうなんですよね。
仕事にするかどうかってちょっと迷ったんですけど、
スキューバーは楽しみのだけに置いておきたいなと思いました。
これ仕事にしちゃうと楽しめなくなりそうだなと思いました。
純粋に楽しめなくなっちゃいますもんね。
そうなんですよ。
でも面白かったです。
でもそれ3ヶ月経ったらまた、
ビザが切れちゃったので、
その時に1回日本に帰ったのかな。
日本でどれくらいいたかな。
10ヶ月くらいいたのかな。
いろいろアルバイトとかしたりして。
それでグリーンカードの、
ほらグリーンカードってあれですよね。
半年間アメリカにいないとダメだっていうのがあって、
切れちゃう可能性があるんですね。
そういうのもあるので確か急いで帰ったんじゃないかな。
またアメリカに戻ってきた。
1回グアムにストッパイしたらちょっとセーフだったのかな。
そういういろいろ裏技もありまして、
そんなことをしながら、
でもグリーンカードを脱力される前にアメリカに戻りました。
それまたサンカリフォルニアに戻ってきたってことですね。
それはシカゴなんですよね。
知り合いがシカゴで新しく人材発展会社を立ち上げるっていうので、
私とすごい仲のいい友達なんですけれども、
27:00
彼のパートナーがユナイテッドで働いてたんですよ。
手洗い。
そうですね、コンパニオンチケットで、
すごい安くてアメリカに戻ってくるチケットを私に譲ってくれて、
どうせまだ仕事ないんだからシカゴでちょっと遊びに来ればって言われて、
罠にかかりました。
罠?
行ったら、あんたグリーンカード持ってるんだから働けってことになって、シカゴで。
オーストラリアから帰ってきたペラペラの服しかないのに、
すごい寒いシカゴを体験することになりました。
いきなりもう秋から行って、
結構でもじゃあ、美代子さん的にはアメリカに戻れれば、
どこでもいいかみたいな感じで、結構フットワーク軽めな感じだったんですか?
何にも決めてませんでしたね。
なかなかあれですよね、そういうのは。
カリフォルニア帰れなくなったなと思ったんですけど、
そこで立ち上げ。
立ち上げなんですね。
そうなんですよ、一緒に立ち上げサポートして。
日本にいるときに、きちんとただで働くんじゃなくて、
ワーホリだったら、ただ働きしなくてもいいなと思ってて、
日本に帰ったときにちょうどワーホリの時期が30までになったんですよ。
オーストラリアの?
そうなんですよ。それで日本にいるときに一応それをアプライしておいたんですよね。
で、シカゴに戻って、
そのオーストラリアのワーホリのビザが、
1年以内にもう一回オーストラリアに行かないと意味がなくなっちゃうので、
1年弱シカゴで働いて、
あ、悪いけどちょっとオーストラリアまた行ってくる、今度はワーホリですって、
またオーストラリアに戻るんですよ。
だから1年ちょっとだけ弱だけシカゴでお手伝いさせていただいて、みたいな。
でもその人材派遣とかっていうのは、今のマッチングにもちょっと、
そうですね。
遠からずな業界でもありますね。
そうです。確かに確かに。人と仕事をつなぐという形なので。
そこからでもオーストラリアからまた1年過ごしてアメリカに。
そうですね。今度はきちんとお給料もらえるので、
オーストラリアでパラセーリングのボートで働いたかな。
なんかアクティブだよな。
なんでアメリカに戻るっていうのは何かあったんですか?きっかけは。
そうなんですよ。そのリエントリーパーメットが切れちゃうっていうのがあって。
あ、そうかそれか。
はいはい。それが心配で、やっぱりまた帰ることになって。
そこは保持しときたいなっていう。
30:01
そうですね。
なるほど。
今度はもうきちんとカルフォルニアに戻りました。その後は。
今の仕事のつながっていくところになるわけですかね。
そうですね。
ちなみに僕皆さんに、人生で何か衝撃を受けた出来事、
転換期となったエピソードがあればっていうのをちょっと伺ってるんですけど。
転期となったものって何かあります?
やっぱり離婚かな。
結構じゃあ、結婚よりも離婚の方が大きかったってこと?
そうですね。じゃなかったらオーストラリアとか行ってなかったかなと思うんで。
私その前まで本当に全然一人でどこにも行けない人だったんですよ。
これが離婚を経て自分で動けるようになったかなっていう。
何が変わったんだろう?自分の中で。
やっぱり怖かった。アメリカに勝手に来ておいて怖かったっていうのも変なんですけど、
究極の方向音痴で。
そうなの?
旅行とか絶対一人で行けないだろうなと思ってたんですよ。
当時はスマホもなかっただろうしな。
そう、柄系ですよ。
紙のマップ見て運転してた時代ですもんね。
あと旅行だって地球の歩き方が悪くないですからね。
なので思い切って出て。
地球の歩き方を持っている方が危ないっていうね。逆説的に。
もう絶対に旅行者ってバレてしまうんですよね。
でもみんな持ってましたよね。僕も持ってましたし。
それで別に旅行できるじゃんって、一人旅も楽しいじゃんってことが分かってから、
結構精神的に自立ができるようになったのかなと思います。
なんか吹っ切れたんですかね。開放されちゃったのかな。
開放された後、地震にもなった。なんとかなるんだな、人生。
これですよ。私の座右の銘ですけど、人生なんとかなる。これ。
これまたおばちゃん虫が。
そう、なんとかなるんですよ。
すみません。
いいえ。
そうですか。なるほどね。そうやってなんとかしてきたぞっていう感じなんですけど。
ちなみに今の仕事はどういうきっかけで。これでも創業ではないのかな。
一番最初は創業じゃないんですよ。
一番最初は違うマッチメイキング会社があって、カルフォルニアに戻ってきて、
その帰ってくる機内紙で、この前の会社の宣伝みたいなのがあったんですね、機内紙の中に。
33:04
求人広告ってこと?
求人じゃなくて、こんなサービスがあるよみたいな。
国際マッチングやってますよみたいな。
たぶん宣伝広告的なものがあって、こんな面白い仕事があるんだなって思いながら、
サンフランシスコに戻るんですけれども、そしたら、それこそビビナベかな、ベースとかちょっとわからないんですけど、
その日本の新聞みたいな、その時も新聞ですよね。
メディアね。
そう、メディアみたいなのに募集してたんです、マッチメーカーを。
これこの間飛行機で見たやつじゃんと思って、応募したら受かりまして、そこからなんですよ。
そこから2回目の結婚するんですけど、その時に子供を授かってサンキューをしている時に、
ここの会社が潰れちゃって、私戻ってくるつもりだったのに。
で、残念だなと思ってたら、その時に一緒に働いてた同僚がグロウを立ち上げたんですよね。
お金を出してくれる人を見つけて、彼女が代表としてやってたんですけど、そこで呼ばれて一緒にまた始めて、
もともとマッチメーカーの仕事すごい好きだったんで、また一緒にやってたんですけど、
今度は彼女が日本に帰らなくちゃいけないことになって、そこで私がテイクオーバーしたって感じですね。
代表になられた。
そうなんです。
なるほど。それが2015年。
グロウを立ち上げたのは2010年なんですけどね。
そうなんですね。でも創業メンバーっていうことですもんね。
そうですね。
でもこれ20年も続いてるっていうのは、20年というかその会社はね、
職歴としては20年ですね。
職歴はね、そういうことですよね。相当人が好きじゃないとやってられないですよね、たぶんね。
私、たぶん今まで考えてカスタマーサービス以外のことやってないんですよね。
確かに。人と関わることばっかりなんだ。
そうなんですよ。一人でなんかコツコツやるような仕事一度もやったことなくて。
でもそれは自分ご自身でも向いてるんだなって思われる。
そうですね。面白いことにうちの家族みんなカスタマーサービスだな、人と関わる仕事だなって。
そうなんですね。
妹二人いるんですけど、みんななんだかんだ人間に関わる仕事してますね。営業とか。
はいはいはい。
でもそれでもね、もちろんそれが苦になる方もいらっしゃるわけですけど、
僕もどっちかというと営業だったんで、やっぱその人と関わる方が絶対楽しいじゃんって思ってましたけど。
36:01
今もそうですしね。
素敵ですね。
楽しいですよね、でも。いろんな人に会える方がね。
そうですね。
まさに今板倉さんがしていることを、私メンバーになる前の方に根掘り箱に聞いてるわけで。
そうですよね。
似たような仕事ですよね。用途は違うにしても。
まあでも人間がやっぱりね、掘りがいがありますからね、人それぞれ。絶対面白いしね。
そうですね。
でも人の気持ちって難しいなっていうのもありますね。
確かにね。
まあ後その移ろいゆくものでもあるしね。
そうなんですよね。今すごくなんか重めのある言い方でしたね。
ねえって。
人間もね変わっていくし、そのライフステージでね、捉え方も変わるしね。
そうなんですよね。
面白い。それがでも面白いっちゃ面白いんですよ。
まあでもね、そんな移ろいをね、こう一緒に隣でずっといるパートナーがいる方がやっぱ楽しいんだろうなと思うから。
一人もいいけど。
そうですね。
そういう意味でもね。
マッチング。
10年って今キーワードが出たからついでに言っちゃいますけど、私10年をお世話した男性3人いて、
3人とも結婚したんですけど、10年間みなさん頑張ってみんな結婚できてよかったです。
10年ですよ。
逆に言うと10年踏ん張ったっていうか頑張ったってことね。
そうそう。途中ねちょっとお休みしたりした時もありますよ。
もちろんお付き合いしてた時期もあるし、結婚まで行かなかったけど、婚約だお付き合いだ。
この3人ともこの10年の間には何人かの方とご縁はあったんですけど、やっぱりお別れしてまた戻ってきてっていうので。
でも10年さすがにサポートしてると、ちょっと家族みたいになっちゃいますよね。
でも親戚より近いんじゃないかな。
本当に。で、結婚式にもそのうちの2組は呼ばれていきましたしね。
もうじゃあ本当親御さんというか、やっぱ那項土という立ち位置なんだね、それがね。
嬉しいですよね、でも。
そうなんですよ。
ありがとうございます。
そんなね、マッチン・カウンセラーという職業をちょっと次のセクションで深掘っていきたいなと思うんですけども。
美穂子さんの人生なんとかなるっていう言葉がとっても心に残りました。
39:06
なんかだから、流れ的には国際結婚をして若い頃にね、決断。19歳って言ってましたっけ。
離婚。9年後に離婚っていう話でしたよね。
そこからオーストラリアに飛んで。
オーストラリアに、はい。
なんとかなるって思ってないと飛べないよね、いきなり。
なんとかなっちゃったんだよね、それで。
ねー、その行動力が一つ一つ。
なんかでもそういう時期ってでもあるのかもしれないけどね、でも俺もアメリカ来たときはそんな感じだったもんね。
最初1年で帰るつもりだったけども、なんかどうなるかようわからんけど、とりあえず来てみたら、
来てみた。
もう何年、25年もいますからね。
絶対帰りたくねーとか思ってたからね、最初の頃は。
なんとかなっちゃったんだよね、なんの当てもなかったけど。
そういうタイミングってでもあるのかもしんないけどね。
ガラッと。でもガラッと帰ることによって成長して、新しい世界もね、見えて。
ある意味吹っ切れちゃってるみたいな、どうなってもいいや感も持ってたんじゃないかと思うけどね、その時は。
自分を見つめ直す時間になった。
そういうことですよね。
結構でも大きなことですよね。
僕も離婚するときは、まあそんなに喧嘩ばかりじゃないんであれですけど、でもやっぱりパワーは必要でしたからね、なんか。
いろんなこと考えたし。
でもそういうお別れがあったことによって、一人でできることもどんどん増えて。
そうね。
っておっしゃってましたね。
だんだんチャレンジできるようになったみたいなことをね、おっしゃってましたけど。
それでまあ就職したマッチングメーカーが倒産。
で、同僚と立ち上げた会社が、で社長になると。
みよこさんのやっぱ話しぶりからしてさ、こうめちゃくちゃ、なんつーの。
応募要力というかなんつーだろうな。
フラットで、ほんといろんな人を受け止めてきたんだろうなっていうこの経験値みたいなのは感じますよね。
42:01
はい。
すごく話しやすそうな。
そうそうそう。
なんか秘密にしてることもなんか言っちゃいそうな。
女性も男性も多分話しやすいんだろうなと思うけどね。
別に男性っぽくあるわけでもないんだけど。
なんかすごいフラットな感じするよね。
まあいろいろ経験してきたんだろうなという感じはしますけどね。
あと人と関わることの楽しさみたいな話もされてましたね。
でもその先週だったっけ?2000人ほど累計カウンセリングしてるって。
やっぱ数が違うよなと思うよね。
そこでこういう人はこういう傾向があるみたいなデータちょっと教えてほしいですよね。
まあでもそれもね、俺もだから営業してた時はそんなようなこと考えたけど、
最初の印象と話していくうちにやっぱ多分変わっていくものもあるだろうし、
なんかその3名の方10年頑張って結婚まで行ったみたいな話してましたけど、
10年経ったらやっぱさすがに変わるだろうなと思うしね、人なんていうの。
変わりますよね。
性格というか人とのコミュニケーションの取り方。
価値観も変わりますもんね。
そうだね。
それを横にいて伴奏してくれて三岡さんがそういうふうにしたら、
多分女性が嫌な気持ちになりますよとかって教えてくれたら、
そういうこと言わないようにしようってなったら多分変わっていくだろうし。
結構日本のさ、俺昔お笑い業界とかもさ、今もなのかな。
結構ひどいこと言うじゃない、女性に対してブサイクとかさ、
それもなんかやっぱりアメリカに来てからそういうのは、
自分の中ではもうすごい失礼だから言わない感じになってきたんだけど、
やっぱでも日本にいたときはそうだったなと思ったりもするし、
確かに。
なんか失礼なことをね、女性に対して言っちゃうのがなんか、
おもろいっていうかなんか、なんて言うんだろうな。
ちょっといじるみたいな感じですよね。
悪気はないけど、アメリカの方からしたら相当驚かれるね。
ちょっと引くよね。
外見的なことあんまり言わないように。
そうそうそう。
ですもんね。
そうだ、とりあえずなんか久しぶりに会ったら外見をいじるみたいなね、なんか。
太ったとか言う人いますもんね。
お前太ったなみたいな。
別にいいんだけど。
45:01
太ったとか痩せたとかね、あんまりね、
こっちは言わないけど、日本は割と言いますもんね。
そうそう、だからすごい違和感は感じるようにはなったよね。
そういうのもさ、分かんないもんね。
自分でそれが普通だと思ってさ、そういうこと言って、すごい相手は傷ついてるみたいなさ。
俺も前の嫁さんにもめっちゃ怒られたけどね、いろんなことで。
言われてたんですね。
逆もしっかりだよ、でも。
俺もさ、向こうが言われたことで。
お互いね。
実はこれ傷ついてんだよみたいなさ、ことあるじゃない。
でもそういうこと言いあえるのはいいと思うけど。
一人だと気づかないからね、分かんないからね。
ずっとそのままでいっちゃうと。
客観的にフィードバックしてもらえるのはすごくありがたいですよね。
でもだからさ、結婚に限らず、人とのコミュニケーションの能力が上がるっていうだけでもね、
このカウンセリング、マッチメーカーのお世話になるっていうのはありなことですよね。
コミュニケーション力と人間力向上。
絶対そうだよね。
そんなこんなで、俺もそのうちメンバーになっちゃいそうだな、これは。
半分勧誘されてるような。
実はまだこれ2回目ですけども、3回4回のインタビューの中でどんどん俺は引き込まれていってますから、
その様をちょっとみんな聞いてほしいんですけど。
次回はどんな感じですか。
今回は仕事の深掘りですよね。
どういう姿勢、どういう仕事に向き合ってるかみたいな話とか。
あと面白かったのは、職業的なものも話が出てきたりとか、
あとAIとマッチングってどうなんだろうみたいな話とか。
あとは何でしたかね。
影響されたものとかね、そういう感じの話ですかね。
そしてどんどん板倉さんが引き込まれていくということで、どんなお話が聞けるのか。
これがインタビュー終わる頃にはもうメンバーシップに登録しているかどうか。
48:00
皆さまぜひお聞きください。来週もお楽しみに。
リアルアメリカ情報。
このコーナーでは最新のビジネス生活情報をアメリカロサンゼルスからお届けしていきます。
今回は最初にもお話ししたんですが、出産や子育てについてお話ししたいと思います。
ロサンゼルスで5月に出産しまして、
妊娠期間を合わせて驚いたことを3つシェアしたいと思います。
まず1つ目、妊婦検診に月に1回とか、近づいてきたら2週間に1回ぐらい通ってたんですけど。
妊娠した後ね。
そうですそうです。経過観察に。
検診に行ってたんですけど、産婦人会の皆さんがめちゃくちゃポジティブっていうのに驚きました。
毎回毎回、大意志なので日本では噂しかわからないんですけど、
結構厳しく体重管理とか、これ食べちゃダメとか、あれしちゃダメみたいな言われることが多いっていうのを聞くんですけど、
全然なんか、気をつけた方がいいことありますかとか、何食べたほうがいいとかありますかとか言われて、
Just enjoy your pregnancyとか言われて。
私はそんな問題がなかったからかもしれないんですけど、
なんか、enjoy enjoyみたいな、you are doing greatって言われて。
enjoyって言われてもどうやって…
いやなんか、運動とかって大丈夫なんですかって。
いや、なんか動きたきゃ動けばいいよみたいな感じで。
確かにね、でもそういう感じはあるよね。
結構直前まで仕事してる方も多いですしね。
多いし、全然いいよみたいな。
俺がね、フォローしてるサーファーの女の子、ハワイの。
はい。
が、こないだ妊娠してて、まだ生まれてないのかな。
今まだ妊娠してるんだけど、めっちゃサーフィンしてるもんね。
大丈夫なのかと思うけど。
すごい!それは心配になっちゃいますね。
サーフィンだと不安定じゃないですか。
結構お腹出てんだけどね。
すごいなと思って。
すごい。
それぐらいやっちゃっても大丈夫ってことなんだよね。
51:00
そうですね。
なんか、体調悪くないんだったら別に何の制限もないよみたいな感じで言われて。
確かにちょっとね、日本だともうちょっとなんか、静かにしてなさいよとか言われそうなもんね。
危ないでしょとかってね。
危ないって言われるみたいなんですけど、そんなのは全然なく。
あと道歩いてたり、スーパーで歩いてると、お腹が目立ってくると、
あ、コングラツリエーションみたいな感じで。
結構声かけられて、男の子、女の子みたいな。
初めてとか言って、すごい声かけられる。
アメリカだなって思いました。
2個目が、ベイビーレジストリーっていうのがあって、
アメリカ人の知り合いの人に、子供が生まれるんだみたいな話したら、
レジストリー作った?みたいな。レジストリー作ったら送って?みたいな感じで言われて。
なんだそれは?と思ったんですけど、
Amazonとかターゲットとかウォルマットで、ベイビーレジストリーってその欲しいものリストを作って、
で、その中からプレゼントをくれるらしくて。
それ、今回初めてしたんですけど。
ありますあります。僕も送ったことありますよ。
そっちのほうが絶対ミスマッチがなくていいもんね。
いいですよね。いい文化だなと思ったんですけど、
初めてだったので、そんな欲しいものリストを送るなんて、いいのかなみたいな。
なんかおこがましいなみたいな。
思ったんですけど、普通なんだみたいな。調べてみたらアメリカでは普通ですけど。
日本でもあるんじゃないのかね、最近は。
プレゼントあげる方も大変じゃん、選ぶのと。
おむつとかかぶるものもいっぱいあるだろうし、実用的なものと全然こんなもんいらんわみたいな。
あげてもしょうがないしさ。って思うと選んでもらったほうが絶対いいもんね。
いいシステムだなと思いました。
あとそのレジストリーでそのアマゾンとかで登録したら、
ウェルカムボックスみたいなのもらえて、無料のおむつとかおにゅうびんとか。
プレゼントでもらえるんですよ、アマゾンとか。
それもすごく役立ちました。
日本にはないのかな、そういうシステムは。
でもそのギフトボックスはあるみたいです、プレゼント。
54:04
3つ目が退院が早すぎるっていうのと、
退院が早すぎる?
生まれた後にね。
あと24時間か48時間ぐらいにはもう退院するっていうのが結構有名かもしれないですけど、
速攻退院するっていうのと、
あと入院中に、だから一泊してその翌日にはもう退院したんですけど、
そのいる時間、ひっきりなしに看護師さんとかお医者さんが来るんですよ。
で、母乳の受乳し方とかお風呂の入れ方とかを説明してくれるんですけど、
いろんな担当の人が、目力担当ですとか、
受乳指導担当ですみたいな感じで、
あと出生届の書類担当ですみたいなのが来るから全然休めなくて、
一人にしてくれみたいな。
大変そうだね。
全然休めなくて。
ずっと一息つきたいところなのに。
やっと生まれてふーって。
そうそう、やっと生まれてふーってしてんのに、
めちゃめちゃ手続きとか、説明、指導、帰った後にちゃんとできるようにってことなんですけど、
その限られた入院の間に、全部の指導をしてくれるから、
後輩を追えないといけないからね、向こうからしたらね。
向こうは向こうでめちゃめちゃ大変なんですけど、
でも目浴の指導とか午前2時に来るんですよ。
これから目浴しますとか言って。夜中の2時に。
そっか、でも向こうは寝てないって分かってるのにってことだもん。
そうですね。
どうせ寝てねえだろうと思ってくれて。
どうせ寝られないんで、赤ちゃん泣いてるから。
そういうことか。
で、それの指導が全部終わったら、回復に問題がなかったら退院みたいな感じで。
超絶ハードスケジュールでした。
まあなんかね、そこは日本の方が絶対にいろんな意味でケアしてくれるよね。
心のケアと体のケアと。
そうですね。
あとあれです、退院した翌日に小児科に行ってくださいって言われて。
小児科の予約を入れてくださいみたいな。
入れたの確認しないと退院させませんみたいな感じで言われて。
そうなんだ。
だから予約して。
それは何してるの?検診だけしに行くと。
57:01
そうですそうです。赤ちゃんの健康をチェック。
だから一回言い換えるんですけど、小児科に行かなきゃいけないから、次の日もまた病院にすぐ外出みたいな。
同じ病院に?それは違う病院に?
それは選べるんですけど、私は違う病院にしました。
日本だと1ヶ月ぐらい外出しないというか、みたいなんですけど、
もう1日で赤ちゃん連れて、病院に行かなきゃいけないから、外出っていう。
大変だね。
はい、すごかったです。
でもタフ。
でも聞いたところによると、アメリカ人ね、復帰したい人はすっごく仕事も復帰されるって。
でもその辺は、なんかたくましいよなぁと思うよね。
たくましいですよね。
日本が甘やかしすぎなのか何なのか。
わかんないですけど、でもすごいポジティブさとタフさに驚いた、そんなシェフさんでした。
なるほどです。リスペクトです。お母さんリスペクトです。
またね、国によってもまた違うとは思うんですけど。
そうね。またじゃあ、アメリカ子育てあるあるをまたアップデートしてください。
はい、していきたいと思います。
あとまあ、何か質問とか、これから同じ経験したとかいう人も。
そうだよね。
くれたら嬉しいです。
なんかでもやっぱ顔つきとかが変わってくるのかなぁ、エマさんとか。
ちょっと今はよくわかんないけど、だんだんたくましくなってきたりするのかもね。
かもしれないですね。
お母さんになるっていうのは。
頼もしいですね。
はい、アップデートしていきたいと思います。
はい。
はい、ここまでリアルアメリカ情報でした。
はい。
締めのコーナーです。
はい、質問。えっとなんだっけ。
えっと、あ、そうね、みよこさんの話にもあやかってなんですけど、
えっと、まあ、えっとなんだ、旦那さん、今の旦那さんとの慣れそめというよりかは、
1:00:00
この人と結婚してもいいなと思った瞬間とか、ま、デートのとか、タイミングってどんな時ですか。
はい、えっと、その、前回話した通り、あの、友人がゴルフ誘って紹介してくれたんですけど、
うん、それ先週だったっけ。
その後何回か、はい。
そうね。
お話しして。
で、旦那さんの、今の旦那さんとその友達2人と、えまさんとその友達が2人で一緒にゴルフに行ったっていう話ね。
ゴルフ行って、はい、紹介してもらったっていう経緯なんですけど、
はいはい。
ま、その後、ま、もっとそのどういう人なのか知らないと、ま、お付き合いできないなと思って、
うん。
で、何がいいかなと思った時に、私、謎、えっと、謎解きが好きだったんですよ。
あ、謎解き、脱出ゲーム。
あー。
脱出ゲームってわかりますか?
やったことないんだけどね、あの、なんかどっかの場所に行って、そこからみんなで、
行って、あ、そうです。
問題を解決していくみたいな。
あ、そうですそうですそうです。
部屋に、狭い部屋に閉じ込められて、で、そこにいっぱいヒントがあって、
うん。
で、その問題を一個一個解いていくと、あの、鍵とかが、アイテムがもらえて、
その、謎の箱が解けて問題解決できたり、新しい部屋に行ったりするっていう遊びなんですけど。
それ何分以内に出なきゃいけないと。
あ、そうですそうですそうです。制限時間もあって、で、あと、問題もたくさんあるから、手分けしないとできないんですよ。
あー、なるほど。
だから、なんかその、チームワークっていうか、その協調性、一緒に頑張れるかどうかを、
分かるのに、一番いいアクティビティなんじゃないかと思って、
私は、なんか、次何したいって聞かれた時に、なんか、脱出ゲームしたいですって言ったんですよ。
一緒に。で、向こうは全然何のことか分かんなくて、
え、何ですか脱出ゲームってみたいな感じで言われて、いや、楽しいんですよみたいな。
で、やったことないから、じゃあ一回行ってみましょうみたいな感じで言ったんですけど、
2人で行ったの?それは。
あ、そうですそうですそうです。
で、その時に、なんかうまいこと協力できたし、
あとなんか、問題が解けなかったり、分かんなかったりした時に、
ちょっとなんか、言い訳というか、なんかこれ俺分かってたのになみたいなこと言う人あんまり好きじゃなくて、
いるいるいる。
言い訳、いるじゃないですか、たまに。
そういう思いやったのもなかったから、あ、いいなと思って。
なるほどね。
素直に、負けを認めたじゃないか、素直にできないことはできますっていう。
できなかった、難しいですねとか言って、
このことは全然できないですねとか言って言われて、
1:03:00
あ、そうですねとか言って2人悩んでたんですけど。
確かに、それは仲良くなるいいきっかけだね。
はい、なので、なんか友達とかに、脱出ゲームいいよって。
あの、2回目か3回目のデートかなんかで、脱出ゲームしようって言ったんですけど、
はい、ちょっと周りにすごい不況してるんですけど、誰も脱出ゲームしたよっていうこの報告は、
誰からも、誰からも受けてないんですけど、
私的には。
なんかもうちょっと複数で行くイメージはあるけどな。
あ、まあ確かに、5、6人とかで。
なんかちょっとは、いや、女性から誘ってくれるのはそれはありがたいよね、なんか。
なんかちょっと男子から誘うのも、なんかちょっと距離詰めようとしてる感が出ない?それ。
あー。
大丈夫?
あー。
あ、でも2回くらい食事行った後、3回目?
あー、それくらいならいいかな。
3回目とかだったから、そうそうそう、全然大丈夫でした。
そのゴルフも行った後とかだったんで。
へー、なんかいいなー。なんかいいなーって。
はい、みんなにおすすめしてます。
おすすめしてますね。
はい。
でもそれ言ったら、なんか面接、なんか宇宙飛行士の試験みたいだねとか言われて、言われましたけど。
まあ確かにでも人間性が出るよね、いろいろね。
まあお化け屋敷とかでもそうかもしれないけど、遊園地とか。
あー、いいかもしれない。
うーん。
そっか、なるほどな。
なんか一緒にね、何かするみたいな、いいかもしれない。
でもなんか俺もでもその、でもそっからでも結婚は、この人と会ったら、じゃあまあ付き合ってもいいかな、結婚しても、結婚までいかないか、そこ、その時点で。
あ、そうですね。なんか、うん、お付き合いできるなっていうところでした。
そういうこと。
はい。
まあ俺もなんか聞きながら、俺はどういうタイミングで結婚を決めたんだろうって思い出してたんですけど、
あの、歌が上手だったのが決め手だなと思いました。
ええー。
その前の奥さん、嫁さんがね。
はい。
なんかこれを聞いて一生入れたらまあ楽しそうだなみたいな。
うーん。
まあまあ他にもいろいろありましたけど、なんか一つあげるとしたら、それは大きかったですね。
常に歌を歌ってたんで、なんか車の中で寝るときとかも。
楽しい。
そうそう楽しいんですよね。買ったしね。
うーん。
まあでもなんかね。
趣味で楽しい。
うん、それは大事だし、なんかでもほんと変な、変なってか些細なことで、あの、そういうふうに気持ちになるんだろうな、きっとな。
うーん。
なかなか面白いね、この結婚っていう制度がさ。
1:06:03
いろいろ突っ込みどころもあるんだけどさ。
はい。
まあいいや。
いやなんつーの、そのゲームみたいなとこもあるわけじゃない?その。
はい。
ね、それをゴールとして、すごいこうなんか、頑張って空回りしちゃうみたいなこともあるだろうしさ。
なんかいろんなことを、こう客観的に見ると結婚って面白いなーって。
ね。
はい。まあそんな感じですか。
そんな感じで、今回のテーマはどうしましょう?
なんだったっけ?
お便りのテーマ?
だからみなさんが、結婚、この人と結婚してもいいな、お付き合いしてもいいな、もしくは結婚してもいいなって思った瞬間とか思ったタイミング?
うんうん。
こと?
まあ言われた一言でもいいかもしれないね。
うん。
あ、そういうの、あーちょっと楽しみだなな。お便りお願いします、みなさん。
はい、送ってください。
番組本の電子の。
もう一回言ってもらっていいですか?もう一回。
結婚を決めた瞬間?
はい。
お付き合いを、お付き合いの決めて。
いいなと思えたタイミングですね。
思えたタイミング?
はい。
はい、お便り募集です。
はい。
番組ホームページのメールフォームからお寄せください。
はい、紹介した方は、
はい、番組の。
あ、そうですね。
ステッカープレゼント。
ステッカープレゼントします、はい。
はーい。名前と住所を書くのをお忘れないようお願いいたします。
はい、フォームにね、その書く場所があるんで。
はい。
お願いします。
入れてください。
はい。ニックネームでも大丈夫です。
はい。
はい、そしてインタビューとリアルアメリカ情報はブログに掲載しています。
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