1. from 雑談
  2. #38 | SESSION「コーチングっ..
2023-12-09 1:12:28

#38 | SESSION「コーチングってすごい!」by Keiko & Hassy (独立後のリアル) &Mechikuro〈収録2023.11.17〉

from雑談[SESSION]では、雑談にお越しいただいた方との偶発的な”雑談”を不定期にお届けします。

-

─[Player]──────────────

【Keiko & Hassy | 独立後のリアル】

けいこ、はっしーが送るコーチとして独立後の常識、非常識。賢く、面白く生きるヒントはもちろん、生々しくリアルに独立後の幻想も喜びも本音でお送りしてます。Website: https://linktr.ee/KHradio

-【Mechikuro】

マンガ・オーディオ・アート・クラブミュージックなどの第一線で、分野横断的に活動するクリエイティブディレクター。 グラフィック&プロダクト両面のデザインのみならず、編集&ライティングからブランディング&プロデュースまで多様なスキルセットを駆使する。 これまでの経験と知見を活かし、『JAPAN PODCAST AWARDS』では創設メンバーとして、2019年創設〜2021年まで3年に渡り理念&審査レギュレーション設計、選考委員選定、ノミネート作品選考、グラフィック&トロフィー造形など中核業務の全てを担当。 作品選考作業においては、年間平均2000作品・2000時間強に及ぶ聴取・リサーチ・分析を行い、アワードという一つの基準において、国内ポッドキャストシーンの可視化とクオリティの定性評価に寄与した。 現在、自身のポッドキャスト作品としては、ぷにぷに電機と共に制作する『LAUNDRY AM』を配信中。 『雑談』では、より広く、より深く、音声作品の可能性と魅力を伝えるべく、さらなる能力を解放する。@maticlog

-

───────────────────────X|https://twitter.com/zatsudan_co_jp

Instagram|https://instagram.com/zatsudan_co_jp

©︎雑談 https://zatsudan.co.jp/

00:00
今日はセッションということで、僕らのポッドキャストの中でも、結構ラフにお話しするコーナーなので、ざっくりいきたいんですけれども。
今日はご来店いただいているゲストのお二人なんですが、自己紹介とかしてもらってもいいですか?
ポッドキャスト、独立後のリアルをやってます、Hassyです。
Keikoです。
よろしくお願いします。
お二人とはどういう繋がりなの?っていうのも変な感じなんだけど。
なんか普通に、自然に雑談の常連とカレーおじさんを付き合って。
Mechikuroさんのことでカレーおじさんっていうのは、なかなかまだ思わない。
カレーおじさん以上でも、以下でもない。
でもやっぱりいつもカウンター越しで話してるから、それよりはこうやってマイク3本あるとちょっと緊張する。
そう、って言いながらも、ちょっとトレ高みたいなものはどうでもいいんだけど、
今日すごく僕がお話ししたいことがあって、お二人お忙しい中、お声掛けさせていただいたんだけども、
なんかもうね、その話をしたくてしょうがないんですよ。
いいですか?いきなり。
ぜひぜひ。
で、独立後のリアルというポッドキャストをお二人がやられていて、
お二人はそもそもコーチングっていうお仕事をされていて、
そのお二人が楽しく、何だろうね、不定形。
コーチングをやっているお二人なんだけども、番組自体はすごく不定形の形。
独立してそれぞれコーチやってるから、フリーランスとしてやってるから、
独立した後の生活はどんなのかっていう、そういう番組で独立後のリアル。
そうだよね。
あまりコーチングの話だからあまりしないんだよね。
コロナになって本当に仕事がバンドいろいろ飛んで、
そのときにけいこはコロナの年に独立したばっかりだったんで、
だから本当に何かやろうかっていう話もあって、
で、独立後のリアルってまさにけいこの独立初年度のどれぐらい売り上がってんのかみたいな話とかもしながら。
そっかそっか。
それ目的に始めたわけでもないよね。
ちょっとひまになっちゃって仕事が本当にスポーンと飛んじゃったので、
何かやるって声かけてくれて、
で、ポッドキャストやるって聞かれたので、
やるって言って答えたっていう、それだけ。
03:02
で、たまたま毎週、何か一回撮って、来週も撮ろっかって言って、
また来週も撮ろっかってやってったら、
何かそのまま3年半ぐらいになっちゃったっていう、そんな感じ。
でも結構コロナあるあるで、コロナになってやることなくなったから、
いろんなものを始めようっていうものの1個でポッドキャスターを始める人すごく多いんだけど、
実際僕、相当な量定点観測してるじゃないですか。
ほとんどの人が2021年でやめちゃうんです。
やめちゃうんだ。1年ぐらい。
お二人はそういう始め方したにも関わらず、
しっかり自分たちの場としてすごく大事になってきてるんじゃないかなっていう風に感じる。
そうですね。
1つだけ僕ら自慢できることは、
毎週金曜日配信を丸々3年、元旦も大晦日もクリスマスも配信してるんだよね。
いじいじですね。
もはやそれだけでコンサルティングできる要素あると思います。
続けてる理由みたいな。
決してずっと仲良いわけでもないからね。
喧嘩会もあるしね。
そういう意味でもポッドキャスターは分かってんなと思うというか、
ポッドキャスターで何が良いのか悪いのかって人によって編集で変えてしまうじゃないですか。
2人は本当にリアルをちゃんと出せてるっていう。
僕ずっとそういう意味で2人のポッドキャスターを楽しく聞いてたんだけども、
と言いながら、やっぱりお2人のコーチングっていうお仕事のプロフェッショナルな部分とかにもすごく興味があるから、
来店するために時間があれば色んなお話でちょいちょい聞いてはいたんだけども、
と言いながら、やっぱりコーチングってその仕事の特性上、そのもの自体を大ピラにするっていうのは向かないお仕事なのかなっていう。
それは合ってるんですかね。
合ってますね。
なんかそれがすごいビジネスの難しいっていうか、情報の非対称性っていうか、
僕らはすごく知ってるけど、ユーザーはどういうことかいまいちよくわからないけど値段も結構するみたいな。
なんかわかんない。ブラックボックス度合い高いですよね。
その割にはコーチングと歌って、それこそ活動されてる方もすごく広がってるなっていう印象を受けると、
僕の距離感からするとコーチングっていうものの基準みたいなものが曖昧で、
下手すると本当に占いとかも含めた、どうにでも情報商材を売ってるような人たちとすらも思えるぐらいのものにも、
見えかねないものではあるだろうなと思いつつ、
06:01
お二人のお話聞いてるとそういうのじゃなくてちゃんと体系化された技術があって、
僕からするとすごく現代に必要ななりわいだなっていうのと、
プラスひょっとしてこれってポッドキャストにむっちゃ向いてんじゃないっていうのは、
薄々お話聞いてて感じていて、
今日お話したかったことが、ついにこの前、たまたまなのかもしれないんだけども、
お二人のコーチング自体をお試し的にやった回がね。
そうですね。名前言っても、ユートリー・フリーターさんっていうポッドキャスター仲間の、僕ら先輩でもあるんだけど、
その人とやったっていうね、回が。
それこそ1周年、この東雑談が1周年のときにイベントに呼んでくださって、
彼女も来てて、話してたらすごい盛り上がって、彼女が興味があるって言ってくれたので、
じゃあやってみようかっていう話に、ここでまさに生まれた企画なんです。
雑談で会ってお話が決まって、やってみようかって収録した回があった。
だから僕も初めて、あれがいわゆる完璧なパッケージではないとは思うんだけれども、
初めてコーチングっていうもののセッションしてる模様っていうのを直接ポッドキャスターに聞くことができて、驚いた。
驚いた。
驚いた。
めちくろさんを驚かせた。
すごい嬉しい。
嬉しそうだな。
嬉しい。
何にしろ、僕はとにかく何かがちゃんと技術のもとに成り立っていることが好きなので、そうじゃないものっていうのはあまり関心を持たない。
その中でコーチングっていうものを自分でイメージはしてたんだけど、実際どういうものかわからないってなった時に、
ゆとりブリーダーさんと橋さんとのセッションを聞いた時に、これはもう確実に技術をもとにして行われているものだというのを感じて、
なので話せる範囲でいいので、今日質問答えてみます。
嬉しいね。めちくろさんから質問してもらえるって、嬉しいね。
めちくろさんが個人的に知りたいことっていう感じが。
雑談の店主とか、ポッドキャスターとしてとかっていうことももちろんあるだろうけど。
ある種の職権乱用みたいな。
僕はこの雑談やってる理由でもあるんだけど、とにかくポッドキャストっていうものの可能性を広げたい。
関わってるので、そういう意味ですごくお二人のコーチングっていうものとポッドキャストの相性に関して可能性をむっちゃ感じたんですね。
ちょっと具体的に言うと、聞く技術ってさ、世の中にいっぱいあふれて、それこそ本もいっぱい売ってるようなものがあるじゃない。
09:07
僕も実際自分が雑誌も含めていろんなインタビュアーとして聞く立場になったこともいっぱいあるし、
あとイベントのような場所でモデレーターとして聞き役回し役みたいなのやることもあるし、
あとラジオの実際のプロの人たちと聞く技術についていろいろディスカッションしたこともあったりとか、
聞くっていうことに関していろいろ自分なりに体系だったものを持ってたつもりなんだけども、
コーチングのこの前のセッション聞いたらそれと全く違うことをやってるように聞こえたんだよね。
そういう自覚ってお二人って、いわゆるインタビュアーさんがよく言うような聞く技術みたいなのもあるじゃないですか。
あれとコーチングってどういうところが違うみたいなのって実際意識してる部分ってあるんですか?
インタビュアーの方のベースが僕らは持ってるわけではないので、ある種比較はできないんだけど、
違うものだなっていうのは感じるというか、一番違うのは、ある意味何にも準備しないで聞いてるみたいな側面が、
やっぱりモデレーターの人とかって、もちろん今に集中してるけど、結構やっぱり準備してることとかそういうこともあるじゃないですか。
それがやっぱりかなり比率的には低い。
もうちょっと言うと、インタビューとかだとメディアのためだったりすると、やっぱりこれを聞いてこなくちゃとか、これを言わせなくちゃっていうのがあって、
そのために結構いろいろした調べもするし、ここから触ればこれ言ってくれるかなみたいな、そこがやっぱり当然のこととしてある種の操作みたいなところも入るじゃないですか。
インタビューEがそれを気づいてるかどうかわからないですけど、でもこのコーチングの中では、それを持っちゃうと逆にうまくいかなくなっちゃって、
それってコーチの行きたい方向にしか行かなくなっちゃうので、この場でしか生まれないものを一緒に探していこうっていう、そのスタンスなんで、
あの日もあんまり、ハッシーはあんまり事前にゆとりさんのことをあえて調べずに、私は一応本を読んでおいたんですけど、読まずに望んで、
変な先入観とか、そういうものをバイアスとか持たないようにするためにも、たぶんそうしてたんじゃないかなって想像します。
そこの時点で結構珍しくて、インタビューで失敗するパターンって、まさに今言ったのと逆のことが起きたときなんですよね。
要は、聞き手の方がゴールを決めて、導くつもりになって相手に質問したことによって、相手のガードがより固くなって。
12:04
要は通り一遍の質問で終わるようなインタビューってあるじゃないですか、あれなんかまさにそのパターンで、
要は過剰書きにした質問を聞いて、こんなことを答えて欲しいための質問みたいなのを5個並べて聞いちゃったことによって、相手がどうせそういうつもりだったらということしか答えてくれない。
結局その人と時間を話したことの意味みたいなのが全くない情報だけのものが並んでしまうみたいなもので、本当にインタビューとしては一番良くないことなんだけど、
絶対それは起き得ないような構造なんだなっていうのはやっぱり感じたんですね。
僕が思う一番良いインタビューって、インタビューEの心の動きっていうのが、お話の過程でわかるもの。
ここで何か心象が変わったんだなとか、あとさらに良いのは、そこでインタビューEが何か気づきを得て、その人も思ってなかったような新しいことが出る。
インタビューってやっぱり素晴らしいんですよ。
前回のゆとりふりーたーさんとのセッションで、まさにそればっかりが起きてて、びっくりしたんです。
なるほど。
今の話聞くと、インタビューとか、形は違えど、やっぱり会話とか対話の面白さって、今みたいなとこなんでしょうね。
方向はあるけど、発見があったり、え?みたいな感じとか、知ってることをやっぱり並べて話しても、あまり心が動かないから、
きれいには話すけど、プレゼンみたいには。でもそれとは違う感じが生まれるのは、ちょっと入り口は違うのかもしれないし、頻度も違うのかもしれないけど、結構大事なんでしょうね。
そういう意味も含めて、ポッドキャストとして見ても、インタビューとして見ても、ゆとりふりーたーさんとのセッションは素晴らしいなと思ったんだけれども、
あれって、たまたま受けたいって本人も望んでいるし、ポッドキャストで配信されるってどういうことかを知ってるゆとりふりーたーさんだから、公開の場でコーチングのセッションをするっていうことがかなったけれども、
実際はコーチングって、公開した状態でやるものって、コーチングとしては、合ってるのか合ってないのかどっちなんですか?あり得るんですか?
形としてはあり得ると思うし、実際YouTubeとかそういうのにはたぶんいっぱい載っているんじゃないかなと思うんですよね。デモンストレーションセッションと言いながら、でも実際にリアルな話をしてるとかはあると思うんだけど、本当に2人の時とはたぶんまた違うっていう。
15:17
2人でやってるからっていう心理的安全性っていうのは、コーチングの中では絶対的に重要なものではあるんだよね。
そうですね。やっぱりどれぐらい安心して、この場で何でも話してもいいと思ってもらえるかっていうのがすごく大事で。だからさっきの質問で言うと、やっぱりあの時も公開が前提だから、ゆとりさんの中でもきっとこれ言っちゃまずいんじゃないかなとか、起きてもおかしくないんですよね。
だからその中で可能な範囲できっと話してくれたと思うし、あれがじゃあ本当に公開なしでだったら、もうちょっともっとさらに深いところまで行ったかもしれないですけど、そこまではだから求め始めちゃうとちょっと苦しくなってきちゃいますよね。
僕思うんですけど、でもそれもね、ちょっとやってみないとわかんないのかなっていうのもあるんですよ。あえてこういうふうに出していくことが、なんかその人にとって後押しになったかもしれないっていう、なんか僕もすごい可能性というか、もう感じたのも事実で。そういう可能性はあるかもしれないですよね。
だから、守秘義務って要は何のための守秘義務かっていうと、クライアントさんのための守秘義務なので、クライアントさんがそれでよければ全然いいので。
で、いろんなお話を本当に聞いてるんですけど、クライアントさんの。ご本人としてはそれはあまり人に言いたくないと思うものもあるかもしれないですけど、そんな話って実は一つもなくて、もうどのお話も本当にいろんなことがあるけど、全部ひっくるめて美しいんですよ。
だからそれがさ、本当に人に聞かれたら、本当に何かまずいのかって思ったら、そんなことは正直一個もない。
ほんとそうだよね。
一個もないんだけど、
なるほどな。
まあ、でもそれをその本人が話したいと思える環境かどうかっていうのはすごく前提としては大事なことだけど。
だから全部公開しても別に、企業秘密とか、そういうこととか、人のあれに絶対言いたくないこととかじゃなければ。
企業で言うコンプラもそうだし、個人もコンプラとかがなくても、結局自意識とか、いろんな植え付けられた道徳的な呪いみたいなものによって、自分の中でセーブしている。
しかも意識的にそれを出さないようにしようっていううちはまだいいんだけど、もう無意識の中に閉じ込めてしまっているものっていうので、人っていろいろ、今、現代的な悩みって作られているような話は知ってるんだけど、
18:12
個人の模様を聞いていると、一番優れてるなと思ったのが、クライアント?ポッドキャストで言うとこのインタビューいいだよね。
聞かれている側の人が言語化できていない自分の感情や状態っていうものを言語化させるための仕組みとしてすごく理想的だなって感じたんだけど、
それっていうのはお二人の技術の中で実感ってあります?
言葉になってない本人の何かを本人の口からというか、本人の実感から言葉に変えていくための聞き役だという意識ってあるんですか?
ということを言語化してもらって、今、みちくろさんの言ってたような意識でやってたかどうかは微妙なんだけど、
でも、今の話を聞くと、僕ね、言語化っていうのは結構トリッキーだなと思ってるので、
知ってる言葉にすぐひも付けちゃうと、言語化したことによって大事なものが失われる感じがあるんですよ。
伝わりますか?
分かります。
だから、そういう意味では体感するとか、結構体の感覚とか気持ちがどうかってことにアプローチしてたっていうのは、
それが本当に自分の中でどんなふうに存在してるのかとか、そういうのを体験したあとで、
そっから出てくる言葉と、なんとなく知ってる言葉と結びつけようっていうのは、だいぶ違う言語化だなと思って。
まさにそう、まさに。
やっぱり体の状態聞いたときにそこがピンときて、言葉だけで引き出そうとすると、自分の知ってる言葉から繋げるって、まさに今言ったみたく。
僕は都側の人間なので、まさにその抽象的なものを扱うからわかるんだけど、言葉ってやっぱり曖昧なものを切り離す機能を持ってるんです。
例えば、紫と青の間にはもう幾万通りものがあるんだけれども、そこに名称をつけることによって、
藤色とかいろんなものがつくように、じゃあ藤色って決めた段階でも、それは藤色とその共感にある何かっていうのを排除しちゃってるので、
言葉ってやっぱり何かを切り離すものなんですね。
だから、なんだけれども、切り離すことによって自分で記憶できるとか、
扱える。
再現性があるってことになるので、自分の状態を言葉にすることによって、自分の心理や状態を自分に再現性を持たせることができるから、
21:01
そういう意味ではすごく力強いものなんだよね。
だから、それって、僕はあんまり他のやり方、それこそ指導とか教育とかいろんなのを含めて、
ハッシーが見せたやり方以上に、人の無意識を言語化するのをあんなに鮮やかにやってる現場、あんまり見たことなかったんで、びっくりしたんですね。
そうだね。なんかそういうことやってるんだね。
でも、それが伝わってよかったね。
あの時の入る前のところでも言ったんですけど、
メチクロさんもさっきおっしゃってくださったけども、
一応これモデルがあって、私たちが影響しているコアクティブモデルというものに基づいて、私たちこの技術をやってるんですけど、
その中の一つに、フォーカスオンザホールパーソンというのがあって、その人のすべてに焦点を当てるっていうのがあるんですけど、
しゃべってるのは口から上だけだけれども、そうじゃなくて、すべてがあるから、そのすべてを聞いていくみたいなところから、そういうのも出てくる可能性があるかなってちょっと思いました。
確かに。
実際、人って生きてると、自分に100%矢印を向ける時間ってほぼないじゃないですか。
ない。
僕、クリエイターと多く向き合うので、クリエイターが一番実践しなければいけないのって、自分に矢印を向けて、
要は自分の中の世界にずっと没頭できることが大事なんだけど、実際それが一番難しいんですよね。
確かに。
そういうことをパソコンで作業してるだけで、それはインターネットとつながっていって、ちょっと休憩のつもりがYouTubeを3時間見ちゃうとかも、
その自分の中の世界から離れてしまうことだし、本を没頭して1時間読むにしてもそうだし、絵を3時間描くのもそうなんですけど、
とにかく自分の中に入っていって、自分と対話をし続けることができると、よりクリエイティブに当然なるんだけれども、
やっぱりそういう時間ってどんどん現代ってより贅沢になってるじゃないですか。
そうっすね。
で、行くとあのセッションって多分30分ちょっとぐらいだったのかな、この前。
そうですね、35分から40分弱ぐらいかな。
で、あの30分って多分ゆとりフリーターさんからすると、伴奏者がいる状態で、すごく濃密に自分の中と対話できた時間だったんだなってことはありありとわかるんですよね。
どの辺でそれをこう、みちくろさんはそれがありありと、なんかそれを僕はみちくろさんの観点も聞いてみたいんですよね。
24:05
スタートの時は、実際ゆとりフリーターさんは自分がポッドキャスターであるし、マイクの前にいるし、しかもこれのトレーダーみたいなものや、お二人との関係値の中でいいものにしなきゃみたいな、やっぱり外にいる自分というか、形にしなければいけない、プロデューサーやディレクターのような自分があるような発言をしてたように感じるんですよ、序盤特に。
で、やっぱり体のことを聞き出したぐらいのタイミングのところから、たぶん彼女の中でそういうもの全く聞いていて、完全に自分の心と体にフォーカスを当て続けている言葉しか出てきてなかった。
で、そこにはさっきのインタビューで言った、いいことを言おうとか、トレ高の高い何かをやろうっていうような邪心や、あるもの、世の中にある正解みたいなものを見つけるような操作に彼女の言葉や感情が動いてなくて、常に自分から出るもの、オリジナルのものしか出てないように聞こえたんですね。
だから、僕が聞いてた感じとそういう感触だったんだけど、特にけいこさん隣にいて聞いてた側からいくと、今僕が言ったようなことって起きてたんですか?
やっぱり喋ってるものがどんどん内側にいってるなっていうのが、あのときのでも、私本当にエネルギーあたりがすごかったんですよ。
どう言えばいいかな、彼女のまどなりにいたので、彼女から発するエネルギーがブワーっていうのが、やっぱりビッグになりたいとか、こういうことを話してるときはそんなに出てこないんですけど、
まさに立ったりとかして、自分の内がなってきたときにブワーってなんか来て、すごいそれが結構強いエネルギーがあって、もう彼女の本当に素晴らしさだと思うんだけど、
それってやっぱりセッションしてても、今表面的なところを私たち喋ってるなっていう時間と、今すっごく大事なあなたの本質のほう行ってるねみたいなのを感じるじゃないですか、聞いていただいてもわかる感じになって嬉しいんですけど、
なんかそうですね。
実際隠してるものを話させるだけでもものすごいのに、あの時起きてたことって本人すら思いつかなかったよとか溢れ出るように出てたんですよ。
そう、そんな感じでしたね。
それって普通に言って奇跡的なんですよね。
ああいう対話によってそれが収録されてるってほぼないんですよね。
だからそこなんですよ、一番驚いたのは。
なんか本当に、でもそれが一番なんかね、面白いとこっていうか。
で、普通に会話してると一番怖いことでもあるんですよ、たぶん。
27:03
普通の生活だと。
要はどこに行くかわかんないんですよ。
この話、なんかでも普通の会話ってなんとなくやっぱ落としどころがあったり、それで安定するじゃないですか。
だからそれが悪いことじゃないんだけど、なんかこういう会話って本当にあのどこに行くかわからないので。
なんかそれがこう面白さでもあり、普通はやっぱ怖さとか。
何て言うんだろうな。
なんかこうコントロールしたくなるんだけど。
俺らはそういうひたすら筋肉を鍛えてるのかもしれないですね。
なんかね、カオスエゴーなんですよ。
そうですね、カオスエゴーですね。
カオスエゴーが、なんかカオスの先じゃないと、なんか新しい、なんか言い淀んだり、ぐしゃぐしゃっとしたりとか。
なんかその先に、たぶん結構新しいものあるんじゃないかなと思い込んでる節はある。
でもそういう意味では、あの日はやっぱり素晴らしかったのは、もちろん発信も素晴らしかったんですけど、やっぱりゆとりさんがそのカオスの中に行ってみようっていうふうに思ってくれてた。
それはやっぱりこの日セッション受けようっていう気持ちで来てくれてたし、この場で行けるとこまで行ってみようって思ってくれたからで、
実際のセッションの中では、なかなかそこにこういざなってもいざなっても入らないクライアントさんとかももちろんいるので、
そこに入っていけるようになるまでに何回もセッションするみたいなこともすごいあるので、あの日はなんか本当にゆとりさんのおかげもあっての奇跡っていうところもあると思います。
彼女が持ってるものが、あの短時間で出たってやっぱすごいなと思いつつ。
さっきも言ったように、自分の先入観とか自意識とか植え付けられたノリみたいなものを外すだけでも、何にしかかるかわからないのと同じ。
そうなんです。
って考えると、やっぱあれって本当にポルトタイプ的にやったことではあるんだけど、理想型みたいなのがいきなりバーンと出たのかもしれないなと思いつつ。
そうですね。
ただあれが、僕さっき言ったように技術に裏付けられたものじゃないと興味持てないって言った部分で聞きたいんだけども、あれって再現性あるなって思ったの。
ゆとりフリーターさんとのセッションは1回だけど、あの瞬間起きたことなんだけれども、
ああいうところに行く、一緒に探しに行こうっていうこの再現性に関しては、やっぱお二人の技術やお二人の所属する技術体系によって再現性あることなんだというのは確実に感じて、だからすごいなって。
人によって当然変わるわけじゃない。
そうですね。
ただ、ほんとこれって仕事になりにくいんじゃないって思ったの。
要は、あなたの最終職をサポートしますとかみたいな。で、最終職率98%を謳ってる組織だったら、それはクライアント集められるけど、どこに行くのかわからないものをサービスにするものを、しかも独立してね、やってるっていう。
30:14
そうなんですよ。
でも、それだとしても飛び込むだけの価値を感じたから、お二人だって全職とかなんてさ、みんながそれこそ安定した職業みたいなものでさ、望むような立派な代表的なとこだったりもするぐらいじゃないですか。
で、そんなのにこっちに飛び込んでるってことは、やっぱりここの技術体系とそこの価値みたいなものに、なんだろう、可能性感じてるから行ったんですよ。いや、そこなんとなくって言ったらちょっと不安になるんだけど。
いや、私、可能性ってよりも面白くてやめられなくなっちゃったんですよ。確かに技術はあって、再現性も確かにあるんですけど、でもセッションは全部違うじゃないですか。
1つも同じにならないし、同じクライアントさんとやっても、もう次の回はまた全然違うしっていうので、もう本当に飽きないし、なんていうんですかね、なんかそれで面白すぎてやめられなかったっていう、そういう感じのほうが強くて。
で、だんだん管理職とかにもなっていったら、どんどん会社に使うべき時間もどんどん増えていく中で、こっちを切り捨てるっていうことがちょっとできないなっていう。そんな感じですね、私は。
僕はね、飛び込んだときには結構勇気はいりましたね。今とまた状況が少し、よりまだコーチングがそんなに今ほど一般的じゃなかったりとか、そういう感じもあったので勇気はいったんですけど、僕は面白かったのはもちろんあるんですけど、自分の体験がすごく大きかったんですよね。
それは自分が受けた。
受けて、結構悪い人生じゃないと思ってたんですよ。悪い人生じゃなかったと思うんですよ。
いや、絶対そうだと思うんですよ。
で、コーチをつけて、あ、俺なんか自分でこう思ってたけど、もっといろんな可能性があるんだなとか、あと人間関係とかで、とにかく自分は会う人と会うけど会わない人と会わないって世の中そういうもんだろうってすごく見てて、
なんかでも、なんか違うことがすごい受けて、あ、全然いろいろ関係作れるんだってことがわかったら、なんか世界が広がる感じがしたんです。
本当に、もうこの人、何言ってもダメな部下だよなと思ってた人とうまくいったりとか、本当そういうのがあって、なんか自分の体験的に、あ、これめちゃめちゃこれから可能性があるっていうより、僕自身がなんかちょっと突っ込んでみたいなって思ったんですよね。
33:20
いやー、なんかその、今話を言ったのって話せばわかるみたいな、すごく器用にいいポジションでやれてた自分がいたにも関わらず。
あ、そうですそうです。まさに器用貧乏だよな。
そこで自分から排除してたものに対してもアクセスできるっていう実感を得られたってことですよね。話せばわかるみたいな。
だから、前は話せばわかるってなんとなくそういう行儀よくやってたんですけど、こういうことやって明らかになったのは、あ、人間わかり合えないっていうことからスタートしたほうがいいみたいな、なんか変なパラドックスみたいな感じしたんですけど。
だってコーチングも実際そういうところあるもんね。
ハッシーが思ってることや、ハッシーが相手に対して影響を与えたいっていう気持ちっていうのはとりあえず置いといて、相手の今の状態にただただフォーカスして聞き続けるっていう、一緒に気づいていくみたいな役割だもんね。
そもそもわかり合えるっていう前提すらない世界じゃないですか。
本当に僕らあんまり共感って言葉使わないようにしてるんですよね。
人とつながっていくときに、相手の気持ちがわからなきゃって、それは悪いことじゃないんだけど、ちょっと強くみんな私もそう思うって言わないといけないみたいな空気は逆に苦しくしちゃうなと思って、そんなわけがやっぱりないから。
そうなんですよね。見てて、それに僕はアグリしてるわけじゃないんだけど、その人にとってどうなのかってことに意識を向けてるから、なんか逆に話が聞けるんですよね。
だから本当に今の現代、すごく貴重な回路で話してる。
確かに確かに。
だいたいが共感をベースにして話そうとしちゃうじゃないですか。
家族だろうが、友達だろうが、メディアにあるものに対しても。
それが外れてるって実は相当レアなんですよね。
そうですよね。だからさっきの面白いって言ったのも一つそこにもちょっと関係するかもしれないんですけど、共感はしてないから、その人が今どういうふうに考えてそうなってるのかっていうのを聞いていくので、
なんか、それをやりたくない理由とかを聞いていくと、え?そこ?みたいな。
そこを気に入ってそれやりたくないの?とかできないの?みたいなのが、結構自分じゃない、思いつかないようなところが引っかかってたりとかして、
そういうのとかも本当になんかこう、うわー、人間って面白いなーっていう、なんかそういう面白さはありますよね。
でね、もう一個可能性すごく感じたのが、よくみんながぶち当たってる罠なんですけど、さっきの没頭できないというのと一緒にもう一個なんですけど、
36:10
なりたい自分になる、好きなことを仕事にするっていう呪い、今、Googleさんが歌ったことによってっていうか、もう全員が呪いかけられてるじゃないですか。
で、なりたい自分になる、好きなことが見つからない、みたいな悩みってよく聞くんだけども、
クリエイター志望の子ですら、自分がなぜこれをやりたくてやってるのかどうかすらわかんなくなっちゃう子が結構多いんですよ。
そもそもなんでやってるの?っていうところをフォーカスして聞いていくと、あれ、僕ってこれやりたかったんだっけ?みたいなことを言い出すんですよ。
で、やっぱり聞いていくと、作りたかったものがあるわけでもなく、やっぱり憧れてたなんかの姿になりたい自分がいるだけっていうか、
その到達したい、自分がなりたい、自分じゃなくて、なりたい状態だけを。
何者かになりたいみたいな。
そうそう、まさにその何者かになりたいっていう漠然としたイメージで、とりあえず今好きなものがこれだったから、始めようとか音楽始めようってやっただけで、
実のところやりたかったことは音楽じゃなくて、あの状態になりたいっていうことだったっていうことが結構多くて。
で、僕って、僕がクリエイターと付き合ってるときで、そこを掘り出していく作業ってものすごく大変なんだけど、
コーチングのやり方を見ていると、そこにかなり早く気づける。しかも、僕に言われたからじゃなくて、本人が内発的にそこを言い出すというか、自然な状態で言い出す仕組みだなって思ってるよね。
実際そういう自分が思ってた囚われのような夢だったり、ポジティブな意味でも何か抱えてたものが、コーチングしてたら全然違うところに動機や欲求があったっていうことってよく起きるんですか?それはある?
うん。すごくあると思いますね。何て言ったらいいんだろうな。なんかこう、すごい思い込みがやっぱりあったりするんですよね。前提が。やっぱりこう、何かにならなきゃいけないか、なんかわからないけど、何かの前提にすごく動いてることが。
大抵の場合、それを聞いていくと、そうしないと、何か自分は多分価値がないみたいなところに繋がってっちゃうみたいな思い込みが人には大抵あると思っていて、だからそれが外れたときに、でも僕面白いなと思うのは、外れたときに逆に同じことを選ぶ人もいて。
39:01
ミチクロさんもそういうのあったりするんですか?
いや、まさにまさに。だからその自分の欲望、根源的な欲望に気づいたからこそ、そこにちゃんと割り切りがついたから、もう一回漫画に集中できるようになるとか、別に道は変わらなくて向き合えるんだけど、明らかに自分を苦しめてるものは外れる。
いい意味で、僕はこんな欲深い人間なんだ、その要は、僕の、ちょっとごめんなさい、事例で言うと、マニアックなまま輪っか書いてるような人は、それが自分の特性だと思ってやってたんだけど、でも聞いてくとどうやら、なんかジャンプでトップ取りたいみたいな欲望も並列で持ってたりして、でもオリジナルじゃなきゃダメだ、真似なんかしたくないみたいなこと言ってんだけど、
別にそこに理由ってなくて、やっぱり聞いてくと、漫画をマニアックにやりたい自分、カッコつけたい自分よりも、やっぱりこう到達した何かの欲望の方がすごい強いって、割り切った人って、なんかマニアックだった自分とか、人と違うことをわざとやろうとする自分みたいなの外せるんですよね。
そうすると、すごく素直に今自分の持ってる素材から人に伝えるための表現に一気に変わって、それが形状では強制できなかったポップなものを作るし、人に嫌いになるとか、曲げ込まれるんですよね。
目指したい目指したいってやってたんだけど、実は本当に好きなのって表現そのもので、もうマニアックな方が向いてた、みたいな。結構とらわれでずれてるパターンがあって。
コーチングって、すごい新たな解決策が見つかるみたいなことは、そういうことももちろんあるかもしれないですけど、あんまりそういうことよりは、もともと解決策とかやることってそんなにないんですよ。
だけど、それに取り組む自分の意識が変わることの方がはるかに意味があって、やることはそういうのいいよねってわかっていたんだけど、やっぱ違うんですよね。
僕ね、いまのめちくろさんの聞いて、理由がわかんないっていうのが、僕はすげえいいなと思うんですよ。
なんていうか、理由がわかんないけど、やりたいと思ってることは、だって理由がないのにやりたいんだから、相当大事なことですよ、その人にとって。
だから、最初に2人した質問がそれだよね。
独立語のリアルをやってる理由ってさ、もはや理由ないじゃん。
ないんだよ。
そうか、なんかすげえ綺麗にランディングした。
僕は本当、純粋にクリエイトのものにフォーカスするので、スキルがどうとかクオリティがどうとかじゃなくて、内発的な動機によって作られてるものかどうか。
動機があるのかどうかすらもちょっとわからないんですけれども。
42:05
だから、理由がないことに悩む人が結構多いなって思うんですよね。
それはなぜかというと、理由をみんな聞くから。
それはなぜやりたいですかとか、あとはやっぱり言語化ってこともそうだし、
たぶんでも、本当にアーティストの人とか、それこそけいこの好きな岡本太郎さんとか、たぶん関係ないよね。
ただやってるって言うと変だけど、でも相当なそこには情熱があって、でも理由はこれこれこうで、
結果的にいろいろ貢献してるかもしれないですけど。
結局やっぱりどう考えてるかっていうよりも、どう感じてるかっていうことのほうがすごく大事で、
なのでこのコーチングでもやっぱり体の感覚もそれも手伝ってくれるんですけど、どう感じているのかっていうことと、
それは未来どう感じるだろうではなく、今どう感じてるのっていうことがすごく大事で、
今はよくわかんないけどこれを没頭したいとか、あるいは没頭したほうがいいのはわかってるけれども、
今はそれはやりたくないのであれば、やっぱりその今を大事にしていくと、またその先の展開が変わってくるんですけど、
なかなか今にいないじゃないですか、この今感じてることにフォーカスは結構やってます、やってるつもりです。
スポーツ選手だろうが、クリエイターだろうが、普通のビジネスパーソンだろうが、
今自分がやりたいことに没頭できる時間が毎日連続してたら一番パフォーマンスがいいに決まってるじゃないですか、
でも人はそれが一番難しくなっていって、それは他人や社会や環境や、
まさにもっと難しいのは自分がそこに湧くフレームを作ってしまうっていうことによって、今の自分に没頭できてない。
だからそこを外すための言い方を変えればセラピーとも言えるし、トレーニングとも言えるし、
トレーニングだと?
トレーニングかもしれないけど、トレーニングのように聞こえたっていうか。
トレーニングって本当にそうで、特に企業にいる人とかって自分のことを話すのが本当に難しい人が多いんですよ。
それはなぜかというと、ほとんど周りの人の空気音で、そういうつもりがなくてもですけど、
ほとんど誰かの期待に応える会話にめちゃめちゃ長けてるんですよね。
マジでそう思います。
だからそこのトレーニングはね、相当する感じで、なので僕らは体に意識を向けてもらったり、
体は絶対今なんですよ。
嘘つかないんですよね。
45:01
嘘だよね。
そうなんですよ。
どんなにこれがいいものとか、プロコンでいいと言われても、やっぱり体はそれにあんまり喜べなかったり、
逆もありますよね。
もうボロクソ言われてて、そんなのやってどうするんだって言われても、
でも俺これなんかいいんだよなみたいな、恋愛とかもそうかもしれない。
そういうものに意識を向けてもらうのは、本当にトレーニングだし、そのためには僕ら結構話を中断するし、
この前結構しました。
じゃないとね、状況をみんなやっぱり話して、自分の居心地のいいモードにして、
あまり自分に向かないようにいくんですよね、悪い意味じゃなくて。
なんか分かりますよね。向き合わないときってすごいそういう話するんでしょうね。
知識や経験が自分にしっかりつけばつくほどそれができなくなるっていうか、
言い訳を上手にできるようになる。
他人に対して会社の中でできてるうちはまだいいんだけど、
自分に対する言い訳もどんどん上手になってくる。
そうなんですよね。
言い訳の成功体験が積み上がってるから、それが自分だって思っちゃってる。
でも、クリエイトや集中や没頭みたいなものには一番それいらなくて、不思議なことにね。
なんでポッドキャストに向いてるかっていうと、音声ってそれが手に取るように分かるんだよね。
視覚情報とかがないから、リトリーフリーターさんの心の日々や感情の動きや、
気づいた瞬間みたいな気づきそうな予感とかもありありと音声に記述されていて、
だからコーチングの模様って本当に、さっきトレーニングって言ったんだけど、
彼女のトレーニングの模様を聞いてる僕がセラピーされてる感じになってたんですね。
結構ね感想でそういうのいただきました。
あれを聞いて、なんか自分がすごく自分に刺さったみたいな感想が。
だからね、プロモーションのつもりでやってないかもしれないけど、
あれをやることが一番コーチングにとってのプロモーションだなと思った。
しかも来発的動機で受けたいって思ったくなると思うんだよね。
悲しいことに、ストリームリーダーさんの体と心って彼女のものなので、
僕がどんだけ共感したり相乗りしても、あそこには同じ実感を得られないんですよ。
フィクションとかって自分が感情移入すると、主人公の感情に乗っかって気持ちよくなったりできるんだけど、
コーチングのあの模様って、やっぱり彼女とハッシーがやったセッションの模様なので、
セラピーされてるんだけど、あれを体感したかったら、やっぱり自分がクライアントにならないと。
48:03
やってみることしかないですね。
やりたくなると思いますよっていう。
なるほど。やっぱりちょっと路線を変えてきました。学立後のリアル。
独立のためのコーチングとか。
やり始めて、僕らはコーチングっていう領域では、いろんなコミュニティがあったり、それは素晴らしいことで、そこはもちろん大事なんですけど、
同時にもうちょっと広いところに伝わるといいなと思って、あえてコーチングコーチングした話を置いといたんですよね。
でもそういうところから来るものを話したんだけど、3年ぐらいあって、そろそろタイミング的にもね、本当にこの間の1周年でたまたまなんですけど、
でもいい機会だから生まれてやってみて、僕らもこれやって、いろんな発見がありましたね。
あの形でよかったなって私も思ってて、普段コーチングの話をしないのは、コーチング以外の方々と出会いたいからっていうのがあるんだけど、
もう一つ実は難しいことは、セッションでこういうことがあってねみたいなことって、もうすぐにクライアントさんの趣旨義務に触れちゃうし、
あるいはこういうクライアントさんってこうだよねって、例えばそういう話しちゃうと、その人が聞いてるかもしれなかったら、その人にとってすごいインパクトがあるじゃないですか。
だからもう絶対それはしないようにしてて、例えばクライアントさんの身に起きてることも私の身にも起きるわけなので、できるだけ自分ごとで話すようにしてるんですけど、
そういうことを話すよりも、本当にセッション丸ごとを聞いてもらうっていう形の方が、はるかに伝わるんだなっていうこともすごい感じたんですよね。
あれはね、切り抜きやプレゼンじゃ絶対伝えられないと思った。
切り取られない生のものをそのまんま伝える。
そうですね。だから、ホットキャストじゃないとっていうのはその辺ですよね。
YouTubeとか、情報としてっていうものに長けてるものとだいぶ違う、ちょっと呼吸の感じとか、ある種の間とか、そういうのがすごく合ってる感じなのかなっていうふうには。
やっぱりそれが形を変えてYouTubeとかになった瞬間から、モニターの向こうにいるものに対しては、やっぱり人ってエンターテイメントを要求しちゃうんですよね。
だからためになること、答え、面白いことをしてくれるはずだ、この人はとか、これは何点とか思うぐらいの感情に人ってなる、欲張りなエンターテイメントを求める感情が芽生えるので、
51:01
それって場所としても心理的安全性が成立しないし、お互いにとっては嬉しくないなと思う。
ホットキャストのいいところはそこで、だからむっちゃ相性いいし、だからお互いにとっては安全っていうかね、リスナーにとっても安全なんですよね。
なんか僕はコーチングっていうことが見せられた面白さもあるんだけど、ポッドキャストって意味でいくと、今回ゆとりフリーターさんの素晴らしさに感動したとかっていうコメントとかもらったんですよ。
クライアントさんとか、こういう関わりをすることで、彼女の素晴らしさとか、彼女のある種の生き様みたいなところでもあるじゃないですか、そういうものが伝わってくっていうのは、コーチングで何か技術的なことがフィーチャーされるというよりも、その人の素晴らしさがすごく短い時間で、
インタビューとかもね、そういうことなんだと思うんですけど、ある種のちょっと違う、すごいらしさが丸ごと出たじゃないですか、美しさも強さも脆さも、いいとこばっかり伝えていいですよねっていうんじゃない、やっぱり脆さみたいなものが出たときの美しさってあるじゃないですか。
だから、成功したもの、うまくいったものに人は感動するんじゃなくて、全部が出てる。
例えば、あそこで彼女がうまく自分の言葉にできなかったとしても、あの状態を見せられてるだけでも、人ってそこ美しいと思うもの。
思いますよね。
絵なんかもそうじゃん。だから、必ずしもしは事実的に完璧なものがいいんじゃなくて、本人がちゃんとうちなる世界に没頭して描きたかったものっていうのを、その人が持ってる技術のまんま、存分に発揮できたものって人の心を動かすじゃないですか。
だから、けいこさんが最初に言った、言えないことなんてない。
本当はね。
それか、僕程度の人間なんかの経験値や言葉なんて、誰にとっても面白くないんじゃないかなんてことをある意味思うじゃないですか。
でも、そんな人でも自分の思ったことをそのまんまバッと出すと、人を心を動かせたり、美しいと思ってもらえたりする。
自分が見にくいって思ってるものですら、人ってそこに感動したりするっていう。
まさに太郎さんの世界。
コーチングって私、学び始めて知ったことなんですけど、コーチングってアートなんですよね。
私、全然自分はアートのセンスは全くないと思ってたし、全くクリエイティブな人間じゃないと思ってたんですけど、
これ学び始めた時に、あなたはクリエイティブなのよって、私たちはみんなクリエイティブなのよっていうふうにリーダーに言われて、
54:09
あ、そうか、私もクリエイティブなのかって思って、そこから結構変わった感じがありますし、
セッション1個1個が本当にアートだなって、旅とも思うんですけど。
今、コーチングのクライアント、ニーズとしては、やっぱりビジネス用途みたいなものが、どうしてもお金が発生する特性状になってるんだけど、
僕がすごく感じたのは、今回一人フリーターさんもそうですけど、クリエイター、アーティストみたいな人にすごい、めっちゃ必要だなって思いました。
いつでもセッションしますんで、いつでもつないでください。
ただ、アーティストの難しいところって、そういう問題が自分にあるっていう、自覚ができるところまではすごく難しいっていう。
意外と自己対話ができてるって思ってる。
なるほど、なるほど。
って考えると、僕からするとそこに罠があるよって思うからこそ、コーチング受けた方がハマるなって思ったんだけど。
ちょっと詳しいことは言えないですけど、僕、アーティストの件は、そういう話ってね、すごく実はちょっと自分が関わったことがあって、
あと、なんか思うのは、芸能界とか、なんかある種これまで、今なんか変わってるじゃないですか、すごく。
で、自分たちで決めてやっていかなきゃいけない度合いが高くなった中で、こういう関わりとかは結構必要なんじゃないかなんて話を、ちょっとそういう人たちと話したことがあって、
実際そういうことやってる人もいるんですけど、なんかそういうのあるかもしれないですね。
これまである種ちょっと遠いと、そういうのは無縁で、なんか自分の才能だけでやるみたいに言ってたところが、
多分そういう自分の才能っていうのは、誰かとの関わりの中でしかやっぱなかなか、なんていうの、明らかにならないっていうか。
だから自己対話を一番できてるっていうようなジャンルに思えるけれども、僕からすると一番そこがモノ派の通り。
なるほどね。
鏡がない状態で自分の囚われを作り続ける人種でもあるんですよ。
で、今現代、より最近よく言われるのが、クリエイターのメンタルヘルスって、そこをサポートする機関や体系が全くなかったからこそ、今ものすごい問題になってて。
そうなんだ。
で、メンタルヘルスっていうとさ、どうしても精神科とかみたいな、そういうセラピーとかみたいな方向の処置しかできないかのように見えるんだけれども、
なんかコーチングを聞いてると、コーチングをすることによって結果、メンタルヘルスの、なんかすごく効くみたいな感じがすごいしたんだよね。
だから自分にフォーカスさえ向けられれば、クリエイターなんて伸び伸びいきなり人間だから、自分にフォーカスが向かなくなっちゃってるからやんじゃう人すごい多いので。
57:05
で、そこがもう分かんなくなって、表と裏が分かんなくなってる。
自分の問題なんだか、他人の問題が憑依しちゃってるのかも分かんなくなっちゃってるっていう人もすごく多いんで。
なんかアートって、自分を追い詰めていくようなところに、だからこそ得られるものがあるみたいな、そういう世界も少しあったりしますかね。
もちろん、だから多分、自分の中に入っていって、見たものを外に出すっていう技術を持ってる人たちではあるからこそ深く潜るし。
でもなんかそれが逆にちょっと重しになりすぎちゃってるっていうか。
だから、役者さんが役にハマっちゃって戻れなくなるのを解除するためのトレーニングがイギリスとかは体系化されてるんです。
それと同じように、クリエイターも自分の中に入り込む作業と外に出る作業っていうのを自分でスイッチを往復できなかったら、本来あんなに過酷なことできないはずなんだけども、そこがやっぱり教えられてないし体系化されてないので。
できる人はできるし、できない人はできない。できなくなっちゃった人って本当にどこまでも深く入っちゃうので。
だからやっぱり生命に関わるようなメンタルの問題が起きちゃうので。
だから自分にフォーカスを当てたり外したりっていうことをトレーニングとしてコーチングで体験できればね。
トレーニングっていうのはでもなんか僕すごいしっくりきますね。
そういうことにだんだん自分で気づいていったりとか、自分は今結構周りの声にやられてるなとか。
で、ちょっと自分にちゃんとつながってみようみたいなことを意識できるとか、そういうトレーニングをやってるとも言えるね。
今に居続ける筋肉とか、それ本当筋肉だと思います。
こういう話じゃないちょっとスピリチュアルのお話だと、私の一生の何かを見つけたとか、本当の私があったみたいな確実な何かが見つかるかのような、同じようなサービスだよね。
そういう気にさせるサービスあるけど、コーチングを聞いてる限りはそういうものが見つかるんじゃなくて、
自分にちゃんとフォーカスを向けるための習慣がついてくる。意識の中でついてくるだけなので。
でも分かりやすいのは、これが見つかったっていうのが分かりやすいんですよね。
それだと商売しやすいだろうし、売れるし、サブスクリプションで何かの関連もできるんだろうけど。
僕らはすごいその辺はそういうつもりはなくても、そういう風に聞こえちゃったりとか、あんまりキラキラしたもの。
僕も好きを仕事にするみたいなことを掲げるみたいなキャッチーなものについては、去年も2人でアイデア出して東洋経済に記事出したんだけど、そんな別に好きなものを仕事にしなくても全然。
1:00:15
業界的に気をつけないとなっていうのはすごい感じます。
そういうインパクトになっちゃってないかなとかね。
だから同じコーチングっていう成り場に関わる方でも、やっぱりそういう甘い果実に手を出しちゃう人もいるだろうし、
それを否定して戦うような派閥観抗争をするようなものでもない。
ただ誠実に取り組みをやればやるほど、コマーシャルなことって違うってなるから、その声って届きづらくなるし。
だから生のまんまのセッションを、ポッドキャストのような形で会話されるような仕事が結果的に一番多い。
クライアントを見つけるというよりも、コーチングというものを知ってもらうというか、そういうことにつながるのかもしれないですね。
僕らの仕事は、ある種クライアントの本来の素晴らしさとか、いろんなものを含めた意味でね。
そういうものが現れたりとか、そういうものだと思うので、それが伝わるといいですね。
一方、ラジオでテレフォン人生相談みたいなものとかのヒットコンテンツあるんですけど、
あれはあれで、人の危険が持っているやましい気持ちみたいなものにすごくくすぐるコンテンツでもあったりするので、
そういう意味でいくと、ある意味エサみたいな要素ができちゃうんですね。
なんかすごく変な人生相談と、それに面白く答える人っていうのがどうしても求められる。
バッサバッサ。
人生相談、相談の内容が闇であればあることを人を刺激するし。
そういう風が起きたりするし。
考えると、こういうのってそもそもすごく危険なコンテンツなんだけど、
でもコーチングがありだなと思ったのは、まさにホットキャストであるってことってすごく大事で。
要は自分で選んで再生ボタンを押さない限りは聞けない。
またコーチングの模様ってどこがAメロでどこがBメロでどこがサビかは見えてないコンテンツなので、
それが1時間のセッションだったとしても、
結局全部を聞かないとそこの文脈って面白さもわからない。
あと面白くないっていうことすらもあり得るみたいな。
だから面白さを担保してないコンテンツだからこそ安全だなと思って。
確かにね。
人を非評価にしないんですよね、模様って。
1:03:07
その人を悪くしないっていうのは、
よく僕らもデモンストレーションでみんなが学ぶ人の前ではやることがあるんですけど、
その人を悪くしないっていうか、そういうふうにしないっていうのはすごい大事なんですよね。
例えばうまく答えられないくて、うまくいかなかったみたいなことになっちゃうと、
それは全然そんなことしたいわけじゃなくて、
そういうことも含めてめっちゃリアルなんですよね。
そこが面白かったかどうかっていうものはどうでもよくて、
ただそのまんま出されたものだと人って意外とそれ自体美しいと思う。
確かにね。
作為的じゃなければないほど。
うまくいってなかったところも、こういうことでうまくいってなかったんだねみたいなところも分かりながら聞いてくれたりするとかそういうことですかね。
それができるっていうのは確かにいいね。
面白いね。
YouTubeとかじゃイメージ湧かないもん。
確かにね、次どうなるのとか、全然落としどころなかったじゃんみたいな。
テロップ入れてごまかすみたいな。
なんでましてや受け手の勝手なアングルからの批評やコメントみたいなものが入るから、
だからやっぱりどんだけ心をそのまんま出しても、
そのクライアントって必ず傷つく構造があるんですよ。
批評されてしまうっていう。
ポッドキャストでゴージングをまるまる出すっていう時点で、
なんか面白いかどうかっていう期待で聞かない。
期待で聞かない。
そもそも。
あの回予定してたより長くなったんですよ。
本当に20〜30分のはずだったね。
30分超えたんですよね。
だからみんな最後まで聞くかなってちょっと心配してたんですけど、
たぶん私たちが今まで配信したものの中で最も途中のリダレッツ率がない低いんですよ。
だからみんな聞いてるんだと思って、それ結構嬉しい驚きでした。
そうだね。
でも確かにあれ聞き始めたら途中であんまやめないかもね。
気になるもんね最後。
なんか本当に平坦な話をずっとしてたら、たぶんさっさと、それこそさっさと降りるかもしれないんだけど、
なんかある種どうなるんだろうとか、そういう彼女のね、なんか気味とか、なんかあの呼吸の感じとか、
ちょっと動いてるリアルな感じとかが、たぶんすごいこうある種引きつけるっていうかね、
なんかそうなんだよな、そういう魅力的なんだよな。
1:06:03
なんかニヤニヤしてるけど。
彼女のやっぱりなんかその、まあ2人でっていう言い方もできるんだけど、
なんていうんだろうな、そういう魅力なんだよな。
面白いなんかためになるというよりはね。
なんかこの2人のやりとり自体が面白かったりもするじゃないですか、それ自体が。
さっきけいこさんがアートだって言ったのもまさにそうなんだけど、
映画でも、面白い映画、面白くない映画、いろんな切り方できるけれども、
ストーリーの起承転結が納得いったっていう面白さと、そうじゃないいい映画ってあるじゃない。
だからそれでいくと、ストーリーの起承転結がうまくいって、
あと主題が魅力的だったりする映画って、ショート動画が作れるんです。
ああ、なるほど。
全部カットアップして、目次的にサマリーしたような2時間の映画を10分にしても、
その映画の良さって伝えられるんですね。そこの魅力だけ。
ただそうじゃない、映像や役者の息遣いや、とにかく場面転換、
全体的に流れるアート的な美しさの作品ってあるじゃない。
話はよくわかんないんだけど、すごくみんなの印象に残ってる。
それが今のポッドキャストっていうか、今のこの前のゆとりフリーターさんの会に近いというか、
あの30分ってお話としてどういうお話でしたかっていって説明できる人いないはずなんですよ。
確かにな。
でもあそこで流れてた2人の呼吸や場合やセッションみたいなものっていうの自体がアートなんで、
そこって切り取ることもできないし、入れ替えることもできないんですよ。
確かに。
だからやっぱりアートである限りはもうそのまんまで全然美しい。
俺今話してて、僕昔から映画とかにしても何にしてもなんかね、
ハッピーエンド、完全長枠、なんかこうハリウッドどんどん、最後ダーンみたいなのがあんまり得意じゃなくて、
好きじゃないので、なんか最後これどうなったのこれみたいな、デビット・リンチとかすごい好きで、
ハッピーでもなんかもう訳わかんないみたいな、
それもしかしたらこの商売のちょっと好きなことかもしれない。
だから合ってるのかも。
デビット・リンチの映画って善なんですか悪なんですかどういうオチだったんですかっていうの証明できない。
できない。レコメンドしづらい。
でも人を引きつける言語化できない魅力っていうのはあらゆるところに詰まってるから人を魅了するわけで、
たぶんね、お二人のやってるセッションってそういうことだと思うからそのまんまでいけるんじゃないって思ってる。
なるほどね、だからハリウッド映画みたいには売れないってこともわかんない。
1:09:02
たぶんそれをやるんだったらコーチングっていう技術体系じゃないんだろうなと思った。
だから独占戦術とかやったほうがいいだろうしみたいな。
あとズバリ言葉用をやればいい。
キャラ立ててテレビにああいうこともできなくもないし、そういうことじゃないんだろうな。
これはなんかポッドキャストでやるんだろうな。
なんかできたら面白いね。
西倉さん相談に。
出る方との出会いとかもあるんでしょうか。
全体の構造みたいな話のアドバイスは何本でもするんで。
でもなんかポッドキャスターさんをとしての素晴らしさみたいなのを紹介できたのも結果的にすごく良かったなと思うし、
声だけしか出てない人たちだから余計良さも伝えられたりとかね。
そういう面白さとかもすごくあるなと。
あとシンプルに僕はポッドキャスト全体を見てる人間としてはすごく新しい聞く技術の体系にも見えたし、
ポッドキャストをアートとして捉えたときにすごく理想的な形にも見えたので。
さっきのその面白さを期待させないって何ておっしゃいましたっけね。
エンターテイメント的な期待をさせない。
それすごいなんか刺さりました。
ありのままの抽象画のような音声コンテンツってあるはずね。
それの可能性を見たって感じ。
確かにね。
せっかくなのでね、雑談に来たのにお酒も飲まずに。
お酒タイムしましょうかね。
ごめんなさいね。
いやいやいや、面白かったです。
ちょっとこのテーマすごく僕もずっと考え続けてるのでね、また都度都度。
それは光栄でございます。
下世話の話もぜひしましょうか。
私このセッション大好きで。
こっちのフラム雑誌。
すっげえ緊張してたもんね。
うん。
これに出れる方の嬉しさの方がちょっと緊張が回ってて。
カランカランっていうのが最初に入るのかなって。
楽しみにして。
これはこれでまた編集するんで。
じゃあ今日はありがとうございました。
ありがとうございました。
ありがとうございます。
この番組は東京東中野にあるクラフトビアバー雑談で収録しています。
厳選されたクラフトビールとこだわりのスパイスカレーを楽しみながら
1:12:01
世な世な繰り広げられる雑談に参加したい方は概要欄をチェック。
では次回の更新をお楽しみに。
01:12:28

コメント

スクロール