1. 伊藤由美子のCozy Space
  2. 第250回「心を揺さぶる¨チャー..
2026-01-25 37:20

第250回「心を揺さぶる¨チャーミング¨な表現者とは」出版プロデューサー:渡辺末美さん(後編)

spotify apple_podcasts youtube

インタビュー後編は、雑誌編集長を務めた「山陰スタイルブック」時代に起きた忘れられない出来事からスタート。渡辺末美さんが守り抜いた信念とは何だったのか。さらに、数々のレジェンドたちを間近で見てきた渡辺さんが語る「チャーミングな人」の定義、そして人生の大きな岐路に立ったときの「判断軸」についてお話を伺っています。

◆目次

() オープニング

() 音楽雑誌編集者時代を振り返って

() 編集長「山陰スタイルブック」時代に

起きた出来事

() ミュージシャン 小山卓治さんの印象

() 甲斐バンド・松藤英男さんの印象

() 「チャーミング」だと感じる人

() 渡辺末美さんからの逆インタビュー

:伊藤由美子へ聞きたいこと

() 人生の選択における「判断軸」とは

() 渡辺末美さんの今後の展開

() 渡辺末美さんにとって

「居心地の良い場」とは

() エンディング

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

◉渡辺末美(わたなべ・すえみ)さん

プロフィール

『イマジン・イマジン』代表

https://imagine-x-imagine.webnode.jp/

出版プロデュース/コピーライティング/編集相談/

音楽イベント/広告代理業務 等

1961年、鳥取県米子市生まれ。テレビの専門学校卒業後、TBSのアシスタントディレクター、フロアディレクターの仕事を経て、音楽雑誌編集者として数々のミュージシャンへインタビューを行う。インタビュー実績は1,200本以上。執筆した原稿も、同じく1,200本以上。出版に携わって足かけ44年。出版のプロデュースに携わるようになって丸11年。12年目に突入。その間、プロデュースした作品がランキング1位を獲得し、また、まったくの無名著者の作品をベスト10にランクインさせた実績をもつ。

自身の主な著書には『ラーメン屋店長のユーウツ』((株)エンライフアカデミー)、『地獄の底の そこにあった天国』((株)エンライフコミュニケーション)などがある。

サマリー

このエピソードでは、出版プロデューサーの渡辺末美さんが音楽雑誌編集者としての経験を語り、居心地の良い場について考察します。また、人生の分岐点や、やりたいことを実現する大切さにも触れています。さらに、渡辺さんが「チャーミング」な表現者について話し、チャーミングさの重要性や松井さんのユニークなキャラクターを取り上げます。多様な表現者との出会いとその魅力についても考察します。彼女はチャーミングな表現者としての役割において、記憶を記録することの重要性や自己表現の難しさに焦点を当てています。そして、今を大切にしつつ、未来に向かって志を形にすることを目指しています。

00:08
こんにちは、番組ナビゲーターの伊藤由美子です。
藤由美子のCozy Spaceへようこそ。
Cozy Spaceとは、日本語に訳すと、居心地の良い場という意味になります。
この番組では、居心地の良い場とは何かということをテーマに、あなたらしくいられるちょうどいい場所を見つけるためのラジオ番組です。
毎回素敵な方々にインタビューさせていただき、ついつい夢中になってしまうことや、個性を生かして自由に生きること、そして日々気持ちよくいられるヒントなどをお伝えしていけたらと思っています。
伊藤由美子のCozy Space第250回、2026年1月のゲストは、出版プロデューサーの渡辺末美さんです。
渡辺末美さんへのインタビューは、第249回と第250回の前半後半に分けてお届けしています。
渡辺末美さんへのインタビュー後半は、前半に引き続き、音楽雑誌編集者自体の話、そして末美さんにとっての居心地の良い場についてお話ししていただいています。
では早速、渡辺末美さんのお話をお聞きください。
渡辺末美の音楽雑誌編集者としての経験
音楽雑誌の編集者としては、何歳から何歳くらいまでやっていらっしゃるんですか?
82年から85年にアリーナを辞めて、フリーランスでいろんな雑誌で書いたりしている途中から、
学研のThe Best Hitという音楽雑誌の編集に関わるように
フリーでやりながら
編集に関わるようになって、最終的に編集部に所属することになったんです。
そこまで、それは何年くらいなんですか?
91年までです。
10年近い?
そうですね。トータルで約10年です。
20代、30代前分くらいまで関わっているんですね。
先ほど、今とまた違うかもしれないとおっしゃったので、そこを聞きたかったんです。
20代から30代の末美さんがインタビューされたものと、
もし今、音楽雑誌の編集者だったら、そのインタビューは明らかに違うでしょうね。
違いますね。
ですよね。
ただ、今はあんまり音楽雑誌の編集者はやりたくないですね。
音楽をやっている人も、素敵な人たくさんいらっしゃるんですけど、
由美子さんみたいに、いろんなジャンルの人にインタビューしたいですよね。
そうですね。
限ったことにしない。
そういった理由でも、音楽という括りで、別に絞らなくてもいいんじゃないかということですね。
なので、僕はサインスタイルブックという雑誌、地方誌を編集長と、
ほとんど僕がインタビューを執筆したんですけど、の雑誌があって、
それは本当にいろんなジャンルの方に来ました。
それは東京からこちらの鳥取県の与那子に戻ってから、それをやってらっしゃるということですよね。
でも、その写真を見させていただいた時に、
相川七瀬さんとか、表紙に奥田民雄さんとかが出ているというのは、
過去の繋がりで出ていただいているんですよね。
そうです。
すごいなと思いまして。
でも、音楽雑誌ではないってことですよね。
そうですね。役者さんとかもインタビューしてますし。
へー。
そうなんですね。
役者さんもそうだし、地元のいろんな洋服屋さんのオーナーとか、
いろんなジャンルの人のインタビューをそこでやらせてもらったり。
音楽の枠を取っ払って、自分の興味があるところで。
そうです。
そこは、スタイルブックは何年くらいまでやったんでしょうか。
スタイルブックは短かったですね。
というのが、すごく一番調子に乗っている時に売上が良くて、
地方紙なのに、新宿の国の木の木屋さんで平積みされていた地方紙なんですよ。
へー、そうなんですか。
今はないけど渋谷の青山ブックセンターとか、
いろんな大手書店さんで平積みをされた地方紙ですごく調子に乗ってたんですよ。
調子に乗ってた。
通販が始まったタイミングぐらいの時代背景で、
全国津々浦々と海外からもオーダーをいただいたりしてた地方紙で、
めっちゃくちゃ調子に乗ってたんですけど、
人生の分岐点とやりたいこと
その時に父親が突然事故で多回をしていなくなっちゃって、
ある年の8月、真夏に1週間ぐらい東京出張して、
いろんなブッキングを重ねて、
及川光弘さんのインタビューなど長いインタビューをしてて、
インタビューが終わった直後に連絡が入って、
それはもう飛行機も何もない時間になってしまって、
1人でホテルに一泊朝まで待つっていう時に、
すごい一晩考えてですね、
ちょこで亡くなったので何も予期してないわけですよ。
ただ後で振り返ったら、1週間10日ぐらい前に、
父親が海が見えるいい墓地を見つけてきたんだよって。
え、そうなの?って聞いたところ、
だから10日後に本人が突然この世からいなくなるんですけど、
なんか遺言のようになってしまったので、
そこの言われてた墓地行ったら確かに海が見える、大船も見える、
これはここに墓地作る場合に道はないしと思って作ったんですけど、
そういうことがあって、話戻しますと、
人はいつ死ぬかわからないっていうのを強烈に思ったんですよ。
その日も。
で、生きてるうちにやりたいことやりたいなっていうふうに思ったんですよね。
で、スパーッと雑誌を辞めて。
それできっかけでもう辞めたんですか?
辞めました。
だって結局売上がすごいってことですよね。
めっちゃ調子に乗ってました。
やりたいことやろうと思って、神さんが有名だった
レディスのカジュアルショップを国道雑誌に出したんです。
全然違うじゃないですか。
全然違います。
それも奥様の希望で。
でもなんていうのかな、そうなんですけど、
夫婦それぞれいろんな考え方があっていいんですけど、
僕は結婚したら同じ時間を共有したいって思ってて、
でも調子に乗ってるときって出張とかすごく楽しくて、
全然家にいないみたいな。
もうちょっと夫婦一緒にいれる時間をどうやったら作れるかなと思ったときに、
夫婦二人で洋服屋をやったら、
もういいやっていう。
あそこまで一緒にいない方がいいでしょ。
でもパートナーシップに求めてたのは、
やっぱりできるだけ共有する時間が欲しいっていうところに、
その日も絆されたってことですよね。
そこに行ったってことですよね。
めちゃくちゃそこ人生の分岐点ですね。
父は分岐点でした。
もちろん次の日からってことではなくて、
取材をやっててので、その雑誌を作り終えてからなんですけれども、
あそこは完全に分岐点ですね。
そうなんですね。
神さんが腰を壊す2016年までお店をずっと二人でやってて、
その年、神さんが腰を壊しても無理ってなった時に、
それこそ得意としてた出版の仕事というか文章の仕事。
今は出版プロデュースとか編集者とか、
あとはもっと言うと、合わせて広告代理業もやってますっていうところを、
ずっと今そこから繋がってるんですけど。
そういうことなんですね。
でも、人はいつ死ぬか分からないって気を持ったっていうことで、
やりたいことをやろうと思って。
だから今の出版プロデュースはもちろんやりたいことでやってらっしゃると思うんですよ。
確かに本当にそうですよね。
だって自分だっていつ死ぬか分からないですもんね。
僕は結構若い時に近い人をたくさん亡くしてるんですよ。
なんか変えてらっしゃいましたよね。
なので、そういうのもやっぱり決断するのが大きかったんですね。
で、とどめが父親の突然の死だったので。
そういうことですね。
そうなんですよ。
いやー、なんかそれも全部意味があるって言うんですけど、
それを自分の中で解釈して馴染ませていくのに、
でもすぐに整理できないものじゃないですか。
できないですね。
それはもう自分一人でも整理できないし、
誰かがいてっていう話だともっと難しくなっちゃうので、
ただ、熱というか気持ちっていうかが伝わればと思います。
急にまた話変わりますが、
スレミさんとの、これ話に入れるつもりは全然なかったんですけど、
人との繋がりと印象
この繋がりを持たせてくれたのは、
このポッドキャスト番組と愛知県もよく出てくれてるミュージシャンの大山拓さん。
昨日もライブやってもらいましたけど、
彼の存在でここ繋がったと思うんですよ。
間違いなく。
間違いなくですよね。
大山さんとも、大山さんがデビューの頃から42年前ですか、
その頃からもうずっと友人ということもあり、
繋がってらっしゃるってことですよね。
はい、そうですね。
大山さんもさっきの82年って話ありましたけど、
83年デビューですもんね。
そうです。
だからそこから、その時からの知り合いってことですね。
そうですね。
ちなみにカイバンドの公式の機関紙も書かせてもらってたんですけど、
そうなんですか。
大山拓さんの公認のファンクラブ系っぽい機関紙も書かせてもらってたんですよ。
そうなんですね。
そういうのがあって、
もう大学生の手作りっぽい感じの機関紙なんですけども、
そうなんですね。
それでも嬉しいですよね。
嬉しい嬉しい。
そうなんですね。
だから、余計親近感があって。
そうなんですね。
でも最初にインタビューした日って覚えてますか?
全然覚えてないです。
そうなんですか。
全然覚えてないです。
印象は?
印象はもちろんもちろん。
歌、インパクトある割には会ってみるとすごくシャイで、
どっちかっていうと口数少ない。
かなり口数少ない。
そうですよね。今もそうですもんね。
頑張って喋ってもらっていいですか。
インタビューの時もそういう感じですか?
それは変わらないですね。
でも端的に答えてくれる感じですよね。
投げかけた言葉に。
リスポンスはいい感じで。
そうなんですね。
それが私のホットキャスト番組でもそういう感じで。
それも打ち合わせいつもないので、その時の感じで。
いろんな方と今まで接点あったかと思うんですけど、
今も今まで繋がってきてるっていうのは、
すごく貴重な。
ものすごくありがたい、嬉しいことです。
そうですね。ライブブッキングとかもされてますよね。
そうなんです。
多分2005年に初めて柳瀬子でブッキングさせてもらったんですけれども。
もうだから20年前か。
本当だ。20年前ですね。
20年前ですね。
柳瀬子は最初20年前ですね。
そうなんですね。
じゃあ柳瀬子さんが40代の頃からってことですね。
そうですね。
ってことは末美さんも40代くらいだったんですよね。
そうですよね。若かったですね。
もう今50代って聞くと若いと思っちゃう。
そうですか。
でも今も若いですからね。60代70代の方はね。
かつてとは違いますけどね。
かつてとは違うと思う。
塩の話がここでいきなり出ますけど。
そういった健康にも気をつけて、ちゃんといい塩を摂ってらっしゃいとかしてらっしゃるんですもんね。
だったら最初の印象と今はあんまり変わらないってことですか?
話してる印象は変わらないです。
そうなんですね。
変わらないですね。
今日、昨日は変わらないですけど。
ただ僕の方がどっちかっていうとかなりやんちゃだったので。
そうなんですか?
そうですね。
これ大山さんもライブで一回話していただいたことがある。
原稿にもどっかされたことあるのかな。
怖いもの知らずだったんですよ。若い時。
1983年なんて一番。
1983年が本当に怖いもの知らず極みぐらいの年で。
明確に覚えてるってすごいですね。
だから83年から3年間ぐらいは本当に怖いもの知らずだったんですけど。
非常に印象に残ってるのはこの話ご存知だと思うんですけど。
そうですか。ちょっと聞きますけど。
ここにある中国大使館の中で撮影したことがあるんですよ。
大山隆さん。
中国大使館って許可がいる。今絶対にできない。
許可がいる。その時も許可がいったんですね。
もちろん。ただ中国大使館にきれいな桜が咲いてたんですよ。
桜をバッグに取りたかったんですよ。
許可が取れたの。奇跡的に。
たぶん絶対にないと思うんですけど。中国大使館の中で中国の話一つもせずに。
絶対ないと思うんですけど。
印象に残ってるのはちゃんと拳銃を持った人たちが周りにいて
その中で撮影したんですよ。僕たち。
僕ら何するかわからない。
チャーミングとは何か
何か変な行動を取ったら撃つぞ状態。
そこ中国の中で。中国大使館の中で。
拳銃を持った人たちの中で撮影をしたんですよ。
誰かが。
どんなことですかそれ。
それでも行ってみてわかったんだけど。
よくできたなと思って。
そうですよね。でも許可取ってるんですよね。
許可は取ってるんですけど。
何するかわからない人たち。
漫画一に備えてってことかもしれないですけど。
敬語。
敬語かな。
そういった意味で怖いもの知るってことですか。
普通ビビるでしょ。
怖いもの知るってどこから来てるんですか末美さんは。
若さしかない。
今は怖いものを知ってるっていう。
怖いものしか知らない。
大人は怖いとか。
大人は怖い。自分も大人だけど。
すごいですねでも。そんな状況で。
いやビビりますよね普通。
女性カメラマンだったんですけど。
この桜の下で大山さん撮りたいよねって話で盛り上がってしまって。
もうそっちの集中?
もうそれしかない。
逆に撮られる方は冷静ですよね。
そうすると状況わかりますよね。
映画館で撮影したことあるんですって聞いたら絶対に覚えてます。
じゃあ今度聞いてみます。
何を覚えてなくてもそれは覚えてます。
それは覚えてますか。
でもそういう話いっぱいありそうですね今の話。
今のような他のミュージシャンの方ともありそうですよね。
昨日ね先ほどの話も出ましたけどカイバンドのドラマの松井さん。
松井さんの印象っていうのはどうですか。
変わらないですね。
でもあそこまでギャグ言う人はそう思わないですね。
それがすごく昨日記憶に残った。
これでも過剰態。
MCでも結構ねそれを入れてくるので松井さん。
おやかりしていただけるんですけど。
本番から打ち上げまでずっとギャグ。
あまり変わらないですよね。
変わらないです。
表現者との出会い
本当に裏表ないなって感じですよね。
ちょっと言い方を変えると80年代の頃から
昨日久しぶりにお会いするまでやっぱり
ひょうひょうとされてるなっていう印象です。
それは変わらないですね。
確かにひょうひょうとされてる印象です。
あんまり怖いものないじゃないですかね。
松井さん今度気づきますけど。
いやでも敵を作らない印象ですよね松井さんは。
あれは計算じゃなくて正確だと思いますね。
そうですね。
もともとの持っても生まれたものが明るさありますもんね松井さんって。
いるだけで明るい雰囲気になりますよね。
和みます。
そう和みますよね。
そこで松井さん聞いてくれるといいですよね。
でもそういう風に自分の中でその人のパーソナルそれこそ見えるとやっぱり
親近感すごくかわきますよね。
昨日も何回もかわいいかわいいって言ってました。
いやそれはいいと思う。
あの表現はいいなと思ってたんですよ。
いやちょっと失礼かなと思うんですよやっぱり。
女性だから許してって感じもありながら。
チャーミングじゃないですか。
それをかわいいって言っちゃってるんですけど
なんかいいなって思うんですね。
僕もすごくいいなとふさわしいなと思いました。
かわいいですよね。
かわいいんですよ松井さんって。
まあでも71だけどねっていうネタにされますけど
松井さんネタにここに入ってくるとは思わなかったんですけど。
今のチャーミングって言いましたけど
この方チャーミングだったなっていう方って今浮かぶ方いらっしゃいます?
セミさんの中で。
多すぎてちょっと待って。
多すぎてね。
女性でどなたか。
男っぽい人が結構男っぽいちょっとじゃあ。
どうしてる?
初恋は桃井香里さんなんですよ。
そこ女優さんいるんですね。
要するにね。
ああいうけだるいとかああいうアンニュイで
声もちょっとハスキーな
だからシンガーで言うとスティビニックスが一番好きなんですけど
っていうちょっとねそっちのタイプの人あんまり出会ってない。
出会ってない?
男の人の方がチャーミングの人多いと思います。
ああそうですか。
パッと出てこないですね。
多すぎて。
多すぎて。
会った方が多すぎて。
原田慎二さんがチャーミングです。
大山拓司さんもチャーミングですよ。
ここ入れときますか?
なんかね並べたらどうなのかわからないですけど
原田慎二さんもチャーミングだし
大山拓司さんもチャーミングです。
聞いてもいいですか?
アイチキタイムでも散々のリスナーの方から
なんかすごくなんか
大山さんが突っ込んでもスルーしてるよねって言われる
この前その話を大山さんにしたら
なんか扱い雑だよねって言われたんですけど
どんな感じですか?そのチャーミングさっていうのは
松藤さんに通じる可愛さがあります。
そうですか?そうですか?
違うように思って
歯向きしちゃいましたけど
あーそうですか?でよかったですけど
え?そうですか?って聞こえた
シャイの感じがすごくあるよね。
そうそうそうそう
女心がわかってる歌が多いじゃないですか
ああいう楽曲に対してすごくチャーミングな表現者だなと思いますね。
僕は表現者としてそういう
女性の立場で歌を書くっていう
楽曲にたくさんあるっていうのは
表現者として非常にチャーミングに感じます。
あーなるほど
なんかすごいやっぱり繊細なところがないと
そういう細かい膝の部分って表現できないじゃないですか
それが非常チャーミングっていうところに感じるところなんですね。
そういうことでチャーミングっていうところなんですね。
原田慎二さんもなんか
でも印象としてチャーミングの印象はありますね。
ありますよね。
なぜか原田慎二さん1回サインツアー
岡山と松江と柳尾を飛ばして鳥取っていうツアーを1回
3日間連続ですか?
3日間連続させてもらってたんですけど
その間ずっと一緒にいらっしゃったんですね。
だからすごいチャーミングな方でしたね。
そんなんですね。
でもちょっとハスキーな感じでね。
原田慎二さんか
三美子さんはどういうきっかけや気持ちで
ラジオ番組やポッドキャストを始められたんですか?
本当に直感でしかないんですよね。
まずポッドキャストは5年ちょっと前からやってるんですけど
そのさらに4年くらい前に
ポッドキャスターでずっと前から日本が開始して
結構前からポッドキャストをやってる方がいらっしゃって
その方のポッドキャスト番組を
あるきっかけで聞くようになったんですよ。
ポッドキャスト自体も知らなかったんですけど
それを聞いてて、いろんな方のインタビューも聞いてるじゃないですか
なんか私もやろうかなって本当に思ったんですよ。
思ってた時に
愛知北Mのラジオ一緒にやらないって
いつも言ってた美容室の美容師さんに言われたんですよ。
声がかかった?
声がかかった。
その美容師さんも旦那さんが
ラジオ番組とかも作ってて
その美容師さんもラジオ番組を持ってたので
新しい番組、歌番組、リスナー大工夫歌合戦をやろうと思ったけど一緒にやらないって
美容室に行って声かけられたんですよ。
その時にポッドキャストをやり始めなきゃ
直感と縁の重要性
でもその時に自分でやり始めようと思ってたので
これでここで今声かけられたってことは
この道でいいんだと思って
まっすぐ引き受けて
応援が入ったなと思って
今に至るんですけど
最初に美容師さんとやってた番組は2年半やって
その間に途中から自分一人の番組を
愛知機体でやり始めるんですよね
それもちょうど小山さんのライブ35年ぶりに行って
5ヶ月ぐらいして
自分の番組やり始めればいいじゃんと思って
やり始め
台本とか作って
全部ブッキングも全部自分でやってるんですけど
めちゃくちゃ面白い
面白いですよね
このラジオすごく面白いと思って
いろんなゲストの方を招いてやってるのもすごい楽しいし
それによってはすえみさんと一緒じゃないですけど
ライブブッキングもするようになっている
本当に自分のメディアを持つということで
こんなに縁が広がるのかっていうのが
とても面白いと思い今に至っております
私の話なので
インタビューされちゃいましたけど
でもポッドキャストすごいストックあるから
いつか書籍にされて
ここ今プロデュースされようとされてますか
紙で残されたらまた違います
そうですよね
音声で残るものなんでね
またそれもやっぱり書籍にされてる方も
ポッドキャストやってらっしゃる方いらっしゃるから
プロデュースされてるっていうのもあるんですけど
その方も他の方で
そうですね
でもそれも一つですよね
ゲストも喜びますよ
これ私の話になって
さすがインタビューのプロデューサーに乗って
インタビューされちゃいましたけど
そうなんですよ
ピンときながらやってるっていう
だからそれいいなと思ったんですよね
澄美さんの今のお話聞いてきましたけど
直感ほどやっぱり
正しいっていうか
自分の人生によって正しいものはないなと思ってるので
そうですよね
やはり
考えれば考えるほど
人ってネガティブになりがちなんですよね
脳がね
だから迷いそうになったら一回やめて
フラットに戻して
パンって降りてきたものをやる
っていうのを繰り返して今に至っておりますから
だから直感を信じるってことは
極めて大切なことだと思います
そうですか少しね
人生の先輩でもありますから
人によっては違いますけど僕はそう思います
私も本当にそう思いますね
それも委ねるってことだなと思ってるので
無駄な時間過ごさなくていいわけじゃないですか
本当に
ポンポンポンっていくので
でも今までの澄美さんも
いろんな流れがあったわけじゃないですか
人生の中で
それも決めていく
最初の冒頭だと
音楽編集者になったのを
直感的にボンと決めた
その後もそういう流れが多い感じですか
だから直感というのと
もう一つとてつもなく大切なのは
縁ですよね
間違いないです
縁に助けられている人生です
間違いないですね
縁に繋いでいただいた人生ですね
それはインタビューをする上でも
全てにおいて
全てにおいてですね
それを言い切れるっていうのは
今までのお話の中にもあったでしょうけど
ただ経験してきて
しみじみ感じるところです
振り返ってみると
縁に助けられてばかりだな
間違いないですけどね
ここもなぜか鳥取湯名古屋で
3,4年前には全然知らなかった
きっとそうですよ
ここ2年くらいで知り合ったと思います
とてもじゃないですけど
メッセンジャーはさかのぼれないくらいやってますからね
そうですね
とてもじゃないですけど
私もさかのぼる気にもならないので
調べようとも思わなかったんですけど
でも私今縁って言われましたけど
冒頭にもちょっと話しましたけど
この方とは近いうちにお会いすることになるなと思ったんですけど
結構縁っていう意味では
つながりがある方だなとちょっと感じたので
そうですよね
ものすごく大事
とてつもなく大事です
とてつもなく大事ですよね
本当に今このポッドキャスト番組でいろんなゲストの方ね
本当に最近知り合った方から
前から知っていらっしゃる方もいらっしゃいますけど
ここに出ていただけるだけでもすごいことじゃないですか
喋っていただく時間をいただけるってことだけでも
そういう縁をつないでいきたいっていうところもあって
やってるところもありますけど
いいですね
表現者としての役割
本当にそれしかないですね
つくつくありがたいです
私も本当にそれ思いますね
しんみりしちゃいそうですけど
本当にそうだと思っているので
明日だからあのね
縁にゆかりがい
出雲大社に
そうですよね
私一人行こうと思ってますので
そうですね
そういうのが今だからね
出版社プロデューサーやってますけど
今そして今後どういう展開をしていきたいと思ってます?
難しいですね
僕本当は出版社立ち上げたかったんですけど
今年の春に契約書のトラブルに見舞われたことがあって
そうなんですね
ポシャったんですよ
そうなんですね
やっぱり出版社が立ち上げたいですね
そうなんですね
今そういうふうに嘆きかけておっしゃったってことは
実現していくってことですね
だといいですね
やっぱり書籍として残していくっていうことを
今後も続けていきたい
そうですね
僕たぶん20代の時から言ってる気がするんですけど
今も結局出版の仕事に携わってても
同じこと言ってるんですけど
記憶を記録することの大切さっていうのを
やっぱり伝えていきたいなと思って
そういうことですね
見えるものにして形に残すということですね
そうです
形に残すということですね
伝え受け継ぐということですね
20代のことからおっしゃっててことは
この先もそれをずっと貫いていくという感じですか
少なくとも今はそういうふうに考えてます
実際はわからないですけどね
でもそこは自分の役割じゃないかと思ってるってことですか
それはあります
別の表現をするとできることが極端に少ないんですよ
そうですか
一般の男の人と比べたら
僕何もできないので
そうですか
腕力もないし
サッカーやるには遅すぎるし
サッカーするなって
何言ってるんですか
サッカー選手目指そうとする今
そうこですか
僕技術持ってないんですよ
皆さんいろんな技術持ってるじゃないですか
会社組織っていうのはすごく日本にたくさんあって
それぞれの社長が志を持って会社を立ち上げているわけですよね
その志に見えるくらいの僕は技術を持ってないんですよ
だからその代わりそういう志を形にしていくことができればとは思っています
それが僕にできること
本当にシンプルにできることをやっていくということですよね
でもよくいろんな方にインタビューさせていただいて
自分はこれしかできないからっておっしゃるんですよ
でもそれを表現すると
自分がやりたいことをやっている方が多いんだなと思うんですよ
やはりこのインタビューを受けていただく
そうかもしれないですね
だって仕事で嫌だって思いながらも働いていらっしゃる方もいると思うんですよね
給料のためにね
生活のためにね
今を大切にする
それは大事な話ですよね
でもそこがイコールになったら一番いいわけじゃないですか
自分がやりたいことと生活できるということもイコール
でもそれは難しいですよ
簡単にはいかないですよね
それぞれいろいろな考えながらやっていらっしゃると思いますよね
私も個人利用にしてもらって同じですけど
僕は他の一般の男性と比較して極端に劣っているのは
あまり老後のことを考えていないんですよ
ちょっと考えるとやばいよねってなってるんですけど
笑っちゃいけないですよね
あんまり考えてないですよ
老後のために生きてないんで
今でしょってなんかありますよね
私も結構近いので
でもこれもなんか結構今までインタビューされた方が
今後どうしていたいですかっていう
今を大切にしていってますっていう方も結構いらっしゃって
今が充実することによって未来に繋がるんじゃないかっていう風に思っている
それは間違いないです
間違いないですよね
でも今楽しんでる感じしますもんね
なんか若い時のやんちゃさ加減と
なんか違うジャンルのやんちゃさ加減を今持っている気がします
うまく表現できないですけど
結局僕やっぱやんちゃな人間な気がするんですよね
それが個性と言わせていただきます
渡辺すえみっていう個性だと
今結論に私の中でありますけど
面白いですよね
やんちゃくらいの方が面白くないですか
家族は大変なんですかね
家族はやっぱ大変でしょうね
でもやんちゃな人生面白くないですか
好きです
イコール自分が好きってことで良かったですか
ちょっと待てタイムタイム
あれタイム入れますか
自己嫌悪に陥ることって数えきれないくらい当然あるんですけれども
でもそこを乗り越えていきたいですよね
そうですね
間違いないです
私もちょっと戦ってますからね
自己嫌悪
いろんなことをやればやるほどいろいろ出てくるわけじゃないですか
自己嫌悪に陥ると違うよなと思い直すんですよ
何にも良いことないですからね
そうなっても
違うは違うは払拭するようにしてますけど
似たところがあって勝手に思わせていただきました
絶対似てますよ
だから8は合うんですよね
そんな気がしてますけど私も
最後にですね
いつも聞いてる質問がありまして
伊藤由美子の工事スペースという番組名なんですけど
工事スペースというのは居心地のいい場という意味なんですが
末美さんにとって居心地のいい場は何ですかと聞かれたらどう答えますか
赤ワインとビールと本がある場所
明快でいいってことなんですけど
とても明快だったらありがとうございます
今の3つで聞いてらっしゃる方は
末美さんの人となりが少しまた分かったかと思うんですけど
赤ワインとビールと本がある場所
好きなもの3点
一緒に飲んじゃいますか赤ワインとビールは違いますよね
違います
そんなわけないですよね
本もねやっぱり読むことも好きですよね
書くこともできるし
それを職業にしてるってことで
好きなものずっとやってるってことで
幸せじゃないですか末美さん
本当にとても気持ちいい答えありがとうございました
本当にライブを協力していただき
本当に楽しくお話しさせていただきますので
小島さんありがとうございます
また呼んでいただけたら嬉しいです
今度はそこにバーボンを足しますので
飲みながらやりますか
ありがとうございました
渡辺末美さんにご登場していただきました
渡辺末美さんのことをもっと知りたい方は
概要欄に記載しておきますので見てください
番組をまた聞きたいなと思っていただいた方は
podcast音声アプリのフォローボタンをポチッと押していただくと
新しく配信されたものがスムーズに聞けますので
番組登録をよろしくお願いします
この番組は音楽事務所ロイスタープロダクションの提供でお送りしました
それでは次回もお楽しみに
伊藤絵美子でした
37:20

コメント

スクロール