こんにちは。番組ナビゲーターの伊藤由美子です。
藤由美子のCozy Spaceへようこそ。
Cozy Spaceとは、日本語に訳すと、居心地の良い場という意味になります。
この番組では、居心地の良い場とは何かということをテーマに、あなたらしくいられるちょうどいい場所を見つけるためのラジオ番組です。
毎回素敵な方々にインタビューさせていただき、ついつい夢中になってしまうことや、個性を生かして自由に生きること、そして日々気持ちよくいられるヒントなどをお伝えしていけたらと思っています。
伊藤由美子のCozy Space第249回、2026年1月のゲストは、出版プロデューサーの渡辺末美さんです。
渡辺末美さんへのインタビューは、第249回と第250回の前半・後半に分けてお届けします。
渡辺末美さんへのインタビュー前半は、出版プロデューサーとして大切にしていることや、テレビ業界から音楽雑誌編集者への転身についてお話ししていただいています。
では早速、渡辺末美さんのお話をお聞きください。
今日、ゲストにお迎えしているのは、出版プロデューサーの渡辺末美さんです。よろしくお願いします。
昨日、ちょうど私が関わらせていただいている、先ほどちょっとクラウドファンディングの話してましたけど、クラウドファンディングを裏で色々やってました。
お疲れ様でした。去年からね。
去年から、ちょうど1年前くらいからやりまして、2月28日までで終わった。それに関連したライブを、ここ鳥取県の世名古で、渡辺末美さんにもお手伝いしていただいて、開催して、その翌日インタビューを受けていただいているということで。
昨日お疲れ様でした。とても楽しいライブでした。
来ていただいていた方もすごく喜んでいらっしゃったので、それが一番ですね。
それは一番です。僕らも楽しみましたね。
そうですね。それが一番ですよね。
ということで、出版プロデューサーという形で今ご紹介させていただいたんですけど、今ライブの話もありましたけど、ライブ主催も過去にされたりとか、その前の音楽雑誌の編集者だったりとかいう形で、色々やってらっしゃるかと思うんですけど。
やっぱり、末美さんのことをちょっとだけなんですけど、ノートとかそういうところを見させていただいて。
ありがとうございます。
どうしてこういうふうに、こういう日にすすんだのかなって、素直に疑問に思ったことを今日お聞きしたいと思っていますので。
はい、わかりました。
お願いします。
はい、よろしくお願いします。
まず、出版プロデューサーということでやってらっしゃると思うんですけど、出版に関わる、執筆も先ほどの台室でされたりとか、出版社とつないだりとかという形なのですか?
そうですね。
お仕事として。
あとは、企画出版って呼んでるんですけども、通常自費出版っていうのは、自分でお金を出して本という形に印刷製本したところまでが、多分自費出版だと思うんですね。
そうすると、なかなか全国流通できないと。
で、大手の出版社、たくさん実は自費出版企画っていうのをやってまして、そこだと、最近聞いた話なんですけど、だいたい500万から800万かかるっていう。
おお、そんなかかるんですね。
で、僕も実際、知ってる人から500万かかったって言われたことがあって、それだったら、もうちょっとリーズナブルにできないだろうかということで、ちゃんとした朗報の出版社から全国発売と、
Amazonにも全部流すということと並行して、編集者なもので、中身を全部手入れさせてもらいます。もしくは、いろいろ相談しながら進めていきましょうというやり方を企画出版というふうに僕は呼んでるんですけれども、それをずっともう何年かやってますね。
そうなんですね。出版プロデューサーでやってらっしゃるのが12年目ぐらいになりますね。
96年からだったと思うんですけどね。
そうなんですね。その中でいろんなね、やっぱり、そういった同じような仕事を
96年じゃなくて2016年からですね。
2016年からで、12年目に卒業するぐらいの感じですかね。
同じような仕事をされてらっしゃる方も他にもいらっしゃると思うんですけど、その中で末美さんが特に自分はこういうところを大事にしてるとか、他とはちょっとここが違うなって自分で思ってらっしゃるとこなんだろうな。
一つは先ほどお伝えした金額の部分が多分他と比べたらかなりリーズナブルな金額であることと、そういう出版プロデューサーという方は仕事を多く回すために
多くの出版プロデューサーはほぼほぼ下請けに出してて、自分では手をあんまりつけないです。
そうなんですね。
下請けの人がすごい低価格で苦労して作ってます。
そうなんですね。
それに対して僕は全部自分で1対1で、著者さんと1対1で作り上げています。
二人三脚でいくっていうね。
そうです。
本当に大きな違いですね。やっぱりそれって安心感があると思うんですね。今の話聞くと。
そうですね。
やっぱりその方に頼んだつもりが下請けに出されても、それはでももし私が本を出すってことは。
ちょっと嫌な感じしますよね。
ちょっと嫌ですね。やっぱり。
あなたを信じて契約したのにっていうところが。
違う人のところに行くんだみたいな。
それは嫌ですね。正直言って。
スウェーミンさんだからこそ一緒にやってもらいたいっていう意味で言ったらすごくいいなって思ったんですよ。
ありがとうございます。
すごい大きいことだなっていきなり思ったんですけど。
イマジンイマジンって書いてあったじゃないですか。
あれっていうのは読ませていただいたんですけど、具体的にその名前を付けられた理由を改めて聞かせていただいていいですか。
イマジンでもよかったんですけど、商業登録に引っかかるのは分かってたんで、イマジンのハグルをイマジンにしました。
そういうことなんですか。何かそこに2つ重ねた理由があるかと思ったんですけど。
倍ぐらいの気持ちでっていうのは当然あるんですけれども、イマジンで行きたかったけれども明らかに引っかかるなと思ったので。
でもイマジンから離れたくなかったっていうのもあって、イマジンイマジンにしました。
でもそれやったことによってやっぱり印象には残りますね。
ありがとうございます。
僕の方から話脱線するんですけど、僕の仕事のパートナーが商標登録の仕事を、その人も出版関係の仕事もしてるんですけど、
商標登録のお手伝いをすごくしてる。何年もずっとやってる出版社。実は僕そこから自分の小説とか出したことあるんですけど、
ずっといろんな人の商標登録を手伝ってきたにもかかわらず、なんと東大元暮らしで自分のところ商標登録取られてしまったっていう。
まるまる出版っていうですね、ある出版社名も東京渋谷の会社に取られてしまって、商標登録自分のところしてなかったっていう。
本当に気をつけられた方がいいですよ。何かあったときに。
冗談でした。
そういうことも頭にあったんで、商標登録なんか言われたら嫌だなっていうところがあって。
倍の気持ちで。
倍の気持ちでっていうところも含めて。
含めて。
出版業界としては43年とかもずっとトータルするのが長いってことですよね。
1982年からですからね。
その1982年の話してもいいですか。書いてあったので。
82年の前にそもそもここもすごい興味深いと思ったのが、テレビの専門学校を出て、大手の大手って言っていいんですか。
言っちゃっていいんですけど。
言っちゃって大丈夫ですか。TBSテレビに。
直系の制作会社に入ったんですよ。
そういうことですね。
テレビの専門学校の、言ってしまえばTBSの直系の専門学校なんですよ。
そんなのあるんですか。
あるんですよ。
高校生の時はテレビに憧れてて、テレビマンになってみたいなと思って入ったんですけど、
専門学校2年間ある中で、ほぼほぼ毎日テレビ局に通っていろんなバイトをして、
コネを作ってってことなんですけど、そういう感じでそのままエスカレーター式に就職して、
サンジに会いましょうっていう。
めっちゃ夢じゃないですか。
ワイドショー。
まだフラッシュとかなんとかっていう写真週刊誌がまだない時代。
ない時代ですね。
大変な思いをしました。
今の写真週刊誌がやってるようなことをずっとやってました。
自らその役割だったんですか。
その時もありました。
あと、これプロフィードに書いてあったか記憶にないんですけど、
結婚前の当時JR原口駅の前にあったマンションに住まわれてた山口桃井さんを一晩中僕が張ってたりとか。
そうなんですか。
出てきたら連絡しろと。
テレビの制作っていうのは、ドラマとか本当はそっちの方をやりたいと思って、
テレビ局の仕事を知らせたけど、まさかの芸能人のとこの張り込みになってしまって、
ちょっとこう自分が目指しても違うぞっていう。
全然違うぞっていう。
そのワイドショーを見てもそう思うし、
これがやりたかったのかってもう全く違ってて。
言葉を選べなくてごめんなさい。
テレビ嫌いになりまして。
はっきり言ったらそういうことになっちゃったんですね。
その期間っていうのはテレビ局に関わっていた期間ってどれくらいだったんですか。
どれくらいでしょうね。
短かったと思います。2,3年もあったかな。
ぐらいですね。
じゃあこれじゃないなって。やりたいことと違うぞっていう。
そうです。
もともとでもテレビに憧れてっていうのの前に映画もすごく好きでっていうのもね。
そもそも映画の人だったので。
映画からそういった流れでテレビのドラマとかそういうのも。
そうですね。テレビドラマは好きでしたけどね。
でもどっちかっていうとやっぱり映画でしたね。
ただ映画の道に行こうとは思わなかったですね。
僕日本の映画あんまり好きじゃないんですよ。
そういうことなんですね。
今なんでだろうと思ったんですよ。
そうすると海外に行ってそっちで働かなきゃいけないっていう。
そうですね。だからそこまでは考えなかったっていうことですね。
そういうことですね。
でも映画の世界にいても見た目の感じからもおしゃれだし、いそうな感じもしたんで。
怪しい人いっぱいいますからね。
怪しいって言われがちですか?
言われがちです。
そうですか?
職業不詳で怪しい人ってよく言われます。
でも確かにこの世の中にはあまりいなさそうな感じはしますけど。
それもちょっと誤映がありますよね私。
よく言われます。
でもおしゃれな方かなって印象ですよ。
ありがとうございます。
怪しいっていうのはあまり持てなかったですけど。
よく怪しいって言われます。
そうですか。
でも出版プロデューサーって言うとそんなに周りにいらっしゃらない職業だから余計にそれ言っても怪しまれるんですか?
そんなことはないです。
そんなことはないですか?
ビジュアルに関してだけです。
ビジュアルに関してです。
多分私他の信頼関係が最初にあってのつながりだったので全然思わなかったでしょうね。きっと。
亡くなった方、いろんなところ現場に行って、今どんな気持ちですかって聞くって。
あれがね、僕ものすごく耐えられなくて。
まあちょっと見ないので私も本当に今テレビをやってますね。
見ないでそんな聞き方するのかなって。
本当にあれだけは何とかしてほしいですけど。
もう本当に囲まれてすごい、なんかそんな出なくてもいいと思っちゃうぐらい。
そんな時に。
そうなんですよ。
ああそうなんですね。
でもそこからわりかしすぐに音楽雑誌の編集者になるんですよね。
そうです。僕不老者になろうと思ってて。
急に不老者って言われてる。
高校生の時に喫茶店でアルバイトしてまして、そのオーナーが東京のとある公園で不老者をしてたんですよ。
若い時に。
若い時に。
で、北海道のお金持ちの女の人と知り合って、結婚をして、
奥様を連れて奥様のご実家のお金で柳生で喫茶店をされ、僕はそこで働き出したっていうんで、
そのオーナーからいろいろ悪くないよみたいな。
何が悪くないの?
でもずっとストーリーを聞いたわけですよね。
そうです。
だから今さっき不老者になろうと思ってた時に冗談に言ったと思ったんですよ。
冗談に書いてあったと思ったんですよ。
半分以上本気で思ったってことですか?
そうなんですよ。
やったんですか?不老者に一回チャレンジしてほしいですけど。
この後どうしようと思って、ただ一週間しか悩まなくて、
一週間後に専門学校のクラスメイトから電話がかかってきて、銀座にある出版社に就職したんですよ、その人は。
で、音楽雑誌召喚したんだけど、末美って文章得意だったよねって。
あと音楽好きでしょって言われて、文章好き、音楽も好き。
じゃあ紹介するよって言ってて、
テレビの仕事を辞めて一週間後にそういう連絡があって、
もうその数日後から出版社に入っちゃった。
でもそこで自分の好きと好きが2つ重なったものがやってきたんですね。
そうなんですよ。
自分が願ってたわけじゃないじゃないですか。
全然願ってなかった。考えたこともなかったです。
考えたこともなかった。そっちは全然なかった。
でも好きと好きだからやれるかもみたいな感じですか?
そうなんですよ。
今書くの好きだったよねってお友達が言ってたっていうのは、
実際そういうのを発表したの見たことある?
卒業制作で脚本と演出と3つくらい役をやって、
そこで脚本がすごい評価をされたんですよ。
本当は出席日数が極端に足りなくて、
毎日アルバイトばっかりしてて、
年間で80日間くらいしか出てないんですよ。
専門学校2年目。
でも卒業制作だけはちゃんと作って、
その卒業制作を評価されて、
卒業式には出さないけれども、
校長室で卒業証書をご渡されたんですよ。
その卒業制作を評価されたことで。
本当は会員が足りなかったんですよ。
出席日数が全然足りなくて。
だけどそれはすごい評価されたってことですよね。
そうです。
それがまさかの音楽の雑誌?
その学年は知ってたんで、
せめて脚本とか各紙とか面白かったもんねとか。
でもそれが今にも繋がってきてるってすごいですよね。
その時の音楽が。
確かに。
入ってみました。
先ほどの、だいぶ前にお話。
1982年が出たんですけど。
入って、最初のインタビューが
シーン&ロケットって書いてありましたよね。
入って3日目に。
インタビューはされたことないってことですよね。
もちろん。
どうでした?
いきなりだってミュージアムの方にインタビューって。
シーン&ロケットは中学か高校の頃からずっと好きで
レコードを何枚も持っててよく聴いてたんですよ。
これもまた専門学校のクラスメイトなんですけど
後に、しばらく経ってからですけど
一瞬だけシーン&ロケットのメンバーになった
ドラマの男と友達で
すいみさんが。
当時、今は多分ないかもしれないですけど
パルコ劇場っていうホールがあって
そこでニューヨークのラモーンズっていうパンクバンドの
オープニングアクトでシーン&ロケットが出るんで
一緒に見に行ったんですよ。
その話があって、シーン&ロケットもっと好きになって
入って3日目に編集長が
シーン&ロケットのインタビューあるけど
自分がやる、編集長がインタビューする予定だったけど
ひょっとしてやりたいやりたい
この前1年くらい前かな
コンサート見たばっかりなんですよ。
で、やったのが最初で
どっかの布団の大きな倉庫の中にあるスタジオ
レコーディングスタジオでインタビューしたんですけど
レコーディング場だからインタビュー30分でお願いしますって言われて
始めたんです。
で、すごい話が盛り上がって
シーナさんともマコッチさんとも盛り上がって
マネージャーがもう時間ですんで
ありがとうございますと
まず最近にシーナさんが
もっと話したいって
まず止めてくれって
それいいですね。もっと話したいって言われたって
すごい嬉しくないですか。
めちゃくちゃ嬉しかったですよ。
会話をしたいっていうね。
会話をしたいって思ってもらったって感じするじゃないですか。
それで相川マクスさんも
もっと話したいから
いいこのままやろうよって言って
2時間半くらいしてしまったんです。
2時間半!?