初めての倒産の衝撃
皆さん、こんにちは。YUCAのよわよわ起業ラジオ、今日も始まってまいりました。
今日もメンターのあらやさんと一緒にお届けしていきたいと思います。
あらやさん、今日もこんにちは。
今日もよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
今日は、YUCAの代表タイトルにもなるものなんですけれども、
3度の会社倒産に巻き込まれた話、というわけがわからないですね。
タイトルでお送りしていきたいと思います。
あらやさん、よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
まずね、これ聞いて、僕も思うし、多分リスナーの人も思うと思う。
そんな人いないよね。
厳密に言うと、会社倒産は1個なんですけれども、2つは上場廃止なんです。
それでも大ダメージだよね。
そうですね。
1つ目が、当初一部上場企業に新卒で入社したんですよ。
当初一部上場だと、めっちゃ大安定だと思うじゃないですか。
そこが、倒産というか上場廃止になって、大量リストラ、民事再生法になってしまって、
大量リストラされるという、1発目の企業です。会社でそれを経験しております。
上場廃止って言うと、いっても株式市場から出ただけでしょうと思うけど、
民事再生法ってほぼ倒産ですからね。
そのときも2,000人ぐらい社員さんいて、108営業所全国にあってっていう中で、
原因としては社長が株価操作とかそういう系のことをしてしまって、
社長が逮捕される姿をテレビで見るという、なかなかない経験をさせていただきました。
これはちょっとショッキングすぎる。新卒で入って何年目ぐらいですか?
それが3年目ぐらいですかね。
3年目。3年目って言うと、1年目ってしんどいな、どうしようかな、
もう続けられるかな、やめようかなってなって、2年目ようやく慣れてきたぞって、
3年目でちょっとずつ後輩とかできてきて、
何だかんだ言ってもこれから頑張っていくぞって時じゃない?
いやほんとそうですよ。ほんとそんな感じの時で、
ちょうどその時採用課とかそういう感じのところとかですね、建築みたいなところいたんですけど、
なんかこう自分が採用担当した方々の内定を断らなければいけないっていうわけのわからない業務とか、
そういうのもありましたね。
いやしんどすぎ。ドアタワー一発目でまずそれに巻き込まれるっていうか、
わかんないもんですね。
わかんないですよ。
一般的に正直な話、僕もサラリーマンの経験結構あるっちゃあるんですけど、
サラリーマンというか会社員としてとか雇われの経験は結構あるんですけど、
会社が大きい企業が潰れてしまうとか、
お金払えなくなってやめてほしいみたいなやつとかリストラになるって、
なんか想像しないじゃないですか、そもそも。
いやしないですね。やっぱ上場企業なら大丈夫だろうというのと、
その時テレビCMもしてたし、新聞にも掲載されてたような企業だったので、
いやまさかこんなことになるなんて思わなかったので、
一発目の企業って潰れるんだっていう衝撃ですよね。
2度目の失敗と学び
なるほどなるほど。
今となって独立した僕らとしては当たり前なんですけど、
未来永劫を続く万弱ビジネスが存在しないっていうか、
調べるじゃないですか、会社の残る100年企業なんで、
本当に何か数えるぐらいしかないみたいな。
会社員で入って自分が雇われる側になると、
想像しないですよね、まず。
いや想像しないですよ。
やっぱ就職の時指揮法に乗ってるようなちゃんとした企業みたいな感じで
言われる中で入ってるわけですから。
絶対にそんなふうに思わないですよね。
一度目は会社って潰れるんだって意識でしたけど、
2度目はこんな感じなんですか?
2個目はですね、1個目の会社のところで建築の方に関わっていたので、
次のところはファイナンシャルプランナーの資格も途中で取って、
潰れちゃったら困るから自分の力を磨こうと、
ファイナンシャルプランナーの資格をFPを取ってFP2級になって、
次のところでまた住宅メーカーの方に引き抜きというか、
前の会社の人たちと一緒に引き抜きで就職させていただいて、
っていうところでしたね。
そこは今で言うとヘラクレスっていうんですか、
その時は大小二部上場企業で、そこも400人ぐらいの社員さんがいて、
全国に数店舗ある建築メーカーに就職することができました。
また大きい、結構大きいじゃないですか。
そうですね、そこの新しいリフォーム部門みたいな感じで、
新事業として入社することができたんですよね。
その時の入社することができた気持ちってどんな感じでした?
今思い起こしてみると。
そうですね、その時はこういうふうに、
出勤業として前回は潰れたけれども、
逆に会社都合っていうことが取れたので、
次のところで救ってもらうことができたなって、
有利に逆に働いたかもなっていうふうに思いました。
なるほど、なるほど。
そこは3年目でどうなっちゃったんですか?
そこもそうですね、3、4年目で。
私そこでは社長秘書を3、4年やってたんですけれども、
そこはですね、どちらかというと社長がというかですね、
株主とかその辺の取引関係の、またそこも指定株みたいな、
政治家が絡んだ指定株みたいな感じになってしまって、
そこも上々廃止というか、最初管理ポストに入って、
その後上々廃止になってしまうんですね。
またかと。
またかだよね、それ。
いやーもうその当時は2チャンネル大荒れだし、
いやーそうですよ、もうやっぱり、
株価操作がすごいっていうところがあったので、
ニュースにもなったりとかもしてましたし、
やっぱり株主総会とかも、皆さん危ないという形で、
打たれちゃうかもしれないから窓に立たないでくださいとか言われたりするような感じの、
本当に大変なことが起こってましたね。
そこはリストランなんですか?それとも自分から辞めたんですか?
そこはですね、実は自分で辞めたんですね。
でもその後やっぱり完全なる上々廃止になってしまって、
会社名も変わって、まだ今も存続はしてるんですけれども、
ほぼほぼ皆さんリストラされていらっしゃいましたね。
なるほど、じゃあもう完全に社員を全部切って、
会社だけ生き残らせたみたいな感じなんですね。
そうですね、もう住宅メーカーというのは手放されてますね。
なるほど、そうなると会社変わって辞めたわけですけれども、
1回目に会社って潰れるんだって思って、
2回目の時はまたかっていうのと、あと何か思ったことってあります?
そうですね、2回目の時もまた同じようなことが起こって、
また上々廃止かっていうふうに思ったので、
上々企業って言っても手にはならないんだなっていうのを、
目の当たりにしてしまったので、
3度目の会社と震災の影響
自分のスキルや力をもっと磨いて、
ちゃんと生き残れる人にならなきゃダメなんだなっていうのはすごく思いましたね。
なるほど、なるほど。
3回目の会社は2回目がダメになって、どういうふうに出会っていくんですか?
そうですね、2回目の会社の取引先の社長さんからご紹介いただいて、
ちょっと一緒に仕事しようっていう形で、
カザフスさんとの輸入貿易の仕事をやるっていうことになって、
そこでいろんなカザフスさんとの輸入の商品とかを扱うっていうことをサポートさせていただいてました。
なるほどですね。
そうですね。
何年ぐらいやったんですか、それは。
それもそんなやってないんですよね。
1年いなかったかなっていうのもですね、
カザフスさんがこれから輸出するぞっていう時に、
実は東日本大震災に当たってしまいまして、
その後皆さんご存じのように、いろんな輸出乳が日本からのものって受け付けてもらえなくなった時期があったじゃないですか。
被爆してるんじゃないかっていう形で。
それでですね、取引ができなくなっちゃってですね。
いろいろ財庫とかも抱えたりした関係もあって倒産してしまったんですね。
今度こそ本当に倒産しちゃったんですよね。
なるほど。
そっか。
本当に会社って、要は何人か、会社っていうかもはや人生ですよね。
実際に東日本大震災は、物理的にダメになっちゃった会社とか、コロナとかもそうですけどね。
10年に1回ぐらいゲームチェンジってあるじゃないですか。
いろんなものが断罪されていくみたいな。
別に罪はないんですけど、
僕なんかはその前の時はもう完全に子供だったんであんまり覚えてないですけど、
例えば阪神淡路とかね。
ちなみに年は違うけど、阪神淡路大震災の日は僕の誕生日なんでね。
あ、そうなんですね。
そうなんです。僕がちょうど10歳の時の出来事ですね。
なるほど。
あれでもなんかいろんな会社ダメになっちゃったりとかもあるし、
その前までいくとね、もうバブル崩壊とかね。
そうですね、バブル崩壊もありましたし、
それこそね、関東大震災とかもね、こうありましたし。
そういう感じで、10年に1回ぐらい、
今までの会社が倒塌されるイベント、自然イベントみたいなのってあると思うんですよ。
はい。
天変地異だけじゃなくて、経済がガラッと変わっちゃったりとか。
まあそうですよね、ここ数年絶対潰れないであろう企業さん、
芸能プロダクションも含めていっぱい潰れましたもんね。
潰れたというか、変わったというか。
コロナ禍でダメになったりとか、
あとコロナ禍で伸びたところはコロナが終わってダメになったりとかね。
いや、本当ですね。
なんだろう、万弱な企業なんかないですよね。
そうですね、万弱だと思って入っても万弱じゃなくなったり、
万弱じゃないだろうなと思ったら逆に伸びたりっていう企業さんもあると思うので。
いずれにせよって、どこにいても結局自分自身がちゃんとしっかりしてないと生き残っていけないなっていうのはすごく、
3つを経験してすごく思いましたね。
3つ目の完全に倒産じゃないですか。
はい。
会社倒産の経験
その時どう思ったんですか。どんな気持ちだったんですか。
そうですね、やっぱり今度は会社が本当に上場とかそういう誰かの作為的なものじゃなくて、
今度は自然災害すらも会社の存続には影響するんだなっていう。
もう本当にいつ誰が経験してもおかしくないんだなと、
誰がいつ会社が倒産するっていうのは誰でも経験することなんだろうなっていうのは思いました。
3つ目以降は会社員じゃないわけですよね。
そうですね、3つ目以降はもう業務委託というフリーランスの方に切り替えてしまいましたね。
それはなんでそう思ったんですか。なんでフリーランスになろうと思ったんですか。
そうですね、たまたまご紹介いただいたりとかお付き合いさせていただく企業さんが、
やはり今度は社員という形態を取らないっていうところが多かったっていうところもあるんですけれども、
逆に業務委託でお互い成長し合いながらやりましょうっていうスタンスの企業さんとお付き合いすることができて、
そこからはずっとフリーランスですね。
今に至るといった感じですね。
そうですね、今もずっとフリーランスですね。
ヨアヨア企業としては、ヨアヨア企業の代名詞になるじゃないですか。
そうですね、ヨアヨアの1本目の柱のこの会社倒産3回みたいな感じですね。
弱くても起業せざるを得なかったってことですもんね。
そうですね、もう何でしょう、会社のそういうのに左右されるのはごめんだなっていうのがあって、
その頃はまだ30代とかだったので、フリーランスになろうっていう感じでなった記憶はあります。
なるほどね。
人脈とスキルの重要性
今日のこのラジオの音声配信の教訓から得られることは何でしょう、まとめるとどんな感じなんですかね。
そうですね、会社倒産とか失業っていうのは誰にでも起こり得ることだけれども、自分のスキルだったりとか、ヨアヨアでも自分のスキルを磨いたりとか、
助けてくれる方々はいるっていうことが教訓ではあるかと思うんですけれども、会社いつ倒産するかわからないけれども、どうにかなるよっていうところでもあるかなと。
まあまあまあ、最悪会社は倒産してもどうにかなるってことですね。
そうですね、自分を、ヨアヨアだけど自分を信じろっていうところはあるかもしれない。
なるほど、会社に依存するなっていうことですね。
そうですね、会社に依存してもですね、依存するのはOKなんですけれども、やっぱりもう1本の柱、なんか副業とか、そこが1本潰れてももう1本とかもう2本ぐらい持ってたら、どうにか生きながら得ると思うので。
1社目が潰れて2社目以降はずっと副業しながらやってた気がします、そういえば。
なるほどね。
はい。
なるほどなるほど、じゃあ、時代の先駆けですよね、パラレルキャリアとかね、今副業はみんなしようみたいな感じだけど、多分その当時ってまだ副業ってそんなじゃなかったと思うんで。
そうですね、だからその当時もうなんか絶対もう1本なんかアルバイトでもなんでもいいからやってましたね、そういえば司会のアルバイトだったりとか。
ちなみに弱岩企業として頼らない、1つの柱に頼らないということなんですけど、どうやって見つけてくるんですか。
やっぱり人脈、人を通じてっていうのが多いんですけれども、やっぱり取引企業さんの中でこういうことができるんですけど、こういうところが、例えば会社こういう倒産したこともあって不安で、なんかもう1本仕事を何かしら副業で持っておきたいんですよねっていうのをなんだかんだ口コミさせていただくみたいな宣伝はしてる気はします。
なるほど、じゃあ例えば事務職とかであまり社外の人と関わらない職種だった人の場合と想定すると、うかさんとしてどんなアドバイスができそうですか。
そうですね、そういう場合は私もあったんですけど、友達だったりとか、そういう、あとは親とか、親はあまり、親ありましたね、親になんかこうなんかいい人紹介してくれないかなみたいな仕事先とかないかなとか、そういうのは頼ったことはありますね。
それでいうか、僕もお医者さんの秘書ってね、親に言ってたらなんか、弟が通ってた病院の人が、病院の院長が人探してるっていうので僕入ったんで。
すごい。
でも人に聞くって大事ですよね。誰でもいいからとりあえず聞いてみて大事ですよね。
本当です本当です。なんか飲みに行ったところの隣で座ってたおっちゃんから紹介とか、お兄ちゃんからの紹介の紹介の紹介でっていうのもありました。
人にやたらめっぽい愛っていう話じゃないとしても、自分をPRしていくのって大事ですね。
そうですね。こういうふうになりたいなっていうのは、漠然とでもいいので伝えておくと、何かの誰かのチャンネルと結びつくときがあるので、そういうのは話していく、伝えていくっていうのは大事なのかなっていうのはちょっと思いました。
あとはよくある質問として多分最後に1個ちょっと聞いてみたいのが、とはいえなんか自分を推し推しでやってて嫌われる人っているじゃないですか。
そのコツがあるんですか、PRのコツ。
はい。私はその人に対して言うというよりも、何々さんはそういうなかなかないと思うんですけれども、こういう人がいたら紹介してほしいですっていう形で、あなたに雇ってほしいというよりは誰か紹介していただけたらみたいな感じで、その人には推し売りしてなかった気がします。
なるほどね。わかりました。ありがとうございます。
はい。
そんな感じでね、会社はつぶれてもなんとかなるし、ただ人は大事だよって話ですね。
そうですね。会社が就寝雇用してくれる時代はもう終わったので、今も就職してる方もクリアンスやられてる方もやっぱり1本の仕事じゃなくて、1本2本3本と何か柱があった方がいいなっていう教訓のお話だと思います。
ありがとうございます。
はい。じゃあ今日もこんな感じで、今日はちょっと私の失業話みたいな感じになってしまいましたけれども、また次回以降もね、いろいろと失敗談からの弱々でもできる、メンタルが立ってもできるっていうことをまたお話ししていきたいと思います。
今日も新谷さんありがとうございました。
ありがとうございました。
はい、皆さん今年はありがとうございました。また次回よろしくお願いします。