ただ単にさ、公園とかピクニックしながらみんなでこのラジオを聞くっていうのをやってみたいんだよね。
なんでさ、そんなデータ持ってるのかっていうと、これね、大前くんなんですよ。
大前くんね、昔なんかね、ラジオをデータとしてMP3に録音できる謎の機械を持ってて、あのね、すごい、ほらまたあのね言ったでしょ、あのちゃん。
また言った、もうダメだね。
そうそう、それでね、そのデータを取りまくってたんですよ。
で、めちゃめちゃ松子デラックスゲストの回面白いから、ペイちゃん聞いてよって言ってデータもらって、すごい面白くて、僕はそれをね、ずっと保存して、うちのハードディスクに入れてるんだよね。
大前くんやっぱちょっとクセモンでしょ。
ね、いつかね、なんかそういう機会があったらね、大前くんも呼んでね、みんなで加藤浩二のラジオを聞きたいななんて思っております。
あらいゆみさん、お便りありがとうございます。
続いて、あららネーム、ことしの夏はイタリアに行きますさん。
ゲスト回、スピード感があってとても楽しかったです。
というか、二人のわちゃわちゃ感を見守ることができ、とっても楽しかったです。
わちゃわちゃしてたよね、大前くんとね、かなり早口で。
聞き取れたのかな、あんな感じなんですよ、うちね、いつもあの大前くんと話してるときは。
漫画読んでる時みたいにニヤニヤにしながら聞きました。
ありがとうございます。
ね、大前くんね、ほんとね、出会って20年か。
でさ、LINEとかでさ、なんかこう、なんていうのあれ、大切りみたいな感じで毎週ね、なんか謎のやりとりしてるんですけど。
ま、常にわちゃわちゃですね。
どっちがボケかツッコミかももうわかんない感じなんだけど。
ま、ああいうやりとりずっとやってんだよね。
ことしの夏はイタリアに行きますさん。
どこ行くんだろう、イタリア羨ましいな。
コロナ前のね、2020年に行く予定だったんですよ、イタリアのミラノに。
でもね、コロナになっちゃってキャンセルになって。
ちょっとね、来年の夏ぐらい行けたらいいななんて思ってね、予定は立ててるんですけど。
ぜひね、夏、イタリア行ってきたらどんな旅だったかお便りで聞かせてください。
ありがとうございます。
もう1つね、紹介したいんですけど、ちょっとこれね、問題で。
あららーネームね、読んだらハッとしてね、ちょっと読むけどさ。
あららーネーム大前嫁さんから来ました。
楽しく拝聴しました。
2人の声が似てる感情をやめまーす。
括弧笑いって入ってます。
追伸ってね、この後続いてるんですけど、もうね、個人情報ばっかりだったので、
ちょっとこれはね、自主的に読むのをやめさせてもらうんですけど。
大前の奥さんからお便りが来ました。
僕らの声さ、似てるんだね。
配信、なんかね、自分ではあまり思わなかったんだけど、
配信を聞いたさ、友達とかから2人の声って似てるねーみたいなDMがいくつか来ていて、
あ、そうなんだなーと思ってさ。
一応ですね、配信の時は、気づいてたかな。
それでね、スラムに行ったらね、どんはまりしちゃったんですよ。
みんなが思うスラムってさ、すごく危なくて危険でやばい人ばかりがいるような、
まあ貧困層というか、そういう人たちがいるところは危険なところみたいなイメージがあるかもしれないけど、
僕が行ったねクロントイスラムは結構ね、それとは真逆って言ったらあれなんだけど、
すごく穏やかでっていうかね、気持ちのいい場所で、
なんていうのかな、昔の日本みたいな感じなのかな。
本当にねバンコクの一頭地のすぐ近くにあるんですよ。
プロンポンっていう駅があって、それはシャネルとかディオールとかさ、
そういうのが入るMコーティエとかっていうね、大きなデパートがある駅なんだけど、
そこから多分ね3,4キロぐらいしか離れてないと思うんだよね。
南にずっと行くと川が流れていて、そのね川の近くにあるスラムなんですよ。
確か東京ドーム2つ分ぐらいあるんだよね。
近くには貿易をするための、多分川で貿易をするための港とかもあって、
タンカーとかが山積みになったところもあるし、
あとはねクロントイ市場って言ってね、すごく大きな市場もあったりするんですね。
確か駅で言うとねクロントイっていう駅があった気がするんだよね。
でまぁそこに初めて行ってね、とにかく心地よかったんですよ。
いろんな人がいるから危ない人とかやばい人、危険な人ももちろんいるんだけど、
僕の周り、NGO関係の人だしその周りの人だから穏やかなのもあるかもしれないんですけど、
本当にみんないい人ですごくね気持ちよかったんだよね。
このねシーカーアジア財団っていうのは何をしてるかっていうと、
シャンティとかとね似た取り組みなんだけど、
スラム内に図書館を作っていて、そこでね子供たちが本を読めたりとか、
あとはこうレクレーションをしてね遊べるような環境を作ってるんですね。
単純にね図書館を運営してるだけじゃなくって、
僕ねすごい大切なことを聞いたんだけど、
まさスラムに住んでるだけに限らずね、
子供ってさ虐待を受けてる子供とかもいたりするわけじゃないですか。
要は家に居場所がない、
あとはさ両親が2人とも働きに出ていて、
夕方家に帰っても誰もいないとかね。
そういう子供たちのなんていうのかな保護される場所としても機能されてるんだよね。
子供たちがフラッと来て時間を潰して安心できる場所っていうのかな。
それでさよく来てる子供たちはさ大人の職員たちが毎日見てれば変化に気づくわけじゃないですか。
で何か変化があったらさ対応することができるかもしれないからね。
図書館ってただ本を読む場所だけじゃなくて、
そうやって子供をケアする、救うっていうのかな。
なんかそういう場所なんだなっていうのをそこで知りましたね。
僕ね、なんでこの人たち掃除しないんだろうって疑問に思ったんですよ。
そりゃさ、スラムだからしょうがねえって言ったらそれまでなんだけど、
自分たちでさ掃除したらさ、心地いい空間になるわけじゃないですか。
でさ、なんでこれ掃除しないんですかって僕聞いたら、
掃除をするっていう教育を受けてないんですってね、
回答が来て、はっとしたんだよね。
小さな子供たちはね、幼稚園とか小学校に行って、
そういう教育を受けていたりとか、
NGOの職員の人たちも綺麗好きだからね、掃除とかをしてるんだけど、
普通に生活してるスラムの人たちはさ、
教育を受ける機会がなかった人たちも多いから、
掃除をするっていうことを知らないんですよ。
僕らってさ、幼稚園とか小学校でさ、授業が終わったら掃除したじゃないですか。
今あるのかわかんないけど、雑巾掛けとかさ、したよね。
やっぱりさ、そういう経験がすごく大切なんだなって思いました。
それを見たときに。
なんかさ、自分の価値観でこの人たちは、
なんていうのかな、だらしなくて掃除をしないって勝手に決めつけてたんだよね、僕は。
でもそうじゃないんだよね。教育がされてなかった。
それはやっぱりさ、対政府の問題でもあると思うんだよね。
なんかね、それを聞いたときに一概にね、
この街が汚いっていうのをこの人たちのせいにしてはいけないなっていうのをね、
僕は改めて感じたんですよね。
でまぁね、そんな臭いエリアもあるんだけど、
でもね、飯がうまいのよ。
なんかね、シーカーの近くにあるね、屋台とかもめちゃめちゃうまくて、
やっぱね、うまい飯屋は行列ができんだよね。
大体いつも僕そこで夕飯食ってて、
あのタイの人たちってあんまりご飯作んないんですよ。
確かこれもう文化的に、スラムとか関係なしに、
みんな帰宅時に屋台とかでご飯を買って、
それもさ、ビニール袋にさ入れて、
面白いのはラーメンとか買っても全部ビニール袋に入ってきたりするのね。
輪ゴムでね、口を綺麗にキュッと縛ってね、持ち帰りさせられるんだけど、
まぁなんかそんな感じでみんなね、ご飯を作んない文化があるから、
屋台は結構繁盛していて、
僕さそのプロンポンってさっき言ったね、ディオールとかシャネルとか、
ああいうところにあるね、屋台とかよりね、
圧倒的にね、クロントイスラムの飯はね、うまかったと思うんだよね。
あ、でもね、ここで一つ言っときますけど、
バンココに行ったらさ、クロントイスラムって地域は近いんですよ。
だからね、僕の話を聞いてたらさ、
行ってみたいなってこれ聞いて思う方もいるかもしれないけど、
最初にも言ったように、みんながみんないい人じゃないし、
中にはやっぱりさ、どの地域でも一緒だと思うけど、
危ないことがあったりとか、スリとかね、そういうのもあるかもしれないから、
あんまりね、軽はずみな気持ちで、観光客の気分で行ったら絶対ダメです。
これはね、あの皆さん気をつけてください。
やばいね、スラムの話ね、本当にね、いろいろあってまあ話しちゃうんだけど、
まあそんな感じでさ、スラム、クロントイスラムがね、僕にとっては本当に心地よくて、
ここにね、いたいなって思ったんですよ。
最初はさ、興味がなくて無視してたくせに、一回行ったらさ、どんばまりしちゃって、
でさ、ここにいるためにはどうすればいいかなと思った時に、
仕事をしたらいいなと思って、仕事をしたらここに通うことができるよなと思って、
スラムにいたかったからさ、僕からね、そのシーカーアジア財団に仕事を振ったんですよ。
ブランド作ってみないって。
そのシーカーって建物の中に縫製所があって、そこにはね、スラムに住んでるお母さんたちが、
縫製所で物を作ってシーカーで販売をしていたんですよ。
結構シーカーって日本の人たちが支援をしていて、その人たちがね、こう視察がてら来たりしてたので、
その人たちに物を売ったりとか、あとはシーカーで作った物を、
さっき話したシャンティーを通して日本で販売したりとかしてたから、
縫製所でね、しっかり物を作るっていうことができたんですよ。
それでさ、だったらさ、ここでさ、ブランド作ったらどうですか?って僕が提案をして、
ブランドを作ることになりました。
何というブランドを作ったかというと、FEEMOOというブランドです。
このFEEMOOってね、アルファベットでFEEMUEって書くんだけど、
タイ語で腕前技術工芸品という意味ですね。
スラムの人々の持つ腕前をブランド、アイテムを通して発信していくっていうのが目的です。
スラムの人ってね、差別を受けていたんですよ。
僕はさ、外部から来てるから、どれぐらいの差別を受けてるかっていうのは、
肌身、なんていうのかな、真に受け止めることはできないんだけど、
いろんな話を聞いてると、スラムの中にね、小中学校まではあるんだけど、
高校が確かなくって、要はさ、高校は外に行かなきゃいけなくなるんだよね。
例えばさ、住所はスラムにあるわけじゃないですか。
で、高校は外に行くでしょ。
そうすると、高校でね、自分の住所をね、言えないみたいなことがあるらしくて、
やっぱりね、スラムに住んでると、いじめの対象になったり、仲間外れになったりするらしいんだよね。
もしかしたらね、時代が変わって、今ちょっと変化があるのかもしれないんだけど、
というのはやっぱり、タイのスラム以外に住んでる人、
まあほとんどの、そのバンコクのさ、要はさ、一等地に住んでる人たちもいっぱいいるわけですよ。
そういう人たちはね、スラムっていうところがやっぱり悪い場所っていう印象があって、
あそこに住んでる人は、やばいとか、窃盗、なんていうの、盗みをするとか、
やっぱりそういう印象がすごく強くて、スラムに住んでるイコールちょっとやばいみたいな印象があるから、
いじめの対象とかになっちゃうんだよね。
なんかね、僕それが許せなくて、というのが、僕が感じたスラムは、そういうスラムじゃなかったんですよ。
そういう人もいるかもしれないけど、それよりももっとなんていうのかな、
心地よくて、はっきり言って僕ね、バンコクのその都市部よりスラムの方が全然心地よくて気持ちよかったんだよね。
悪い人がいるのってさ、スラムだろうが都市だろうが一緒じゃん。
どこにだってさ、いい人もいれば悪い人もいる。
そこに住んでるからそこ全員が悪い人っていう目線で見るっていうのは、僕はどうしても許せなくて、
だったらさ、かっこいいブランド作ってさ、ギャフンと言わせてやろうぜ、みたいな気分で僕はね、作ったんですね。
そう、お母さんたちはね、それに対してどれぐらい乗ってくれてたのか、今となってわからないんだけど、
でもね、僕がデザインしたものをね、喜んで作ってくださって、
それをさ、さっき言ったプロンポンとか、あとね、フィムーネミュージアムショップとかでも販売されてるんですよ。
ミュージアムショップって言ったらさ、観光客もいっぱい来るしさ、なんていうの、きれいな格好した人とかがいっぱい行くわけじゃん。
そういうところでさ、自分たちが作ったものが売られると、やっぱり自信につながったと思うんだよね。
そうやってさ、スラムのイメージがちょっとずつね、良くなっていけばいいなと思って、僕はこのブランドを作りました。
でですよ、せっかくスラム初のブランドを作るんだったら、スラムらしい、クロントイスラムらしい何かを発表しなきゃなと思って、
結局ね、僕ね、スタート時は2ヶ月いたんですけど、最初の1ヶ月はね、ほぼリサーチだったんですね。
スラムにとにかく住み込んで、このスラムのなんていうのかな、特徴というか何かを見つけて、
それを作品化しなきゃいけないって言ってね、ずっと探してたんだけど全然見つかんなくって、ある時ね、一緒に行ってたメンバーが実はいまして、
写真家の橋本さんという方と堀甲太郎さんというグラフィックのデザイナーさんと、
あとね、ちょっと名前出していいかわかんないから、僕らの呼び名で言うんですけど、
のぶおっていう編集とかね、ライターをされている方も一緒に行ってたんですけど、確かね、堀さんが見つけてくれたような気がするんだよな、違ったかな。
なんかね、スラムってさっきも話したように拾ってきたものとかで家を作っていることが多くて、
ブルーシートがね、よく貼られてるんですよ。
というのが雨除けのためにバイクに敷いたりとか屋根にブルーシートを敷いてたりするんだけど、ある家がね、透明色のブルーシートを敷いてたんですよ。
あれなんだろうと思って、僕透明色のブルーシートって見たことないなと思って、これかっこいいじゃんと思って、
ブルーシートといえばさ、IKEAがさ、ブルーシートでバッグ作ってるじゃないですか。
なんかああいう感じのものを透明で作れたらクールでかっこよくなるんじゃないかなと思って、いいじゃんこれと思ってさ、
透明シートちょっとこれでバッグ作ろうよって言って、それをね、探すことになったんですけど、
前にも話した通り、タイって日本とは違って、この素材を使いたいから、なんていうの、サンプル帳を借りてきて、発注とかそういうことできないんですよ。
とにかくマーケットに足を出して、足を使ってマーケットを探し回らなきゃいけなくて、透明シートがね、全く見つからないんですよ。
もうね、2週間ぐらい、いろんなマーケット、何十個行ったんだろう。
もうね、その、縫製所のお母さんのお父さんのバイク便にまたがって、いろんなところに行って、
藤田さんあそこのマーケットあるかもしれないから行きましょうみたいな感じで、バイク便、もちろんノーヘルだよ。タイはノーヘルですからね。
あ、これ行っていいのかな。いいよね。タイだからね。
ヘルメット被ってた時もあったかな。ほとんどノーヘル。
で、2人乗りでバーって連れてってもらって、マーケット見るんだけどやっぱりなくって、
1ヶ月ぐらいね、経ってね、もうこれはないかなーって言ってた時に、お母さんがさ、その縫製所のね、お母さんが、米屋に透明の袋があったって言って、
おや?と思って行ってみたら、米をさ、何十キロって言われるでっかい袋が透明の袋だったんですよ。
で、そこに多分その米屋のブランドのシルクスクリーンがされていて、
これさ、シルクスクリーンない状態だったら使えるじゃんって言って、その米屋に交渉して、米袋からね、作ることになりました。
これがさ、悲しいところで、米袋を作る前の素材を見つけられたらいいんだけど、それがやっぱ見つけらんないのよ。
既に加工された米袋しかなくて、これはしょうがないよねって言って、それをカットしたりしてバッグを作って、透明のね、ブルーシートのようなものでバッグを作ったんですね。
で、それが結構さ、なんていうのかな、シグネチャーアイテムというか、スラムらしいね、なんかスラムで作ってるバッグっぽいよねっていうね、認めてもらって、
さっき言ったようにミュージアムショップとかタイ、バンコクではね、10店舗以上で売られてんじゃないのかな。
結構ね、これね人気のバッグなんですよ。
まぁそんな感じでね、2017年にスタートして今年で6年目を迎えます。
さっきも言ったけどさ、あのー、一緒にね、行ってくださったスタッフがいて、写真家の橋本ひろたかさんとグラフィックデザイナーの堀光太郎さん、
あとは編集ライターの信夫さんね。
えっとね、この方々にはね、いろんなことやってもらって、
まぁ堀さんにはフィームーのロゴを作ってもらったり、橋本さんにはね、クロントイスラムの写真をたくさん撮っていただいたんですよ。
それでね、クロントイっていうね写真集を作ったんですね。
このブランドの目的って単純にものを作って、スラムのさ、認知を上げていこうっていうだけじゃなくって、