マスコミやネットで大騒ぎの「兵庫県知事」問題について。
様々な情報が飛び交い、事態が二転三転している状況に、私も本当に驚いています。
膨大な情報が錯綜する中で、私たちはいったい、誰を信じ、何を選ぶべきなのでしょうか。
今回の件について、私が感じたことを話してみました。最近はポリヴェーガル理論の解説を続けていましたが、今回は少し趣向を変えて、番外編としてお届けします。ご興味ある方はぜひお聞きください。
配信で特にお伝えしたかったのは、次の2点です。
★1men(1つの面・1人の声)だけで判断しない。
★全否定や全肯定は危険。絶対の人も物事も存在しない。
▼note記事はこちら
https://note.com/yotsuba_cafe/n/n8f7da309db51
▼文字起こし付きのLISTEN音声記事はこちら
https://listen.style/p/yotsuba_cafe/crpyqqtr
※ご質問やコメントは、noteやLISTENで受け付けています。
#兵庫県知事 #マスコミ #ネット #情報化社会 #意思決定
#公認心理師法 #全否定・全肯定 #部分否定・部分肯定 #多面的思考
サマリー
兵庫県知事問題を通じて、情報が錯綜する中での判断の重要性が語られています。一面的な全否定や全肯定ではなく、多角的な視点を持つことが求められています。特に、マスコミやネットの情報の影響や、それに対する反省も共有されています。また、複数の意見を持ち、部分的に判断することの重要性についても触れられています。
兵庫県知事問題の背景
こんにちは。のびやか四葉カフェをお届けしています。
公認心理師の四葉さわこです。
今回は少しイレギュラーな内容になるんですが、緊急ってほどではないですけど、
ぜひ発信したいなと思って収録してみました。
今、ポリヴェーガル理論入門編の解説配信をしているんですけど、
それはまた続きは次回配信しますので、そちらはお待ちください。
はい、では今日のタイトルですね。
誰を信じ何を選ぶ?錯綜する情報の中で。
というタイトルにしました。
これね、ここ1、2ヶ月? 夏ぐらいから話題になっている兵庫県知事の問題です。
これも本当にね、二転三転してびっくりしてます私も。
今の世の中、本当にタイトルでも示しましたけど、情報がたくさんあって作想してますよね。
マスコミでもネットでも。
今回の兵庫県知事問題は本当に象徴的っていうか、
これを機に学べる部分もあるし、気をつけなきゃいけないって、
改めて反省できるというか、見直せるところがあるなと思って、
皆さんとちょっと共有したいなと思ったんです。
私自身ね、ちょうど1週間前かな、11月17日にLINE公式とメルマガだけなんですけれど、
この件をちょっと配信したんですよね。
チラッとお伝えしただけなんで、それで誤解されたりとかね、不信感抱かれている方もいるかもしれないので、
支持と反発の動き
改めて自分の考えをここで述べておきたいなと思ったんです。
ちなみに、私は兵庫県知事問題で、特定の誰かを支持したり味方したりしていません。
そこはぜひご理解ください。
あくまで今回の事象について、私が感じたこと、
皆さんと一緒に気をつけたいよねって共有したいことを話す内容にしたいと思います。
今回私が伝えたい結論はこれになります。
1men(いちめん)だけで、全否定、全肯定しないってことです。
1men(いちめん)っていうのは、概要欄にも書いたんだけれども、
一つの面、一人の声、両方を兼ねて表現しています。
一つの側面とか、一人の言ってることだけで判断したくないってことですね。
あと全否定、全肯定っていうのは、一つの情報なり何か聞いて、
その人全体とかそのこと全体を全部否定するのが全否定。
全肯定は逆ですね。この人の言うことなら絶対信じるみたいな。
それどっちも危険だし、思考停止じゃないかと思うんですよね。
だから一面だけで全否定、全肯定しないように気をつけましょうっていうのが、
今回私が一番伝えたい結論、メッセージになります。
今回の兵庫県知事の問題、皆さんマスコミなりネットなりで情報をご覧になってますかね。
ご存知の方も多いと思うんだけれど、人によってどこまで情報を知ってるかどうかっていうのがあると思うので、
簡単に説明すると、まず最初に夏、春から夏ぐらいですかね、
当時の斎藤元彦兵庫県知事がパワハラとかをおねだりしてるっていうことが、
一部の県職員、県民局長だったかなに告発されて、
そのことでマスコミが一斉にパワハラだ、おねだりだ、そのせいで、
告発した人が7月ぐらいに自死なさったんですよね。
パワハラのせいでそういうことになったんだ、公益通報の人守らなかったからだ、
袋叩きみたいな状態になってたんですよね。
県議会から不信任案提出されて、全員の賛成で退陣みたいな形になって、
でも再度立候補して、最初は支持する人ほとんど、
みんなマスコミの言うことも影響を受けて支持してなかったんだけれど、
ネットの方で、いや違うんじゃないの、
斉藤さんパワハラとかおねだりそんなにしてないよとか、
実はこういうことしてくれてる人だよとか、擁護するような意見も出て、
さらにそこに今回の兵庫県知事の立候補で、
立花孝志さんっていうNHKをぶっ潰せみたいなことを言ってる人ですね。
この人が、実は今回こういう知らされてない事実があったんですよ。
自死した県民局長は、実は公的なパソコンにこんなプライベートなことを入れてたんですよ、
みたいなことを言い出して、世論というか、あれが変わってきたんですよね。
ネットでそういう情報が立花さんもバンバン流すし、他の人たちも流すしっていうので、
斉藤さん、そうだったんだ、斉藤さんを信じるとか、やっぱりマスコミはおかしいみたいな感じになって、
11月17日の夜ですね、立花さん、じゃなくて斉藤元彦氏が再当選したと。
マスコミ、オールドメディアとネットの戦いで、ネットが勝ったとか、時代が変わったみたいな大騒ぎになってたんだけれども、
判断の重要性
最近になって、折田楓さんっていう人、PR会社の社長さん、女の人かな。
その人が斉藤元彦氏の今回の選挙にあたって、SNS戦略とか、いろんな広報的なことを全面的に受け負ってたのかな、多分ね。
その女社長さん、折田さんがnoteとかで、実は立花さんのおかげで斉藤さんが当選しただけじゃなくて、
私がこんなことをこんなにやったから斉藤さんは当選したんですよと言わんばかりの内容を出してしまって、
それが公職選挙法違反じゃないの?っていうお金をもらって、一人の候補者をそういう宣伝みたいなことをするのがまずいらしいんですよね。
ポスター作ってもらって、ポスターにお金払うとか、ウグイス嬢のお金払うとか、一部のことは認められてるんだけれども、
SNS戦略みたいなものをそこに有償でやってもらうっていうのは認められてないのかな、公職選挙法的にね。
そういうので、これまで斉藤さんをネットの情報とか立花さんの話聞いて、
そうだったんだ、斉藤さん支持する、みたいになってた人が騙されたとか、信じてたのに、みたいになったりして、やいのやいのみたいな、そんな感じになってるらしいんです。
ここまでいろいろな登場人物とか物事が起きてますけど、
私が言いたいのは、さっき言った結論の通りですよ。一面だけ、一人の言ってることとか一つの面だけで判断しちゃダメですよね。しかもそれが全否定、全肯定みたいには。
だって100%正しい人も100%の悪人もいないと思うんですよ。そういう物事も本当に完璧に潔白とか、ちょっと都合の悪いところが全くない人とかもいないと思うんですよね。
人っていいところも悪いところもある。都合いいところも都合悪いところもあって、評価する人によってその人の言うことが都合がいい面もあったり都合が悪い面もあったりするわけですよ。
例えばNHKぶっ潰せの立花さんもね、私も個人的にそのやり方とかに疑問を持つ部分的には、ああいうやり方どうなのと思う部分はあるけれども、でも立花さんがやって、やり方はすごかったけれどもどうかなと思うけれども、
ああいう情報を出してくれたことで初めて知れた、マスコミが全然出してなかった情報を知れたという功績というかね、そういう部分は一定の評価してもいいのかなと思うところもあるんです。
あと斉藤さんにしても、実際にネットとかで言われているような実績というかね、そういうところもあると思うんですよ。県立高校のトイレも改善してくれたとかね。
それがあるのも事実なんだろうし、一方で既得権益だったりそういうものを改革するっていうので一気にやりすぎちゃったとかね、職員たちのやっぱり反発を食らうだけの少しパワハラチックな態度とかね、強引なところもあったんじゃないかと思うんですよね。
情報と評価の多様性
そういう改革っていうのも、例えば県民にとっては一般県民にとっては都合がいいとかありがたいけれども、県職員にとっては都合が悪いとか大変で困るっていう、やっぱり立場によって評価が変わるところって絶対あるじゃないですか。
だから人でも物事でも評価だろうがなんだろうが、一面だけで判断するのはおかしくて、人や物事は多面的なものなんですよ。
あと、その出来事なり評価に裏にはその理由とか背景とかもあったりするわけです。しかもそのいろんな原因っていうのは一つじゃなくて複合的なものだと思う。
だからそんな簡単にね、こっちが正しい、こっちが間違ってるとか、絶対の真実はこれだとか、そういうこと言うこと自体がナンセンスっていうかおかしい。そもそも絶対の真実とか正しさなんてないと思います。
時代や立場などでいくらでも正しさとか真実なんて変わっちゃうんですもん。それって法律すらそうだと思うんですよね。今回公職選挙法、法律的には間違ってるとか正しいとか政府とかいろいろ言われてますけど、
法律すら絶対に正しいとか、絶対に正しいものじゃないよね。法律も穴があったり、一部不公平だったり、非現実的な法律ってあると思うんです。
今回の公職選挙法もね、今ネットの時代になって、どこまでお金かけて頼んでいいか悪いかっていうところで、ちょっと現実に合ってない部分も公職選挙法規制のところでね、あるんじゃないかななんてこともちょっと思いましたね。
お金払えばそういうこといくらでもやれるってなったら、やっぱりお金ある人しか選挙に勝てないみたいになるから、そこの難しさも確かにあるんだけれど。
法律っていうところでは、私、公認心理師ですけれども、公認心理師法っていう法律もあってね、その法律もね、法律になってるから決まっちゃったから守らなきゃいけないんだけれども、
でもその公認心理師がクライアントさんをカウンセリングするときに、そのクライアントさんが病院に通院していたら、その通院している病院の主治医の指示を公認心理師は絶対仰がなきゃいけないとか、なんかね、そういう法律もあって。
そこなんて本当賛否両論でね、はっきり言って、病院側っていうか、医師にお医者さんにとって都合のいい法律になってる部分もあるんですよね。公認心理師側とかクライアントさんの利益とか考えたときに、その法律どうなの?みたいなのもやっぱあるわけですよ。
だから、話がちょっと脱線したかもしれないけれど、改めて私たちが肝に銘じなきゃいけないことは、もうタイトルとさっき結論で言ったことの通りです。
判断の重要性
本当にこの情報がたくさんあって錯綜する中で、誰を信じて何を選ぶのかっていうときに、一面だけで判断したらダメです。
一つの面や一人の声だけで判断したり、ましてや一人の人や一意見を全否定や全肯定するあり方はちょっと違います。違うと思う。それは避けるべきだと思う。ゼロか100か白か黒か思考ですよね。
少なくとも賛成反対の両方の意見は聞いておきたいし、何か選ぶときにも3つ以上の複数意見は確認しておきたいですよね。
あとは全否定・全肯定という部分については、全否定・全肯定ということ自カラダを良くない。やめようと思った方がいいと思います。
絶対の真実とか100%正しい悪いなんてことは特に人間関係においてはない。ないと私は思ってますので。
だから「部分否定、部分肯定」っていう見方を覚えたいというか意識したいですね。
同じ人でも同じ物事でもこういう側面もある。この部分は私否定的だな否定したいな。でもこの部分は賛成だなっていう部分否定や部分肯定を冷静にできる私たちでありたいですよね。
だから私のことも四葉さわこはこういうふうに言ってるけど、四葉さんのこの部分は賛成できるけど、この部分はちょっと賛成できないなぁでいいと思うんです。それぞれ意見があってね。
ただ私がこういう意見言ってたからって、政治のこととか言う四葉さんイヤだもん。四葉さわこ全体を全否定されちゃうのはちょっと悲しいよね。悲しいです。
だから一面だけで全否定・全肯定はしない。冷静に部分的に判断できる私たちであるように気をつけましょうっていうのが今回お伝えしたいことでした。
はい、ではここまでお聞きいただきありがとうございました。
17:27
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