【フリートーク】#7 まず「竹取物語」である2つの理由 #はじめての学び
2026-06-21 09:09

【フリートーク】#7 まず「竹取物語」である2つの理由 #はじめての学び

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テーマは「はじめての学び」


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サマリー

このエピソードでは、日本の学校教育で最初に学ぶ古典文学として「竹取物語」が選ばれる理由を2つ解説しています。1つ目は、多くの人が「かぐや姫」の物語として昔話や絵本で親しんでいるため、内容を推測しやすいことです。2つ目は、現存する最も古い物語の一つであり、平安時代の言葉遣いや文法を学ぶ上で基準となるためです。物語形式であることも、展開を予想しやすく、古典文学に親しむ入り口として適していると説明しています。

「竹取物語」が最初の古典文学である理由
吉村ジョナサンの高校古典講義、はじめて参ります。
今回は、まず竹取物語である2つの理由ということでお話していきたいと思います。
なぜか中学校の教科書では、だいたいこの竹取物語の冒頭部分が教材として使われているんですね。
ですから、ほとんどの人にとって最初に勉強する古典文学っていうのは、竹取物語なんです。
では、なぜ竹取物語なのか? これは大きく2つの理由をお話したいと思います。
1つ目は、まずは昔話として知っているっていうことは大きいと思います。
これも必ず知っているかというと怪しいですけれども、
かぐや姫というお話として、大体の内容は絵本だったり、昔話として触れたことがある人が多いと思うんですね。
細かいところは、もしかしたら絵本によってとか、書かれている本によって違ったりしても、
大体のあらすじは同じだったりするわけなんですね。
ですからそれを踏まえると、中学校で初めて触れるとしても、
大体こんな話なのかなっていうことが予想できるわけです。
また竹取物語という名前を聞いただけで、なんとなくかぐや姫を連想したりもできる人もいると思うんですね。
そもそも竹取物語という名前で知っている人もいれば、
なんか竹の中から女の子が出てくる話みたいな感じで、竹取物語がピンとくる人もいるかもしれません。
そんなふうにすでに昔話として、絵本のお話として知っているっていうのは大きいと思うんですね。
ただそれだけだと、実はいろんな絵本で描かれているお話として、古典文学って他にもいろいろあったりするわけなんですね。
じゃあなぜその中でも竹取物語なのか。
それが2つ目の理由。
それが最も古い物語だっていうことはあると思います。
正確には現存する最も古い物語。
文字で書かれて現代に伝わっているものっていうのはごくわずかですから、
その中で最も古いとされているのが竹取物語なんですね。
これはまず時代としては平安時代初期なんですね。
そうするとですね、今とはだいぶ違う言葉とか言葉遣い、言葉の響きがあるわけですね。
これが例えば江戸時代くらいの文章だと割合、現代の日本語と似てたりするんですよね。
そうするとちょっと古典文学を学ぶとしたらなんか誤解があるというか、
いやもうちょっと古典文学にももっと違うものがあるよということが言えるので、
なのでやっぱり平安時代っていうのがですね、古典文学としてはいわゆる古文らしいものとされるんですね。
これもいろいろ理由があるんですけれども、もちろん学校で勉強する教材としてはいろんな時代のものを勉強するんですが、
やっぱり平安時代のものっていうのが有名だったりするんですね。
例えば文法なんかで言うと、文法っていうのはその平安時代の文法なんかが基準になっていたりもするんです。
ですから平安時代の作品っていうのがメインだ、メジャーだ、主流だと思っていただくといいと思うんです。
そういうところからも竹取物語っていうのはそこから大きく離れないんですね。
ちょっと古すぎちゃって、もう少し後の時代の作品と比べると特殊な用法、言葉遣いなんかもあったりはするんだけれども、
まあまあその後の室町鎌倉時代とか、あとは江戸時代なんかと比べるとまだなんていうか古文らしいんだと思うんですね。
そういったものを読むことで、現代と同じような言葉でも違う意味だなとか、
あとは現代では使われない言葉が使われているなとか、そういったことが非常にわかりやすいんだと思うんです。
はっきりするということですね。
あとは最も古い物語だっていうのも非常に大事なポイントです。
古典文学にはいろんなジャンル分けがありまして、物語以外にも例えば随筆なんかも人気の作品があるんですね。
枕草子とかツレツレ草なんかが随筆と呼ばれたりします。
これも有名だし、まあ時代としても枕草子なんかは平安時代だからちょうどいいのかと思うんですけど、
ただですね、随筆ってちょっと難しいんですね。
なぜかっていうと物語っていうのは何か起承転結がある程度あるというか、もしかしたら次はこういう展開になるのかな。
例えば、おじいさんが竹を取りに行きましたって言ったら、その竹を取りに行った先で何かがあるんだろうなってことが予想できるわけですね。
あとはそこで5人の男性が現れましたって言ったら、その5人の男性と何かエピソードが合うのかなっていうふうに想像しやすいんですよね。
ところが随筆とか、まあ要するにそういうノンフィクション寄りのものっていうのは、次の展開が少し予想しにくい。
特に古典文学、古文だといきなり展開が変わる、話の流れが変わるっていうのが、現代の作品と比べても非常にわかりにくかったりするので、想像しにくいんですね。
次の展開が予想しにくいんです。
そういった意味で物語の方が読みやすいっていうのはあるでしょうね。
じゃあその日本の学校で勉強する教材として古典文学って最初に何をするかっていうと、まあこれもねいろんなことをやるんです。
中学校で勉強することっていうのは必ずしも内容を理解するとか単語を覚えるとか文法的に解釈するっていうことではないんですね。
あくまで古典文学をいかに味わい楽しむかっていうところがメインになってくるので、いろんなことをやるんです。
それで朗読してみたりとか音読してみたり演劇にしてみたり、あとはそれで絵を描いてみたり、いろんな教材の生かし方っていうのはあるんですね。
いろんな生かし方があるんですけど、大抵まずやるのは音読ですね。
つまり響きとして味わうっていうことは大体やるんですよ。
まずは読めるようになる、音で読めるようになるっていうことが古文の出発点であるっていうこともあると思うんです。
そういうことからすると竹取物語っていうのはですね、音としても非常に魅力的なんですね。
もちろん他の作品も魅力的ではあるんですけれど、やっぱり竹取物語の冒頭なんかは特にいろんな人が触れてきたっていうこともあるし、
その中で見出されてきた価値、響きの面白さっていうのが共通理解としてあるので、それを味わう。
それも一つの魅力で、その魅力の根本に合うのは例えば時代的なものだったりとか、あと物語性であったりとか、そういうことが影響してるんだと思います。
そんなふうな理由もあってだと思うんですね。
竹取物語がほとんどの人にとって初めて出会う古典文学である。
初めて学ぶ古典文学だということになるんだと思います。
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