こんにちは、よしこ🌍です。今日はね、ちょっと急遽ではあるんですけれどもね、ライブをしたいなと思います。
はい、で、ちょっとね、タイトルにもつけているんですけども、今日のライブテーマはですね、物事の習得可否は能力値ではなく学び方が左右する、学び方で決まるっていうことですね。
はい。 ちょっとね、これについてお話ししていこうと思います。
で、これね、何の話かっていうと、何でもそうなんですけども、
何かをね、学んだりとか習得したいなっていうふうに思った時に
結構ね、その、皆さんよくあるのが、できてる人と比べて自分には才能がないとか能力がないっていうふうに思いがちだったりするんですけども、
私はね、そこはね、そんなに関係ないかなって思ってるんですね。
で、確かにその学びのセンスがいい人っていうのはいるんですよ。
だからその感度というか、感どころが良くて、すぐにね、キャッチアップできる人っていうのは確かに一定数存在はします。
ただ、その人たちと比べて違うところっていうのは能力値ではないんですよね。
で、一番その何が大きく影響するかっていうと、私自身は学び方だなっていうふうに思っているんですね。
で、最近にそのいろんなこと、その仕事とかもそうですし、プライベートのこととかもそうなんですけど、
やっぱり何かね、周りを見ていてすごく感じるのは、いろんな、何でもいいんですけど、勉強でも仕事でも何でもいいんですけど、
何か新しいことを学びますっていうふうになった時に、それがすごく早く身につく人とそうじゃない人の違いっていうのは、やっぱり学び方だなっていうふうに思っていて、
で、その学び方が自分に合ってるかどうかで、格段にその習得度、習熟度が変わってくるなっていうのが私の個人的な感覚なんですよね。
だから決して能力値の問題ではないんですよ。だけど結構多くの人が、例えば言語とかもそうなんですけど、能力の問題で片付けてしまうことがすごく多いなって思ってるんですね。
ふゆこさんありがとうございます。よっしゃー。こんにちは。ありがとうございます。
ふゆこさん学びの代わり、あ、そうなんですね。形成性盛り損ねました。あらー、そうだったんですね。
今日はですね、足立区の方に行かれてるということで、トレーニーライナーでしたっけ?乗ってらっしゃるとお見かけにしておりました。
私ね、実家がそっちの方なんで、おっとも言いながら見ておりました。はい、お疲れ様です。
マイク起きた。こんにちは。よそよそ氏。ありがとう来てくれて。
今日はですね、ちょっと物事の習得可否。習得可否って言い方ちょっと変なのけど、
何か新しい学びを自分のものにできるかどうかとか、それをしっかりできる状態に持っていけるかどうかっていうのは、能力の問題じゃないよっていう話を
今日はね、ちょっとしたいなと思って、ちょっと急遽なんですけどね、ライブをさせていただいております。
今ちょうど話してたのが、わりとね、皆さん、例えば何かができる人と比べた時に、自分がまだそれができていない状態の時に、
結構その比べて、あの人はできる人だから、みたいな。
私にはその才能がないとか、その能力の問題で片付けようとする人が結構多いかなと思っていて、
最初にもちょっと言ったんですけど、確かにその学びのセンスがある人っていうのがいるんですよ。
だから何やらせてもある程度上手いみたいなね、できちゃうみたいな人はいるんですけど、
それはそれで、ただ、それはね、だからセンスの問題なので、能力ではないんですよね。
で、じゃあ何かっていうと、一番大きいのは、その学び方なんですよね。
それが自分に合ってるかどうかだと思うんですよ。
そう。
あ、ゆかさんありがとうございます。能力じゃないよって言ってもらえるという希望が湧きます。
ああ、ありがとうございます。でも本当にそうだと思うんですよね。
なんか、そうそう、私が思ってる、例えば、もちろん私も苦手なことがあって、
例えば数学とかね、大嫌いだったんですけど、今でも苦手だしできないしやりたくはないんですけど、
でもその、例えばじゃあ数学めちゃくちゃできる人って、
その、何ていうのかな、分かるから楽しいっていうのもあると思うんですけど、
自分が分かる状態になりやすい学び方を多分知っているはずなんですよ。
私はじゃあ何でダメだったかっていうと、決して多分能力がないわけではないんですね。
多分ね、脳の構造は結構ね、数学的っていうか、私は多分結構論理的なので、
数学ね、本当は多分やったらできたはずなんですよ。
自分で言うのもなんですけど。
なんですけど、じゃあ何でできなかったかっていうと、やっぱりね、もう途中から分かんなかったんですよね。
だから学び方が本当に合ってなかった。
これはこうで、こうで、こうでしょっていうその、え?何がどうなってどうなのっていうのを
全然やっぱり理解できないまま、どんどん次に行かれちゃったっていうか、
だからそれが、なんていうのかな、もっと多分違う学び方だったらきっと分かっただろうなってすごい思うんですよね。
今だと逆に言うと、サイエンスとかケミストリーとかすごい興味があって、
なるほどねって思うわけですよ。
そういうのを教えている人たちの動画とかあるじゃないですか、ああいうの見ると面白いなと思って、
こういう学び方だったらすごいもっとやりたいと思ってたなとか、
分かるなとかやっぱ思うんですよね。
だからそう思うと、
その学び方だったなってすごく思うんですよね。
だからできるできないっていうのは能力の差ではないんですよね。
いかにそれをそこにね、新しい学びが目の前に来た時に、
その学び方が合っていたかどうかっていうところがすごく大きいなって思うんですよね。
ふゆこさん、ありがとうございます。
勝手に諦める?
そうそうそうなんですよ。本当なんか勝手に能力の差として片付けちゃうっていうかね。
でも全然そんなことないなって私は思います。
分かりすぎる。
ふゆこさん、ありがとうございます。
おっしゃりたいことが相変わらず分かりすぎる。
嬉しい。ありがとうございます。
ふゆこさんとはこの辺の感覚に似てますね。
ありがとうございます。
だからそこだなって思うんですよ。
習い事とかもそうじゃないですか。
自分ももちろんそうだったし、自分の子供もそうなんですけど、
やっぱりちゃんと子供の特徴というかね、
見てるとどういう環境だったら合いそうかって分かるんですよね。
それが合っているか合っていないかだけなんですよ。
だから能力があるかどうかではなくて、
その学ぶという学び方、環境、やり方、それが合うかどうかなんですよね。
だからそれを変えたらいいだけかなっていうふうに思ってます。
私、幼稚園の時に体操教室に行ってたんですけど、
私めちゃくちゃ運動音痴なんですよ。
運動そのものは嫌いなんですけど、
私の幼少期の記憶で、体操教室でできなかったっていう記憶が残ってるから、
そういうのが嫌いになったっていう感覚があるんですよ。
だからあの時に、もっとこういうふうに、別に多席にしてるわけじゃないですよ。
もっとこういうやり方で教えてもらってたら好きだったかもなって思うことがあるんですよね。
できないことを注意されるとかすごい嫌だったんですよ。
体操教室とかも当たりますけど、
割とやっぱり体元々柔らかくてとか、運動神経いい子もいるし、
そういう子たちが早めにできるっていうのと、
ちょっとそういう感覚が鈍い私みたいな人とかって、
やっぱりできるようになり方が違うじゃないですか。
それを一辺倒に全部同じふうにやると、
やっぱり分かんないとかできないっていう人が出てくると思うんですね。
それは当然のことなんですよ。
だって学び方1個しかやってないから。
それに合うか合わないか。で、合えば上達する。
合わなかったら落ちこぼれるみたいなね。
本当にそこなんですよね。
だからそれでもし私がね、もっと別のね、
なんていうのかな、
例えば測点とかさ、あるじゃないですか。
好点とかいろいろあると思うんですけど、体操もね。
そういうのをやっていく、
もっと手前のこととかを別の形でトレーニングするとかね。
そこから始めるみたいなことをやってる体操教師とかがもしあったら、
もうちょっとなんかマシだったかなって思ったりするんですよ。
で、私の中で学びって全部これなんですよね。
うん、分かるね。そうだよね。
そうそう、私の栄養商品。
めっちゃ運動音痴だった。今も運動音痴なんだけど。
そう、ゆう子さん分かる。出会い方ね。
第一印象、そうですね。
子供の野球しくったと今でも。
そうなんですね。やっぱありますよね。
でもそれはそれで別にいいと思うんですけど、
でもなんかじゃあ、後から興味持った時とかにも、
そういうやり方じゃない方法で教えてくれるとかっていうのもすごい大事だと思うんですよね。
私は結構この学び方っていうところにすごく周囲を向けてきたっていうか、
自分が何かを習得しようと思った時に、
どういうその教え方をしているかっていうか、
どういうプロセス、アプローチでそのことを語ってくれる講師の人なのかみたいなところにすごく注目して選んできたんですよね。
と私は思ってるんですね、自分で。
それが結果として何でも良かったなって思うんですよ。
だから自分のその選択が自分に合ってたっていうか、
それは私が自分はこういうのが合うってわかってるからなんですけど、
それを選んでこれたからこそ、そういうことが身につけられたなって思うことが結構たくさんあるんですね。
だからそこの学び方次第かなっていうのは私はすごく思っていて、
だからそれが合うか合わないかっていうところなんだなっていうのは最近すごく思ってます。
ただその学び方の違いっていうのももちろんあるんですけど、
それがまず一つ、だから自分に合う学び方をちゃんと見極めましょうねっていうところが、
何かを新しく始めるとか学ぶ、習得したいと思った時にはやっぱり一番最初にそこの学び方っていうところに注目した方がいいなっていうのは一つ思ってます。
ただ一方でもう一つ思っていることとしては、
学び方の違いっていうのはあるんですけど、
本来的な学びのプロセスっていうか、こういう手順でっていうか、
こういう順を追ってできるようになりますよっていうそのプロセスそのものっていうのは基本的に全部一緒なんですよね。
そうだからそれをどこを切り取って伝えてるかとか、
あとはその学びのフェーズのどこをやってるのかっていうことによる違いっていうのは結構あるかなと思ってて、
ただ元をたどっていくと意外と一緒だったりするなっていうアプローチの違いはあるかもしれませんけど、
あとはどこに注力してるかっていうところの違いは結構あるなと思います。
それも人によってもちろんそのプロセス自体もこっちが先だとかこっちが先だっていう人はもちろんいると思うんですけど、
私が言ってるのは人間が何かを学んでいくということに対するプロセスっていうのは基本全部一緒だと思っていて、
だからその本来的なっていうのはそういう意味で、
だから言葉にしろテクノロジーにしろ何かのノウハウにしろ何でもそうなんですけど、
人が、物が変わったとしても人が何かを覚えていく、
習得していく、さらにその習熟度が上がっていくっていうそのフェーズっていうのは基本やっぱ全部一緒だなっていうふうに思ってるんですね。
だからそこの学びのその本来的なプロセスっていう手順は変わらないよっていうのはあります。
で何でかっていうと、それがやっぱ真理なんですよね。
あ、ゆかさんありがとうございます。
あ、そうそうそうですね。
しゅはり的な感じですね。そんな感じです。
しゅはりっていうのももちろんそうで、
ただそれはなんていうのかな、自分がそうですね、
最初その習うところはそのしゅに当たると思うんですけど、
そのしゅの中のプロセスがあると思うんですよね。
どういう手順でっていうのが多分あるなと思っているので、
だからそこがまず一緒っていうかそうで、
なんでそうかっていうとやっぱりその人が、
本当にこれあの人間が成長していく過程という、
その要赤ちゃんから大人になっていく過程でやっていることっていうのが私は基本的にすべて、
それが基本だと思ってるんですね。
それが学びの真理だと思うんですよ。
だからその赤ちゃんが大人になっていくその過程で起こっていることが真の学びのプロセスであって、
そこに習っていくっていうのが結構基本かなっていうのは私は思ってるんですよね。
で、それを大気化したっていうものがいろんなその学び方になっていくんだと思うんですけど、
それでだからどこを切り取っていくかっていう話かなっていうふうに思うんですよね。
なので本当に人間がナチュラルに何かができるようになっていくプロセスっていうのが、
やっぱそれが真理かなっていうふうに思ってます。
で、これが一番わかりやすいのが私はやっぱり言語だと思ってるんですよね。
言葉を覚える、発する、語彙力が増えるっていうやっぱりこの言語を学ぶっていうことにおいては、
めちゃくちゃその学びの真理っていうことが本当にそのまま出てくると思うんですよね。
だからそれに習うってことなんですよ。
私はそれを理に沿うっていう言い方をしてるんですけど、
だから人が成長していく過程で必ず踏んでいるプロセスっていうのをそのまま学びにしたらいいと思うんですね。
学びでやったらいいと思うんですよ。
その中にやっぱ一つ一番大きいのは真似るっていうことなんですよね。
これはもう本当に私は何でもそうだと思うんですけど、
ただ真似るっていうのもやっぱり選んだほうがいいと思うんですよね。
その辺のちょっとティップス的な話っていうのはやっぱりあるんですけど、別で。
あ、よっこさんありがとう。なるほど。ありがとうございます。
だからそれが本当に一番わかりやすいのが言語だと思うんですよね。
だからセミナー今週の17、18でちょっと英語のね、どうやって学んでいくかっていうところの
本当になんか基本的なお話をさせていただくんですけども、そこで話すこともまさにそれで。
だから一番本当にわかりやすいのはお子さんいる方は特にね、お子さんを見てくださいっていう感じなんですよ。
私は今回この話をしたいなって思ったこの内容って、自分がやってきたことと照らし合わせた時に
自分の子供たちを見てて、6歳2歳で、息子が今6歳までになってくるまでの間、今ももちろん現在進行形なんですけど
どうやって彼が言葉を増やして使いこなしてきてるかっていうのをずっと観察してるんですね。
2歳の娘のこともそうなんですけど、0歳からこの2歳に至るまでに
彼女がどうやって言葉を覚えてきてるかっていうのを、私は子供たちが0歳の時からずっと見てるんですよ。
それを見てて、自分の、私の英語を学んだ経緯とかっていうのを考えた時に
同じだなって思ったんですよね、やっぱり。だから自然にできるだって思ったんですよ。
だから私はある程度のレベルのところまでっていうのは、自分が生まれてきてから成長をたどっていく過程と同じように
勉強じゃないんですよ。勉強じゃなくって、普段の生活の中で自然に生きてる中で
ある程度のレベルまでっていうのは絶対に習得できると思ってるんですよね。
私たちも日本語を勉強したかって言われたら、勉強が始まったのは途中からですよね。
そんなでも手前側のところって多分自然にやってるじゃないですか。
だからそこの違いっていうか、だなっていうのをすごく思ってるんですよね。
だから子供を見るとすごい本当にわかりやすくて、だから子供がやってることを大人もやったらいいんですよ。
学びに関して言うと。
ただ、それが一番わかりやすいのが言語だなと思っていて、
だから英語を学ぶっていうことに関しても、同じそこのプロセスを踏んでいくっていうことを私はすごく大事にしていて、
それを自然に私の場合はやってたから、ある程度のところまでは何もしなくてもできたんだろうなって思ってるんですね。
ただ、もちろん日本語もそうなんですけど、
例えばビジネス的なシーンで使う言葉だったり言い回しっていうのは、
勿論母国語の場合は自然に学んでいくこともできるんですけど、
ただ漢字とかはもちろんそうだと思うんですけど、
漢字ってさ、肝心一休とかぐらいになってくると本当読めないじゃないですか。
何この漢字みたいなのあるじゃないですか。
それはやっぱり勉強なんですよね。そこは勉強ゾーンなんですよ。
だから日本人でも別に自然にできていくところと、
それ以上を求めようと思ったら勉強のゾーンに入っていくところってやっぱり線があるじゃないですか。
ある一定のレベルというか。
だからそこは勉強必要なんです。
だけどそこに到達するまでは別に勉強しなくてもいいんですよと思ってるんですね。
だけど私が思っているのは、
日本人が例えば英語を学ぼうと思った時に、
勉強しようとするじゃないですか。
日本人は真面目だからね。
それはいいことなんですけど、最初から勉強しようとするんですよ。
でもめちゃくちゃそこってレベル高いんですよね。
だから学びのプロセスをスキップして勉強しようとするから無理なんですね。難しくて。
だってそうじゃんっていう。
うちの例えば2歳とか6歳の子供たちがいきなり関係の勉強とかできるかって言ったら、
難しすぎて絶対やりたくなくなると思うんですよね。
だからまずはその手前側の自分で自然と学んでいける範囲のことをやった上で、
これもちょっとやりたいなってなってから勉強したらいいんですよ。
って感じもそうなんですけど、もっとこういう難しい感じ知っていきたいなとかね。
日本人だったら。
あとなんていうの。お花の名前とかでもいいと思うんですけど。
なんでもね。
あるじゃないですか。いろいろね。
行事熟語とかさ、ことわざとかさ。
そういうのは自分がやりたいなって思った時に勉強したらいいんですね。
それ以上は。
っていうのが私の考え方なんですよね。
でもそれって能力じゃないじゃないですか。
子どもたちの能力差があって言語を覚えられる覚えられないって決まらないですよね。
それは自然と学びのプロセスを素でやってるから誰でもある程度は喋れるようになるわけですよね。
っていうのをやっぱりやっているかどうかの違いかなっていうのが私の個人的な感覚です。
すみません。たくさんコメントいただいていました。ありがとうございます。
子どもを見る。そうそうそうそう。
それが本当に真理っていうか。
それ見たらすごいわかりやすいと思います。
あみこさんこんにちは。
こちらこそ昨日ありがとうございました。
フォローもしていただきまして嬉しいです。
今日はですね。
何かを学んでいくときのお話っていうのは能力値じゃなくて学び方の問題ですよっていう話をちょっとさせていただいてました。
ふゆこさん漫画読むのに似てますよね。
そうですね。
ふゆこさんこういう状況切ないって言うんだなとか。
そうですね。
こういうシチュエーションでこういう言葉を使うんだなっていうとかそんな感じですよね。
ふゆこさん日常から出ると途端に勉強が必要になる。
そうそうそう本当そんな感じです。
だから日常の範囲内である程度のことっていうのは学べるんですよね全部と私は思ってるんですけど。
そうだけどみんな何かを新しくやろうと思った時にいきなり勉強しようとする。
ふゆこさんできる気がしてきた。
ありがとうございます。
そうそうそういう感覚。
そうだからできんじゃん私っていう。
だからその感覚っていうのが学びのプロセスの中ですごく必要だなっていうのを思ってます。
それを誰が授けてくれるかは自分で選んでもいいと思うんですよね。
この人から学ぼうかなと。
この人のやり方好きだなとか言ってることわかるなとか何かわかりやすそうとかそういうので選んでいったらいいと思うんですけど。
ただその最初からいきなり勉強しないよっていうことですね。
その手順に沿ってるかどうかその施設っていうかことわりに習うかどうかがやっぱり一番その学びにとっては私はすごく大事かなと思ってます。
だから私はこの英語をねあのやろうと思った時にこの話は結構ねずっとどっかでしたいなとは思ってたんですけど。
自分自身の気づきにとどめと言ってもよかったんですけどなんかねあのやっぱ出したくなっちゃったんですよね。
話したくなっちゃったんで。
そしたらなんか出そうかなって。
でまぁ1回出したら一応ねコンテンツとしては残るのでもしまたねなんか後から聞きたいなとかちょっと教えてくださいとか知りたいですっていう人がいた時に
じゃあこれ見てくださいって言えるかなと思ったんで。
だからまぁ誰もね来なかった。一応今ね2人お申し込みいただいてるんですけど。
ただ誰も来なかったとしても自分のそのコンテンツ収録みたいな感じでやるにはやろうかなと思ってたんで。
せっかくねやるならね他の方にも聞いていただけたらいいかなっていう感じでね。
今週末ですね、木金ちょっと予定しております。
そういう意味で体験をやった方がいいです。本当そうですね。
なんかお試しとかね体験入院とか体験入学とかあるじゃないですか。
ああいうのは絶対行った方がいいと思いますね。
だから見てみてもちろん先生が合うかどうかとかもそうだし、
そのやってること自体が自分が本当にその学びたいことと同じなのかっていうか近いのかどうかっていうことですよね。
例えばその英語にしてもその会話をねめちゃくちゃ上達したいなって思ってるのに、
その読み書きばっかりやる塾とかだったら全然意味ないじゃないですか。
そういう学び方の合う合わないももちろんあると思います。
僕はだから日常会話とかもねやりたいなって思ってるのに、
トーイックでの点数を上げることをメインにした塾ですみたいなことだったらちょっと違うよねみたいな感じになるじゃないですか。
そういうのはやっぱりいろいろあると思いますね。
アミカさんありがとうございます。
そうそう日常にしかないし日常の中で気づいた方がわかりやすい。
そう本当そうなんでしょ。
外国に行ったから新しい環境に行ったからじゃない。
はいまさしく本当そうなんです。本当にそうなんです。
これねもう本当にまさにって感じでありがとうございます。
留学行ったからって喋れるわけじゃねえぞっていうこと。
海外行ったら喋れるとかないからねっていう。
その中でいかにその学びのプロセス本来的なその心理の部分ですね。
こうやって言葉って覚えるんだよねっていうことに、
ちゃんと気づいてそれができる人しか喋れるようにならないです。
文字言っても。
っていうのはすごい思います。
あうかあわないか。
そうそう本当そうだと思います。
ただその学び、
だからその大前提となるやっぱりその学びのプロセスをちゃんと踏んでるかどうかっていうのも大前提ですけど、
その上で合うかどうかですよね。
っていうところはやっぱり見たほうがいいなと思いますね。
みかさん、理由を遠くに持ってきちゃうから次もになりやすい。
そうですね。
それもあるかもしれないですね。
そうそう、それがあると思います。
だからいずれにしてもその人が何かを学んでいくっていうプロセスにおいて、
自然とやっていることにのっとって何かの学びをオンしていけば、
基本的には何かしらできると思うんですよね。
ただそのやっぱりやり方とか進め方っていうのは人によって違うので、
そこは自分に合うところを選んだらいいかなっていうふうに思いますね。
その意味で、私が今回やろうとしている英語のセミナーっていうのは、
私は言葉が上達するっていうことにフォーカスは当ててないんですね。
だからできる人がもっとできるようになるっていうことは、
そういうのが得意な人がやったらいいと思うんです。
私は別に言語のプロでもないですし、
そういうことをね、成り場にしているわけではないので、
英語のコーチングとか英語講師とか、英語講師とかね、
そういうことをやってるわけじゃないので、
そういうのはもうそちらの方にお任せしようかなと思ってるんですけど、
そうじゃなくて私の場合は、
自然に学ぶ範囲っていうことをどうやってやっていくかっていうことをお話ししたいと思ってるんですね。
なぜならそこをやってる人たちがあんまりいないからなんですよ。
私も今は英語は勉強ゾーンに入ってるので、
これ以上やっぱり喋りたいとかやりたいと思ったら、
ちゃんと勉強しなきゃいけないんですよね。
だからかもしれないですけど、そうやっていろんな人たちのコンテンツを見てると、
やっぱりできる人の範囲の学び方っていうか感じなんですよ。
だから私はそれでいいんですけど、
それを全然できない人が見てもたぶん分かんないんだろうなっていうのはちょっと思ってたんですね。
で、なんでやろうと思ったかっていうと、
やっぱりできなくて諦めてる人が結構多いなっていう感じなんですよ。
特に英語はね。
それこそ一番冒頭に言ってた能力の問題に片付きがちなんですよ。
だけど本当はそうじゃないんです。
で、一番のやっぱり問題はそれこそ本当に学び方の問題で、
私たち世代、私今40ジャストなんですけど、
私たち世代の過去の学生時代の英語の学び方、勉強の仕方っていうのは、
一切この断りを無視したやり方なんですよ。
だからその時点でもうやりたくなくなっちゃってるんですよね。
分かんないから、難しいから。
だからうちの今未就学の子どもたちが官研のいきなり2級とかさ、
そういうのを勉強させられてるのと同じような感覚で、
私たちの英語の授業っていうのが進んじゃったからできないしやりたくないんです。
授業はやってたけどね。
だからもしかしたらこの漢字見たことあるなって、
うちの子たちが例えばテキストとか見たときに、
これ単語分かるとかね、この文字知ってるよっていうくらいにはなると思うんですよ。
やったとしてね。
だからその読み方とかもしかしたら覚えられるかもしれない。記号としてね。
でもそれまでなんですよ。
じゃあその漢字を日常の中で使いこなせるかっていったら絶対使えないですよ。
子どもたちはね。
もし今漢字の順2級とか1級みたいなのを勉強したとしてもね。
それと同じなんですよ。
だから私たちがやってきた英語の授業っていうのは本当にそれと一緒で、
単語としては分かる。
グッドとかさ、スクールとかそういう単語は分かるよっていう。
これを見て学校ですねとかあるじゃないですか。
goの過去形went、過去分詞goneとかさ。
だけどそれだけなんですよ。
じゃあそれを使えるかっていったら使えないんですよ。
え、何?何だっけ?
スクール、go to schoolみたいなね。
学校行くってgo to schoolだっけ?
行った過去だからwent to school?
行ってた、行ったことがある。
has gone to schoolみたいなね。
で、それをじゃあ突然ね、誰かと喋ったときに使えるかっていったら絶対使えないのよ。
本当それと同じなんです。
だから私たちのその学び方が良くなかったときで、
英語ができる、できないっていうのは本当にこの能力の差じゃないんです。
だけどできないっていう現状だけを見てできる人すごいなって思っちゃうじゃないですか。
でも別にその人たちと何も変わらないんですね。
自分に合う勉強を、学び方で学んでこれたかどうか。
自分が学ぶことが楽しくなる方法を見つけられたかどうか。
なんなら帰国しる人とかね、インターンに行ってる子たちっていうのは
そういうことすら考えないときからやってるからできるっていう話なんですよ。
できるだけなんですよね。
だからそれ本当そこだけなんですね。
それをやりましょうっていう話で、今のこの段階で
例えば英語やりたいなって思ってるんだけど、
でもやっぱ難しいんだよな、わかんないな、できないなっていう風になるんだったら
今までの学び方をちょっと変えた方がいいんじゃないっていう。
もし今やってるとしても上達しないなとか、これからやり始めたいなと思ったとしても
例えば一番これね、昨日ミチコさんとのライブでも最後ちょっと言ったんですけど
皆さんが一番やりがちな、勉強しようと思うときの一番やってはいけない落とし穴、本買う。
英語勉強しようと思って本買いましたとかね、本買ったんですって
一番やっちゃダメなのそれっていう感じなんですよ。
でもその時点で勉強なんですよ。
だからいきなり勉強行くんじゃなくて、学びのプロセスのとこから入ったらいいよって
その学びのプロセスに入る前に、特にね日本人は
ちょっと声が大きくなっちゃって申し訳ないんですけど
やっぱりね日本人って単一民族じゃないですか。
これ本当民族的な話なんですけど、お国柄ね。
島国だから、昔から日本人しか基本的にいないわけですよね。
一部ね、外国人がいてね、ある意味でその植民地っぽくなってたところありますけど
そういうのはあるんですけど、基本的にやっぱ日本人しか周りにいないから
日本語と同じ感覚で他の言語を考えちゃうんですよね。
だからそこをまず認識を変えておかないと
学びのプロセスに入るっていうのも今ね、もう私たちは大人なので
これからから子供だったらいいんですよ。いきなり学びのプロセスやったらいいんですけど
今私たちは大人なので、ある程度思考も働くし理解ができるので
そういう意味だと、英語ってどんなもんなのっていう
その日本語じゃない言語ってどういうものなのかっていうのを知っておいた方が
この学びのプロセスが走りやすいなっていうのは私はちょっと思ってるので
そこをお話ししようかなっていうのがあります。
あ、いっぱいありがとうございます。
夏井さん、思い出にしかなってない。
ほんとそうですよね。やったなーみたいな。そんなあったなーみたいな。
カミヒエコロ。かわいい。ワンちゃんね。
マイクはケンの友達です。あ、わかります。ありましたね。
一番最初にThis is a penから始まってね。
だいたいケンとマイクとタロウ出てくるじゃないですか。
懐かしいですね。日常だった。そうなんですよ。
だから今すでにできる人たちっていうのは
本当にだからインターの子とか帰国する子たちっていうのは
それが普通だったからっていう。
だから学びの自然の設理としての学びのプロセスを
最初からそこに乗っかってやってただけ。
だから普通に喋れるっていう話なんですよね。
だから私たちももしかしたらね、ちっちゃい時からそうやってたら
もう今めちゃくちゃペラペラだったかもしれないし
だけど別に今からでも
同じようなプロセス踏んだらできなくないよっていうことなんですよ。
なぜなら私がそうだったから。
私は別に帰国してるでもないし、海外にも住んでないし
親も純日本人だし、2人とも。
なんなら別に父親は英語喋れないし
母はね、多少は喋ってますけどね。
ちょっと英語も教えてあったりしてたんでね。
やってましたけど。
でも私は母ってこう言ってね、言うとね
あ、だからですねって言われる。
あ、だからちゃんと言いたくないじゃん。母が英語を教えてるって。
だから由志子さんもできるんですねって絶対言われるから。
違うよって。
でも私は母から英語を教わったことない。
ちゃんとはね。
だけど母がやってくれてたことの中で
自然に学んでたなって思うことはやっぱあります。
でも1対1で手取り足取り、ああだよこうだよっていう風に
英語を教えてもらったことは全然ないんですよね。
記憶の限りね。
そうそう。
でもじゃあなんでできたかっていうと
それはやっぱり学びのプロセスを知らないうちに踏んでたからなんですよね。
もしかしたらそれは母が知らないうちに作ってくれてた環境かもしれないんですけど
いずれにせよそうそうそういう感じなんで
私自身がそうやって覚えてきたから
あんまりなんていうのかな
めちゃくちゃ英語勉強しましたみたいなことがなくても
できているなっていうところはありますね。
たほゆ子さんありがとうございます。
そうだね。看護師やってれば血液検査データやドクターのカルディを読めるようになるものね。
そうなんですよね。だからなんかその自然とね
それがそうだっていう状態になればね
なるんですよねっていうことですね。
だからそういう話をねちょっとしようかなと思っていて
今ね色々たくさん世の中に出ている英語系のコンテンツっていうのも
基本的にやっぱり全部その学びのプロセスに則ってはいると思うんですよ。
だから別にそれを否定するものでもなんでもなくて
ただそれをやってできる人はそれでいいと思うし
ただどこを切り取ってやってるかも違うと思うんですよね。
だからそこをちゃんと見極めるというか
これも昨日の話と一緒で
例えば英語やるんだったらシャドウイングがいいらしい
シャドウイングが一番いいって聞くからじゃあシャドウイングやろうっていう
もちろんそれもいいと思います。実際シャドウイングはめちゃくちゃ大事だし
それが一番効くと思うんですよ。それは間違いないです。
だけどそこからいきなり入るのがいいのかどうかはやっぱり人によって違うので
それを自分でちゃんと考えて決めた方がいいかなっていうふうに思いますね。
あとなんていうのかな
英語ってリズムがあるので日本語と違ってね
日本語は平坦じゃないですか。
英語はリズムがあるのでそういうのをリズムで覚えましょうみたいなので
そういう発想してる人もいるじゃないですか。
例えば何ていうのかな
何か言葉があったとしたらそれをこういう
みたいなそういうリズムで教えてる人とかもいるし
でもそれはその学び方じゃないですか。そこから入る方が面白くてできるなっていう人もいれば
それはそれをしたらいいと思うし
シャドウイングからも入ってめっちゃやりますとりあえずやりますできましたみたいな人もいるだろうし
それは学び方でこのリズムもシャドウイングももちろんどっちも学びのプロセスにはとても重要で
だからそのプロセス自体は間違ってないです全然何も
ただどこから入るかとか誰から学ぶかもそうだし
どこを起点として学んでいくかっていうところの違いはあるので
どこがいいかっていうのは自分で選んだほうがいいかなと思いますね。
その中でいくと私はどこやってるかっていうともっとその一番手前の部分というか
どういう英語というものをまずどういうふうに理解しておいたほうがいいよっていうこと
もし本当に英語ができるようになりたいと思ったら
その日本語普段は日本語を話す私たちが英語を話すときに
気をつけたほうがいいことっていうのをまず最初にお話しさせていただいて
その上でさっき言った学びのプロセス
本来的な学び言語を学ぶっていうところのプロセスってどこから入るかっていうことをお伝えした上で
一番最初はやっぱりここから入ったほうがいいよっていう話をしようと思ってます。
でもそれを自分のレベルとかでね
私はもうここを飛ばしてもいいなって思えば別に飛ばしたらいいと思うんですよ
途中から入ったらいいと思うんですね。
ただ私が今思っているステップがある中で
日本人が一番やりがちなプロセスっていうのが
例えば第一フェーズから第四ステップまであったとしますか
第一ステップ、第二ステップってあったときに
本当は第一ステップからやるのが一番自然な学びのプロセスなんだけど
日本人の場合はいきなり第三ステップぐらいからやってるんですよ
それはむずいよって思うんですよ
だからそこですよねっていう
っていうような話をしようと思っているので
英語むずいな、やりたいなとは思うけど
ちょっとなんかうまくいかないなとか面白くないな
やっぱ勉強になっちゃうんですか
英語を勉強するっていうね方に行っちゃうんじゃないですか
だから英語を勉強するじゃなくて
英語を自然に学ぶっていうそっちですね
だから私が教えたいのは
ハウトゥースタディーではなくて
ハウトゥーランの方なんですね
これ結構何回か言ってるんですけど
スタディーとランは全然別物なんですね
私はある程度のところまでは
さっきもちょっと話したんでいくと
ある程度のところまではランの範囲なんで
それは自然にできるんです学びのプロセスで
だけどそこを越えてもっと上達していくっていうところからは
から始めてスタディーの範囲なんですね
だけど日本人はいきなりスタディーからやるから無理なんですよ
むずいんです
だからそっちすっ飛ばしてスタディーの方
本を買うっていうスタディーから入るなっていうことですね
そのもっと手前のランの方をやってから
やりたかったらスタディーに入りましょうっていうことです
私が思っている大体の英語のレベル感としては
これ私自身の経験上の話なんで
他の人も同じかどうかはちょっとさておきなんですけど
私の経験上でいくと
だいたいトーイックで言うと600点ぐらいまでの前後
600ぐらいまではランでいけますと思います
そのランの仕方ももちろんありますけどね
600以上上げていきたいなと思ったらスタディーかなって思いますね
みんなそれを600ぐらいのスコアリングでいくと
そのところに行くまでのことすらもスタディーにしようとするから
やりたくなくなるんですよねっていうのはすごく思っています
そんな感じです
ということで
そのセミナーではちょっとそういう話をしていこうかなと思いますので
今までの英語の勉強すごい嫌だったとかね
英語を勉強じゃなくて学ぶってどういうことなんですかっていうことだったりとか
何かやろうと思ってすぐ本買ってましたっていう人とかが
もしいらっしゃれば一旦こういう話を聞いてみてもいいんじゃないかなっていうのはちょっと思いますね
なので興味があれば聞いていただけたら嬉しいなと思います
結構だから本質的な話はするんですけど
あんまりそういうこと
私が探し聞いてないだけで多分そういうこと言ってる人他にももちろんいると思いますし
私が別にすごい特別なこと言ってるわけじゃ全然ないので
別に特別アッチするわけじゃ全然ないんですけど
あんまりそういうことを言ってる人
発信とかしてる人ってあんまりいないなって思って
私がこれからやろうとしてることを
学びのプロセスについては言ってる人いると思いますけどね
英語ってこういう言語だよとかこういうもんだよとか
日本人が英語に翻訳しようとか思った時に
日本人が自分が言いたいことを英語で言おうと思った時の考え方ってこうなっちゃうよね
なんでそれが起こるかっていうのはこういう理由だよとか
それをしなくなるためにはこれを知っておいた方がいいよとか
こういうふうに考えた方がいいよっていうことを言ってる人ってあんまりいなくて
それは何でかっていうとできる人はそういうことを考えずに
感覚でわかってるからやっちゃってるんですよね
だからそこの話はあんまりされてないかなっていう気がしています
ただ別に言ってる人があんまりたくさんいないだけで
別にそれが特別なことではないというか
言われればそうだねって多分みんな思うだろうなっていう話を
あえて今回のセミナーの中には入れてますっていう感じですね
それがわかった方が理解しやすいから
大人の私たちは頭がある程度働いているので
そういう聞き方をした方がわかるんじゃないかなというふうに思っております
一応明日が締め切りになってまして
17、18なんで前の日のギリギリの時間までは募集してますので
よかったらドタさんでも可能ですのでよかったら来ていただければなと思います
アーカイブも残りますので
その時間リア対できませんっていう方でも全然大丈夫ですので
後ほどアーカイブは送りさせていただきます
一応1時間、12時、13時で1時間にしてるんですけど
なるべくちょっと早めに終わりたいなと思っていて
私いつもコンテンツが盛り盛りになっちゃうので
伝えたいことがありすぎて
そうすると皆さんの理解度もあんまり落ちてしまうというか
情報が多すぎて情報が硬すぎて
すごいね、多分、なんていうのかな
トゥーマッチになっちゃうんで
ちょっと内容を抑えめで時間も短めにやれればなと思ってますので
ただその辺の出力の調整がいかんせん苦手なもので
トゥーマッチだったらごめんなさいっていう感じなんですけど
なるべく気をつけてお話ししていこうかなと思いますので
もしご興味があればぜひ
アーカイブの視聴期限は今の段階では決めてなくて
どうしようかなって感じで
後からでもいつでも見られますので
とりあえずどっかのタイミングで聞くかもしれないし
っていうのでも全然いいので
よかったら聞いてみてください
ということで
いきなりのライブではあったんですけど
なんだかんで50分もしゃべってしまいましたね
今日は学び方のお話をさせていただきました
何かご参考になることがあれば嬉しいなと思います
お忙しい中お付き合いいただいた皆さんありがとうございました
また何かの配信でお会いできたらと思います
では失礼いたします
ありがとうございました
マイクありがとう