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自己投資の金額=学びや成長の多さ大きさではない
2026-10-27 13:27

自己投資の金額=学びや成長の多さ大きさではない

すごく当たり前の話ですが、自己投資にいくらかけたかではなく、重要なのはそこでどんな学びを得たか?
いくらであろうが、高かろうが無料だろうが、それを受け取る器があること、それを活かす行動をしていることの方が大事だよね、と思った話です。


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#自己投資額
#学びと成長
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サマリー

自己投資にかけた金額と、そこから得られる学びや成長の大きさは別だと語る。プロフィールに累計額を書くことへの違和感から、金額や受講実績そのものを、自分が変化した証明のように扱う危うさを指摘する。自己投資は買って満足するのではなく、目的に沿って学びを受け取り、実践して初めて価値が生まれる。少額でも生活や行動の変化につながる例があり、選ぶ側も書く側も、金額を示す意味を見直してほしいと呼びかける。

自己投資額と成長は別物
皆さんこんにちは、よしこです。 今日はですね、自己投資の金額と学びや成長の大きさ、多さっていうのは全然関係ないよねっていうお話をしたいなと思います。
ちょっとね、2本立てでお話ししようかなと思っているので、1本だと話しきれないなと思ったので、今日はね、ちょっと前半というか、もう1本ね、明日お話ししようかなと思っております。
はい。 今日のお話に関して言うと、本当に当たり前というかね、すごく普通のことなので、そうだよねっていう方もね、多いんじゃないかなというふうに思いますけれども、
ただ、自己投資をすることとか、お金をかけたことに対してすごく価値を見出してしまっていたりすると、
本来当たり前のことなんですけど、それが見えなくなってしまってたりするようなというふうに思うので、ちょっとね、今日はそんな話題を取り上げてみました。
はい。今ね、現在自己投資考えているよとか、これからしようかなと思っているとか、なんかしないといけないんじゃないかというふうに思っていたりとか、
自分も結構やってきたなという方がいらっしゃったらね、何かのヒントというか、こんな考え方もあるよねっていうか、知っておいた方がいいんじゃないかなというふうにね、そんな感じで聞いていただけると嬉しい
です。
プロフィールに金額を書く違和感
はい。今日ですね、この話をしようと思ったきっかけっていうのがですね、つい最近ですね、人のプロフィールをね、見る機会があって、見てたんですけれども、そこの中に自己投資の金額を書いている方がいらっしゃった
んですよね。
でそのこれまでにかけた自己投資の金額っていうので、総額いくらみたいな感じで書かれていたんですけれども、私はそれを見てすごく違和感があったんですよね。
もう本当にね、正直ベースでお話しさせていただくと、だからなんだっていうね気持ちになったんですよ。
いくらをかけたかって別に関係がなくて、そういう学びを経て自分がどう変化したのかとか、どのぐらいねそこから学びを得られたのか、
でそれによって今どういうことができているのかっていう、そっちの方がはるかに大事なわけですよね。
だからその人がそこに至るまでにどれだけの自己投資をしてきたかどうかっていうのは正直全然どうでもよくて、
その人から話を聞きたいとか、その人に学びたいとか、頼りたいっていうふうに判断する材料には少なくとも私はならないなっていうふうに思ったんですよね。
だからその自己投資の金額を書くことの意味って何なんだろうっていうのをすごく考えたんですよね。
これは私の個人的な想像とか推測っていうのを多分に含んでいますので、すべてがもちろんそうとは言いませんけれども、
ただ私個人の経験、これまでの経験であるとか、あとはこれまで退治してきた人たちのことであったり、
私が尊敬する友人知人の人たちのこれまでの歩みっていうものを見てきたときにすごく感じていることで、
なんでそういうものが自分のプロフィールに入ってくるのかっていうのを考えたときに、
やっぱりその自己投資をしたっていう事実と、あとはそこにいくらかけたかっていう、そこにすごく価値を置いてしまっているが故に、
そのこと自体が自分がやってきたことの証明みたいなふうになっちゃってるんじゃないかなっていうふうに思ったんですよね。
要はだから、そこでどうなったかとか、そういうものがあったから、今こうなってますとか、今がありますっていうことではなく、
学びを買って満足しないために
こういうことをやりましたっていう、自己投資そのものに対して価値を置いてしまってるっていう状態。
それがこれだけお金をかけてこんなことをやってきたんですっていうことに、価値を見出してしまっているが故の、やっぱりそういう書き方なのかなっていうのをちょっと思っています。
結構ね、もしこれが本当にそうだとすると危険だなっていうふうに思っているのは、そこにいくらかけたかとか、
自己投資をしたっていうことに目的意識がいってしまうと、その中身がどんなものであれ、学び自体がすごく薄くなってしまうなって思うんですよね。
よくあると思うんですけど、何かを買って満足しちゃうみたいなね。
これ買えた、よかったっていう、そういうのに結構似てるなと思っていて。
だけど、物もそうなんですけど、結局買ってそれを使うっていうことがあって初めて意味があるっていうか、価値があるっていうことだと思うので、
買って満足して終わりっていうのはね、ちょっと違うなーって思うんですよね。
だからそうするとね、結局じゃあ何のためにその自己投資をしたのかとか、何のためにその学びが必要だったのかっていうことが全然置き去りになってしまうなっていうふうに思うので、
そこの目的意識のずれだったりとか、本来あるべきというか、本来目的としていた、何をしたいからそれを学ぶっていうところがどっか行っちゃってるなっていう感じがちょっとしたので、
ちょっとその辺は気をつけないといけないことかなっていうふうにね、私自身もちょっと思っています。
発信者として金額を書いていた理由
ただ私もね、この自分の振り返りというか反省としてね、すごくあるんですけど、こういうスタイフとかを始めた当初、私も一時期自己投資の金額を書いてたことがあるんですよ。
でも今はもう辞めてるんですけど、なんでそれをやってたかというと、一つはSNSの勝手がわからなかったっていうのがあります。
自分がこういうスタイフだったりとか、SNSで発信者、コンスタントに自分が何かものを発信していく発信者になるっていうことはあまり考えていなかったというか、
個人でね、非公開というかプライベートの範囲でやり取りとかっていうのはもちろんやってましたけど、
広くあまねく誰が聞いてるかわからない、誰も聞いてないかもしれないっていう、こういう場で発信をしていくっていうことをあんまり意識してなかったっていうのがあったので、
フロフの作り方もわからなかったし、何書くのこれみたいな感じだったんですよね。
だから話す内容もね、最初の方とかって全然決まってなかったので、身を見真似でそういうことをやってみたっていうのもありますし、
あとはその、私は今現在進行形で会社員をしてますけども、
そういう本業の傍ら少しね、ちょこちょこっと副業という形で、個人のビジネスもさせていただいてるんですけれども、
それも本当の企業さんからご紹介いただくとか業務委託で仕事をいただくっていう形式ではない副業っていうのを、
全く完全なる個人ビジネスっていうものをしたことがなかったので、
そのやり方を学んだりとか、そのために講座に入ったりっていう中で、
そこにいた人たちとか、その人たちが言われていることっていうのを真似してね、
それもだから身を見真似で書いてみたりっていうことがあったんですけど、
ただやっぱりね、これ書いてどうするんだろうなって思ったんですよね。
全然意味ないなと思って。
だって別に私がいくら書けてようが、私のことを知ってくれる人にそれってすごくどうでもいい情報じゃないですか。
で、ちょっとねイメージ知ってもらいたいんですけど、これ別にあの有償サービスじゃなくてもね、
一緒でその有形のものの場合もそうなんですけど、
例えばそのどっかのブランドバッグをね、持ってますとかってなった時に、
誰も聞いてないのに、このバッグいくらしたんだ?何百万したんだ?って言われても、
だから何?って感じじゃないですか。
でもあのプロフィールって私同じだなと思ってて、
結局その誰かに何かを問いかけられてないんだけれども、
その自己紹介として出してるわけじゃないですか。
だからその聞かれてないけど、私ってこういう人ですっていうものを出してるっていうところなわけなので、
そこにね、そういう金額が入ってくるってことは、今言ったようなね、誰も聞いてないんだけど、
自分の持ち物の金額を教えてくる人みたいな感じじゃないですか。
そう考えるとね、ますますえ?それいる?みたいなね、別に聞いてないし、興味ないんですけどって思いませんか?
なんかすごい素敵ですねって、どちらで買われたんですか?とかね、あるかもしれないんですけど、
それいくらで買ったんですか?とか聞かないじゃないですか。
だし、それをね、さらに言うと、それを聞いてもないのに、
このバッグいくらだったんです?ってなっても、うーん、そうなんですねっていう感じになりませんか?
だから私は結構それに近いことだなっていうふうに思ったので、
それがあっての違和感なんだなっていうのを自分で感じて、
だからまあ自己反省でもあり、でもなんかそれをやっぱり続けてしまうというか、
それをね、書き続けることとか、それに意味があると思ってね、やってるっていう風になる場合は、
なんか1回ちょっとそういう目線で見直してみるのもいいんじゃないかなっていう風にね、ちょっと思いました。
少額でも実践が変化を生む
なのでさっきもね言ったんですけど、結局そのいくらかけたかっていうねことではなくて、
そこでどんな学びを得たか、どんなことを自分はそこで得て、結果的にどうなったのか。
だから別にその金額って本当関係ないんですよね。
だから小額の自己投資であっても、例えば何千円とかね、何万円っていう世界であったとしても、
そこにね、自分がちゃんと受け取れるものがあって、
っていうか当然その受け取れるものがあるっていうのは、その人が受け取れる器があるっていうことが大前提だと思うんですけど、
金額以下に関わらず、そこでどんなことを学び取ろうとしているのかっていうその人の姿勢であったり、
例えばそこで言われたことを実践してみるであったりとか、なんかそういうことの方がねやっぱり大事ですよね。
だから私が周りを見ててもね、例えばその自己投資ずっと続けてるとかじゃなくてね、本当に必要なタイミングでポンとやって、
それがしっかり今にもねつながってるっていう人もたくさん知っていますし、
でその1回の学びの金額が決して高くないっていう人でも、そこでね十分な結果を出してるっていうこともね、すごくあると思うんですよね。
私個人で言うとね、別に本当に参考情報っていう感じですけど、
例えばその今ね大好きで書いてるノートあるんですけど、そのノートの講座も別に決してすごい高い金額を払ったっていう感じではなかったんですけどもね、
ただそれがあってその日々の生活にノートを取り入れるようになって、自分の中でもすごく変化を感じているし、
本当にやってよかったなって、そういうものを知れてよかったなっていう風になっているので、本当に金額って関係ないんですよね。
だからいくら払ったとか、いくらかけたとかね、これまでの累計の自己投資額がいくらかっていうことは本当に全然どうでもよくて、
やっぱりその人の中身、何がそこでね得られたのか、どういう風に変わったのかっていうそこの方にフォーカスしていく方がねすごく大事だなと思うので、
金額の意味を見直す
自分がこう選ぶ方の立場だった時に、そういう記載がある時はちょっと疑ってみるのもいいかもしれないなというふうに思うし、
逆に自分がそういうことを書きたくなってしまうとか書いてますっていう場合は、これって何の意味があるのかなっていうのは自分でね、今一度考えてみていただけるといいんじゃないかなというふうに思います。
はい、ということで、今日の話は以上になります。
後半に関しては、この自己投資を続けてしまう人ってこういう感じなんじゃないかなっていう私のね、これも一つの意見でしかないんですけども、
ちょっとその話をね、もう一本次でお話しさせていただこうかなと思います。
もしご興味ある方はぜひ聞いていただけると嬉しいです。
それではまた次回の放送でお会いしましょう。
13:27

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