2025-11-17 34:22

Lap46 GT500初優勝と最多勝更新、その裏側にあったKONDO RACINGの進化と絆- ゲストは松田次生さん、名取鉄平さん -

今回は、SUGOでの劇的な優勝を経て、KONDO RACINGの歩みをあらためて振り返ります。GT500初優勝を遂げた名取鉄平選手と、通算最多勝記録を更新した松田次生選手が、昨年から積み重ねてきたチームづくりの過程や、ヨコハマタイヤとともに取り組んできた開発の裏側を語ります。さらに、レース活動からの卒業を表明した松田選手の想いにも迫ります。


<ゲスト>

松田 次生(レーシングドライバー)

名取 鉄平(レーシングドライバー)


<メインパーソナリティ>

サッシャ(実況アナウンサー)


<トークテーマ>

KONDO RACING体制2年目で感じた変化と進化

名取選手GT500初優勝、松田選手25勝目達成の舞台裏

ヨコハマタイヤとの技術的なやり取りとリクエスト

近藤真彦監督のスタンスとチームを支えるコミュニケーション

松田次生選手のSUPER GT卒業の決断とその背景

若手ドライバーへのバトンと今後の展望


<番組情報>

この番組はクルマ好きの皆様に向けたタイヤにまつわる情報をお届けするポッドキャスト番組です。

普段何気なく使っている車のタイヤは、実は命をも預かる重要な役割を担っています。 そんなタイヤについて、タイヤの専門家やプロのレーシングドライバーをお迎えし、有益な情報からマニアックなタイヤ情報までタイヤにまつわるお話を展開していきます。


<番組 X>

番組のX(旧Twitter)ができました。ぜひフォローをお願いします。

番組への感想・メッセージは、ハッシュタグ #きくタイヤ をつけてツイートしてください。

https://x.com/kikutaiya


<リンク>

Apple Podcast

https://podcasts.apple.com/jp/podcast/id1738398795

Spotify

https://open.spotify.com/show/0fclodFfkCDINNaoah1fBg

ヨコハマタイヤ

https://www.y-yokohama.com/product/tire/

横浜ゴム株式会社

https://www.y-yokohama.com/

See Privacy Policy at https://art19.com/privacy and California Privacy Notice at https://art19.com/privacy#do-not-sell-my-info.

サマリー

このエピソードでは、KONDO RACINGの松田選手と名取選手がGT500での初優勝と最多勝記録の更新を振り返り、その背景にある進化や絆について語ります。彼らは特に、ヨコハマタイヤとのパートナーシップや2025シーズンへの展望について話し、競技中の感情やライバル意識についても深く掘り下げます。また、松田選手はタイヤ選びや開発における経験の重要性、監督の近藤政彦によるドライバーへの信頼感も強調されます。さらに、松田選手はレースへの思いやニスモチームとの絆についても触れ、名取選手との関係や将来への期待について話します。近藤レーシングの進化や絆の物語が紹介されています。

00:00
吉岡里保です。 ヨコハマタイヤは雨に強い。ウェットグリップ性能グレードAのタイヤのサイズ保有数業界ナンバーワン。
雨の日に短く止まれる安心感を多くのドライバーに届けたいから。 タイヤは雨で選ぼう。
ヨコハマタイヤ。 きくタイヤ。タイヤにまつわるエトセトラ。
こんにちは、サッシャです。この番組は、車の走りを支えるタイヤの秘密について、ヨコハマタイヤの提供でお送りいたします。
KONDO RACINGの進化
前回は、KONDO RACINGの松田選手、名取選手にお越しいただいて、スーパーGT第6戦のSUGOでの劇的な優勝を振り返りながら、KONDO RACINGの強さの背景に迫りました。
今回のLap46では、名取選手にとってのGT500初優勝、松田選手にとっての最多優勝記録の更新という節目に迫りまして、
それぞれがこの勝利に込めた思いや、対戦2年目の進化についても聞いていきたいと思います。
さらに、ヨコハマタイヤとのパートナーシップ、KONDO監督とのやりとりにも触れながら、2025シーズンのですね、振り返り、来シーズンへの展望まで幅広く聞いていきましょう。
どうぞお楽しみに。
それでは前回に続いてのゲストでございます。 KONDO RACINGのドライバー、松田辻夫選手、名取鉄平選手です。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
前回はSUGOでの勝利、いやもう鮮明すぎて、名取選手が覚えてないところ以外は鮮明でしたね。
そうですね、鮮明ですね。
今回はですね、KONDO RACINGの対戦2年目で生まれた進化、その勝利が2人とチームにもたらした意味、前回もそんな話ちょっと出ましたけれども、さらに深く掘っていきたいなと思いますけれども、
最後にはね、松田選手からリスナーの皆さんへの大切なお知らせも改めてしていただこうと思っておりますので、よろしくお願いします。
さあここからはKONDO RACINGのお二人に対戦2年目となる今シーズンの変化、そしてSUGOでの勝利が持つ意味について聞いていきたいと思いますが、
まずは対戦2年目の2025シーズン、昨年からの変化っていうのはお二人の中、チームとの関係も含めて、何かあったんでしょうか、松田選手どうですか。
そうですね、変化というよりかは進化ですかね、もうとにかく僕たちにとってはどんどん良くしていかなきゃいけない。
2024年っていうのが下地作りっていうふうに僕は位置付けてたので、その下地作りができて、2025年は勝負の年っていうふうに決めてたので、それがいろいろ反省して、
タイヤエンジニアとか、あとチームのエンジニアとか、チームのエンジニア実はね、2024年から25年でちょっと変わってるんですよね。
だからまた新しいエンジニアと車を作るっていう作業もあるんですけど、ただ新しいエンジニアもすごく頑張ってくれて、僕たちに対しても良い車を提供してくれたので、
その下地作りがしっかりとできてたから、エンジニアが変わっても良い方向に行ったのかなっていうのはありますよね。
そもそも昨年移籍したときに、この監督やチームと松田選手はどんなことを話してとか、どんなことを期待されてるっていう感じで迎えられたんですか?
いやもうとにかく勝てるようにしてくれっていうことは言われたんですよね。だからものすごくやっぱり重荷というかね。
そうですよね。
だから逆に23号車で良い結果出してても、24号車で結果が出なかったら、やっぱり良い車で良いタイヤを履かないと結果が出ないんかなっていう風に、結構周りが見がちで、
結構2024年の結果が出なかったときは、Xとか見たときに微妙にそういうこと書かれたこともあったので、絶対それは何クソっていう気持ちでもありましたし、
それをしっかりと、あまり画化してもしょうがないので、しっかり冷静に判断してベースを作ってこれたっていうのは良かったと思います。
エゴサーチするんですね。
いや、たまたま見えちゃうんですよ。
見えちゃうのか。足掛けをつける人とかいるからね。
おすすめメラみたいなやつ。
それでか、なかなかきついですね。
そう、だから昔で言うんでさ、にちゃんとかでさ、見るとよく書いてあるじゃないですか。
そのノリで見れちゃったと。
そのノリで見れちゃった。
悔しいなっていうね。
それだけじゃないんだよっていうね。
松田選手は、ステップアップして、このコンドレーシングリアライズに昨年上がってきた時は、どんなこと言われてきたんですか?
そうですね。
なんか、あんま覚えてないんですけど。
だいたい覚えてないですよ。
ごめんなさい。寝ると忘れちゃう。
でも、なんかこんなこと期待してるよって、コンド監督に言われたりとか、松田選手とのタグ組む時に、こんな役割でやってねとか、なんかそういうのあったんですよ。
いや、とりあえずやっぱ、GT500初年度だったんで、去年は。
ほんといろいろ経験して、津川さんからもいろいろ吸収して、2年目はやっぱ結果を残すべき年だと思ってたんで。
やっぱその、1年経験して2年目で結果を出すっていう、なんだろう、自分的にはそのシナリオをちゃんと描いてはいましたね。
なるほど。で、今年の進化って言ってましたけど、2025のスタートに当たってどうでした?テストの頃から。
そうですね。テストから結構、セパンから割とフィーリングは結構良くて。
そのタイヤに、やっぱ、車ももちろんそうですし、進化は感じてはいたんで。
その、全ての条件がほんと合えば、いつか勝てるタイミング来るなという、なんか確信はありましたよね。結構去年とは違って。
そこが結構大きな違いですね。
GT500初優勝の喜び
なるほど。で、今年のスゴーが、なとり選手にとっては500での初優勝。どうですか?改めて。
嬉しいですね。
トップカテゴリーでの優勝ですけども。
はい。なんか、勝てたなーぐらい。
いやでもね、あの、やっぱり同じ時期にね、あの、誰だっけ、あの、三宅がね、去年勝ったじゃないですか。
そうですね。
てっぺんに勝たせてあげたいっていう気持ちはすごくあったんですよね。でもやっぱりね、いろいろ条件がやっぱあるじゃないですか。向こうはやっぱニスモのワークスでやってて。
で、こっちはね、あの、コンドレーシングで。もちろん勝つ体制を作んなきゃいけないっていう、僕の使命もあったので。
まあだから、とにかくね、あの、走りにめちゃめちゃ集中してもらってるから、とにかくあの、もう、いつもね、あの、この前のあのスプリントレースとかでも、
三宅に対してのね、あの、バトルは見てて、やっぱ同世代だからこうなるよねっていう。ああいうのはね、あの、こう見ててね、あの、やっぱ若い2人があえてやり合うっていうのはすごくこう、いいなと思いましたけどね、僕は見ててね。
やっぱあるんですか、そういうの。
まあ、あの、若い選手とかじゃなくて、まあやっぱりライバルは全員ケチラスぐらいの、心いっきりいつもレースをしてます。
そうだね。
でも今の話でいうと、松田選手は、名取選手がなるべくレースに集中できるように、それ以外の部分は、自分の経験値に担えるところは担おうみたいなところはあったんですか。
ありましたね、はい。だからタイヤの開発とかも、さっき言ったね、その、車のセットアップっていうのも、まあやっぱり、こう、ドライブ、僕もあの、SFとかでね、あの、福住選手の、その、何を求めてるかっていうのはなんとなくわかるので、
まあ鉄平が、こうね、車に対して何を求めてるかとか、タイヤに何を求めてるかっていうのはね、結構、あの、話を聞くとわかるので、まあとにかく、ね、そこのベースを作ってあげて、もう、あの、予選とかでもとんでもないタイムを出せるような、あの、環境づくりっていうのは、結構、僕の中でやってましたね。
そういうのって、その、自分が担うことによって自由に走ってもらうっていう、その、まあ先輩としての心持ちと、でも、なんかその、伝承していくみたいなところもあると思うんですよね。だから全部担っちゃうと学びにならないところもあると思うんだけど、その辺はどうなんですか。
あの、ある程度、あの、何種類か作っておいて、で、そのコメントをやっぱり聞き出すことによって、あの、エンジニアとの会話っていうのが成り立つので、そこはタイヤ開発も、僕は結構去年は、あの、ニュータイヤを結構メインでやってたんですけど、今年は結構、なとり選手にもうやらそう。で、その反応を聞いて、あの、今後につなげられれば、あの、いいよねっていうのもあって。
だから、そういうところの、あの、やり方を変えて、結構、僕たちはやってました。
えー、その辺は、やっぱり感じてるんですか、なとり選手。
あの、めちゃくちゃ感じてて、ほんと、杉尾さんの優しさを身に染みながら、エースウィークを過ごしてるんですけど。
えー、でも、車作りみたいなのも学んでる感じですか。
そうですね。
あと、一番すごい助かるのは、僕が求めてるものが、やっぱり杉尾さんも求めてるものが一緒なんですよ。
前回おっしゃってましたよね、ドライビングスタイルが似てると。
ドライビングスタイルがすごい似てて、その、僕が欲しいところも杉尾さんが欲しいんで。やっぱり杉尾さんはそこを何をどうすればいいかってわかるんですけど、僕はその、今こうなってるからこうしたいとしかやっぱりまだ言えなくて。
ただその、このプラスアルファは何をしたらどうっていうのを杉尾さんはすごいはっきり言ってくださるんで、すごいそこは助かってます。
記録更新の達成感
そして、前回は優勝で一つ気持ちが切り替わったとおっしゃってた、サイター優勝記録の更新25章目。改めて、どうなんですか。その、移籍しての初優勝でもあるし、横浜タイヤでの初優勝でもあるし。
そうですね。だから、絶対やりたかったことなんですよね。24で終わるよりかはやっぱり25のキリのいいとこでっていうのがあったし、その25章っていうのがやっぱりかなり去年、もうハードルめちゃめちゃ高いな、でも超えられるかなっていうぐらいちょっと心折れそうになることも結構あったんですけど、
それがね、今年の始まりからひょっとしたらいけるかもっていうのがあったんで、とにかくこの25章を達成できたときには、ちょっと劇的な部分もね、結構あったし、なとり選手の成長も見て取れて、勝ったときの瞬間にちょっと肩の荷がだいぶおりましたよね。めちゃくちゃもう100キロくらい積んでるんじゃないかっていうぐらい。
だから、昨年移籍したときに重くのしかかった重しがようやく1年半ぐらいで取れた。
取れたっていうのがやっぱりあるので、だからそれをできたときに、僕がやってきたことがすべて出来上がったから、あとはもう若い選手がそこを担ってやってくれればいいのかなっていうのもあるし、あと最近だとタイヤワンメイクの話とかもいろいろ出てきてるじゃないですか。
そうなったときにはもう僕のタイヤ開発っていう意味では、もうここで霧をつけてもいいのかなっていうのは一つありましたね。
その今話が出た横浜タイヤですけれども、優勝の裏に横浜タイヤの進化っていうのも当然あると思うんですけど、進化もあるし横浜タイヤさんの努力もあるし、そこには松田辻夫選手の様々な経験が生きた部分もあると思うんですけど、改めて横浜タイヤ、松田辻夫選手的にはどういうふうに勝てるレースになるように望んでたんですか、この2年間。
そうですね、僕がこの横浜タイヤ初めて履いたときに、僕いつも横浜のスタッフの人に言ったのはゴムは世界一だって僕言ったんですよ。横浜タイヤのゴムは本当に世界一。
これ説得力ありますね、全部乗ってますからね。
ただやっぱり構造に関しては、やっぱりちょっといろいろ去年乗ったときに問題点があったので、そこをいろいろ注文つけて、このゴムにもうちょっとこの構造をつければどんどん進化していくっていうのがあって。
だから結構ね、開発の人とか工場の人たちにはいろいろ無理を言って作ってもらったっていうのはあるんですけど、あまりね、公やけなことは言えないんですけど、でもその世界一のゴムで構造さえちゃんとマッチすれば。
じゃあ元々のポテンシャルがめっちゃ高いと。
大会での関係性
やり方次第だって僕はずっと思ってたんで、そこが逆にパズルのピースを埋めていくような感じで埋まったっていうのが、この前の須郷というか後半戦、鈴鹿からの流れですよね。
なるほど。じゃあもう力はあって、ぶんぶん振り回してたんだけど、そのうまくパンチが当たるようにしたという。
そうですね。だからちょっと今までとは違う考え方のゴムを選んだりとかもしたんですよ。
なんでそんな詳しいんですか?
いやもう感覚ですね。
感覚なんだ。
あのフィーリングで。
タイヤ作ったことないですよね、自分から。
この前初めて見に行ったんですよ、タイヤ工場。
タイヤってこうやって作られてるんだって見たんですけど、ただ感覚でこのゴムは柔らかい硬いとか良い悪いって結構判断はやっぱりミシュラン時代も結構やってましたし、ブリジストン時代もやってましたから。
だからそれがこの条件だったらこうっていうのが体に染み付いてるのはあるかもしれないです。
ナトリス選手それ見ててどうなんですか?なんだろうこのタイヤオタクみたいな感じはあるんですかね?
いやほんとタイヤもそうですし車めっちゃオタクなんですよ。車以外も新幹線もオタク。
そうですよね、電車も大好きですからね。
GTRもオタク。
そうですよね。
すごいなと思います。ほんと尊敬しますし、優勝した次の日も普通休むじゃないですか。
そうですね。
富士スピードウェイに朝からいたんですよ。
なんでですか?
仕事かわかんないですけど。
ドリフトしに行ったりとか。
ほぼ、家にいるよりサーキットにいる時間が多いですよね。
多いですね。
大好きなんですね。
それがタイヤに対するこだわりにもつながってるってことですか?
そうです。タイヤも。で、あとねやっぱりね面白いのがナトリ選手ってやっぱり今時のフォーミュラー乗ってて、走り方もね結構僕なんか研究するんですよ。
だからそれをね結構聞いたりとかして。
それを自分に取り入れようってことですか?
そうそうそうです。だからね結構モテギ得意なんで、モテギの走り方なんかも結構教えてもらってコンマ2、3くらい上がったりとか。
え、でもすごい先輩ですね。自分が全然経験値高いのに、そうやって教えてっていう風に言ってくれるってどうですか?
ちょっと恐れが多くて。
いやいやいや。
でもなんか素敵なやつよね。
まあそうです。僕もいつも本当いっぱい吸収させていただいてるんで、なんかすごい嬉しいです。
タイヤの進化はナトリ選手から見て、やっぱりこの松田選手の経験値も含めてどんどん進化してるのはやっぱり実感してるんですか?
あ、めちゃくちゃ感じますね。本当F4からF1にステップアップしたくらい違うんですよ。
えーすごい。それやっぱりだからもう言ってたように、全然ポテンシャルのあるタイヤだけど、レースに合うタイヤにしていったっていうことですよね。
そうですね。
まあ小野寛さんの、ゆう子さんの努力もあってですけど。
そうですね。そこら辺すごいやっぱり辻夫さんが毎回タイヤテストの度にもっとこうこうしてくれて、すごい言ってるのを横で見てるんで、すごい僕自身もなんか勉強にすごいなってますね。
だって路面に設置したのはタイヤだけなわけじゃないですか。
そうなんですよ。
タイヤがすごく重要って言いますよね。
もうタイヤ命ですよね。だから本当はね、まだまだやりたいこと、こうした方がいいっていうのは、特にやっぱりまだウエット性能なんかで言ったらちょっとやっぱりまだ課題があるので、
まあそこなんかもねすごくアイディアをね、今までやってきたアイディアを結構パターンとかもね話をしたりとかもしましたし、あとはドライタイヤもまだまだやりようがあるんで、そこはもうだいぶ伝えてあるので、もし来年横浜タイヤを履くチームがあればね、かなり進歩するんじゃないかなと思いますけどね。
監督とのコミュニケーション
まあ要は皆さん日頃努力してるから、横浜タイヤもずっと進化してると思うんだけど、より進化したことによって、ただライバルも当然進化する。だからそれを越えていかなきゃいけないわけですよね。
で、あとはねやっぱり結構、なんか今までがダメだダメだって言われすぎちゃってて、なんかそれに慣れちゃってた部分もあったんで、だから具体的にどうした方がいいっていうのをスタッフにどう伝えるかっていうのがね、多分今までなかったんだろうなーっていうのがあったんで、より具体的に言うようにして、すごくそうしたらみんなが動いてくれるって言ってたんで。
それがすごく僕なんかは横浜さんのスタッフ、工場の方も含めてすごく努力されてるなっていうのは感じますよね。
あとは勝ち癖をつけていくってことなんですかね。
そこも大事です。だからとにかくね、そこは今後も続けてやってほしいなと思ってます。
さあそして監督とのやりとりなんですけど、近藤政彦監督、ナトリス選手から見るとどんな監督ですか?
いや、本当にドライバーのことをすごい考えてくれています。
もともとね、ご本人もトップアイドルからレーシングドライバーで日本のトップフォーミュラーを乗った人ですからね。
なんかすごい居心地よく毎回レースウィーク過ごさせていただいてますね。
厳しい面もあるんですか?
いや、本当、自由に。
はい、結構自由に。
それはやっぱりお二人というか、ナトリス選手も含めてやっぱりプロだから、
それはやっぱりこう自分で考えてやることによって伸びるっていう考え方なんですかね、近藤監督がね。
それは大きいですよね。だから逆にちょっと結果が悪い時はミーティングだって言ってね、やることもあるんですけど、
それ以外はもうお前たちに任せたっていうような感じなんで、
プロの世界ね、みんなそうだと思うし、
それがね、僕たちにとっても、あんまり監督が出過ぎるのもね、結構やりづらいところもあるので、
そこは多分すごく近藤監督理解されてると思いますね。
ミーティングの時はどういう感じなんですか?ミーティングだって言ったらさっきの時は。
結構、なんで結果が悪いんだ、なんでタイム出ないんだっていう、ちょっと怒られる気味なところもあります。
それは課題を浮き彫りにさせる、浮き彫りにするためってことですか?
そうですそうですそうです。まさに課題を出し合うっていう部分ですね。
精算的な話なんですね。
そうですそうです。
だからなんか、いつも、でも近藤監督って、やっぱ作詞じゃないですか。
そうですね。
そういうところもすごいなと思うんですよね。
いやでも僕実は近藤監督とレースしてるんですよね。
18時にフォーミュラ日本でスポット参戦したことがあって、その時僕6位走ってたんですけど、
近藤監督が7位走ってて、その時僕中島レーシングだったんですけど、
中島監督から、近藤監督に抜かれたらレーサーやめろって言われちゃったんですよ。
えー!
で、なんとかもう、夏の鈴鹿で僕X3しか乗ったことなかったんですけど、
なんとか抑え切ったんですけど、近藤監督ね、今でも、
言ってますね、言ってますね。
抜きたかったみたいな。
そんなへん、因縁というか、そんな出会いもあったんですね。
僕がでもレースやってる時に近藤監督って本当その、
一個ここうまくいけば他の人が取らない戦略を取って、
ものすごく失敗する可能性もあるけど、それに恐れず、なんかその戦略を取るじゃないですか。
そうですね。
その僕決断力とか、すごいなと思うんですけど。
なかなかできないですよね。
だからあとは、やっぱり2相撲同士のバトルになった時に近藤監督が守ってくれたりとかね。
だからそういうところは本当男気があるというかね。
ああ、そうですか。
素晴らしいなと思います。
その勝負主みたいなところ感じますか?
そうですね、やっぱ僕はチーム近藤レーシング3年目なんですけど、300から含めて。
すごい、なんだろう、オンとオフがしっかりしてて、やる時はやる。
でも、ちゃんと終わったらオフでみんなで楽しくご飯食べたりとか、
しっかりメリハリがあるなってすごい感じではあります。
じゃあ楽しくご飯を食べる時はあんまりレースの話しない?
あんまりしないです。
どんな話してるんですか?
いや、なんか内輪話やね。
さっきこうだったみたいな話?
釣りで魚こんなにいたとか。
そうなんですか。
割とサーキット出るとあんまりしないですね。
あんまり全然レースの話全くしないです。
でもそれはいいですね、本当にオンオフがあって。
そうですね。
仕事の時は仕事。
でもご飯食べに行くのって富士と茂木ぐらいかな。
レースウィークの思い出
そうですね、レースウィーク。
ずっとっていうわけでもないんで。
その辺もなんか、プロとして尊重してるところをすごい感じますね。
そうですね、でもたまにご飯食べさせてもらう時は美味しいご飯を食べさせてもらいます。
さすがですね。
一番高いのは僕が食べれます。
いい関係値だな。やっぱり勝利につながってるのがわかりますけどもね。
さあ、そして最後にこの収録の直前に発表があって、今ね、お聞きになってる方は最終戦も終えて、改めてそういう気持ちでお聞きになってる方も多いと思うんですけども、
松田選手、今シーズンの最終戦、モテギをもってGTでのレース活動の卒業という言い方でいいんですか?
そうですね。
どんな思いで、また25章目の時にそういった気持ちが浮かんだっていうのは、前回今回で知りましたけども、改めてどうしてそういう風になったのかっていうところを教えていただけますか?
そうですね、一番僕の気持ちからするとやり切った感じですね。
本当に2000年からデビューして、25シーズン半ですかね、やってきて、人生の半分以上GTやってきて、
年取ってくると正直やっぱり結構いろんなところが辛いんですよね。メンタルもそうですし、体の回復もそうですし、
トレーニングはやってはいるんですけど、若い人と比べてもそんな激しいこともできない。
だけど、じゃあどこで勝たなきゃいけないかって言ったら、やっぱり道具をうまく使って勝たなきゃいけないなっていうのがあるので、
それをずっと考えてきて、苦しいことをずっと経験した中で25勝っていうので、やり切ったなっていうので、
僕の中ではちょっと糸が切れちゃうんで、ちょうどニスモの中間面談があったときにその話をして、
僕自身ももう結果をここで出したんで、ちょっと考えさせてもらえませんかっていう話をして、そしたらニスモの方もそうだねっていう話になって、
こういういきさつになったっていうのはありますけどね。
悩まなかったんですか?
いやめちゃめちゃ悩みましたよ。勝った後結構半々で頭によぎるんですよ。まだやれるかも。
でもやれるでしょ、正直。
いやでもやれるとは思うんですけど、でもちょっとメンタルが続かないかなって思ったんです。
やっぱりそれだけレースに向かうっていうのは、すごく精神的にすり減る部分が大きい。
大きいですね。だからもうサーキットに行きたくないなって思うことなんてもう本当にしょっちゅうありましたし。
そうなんですか?
ありました。ニスモ時代とかでもやっぱり勝って当たり前って思われちゃうんじゃないですか、トップチームに行ったら。
そこで結果が出ない時のバッシングもやっぱり結構でかいんで、その時のやっぱりメンタルのやられ方って結構、
多分これからてっぺんは味わうと思うんですけど、そういう部分もあって、
じゃあ次26勝行く時に自分が最高のパフォーマンスでできないんじゃないかなっていうのもやっぱりあったんで、
それを考え出した時にやっぱり無理かなって思ったんですよね。
まだ優勝したからみんな次の年やれるじゃんみたいな、来年も乗ればいいじゃんって簡単には言うんですけど、
中途半端にやっぱりできないなっていうのが僕の最後の結論ですかね。
ナトリ選手は松田辻代選手のGTの最後のチームメイトってことになるわけですけど、どうですか?
そうですね、本当にいつもパパって呼んでるくらい。
パパって呼んでるの?お父さんみたいな存在って言ってましたけど、僕は息子みたいな。
いいね。
本当にすごいお父さんみたいに優しくて、いつも僕がわからないところもすごい考えてくれて、
タイヤだったりセッティングだったりとか、すごい今居心地いい体勢でレースさせてもらってるんで、
今後お父さんがいなくなったら、俺どうしようって不安なんか大きいんですけど。
でもサーキットにはいそうですよね。
僕のマネージャーとして雇いたいくらい。
雇ってもらおうかな。
でもこれから成長していくと思うし、あの走りができてれば、いい車、いいタイヤをちゃんと与えれば絶対結果が残ると思うので、
まだちょっと全然来年のことっていうのは決まってはないんですけど、まだ僕も終わったばっかりなんで、ちょっと頭整理してっていうのはあるんですけど、
できればね、やっぱ更新をね、今やっぱり日産でやるんであれば、日産の今なかなかチャンピオンも取れなくて苦しい状況にいるので、
未来への期待
僕がずっと長年やってきたニスモチームを勝たせたいっていうのがあるので、監督とかね、そういうオファーがあれば考えたいなっていうのもあるし、
こういうかわいい息子もいるので、チャンピオンを取らせなきゃいけないし、そういう風にしたいですね。
息子はパパみたいな戦績を残せるポテンシャルを持ってる?
全然持ってると思いますよ。
だからね、多分ね、こう言いながら陰で結構努力はしてると思うので、やっぱりその努力を惜しまずやれば必ずね、
僕なんか記録作ったって言ってますけど、いつか記録はね、抜かれるもんだと思ってるので、そこにみんながね、挑戦してくれればいいかなっていうのもありますね。
抜かれるのがナトリ選手だったらまた嬉しいですね。
よくやったな、俺の息子だって。
やっぱDNAがあって。
もし僕子供が生まれてるとき、杉尾さんって名前にしちゃいますよ。
いいですね、ゴッドマーザーみたいな。
最高ですね、なんかいいなあ。
そうですか、なんか改めてナトリ選手にかける言葉ってありますか?
そうですね、まあでもこの気持ちを忘れずにね、常にチャレンジ精神なんで、
その精神さえ忘れなければ、僕は何かあっても味方になってあげようかなっていうのはあるので、
いっぱい暴れてほしいですね。
いいですね、じゃあもうマネージャーで雇って暴れるしかない。何かあったら守ってもらうと。
そうですね、もうほんと杉尾さんの、一緒になってきていっぱい吸収したんで、杉尾さんのDNAを引きずくつもりでいっぱい勝ちまくりたいと思うんで、
ちょっと温かく見守ってほしいなと思います。
いつかはNISMOのエースで。
もうガンガン行ってほしいですね。
その時に杉尾さん監督だったら、僕は胸熱でブレションしちゃいません。
いいですね、最高じゃないですか、ストーリーがもう何か見えてきましたけどもね、
あとは何と言ってもね、名取選手もこれから歌手としても頑張っていきたい。
ああそうね、セカンドシングル。
セカンドシングル、もう次サードシングルじゃないの?
いや実は言うともう4曲できてるんですよ。
えー、じゃあこれもう終わりに流した方がいいんじゃない?
あと1タスだけなんですけど、どうですか、週末暇になっちゃうと思って一緒に。
一緒にやる?
曲どうですか、杉尾さん。
いや俺、多分俺が歌ったら売れなくなるからね。
タイトル、Forever Respectがどうですか?
いいよ、作るかじゃあ、デュエットするか。
いいねー。
いや俺、自信ねーな。
でも歌詞とかどっかに杉尾さんがわかるような世界になってるかもしれない。
いや実は4曲目、ちょっと杉尾さんのこと書いてるんですよ。
えー、ちょっとそれ。
スゴーで優勝したことを題材にしてて、
実はちょっと杉尾さんに向けて、向けてじゃないですけど、僕らのレースに含めたのが、
わかりやすく言うと鈴鹿の130Rって、僕らちょっとあったじゃないですか。
130Rっていうフレーズが歌詞の中に入ってます。
リスク背負って攻める130Rっていう歌詞が入ってます。
杉尾さんに向けたの?
いいですねー。僕もドリフトしながら出てきましたからね。
あれすごいっすけどね。
あれFDJだったら満点だったかもしれない。
いやーいいなー。ちょっと楽しみじゃないですか。
楽しみです。こういう若いドライバーが出てきてるんで、ほんとね、みんなで応援してあげてほしいですね。
ほんとですねー。最高の関係値だなと。
これあれですね、スゴで勝った時が人生で一番泣いたって言いましたけど、レースでもっと泣きますね。
もっと泣きますね。
もうほんと泣いちゃうと思います。それ聞いてみよう。
歌詞のタイトル、曲のタイトルは僕らずっと2年間痛みを味わってきたんですよ。
だから英語でpainで痛みっていう意味ですね。
おーいいねー。なんかちょっと売れそうだね歌詞でもね。
ドライバーじゃなくても歌詞でもやっていけそうな感じだね。
そういう意味では近藤イズムですね。
確かにそうですね。
うまい、うまいさすが。
DNAはパパで、なんていうか哲学は監督からっていう。
完璧な息子ですね。
完璧ですよほんと。
ということでございまして、後はね、どうですか、また新しい道が選手的にはあると思うので、またそれはオリオンみたいな言う時があると思うので。
先ほども思いは聞かせていただいたんですけど、来シーズン向けては納豆選手はどうですか。
まだ何もね、収録時点では言えることはないと思うんですけど、今後に向けてこうしていきたいなみたいなことはありますか。
そうですね、なんか自分で言うのもあれなんですけど、肌感的にはだいぶ将来は明るそうなんで。
ほんと僕はもうとりあえず努力して、いつどんな状況でも結果を残せる準備をして、後はどんと構えるだけだなと思ってるんで。
ほんと後は必死に努力して勝ちまくりたいなっていう思いだけですね。
期待しましょう。
二人の哲学を焼きついてますからね。
なんか挫折することがあれば、ちょっと電話させてください。
ぜひぜひ、いつでも相談に乗りますから。優しいパパだな。
そしてお知らせ何かお二人からあれば、何かありますか。
僕は何があるのかな。
何もないかもしれないですね、オフシーズンなんで。
そうですよね。
なとり選手はありますか。
僕もないんですけど、曲も音楽もレースも頑張りますし、辻夫さんも新しいこれから第二の人生を歩むと思うんで、二人で温かく見守ってもらえれば嬉しいなと思います。
わかりました。その他SNSなどをチェックしていただいて、最新情報をチェックしていただければと思います。
お二方どうもありがとうございました。
ありがとうございました。
初優勝と最多勝記録
今回はレーシングドライバーの松田辻夫選手、なとり鉄平選手を迎えして、近藤レーシングのドライバー大戦2年目の進化、GT500初優勝、そして最多勝記録の更新という節目についてお話を伺いました。
本当に松田辻夫選手の経験値がチーム、そしてタイヤにも生かされて、ポテンシャルが発揮できるようになったことによっての優勝。
そして1年目からそういうロングスパンで考えてらっしゃったというのを知ることができて、素晴らしいチームワークとともにみんなの努力が結実した、そんなシーズンなんだなというのを知ることができて、非常に感慨深い、そんな回になったと思います。
このポテキャストを聞いた方だけが知る優勝の真実、そして今シーズンの真実と言ってもいいかもしれません。
そして松田辻夫選手の卒業にかける思いも聞くことができました。本当にこの先の松田さんの新しいページがどうなるのか楽しみになる。
そしてそれを引き継ぐ名取選手のこれからの活躍が松田選手のお墨付きですから、余計楽しみになるような回でございました。
そしてXから寄せられたメッセージもここで一つ紹介しましょう。
ハピネスさんからいただきました。
ビブラートに大爆笑。これは山下健太選手のオブラートビブラートと言い間違えたやつですね。
ママケンラジオ体操に黒餃子は絶対楽しくなること間違いなし。
現地行かれる方いいなということで、今回も楽しめられる山県武者ありがとうございましたということでございまして。
実際に山原体操もママがやりましたけれども、ラジオ体操の指導員の資格を持ちということで。
こういう意外とドライバーのもしくはドライバーのご家族の変わった特技というか、知られざる特技。
名取選手の歌手活動もそうかもしれませんけれども。
いろいろとそういうドライバーのまた違う顔が見られると、よりファンになったりとか身近に感じたりとか。
松田選手の乗り物好きもそうですけれどもね。
なんかそういうところをね、やっぱり普段なかなかレースの現場だけでは知ることができないんですけど、
聞くタイヤでね、いろいろと情報収集して、よりドライバーのことを深く知っていただいて、好きになっていただけたら嬉しいなというふうに思います。
次回予告と感謝の言葉
なので皆様からの感想や質問も募集しています。
聞くタイヤのハッシュタグ番組にメッセージをお送りください。
ハッシュタグはひらがなの聞く、カタカナのタイヤで聞くタイヤとなります。
さあ次回のエピソードもスペシャルゲストをお迎えし、ここでしか聞けない貴重なお話をお届けする予定ですのでお楽しみに。
ではまた次回のエピソードでお会いしましょう。今回のお相手はサッシャーでした。さようなら。
34:22

コメント

スクロール