1. 余白のエクリチュール
  2. ダウナーとどう向き合う?単一..
2025-10-03 39:26

ダウナーとどう向き合う?単一な自己のススメ

#21 / ダウナーとは? / バッドとの違いは? / しょーごはなぜダウナーがいまいちピンとこない? / 「まぁミスっても人の死に直結するわけではないから、なんとかなるでしょ」という境地 / 気づきすぎることの弊害 / “リスク”ってどこまで? / 人の多様性にどう気づくことができるのか / 感情の波がないように生きている / ”感受性”に複数種類がありそう / ロジックと感性が満たされた時にハッピーになる / なぜ「君島大空」が好きなのか / 曲のタイトルやジャケットの良さが、ひとつの”ロジック”になる / ”音楽”そのものというより、”音楽”とその周辺の情報をあわせて、聴いている / “批評”も”考察”も”感想”も同じに捉えている? / 「”良いもの”を”良い”と言いたい/思いたい」 / 自分への期待が達成されなかった時の失望がダウナーに関わる? / 寝不足はメンタルに悪い / 寝てストレスを解消する / 「女性は1ヶ月に4回性格が変わる」 / ダウナーになると自己が単一になる / 自己が単一だと何がいけないのか? / 単一の自己を前提としてうまくやるやり方はないのか? / 町屋良平はダウナーに関して書き続けている人 / 単純な目線のまま、社会や世界をみることの素晴らしさ


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▼「余白のエクリチュール」(通称:よはちゅる)とは?

普通の会社員2人が様々なテーマの感想や解釈を交わしながら、埋まりきらない“分かり合えなさ”さえも楽しむ記録。

発信が溢れる時代だからこそ、“聴くこと”に価値を置く。まだお互いのこともよく知らない2人が、互いの余白に触れながら楽しむ対話を、あなたも。


▼クレジット

やぎしょーご Shogo Yagi @sho5_midday ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://x.com/sho5_midday⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠

𝑃𝑜𝑚𝑃𝑜𝑚 🍮@pompomreading ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://x.com/pompomreading⁠

サマリー

エピソードでは、ダウナーという感情状態について議論し、自己の経験を通じて理解を深めている。リスナーは、ダウナーの定義やその対処方法に関する洞察を得ることができる。ポッドキャストでは、感情へのアプローチやレジリエンスがテーマとなっており、特に感情とロジックの関係、そして他者との違いを理解する重要性が語られている。ダウナーという状態は複合的な要因によって引き起こされることが多く、この状態から抜け出すためには生活習慣や睡眠を適正に保つことが重要であると述べられている。また、人は内面的に複数の自己を持っているが、ダウナーになるとそれが単一化し思考が狭まってしまうことが示唆されている。このエピソードでは、単一な自己を持つことの危険性や多面的な視点を持つことの重要性について話し合われている。さらに、町屋良平の作品を通じて、ダウナーからの脱却やシンプルな視点の大切さについても触れられている。

ダウナーの定義と意義
今回のテーマは、ダウナーについて語ろうです。
今回このテーマを用意した理由が、
私が最近ダウナーになってそれを脱したので、
脱する方法を余白の場で共有したいなと思って、
ショウホーさんにちょっと慣れたんですよ。
こういうテーマどうですかって。
私はショウホーさんが、自分はあんまりダウナーになったことがないから、
なんかよくわからないみたいなことを言われて、
私はめっちゃ衝撃で、
私はめちゃくちゃなりやすいから、
不思議で仕方ないって思って、ショウホーさんが。
なりにくいって言ったのが。
だから私なりに仮説を立てたんですよ。
ショウホーさんはなんでそういうことを言っているのか。
4つ立てて、どれですかって聞いて。
いいですか。
先に一応確認しておきたい。
一応リスナー的にも確認しておく。
ダウナーとは、一応ちょっと喋ってもらってもいいですか。
ダウナーとは、ちょっとこれ、
私の中での定義は後で喋ろうって思うんですけど、
一般的には、
それ程度はどうであれ、
失意の底にある状態。
失意の底にある。
だと私は定義している。
一般的にそうだと思っていて、
私の中の定義は、
また私のダウナーに対する状態とかによっては、
ちょっと違うので、またそれは別のことになるんですけど、
一般的にはそうかなと思っています。
ダウナーの感受性と仮説
ちょっと待ってくださいね。
ジェミニによると、
ダウナーとは文脈によって複数の意味を持つ言葉ですが、
主に気分が落ち込んでいる様子。
これだろうな。
気分が落ち込んでいる、元気がない、テンションが低い状態を指します。
それくらいだったら分かる。
失意の底って言われると、
そうだよ。
私、しょうもさんこれ言ったときに、
バットと自分は捉えているって言って、
私はそこにフェーズがあるなって思って、
バットっていうか、
バットの先に私はダウナーがあるんですね。
バットは一個一個の個々の出来事なんですけど、
それが何か積み重なって、
慢性的に何か状態がダウナーだなって、
私は解釈しています。
いいわね。
でも分かるって感じですね。
ごめんなさい。話挟んじゃいました。
はい。
私がしょうもさんに提示した仮説が4つあって、
1個はバットへの感受性が低いから、
文字通りになりにくいっていうの。
2つ目は、
バットに向かいそうな感情を理性でコントロールしている。
これは私、しょうもさんはそっち派かなって思ったんですけど、
3つ目は、いろんなことに気づく一方で、
そもそも器が広いイメージがあるので、
通常他の人がバットと感じるような出来事をそう感じない。
私はしょうもさんと話していて、
この人の器広いなみたいなことを感じたので、
それも1個あるかなって思いました。
4つ目は、
レジリエンスが強くてバットになる前に対処できる。
これもしょうもさんの仕事の話を聞いていると、
結構自分の中で仮説を立てて予測を立てて、
対処の方法も今まで学んできたことで、
それに対する自分の中での理論が出来上がっているから、
対処がうまいのかなみたいなことを思って、
その1から4のどれでもあり得るなって思ったんですよ。
今回ちょっと聞いてみたいなって、
何なのか、5があるのか知らないですけど、
ちょっと聞いてみたいなって思いました。
リスク管理と職場の影響
4つ挙げてもらったのを1個ずつコメントしていくと、
1個目がバットへの感受性が低く文字通りになりにくい。
別に感受性が低いわけじゃないんじゃないかな。
これは1個私の中でも、
他の3つよりは可能性が低いなと思いました。
色んな方に気づくっていうのは私は印象としてあるので、
そこは感受性が低いことはないのかなって思ってましたね。
これはそんな気がする。
この可能性が潰れたんじゃ。
一旦そうして、2個目バットに向かいそうな感情理想でコントロールしている。
これはあるんじゃないですかね。
もう気にしないこととするみたいなことはよくあるかもしれないですね。
もう1個1個それに対して反応していても、
もう無駄だし消耗するだけだから、
それをコントロールしているみたいな。
僕もバット概念は結構ファジーな、
すごい曖昧な使い方をしてるからちょっとわかんないですけど、
すごいネガティブみたいな、もっと広く捉えちゃうとすると、
僕は基本的にネガティブ思考なので、
ちょっと一旦わかりやすく仕事にするとすると、
システムなんていくらでもおかしなことにはなりそうなわけで、
障害が起きそうとか、不具合を出しそうとか、
そうしたらいろんな人に迷惑がかかるとか、
ちょっと新機能を入れるにしても影響範囲がどこだかわからないみたいな、
そういう不安みたいなことはいっぱいあるわけですよ。
そういったことでネガティブなことはいろいろ考えるんですけど、
俺はでも本当に社会人何年目かになっていたったとおりですけど、
別にシステムをやってる中で人殺さないし、
別に自分が殺されるわけでもないし、
別にいっかっていうので最後は落とすっていうのは、
結構リアルにマジであったっていうのはあり、
比較的人の死に直結するわけじゃないけど、
2個挟んだら関わるかもみたいな、そういうシステムに関わってたこともあるので、
でも最終的に別になんとかなるかみたいな、
そういうふうに考えないとあまりにもネガティブになりすぎたことがあって、
そういう意味でそういうコントロールの仕方を学んできたっていうのはあるかもしれないですね。
そうなんですね。
ネガティブになりすぎるっていうのは、
いろんな可能性を考えすぎて起こってもいないことに対して、
それで消耗しちゃうっていうことですか?
そうですね。
そうですね。
そんなイメージです。
ですよね。
うちの課長が言ってたんですけど。
どっかでやめる。
どっかで意図的にやめないと。
ですよね。
どうぞ。
それはエンジニアにとっては求められる規制ではあるよみたいなことを、
すごいちょっと私の上の先輩で、
結構すごく気長面で細かくて、
すごくいろんなことを対処しなければみたいな感じで、
ちょっと病んでしまう言いがちな人がいたんですけど、
そういう話をしてた時に、
それはシステムエンジニアとしては必要な規制ではあるけどねみたいなことを言って、
そうだよなとか思いましたね。
そうだろうなと思うし、
話広げちゃえば、
別にエンジニアに限らないんだろうなとは思っていて、
仕事一般そうなんだろうなという気はします。
ことエンジニアみたいな、
エンジニアに限らないと思うんですけど、
今思い出したんで喋ると、
僕はずっとプロジェクトにおけるリスク管理っていう考え方は、
あんまり腹打ちしてませんと。
何を言ってるかというと、
リスク管理って、
どういうリスクがあるかっていうのを洗い出して、
それのリスクの重要度を判断して、
必要なものはリスクを低減するとか、
リスクの対策をするとか、
そういったことをする。
いわゆるプロジェクトの基本みたいなところの定義だと、
そういうことだという話でのリスク管理って話をしてますと。
っていうのをした時に、
いったいどこまでのリスクを考える必要があるのかみたいなのが、
ずっとわかんないんですよね。
何を言ってるかというと、
例えばですよ、
明日大地震が起きますっていうのはリスクですか?
リスク。
広く考えて、
抗議の意味でリスクだと思います。
可能性があるから。
でもそれに対して、
対処法を今すぐ考えないといけないというわけではないと思ってます。
とかっていうのはあるじゃないですか。
でもそういったものまで含めて、
全て洗い出すって、
まず普通のプロジェクトにおいて、
不要だと思うんですよ。
コロナがまた、
感染症が流行るとかね。
プロジェクトの規模とか、
需要度によっては必要だと思うんですけど、
ごく一般の普通のプロジェクトにおいて、
そこまでは不要だと思うんですけど、
そこの判断基準ってすごい難しいと思っていて、
例えば、
停電するとかもあると思うんですけど、
そういうのとかって、
どこまで何考えるみたいなのって、
すごい難しいなと思っていて、
ネガティブ機質な人って多分結構、
考えれば考えるほど出てきちゃうんですよ。
リスク管理を、
私が普通に働いててですよ、
アプリケーションエンジニアとして働いてて、
リスク管理をするっていうことが、
今まで一切なかったので、
全然イメージできないんですけど、
松本さん、そういうのを仕事でやっているって、
その中で、
どれをリスクとしてみなすべきかっていうのが、
判断に困ったっていうことが、
経験としてあるってことですか?
ぶっちゃけ別に僕も、
直接自分のコントロールできる範囲で、
こういう話があったかっていうと、
そういうわけではないですが、
アプリケーションエンジニアだったら、
別にアプリケーションエンジニアじゃないし、
世間で一般で言うシステムエンジニアとか、
プロジェクトマネージャーとかって、
言われる人になると、
比較的そういうリスク管理とか、
そういうことはしろって言われるケースが、
あると思いますね。
少なくとも多分、
数億規模のプロジェクトになってきたら、
何らかはやるんじゃないですかね。
そこら辺の。
上の人は多分やってるだろうな。
そういうのはあると思うんですよ。
社内の、
品質ルール規定みたいなのが、
決まってたりすると。
でもだいたいだから、
そういうのって、
決まってるんですよ。
だいたいもう、
ありきたりのリスクだけ上げて、
そういうのだけ上げて、
そういうのにとりあえず、
考えてる風にするっていう、
別にあんまり意味があるかというと、
あんまりない、ただお決まりのものをやってるだけなんで、
別にいいんですけど、
そういうのを本気で考えだすと、
ちょっとむずいよなみたいなことを、
思い出したんで、喋ってみました。
そうですね。
ちょっと話が、
逸れちゃったけど、
3つ目が、いろんなことに気づく一方で、
そもそも器が広いイメージがあるので、
パッと感じるような出来事をそう感じない。
でもこれ1に近いんじゃないですか。
別に気づくは気づくけど、
1と2の複合なのかな。
気づくは気づくけど、
諦めるというか、
あえて気にしなかったことにする、
みたいなことは多いですね。
そっか。
今言われてみると、
確かにこれは、
1とは明確に違うんですけど、
1は本当に気づいていない、
そのことに対して。
なるほどね。
3は気づくけど、
受容と理解
受容する心があって、
そういうこともあるよね、
みたいなところで受け止める、
みたいな。
そうです。
言われても言われても思ったけど、
そういう意味だと、
こういう言葉を使うと、
ちょっと拡大、
話を広げ過ぎな気がしていて、
ちょっとひっくりこないんだけど、
あえて言っちゃえば、
比較的自分は、
人が多様であるということを前提に、
物事を考えている気がするので、
自分が理解できないことが起きても、
そういうこともあるよねって、
考えられる方だとは思います。
そうですね。
今ちょうど私、
超相対性理論の不解散回聞いてるんですけど、
ちょうど朝から聞いてたんですけど、
最近のやつ?
私がそうされてましたね、
っていうのを思い出しましたね、本当に。
それを感じられる人の方が、
希少で、
そうだと思う。
人が違うんだっていうことを、
知らない。
知らないって言っちゃうと、
もうあれだけど、
でも本当にそう言い切っていいレベルで、
なんかどこかで、
私とあなたは一緒だよね、
みたいなことを、
言葉を交わさないまま、
感じる人。
なんか本当に、
人は本当に違うんだよっていうことを、
感じる機会もないし、
もし感じ取ったとしても、
それを、
ないものとしてしまう、
みたいな人が、
すごい多いんだなっていうのを、
それ聞いてて感じたんですけど。
レジリエンスの重要性
うん。
いやまあ、
そうだと思うっていうか、
普通に来てるとそうなるんだろうな、
みたいなことをするんだよな。
そうなんですよね。
ちょっとこれは、
また別のアドバイス。
4つ目が、
レジリエンスが強くバッドになる前に対処できる。
でも、
俺との中で3とあんまり、
あんまり変わらん気もするが、
レジリエンスが強いかというと、
強くはない気がするけど、
強く、
強くあろうっていうことも、
ちょっと違う気がするんだが、
そういったレジリエンス的なことは、
意識はしているかもしれないっていうのと、
あと、
どこに入れるべきか微妙ですけど、
できるだけ、
基本的に感情の波がないように、
生きているっていう気はする。
それはさ、
何なんだろう。
感情の波は、
ハッピーもバッドも、
どっちに対しても、
ハッピーの波を抑えているんですか?
ハッピーの方は、
意図的に抑えているわけじゃないけれど、
もしかしたら、
バッドの方を抑えたことにより、
ハッピーの方も抑えられているっていう説は、
ある気がする。
それはどういうことだ。
それはもう、バッドを抑えることで、
そもそものその感受性が、
しょうごさんの中で、
ちょっと鈍るというか、
鈍くなって、
そういう言い方をして、
そんなに違いがないと思って。
別に意図的にそうしているわけじゃないし、
別に自覚として、
そういう意味での感受性が低いなとは、
思わないけれど、
周りの人からは、
比較的そういう風に見られているっぽく、
穏やか的な感じに見られているっぽく、
そうなのかもなという気はする。
今の話と繋がるかわからないけど、
めっちゃテンションが上がるとか、
これを見たらすごく幸福感があるとか、
これを食べたら幸福感があるみたいな、
基本はあんまないですからね。
そうなんだ。
興味深いという意味での、
面白いという感情に対しては、
結構感受性が強い気はするんですけど、
本能よりの感受性というか、
感受性はもしかしたら複数ある気がしてきたんですけど、
本能よりの感受性は結構ないというか、
薄い気がしますね。
私ね、その話聞いて、
めっちゃ私が思っていることだなって思って、
私は何にハッピーを感じるかというと、
ロジックと感性のどちらも満たされたときに、
一番ハッピーになるんですよ。
松本さんが言っている、
本能的なものは感性かなって思って、
頭で考えることなしに、
心がロジックを経由せずに、
自分の心でダイレクトに、
これは良いなって思えるものが、
私は感性なんですけど、
感性が満たされたときももちろんハッピーなんですけど、
そこにロジックがあれば、
よりハッピーになるなって私は思ってて、
例えば創作物があったときに、
その創作物だけを見て、
その創作物の造形が優れているとか、
感性とロジック
すごい素晴らしい美しいものを見たな、
ハッピーっていうのが感性なんですけど、
その創作物の中に込められた、
その作者の意図とかが分かったときに、
それは私の中で、
ロジックで納得したときとか、
この人はこういう思いだって、
この創作に至ったんだ、
みたいなことを気づけたときに、
ロジックで納得しハッピーになるんですよ。
そういうことかなって今思いました、聞きながら。
それはそんな気がするっていうか、
もしかしたら僕がさっき言ったのと
若干違うかもしれないけど、
似たような感覚がめっちゃあって、
僕は音楽に関しては、
近しいものがすごくあると思ってて、
音楽って別に、
僕はあまりロジックで聞いてるつもりはなくて、
その話は感性で聞いてるつもりなんですよね。
感性で聞いて、
いいなと思ったものに後付けで、
ロジックをつけている感覚がすごくある。
後付けでロジックをつけているっていうのは、
ちょっと待って、私が今思ったのは、
それがしょうごさんがいつも書いている文章
ってことになるんですか?
いつも書いている文章。
それは違う?
それは書いている。
しょうごさんが毎月、
これは良かったぞっていう曲を
ブログに書いている。
ブログの話?
そうだと思いますよ。
近しい。
その作業が近くってこと?
別に作業がというわけでもないです。
普通に音楽を聞いて、
良いなと思いますと。
その後に、
俺はなぜこれを良いと思ったんだろうという風に
考えるという感じですね。
そこにロジックが見出せなければ、
多分あんまりその後、
良いなとは思うけど、
別にすごく印象に残るわけではないんだけど、
そこにロジックが見出せると、
深く好きになる気はすごくする。
例えばというか、
さっきのポムさんが言っていた、
意図とかは正直あんまりどうでもいい。
僕の中では。
どうでもいいけど、
もう少し違ったところから
ロジックみたいなのがあると良いなという気はしていて、
でもこの例はどうなんだろうな、
正しいか分からないですけど、
とりあえず今、
僕がパッと思い浮かんだのは、
僕はキミシエ魔王空っていう
シンガーソングライターがすごく好きで、
あの人の音楽は毎回良いと
思いますと。
あの人の音の何が良いかみたいのは
むずいんですけど、
ちょっとごめんなさい、
話が飛んでるかもしれないけど、
キミシエ魔王空っていう人は、
キミシエ魔王空っていう名前が
普通に良いなと思うわけですよ。
割と本名だと言うし、
キミシエ魔王空っていう名前が
めっちゃ良いなと思うし、
あの四文字の、
あの歌詞の名前が
めっちゃ良いなと思うし、
あの四文字の漢字と
なってる音が僕はリンクしていると思うし、
しかもあれを、
リンクしてるってどういうことですか?
それは説明ができない。
あの音と
名前がすごく
一致している感じが
すごくする。
名前を
英語表記、ローマ字表記にしたときの
面もめちゃくちゃ良いと
思う。
四文字面の感じ。
そういうのがすごくバランスが取れている
と思うから、
それだけで、あの人は
俺はめっちゃ良いなと思う。
そうだね、それめちゃくちゃ感性の
世界の話ですね。
感性の世界な気がするけど、
俺の中ではそれは一つのロジックになってるんですよね。
ただの音だけじゃなく、
その音の
周りにあるロジックになっているので、
もちろんそれ以外もあるんですけどね。
今パッと思い浮かんだ例だと、
そういったことで
後付けで論理を
考えている気がしますね。
なるほど。
音楽を聴いたときに、
君島大空っていう文字列に
文字列って言うとあれだけど、
何か一つ意味が付与されるみたいな。
その瞬間に
感性がロジックになるみたいな感じなんですかね。
そうかも。
そうかもしれない。
音と何かリンクするものがあるとか。
普通に
音だけ聴いていいなと思って、
タイトル、
タイトルは後で見るケースとか、
ジャケットは後で見るケースって結構普通にあるんですけど、
その時に音とリンクしてるって思ったら、
多分それが僕の中で一つの
ロジックになる気がします。
なるほど。
なんか今ちょっと一個
不倫落ちたな、
ショウゴさんの音楽の聴き方が不倫落ちたなって思ったのがあって、
私はそのブログ、
ショウゴさんのブログ見てたときに、
この人って結構音楽を単体で聴いてるんじゃなくて、
別の音楽との
有機性みたいなところで捉えてるのかなって思って、
そこにある音楽と
ある音楽の間に繋がりがあったり、
今言ったみたいに、
その音楽と歌詞、
アーティスト名とかに
繋がりがあること、
その繋がりに対して、
ロジックで
いいなって思ってるのかな、
みたいなことを私今思いました。
でもそれは結構
正しい見方、正しいっていうか、
そういうのがある気がしていて、
前の回でも話したけど、
多分そんなにちゃんと音聴けてない気がします。
耳そんなによくないし、
音質とかもあんまわかんないし、
結構
音の周辺の
情報で
音楽を聴いている感覚は
確かにありますね。
そうですよね。この前
その回やったときに、
音楽の聴き方が違うなって思ってはいたんですけど、
今の話を聞いて、
そういう風に違いがあるんだなっていうのが、
今わかりましたね。
私は結構単体で聞くことが多いので。
単体で
すごく
あえてこういえば、
ポムさんの聴き方の方が正当派というか、
すごく正しい。
あえて言えば正しい音楽の聴き方だと思う。
僕はすごく邪道な
音楽、それは音楽である必要があるの?
って言われると結構難しいような
話かもしれない。
そういう意味だったら、
これは前に話したかもしれないけど、
別に本も音楽も
ネットの記事も全部僕は
ある種情報として捉えている気がする。
全部並列に気がするので、
そういうところの話かもしれないですね。
なんかね、私ね、それも
すっごい気になってて、ずっと。
前、似たようなことをしょうごさんが言ってて、
それが、自分はなんか批評も
感想も考察も一緒だみたいなことを言ってて、
私の中では結構
定義があるなって思ったんですけど、
しょうごさんが
それを同じだと捉えることに
には、どういう
なんか、なんだろう
考えがあるんですか?
なんかそれが
すごい気になった。
定義はそれぞれあると思うし、
まあそれをしゃべろうと思えばしゃべれるんですけど、
多分その定義の話じゃなくて、
それをもう一段レイヤーを上げると、結局全部
情報だよねっていう考え方をしている感じですかね?
それってなんか
その考え方をすることで
何がいいっていうか、しょうごさんにとっては
なんかそれの
捉え方をすることで、なんか
メリットがあるって言ったらおかしいけど、
なんかどうなんだろう?それって。
何がいいんだろう?
メリットとかじゃないと思うけど、
だから全部ですね、
並列に捉えるっていうことなんだと
思うんですよね。
だから
なんだろうな。
それはなんかアナロジー的なことなのかな?
舞台がむずいけど。
例えば批評を批評として捉えると、
その批評の中でしか
物事を考えられない
くなりがちだと思うんですけど、
別にその批評という枠を取り払って
情報としてしまえば、
その批評の中にある話と
考察や感想にある話っていうのが
シームレスに語れると思っていて、
それは
別にそれ面白くないと思う人も
多いと思うけれど、
俺はそういった
ジャンルとかで考えるよりかは、
面白い、単純に面白いと思って
面白い、単純に面白いと思ったものを
つなげて考えることに
面白みを感じている。
ちょっとトドル人な気がするけど、
感じているので、
そうしてるっていう感じかな。
そうなんだ。
なんか思ったのが、
批評をその批評として
捉えちゃうと、批評ってなんか
ある種の形式があると思うんで、
なんかその形式があることで、
なんだろうな、
言いたいことが言えなくなったり、
っていう器具なのかな、
みたいな。
全然そんなことまでは考えてない。
あんま考えてない。
もちろんそういうこともあると思いますけどね。
形式?
あんま形式とかにこだわりがないのかもしれないですね。
そもそも。
そうなんだ。
いいものはいいと言おうみたいな。
そんな感じですかね。
根本はそれだけです。
もうちょっと先にたどると、
いいものをちゃんと
いいと言いたいとか、
思いたいっていう感覚が、
全ての根幹にはあると思いますね。
それは別に
ジャンルとかものとか別に
なんでもいいっていう感じはあります。
そうなんですね。
なんかちょっとそこが
私ずっと気になってたので、
今なんかその考えを
わかってよかったです。
はい。
ダウナーの定義と要因
で、ちょっと話を戻すと、ダウナーの話。
ダウナーの話。
ダウナーの話。
どうやって戻しますか。
戻す。
戻すですよね。
私ダウナーって思うのは、
結構私思うのが、
その要因って
めっちゃ複合的だし、
一個じゃないですよ理由が。
解決はできなくても
治ったり、
治る要因も複合的みたいな。
のがあったりして。
うん。
そもそも私の
ダウナーの定義は、
何か
嫌なことがあっても
それはダウナーにはならずに、
何がそこに関与してるか
っていうと、
起きた出来事に対して、
自分はこうできたよなとか、
自分に対する期待があって、
それがなされなかったことへの
失望みたいな。
それが私のダウナーに
すごく関わっているな、
みたいなことがあります。
定義としては。
どうやってそれを脱却できるかっていうと、
むちゃくちゃ
生活をちゃんとするとか、
寝不足。
寝不足を。
一つ寝不足っていうのは、
めっちゃ要因になったりするので、
寝不足を解消するとか、
ほんとなんかね、
睡眠とメンタルの関係
寝てないとメンタルが
本当にね、全く違います。
っていうのを私はすごく
思いますね。
寝てないともうダメなんか、
いつも気にならないことが
すっごく気になっちゃったりする。
へー。
面白いな。
それないんですか?
ないんですか。
ないんですかという問いは、
多分ないなんですけど、
ちょっと今考えてたことをしゃべると、
睡眠っていうのは、
僕にしても結構大きな要素で、
ちょっと大変、さっき話し忘れてたんですけど、
僕も多分バットとかは、ダウナーは
ある気がするんですけど、その時、
すぐ寝ちゃうんですよね。
で、
寝てストレスを
解消してるのは、
結構ある気がする。
なんか別に、
意識的に、
なんだろうな、その、
ダウナーになったら寝ようとかって
なってるわけじゃない気がするんだけど、
今改めて考えてみると、
そういう時はさっさと寝ちゃう。
たまに8時とかに寝るし、
さっさと寝ちゃう。
結構ね、
いつでも寝れるタイプなんで、
寝ると、
結局、
僕も頭の中でずっとグルグルいろんなことを
考えちゃうケースはあるんですけど、
そういう時はどうしようもないんで、寝ますね。
寝てシャットダウンしないと、
それ以外の方法はないんですよ。
音楽聴いてても考えちゃうし、
本読んでても考えちゃうし、
でも考えるんで、
寝るっていうのは、
めっちゃありますね。
一番大事ですよね。
頭では分かってるんですけど、
私その状態になっちゃうと、
寝れなくなっちゃうんですよ。
そういう人多いんでしょうね、たぶんね。
それはそんな気がする。
あれなんかもう一個話そうと思ったんだよな。
自己の単一化とその影響
なんだっけな。
あ、そうか。
寝不足だとダウナーになるみたいな話とか、
普通にダウナーという言葉は使わなくても、
機嫌が悪くなるとかっていう人とか、
多いと思うんですけど、
お腹が空くと機嫌が悪くなるとか、
そういうのあると思うんですけど、
それは僕ないですね。
なんか寝なさそうな気がしますか、確かに。
それは何でかと言われても、
分からない。
ない。ないでしか言いようがなくて。
羨ましい。
私はありがちですね。
ありがちだから、
ありがちだから、
それを理性で抑えたいんですけど、
それもできないときがある。
無理なんじゃないですか。
ある人は無理なんじゃないですか。
正直これは性別差はあるかもです。
そうなんだ。
そうかもね。
女性はその周期によって、
性格なんで、
女性は1ヶ月に4回変わるんですよ。
そうなんだ。
そうなんですよ。
これほんとちょっと覚えとってほしい。
マジでそうなんですよ。
分かるよ。感覚的には分かる。
そういうのが時期的なもの。
なるほどね。
それはそうかもしれないですね。
それはそうなんだ。
あとね、私はね、
関連的な
話になるんですけど、
ダウナーになると、
むちゃくちゃ
自分が単一になっちゃうんですよ。
自分が単一になる。
自分が単一になる。
基本的に
人って
自分の中に複数の事故がいるじゃないですか。
いるじゃないですかっていうか。
いると思うんですけど。
一旦そうしましょう。
一旦そうしましょう。
そうなった
ダウナーになったときに、
私むちゃくちゃ事故が
単一化されてしまい、
例えば複数の事故って
いろいろいるんですけど、
自分の中に対して
従順な自分がいたり、
かといえば絶対何か芸能したくないよ
みたいな自分がいたり、
なんかすっごく
ハッピーを感じる気持ちが
むちゃくちゃ高い自分がいたり、
でもなんかかといって
この世はもう
ハッピーでは全然ないだろうみたいな
ことを感じちゃう自分がいるんですけど、
なんかダウナーになると
なんかね、
めちゃくちゃ
自分がむちゃくちゃハッピーの
どっちかになっちゃって
なんか
そこでいつもはなんか
その複数の事故が自分の中にいることで
バランスが取れるんですけど、
なんかその
事故がなんかむっちゃ単一になると
なんかそれによって
なんか見方とかもむっちゃ
視野矯作になってしまい、
すごいなんか近視眼的になって
後から振り返ったときに
なんで私こういう風な考え方を
したんだろうみたいなことを
すごく考えて
なんか複数の
事故に戻ったときに
単純なときの自分の言動とかを振り返ってみると
なんでこういうことを
したんだろうみたいな
考えられないみたいなことを思ってしまって
なんかよりなんか
ダウナーになるみたいなことが
なんかある
これはなんかむちゃくちゃ
観念的な話をしてるから
全然伝わらないと思うんですけど
そういうことがね、ありますね
いやまあでも分かりましたよ
すごい分かったけど
僕が今ずっと考えていたのは
単一だと何がいけないんだっけっていうのが
ちょっと
そこが僕はポイントな気がする
なんかね
なんかめっちゃ
ハッピーってなったら
その単純に
周りに
困った人とかがいるときに
それに寄り添えなくなっちゃうんですよ
なんか
そこでの想像が
及ばなくなるみたいな
なんか今ハッピーだからいいでしょ
みたいな感じになっちゃう
ときがあるなって思って
それなんかね
よくないなっていうのは
思いますね、あとなんか
逆になんか抜刀だけが
なんか自分を占めているときも
それはそれで
絶対によくない
なんかそこに陥っちゃうと
単一な自己の危険性
抜き出す術が分かんなくなる
みたいな
ところが
言ってることはめっちゃ
分かってるし理解してる
それでも持って単一だと
なぜダメなんだっけっていうところが結構
重要な気がして
おお
言ってることは
分かるし
第一義的には多分おっしゃる通りだと思うんですよね
これは
僕が今考えてたのは
単一みたいなのの危険性みたいなのとも
近しい話なんだと思うんですけど
結局何か信じるものが一つ
宗教とかもそうだと思いますけど
単一の価値観だけに染まる
っていうのは危ないことである
っていうのは多分そうで
多面的な見方をした方がいいよね
っていうのはそれこそ
超創造対生理論とかで話してる話と
そうなんだと思うんだけど
僕がなんでそれじゃダメなんだっけって言ってるのは
結局みんなやっぱり
多面的に見るということはほとんど
そういうものであり
単一で
っていう中では
シンプルではあるので
その中でうまくやるっていうやり方はないのだろうか
っていう意味での
それじゃダメなんだっけっていうのが
僕の中での興味ポイントです
なるほどね
シンプルにはなるわけじゃないですか
単一になるってことは
中でのコントロールっていうのはやっぱり
できないものなのかみたいな
そういう問いです
シンプルなままで
世界を
見ることが
いいのか
ちょっと戻っちゃうけど
そういうなんか
一回そういう事故で考えてみたときに
どうなるかっていうのを
ちょっと自分の中で実験的に
やってみたいなそれは
私基本的にその複数の事故が
いることでバランスを取ってきている
人間なので
それが一番いいんですよね
その状態が一番自分にとって
いいから
そうあらねばならないみたいな
気持ちがあって
単純にあった時にこれじゃダメだみたいな
いやそうだろうと思う
振り返って思っちゃう
その感覚がめっちゃ分かる
けどみたいな話ですね
世の中の人はむしろ逆な
気がするんですよね
単一な方に寄りたいみたいな
欲求がある気がする
一般的な
聞いてみないと分かんないな
他の人の話を
人が
自分をどう捉えてるかって
話してみないと分かんないから
その人が認識できてるかも
分かんないし
そうなんですよね
これは
今話しても結論がちょっと
分かりやすい
そうなんですよね
そんな
15分ぐらいですけど
ダウナーの話は
1個だけ話しておきたいことがあるとすると
町屋良平さんがむっちゃ好きっていう話を
言ってましたね
なんでかっていうと町屋さんって
ダウナーから脱却する
時の感情とか
ダウナーと共に生きる
ってことをむっちゃ書き続けてる
人なんですよ
なので私はそれがすごく
好きで
ちょっと待って
メモしたからそれ読みたいんですけど
なんだっけな
そっか
町屋さんがね
坂下あたると市場の宇宙っていう本の中で
その人
繊細な主人公がいて
それ繊細がゆえに
ダウナーに陥ったりするんですけど
そこから脱却する時の
言葉で
心を呆然とオープンにしていられれば
ドラマなんてどこにでもありやまる
スペクタクルはあまりにも
簡単でっていう
一説があって
これはまさに単純な時
自分の心の
気候的に単純な時に
その単純な
目線のままそのまま
社会を
世界を見ることの素晴らしさ
が書かれてるなって思って
すごく複雑にダウナーに陥ったら
これもだめだこれもだめだ
こういう意味だからだめなんだ
自分はだめなんだって考えちゃうけど
そこで一個シンプルな
一つの目線を持って
その眼差しで世界を捉えることの
良さっていうのが
ここで書かれてるなって思って
私はこれを見た時にすごく
いいなって思ったんですよね
なので
それが一つの解ではあるかもしれない
単純なままでも
町屋良平とダウナー
いいんだよみたいな
そうですね
そういう可能性は
あるのかもなーって気はするかな
そうですね
単純だったら
単純な自分だったら
このちょっとしたことで
ハッピーを感じれたりするし
それによって
ちょっと心が軽くなってみたいな
ちょっと今当たり前のこと
話しちゃってるけど
そういうのは大事なんですけど
考えすぎるっていうのはあんまり良くない
ってことなんだと思う
私はそうなんですよね
ちょっと考えすぎるかもしれないから
単純に
単純にいきたい
でもあれなんですよね
私を複雑に考えすぎてるから
楽観的に見られたいっていうのが
ずっとあって
でも楽観的に見られたいからって言って
楽観的な自己を
出すと
その後複雑性に戻ってきた時に
なんでこんな楽観的なのみたいな感じで思っちゃうから
それもそういう
旬順があるっていうのがあります
なるほど
へーって思ったけど
へーっていう話でしか
多分ないと思うんですけど
私の心の中の動きの話
そういう人もいるよっていう話ですね
なるほど
そういう人もいるよっていう話ですか
じゃあそのとこですか
OKです
じゃあ今回はここまでです
ヨハチュールではデスコードにて2人の放送後の感想を書いていたり
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お待ちしてます
皆さんのダウナー感とか
どう脱するみたいな話があれば
気になる
じゃあここまでお聞きいただきありがとうございました
次回もぜひお会いしましょうさよなら
ありがとうございます
39:26

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