はい。
はーい。
お願いします。
はい、お願いします。
難しい、難しいんだよな。
どこから、どこから話しますか?
じゃあ、最初のは多分わかりやすいから、その、なんか芸術作品にそもそも美って感じるのかとか、
感じるとしたら、何、どういうものに感じるかとか、のを知りたいです。
いやー、たぶんね、感じないんですよ。
あんまり。
なんかね、そういうのかなとは思ってた、もしかして。
ほとんど、ほとんど。
それは予想できない。
予想できない。
一応ね、その美術館とか、なんかそういうのに、行かないわけではない。
たまに、たまにっつっても本当にあれだけど、行くこともあるんですけど、
なんかまあ、アート作品みたいなのを行かしてもいいかもしれないけど、
なんかそれで、なんかこれすごいいいなとか、そういうの思うこと本当にないんだよな。
ちょっとそれ、まず気になるんですけど、美術館に行くときっていうのは、
何かの展覧会とかあるじゃないですか、美術館で。
はいはいはい。
それで、なんか話題になってるから行こうとか、いうふうに行くんですか?
そう、そうだと思います。
で、それって、見るのって絵ですか?
それとも工芸品とか、いろいろあると思うんですけど、絵を見るんですかね?
まあ、あんまそこにあれはないかもしれない。こだわりはなくて。
自分からこれを行こうみたいなのって、あんまないんですよ。
なんか本当になんか、あるとしたら、自分からあるとしたら、
自分は普通にそういう美術館に行くというのは、自分の普段の生活の中でしない行為なんで、
じゃあ、意図的に自分がしないことをしてみようという意味で行くっていうケースがあったりするんで、
まあ、ぶっちゃけ対象は何でもよい。
そうなんだ、なんか福祉層を見たいっていう。
全然そういうのじゃない。
それが1、ルート1。で、ルート2は誰かが行くっていうから、全然行きますよっていうのがルート2っていう感じなんで、
なんだろうね、何かこういう目的があってとか、こういうのをやりたいからとかっていうのはほとんどないかも。
そうなんだ、そこでじゃあ、それがないとして、じゃあ行ったときに何かその自分の何かが変わった経験とか、そういうのってありますか?何を感じますか?そのとき。
いやー、ない、ないよな。
何があるかな。
今思い出した話を適当に話すと、ちょっと前にヨーロッパに旅行に行きました。
で、フランスとか行ってルーブル美術館とか行ったんですけど、絵がいっぱいあるなと思う。
そうなんだ。
モナリザの絵とかありましたけど、どっちかというと人がいっぱいいるなとか、そういう方向に目が行っちゃうんだよね。
あー、なるほど。
そっちかというと、絵を巡る、その周辺の何がしかみたいなことに、どうしても興味が行ってしまう。
ルーブル美術館というものの、なんかあれだとか、あれもすげー人いっぱい来てるし、チケットとかも時間で区切られてて、すごいいろんな人が時間ごとに入ってとか、
そういう、どうしても本そのものじゃない方に興味、関心が行っちゃうっていうことの方が多いですね。
あー、なるほど。その空間がどういう風に作られてるかっていうか、
そうそうそう。
人の動線とか、それを巡るシステムがどうなってるかとか、そういう話。
あんまり良くないなっていう気もしてるんですけど、
絵とかに関してはね、それそのものにどういう、単純に知識がないっていうのもでかいんだと思うんだけど、
それをどう見ていいのかがあんまわかんないんだよねーって思っちゃうかな。
せやさん、今気になったのが、知識があればじゃあ楽しめるって思うタイプですか。それもなんか私すっごい気になってて。
思うタイプ。
まあそうなんだろうなと思ってるっていう感じかな。
なんていうか、これも一種の知識なんだと思うんだけど、
アート作品みたいのって、やっぱだからそれまでの歴史とかそういうものに対して、
このタイミングでこういうのが描かれたからすごいんだみたいなものとかって結構あるんだと思うんですね。
それに顕著なんだと思うんですけど、だからなんかそれがわかってないで見たところで、
要はなんていうか、そのもの、絵そのものだったら別にネットで見れるわけじゃないですか。
それとリアルで見ることの違い、どこにどういう、何を見出すのかみたいなのって、なんかむずいなって思うんですよね。
話が逸れたかもしれないけど。
いやいやいや、そうなんですよ本当に。
わかるわかる、なんかその、私も実際なんか絵見る、絵見るアプリとかもあるんですよ。
え、それはどういうこと?
え、ちょっと待って。
デイリーアートっていう。
絵を解説してくれるとか?
絵を解説してくれて、
そう、なんかこの絵は、毎日その絵が紹介されて、
この絵は、この年にこの人が作りました。
こういう背景で作りました。
みたいなことが書いてあって、私確かになんか、それでもいいなって。
これでも全然なんか楽しめるなっていうのはあるんですよね。
だからなんか、ちょっと私の話になるんですけど、
描かれた絵なんかそのものの、なんかそれがなんかすごく精緻に描かれてるとか、
なんかすごい色彩が良いとかっていうのは、結構もうなんかこのスマホでも楽しめるなっていうのはあって、
私はもうちょっとその、なんか絵が展示されてる空間とか、
そこに至るまでの、なんかその絵の、その作品が配置されてる、
なんかどういう風に展示されてるかとか、
そういうところを見る方が好きかなっていうのはなんかある。
ちょっとこれ私の話になるんですけどね。
なんかこれは音楽とかも全部そうなんですけど、
作り手だと視点が変わるんだろうなと思うわけですよ。
なんかその絵を描く人とかがそういう絵を見ると、
やっぱなんかその、ここのやっぱ色使いはちょっと違うわみたいなのとかがなんかあるんじゃなかろうかと思うんですけど、
別にそういうのじゃなければ、なんかそこは見て取れるのって、
だからもうスマホと何が違うんだっけって言ったら、
やっぱそのリアル空間にあることであるわけであって、
そのリアル空間がどういう空間であってとか、
そういうことを考える方がまだなんか意味があるとちょっと違うけど、
なんかそういうことの方が楽しめるのかなっていう感じは、今聞いていても思いますけどね。
そうですね。
なんかその絵じゃないんですけど、
なんか見に行く、その作り手が何か作ったものに対して美を感じるっていうのはなんかありますか?
その美しさ。
別に芸術作品じゃなくて、これに美を感じるんだとか、
それともなんか自分はこれにすごく引き付けられてるけど、
それは美とはまた違うよなっていう話があったら、それも聞きたいです。
うーんとね、一応自分の中での仮説は、美というものに対しての意識は結構低いと思います。
なんかその美を感じるみたいなのって多分あんまなくて、
じゃあ何に自分が魅力を感じるかっていうと、
なんか前のエピソードでも話したかもしれないけど、
自分はね多分リズムなんだと思うんですよ。
リズムって。
なんかね、音楽とかもそうなんですけど、
リズムに対しての感覚はそれなりにある気はしていて、
リズムもいわゆる音のリズムだけじゃないと思うんですよね。
例えば文章のリズムみたいな言い方とかもそうだと思うんですけど、
いきなり普通に文章が合ってる中で、
明らかにリズムを崩した一文が入ってたりすると、
おおって思ったりするしとか、そういうのも含めて、
そういう意味でのリズムに関しては結構興味があるし、
なんとなく良い悪いみたいなことを思うことはある気はするんだけど、
いわゆる美、美しいとかっていうものは、
美的感覚が本当に著しく低いんだと思うんですよね。
基本全部情報に変換しちゃうから。
情報に変換するってのは私全く分かんないんですけど、
それはどういうことなんですか?
なんか、例えば絵があったときに、
これは誰、あえてするとするんですよ。
これは誰が描いたもので、どういう背景で、
さっき言った裏にある知識みたいな話ですよね。
そういう方向に全部変換しちゃうから、
そのものを見て、この絵が構図がとか、この色彩がとか、
ビビってたらそういうことなんじゃないかなと思って、
勝手に解釈してるんですけど、
そういう、それを美しいと思うとか、
あんまりそういうことにならないんだよな。
だから自分のファッションとかもそうですよ。
別に僕ユニクロで何でもいいと思っちゃうし、
こういうファッションがいいとかほとんどない。
部屋のレイアウトとかもそうですね。
人生で凝ったことは一度もない。
あ、そうなんだ。レイアウトもいいんだ。
そう、なんていうか、何だろう、
置物的な、置物と違う気がするけど、
でもそういうのあんじゃないですか、
こういうのを部屋に置いときたいみたいな、
そういうの何にもない。
なるほど、なんかあれか、
機能的なものの方が、
もっと機能性の部分に、
美を感じるっていうのもまた違うと思うんですけど、
用の美っていう概念があると思うんですけど、
そっちなのかな、
使うこととか、手に馴染むとか。
それもちょっと違うんだよ。
そこまで別にそんなに意識してない。
最低限の機能性みたいのは求めるんだけど、
いわゆるガジェットオタクみたいのとも全然違うし、
そういう地位に行くと、
その機能性みたいのを突き詰めると、
ガジェットオタクみたいな方に行くと思うんですよね、
ミニマリズムとか。
別にそういうのでもないけど、
なんとなく最低限の、
あれは仕ときたいぐらいでしかないので、
何だろうね、
あんまり、
そっか、わかった。
映画は美術に対してとか、
世で美しいとされているものに対しての、
それはめでるみたいな気持ちはない。
っていうのはわかりました。
わかりましたって言ってもわかんないけど。
そうしたところで、私が気になるのは、
もうちょっと精神的な美の話で、
真善美っていう価値観に対して、
どう思ってるのかっていうのはすごい気になってて、
普通の私が思ってるのは、
私しょうごさんはすごい美意識を持った人だと思ってるんですよ。
で、それがどこから来たのかっていうのが気になってて、
それがなんかその、
さっき話した美術的な関心が、
何か変換されてそうなっているのか、
またなんかもっと別のところから生まれたものなのか、
ところが気になっていたところではある。
なるほどね。
面白いな、面白いなって思ったし、
今考えてたら、なんとなく自分でもわかってきたことがあるなと思うんですけど。
素晴らしい。
なんて言おうかな。
ちょっとあえて別の話からすると、
ちょっと前に佐藤正彦展ってやってました、横浜で。
僕はこの人のことはあんまり知らなかったんですけど、
電通とかにもいらっしゃって結構有名な、
なんて言ったらいいんだ、
一応wikipediaにはメディアクリエイターとか書いてあるけど、
クリエイティブディレクターとか、なんかすごいいろいろやってる人で、
なんかちょっとこの人に考え方が近いかもしれませんっていうのを今から話そうと思います。
気になる。この人の考え方全然知らないから。
そうなんだ。
この人は作り方を作るみたいなことをおっしゃってたりする。
これの知識しかないです、私。
なんかね、ちょっと本とかも、
展覧会じゃない、なんていうんだ、
展示をやってたんで、そこの本も読んだんですけど、
僕がそこで思ったのは、
この人はルールを作る。
ちょっとごめんなさい、全然厳密じゃないかもしれないけど、
自分なりのルールを作ることにすごく意識が強い人なんだろうなと思ったんですよね。
デザインとかも、すごい自分なりのルール、決まりを作って、
その決まりに当てはめたCMとかね、
こういうロジックって言ったらちょっとあれなんだけど、
こういう決まりを作って、ちょっと具体は思い出せないんですけど、
ピタゴラスイッチとかもそうじゃないですか。
ピタゴラスイッチとかも、あれもちょっとうまく説明できないけど、
何らかの規範があって、その中でクレイティビティを
いかに生み出せるかみたいな、そういうチャレンジと言い換えてもいい気がします。
今チャッピーに聞いたら、ピタゴラスイッチは原因からきっかけが可視化されるもので、
別に面白い雰囲気を作ってなくて、因果が連続するというルールだけを設定している。
その面白さ、ルールが正しく動作したという複散物として面白さが現れるみたいな話をしている。
でもそうそう、そういうことだと思う。
この人ってなんていうか、いわゆるアーティスティックなのとはちょっと違う文脈だと思っていて、
その仕組みみたいなことを作る。
ピタゴラスイッチも、ああいう舞台装置を一体作ったことによって、
その枠組みの中でこういうことをやったら面白いんじゃないかっていうことを作り出したのはすごいことなんだと思うんですよね。
っていうのが佐藤雅彦の話で。
なんとなくそれに近いんじゃないかって自分が思っているのが、
Bみたいなことは全然考えたことがないんですけど、
決められたことをちゃんとやるみたいなことは人生としてずっとやってきていることなんです、僕は。
さっき言った勉強みたいな話もそうなんですけど。
テストで点を取るのはテストで点を取らなければいけないぐらいな脅迫観念を持っていた。
脅迫観念とまで言うんですね。
多分そうだと思う。
それが俺の中では当たり前だったから、テスト勉強をするみたいなのが当たり前だったし、
みたいなことはあった。
結果としてだから、僕の記憶が合ってるかわかんないけど、
少なくとも中学以降は基本的にテストの成績、5とか4とかあると思うんですけど、
基本全部ずっとそれだったと思う。
それくらい脅迫観念を持って一応やってたと思う。
めっちゃやってたわけじゃないけどね。
でもあんなの授業をちゃんと受けていればだいたい点取れるじゃないですか。
そういう方向ね。
天才とかそういうのじゃなくて。
そういうのじゃなくて、やればできんじゃんみたいな。
だからやればいいんだよみたいな話を結構やってたと思う。
で、何だっけ。
だからそういうのと勉強してると思うんですけど、
自分の中で決まりを作ってその通りにやるべきだみたいなのは結構強いんだと思うんですよね。
だからちょっとなんかうまく説明が今できないけど、
その佐藤雅彦的な、何となく自分の中でのロジックみたいなのは結構強固にあるので、
それを当てはめるとか、それに当てはまってるかどうか、
自分が面白いと思うもののそのロジックみたいなのがあったりするから、
それに当てはまってるかどうかみたいなのには敏感なのかもしれず、
それが一つの自分の美意識みたいなものかもしれない。
みたいなことをちょっと考えてました。