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  2. 私が思うデザイナー(坂本 貴..
2022-02-09 55:21

私が思うデザイナー(坂本 貴史さんと)

今回のゲスト収録は、デザイナー 坂本 貴史さんをお迎えしてのお話。グラフィックデザイナーとして仕事を始め web 黎明期でのディレクション、IA へのキャリアチェンジや最近のデザインに思うこと、これからの活動について。

Summary

このポッドキャストでは、デザインの仕事についての思いや感じたこと、デザインに関する話題が紹介されています。ゲストにはデザイナーの坂本隆さんが登場し、グラフィックデザインからウェブデザインまでの経験を語っています。デザイナーとして働く中で、デザインの知識や技術に影響を受けてディレクターの仕事を始めます。デザインディレクションやIAなど、品質や情報設計に関わる役割に興味を持ち、最終的なビジュアル品質の向上に貢献しています。デジタルマーケティング会社やサービス企業で働く際に、デザイナーのスキルアップとデザインの意味、マーケティング戦略、デザイナーの組み立て方、重要なフレームワークについて考えています。

デザイナーの登場
デザインのまわり。
デザイナーの山下一樹です。
このポッドキャストでは、私がデザインの仕事をしながら感じたこと、思ったこと、デザインのまわりにあるお話をお届けしています。
そして今日も、僕の話をうまく噛み砕いて進行してくれるこの方も一緒です。
はい、アシスタントの草野です。
コミュニティ運営や企画運営の中で、人と人の接点を増やす仕事をしています。
今日もよろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。
今回はゲスト会ですね。ゲストにお越しいただいています。
前回のゲストを長谷川さんに引き続き、今回が2回目のゲストをお呼びしての会ということで、
ゲストにいらっしゃると結構話が膨らむので、個人的にはすごく今日も楽しみにしています。
楽しみですね。
山下さん、ご紹介をお願いできますか?
はい。今日もまたすごい方にお越しいただいているんですけど、
同じデザイナーつながりというところで、
ポットキャストのデザインの周りに関して感想を時々いただいたりして、
SNSではやりとりはしていたんですけども、
ポットキャストでお話ししてみたいなということで、
今日ゲストに来ていただけることになりました。
デザイナーの坂本貴史さんです。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
デザイナーの経歴
ちょっと軽い自己紹介的なのをお願いしてもよろしいですか?
はい。坂本貴史と言います。
デザイナーという肩書きが非常に長いんですけども、
もともとグラフィックデザインをやっていました。
最近はモビリティとかを回すという分野が事業領域になるんですけれども、
いわゆる自治体とか事業会社に対してコンサルするような立場で、
事業開発の支援をするというのと、
あとウェブのメディアがあるんですけども、
そちらの連載というか、
書筆とか取材をしているというのが今の仕事になります。
なるほど。
グラフィックデザイン出身だったんですね。
そうなんです。
もともと僕、工業高校でデザイン科なんですよ。
山下さんも分かると思いますけど、手書きの時代です。
なので、普通にエアブラシとか、
溝引き定規とか、カラス口とか、
そういうのを使ったりとか、
事業の中でデッサンとか油絵とかしていたというのが高校時代で、
その当時はレタリング検定みたいなものもありまして、
ご存知ですかね。
今だと、本当にパソコンでキーボードで、
テバスも話なんですけど、
それを手書きで書けるかどうかみたいな、
技能検定なんですけど、
そういうものを取って、
いわゆる商業デザインっていう、
やっている会社に就職するみたいな流れがあって、
社職等もありましたよね。
そういうような時代。
写真ももちろんフィルム学校だったりとかするので、
拡大するのもそうだし、
それから、いわゆるグラフィックデザインというのは、
いわゆる印刷会社ですかね、デザイン会社ですけど、
に入社したというのが、
もともとの僕の社会人スタートになります。
やっぱり高校がそうだったから、
自然な流れでデザインに行ったみたいな感じなんですかね。
そうですね。
もともと僕、小学校、中学校、
絵だけは描けたみたいな感じがあって、
絵が描けるんだったらっていうので、
デザインに入社したっていうのが、
絵が描けるんだったらっていうので、
デザイン科を選んだっていう理由なんですよね。
でも実際に入ってみると、
絵を描くという話と、
デザインというのが、
だんだん違うことに、
なんとなく感じてくるんですよ。
それも分からずに、
デザイン科でやってて、
いろんなことさせられてたというか、
いろんなことやってたんで、
その中でね、本当に得意不得意を、
感覚としては掴んでいった感じですかね。
なんかまさか、
手で描くようなところのグラフィックだと思わず、
てっきりコンピューターグラフィックかなと思ってました。
ウェブデザインの挑戦
はい。なので、世代っていうことですかね。
仕事入ってからはもうコンピューターですか、じゃあ。
仕事、はい。
ちょうど高校卒業して、
僕専門学校に行くんですけど、
専門学校でそのMacと会って、
っていうので、
2年間ぐらい。
いわゆるグラフィックデザイン、
DTPですかね。
DTPを学んでやってましたね。
なので、会社に入った時には、
会社の中でも、
多分一番コンピューターに詳しい人ってなってたんで、
めちゃめちゃ調子乗ってたと思います。
正直な話、本当に、
あ、イラストレーター触って、
お金もらえるんだっていうのは結構で、
僕の中で衝撃でしたね。
なんか余裕やなみたいな。
って思ってました。
それぐらい勘違いしてたんですけど、
なんかね、
そういうソフトの習得っていうのと、
本当に仕事みたいなところの境目がね、
なく感じてた時ですね。
なので、やっぱり、
世代に同じだったら近しい方多いと思いますけど、
やっぱ専門学校で学んでるソフトの習得と、
社会人になって会社でやっているパソコンの
技術の差というか、
全然やっぱり会社の方が遅れている状態だったんで。
入った時からヒーローみたいな使いですね。
ヒーローというか、やっぱりもともと新卒で入っているというか、
若い子っていうのもあるし。
本当にあんまり話さないんですけど、
ちょうど入った時に、
本当に親世代というか、
10歳以上も離れている人ばっかりの会社だったので、
ちょっと古い印刷系の。
そこに坂本さんっていたんですよ。
同じ名前の。
だから僕ね、その会社ではね、
ジュニアって呼ばれたんですよ。ずっと。
親子みたいになっちゃってるじゃないですか。
まだ千原ジュニアが出てくる前ですけどね。
坂本ジュニアのが早い。
そうそう、その当時の同僚みんなね、
ジュニア、ジュニアっていう風にね。
懐かしいですね。
その当時の会社も、
印刷会社でDTPやっている傍らで、
いわゆるテキスタイルデザインをやっていたので、
手描きで、本当に絵の具の皿が積み上がっているような感じの現場で、
本当にみんなエプロンして、
絵の具ついているような感じの方々がいっぱいいるような会社でしたね。
なので異質だったんですよね。
めちゃめちゃ若い子が入ったぞと、
めちゃめちゃマックな人だぞみたいな感じで、
だから新卒で一番若くて一番社歴も低い僕だけど、
すでにコンピューターとか耐えられるみたいな感じの存在になっちゃう。
矛盾というか、そういう状況を体験しましたね。
じゃあ割と専門学校で勉強していたことがすぐに仕事に活かせられて、
職場環境も働きやすかったし、
あんまり嫌なこともなかったってそんな感じですかね。
でもね、もともと実は専門学校でビジュアルグラフィックデザイン系のコースだったんですけど、
ちょうどね、HTMLの講義が後半から、2年間なんで多分2年目だと思うんですけど、
来て、それで僕ね、インターネットはめちゃめちゃ興味が出てきたんで、
実は就職する時にも、ホームページがやりたいんですって言って入ったんですよ。
で、全くさせてもらえなかったし、そんな仕事なかったんで、
それはね、もうじくじったる思いでしたね。
で、それでやっぱり他の周りの情報を仕入れたりするわけじゃないですか。
雑誌を拾ったりとか、自分でもパソコンを買ったのはそれぐらいだったと思うんですけど、
やっぱりそうするといろんな情報をね、自分で調べて見聞きする、していくのはもう基本的に最先端の情報なわけですよね。
いろんなメーリングイストに参加したりとかでして、
それでやってたんで、そことのギャップ、現場で求められる部分と、
自分が見聞きしているような情報とのギャップはずっとあったんで、
それで結果3年で辞めたんかな。
ウェブの専業の会社に行こうって言って、それで転職して、
ウェブの制作会社だったんですけど、パイナップルカンパニーっていう会社なんですけど。
パイナップルカンパニー。
なんか幸せそう。
幸せそう。
ほんとね、その当時ね、本当に東の木のトロープか西のパイナップルかみたいな感じだったんですよ。
わりとそういうベンチャー系で、ウェブ系で、専業な感じで、
なので当時はわりと業界の中でもトップランナーの会社だったんで、
もうこれはね、ラッキーだなと思って。
もうそこからはウェブの仕事。
そこからずっとウェブですね、なので。
もうだから20年選手ですね。
入った時はウェブのグラフィックをやられてた感じですか?
そうですそうです。ウェブのデザイナーですね、いわゆるね。
嬉しかったですけどね。
でも入った瞬間にもうくじかれるというか、天才がいっぱいいたんですよ。
本当にちっちゃい会社でしたけど、最先端のとこだったんで、すごい優秀な方がいっぱいいててね。
いわゆるそれは見た目のグラフィックデザインのビジュアルとか、
そういうところの差を見せつけられたみたいな感じなんですか?
それもあるんですけど、要はやっぱりコーディングですね。
コーディングの技術っていうことだと思います。
今はちょっと違うと思いますけど、いわゆるこう、
ジャバスクリプトとかももちろんそうだし、今で言うとCSSだったりとか表現の部分もそうですけど、
要はそこをどう作るかみたいなところが、
いわゆるグラフィックソフトだけでは完結しない部分をデザインしてた領域というか、
それぐらいの幅をやってたんで、僕は逆に本当に見た目だけでやってたんで、
当時ね、Dreamweaverっていうのが出てきて、確かFireworksとかと、
いわゆるビジュアルでの操作でコーディングは自動生成されますよみたいな感じだったんですけど、
僕はそれでいいと思ったんで、それで入ったら手打ちですって言われて、
そういうソフトは保管する上では使うけど、
実際は手打ちでコーディングしているので、そこの技術の無さに痛感しましたね。
もう泣いてましたね。
それは泣きますよね。
分からなすぎて。
コーディングが分からないとどういう形でビジュアルを組めばいいのかが分からないっていう、
そこですかね。
無理だなと思いました本当に。
その時にそこをすべてできていたデザイナーを見て、
この差は埋まらないなと思ったんですよね。
そうはできない。
もちろんジップス的にいろいろ、この場合はこう、この場合はこうで覚えることはあるんですけど、
当時もウェブサイトの開発って運用がほとんどだったんで、
ものすごいでっかい有名企業のサイトを多分住宅で受けてたんですけど、
そこの例えば連載みたいなところがあって、それの更新みたいな業務だったんですよね、仕事はね。
その天才たちが作ったテンプレートを元にどんどん展開していくっていうのが仕事だったんで、
もうそれはね、それはそれはすごい差でしたね。
なんか聞くとやっぱりその学生時代のギャップがあったんですよね。
最初の就職先のギャップもあり、ウェブに行けたときのギャップもありで、
なかなか最初のうまくいかないっていうのは誰でもそういうのかなっていう感じですね。
そうですね、もうずっとついてまわるでしょうね、そこはね。
でも学生時代からデザインの勉強ができて、
デザインというところでは一本通ったところですよね、会社の就職。
そうですね、多分デザインという言葉は修行で、
それから学生時代からはデザインの勉強ができて、
デザインの始まりとディレクターへの転身
そのデザインというところでは一本通ったところですよね、会社の就職。
そうですね、多分デザインという言葉は知ってからだと思うんですけど、
当時は多分ほとんど広告のクリエイティブしか見てなかったんですけど、
僕はデザイナーになりたいと思ったので、
デザイナーになれたんで、僕の中ではかなり満足でしたね。
天才たちがいて、僕は慣れないなみたいなふうに思ったっていうお話があったんですけど、
その時どうしようと思い張ったのかなと思って、
自分はじゃあこういう道で行こうみたいなのをその時に考えたのか、
そうは言っても天才たちが作ったテンプレートをもとに展開していく仕事があるから、
それでオッケーっていう風になったのか、
その辺りどんな感じだったんですか。
そうですね、当時は逆に言うとあまり考えてなくて、
ただ優秀な方たちが辞めたりとかして、
それを引き継がなければいけなかったりする部分もあったので、
そこは保管する立場としてはやるというか、
やれる人間になろうと思ってやってた部分はあったんですけど、
当時その会社がベンチャーだったっていうこともあったんですけど、
当時その会社がベンチャーだったっていうこともあって、
ある日給料日にお金が入ってなかったんですよ。
当時僕は大阪に住んでて、
会社が入って2週間ぐらいで引っ越すってなって、
大阪じゃなくて神戸になったんですよ。
それもびっくりでしょ。
それで通う必要があるんですけど、当時入ってなくて、
金ないやんと思って、これ無理と思って、
給料入ってない会社に折れるかと思って、
辞めますっていうのは全社員がいてるようなところで書いて辞めました。
技術動向っていうところはやらざるを得ないなっていうのはもちろんあったんですけど、
それとは全然違う話で、
単純に給料日に給料入ってなかったんで、
こんなとこ折れるかと思って辞めたっていうのがその会社です。
結末がまさかの意外なところからやってきた。
その会社の同僚は、あれは伝説だったって言ってるんですけど、
刑事場みたいなところで僕が帰ったみたいで、
給料日に入ってないから辞めますっていうね。
っていう判断をした。
そこは全くできてなくて、
普通に辞めて、そこから若干その時のネットワークで
フリーみたいな感じで仕事してたんですよ。
コーディングまで含んでたと思うんですけど、ギリギリ。
それで知り合いで紹介してもらって、
ちっちゃいそれも会社に入ったんですけど、
そのちっちゃい歌詞をずっとやってた時に思ったのは、
デザインやってたんですけど、
途中でね、ディレクターもやってみたらって言われて、
ディレクターもやり始めたんですよね。
その時に、優秀なディレクターがいたのを思い出して、
優秀なデザイナーがいるのを思い出して、
ディレクターになるとこうやって、
優秀なデザイナーがいるのを思い出して、
ディレクターになるとデザイナーに指示を出したりするじゃないですか。
その時に、たぶんものすごい優秀なデザイナーの
何でしょうね、
公認もやってた経験があったんで、
めちゃめちゃデザインの知識というか、
名はできてたんですよ。
リフもあって。
なので、こうしたらいいとか、このレベルっていう、
なんとなくの自分の中での、何でしょうね、
メキメキができる感じになってたんで、
これはデザイナー視点での上手いディレクションができるな、
俺っていうのはその時に気づいたんですよね。
それは結構一番振り返りポイントかもしれないですね。
これだっていう感じですね。
ちょうど今でいう説明でいうと、
ディレクターがデザイナーに指示するところのブリッジの役割。
デザイナーとしての経験とデザインディレクション
そこは何か強みだなって思ったのは、
大阪の時に思いましたね。
しっかりやっぱりデザインの下積みというか、
それがあったからこその気づきですよね、
ディレクションと。
そうですね。
当時のディレクターさん、
今とは違うと思うんですけども、
当時のいわゆるウェブディレクターという職の方っていうのは、
最初からディレクションをする人だったんですかね。
うん。
そうですね。
なのでディレクターっていうよりも多分、
ウェブの制作進行って言った方がいいですかね。
なのでウェブの制作を進行するっていう役割はあったので、
もちろんやっぱりウェブの制作が決まっている段階から、
実際に作るっていうところが、
仕事としてもらうっていう関係性なんで。
なんかあんまり言葉を選ばずに言うと、
デザイン分かってないディレクターさんに指示をもらうっていう、
結構違和感があって。
まあでも基本そうですね、
それこそ暇合計ぐらいの階層で仕事してたんで、
分かってない書類で上の方からFAXで、
こんな感じっていうのが来て、
えーって言いながら、
やるっていう感じでしたね。
まあだからデザイナー自体もそうでしたけどね、大体。
大体分かってない人からデザインの指示がされて。
でもなんかやっぱり幸いさっきの、
はじめのお話を聞いたときに、
デザイナー自体もそうでしたけどね、
でもなんかやっぱり幸いさっきの、
はじめの神戸のベンチャーじゃないですけど、
デザイナーが優秀だった環境にはじめからいたんで、
デザイナーが作ったものはもうなんか絶対なんですよね。
もうそこから何かが変わることはまずないというか、
なんか、あっ素晴らしいですね、それでいきましょうみたいな感じの、
なんかクオリティーで出してたんで、
その環境とか関係性に慣れてしまってたところがあったから、
割とだからデザイナーがそこは判断して作るっていうことには、
価値観としてはなってたかな。
でもなんかそこのレベル感は、
その会社以降はものすごく厳しくなりましたよね。
だからどう考えてもレベルが低いので、
はじめの会社がレベルが高かったが故に、
そこをどう引き上げるのかみたいなことをやってた。
だからそのレベルでディレクションしてた感じですよね。
これもうちょっとこうできますよねみたいな。
そういうデザインディレクションですかね。
どっちかというとそっちに強みを感じてて、
その後にネットイヤーに合流するんですけど、
その時に、
やってるようなことってさっきのデザインディレクションみたいなところで
使うツールだったりとか、
ドキュメントだったりとかするものが
IAだっていうのを気づくんですよね。
それはネットイヤー入ってからなんですよ。
そうなの。
IA出ましたね。
IA。
ここに来て。
ここに来て、私の勉強してきた単語が出てきてる。
今までデザイナー周りでね。
要は今までデザインとディレクションの仕事をしつつ、
最終的にネットイヤーさんに入った時に、
これやってたことはIAだったんだっていう、
そういう感じでしたね。
そうです、そうです。
なんでサイトストラクチャーとか
サイトストラクチャーっていうのを
いろいろやってたんですかね。
そうです。
なんでサイトストラクチャーとか
ワイヤーフレームとかっていう言葉が
出てきたのはその辺なんで。
それ以前は全くそういう言葉は実は使ってなかったんですよね。
なんて言ってたかも忘れてましたけど。
でも多分どちらかというと、
本当に制作管理だったんで、
ファイルリストとかそういうレベルでしたね。
マップとかサイトストラクチャーって言葉を知ったのは
本当にネットイヤーと仕事をし始めてからなので。
でもそこからはあんまりデザインで
情報設計と最終品質の向上
自分が手を動かしてデザインをするということは
少なくなっていく感じですか。
そうですね、東京に来てからはディレクションしてましたね。
デザインはしてないですね。
ずっとディレクターでした。
その後デザインしようみたいな、
デザインに戻るみたいなことはなかったですか。
これまた難しいんですけどね。
でも今につながるんで話をしておくと、
結局IAとか情報設計っていうテーマで
話をする機会も増えていった時よりも、
その時の自分はウェブディレクターなんですよ。
肩書きとしてはずっと。
で、ちょっとある時からやっぱり僕の強みは
いわゆるディレクターっていうのは
いわゆるデザインのディレクションとか
アートディレクションに近いものだったりとかするので、
そういう意味でのデザイン活動を
やっぱりしていってるんですよね。
自分で本当に絵を描いてるわけじゃないんだけど、
こういう風にした方がいいよねっていう絵を描いてるわけじゃないですか。
それが僕の中ではデザイン活動になっていってたんで、
何でしょうね、極端な話でいうと、
そういう仕様書とかワイヤーフレームっていう
描くことはやってたけれども、
オートショップとかでデザインを作ることはしてなかった。
オートショップとかでデザイン活動をしたいかって言われると、
したいとは思わなかったですね。
そう言われると。
完全に興味とか好きなことや言いたいこととかが
全体設計とかそういう、
本当に講義の意味のデザインみたいな話だと思うんですけど、
そういう方に興味とかやれること、能力が入っていった。
いや、結構難しいなあ、説明がね。
聞きながら思ってたんで、
そこから講義のデザインに興味があったかって言うと、
多分イナで、さっきの話にもちょっと延長するんですけど、
やっぱり最終的なグラフィックの部分というか、
ウェブにおけるグラフィックのビジュアルのデザインという部分を、
いかに当時僕が神戸で体験した衝撃のレベルに上げるかっていうことが、
結構その仕事のほとんどだったんですよ。
いかに上げるか、いかに最終品質を上げるかっていうところに
どう貢献するかっていう意味でのディレクションをしてたんで。
なので、講義なデザインに興味があったわけじゃなくて、
その品質をいかに上げるかに終始してたっていうか。
なので、IAとか情報設計とかって言ってるんですけども、
生実家自分がグラフィックデザインやってるので、
最終品質というか最終ビジュアルみたいなものが、
なんとなくイメージできちゃうんですよね。
そこに例えば、僕がレベルが高いとは言いませんが、
そこのレベルまでに達していなければ、
達するにはどういったディレクションが必要なんだろうとか、
どういった情報が必要なんだろうとか。
そのように考えるにはどういうロジックだと考えられるのかみたいなことを
IAとしてやってたみたいな感じなんですよね。
なるほど。
面白い。
要は自分で手を動かしてレベルを上げていくのではなくて、
どういうことをすれば、どういうコンテンツや情報があれば、
ゴールに向かえるのかっていったところの仕事が、
まさに坂本さんの仕事だったっていう感じですかね。
そうですね。
だから最短距離をどう作るかっていうのが、
組織で仕事をしていく上では必要だったってことなんじゃないですかね。
自分で手を動かしてやっちゃいたくなったりとかしなかったんですか?
ウェブのビジュアルデザインって、
デザイナーの見方
作っている上では非常に複雑に作っているじゃないですか。
それがフォトショップだったらレイヤーの数だったりとか、
今だとライブラリのコンポーネントの構造であったりとか、
そこをちょっと手出しして、
自分でできるかって言われると、そこの知識はやっぱりないんですよね。
なのでやっぱりあくまでも、
こういう感じみたいなことを伝えるしかなかったのでっていうところだと思いますね。
なるほど。
チームとしての生き物の感覚が、
すごい終わりの人なのかなみたいなことを今。
そうですね。
自分が作ることというよりは、
みんなでやって最終的にいいものができたらいいよねっていう感覚なんだなぁと。
はい。
くしくもかなり早いタイミングでチームを持たざるを得なかったっていうのもあってですね。
20名ぐらいの規模のチームを、
必然的にそこのチームマネジメントをしなければいけなかったからだと思います。
なるほど。
なんとなくざっくり過去のチームマネジメントというのは、
どうでしょう? 山瀬さん。
じっくりと。
あんまりこういうこと、坂本さんも他であんまり喋ってないじゃないですか。
うん。今の話は僕初めて話すんだよ。
お!
初公開。
なので多分説明がちょっとね、許しくないかもしれないですけど。
どうやってみんなIAになったんだろうって聞くのすごく好きで。
ああ。
まあでも人それぞれ。
なので僕はさっきのお話で、
やっぱり優秀なデザイナーと優秀なディレクターがいたので、
そのブリッジをする役割は自分の強みだなって気づいたから、
っていうのが一番のきっかけだった気がしますね。
うん。
今までのこの、
いろんな、
いろんな、
今までのこの流れから、
一番最初にね、
モビリティとかマースとかもやってらっしゃるっていう、
あ、はいはい。
ところまでのこの、
つながってないよね、まだね。
私がつながってないね。
まだですね。
まだまだこの間にステップがあるんですね。
まあかいつまんで話すと、
時代の流れもやっぱりあるのと、
自分の年齢っていうのもある、
自分の年齢っていうのもあるのがあって、
会社の中でさっきのね、いわゆるウェブの制作ラインというか、
そういう制作ディレクションでやってるとかから、
いくつもあるそういうメディアリソースを管理するような、
部分でのクリエイティブディレクションとか、
そういった形で関われるようになってきて、
その会社に求められる役割と、
やろうとしていることを突き詰めていくと、
これはコンサルにならざるを得ないんじゃないかって思った時に、
そういう時期があって、
逆にある種の住宅において、
いわゆるデジタルマーケティング会社としてのポジションで、
仕事をやる上では、
結構ものすごく大きい仕事も最後やらさせてもらって、
結構ね、一つの限界点に達したっていうのが、
僕の中で思った時が、
ちょっと切り替えるタイミングで、
それでコンサルに行くのか、
そういうメーカー圏に行くのか、
それともはたまたアカデミックの方に行くのかみたいな、
いくつかの選択肢があって、
それでたまたま本当に知り合い向いてっていうところで、
メーカーに行くことになったっていうのが、
モビリティの始まりなんですけど、
それまでは全然関係ないし、
今でもそうですけど、
車は別に僕好きじゃないんですよ。
持ってないですし。
だから文脈としては、
本当にインターネットを使ったデザイン活動、
そのうちの一つの成果として、
プロダクトと関わる部分は、
もちろんIoTなんだけれども、
IAもそうですけども、
UXデザインって考えた場合には、
本当にメディア横断だったりとか、
いろんな接点とか、
いろんな接点として持つべきところがいっぱいある中の、
流れをデザインするような感覚でやってたんで、
もともと手書きでやってたって、
さっき言ったじゃないですか。
で、デジタルの世界になって、
特にIAなんかそうなんですけど、
見えない部分をデザインしてるっていう活動になっちゃうんですよね。
で、メーカーは今度は本当に
どっちもやりたくなってくるんですね。
なんで、見えないところもデザインして、
見えるものも作りたいみたいな。
で、それでモビリティっていうテーマで考えると、
いろんなところが関わってくるので、
興味があるなと。
で、いろんなところが関わってくるので、
興味があるなと。
で、モビリティっていうテーマで考えると、
いろんなところが関わってくるので、
興味があるなと。
それでモビリティ、
ちょっと今面白いかもみたいな。
なるほど。
だからメーカーに入ったのは、
あくまでもその気づきのきっかけだったってことですよね、きっと。
はい、そうですね。
本当に別にタイミング違ってれば、
全然多分違う会社に行ってたと思います。
そうなんですね。
てっきり車好きでメーカーに行かれて、
みたいなかと思ったんですけどね。
どうしてもメーカーで製造をやってる会社の意識と、
デジタルマーケティングって言ってるぐらいなんだけど、
サービス企業が持ってる意識っていうのに、
ものすごく対立時ではないんだけれども、
結構全然そこが違うっていうことに分かって、
やっぱり自分がどうしても考えてることって、
結構トータルで考えちゃうので、
トータルな部分を考えるのは、
メーカーには逆にあまり求められないんですよね。
そうですね。
部署ごとになってますもんね。
はい。思いっきり縦割りだし、
思いっきり本当にパーツで話すし、
作る前提で話すし、
そこが今までもしあるんだったら、
本当にチューニングっていうのが仕事になってくるし、
そこがデジタルで結構機動性を持った仕事の仕方をしてた。
自分の経験値から見ると、
とても窮屈で、
ちょっとそこだけだとちょっとしんどいなと。
もちろんいろんな問題というか、
いろんな悩みはありましたけど、
やっぱりサービス側にいないとっていうのがあって、
今の会社はサービスっていうか、
もともとデジタルマーケットの会社の先輩が作った会社なんですけど、
その取引先である鉄道会社さんが、
マースの事業を立ち上げるっていう時だったので、
それでそこの事業の立ち上げを手伝ってくれないかっていうお誘いで、
入らせてもらって。
なのでコンサル社、コンサルなんですけど。
たぶんデザイン系とかIA系って繋がってた人もいるんですけど、
モビリティ系だとさっきの無知だし、
全くネットワークなかったんで、
自分でネットワーク作りたいなと思って、
それで現地取材という企画を持ち込んでですね、
ニュースメディアをやっている会社さんに。
それで全国のプレイヤーと話をする企画をして、
それでネットワークを広げているっていうのが、
コンサルともう一個のメディア取材をやっているっていうのは、
チームマネジメント
今の仕事なんで。
そこも繋がっているんですね。
一応ね、やっぱり成功体験があるんでね、
全国でセミナーしてたっていう、
その時に繋がってた繋がりっていうのは、
本当に強いものもあったので、
そこに繋がっているんですけど、
繋がりっていうのは本当に強いものもあったので、
そういうのがやっぱりモビリティのテーマとかタイトルでもあってもいいし、
ないと逆に本当にさっきのね、
もともと僕車詳しくないですし、簡単に言うと。
そこをネットワークで補うじゃないけど、
ネットワークを持ちたいっていうところがあって、
今全国旅しています。
ネットワークが繋がった人と何か、
次のステップに進むのは結構苦手だったりするんですけど、
ネットワークってどうやったら活かせるんだろうとか思うんですけど。
知り合うことはすごく多いんですけど、
それを何だろう、友達みたいな感じになるんですけど。
でもすぐ何かっていうのはあまりないですよね。
いつかやるときにそういえばあの人いたなみたいな感じですか?
そうだと思います。
営業ってそういうことだと僕は思っているのがあって、
思い出してもらえる存在になるっていうのが一番重要だと思うんですよね。
なので、もちろんすぐ何かが動いているのであればそれはいいけど、
そればっかりではないし、
むしろそれを目当てで繋がっているってちょっとあまり良くないじゃないですか。
そうですね。確かに思い出してもらえる存在になるっていうのは。
繋がるっていうのは本当にそれもタイミングだし、
相手があることなんで、相手もそう思ってもらわないと繋がれないわけで、
きっかけですけどね。
メーカー業界への転職
こんな話で良かったんでしたっけ?
全然大丈夫ですよ。
全然大丈夫ですよ。
話があれだね。
逆にこういうことを話したかったみたいなのはあります?
そうだな。
最近のデザイナーさんに向けて。
最近のデザイナーは直接関わっていないので、下手なことは言えないんですけど。
さっきの感覚のまま僕が見ると、やっぱりレベルが低いなっていうのは、
僕なんかでも思っちゃう部分がよくあるので、そこは変わってないですね。
変わらないんだなっていうことは分かったっていう感じですかね。
その原因って何だろう?
原因も何も単純にボリュームの話だと思うんですよね。
ボリュームの数としては。
優秀な人はやっぱり人握りだし、そうじゃない人の方が多いよねっていうだけだと思うんですよね。
さっきのチームマネジメントしている立場であれば、そこを向上しようっていうのは仕事として取り組むわけですけど、
そうじゃない場合は、単純にその品質に対して自分が責任を持たない場合は、別に何も言わないですからね。
なのでそういう意味で言ってくれる人が少ないのかなっていうのが原因じゃないですかね。
結構ストーリーとか多いですもんね、フリーランスの方も多いですし。
と思いますね。
逆に言うと、いいものを見ると、
本当はどうしたらそれができるのかって思えばいいんでしょうけど、
そこを日頃目にしているいいものと、自分の仕事とが結構実は別物になっちゃってるんじゃないかなって気がしますけどね。
例えばホームページでもいいんですけど、デザイン自分で作るとするじゃないですか。
ものすごく自分が好きなデザインを作るときに、
それを横に並べてみて、買ってるかどうかを考えるんですよね。
それで負けてたら、なんで負けてるんだろうっていうのをデザイナーの自分が考えるわけですよね。
そうすると、例えばその当時なんかは本当にわかりやすい例で、
例えばデザインを作るときに、
今だったら画面キャプチャーを取って、その通りになるように自分で一回組んでみる、みたいな。
そうすると、それができるようになったら、
デザインを作るときに、デザイナーの自分が考えるわけですよね。
そうすると、例えばその当時なんかは本当にわかりやすい例で、
例えばアップルのサイドとかを横に置くわけですよ。
負けてるわけですよね。
なぜ負けてるんだろうっていうのを分析するっていうことをしてて、
デザイナーのスキルアップと環境
自分で一回組んでみる、みたいな。
それが実現できるかどうかっていうのをやってみると、意外にできないんですよね。
その通り。
そこが多分技術のスキルアップの余白なはずなんですけど、
それを自分で気づかないと、
絶対そこの技術って身につかないんですよね。
そうやってデザイナーっていう形で、
例えば組織の中でデザイナーの一定数が少なければ少ないほど、
実はそこの品質って誰も見てくれない環境に必然的になるわけですよね。
さっきの冒頭の話で、
デザイン分かってない人がディレクションするっていう環境になるわけなので、
そこのスキルアップをどうしてるのかっていうところでの気づきの数が少ないのが原因じゃないかな。
なるほどですね。
やっぱりデザインはちょっとね、
グラフィックというかビジュアルデザインはね、
本当に見え方が、自分がどう見てるかっていうところに直接跳ね返ってくるんで、
そうできてないっていうことは、
本当にそうすることを知らないか、できないんだよねって思っちゃうんですよね。
デザインのディレクションをいかにしてないかっていう方が多いと思います。
今どっちかっていうとデザインっていった時にも、
さっきの見えない部分と見える部分とどっちもやっぱりやりたいので、
なんかより良くする活動みたいなことだなって最近思ってるんですけど、
何かをより良くする活動が多分デザインであって、
さっきの文字感を詰めるっていうのも見た目を良くするっていうだけですけど、
それもそうだし、コーディングをスッキリさせるっていうのもそうだし、
それぐらいザクッとしたことを指してるんだな、デザインはって最近思ってますね。
デザインの周りらしい結論だね。
確かに。
すごいしっくりきます、私。
なので、これからも何かをより良くする活動はしたいですし、
そのために自分ができる範囲は基本何でもすると思いますし。
坂本さん枠がそんなになさそうなので、
きっとまたびっくりするようなことになっていくんだろうなみたいな予感がしますけどね。
チャレンジの連続ですよね。
デザインの意味と活動のテーマ
そうですね。
今からどうなるかっていうのは正直自分でも分からないんですけど、
でも今年はちょっと違うなっていうのはすごい思ってます。
別の活動でね、エラウェブアーキテクツっていう写真展と本を作ったんですよ。
その活動があったからっていうのもあるんですけど、
いわゆるアーカイブみたいなテーマで、
目に見えないデジタルで活躍してた人たちだから、
もしくは活動してきたから、そこの熱量であったりとかっていうのを
ある種アーカイブしてるんですけど、
今自分をどうアーカイブするのかっていうところでも繋がるんですけど、
何かを残すとか、残すっていう対象は、
なんかやっぱ表現だったりとかアウトプットなわけじゃないですか、自分から。
何かを残すことに繋がるんですけど、何かをアウトプットするっていうところで、
そのアーカイブっていうのは、
この2つがものすごく僕の中ではテーマとしてあって、
写真とかそういったものは一つの表現だとは思うんですけど、
さっきの車であったりとか、ものづくりに関わる部分はやっぱり創作じゃないですか。
さっきの、去年やってたアーカイブっていうのは、
アーカイブっていうのは、
アーカイブっていうのは、
アーカイブっていうのは、
その表現の部分と創作の部分を、
何かテーマを決めてやるっていうのは、
なんか一生続くんだろうなと思って。
で、できる、考えたらできるっていうのは何となく、
自分でも経験できたんで、
じゃあ何するかっていうところでの、
アーカイブっていうのは、
アーカイブっていうのは、
アーカイブっていうのは、
アーカイブっていうのは、
自分でも経験できたんで、
じゃあ何するかっていうところでの、
期待をしている。
自分で期待、すごいね。
決めてないんですよ。
決まるときって一気に決まるっていうのは、
自分であるんで、
今はそこを、
未来の自分に期待するじゃないですけど、
何かやるだろうね、君はっていう感じで見てますね。
なるほど。
なんか動き、それが見え始めた瞬間から、
すごい勢いが始まりそうだなっていう。
そうなんですよね。
今やられているエラーウェブアーキテクツも、
そうですもんね、
僕はあそこまで大きくなると思ってなかったので。
そうなんですよ。
あれもね、幸いに本当に色んな方が協力してもらって、
なんで、割と思って動き始めて、
割とポンポンポンって動いちゃってるので、
それもね、結局自分次第なんで、
自分でやらなきゃいけないことは分かっているので、
っていうのもあって、
生半可な想像だけだと動かないようにしようかなと思うので、
これやろうっていうふうに思う自分を楽しみに
いこうかなと。
コンテンツの目指す姿と自身の評価
楽しみですね。
なんか色々上がってくるのが楽しみ。
上げていきたいですね。
逆に言うと、そう期待してもらいたいなって思っているところもあって、
期待に応えたいなみたいな、
そういう循環を仕事の延長でもいいんですけど、
仕事とはまた別のチャンネルというか、
でもできると、
自分の中ではバランスがいいなと思う。
常にやっぱり仕事の部分と仕事以外っていう、
二軸は持っておきたいっていうのは何か、
それもバランスな気がしますね。
そうですよね。
仕事ばっかりしてあかんってことやな。
ちょっと今すごい耳が痛いんじゃない?山下さんは。
まあでも自分の中でどうバランス持つかだと思うんですよね。
仕事100の時は仕事100でいいと思うんですよ、全然。
ね、まあ120なのか分かんないですけど。
うんうん。
仕事100の時は仕事100でいいと思うんですよ、全然。
ね、まあ120なのか分かんないですけど。
ただまあ自分の中でどうバランスとってるかだと思うんで。
バランス悪いなって自分で思ってしまうのはあんまり良くないんで。
そうですね。
うまいバランスがね、見つけられると。
山下さんどうでしょう?そんな。
僕ね、でもね、これはね、ちょっとね、最後ね、言いたいことがあって。
はい。
例えばこの配信もそうなんですけど、
山下さんにしろ草野さんにしろ僕にしろ、
今アウトプットっていうと、その対象ってこの配信する、
例えばデータだったりとか配信する番組だったりとかするじゃないですか。
で、ものづくりっていう視点で見ると、
じゃあ僕たちは今この番組を作ったと言えるんですけど、
その時に面白かったって、
例えば誰かが言ってくれるとするじゃないですか。
めちゃめちゃ嬉しいじゃないですか。
その人が面白いって言ってくれたから、
その人の周りの人も見るようになったとか。
っていうなんかこう、ちょっとマーケティングの話にも似てるんですけど、
なんかそういう構造を考えた時に、
僕たちが今作ろうとしているものっていうのは、
実はこの配信番組じゃなくて、
その配信番組を聞いて良かったと言ってくれている、
その人の言葉を作ろうとしているんじゃないかと思ったんですね。
この配信番組は一つの情報だとして、
この情報を流通させるのが一つの取り組みのように見えるんだけれども、
実はそこで流通させたいのは、
この配信番組を流通させたいんじゃなくて、
良かったって言ってくれている言葉を流通させたい、
だというふうに去年のどこかで思ったんですよ。
なので、そこからちょっと僕のいろんな方がね、活動していることに、
コメントをすることが必要だったんですね。
非常に増えたんですけど、
結構そこの反応であったりとかコメントが一番重要で、
コンテンツ、コンテンツってね、
デザイン界隈でもよく話すと思うんですけど、
実は流通させたいコンテンツ、
僕たちが作り出したコンテンツっていうのは、
良かったって言葉なんだっていうふうに置き換えると、
自分たちがしようとしていることとか、
やりたいことが結構説明できるなと思って、
なのでコメントが重要だよってことなんですけど、
そのコメントを自分が聞いたりとか見たりとかしたら、
必ずしようと思っていて、
自分が実際に番組をしていると思うんですけど、
そのコメントが一言あるだけでめちゃめちゃ嬉しいんですよ。
そうですね。
結局それがしたかったって話で、
この番組を作りたかったわけじゃないんだみたいなことに、
なんとなくね、ちょっと俯瞰して見れるようになって、
自分たちが作ろうと思っているコンテンツっていうのは、
自分が作るものじゃないと、つまりは。
なので自分の評価とかっていうのも、
自分が言うことじゃないっていう考え方に
ちょっと至ったところがあったので、
何か活動するのであればそこを目指してやるべきだし、
何かそういう体験をしたのであればやっぱりそういう形で、
簡単に言うとフィードバックですけど、
言うって言うサイクルになると、
より良くなるなというか、思いました。
面白い。
でもこのことにいろんな人が気づけば、
今の坂本さんもなるべくファンスライスしてるっていうことも
おっしゃってましたけど、
回り出す感じはしそうですよね。
UXの話をしているときにいつもよく議論になるんですけど、
実は一番やりたいことって、
全てはうまいのためにっていうビールの宣伝じゃないですけど、
その人が面白いって言ってくれることを目指す取り組みなんだよねって
みんなで共通できると、
何かそれでいい気がするんですよね。
本当ですね。
そのためにできることを考えるっていう、
組み立て方でいい気がするので、
情報量が途中に多すぎる気がしていて、
最終的に目指す姿っていうことを、
コンテンツって言葉ですると、
結局プロダクトの話だったりするんですけど、
そうじゃなくて、
そのプロダクトを介してその人が何て言うか、
何て言う言葉で語ってくれるんですよね。
そういう意味で、
そうじゃなくて、そのプロダクトを介してその人が何て言うか、
何て言う言葉で語ってくれるかっていうところが、
結局目指すところな気がするので、
どれだけ語ってくれるかみたいなところ。
結局、自分の活動とか取り組みっていうのを、
他人が話してくれるのを最大化したいと。
自分がやってることを自分が話していなくて、
自分がやってることを、
他の人が、自分以外の人が、
どれだけ多く話してくれるかっていうのを目指したいというか。
難しいことを話しがちなんですけど、
結局はどれだけ語ってくれるかとか、話してくれるかっていうところだなっていうところで、
秘訣しました、最近。
お料理も結局おいしいって言ってもらえるためにするだけですもんね。
そうですよね。ほんとそうですよね。
そういうふうに思ってくると、めちゃめちゃ楽ですよね。
変にやっぱり複雑に考えがちなんで、人間。
仕事だと余計そうなんですけど。
UXとかユーザビリティとか話してると本当にそうなんですけど、
情報量が多すぎて、操作の仕方とかみたいな話に結局なるんですけど、
デザイナーに求められる組み立て方
結局はどう持ってもらいたいんですかねみたいなところで、
一周したいですよね。
どう持ってほしいんですかみたいな。
めちゃめちゃこれ便利って持ってもらうとかね、
これ楽だなって思ってもらえるんだったら、そこを目指しましょうよで、
済む話なんですけど、
そうするとどう楽にするかって話になると思うんで、
作り方の話になると思うんですけど、
そういう組み立て方がいいなと思ってですね。
変にコンセプトとか立てるときって、すごいこうこねくり回すじゃないですか。
そんなことやってる暇があったら、
これ使いやすいねっていうか、これ楽だなとか、
その一言っていうか、どの一言が欲しいんだみたいなところっていうのを、
一回飲みながらチームで話した方が、
割と意外と共有できるんだみたいな。
すごいシンプルですけど、重要なフレームワークですよね。
話の要点を明確にする
すぐ取り入れようと思った。
話したかったです、それは。
いや、最高です。
意外とね、めちゃめちゃ平易な言葉だったりするはずなんですよ。
僕結構それでいいと思うんですよね。さっきのおいしいじゃないけど。
なんかいいねって言ってほしいんだったら、それでいいし、
そういう言葉だけでも逆にぶれなければ、かなり強い話になると思うんですよね。
ついつい人間なんで、おいしいっていう話になると、
どうおいしいのって話になるじゃないですか。
それをやめたほうがいいと思うんですよ。
それは料理と同じかなと思うんで、
それを語れば語るほど、よく高級料理店でね、
シェフの方が説明するじゃないですか。
ああいう状況になるんで、
ああいう状況って、ああいう環境じゃないと成立しないじゃないですか。
その環境って本当に店でやってる空気もあれば、
インテリアもあれば、たたずまいだと思うんですけど、
それがじゃあいつでもそういう状況かっていうと、そういうわけじゃないはずで、
いやその説明いいから早く聞かせろよみたいな話もあるわけで、
ついつい言葉を付け加えたくなるんで、
一回急ぎ落としたところの一言だけ決めませんかっていう話のほうが、
すっきりすると思いますね。
すいません、なんか偉そうな話ばっかりしてしまったんで、ごめんなさい。
でも最近本当にね、さっきのどれだけ人が語ってくれるかっていうのは、
ちょっと気づいたことなんで、ちょっと話が来たかったんで。
いっていただいてよかったです。
はい、じゃあそろそろお時間ですかね。
はい、いいと思います。
はい、じゃあ今日はですね、ゲスト坂本さんお越しいただいて、
やってきましたという感じですね。
たっぷりお話ししましたね。
はい、すごい楽しかったです。
結構私手元の目分が偉いことになりました。
本当だよ、あっという間に。
あっという間。
はい、またこれ次回とかね特に予定、今のところは決まってないと思うので、
ぜひオフィシャルサイトもできましたし、
ツイッターとかね、ポッドキャストのフォローとかね、できますので、
ぜひぜひ皆さん動向をチェックしていただけたら嬉しいなと思います。
坂本さん、今日いかがでした?
いやー、でもやっぱり人に話すってやっぱり大切ですね。
うん、うん。
今日は割と初出の話もあって、
うん、非常。
ただなんかずっと思ってたことでもあったところがあるんで、
なんかまとめたくなりますね、自分でもね。
きれいに。
そういう意味では非常にいい機会いただきまして、ありがとうございます。
それでは今日も聞いていただきありがとうございます。
ありがとうございました。
ではまた。
お疲れ様でした。
はい、お疲れ様でした。ありがとうございました。
55:21

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