#22 【唄人羽の曲が生まれるまでの話】修学旅行で知覧での体験でできた楽曲プロペラ。
2023-02-22 13:16

#22 【唄人羽の曲が生まれるまでの話】修学旅行で知覧での体験でできた楽曲プロペラ。

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さあ、今日はどこに行ったお話でしょうか、しんちゃん。
はいはいはい。私のコーナーでございますけども、
さえちゃん、修学旅行、小学校、中学校、高校もそうですが、どこに行かれましたか?
小学校の時は、長崎でした。
はい、僕もそうでした。長崎行きましたよ。
そして、中学校の時が、京都奈良。
だからさえちゃんの時代だと京都奈良なんだね。
行きましたよ。
だから、僕も福岡県の小学校、中学校行ってるんですけど、
僕の時は小学校、長崎一緒なんですけど、
中学校の時の修学旅行は南九州の鹿児島だったの。
そうですか。
奈良、京都っていつの時代からそうなった?
今もかどうかはちょっとわからないですけどね。
義務教育だから、結局だから福岡の各都道府県で
多分行くところが違うと思うんですけど、
福岡県は福岡県の小中学校って、
多分おそらく同じところ行ってるはずなんですけどね。
思いますけどね。
でもある時からやっぱそのね、中学の修学旅行は京都奈良になってるはずなのよ。
そうですか。
そうそうそうそう。
私、奈良で鹿に追いかけられましたもん。
怖かった。もう、せんべい持ってないのにと思って。
奈良ってどこ行く?奈良の大仏ですか?
大仏も行きました。
そうなんだ。
柱のね、ところにある穴が大仏様の鼻の穴と同じですって通ってみましょうって言って、
みんなでモソモソモソっと通りましたもん。
えー、京都は清水寺とかですか?
そう、神社ぶっかく回りましたね。
えー、清水寺はそれ以来行ってない感じですか?
いや、その後大人になっても行きました。家族旅行でも行ったし。
あー、そっかそっか。
京都は好きだから個人的には行きましたけどね。
京都の街並みはやっぱね すごい古き良き日本が残ってますよね
残ってる 憧れたもん
僕の時はでも 南九州で鹿児島?
その当時はまだ それこそが新幹線も通ってなかったので
そうだよ 乗り換えですもんね
いやいや JRで行けたんだけど
4時間 3時間4時間ぐらいかかったかな
列車に乗って鹿児島中央駅まで行って
小学校の時の修学旅行もそうなんですけども
やっぱり戦争の爪痕が残るところで
小学校の時も平和記念像ですか
天と地 あれを指してる平和記念像
私も行きました 戦バズル持って行きました
あそこ行ったりとか
中学の時はそれこそ鹿児島っていうとやっぱり
知覧特攻基地 他にもいっぱいあるんですけど
有名なところが一番知覧特攻基地で
03:00
知覧のところに行って
知覧行かれたことあります?
あります 私夫が鹿児島出身で
行きました
あそこにやっぱり
特攻隊第2次世界戦で
終戦間近に
3,4戦期ぐらい
18歳から29歳ぐらいまで若い特攻兵の人が
日本を守るために飛び立った
その時に最後家族に宛てた手紙とか
わーっと展示されてあって
その時にそこの知覧の人が
僕ら中学生に特攻のお話を
してもらった記憶があるんです
その記憶がすごく当時
なんだろうなどっかちょっとその
非現実的な世界っていうか
中学生の僕にはまだまだ全然リアルに感じることができない
けど写真とか手紙を見ると
なんだろうなみたいな
胸がこうざわつくというか
どういう表現していいかわからない
中学時代の時にいた知覧の記憶がすごくあって
見終わった後も話を聞き終わった後も
何かもどかしい感じがずっとあって
それこそだから20歳を超えてから
もう一回行こうと思って行ったんですよ
その時にまた価値観が変わっている
いわゆる大人になってからの
あそこに訪れた時にその手紙を読んだりとか
あの写真を見たりとかすると
もうおえつ言葉にならない言葉が出て
涙流すして僕見て
これをどうにか僕は曲にしたいと思ったんですよ
それこそ手紙の端巻きを飾ってあって
そこにライスカレー食べたいとか書いてあるんですよ
普通の多分もっとみんな
祖国のためにとかね
いろいろ書いたりするところに
ライスカレー食べたいとかで冗談で話し合って
笑ってそんなことを書いた
なんかねいろいろ想像できるじゃないですか
そういうちょろっとしたのが残ってたりとか
そういうのを見た時にもう
何も自分と変わらない感覚も多分一緒だったんでしょう
そういう感覚の同じような子供
子供というか青年大人になりかけの子供たちも含め
特効として
敵観にそれこそ向かっていくっていう
それをどうか歌で表現したいと思いましてね
すごい考えたんですよ
ただ実際にやっぱり戦争を知らない
06:00
僕は世代なので
それを安々と書いていいものなのか
ねやっぱりそうありますよね
当時ばあちゃんも生きてたんで
ばあちゃんに話を聞いたりとかしつつも
やっぱりばあちゃんもあんまりね
戦争の話をしたがらなかったし
そして哲郎の祖父は回転
回る点って書いて
ボートの先端に
神様だ
回転は潜水艦なんですけど
神様って激震の神明
太平洋のようで
ボートの先に爆弾をつけて
駆逐艦に耐えたりしていくっていう
そこの共感をどうやらしてたみたいで
ただそれを調べたんですけど
その当時の軍事記録が
そこだけスッと抜けてるんですよ
本当に国家のすごく機密情報だったみたいで
その神様という
哲郎のうちの相方の祖父は
第二次世界大戦との爪痕が残ってたりとか
歴史があったりとかして
どうしても
俺はトロッペラっていう曲を書いたんですけど
自分で何か曲を書きたいと思いまして
私がんばってこれこそ
弱敗者ですが
何かやっぱり後世に
僕が小学校中学校の時に
胸がざわついた気持ち
その気持ちが大人になって
それを見た時に傍給して
言葉にならないおえつぐらい
泣いちゃったんですけど
その時の感情が
どういったものなのか
自分で探る作業をしながら
いろいろかわしまに
ライブで街を運んで
いろんな話を聞いたりとかしつつ
自分なりに
徳光のね
何かその
気持ちを描けたらなと
外国では
それこそ本当にその
徳光の
美化しすぎてるっていう風に
言われてたりとか
そういうつもり一切ないんですけど
外国からするとアメリカからすると
あれはテロだと
だっていう
その軍人さんもいるわけですよ
でも日本の目線からすると
非戦闘員を
巻き込む
テロでは全くないわけですよ
それは全然違くて
精神の話です
全然もう
それをテロだと言われると
日本人ってちょっと
なんだそれってなっちゃうんですよね
でもそういう風に言われたりとかする
そういう気持ちともどかしさとか
そういったものも
全部含めて俺は
徳光っていうのを
僕なりに
例えば徳光兵だったらこういう風に思うんじゃ
09:02
思うんじゃなかろうかとか
そういったものを考えて
楽曲に書いたんですよ
これをぜひ今日は書けたいし
さやちゃんに朗読してもらいたいなと
途中までですけど
ぜひお願いします
プロペラ
風が吹く
花が宿る
青い海ならば
君を想う
鳥が鳴く
雲を呼ぶ
青い空ならば
土へ帰ろう
君のためじゃなく
国のためでもない
君が君であるように
我自ら
今飛び立つ
風が吹く
花が宿る
青い海ならば
君を想う
鳥が鳴く
雲を呼ぶ
青い空ならば
土へ帰ろう
口笛でも吹いてさ
ライスカレー食べたいな
まるで散歩でも行くように
プロペラの音は響く
花が舞う
涙落ちる
母が
僕を呼んだ気がした
振り返るな
友と行こう
飛び散る
心は
僕のもの
その人のために
あなたのために
死ぬ
その瞬間
だからこそ
最初のために死ぬから
絶対言えない
俺は自分で行くんだ
自ら行くんだ
絶対にその人
最後は言うと思う
それが僕の中の答えで
こういう詩を書いて
曲を書いたんですけども
最後ぜひ曲も皆さん聴いてください
唄い人は花でプロペラです
ワッフルーム
安岡慎一の遠くへ行った
ガールズパンチ
X少女隊の
Xラジオ隊
X少女隊の春野きいなと
青井リルマです
RKBラジオでお送りしている
ガールズパンチ
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