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はい、しんちゃん、今日はどんなお話でしょうか?
えーっとねー、
あのー、まあ、
唄人羽というミュージシャンをやらせていただいておりまして、
やっぱ、いろんな音楽を聴いて、
あのー、影響を受けたりとかして、
自分たちの楽曲が生まれていってるわけなんですよ。
で、
やっぱりそのー、例えばこう、なんていうんですか、
真っ白い部屋の中で生まれ育った子が、
じゃあ音楽っていうものが作れるのかと。
言ったら、作れないんですよ。
やっぱし、僕が聴いてきた音楽とか、
いろんな影響を受けた、
映画もそうですけど、絵もそうですけど、
写真もさっきも言ってた写真もそうですけど、
いろんなものを見たり聞いたりしたものが音楽として、
自分の音楽として作品として作り上げていってる部分があって、
その中でもこう、
人間的にものすごく影響がこう、
受けた話がありまして。
あのー、今野清志郎さん。
はい、清志郎さん。
実は唄人羽と清志郎さんって全然接点がないように思えるじゃないですか。
もちろんジャンルも違いますし。
でも僕は結構清志郎さんの書く詩とか、
清志郎さんがやってきてる音楽に関してリスペクトをすごくしてて、
復活、一度病気になられて復活した日本武道館のライブ。
僕見に行きましてやっぱり。
あー、すげーなーみたいな。面白いなーみたいな。
やっぱりロックでありエンターテイメントであり、
なんかそのすごくリスペクトが置いている方だったんですけど。
実はこれ本当にどこまで話していいのか今も話しながらちょっと悩んでるんですけど。
実は清志郎さんが亡くなる生前に、亡くなる前に、
清志郎さんと唄人が実は一緒にライブをするチャンスがあったんですよ。
え?ライブを?
そうなんです。
実は清志郎さんと唄人が実は鹿児島で、
いろんな話を言えるところまでであれなんですけど、
ツーマンのアコースティックライブをやる本当に発見まであったんですよ。
本当に決まってたんですね。
それ多い僕らからしてみると、
でも清志郎さんって全然その辺のところがなくて、
垣根がないというか、
枝手なくいいよみたいな感じで、
本当に今の清志郎スラッシュ唄人羽みたいな名前で、
うっそー!みたいな感じのことが実はあったんです。
幻のライブになってしまったんですけど、
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僕らとしてはやっぱりものすごい。
そんなことあり得るんですか?みたいなぐらいのレベルなんですよ。
言うても全然レベルの違うミュージシャンの人だし、
そんなことあり得るんですか?みたいな。
全然本当にある予定だったんですけど、
でもちょうどやっぱり再発されて、
5秒記念。
そうなんですよ。
それでちょっと無理だということになって、
ライブ自体がさすがにできないということになって、
まあでもそれで僕もしょうがないなって気持ちはそういう風になってたんですけど、
その時に、
でもせっかくお互い鹿児島にもし来てるんだったら、
ちょっとおいでよって言って、
お会いする機会があったんですよ。
で、清代さんが西洋されている場所に僕ら実は鉄路と2人でお邪魔したことがあって、
で、まだ清代さんも全然元気な子、元気というかもう本当にあれですけども、
西洋されてて、一緒にちょっとお話をしてもらって、
僕のギターとかも弾いてくれたりとかして、
もう僕はもうこんな景気本当にありがたいと思って、
そしたら、
言うんですよ。
歌ってよって思って、
ここでですかって言って、
ちょっと歌ってよって言う。
え、歌っていいんですかって言って、
いいよって言って歌ったんですよ僕と鉄路。
え、何の歌を?
僕、もちろん自分たちの曲を歌おうと思ったんですよ。
聴いていただこうと思って、
歌おうと思ったんですけど、
まずは、
ちょっと思い切ってかわしてみようと思って。
すごー。
ご本人の前で?
そう。
どーほーほーほーほー。
それで、
RCサクセションの雨上がりの夜空に、
アコギで、
バーサーやったんですよ。
もう本人目の前ですよ、生音で。
え、もう他にもちろんお客さんがいるわけじゃないんですか?
じゃないですじゃないですじゃないです。
本人の目の前で雨上がりの夜空僕ら歌ったんですから。
へーすごいね。
すごいよ。
もう震えたっすよ俺も。
清志郎さんご自身も、
あ、その曲来たかっていう感じだったんでしょうか?
じーっと黙ってね。
最後まで聴いてくれてた。
へー。
で、
あれ、あの僕らの曲、ボーダーっていう曲。
ボーダーっていう曲があって、
で、その曲を清志郎さんの前で弾いて演奏して、
で、拍手してくれて。
うーん。
で、その後またちょっとこう3人でお話しするチャンスがあって。
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すごいなー。
今これだからほんとに、ほんとにこうちょっとこう、
話せる部分だけ今こう、
話し、選びながら話しているので、
ちょっとあれなんですけど、そしたら清志郎さんがほんとに、
あの、よかったよって。
へー。
羽ちゃんよかったよって。
羽ちゃんって言われたんですかー?
すごいよかったよって。
ただねって。
もっとみんなが聴いてね、分かる曲も書きなさいって言われたと思います。
いやーだからまあその、なんて言うんだろうなー。
もちろんファンの方に支えられながら音楽を続けてこれてるところもあるんですけど、
でも、そういったね自分がリスペクトしているミュージシャンの方とか、
そういった方からまたそう言ってね、
よかったよって一言で、
なんかこう、もっと頑張ろうみたいな。
非常に重みのある一言ですよねー。
なんかもう続けていける原動力の一つになってるんですよ確実に。
それが、あのー、感じれ、もう味わいさせてもらったし、
生前にお会いできたっていうのがね、
僕の中では相当大きなことなんですよ。
言葉のね、数は少なくてもよかったよってその一言の
つっしりところを感じる重みだったりとか、
あとはそのアドバイス、
それは一生の財産になりますよね。
いや本当に。
そしてもうやっぱりもう、
お会いしたくてももうお会いできないので、
そうですねー。
そうそうそう。
なんかね、だからそのあんまり僕らも、
亡くなった時に、
お葬式にね、
行くべきなのか行かないべきなのかとか、
やっぱりいろんな報道をわーっとされてる中に、
僕らがちょろっとこう、
お話しさせてもらっただけで、
本当に行くべきなのかどうなのか、
ものすごい葛藤したんですよ。
お花も出すべきなのか出さないべきなのか。
やっぱり著名人の方がずーっと出されてて、
その中になんかね、
僕らの名前があって出してるっていう、
なんか自分に対する何か、
自信のなさなのかもしれないんですけど、
その中に僕らがいることによって、
なんか売名行為だと思われても嫌だし、
そんなつもりじゃ全然ないんだけど、
全然ないんだけど、
そういう他のことの感じで囚われても嫌だなと思って、
だからしばらくこの話とかも、
しばらくっていうか、
全然したことないです。
そうですか。
そうそう、本当にもう、
誰かに何かを話すっていうわけでもなく、
ずっと心の中に秘めてることで、
このせっかくね、
ラジオをさせてもらったんで、
いつかこの話はしたいなと思って、
今日、せっかくなんか卒業シーズンっていうことなんでね、
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ちょっと話をさせていただきました。
いやーでも、人との出会いって、
本当に大きなものだと思いますし、
縁って大事だなと本当に今感じますし、
本当に運が良かったんだと思う。
何かに導かれたかのように、
そういうタイミングでね、
お会いできたっていうのも、
羽根にとっては大きなことでしたよね。
いやー、大きかったですね。
僕らのCDを持って一緒に写真撮ってくれてるんですけど、
これはもう絶対にどこにもあげられないんで、
これはもう自分の思いの中の宝物として残してますけど。
でも改めて思いますけれども、
清志郎さんが残した曲、
その楽曲っていうのはずっと歌い継がれていって、
これからもみんなに影響を与え続けるし、
そして清志郎さんが残していった足跡、
生き方とか、そういうものもずっと残るじゃないですか。
私たちは見続けられるから、
だから会えなくなっても、
音楽を通して清志郎さんはやっぱり生きてるし、
残り続けるんだなーって、
今日この話を聞きながら改めて感じました。
本当ですか。
リスナーの皆さんもね、
いろんな出会いがあったと思いますけども、
何か自分の人生の原動力になる方の言葉とか、
こういうのがみんなの中にもあると思います。
そういう話ができたらなと思って、
今日はこの話をしました。
ワフルーム、安岡慎一のトークエイターでした。
それでは先ほどお話ししました、
僕らがカバーしましたね。
聞いていただきたいと思います。
RCサクセションで雨上がりの夜空に。
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