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#99 創立30周年の伝統を組織で繋ぐ。多摩川サブスリーをめざす会の歩みとコミュニティ運営の極意 |岩佐直樹さん 前編
2026-08-17 51:02

#99 創立30周年の伝統を組織で繋ぐ。多摩川サブスリーをめざす会の歩みとコミュニティ運営の極意 |岩佐直樹さん 前編

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今回は、多摩川サブスリーをめざす会(通称:多摩サブ)の4代目会長を務める岩佐直樹さんをお招きしての対談会です。

創立30周年という節目を迎える歴史あるランニングコミュニティのこれまでと、岩佐さんが会長に就任してから取り組んできた運営のDX・カイゼンや年間を通して行われる色々なイベントについて詳しく伺いました。


多摩川サブスリーをめざす会は約200名のコミュニティ/17歳から75歳までの多様な層/画期的な給水システム/3kmごとのペーサー交代ルール/30周年の歩み/1996年当時は10名規模/設立当初は下流17km・上流13kmの2部構成メニュー/多摩川に残る歴史の跡(タマサブライン)/左側通行時代の名残/先代会長の電撃引退と4代目会長への打診/「雇われ社長」のような運営スタイル/30名くらいが関わる運営のDXとカイゼン/Googleフォームによる記録管理/属人化の解消とプロによる倉庫設計/多摩サブは人格者の集まり/多様な業種・業界の人が参加/羽羽・夏合宿・トレラン企画などイベントが盛りだくさん/多摩サブフルマラソンのホスピタリティ/つくばマラソンは50人が参戦/東京マラソンの応援団/つじかぜACとの交流/多摩サブ愛/会員同士の励まし合い/シリアスランナー向けのブランド維持/地域への感謝と謙虚な気持ち


パーソナリティ

宮﨑晃(Miyazaki Akira)

⁠⁠⁠⁠⁠株式会社actenable⁠⁠⁠⁠⁠


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感想

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00:04
ワーク・ライフ・ラン。こんにちは、 アクテナブルの宮崎アキラです。
この番組は、仕事のワーク、日々の生活のライフ、 ランニングのランを中心に、毎回テーマを変えながら、
時にはゲストを招きして、これからの時代を健康的に前向きに 聞くためのヒントや問いをお届けする番組です。
今回は、ゲストを招きしての対談会です。
それではお楽しみください。
はい、じゃあワーク・ライフ・ラン始めたいと思います。 今回のゲストは岩澤直樹さんです。よろしくお願いします。
はい、お願いします。
じゃあ岩澤さんから簡単に自己紹介をお願いします。
はい、岩澤直樹と申します。年齢は今年で51歳になります。
マラソンというかランに関しては、 玉川サブスリー会という会員の会長を24年から勤めております。
家族構成は妻と娘3人の5人家族です。
会社を2023年に設立しまして、 今現在社会の荒波に揉まれながら何とかやっておりますという人です。よろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。
私と岩澤さんのつながりを簡単に補足しますと、今お話ありました 玉川サブスリーを目指す会の方にですね、
私も1年半ぐらいですかね、前に参加、入会させていただきまして、
それでその際まず岩澤さんとお知り合いになって、
それは直美さんとか安川さん、このポッドキャスターに出てきたという方々のご紹介で参加させていただいて、
そこからタマサブのイベントとか練習会とかにも顔を出してというところで、
今日ついにご出席いただいた。
そうですね、そうですね。
確か宮崎さんがタマサブの練習会に来る前に直美さんから、
私と同じく企業家の方がいて、IT系で結構気が合うんじゃないかというような情報も事前にもらっていて、
どんな方が宮崎さんなんだろうと思って、
当時楽しみにしていた記憶があります。
でもまだ2年も経ってないんですね。
もうすごくベテランな感覚もあるんですけど。
そうなんですよね。だから岩澤さん、本当同じ時期に私同じ時期に起業されて、
私も2023年に法人を設立したので、
一緒ですね。
そういうつながりというか共通点もあるので、
03:00
その話も今日どこかで触れていきたいなと思っています。
ぜひぜひ、設立して間もない同士、当時の苦労とかも一緒に話ができたら嬉しいです。
そしたらですね、玉川サブスリー目指す会というのが、
どんなクラブかとか、どういうコンセプトで活動されているのかというのをせっかくなので、
ちょっとご紹介いただけたらと思います。
正式名称は玉川サブスリーを目指す会。
それが省略されて玉川サブスリーとか玉サブというふうに呼ばれているので、
周りの人からサブスリーランナーしかいないというような印象も持たれているクラブなんですけれども、
実はそんなこともなくて、
早い組だと4分ぐらいからなんですけれども、5分半ぐらいでもサブ前後の方もいらっしゃるクラブになります。
設立はですね、1996年に創設されて、
今年で30周年を迎えます。
主に府中市に拠点を構えて、
毎週末、京都の森公園という公園があるんですけれども、
その近くに集まって、玉川沿いをですね、
30キロのペース層を基本に取り込んでいるクラブとなります。
今朝時点のですね、会員数も調べてきたんですけれども、
207名おりまして、
年齢層はですね、確か高校3年生の17歳から75歳、
後期高齢者と呼ばれる年齢層の方がいたりとか、
女性もですね、意外と多くて36名、朝時点でおりました。
大体18%ぐらいですかね。
という属性となります。
毎週末の練習会、今はシーズンオフというところでもあるんですけれども、
大体5、60人ぐらいは来ております。
ピークの時はですね、70人ぐらいは結構来ておりまして、
非常にエネルギッシュで、
この番組でもよく言われている健康的なのはもちろん前向きな方も多くてですね、
あとは人間的にも素晴らしい会員の方、人格者の集まりみたいな、
そんなクラブですかね。
ありがとうございます。
私も練習に参加しているといつもすごい活気があって、
元気もらえますね、本当に。
なので調子が悪いというわけでもないんですけれども、
ちょっと頑張るエネルギーが自分の中に足りない時とかに頑張っていくと、
なんかそこですごく刺激をもらって、
06:02
練習が終わるとすごいスッキリして。
そうですね、そうです。
私もまだ普通の会員だった頃も、やっぱり朝起きるのが辛かったりとか、
行くのどうしようかなと思って行ったんですけれども、
そこで30キロ走って、
乾燥した時の爽快感だったりとか、
終わった後にメンバーと今日どうだったよねみたいな会話をしたりとかすることで、
朝は辛かったけど来ては良かったなとかっていうのが思うことはありますね。
それがほぼ毎週参加しているクラブとなります。
いいなと思うのは、30キロがベースとはいえ、
いろんなメニューというか距離で各自が20キロで、
今日はおしまいとか10キロおしまいとかっていうのも選べるのがすごくいいなと思いました。
そうですね、この辺もすごくシステムがよくできているなと思っているんですけれども、
スタートして5キロ上流まで行って、戻ってくるとまたスタート地点に戻って、
そこで給水が取れて、
またスタート地点に戻ってきて、
今度また仮に5キロ行って、また戻ってきて20キロ、
さらに5キロ上流に行くと30キロってことで、
10キロと20キロでスタート地点に戻ってくるので、
結構そのタイミングでやめられる方もいるっていうのも意外といい仕組みというか、
その日のコンディションだとか、
今日はちょっと早めにやることで10キロで終わらせようとかっていう風な、
30キロまでは一応メニューとしては用意しているんですけれども、
10キロ、20キロで終了するってこともできるので、
意外と選択肢が多いというか、
そんなバランスもありますかね。
なんかすごい最初、これいいなと思ったら給水システムで、
情報なかったんで、
30キロ走るんだったらポーチにペットボトル持って走るのかなと思ったら、
その必要がなくて、
テーブルがちゃんと置かれててっていうのが。
そうなんですよ、あれの仕組みはですね、
私も入館した当時からもうすでに出来上がっていて、
もうなんか特許クラスレベルの、
あれはすごい画期的なシステムだなと思って、
なかなか他のところ行っても給水のところで一回止まったりっていうところもある中で、
100メートルの給水区間があるんですよね、テーブル同士が。
そこもなんか給水しながらテーブルに置いて、
割と給水って本番のレースの時でもあるので、
そこの練習ではないんですけれども、
水を走りながら飲むっていうこともできたりするってところも、
結構特徴的なんですかね。
あとあれですね、ペーサーが3キロごとに交代するってのも、
なんか独自ルールで、前の人から順番に3キロごとに交代していく仕組みを取っています。
09:05
なので2番目の人は3キロで交代して、
1番先頭の人が後ろに下がってっていうのを、
3キロ、6キロ、9キロ、12キロってタイミングで変わるので、
最初すごくドキドキしたんですけれども、
自分の時になって顔面とかとにらめっこしながら、
前後5秒以内に狂わず、ペースを維持するっていうのも、
体験というかそういうのができるのも、
なんか面白いなと思ったのは当時、覚えてますね。
初参加の方はね、ペーサーやらなくていいんでね、
おもんでついていくだけで、それはすごい助かりました。
でも2回目からペーサーやってくださいっていうのは、
体験参加の方には言っているので、
コースがすごく単調なのと、
一応500mごとに黄色いラインも引いてあるので、
どこで交代すればいいのかっていうところもあるんですけど、
でも最初はペーサーになった時って、
あれ、なんか頭が真っ白になって、
どこで交代したらいいんだろうとかって、
分からない人とかも、
私も多分そうだったと思うんですけれども、
なかなか10人とはいえ、
その後ろにいる集団を自らが引っ張っていくっていうのは、
今思うとそれなりにプレッシャーかかるのかなとも思いましたけど、
宮崎さんどうでした?
ちょっと緊張はしたんですけど、
でも皆さん優しいのでね、
別に若干ペースが見られても、
多分ちょっと速いよ遅いよって言ってくれそうな気もして、
なんとかなるから、
中には10秒くらいちょっとやっぱり、
自分の番になるとどうしてもね、
速くなる人も多かったりするので、
後ろから速いよとかってね、
ちょっとした愛嬌っていうか、
イヤジが飛ぶこともあるんですけど、
それも良さなのかなとも、
私自身は捉えています。
今年で30周年ということで、
すごい歴史が感じられるんですけれども、
何か振り返ってですね、
岩澤さんは30年をすべて魂作を経験されていないとは思いますけども、
仙台の会長さんから聞いたお話とかもあったり、
30年でいうとどういうエピソードっていった歴史ってありますかね。
私が入ったのが2014年で、
今話していた給水だとか3キロごとのペッサー交代というのは、
もうすでに今と変わらないシステムというのが出来上がっていたんですけれども、
当時のエピソードはですね、
タマサブリレートークというものがあって、
そこで古いメンバーの方が当時の練習内容を記載していたので、
今日はそこから当時の様子を振り返ってみたいと思うんですけれども、
12:00
1996年に設立した当初は参加者は多くても10名規模ぐらいだったそうです。
当時は大会数も限られており、
主要レースは大田原か板橋シティマラソン、
昔の名前だと荒川清マラソンの2大会ということで、
そこのレースに向けていいタイムを残すために設立をされたということでした。
当時から30キロの練習スタイルというのはあったんですけれども、
二部構成で実施をされていたようです。
前半は下流方面へ8.5キロまでずっと下っていって、
戻ってきて17キロを一定ペースで走っていたようです。
今だと5キロまでしか下りって行かないんですけど、
実はその先にも500メートルごとに多摩サブのラインが引かれているんですよ。
ただ調布の道路の改修とか舗装とかが過去何年もあって、
それで多分ほとんど今は消えていると思うんですけれども、
当時は8.5キロまで行って17キロ走ってスタート地点に戻ってきたようです。
一旦そこで休憩を挟んで今度は上流方面に6.5キロ行って、
戻ってきて13キロをビルドアップで走行していたようです。
6.5キロ行って終盤の4キロはキロ4までペースアップして、
ラスト2キロはフリーという設定だったらしいです。
ちょっとそれがいつまで設定されていたところまではわからないんですけれども、
距離表示というのは設立当時に計測されて引いたようです。
府中多摩川風の道って今は右側通行ルールが条例で決まっているんですけれども、
当時は左側通行だったので、
左側に数字が書かれているんですよ。
なので下流の方の左側を走っていくと数字が足し分1,2,3となっているので、
当時の名残が今もそのまま残っているというところですね。
そんな中、会員数も徐々に増えて、
どなたからかノンストップで30キロをしたいという声が出て、
それをきっかけで、さっきから話した給水テーブルというのが置かれて、
上流5キロ、下流5キロを起点とする3回折り返し方式に移行したようです。
2014年の私が入った時にはもうすでにこの方式になっていたので、
いつから切り替わったってところもですね、
2代目の会長にも聞いたところ、ちょっとその辺の記憶が曖昧だったようなんですけど、
15:05
いつの間にかその仕組みに変わったということです。
その練習スタイルが確立されて、
どこかのタイミングで3キロごとにペーサーを交代するという方式が生まれて、
今の方式へと受け継がれてということです。
そこから、私が入った時にはもう2014年このスタイルができていたんですけれども、
今の季節だと非常に暑いので、
さすがに5キロ行って戻ってくると次の給水まで10キロというところもあるので、
夏場はですね、上流2キロまで行って戻ってきて、
4キロ地点で給水、下流は3キロで戻ってきてということで、
折り返し回数を増やして、給水回数を増やすなどの工夫をしながら、
夏場の練習などもやっています。
というのが、設立から今までの歩みみたいなところですかね。
詳しく話していただいて、ものすごい分かりやすかったです。
なんかあれですね、そうすると玉砂部の歴史巡りじゃないけれども、
その計測地点を見つけるというのも面白そうですね。
そうです、そうです。今はちょっとなくなっちゃったんですけれども、
5月5日が設立日だったので、ゴールデンウィークの最初の練習会の日は、
当時のコースを思いを馳せてじゃないけど、また巡ろうということで、
急コースで走るということもやってました。
私も何度か走ったことあるんですけど、8.5キロが結構長く感じて、
急スイも1回目が17キロということで、やっぱり今の方式に慣れているので、
なかなか長い片道というところがあって、
最初から今のシステムというか仕組みができていないというところも、
やっぱりこの30年の歴史を感じるなというところはありますよね。
そうです、そうです。
歴史と過去の方々の知恵と工夫が詰まった今という感じで。
そうなんですよ。
シンプルに玉川サブスリー会は30キロ走、ペース走というメニューが固定なので、
誰でもできるというのも変な話。
例えば辻風練とかだと毎回コーチの方がいて、
今日の練習メニューはこれですというような仕組みが毎回決まったりというところがあるかもなんですけれども、
玉サブはそこが常に一緒で、距離走を各4分からのペースの組に分かれて走るというところがあるので、
18:05
私でも会長ができるというようなところもシンプルゆえの良さというか、
というのも玉サブの魅力の一つなのかなとは個人的に思うところはあります。
岩澤さんご自身はどういうおきっかけで2014年にご入会されたのですか?
入会するきっかけはもともと府中に住んでいたので、玉サブの存在自体は知っていました。
私もサブスリー界というイメージしかなかったので、
あそこの門を叩くにもサブスリー層の走力がないと入れないのかなという勝手なそういうことを思っていて、
結構入会される方も私と同じように玉サブだから速くないと入れないという方も多かったので、
個人的に色々と練習を重ねて走り始めたのは2008年、2009年くらいなんですけれども、
そこから距離が伸びるようになり、ペースも速くなって、
2012年か13年くらいの板橋市チームマラソンですかね、
そこでネットで3時間1秒まで自主練で出せるようになって、
これでようやく玉サブに入れるなと思って、
玉サブの門を叩いたというのがありました。
今思うともっと早めに入っておけばよかったんですけれども、
当時のホームページも今のようなところでもっとレガシーなというか、
後派なというか、すごく敷居の高さを感じるようなクラブだったので、
すごく私の目からは、とてもMOSOたちの集まっているクラブのイメージしかなかったですね。
その1秒を削るために入会されたということも意外ともないという。
入会してその年明けがかつたでサブスリーもサクッと達成できたというのは、
この玉サブに入って30キロ層をベースにやって、
特に車のサイズが30キロ以降維持できるかどうかというのがすごく重要なところも、
玉サブのおかげで30キロ以降もペースが落ちることなく、
無事サブスリーが達成できたというところもあります。
そこから玉サブの方で、普通の一般のメンバーとしてご活動された形なんですか?
21:02
そうですね。入った当時から玉サブのことがすごく好きで、
時間さえあれば毎週でも行こうかなと思っていたので、
当時の会長から何年目だったかな、4,5年くらい経ったくらいで副会長になってもらえないかということで、
その時は解諾して、副会長自体も結構長かったかなと。
私の前の会長の時の時代も結構長かったんですけれども、
1個前の会長がですね、2023年の年末に地元が確か宮城だったかと思うんですけれども、
宮城に戻るっていうのを練習会後に、私ともう一人の役員がいる前でポロッと宣言をして、
それを聞いた瞬間頭の中が真っ白になって、
当時の会長しんさんという方なんですけれども、前からもミスター玉サブと言われていて、
自分自身もすごく厳しいですし、他の方にもすごく鼓舞して、
頑張ろうというようなミスター玉サブと呼ばれていたような方で、
どんなに熱くても30キロ一人で走破するみたいな、不動の会長みたいな方が、
当時5年目とかやってたのかな、結構長く続いていたので、
私なんかもこのしんさんの会長時代がずっと長く続くのかなと思って、
腰ぎっちゃくのようにスネ夫のように会長の後ろから好き放題、
いろんなイベント企画してっていうのをやってたんですけど、
その会長が2023年の年末にちょっとお仕事辞めて、宮城の方に戻るとなって、
そうなると当然玉サブには通えないから、誰か会長をしなければってことがあったんですね、
2023年12月に。ちょうど会社設立して1年も満たないような時期で、
下の子供がまだ3歳4歳くらいだったから、私自身も仕事も家族も今テンテコ前だから、
会長なんかは私できませんということで、最初言われそうだったんですが断ったんですよ。
それで年明けて府中駅伝が確か2月の11日ぐらいにあるんですけども、
その時に新さんが私はもう宮城に帰るということで、
玉川サブスルーの会長は今期限りですという宣言をして、
24:01
その裏で府中駅伝の後の懇親会の時に他の役員からもどうしても私にやってほしいということで懇願されたので、
そう言われたらやるしかないということで覚悟を決まって、
新さんの電撃引退があった後に来年私がやりますということで、
でも全然こんな大きな団体の会長になれる身分ではないし、
どうやったらいいかもわからないから皆さんごめんなさい、
もう手探りで来年からはやっていきますのでどうぞ温かく見守ってくださいみたいな感じで、
会長になったのが2024年でしたね。
そういう経緯があったんですね。
そうですね。
玉川サブスリー会って私で4代目で初代会長から2,3,4と、
結構ですね5年とかもうちょっとかなぐらいで会長がどんどん変わってるんですよ。
っていうのもまた特徴の一つなのかなと思って、
よく他のクラブとかだとオーナー社長じゃないけど設立した会長がそのままずっといるって場合もあるんですけれども、
玉サブって雇われ社長みたいな感じで代々いろんな会長が変わりつつ、
このクラブを継続して繁栄させていくみたいなところも魅力の一つなのかなっていうのも思ったので、
またいずれ私も次の会長に繋いでいきたいなとは思っていますところと、
電撃引退とかもなくある程度余裕を持って引き継ぎみたいなのをやっていけたらなぁなんていうのも、
今回この資材を受けるにあたってちょっと考えたところってところもありますね。
そのお話を聞くと、会社に例えるのはあまり適切ではないかもしれないんですけども、
やっぱり事業承継みたいなイメージでちゃんとされていて、
コミュニティが組織として続いているような印象を受けますね。
なので私の代になってから結構いろいろと俗人的な部分というところもあって、
具体的にはさっきの給水テーブルって各地がテーブルを自宅に持って帰って保管して、
これその人がその日持ってくるみたいな仕組みだったんですけども、
結構それって私もテーブル2,3台自分の自宅に住みに置いてるんですけども、
また妻にちょっと嫌な顔されたりっていうところもあったりとか、
今週誰が持ってくるのみたいなところも事前に調整しないといけないってところもあったので、
27:05
やっぱり倉庫とか借りられて、そういうところから持ってこれる人は持ってくるみたいな風に、
俗人化しないような仕組みってところも、私は会長になってた年、たまたまだったんですけど近くに倉庫ができて、
1ヶ月の家賃も割と安くて、これだったら年会費の中で予算内で全然やっていけそうかなと思って、
倉庫に荷物を置くようにしたりだとか、あとはですね、宮崎さん当時のことは知らないかもしれないですけど、
ビニールシートを敷いて皆さんが荷物を持ってきたとか置くように、そういった準備とかもやってたんですね。
でもやっぱりビニールシートまた誰かが持ってきたりとか最後畳んだりするのも大変なので、
別にそれってみんながレジャーシートみたいなものを持ってきてそこに荷物を置けば、
こんなわざわざ会として大きなビニールシートを用意しなくてもいいんじゃないみたいなのも話あって、
そういうのもなくしたりだとか、あとはこれ結構大きかったのが、練習会の記録紙あるじゃないですか、
当時は皆さん走り終わった後に距離とタイムを書いてたんですね。
いろんな方が結構殴り書きで書いてるとかいたんですけど、
それを役員の方が練習会終わった後、パソコンとかで目が老眼とか戦いながら読みづらい字を打って、
距離ごとにまとめて翌日までフェイスブックとか掲示板にアップしたりっていうところもやってたので、
そこも今だとGoogleフォームとかでやることで、それぞれの記録がほぼフォームの方に集まってくるので、
夕方ぐらいになったらフォームのところから今日の分コピペして並び返したらすぐアップできるってところでも変えたりってところで、
もともと仕事もIT系だったってところもあるのと、そういうのをちょっとずつ改善するっていうのもすごく自分自身も興味があったので、
そういったちょっと役員が負担がかかってたところをちょっとずつ改善していったってところもあります。
すごいですね。たまさんのDXですね。
そうですそうです。DXで行くと、たまサブって毎週水曜日か木曜日に大会の結果報告みたいなのをやってるんですけど、
30:00
あれもたまサブのDXチームみたいなのがメンバーがいて、たまサブDXラボとかって言ったかな、メンバーがいるんですよ。
もともとホームページ担当の方とかがいて、エンジニア方とかもいて、
グーグルフォームで大会参加予定を登録しておいて、後から結果大会が終わった後に記録をまたフォームでやることで、
たまサブの会員ページ内に大会記録ってところが自動的にアップされるような仕組みもあるんです。
あれ、宮崎さんやってないですか?
大会の報告で紹介させていただいてます。
たまサブDXチームが作った仕組みもあって、参加予定表も会員ページの方にもあって、
結構いろんな地方に出る方が多いので、同じ大会に出るなって言ったところが事前に情報を得ることで、
当日大会で話したりとかできるっていうような交流もできたりするっていうところもやってたりしてますね。
すごいですね。
そういう意味で言うと、練習会で事前にテーブルとかを準備したりされる方とか、
練習結果集計して、フェイスブックのコミュニティにアップする方とか、役員の方とか、
そういう、裏方っていう言い方もあれですけど、そういう運営側で常に動いている方々って何人くらいいらっしゃるんですかね?
えっとですね、30人くらいか。ごめんなさい。正確には数えてはないので。
とにかくたくさんいた方が個々の負担も分散されるし、
今月は何々さんねっていうふうに役割を持たせるのもちょっと結構負担になったりっていうところもあるので、
たくさんいることで今日私が報告出しますみたいなことだったりとか、最後私が撤収しますみたいなふうに、
とにかく役員っていう、一応肩書き上はそうなってるんですけれども、とにかく協力者がたくさんいた方が、
私がいなくてもいつも通りの練習会ができるようにということで、
当時はですね、私が入った頃は5、6人くらいで回してたんですけれども、
年々回数が増えるにつれて、とにかく役員の数は厚くすることで、
練習会がみなさんのそんなに負担にならずに運営できるようにやってますね。
すごいですね、本当に組織化をされてるっていうことを今日改めて感じてすごいなと思って。
33:11
よささんの自身は、昔から生徒会長やるとか、部活のリーダーやるとか、そんなことやってたりしてたんですか?
自ら率先してやるというよりかは、頼まれたらやって、いつの間にかそれがすごく楽しくなってみたいな感じですかね。
でも別にそんな責任感も強くないし、自分自身はすごく怠惰な人かなっていうところもあったりとかするんですけれども。
でもやっぱり何だろう、親祖ここ玉砂部合っていうか、すごくこの会が好きだから、全然何だろう、はい。
今も結構テーブル持って行ったりとかしてる私なんですけれども、率先して持って行って準備するのがすごく楽しかったりとか。
そうですか、やっぱりそれを先代の会長さんなども感じられて、よささんにそういう打診があったっていうことですかね。
はい、だといいんですけれども、はい。
僕個人的にすごく気になったのは、ランナーとして自分の結果を出したいとか、成績っていうか、自分が走る理由、人それぞれでしょうけども、
ランナーとしての希望とかニーズってあるじゃないですか。
でもかたや運営としてのっていうのがあるじゃないですか。そこのジレンマとか感じたりすることがあるのかなとかっていうのは、そういう気になったんですよね。
会長になった時がコロナ禍明けて、どちらかというと起業したばかりってところもあって、ランよりも仕事の方に比重が置いてたので、
自分自身のあまりタイムを狙うというモチベーションよりかは会社の方に比重を置きたいというところもあって、そんな折に会長に指名されたので、
あまり自分自身が常にペースを上げていこうというよりかは、この会をどうやってさらに盛り上げていけるかなとか、
さっき言ってたアナログ化とか俗人化とかしているところを改善していけることができるかみたいなところがすごくやりがいを感じる部分もあって、
タイミング的にあまりタイムを目指していくという時期ではなかったので、そういうタイミングもあったというところもありますね。
ご自身のプライベートや仕事でのタイミングとタマサブでの役割というのが上手い感じに重なったみたいな。
36:10
そうですね、そうですね。
言い方もあれば社長で会長でみたいな、ごろもよかったりとか。
まつり込みじゃないけどね。
そういうのとか。
働きを2つ。
そうそうそうそう。
なんか自分の会社の名刺にもタマサブの会長みたいなの書いたらいいかな。
実際には書いてないんですけどね。
なんかそういうのとかちょっと肩書きも欲しい。
自分の会社も設立したばかりで、自分の宮を張るじゃないけれども。
今でこそ本当にそういうのを受けてよかったし、しばらくはちょっとこのまま皆さんから変なクレームがない限りは続けていきたいなと思ってます。
身体も元気なのでとは言いつつも、次の世代でもないですけど、次にもつながっていくような仕組みというのも受けたらなとは思ってますね。
じゃあ仕事、秘行されて直後でご家庭の環境変化もあったりして、できるか不安だったけれども、結果やっぱりそれをやってよかったとおっしゃっているようにということなんですね。
そうですね。本当に周りの人に助けられたというところは大きいですね。
さっきも言った人格者の方、他の大企業の役員の方だとか、本当に人間的に素晴らしい方が多いんですよ。
そう思いますよね。
そういう方にこうしたらいいんじゃないかとか、この役私がやるよとか、こうしたいんだけどどうしたらいいかなというところでアドバイスをもらったりとか、本当に周りの人に助けられていますね。
前回があれですよね、矢沢さんが出たと思うんですけれども、当時は倉庫を借りて荷物をとりあえずしまえればいいやってところで、もう雑多にテーブルとか置いてただけなんですけれども、倉庫って結構高さがあるんですよね。
借りただけだと棚とかも何もないので、棚を置くことで結構収納力が上がったりとかするんですよ。
何とかこの倉庫をしたいなとは思ってはいったところ、矢沢さんの本職がロジスティックというか整理をしたりとかっていうところが得意で、
もう一方で大学の美品とか管理されているような方とかがいて、棚を自前で作ってくれて、それをどういうふうに配置したらいいかというのを矢沢さんが設計してくださってというところで、
具体的に多摩サブの倉庫の収納力が上がって、各荷物はこういうところに置いた方がいいとかっていうのも全て矢沢さんの方で設計してくださって、
39:07
もう他の方にも是非あの倉庫を見せたいなと思うぐらい、今荷物がすごく綺麗にまとまってたりというところも、
私一人じゃ絶対そんなのできないところを皆さんの力によって実現できたというところも、本当多摩サブのすごいところだなと思うところはありますね。
矢沢さんのお人柄っていうのを多分皆さんと協力っていうのはすごくあると思いますよね。
いやー、なんかでもああしたいな、こうしたいなとかっていう、漠然としてイメージを周りの人が実現してくれるっていうか、
やっぱり仕事でもすごくプロっていうか専門の方が、本当にいろんなジャンルのお仕事をされている方がいらっしゃるので、
マラソンという共通の趣味はあるんですけど、それぞれの仕事をされているフィールドがいろんなところから来ているっていうところもすごく珍しい集まりだなとは思いますね。
そこは本当に面白いですよね。
普段やっぱり仕事をしているとなかなか接点がない方々との会話って、ラーニングなんだけどもたまに仕事みたいな会話をして、
そういうことをやられているんだっていうのはすごくいろんな気づきになりますね。
本当にいろんな業種の方とかいらっしゃいますし、弁護さんとかお医者さんとかっていうすごい方とか、主婦の方とか、本当幅広い学生さんもいますし、
さっきも言った17歳から75歳の方までいるので、私今年51歳ですけど、75歳が現役で走っている姿を見ても、こういうふうなイメージで自分も走れたらいいなってところで、
先々の自分のランニングライフプランというか、そういうのもクラブを通じて参考になったところも魅力の一つかなと思っています。
ありがとうございます。
今回、魂サブのお話をお聞きしている中で、私からあと2個くらい気になっていることというか、せっかくなんでというのが、たくさん思い出があると思うんですけども、
その中でも1個に絞るの難しいと思うんですけど、吉さんの中で魂サブの中で印象に残っているイベントとか、何かあったりしますかね。
魂サブってシーズンオフの大体4月から9月まで、毎月のようにそれぞれ幹事の方がいろんな内容を練って企画をしているんですけれども、
42:07
5月は例えばロング走で羽村から羽田まで走る、55キロぐらい走るロング走のイベントがあったり、7月は宮崎さんも参加された合宿があったり、
8月はちょうど今週なんですけどトレランのイベントで今年は青梅に行くとかって話なんですかね。
というのが毎月のようにすごく魅力的なイベントがあります。
その中でも年末に外部のランナーを参加する形で魂サブフルマラソンというのをやっているんですね。
企画をされている2人の方がいて、その方が本当にすごい方で、すごくホスピタリティーにあふれた大会で、
外部の方を呼ぶんですけど、魂サブならではになるんですけれども、スタートから最後までペーサーがいて、一番早い組は3時間。
そこから確か15分刻みなんですけど、3時間、3時間15分、3時間半というふうにペーサーが最初から最後まで行ってフルマラソンを走るというイベントがあって、
参加費も確か2000円だったかな。
申し込むとかでも過去の大会のエントリーページとかを覗けるんですけど、ほぼ満点と言ってもいいくらいいろんな方がすごくサポートとかエイドとか完璧でしたということで、
すごく私が見てても胸が熱くなるというか、すごくいい大会なんですよ。
それが終わった同日に忘年会があって、その年のサブスリーの方を表彰したりとか、1年寝切りだったりというのがその1日の中で行われて、
すごくあの日は年間通してもとても胸の熱くなるイベントで。
宮崎さん、多摩サブフルとかって去年出られました?
まだですね、参加できてなかった。でも参加したいと思ってます。
今年も確か毎年12月の第3土曜日だったかな。
去年は12月20日とかその辺りだったかと思うんですけど、今年もその予定で行くかと思います。
もう宮崎さん2年目なので、ひょっとしたらペーサー?サブスリーペーサーで参加を依頼されることもあるかもしれないですけど、
多摩サブフルのエリスぐりのペーサーがですね、目標タイム実現のためにやっぱり最初とった早めに入ったりとか、
そういう工夫してやってますので、それがやっぱり個人的にもいいイベントかなと思っているところがあります。
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年間通してイベントが目指しているということで、やっぱり楽しいコミュニティですね。
そうですね。シーズン中も大きな大会、例えば東京マラソンとかは観戦に行ったりということで、
普段は走ることが多い中でも応援することでいろいろとエネルギーをもらったりというところもあるので、
意外と個人的には応援イベントがすごく好きだったりとかします。
その話でいうと、多摩サブのユニフォームが目立つんですよね。
だから東京マラソンとか、私も参加する筑波マラソンとか、かつたとか、
毎日多摩サブの方が走っている、私は多摩サブでもあるんですけども、
走っているとその人が目標になったりするし、必ずどこかで見かけるから、
それがすごい心強いというか。
そうですね。筑波とかでも多分5、60人くらい参加しますので、
多分宮崎さんと同等レベルの方も多くいる中で、
見慣れたユニフォームを見るというところは、走りながらも励みになりますよね。
ついていこうかなというところもあるので、そんな感じで。
レース中に声かけできるのも楽しいなと。
そうですよね。事前にスタート前に集合写真を撮ったりだとか、
そういうところができるのもクラブの魅力の一つですよね。
私も本当に入る前はフルマラソン一人で参加しているのも、
結構今思うと寂しかったなというのもあるので、
仲間と一緒に行くというところも全然気持ちが違いますよね。
あとはですね、たまたまサブスリーを目指す会が、
今後将来どんなクラブになっていきたいかとか、
もしそういったイメージとかがあれば最後に聞いてほしいなと思っています。
もうある程度はもう出来上がっているのかなというところもある中で、
やっぱりたまたまサブ愛って結構会員の中でもよく出るフレーズでもあるんですけど、
会員同士、お互い励まし合ったり、もちろん尊重し合いながらやっているというところ。
たまたまサブ愛って歩行者とか自転車の専用道路なので、
歩行者が道を譲ったりしてくれた時には、
ありがとうございますというような感謝する謙虚な気持ちみたいなところも、
大切にしてもらいたいなというところで、
さらに会員の方がたまたまサブ愛をもっと増えるというか、
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さらに溢れるクラブに心がけていきたいなといったところと、
そういったたまたまサブ愛に溢れるクラブになることで、
今後もっと人数も多くなっていくのかなというところもあるんですけれども、
また細かいルールも作る必要もなくですね、
まずやっぱり自転車とかと一緒に走る道なので、
安全第一に練習ができるような、
かつ練習会後にイベント後とかでも、
親睦が深められるような、そんな環境にしていきたいと思っています。
結構たまたまサブから派生した坂道練とか、
あとは普段の練習会、夏は特に今7時スタートにしているんですけれども、
7時の時点で結構暑かったので、
そこから前の6時からスタートするような練習だとか、
いろんなそこから派生したイベントがどんどん広がっていくというところも、
積極的に応援して見守りたいと思っていますし、
宮崎さん所属されて、辻風練とかとも頻繁に交流もしているので、
そういったところも温かく見守りたいなといったところでもありつつ、
やっぱりたまたまがサブスリー会といったところで、
フルマラソン完走できましたという人がウェルカムというよりかは、
ある程度サブ4前後より上の方向けのシリアスランナー向けの
たまたまサブブランドというところは引き続き維持して、
さらにブランドの向上ができたら最高かなというふうには個人的に思っているところですかね。
よくわかりました。ありがとうございます。
では今回は、たまたまがサブスリー目指す会の歴史であったり、
今の活動、歩みであったり、岩澤さん岩澤会長のご活動とか、
諸々聞けることができてとても良い時間でした。
どうもありがとうございました。
ありがとうございました。
今回もご視聴ありがとうございました。
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